第 6 章 総 括
6.3 論文の概要(3):稲作生産の経済的 側面
6.3.1 稲作生産の費用と収益
続いて、作期別にみた稲作生産費と収益を両村間で比較しながら分析した(表 6.5 参照)。
まず、単収(籾)の差であるが、これは生産目的に左右される。販売を目的とした作付であるS 村の雨季早期作や乾季減水期作では、前者が ha 当り 4,641kg、後者は 4,518kgであり、カン ボジア平均単収である 3,100kg を大きく上回っていた。しかし、T村の雨季早期作では単収は
ha当り2,787kgであり、販売を目的とした生産技術を導入したものの、不完全なインフラ整備や
不十分な肥培管理により、単収として成果を出せていない。雨季中期作の単収では、S村はha
当り 3,228kg、T村については3,284kgと両村ともに国内平均とほぼ同等であった。
粗収益の水準は、単収の高さと作付品種の庭先価格によって決まる。調査村では作期ごと に生産目的に対応した作付品種が選ばれており、主として販売用のコメ生産を目的とした雨季 早期作と乾季減水期作では、高収量のポテンシャルをもつが質が劣る安価な品種を作付けし ていた。自家消費用の米生産が主流である雨季中期作では嗜好品種の作付が行われ、庭先 価格の高さは考慮されない。ただし粗収益からみるとT村の雨季中期作の庭先価格がやや高 くなっている。それでも粗収益の水準はほぼ単収とパラレルに動いている。
表6.4 作期別にみた稲作の特徴
乾季作
水田分類 乾季田
調査村 Samraong村 Trea村 Samraong村 Trea村 Samraong村
作付期間 6 - 9月 4 - 7月 9 - 12月 7 - 12月 12 - 3月
直播(低水域)
移植(深水域)
作付品種 高収量品種
有機&化学肥料 化学肥料 減化学肥料 減化学肥料 化学肥料
農薬 農薬 減農薬 減農薬 農薬
家族労働 家族労働
+雇用・交換 (一部で雇用労働)
ハンドトラクター ハンドトラクター ハンドトラクター 灌漑ポンプ 灌漑ポンプ 灌漑ポンプ
大型コンバイン 小型コンバイン
委託作業 整地・収穫・運搬 収穫 整地・収穫・運搬 整地・灌漑・運搬 整地・収穫・運搬
出所:Samraong村は2013年、Trea村は2016年に実施した調査による。
雨季早期作 雨季中期作
雨季田 雨季田
直播 直播・移植 移植
栽植法
肥料・農薬 の投入
高収量品種 嗜好品種(在来・改良)
家族労働 家族労働
ハンドトラクター 灌漑ポンプ 大型コンバイン 労働力
機械利用
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次に粗所得の水準についてである。ここでの粗所得(gross margin)は粗収益から自給物財 費や家族労働・交換労働部分を含む費用合計を除したものに、家族・交換労働費を戻して求 められるものであるが、減価償却費は考慮していない。そのため所得はグロス(粗)のものである が、減価償却費を計算に含めなかったのは ha あたりの減価償却を求めるための使用面積割 合に関するデータが得られなかったためである。
農業地帯に属するS村の稲作の粗所得は、集計農家に関する限り、haあたり140万リエルか ら200万リエルの水準にあるが、都市近郊のT村では50万リエルから100万リエルの水準でし かない。両者を比較すると、S村では相対的に収益性の高い稲作が実現できているが、T村で は脆弱である。また作期によるばらつきも確認できる。
以上にみた粗収益水準についての議論を補強するために、別の指標を使って検討する。ま ず、収益性を作期別の粗付加価値率で見た場合である(表 6.6 参照)。粗付加価値率はT村 の雨季早期作を除いて60%以上となり、特にS村の雨季中期作と乾季減水期作についてはそ
れぞれ 67.8%、71.3%と高い水準となった。このことからも、S村では比較的生産性の高い稲作
が行われていることがわかる。一方で、T村の雨季早期作では単収が低いために、粗収益が低 くなり、粗付加価値率は 51.2%と他と比較して低いことがわかった。
