PrechtlはGMsの運動を「正常な子どものGMsは,複雑で優雅,なおかつ流暢で
ある.」と表現している1, 2).そのGMsの表す複雑さに対し,多賀らはカオス解析を用
いた研究報告をしている16).生後1カ月の乳児の手足にマーカを付けGMsの運動を
ビデオ撮影し,2次元での時系列データに対してカオス解析を行った結果,正常な乳 児のGMs は決定論的なカオスダイナミクスを持ち,脳性麻痺児のGMs はカオスダ
イナミクスを持たない周期性の単調な運動であると見いだしており,正常な乳児が表 出する運動と中枢神経系に障害がある乳児が表出する運動の複雑さに差があることを 示している16).
しかし,先行研究では手首に付けたセンサやマーカのデータを用いた横断的研究が なされ正常・異常について有意差が示されているが,縦断的研究での量的な変化は明 らかにされておらず,カオス性を表すパラメータがどのような変化を示すのかわかっ ていない.
そこで本研究では,乳児期初期の自発運動における肘の屈曲伸展の運動の角加速度 変位量時系列データにカオス解析を行い,GMs のダイナミクスの変化を表す最大リ
アプノフ指数と相関次元の変化がどのように現われるのか,また乳児の発達を表すパ ラメータになり得るかを検討した.
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2. 解析方法
2.1.カオス解析による最大リアプノフ指数と相関次元の算出方法 2.1.1.カオス解析に用いたソフトウェアについて
I 章で求めた解析用角加速度変位量時系列データに対し,カオス複雑系解析プログ
ラム®(株式会社CCI,東京)を用いて,最大リアプノフ指数と,フラクタル次元を推
定するための相関次元を求めた.
2.1.2.アトラクタの再構成について
得られた変位量時系列データが決定論的カオスダイナミクスを有するか否かを判 断するにあたり,1 変数の解析用角加速度変位量時系列データを高次元空間における
力学系のアトラクタの軌道に再構成する必要がある.アトラクタとは,十分な時間を 経て位相空間内に収束した時系列データの軌跡のことである38- 40).
このアトラクタの再構成に用いられるのが,RuelleとPackerdらにより提案された,
時間遅れごとの差分による座標系への変換である38- 41).この変換が埋め込みであるこ とは,Takensの埋め込み定理により保証されている38- 40).
理想的に決定論的カオスダイナミクスを判別するには膨大なデータが必要となる が,実際にはデータ数や精度に限界があるので,より正確な推定を行うには,この時 間遅れを適切に設定する必要がある.この遅れ時間を設定する手法は大きく2つに分
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類できる.一つ目は,対象とする時系列データの時間相関に関する情報に基づいて座 標軸を構成する方法,二つ目が再構成されたアトラクタの空間分布を考慮することに より適切な遅れ時間を求める方法である38- 40).
本研究では,前者の手法の一つである,自己相関関数が最初に0となる時刻を遅れ 時間とする0クロス法を用いて,角加速度変位量時系列データのアトラクタを再構成 し,最大リアプノフ指数と相関次元を推定した.
2.1.3.リアプノフ指数の算出について
決定論的カオスダイナミクスを持つ時系列データの特徴の一つに軌道不安定性が ある.これは,同じ系でも初期状態にごくわずかな差があれば時間経過と共に指数関 数的にその差が大きくなる性質であり,最終的にはアトラクタのサイズまで拡大する.
リアプノフ指数は,この初期状態のごくわずかな差の伸び率を定量的に表すパラメー タで,決定論的カオスの力学的特徴である軌道不安定性は,リアプノフ指数とそのス ペクトラムで定量化することができる.このリアプノフ指数の値が大きければ,より 強い軌道不安定性を有していると考えられ,対象の時系列データが決定論的カオスで あれば最大リアプノフ指数は正の値となる38- 40).
カオスを予測するために最初に用いられたのはLorenzによる類推法である38- 40).
これは再構成されたアトラクタ上のある1点から近傍にある点を探索し,探索された
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点を小さい順に並べ変え一番小さい点に注目し,ある時刻におけるパターンが過去の どのパターンに最も似ているかを求め予測を行うものである38- 40).類推法はデータに ノイズがない時などは有効であるが,ノイズが多くなったときには良い予測を導き出 せないという問題がある38- 40).この問題を解決するためには,近傍点を増やすことに よりノイズを減らし予測精度を上げる必要がある.この考えを活かした方法が局所線 形予測法であり,リアプノフ指数の推定にヤコビアン行列を用いた方法が Sano –
Sawada法である38- 40, 42).
リアプノフスペクトラムの 𝑖𝑖 番目のリアプノフ指数は次の式で表される.
𝜆𝜆1 = lim𝑁𝑁→∞1
𝑁𝑁 �log𝑟𝑟𝑖𝑖𝑖𝑖
𝑁𝑁 𝑗𝑗=1
(𝑗𝑗) for 𝑖𝑖= 1, 2,⋯,𝑚𝑚
ただし,𝑟𝑟𝑖𝑖𝑖𝑖(𝑗𝑗) は上三角行列𝑅𝑅1 の第𝑖𝑖対角成分である38- 40, 42).
