前項で挙げた例とは逆に、あえて説明的なディスクリプションを強調することで、音の意味やコンテク ストを明確化する方向へと歩みを進めたのがトム・ローレンスの《ポラーズタウン湿地の水生甲虫 Water Beetles of Pollardstown Fen》(2011年)である。豊かな生態系を持つイギリスのポラーズタウン湿地にて 水生昆虫の音のフィールドワークを展開したローレンスは、その音の推測し得る正体や音が録音された状 況、あるいは録音地点の地理的、歴史的背景についての説明をかなり長文のコメントとして展開している。
当然ながら、聞き手は容易に各トラックを具体的な現実世界の出来事に結びつけて理解することができる。
また、収録されたトラックはほぼ無編集で、それぞれが一枚の写真のようなかたちで提示されており、さ らにそれらの音についてのダンのような個人的な解釈の強調、あるいはヴィンデレンの作品にみられたよ うな詩的な表現もみられない。したがって、この場合、ローレンスの立場はもはや表現者ではなく、観察 者であり、記述者である。実際に彼はフィールドワークの際、対象となる音を「できる限り科学的に」録音 するよう努めたと報告されている(Evans 2015: 97)。そのため彼は、作品のコメントにおいて、自身の解 釈をほとんど加えることなく、ハイドロフォンの設置状況や観察された昆虫の種名といった説明を詳細に 書き尽くしている。たとえば次のような具合である。
この録音では、ベルガモットミントやミズドクサ、フサモの光合成による気泡音と、長期的な水生甲 虫類の求愛コールが連続的に聞かれる。やがて、水生甲虫の鞘翅による摩擦音とタイコウチの威嚇コ ールが、タガメの集団の音を伴いながら録音を飲み込んでいく。水上の風がイグサの茎を水中で軋ま せたり擦り合わせたりするが、それはミズムシのコールと、徐々に静かになっていく半翅類の音に対 する興味深い伴奏となる。この録音は東側の用水路の底で餌を食むタガメのリズミカルなドラミング で終了する(Lawrence 2011)
このように、ローレンスは綿密なフィールドワークとその予備調査に基づき、昆虫や植物の種名までを把 握し、それをディスクリプションに反映させているのである。このような本作品のスタイルは、一種のリ アリズムを追究するネイチャー・ライティングの系譜—たとえばレイチェル・カーソンの海に関する一 連の著作など―を思わせる。カーソンが自著のスタイルについて、「印象や解釈」を超えて、「人間の目 を通すことによって生じる偏見を、できるかぎり排除しようと心に決めた」と述べたにもかかわらず、結 果的にその流麗なレトリックとストーリー性によって世界的評価を受けたことはよく知られている(カー ソン 2009: 89)。これと同様に、《ポラーズタウン湿地の水生甲虫》ではあくまで客観的な情報が淡々と併 置されているだけであるようにみえて、収録する音の選択やコメントの文体などによって文学的ともいえ る自然の描写としての表現性を同時に獲得している。すなわち、アーカイヴ的な手法に丹念なディスクリ プションを加えることでそれぞれの音の文脈をはっきりと示しつつ、それを物語化することで単なる科学 的なドキュメントとしての位置の脱却が図られているのである。
ローレンスとは異なるかたちで、やはり一種のアーカイヴに近い形式で水中音を取り上げた例として、
アンナ・ロックウッドの《ドナウ川のサウンドマップ A Sound Map of the Danube River》(2008年)を挙 げることができる。本作品は川の周辺の環境音を、付近の住人の川についてのインタビュー録音と並列的
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にアーカイヴし、それらを結び合わせながら(普通は視覚的に表象される)川という存在を聴覚的に表象 する試みである。このように、本作品は必ずしも水中音のみを扱ったものではないが、随所にハイドロフ ォンによるドナウ川の水中録音が挿入されている。本作品を聞いてただちに明らかになるのは、せせらぎ の音や(陸上の)虫の声など、一聴しただけで何となく音源を想起することのできる空気中の音と異なり、
何らかのざわめきのような水中音を収録したトラックが、明らかに聞き慣れない、異質な印象を与えると いうことである。ライナーノーツにでは水中音の音源について「水生昆虫やさまざまな生物」と簡潔な説 明があるが、実際に聞こえてくる雑多な音の正体を推し量ることは困難であり、おそらくロックウッド自 身にも判然としていないと考えられる(Lockwood 2008)。本作品のコメントでは、収録された音源につい ての何らかの説明的な文言が添えられているわけではなく、また住人のインタビューはあくまで川に対す る個人的なイメージに関する内容であって、聞こえてくる音についての言及ではない。そのような意味で、
本作品における水中音はヴィンデレンの作品などと同様のアクースマティックな性質を帯びているといえ るだろう。しかしながら、その正体不明性は、フィールドワークと作品の分離という先に論じたような問 題に必ずしも結びついていないように感じられる。というのも、聞き慣れた陸上の音やインタビューの言 葉を含む他の音源との関係性・対照性によって、水中音の曖昧な質感や聞き慣れないという印象それ自体 が、川の音環境についての言及として充分に成立しているからである。本作品における水中音を収録した トラックは、親しんだ川辺の水上の音に対し、水面下には体験したことのない音世界が広がっているとい う意外な事実を伝える。すなわち、多数の音源を並列化する構成によって、水中音の異質性それ自体の意 味が文脈化されているのである。