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次に、稲作農家による時間当たり労働報酬を比較した(表 6.7 参照)。S村の3作期はすべて T村と比較して2倍以上と高い水準となった。それは、S村の農業雇用労賃 2,075 リエル/時や 表6.5 作期別の稲作生産費および粗所得
雨季早期作 雨季中期作 乾季減水期作 雨季早期作 雨季中期作
農家戸数(戸) 44 44 39 5 48
単収(kg/ha) 4,641 3,228 4,518 2,787 3,284 粗収益[1] 4,449 3,288 4,483 2,788 3,788 現金支出物財費2,3,4)[2] 1,120 888 1,129 1,302 1,104
物財費5,6)[3] 1,740 1,060 1,286 1,360 1,402
総労働費[4=5+6+7] 639 594 1,278 371 1,719
雇用労働[5] 134 151 464 0 469
家族労働7)[6] 470 403 712 371 1,047
交換労働8)[7] 36 41 102 0 204
委託費9,10,11,12)[8] 827 611 700 476 678
支払地代13)[9] 70 0 55 419 219
費用合計(現金支出のみ)
[10=2+5+8+9]
費用合計(自給部分を含む)
[11=3+4+8+9]
粗所得[12=1-11+6+7] 1,678 1,416 1,979 532 1,019
出所:Samraong村は2013年、Trea村は2016年に実施した調査による。
注: 1) 籾。
2) 現金支出物財費は購入種苗費、購入牛糞堆肥費、化学肥料費、購入農業薬財費、小舟借入代(S村のみ)、燃料費および修理費を含む。
3) 灌漑ポンプ借入料は、S村では1ℓ当り5,000リエルである。T村では灌漑作業は委託によるため、灌漑ポンプの借入世帯は存在しない。
4) 燃料単価はS村での平均取引額4,800リエル/ℓ(2012年)、T村では3,500 リエル/ℓ(2015年)として計算した。
5) 自給牛糞堆肥費は両村ともに購入牛糞堆肥費の平均額60リエル/kgとして計算した。
6) 物財費は現金支出物財費に自給種苗費と自給有機肥料費(自給牛糞堆肥費を含む)を加えたもの。
7,8) 時間当たり機会費用は各調査村の平均農業雇用労賃(S村では2,075リエル/時、T村では2,092リエル/時)を採用した。
9) 委託費の項目としては耕耘作業、灌漑作業、収穫作業および輸送作業を含む。
10) T村の灌漑作業委託費は6,900リエル/時として計算した。S村では灌漑作業委託は無く、灌漑ポンプ貸借により、借入者が作業にあたる。
11) 大型乗用収穫機(コンバイン)による収穫作業の委託費は6,000から7,000リエル/aとして計算した。
12) 脱穀作業の委託費は20kgに対して籾米1kgの支払いとなる。
13) 支払地代の支払い形態は籾米である。現金払い世帯は存在しない。
14) 1,000リエル=28.0円(2016年1月1日)
3,276 2,315 3,318 2,627 4,019
Samraong村 Trea村
2,150 1,700 2,348 2,198 2,470
表6.6 作期別の粗付加価値率
(単位:%)
雨季早期作 雨季中期作 乾季減水期作 雨季早期作 雨季中期作 粗付加価値率 60.9 67.8 71.3 51.2 63.0
出所:Samraong村は2013年、Trea村は2016年に実施した調査による。
Samraong村 Trea村
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縫製業賃金 2,155 リエル/時よりも高く、特に雨季早期作では 3.5 倍にもなる。ここには稲作生 産における機械利用が貢献していることがみてとれる。
T村では雨季早期作の時間当たり労働報酬である 3,149 リエル/時は、農業雇用労賃 2,092
リエル/時や縫製業賃金 2,656 リエル/時よりも高水準となったが、これもまた、S村同様に労働
投入を機械によって代替したことからくる効果とみなされる。ただし、雨季中期作については水 嵩が増すことから機械導入の制約を受け、労働多投的な生産を余儀なくされている。
6.3.2 T村における小規模農家の二期作からの撤退