また,リアプノフ指数を用いると,予測の限界を定量化することができる.ある状 態空間にサイズが 𝑅𝑅 のアトラクタがあり,その中に任意の時刻で半径 𝑟𝑟 の円がある とする.この 𝑟𝑟 が時刻 𝑇𝑇𝐶𝐶 後に変化率𝜆𝜆+でアトラクタの大きさと同じサイズにまで
伸びていったとすると,
𝑟𝑟𝑒𝑒𝜆𝜆+𝑇𝑇𝐶𝐶 =𝑅𝑅 で表される38- 40).
このアトラクタサイズまで延びる時間𝑇𝑇𝐶𝐶を予測臨界時間と考えると,
- 52 - 𝑇𝑇𝐶𝐶 = 1
𝜆𝜆+log�𝑅𝑅 𝑟𝑟�
で,表すことができ,𝜆𝜆+の値が大きいほど,つまり軌道の不安定性が強いほど軌道の 予測可能な時間は短くなり,軌道の不安定性が弱いほど軌道の予測可能な時間は長く なることがわかっている38- 40).
2.1.4.相関次元の算出について
決定論的カオスダイナミクスの時系列データが持つ特徴の一つは,アトラクタのフ ラクタル性,自己相似性である.アトラクタの幾何学的形状をマクロから見た時から ミクロで見た時へ拡大してみた時,元の構造と同じ構造が次々に現れる構造は自己相 似構造と呼ばれる.多くの場合,決定論的カオスダイナミクスのアトラクタの幾何学 構造はフラクタル構造(自己相似構造)を持つので,非整数のフラクタル次元をもっ て定量化できる38- 40).
フラクタル次元を推定する基本的な手法に,ボックスカウンティング法がある.こ れは低次元のデータには有効な手段であるが,非常に大きいデータ数を必要とするた め,高次の次元が見込まれる実際のデータでは,ボックスカウンティング法を適応す ることは困難であった38- 40).
GrassbergerとProcacciaは,この欠点を解決する方法として,相関積分を用いたフ
ラクタル次元の推定方法,Grassberger - Procaccia algorithm (GP法)を提案した38- 40,
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43, 44).これは相関積分を用いてフラクタル次元の一種である相関次元(𝐷𝐷2)を求めるこ
の方法である.相関次元は,アトラクタの幾何学的な複雑さを定量化することができ る特徴量で,フラクタル次元を推定する一つの方法である38- 40, 43, 44).このGP法は,
ボックスカウンティング法に比べ比較的簡単に計算でき,計算時間の短縮,良好な収 束性をなどの長所を有するため実データの解析によく用いられている38- 40).GP法の
基本的な考え方は,アトラクタに含まれる任意の1点𝑣𝑣𝑖𝑖を中心とした円(球・超球)
に含まれるアトラクタの構成点𝑣𝑣𝑗𝑗の確立𝐶𝐶𝑚𝑚(𝑟𝑟)を算出するというものである.
GP法の定義は次の式で表される38- 40, 43, 44).
𝐷𝐷2 = lim𝑟𝑟→0ln�𝐶𝐶(𝑟𝑟)�
ln(𝑟𝑟)
再構成されたアトラクタ上の1点を𝜐𝜐𝑖𝑖 ∈ 𝑅𝑅𝑚𝑚 とすると,相関積分は次の式で表すこ とができる.
𝐶𝐶𝑚𝑚(𝑟𝑟) = lim𝑁𝑁→∞ 1
𝑁𝑁2 � 𝐼𝐼�𝑟𝑟 −|𝑣𝑣𝑖𝑖 − 𝑣𝑣𝑗𝑗|�
𝑁𝑁
𝑖𝑖,𝑗𝑗=1 𝑖𝑖≠𝑗𝑗
ただし,𝐼𝐼(𝑡𝑡) はヘビサイト関数で
𝐼𝐼(𝑡𝑡) =�1 (𝑡𝑡 ≥0) 0 (𝑡𝑡< 0)
である.なお,�𝑣𝑣𝑖𝑖 − 𝑣𝑣𝑗𝑗� は2点間の距離である.埋め込み次元𝑚𝑚を変えて 𝐷𝐷2 の変化 をプロットし,飽和した 𝐷𝐷2 の値がその時系列データの持つアトラクタの軌跡の相関
- 54 - 次元である38- 40, 43, 44).
本研究では,最大リアプノフ指数にはSano - Sawada法を,相関次元にはGP法を
用いることで決定論的カオスダイナミクスを定量化した.
2.2.欠損値の補定と群分け
除外データ規定に基づき欠損値データとなった箇所は,R言語の環境下でMICEを
用いて多重連鎖代入法により補定した.MICE の設定は,最大リアプノフ指数は seed=23,109,繰り返し回数m=10,相関次元はseed=23,109,繰り返し回数mは290
を適用した.
補定データは,term I,term II,term IIIの3群に分けて,算出されたデータの平均
をその群の代表値として群間比較を行なった.
2.3.統計解析
統計解析は R 言語を用いて holm の分散分析の検定を行った.有意水準は危険率
5 %とした.
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