ローレンスとロックウッドの作品のスタイルは著しく異なるが、科学的なディスクリプションを加える にせよ、陸上の環境音や人々のインタビューと混在化するにせよ、そこでは水中音をそれ以外の情報と結 びつけることで「音の知覚の文脈化」が試みられている。このように、聞き慣れない水中音のフィールド 録音作品において、作品の経験をアクースマティックな聴取へと収束させないために、アーカイヴという 手法が極めて有効であることがわかる。
以上のように、ハイドロフォンによる聴取に関するフィールド録音芸術のアプローチは、現実の音環境 を作品というかたちで再構築することをつうじて、科学の文脈における社会的表象よりも遥かに柔軟性の 高い表現を生み出した。その柔軟性は、ホビー・エレクトロニクスの「遊び」と同様に、それまでの科学的 調査にはなかった、池や川、水生昆虫といった新たな対象が含まれるようになったことに象徴されている。
しかし、聴取の経験をいかに再構築するかという問題への思索の痕跡を残したその多様な作品のスタイル からは、水中音を聞くという行為が我々にとって何なのかということのとらえ難さが浮かび上がってくる。
既にいくつかの例で確認したように、それは慣れ親しみ意味づけられた陸上の音世界とは異なる異質性や 正体不明性によって特徴づけられる一方で、音それ自体とは異なるさまざまな情報との結びつきによって その聞こえを大きく変化させる性質を持っているからである。こうした事実を踏まえて、本章では最後に、
聴取の経験を作品として再構築しない方向性の活動、すなわち、ただ「聞くこと」を志向するようないく つかのプロジェクトや作品を検討することにする。
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3-4.作品を実体化しない芸術実践:聞くことへの回帰
前節ではハイドロフォンを用いたフィールド録音作品を取り上げたが、本節では、録音物を固定的な作 品に結晶化するのではなく、何らかのかたちで水中音の聴取の経験それ自体を構造化するようなオープン な形式を持った実践、作品に着目する。
前節で述べたように、ヤナ・ヴィンデレンは制作された作品のみからは窺い知ることのできない本格的 なフィールド調査を展開していることで知られているが、エマ・マコーミック-グッドハートは、こうした ヴィンデレンの実践活動を「エコロジカルな聴診 ecological auscultation」という概念によって説明してい る(Maccormick-Goodhart 2007)。この表現は、もちろんハイドロフォンの利用方法における聴診器との類 型性を念頭に置いたものであろう。すなわち、グッドハートの文脈においてこの語が意味するのは、地球 規模の環境問題によって多大な影響を受けつつある水中生態系の健康状態を聴取という行為に基づいて診 断していこうという動きである。それはいっけん前章で論じたサウンドスケープ生態学の枠組みに近いも のであるが、その解釈の方法が柔軟かつオープンである点にその違いがある。具体例として彼女が挙げる のは、ヴィンデレンとティッセン・ボルネミッサ・アート・コンテンポラリー21(TBA21)の共同プロジ ェクト「サンゴ礁の沈黙化 Silencing of the Reef」である。これはMITやウッズホール海洋研究所をはじ めとする科学者の協力のもと、「脅かされた音環境」であるサンゴ礁の水中音のフィールド録音調査を継続 的に行い、その成果を「インスタレーション、コンサート、出版、ラジオ放送、ワークショップ」といった 多様な形態において発信することで、音環境と生物相・生態系との相関性が聴覚的な経験をつうじて検討 されるというものである(TBA21-Academy n.d.)。このプロジェクトは、サンゴ礁の水中音についての「よ り構造化されておらず、制限の少ない思考やアイディア」を生み出すためのものであり、科学的な解釈に 対しても開かれているが、必ずしもそのような方向づけを持っているわけではない(Ibid.)。すなわち、水 中音を聞くという行為による生態系の理解の可能性が、サンゴ礁の弱体化という環境問題を背景に、必ず しも科学的な方法の拘束を持たない自由な形式で問い直されているのである。
また、類似するぷろじぇうととして、レア・バークレーがオーストラリア河川協会と共同で展開する「リ ヴァー・リスニング River Listening」を挙げることができる。このプロジェクトでは、「地球規模で展開す る環境の変化」を理解するための「生物多様性の評価」の手法として水中音の聴取およびそのデータ分析 のプロセスの重要性が提案されており、科学と芸術の学際的プロジェクトとしての側面が強調されている
(Barclay et al. 2014)。具体的には、ハイドロフォンで河川の水中音を採取し、そのサウンドスケープ生態 学的な科学的解釈と、広く一般の人々に聴取の経験を印象的に届けるような芸術的解釈の両面があわせて 検討される。彼女はこのプロジェクトのコンセプトについて次のように述べている。
サウンドスケープ生態学のような新出の聴覚的分野への関心が急速に高まっているにもかかわらず、
フィールド録音とそのデータの解釈における標準的アプローチはいまだに定まっていない。科学者は 種の識別のための高度なソフトウェア・ツールを開発しているが、その一方で入手可能なツールを統 合し、新たな方法でそのデータを聞くことの価値を探究することがますます求められつつある。また、
デジタル技術や創造的な共同作業をつうじてこれらのデータを広く聴衆に提供することには大きな可