T村の集計稲作農家を一作農家と二期作農家に区分して比較すると。雨季早期作と雨季 中期作の両作期での二期作が可能な圃場は59筆(1,357a)存在したが、実際にはわずか9筆
(257a)でのみ二期作が行われていた。一方で、雨季中期作に注目すると総筆数 129 筆のうち、
村外にある休閑地1筆(30a)を除いた 128 筆の全ての水田で作付がなされていた。これは、二 期作が可能な水田が存在するにも関わらず、意図的に雨季早期作を回避する傾向にあること を示す。
そこで何がこの二期作回避の要因となっているかを探るために一作農家と、雨季早期作と雨 季中期作の両作期を作付した二期作農家を比較分析した。まず両者には水田保有面積に差 がある。一作農家の水田所有面積は 44a であったが、二作農家のそれは 76a であった。次に 両者が作付を行っている雨季中期作の生産費を検討する。両者ともに生産目的として自家消 費米の生産を主としていたが、二期作農家は更に販売米の生産も行っていた。一作農家は飯 米確保のため、単収向上に向けて積極的な肥料投入を行って物財費が嵩張っている。また、
両者には委託費に大きな差がみられたが、これは機械所有の有無による。
こういった違いを念頭に置いて、小規模な一作農家が雨季早期作の作付を行う と仮定して 表6.7 調査二村における作期別にみた時間当たり労働報酬の水準
(単位:リエル/時)
雨季早期作 雨季中期作 乾季減水期作 雨季早期作 雨季中期作 時間当り労働報酬 7,283 6,265 5,294 3,149 1,578 農業雇用労賃
縫製業賃金
出所:Samraong村は2013年、Trea村は2016年に実施した調査による。
Samraong村 Trea村
2,075 2,092
2,155 2,656
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収益性を計算した。その結果は、収益性が極めて低くなることを示すものである。雨季早期作 単収は高くなく、また一作農家は農業機械未所有であることから委託費用が嵩む。この委託費 を抑制するためにハンドトラクターや灌漑ポンプといった農業機械を購入するのも経済的とは 言えない。つまり、小規模農家にとって雨季早期作の作付を避けることが合理的となる。
二期作農家による雨季早期作の粗収益及び粗所得は、雨季中期作と比較してもその水準 は高くはないが、借地や二期作の実践による作付面積拡大が可能であり、そのことで所有機 械の利用効率最大化を図ることが可能であったといえる。またT村の機械所有農家(二期作農 家)による作業受託は、村内における兼業化を支える役割を果たしていることにも注意しておく 必要があろう。
6.3.3 機械化の進展と委託費及び規模の経済
すでに前節で述べたが、両村ともに機械化が進展しており、それは所有機械や作業委託の 利用といったかたちで浸透していた。ここで特筆すべきは費用合計(自給部分を含む)に占める 委託費の高さである(表 6.8 参照)。S村の雨季早期作や雨季中期作、T村の雨季早期作など 水条件による制約を受けない作期における作業委託費は雇用労働費を上回る。
興味深い点は、作業委託料金について両村の利用料金を比較すると、T村の委託作業料 金はS村よりもかなり高いものであったことである(表 6.9 参照)。耕耘作業を二度行うとしても、
T村の作業委託費はS村の1.5倍にもなる。収穫作業に関しては約 2倍もの開きがあり、T村に おける作業委託費はS村の二作分の委託費に相当する。この単価は受託業者が兼業世帯の 農外所得を見越した作業料金であると考えられる。逆に言えば、兼業農家はその兼業所得の 表6.8 調査二村における作期別にみた労働費と委託費の占有率
(単位:%)
雨季早期作 雨季中期作 乾季減水期作 雨季早期作 雨季中期作 費用合計(自給部分を含む) 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0
総労働費(雇用・家族・交換労働) 23.1 31.8 51.0 16.4 62.1
雇用労働費 4.8 8.0 18.5 0.0 16.9
委託費 32.0 36.3 27.3 21.1 24.5
出所:Samraong村は2013年、Trea村は2016年に実施した調査による。
Samraong村 Trea村