この説明は主にクジラの音響通信に関するものであり、前章で取り上げたロジャー・ペインの仕事の影響 を想起させるが、それを聞いた我々がどことなく水中空間をイメージできることからわかるように、その 響きの雰囲気はどちらかといえば、浴槽やプールといったより身近に聞くことのできる水中音の印象に近 い。水の中で発せられた音や水中で聞く外の音が、どことなく柔らかく、くぐもったように聞こえること を我々は経験的に知っており、同様の事実は物理学においても指摘されてきた 35。しかし、いずれにして も、本作品における水中空間は音楽を変形するための想像的な媒介であり、水中音それ自体が具体的に言 及されるわけではない。
また、想像上の水中空間を音の媒介とみなすアイディアは、かなり特異なかたちではあるもののアルヴ ィン・ルシエの1970年の作品《カジモド、素晴らしい恋人 Quasimodo the Great Lover》にもみられる。
この作品は楽譜に固定された楽曲部を持っておらず、ルシエの他の多くの作品と同様、リアリゼーション の指示のみによって成り立っている。具体的には、「音が進む環境の音響特性をとらえ、それを遠方のリス ナーまで伝えようと、空気、水、氷、金属、石、その他の音響伝達媒体をとおして、それを非常に遠くまで 届けたいと願うすべての人々のために」という長大な副題に示されているとおり、マイクロフォンとアン プ、スピーカから成るシステムを利用して、ある音をそれが本来到達し得る距離よりも遥か遠方まで伝え るというのがこの作品の骨子となっている(Lucier 1995: 318)。本作品を着想する契機となった1969年の サンタバーバラでの経験について、ルシエは次のように述べている。
そこにいるとき、ロジャー・S・ペインがデモンストレーションと講義を開催し、彼の最近のクジラの 音楽の録音を再生した。誰もがそう思うように、私はそれをとても美しいと思った。しかし、私の胸 を打ったのは、音よりも、クジラたちがとてつもない距離を隔てて種内で互いにコミュニケートする 能力の方だった。彼らは特別な海の温度層に音を響かせることでそれを成し遂げる。音は海底に吸収 されることもなければ、水面から放散することもない。私はそのことに強く感銘を受けた。だからク ジラの音を真似たり、ペインの録音を使ったりするのではなく、私を最も感動させた特徴、つまり彼 らの驚くべき長距離間の信号伝達能力を模倣することにしたんだ(Ibid.: 112)
このように、ルシエが本作品でイメージしたのは、かつてSOSUSの敷設に伴って発見された、SOFARチ ャンネルを用いたクジラの音響通信であり、それが行われる長大なスケールであった。本作品におけるポ イントは、副題にも表れているように、音が長距離を進む間に環境から被る変調作用―クジラの声でい えば「特別な海の温度層」や、海底、海面での反響―である。つまり、ペインによる水中の音の録音に聞 かれた変調効果それ自体が抽象的に解釈され、強調されることになるのである。
このように、ブライヤーズやルシエの作品においては、水中音に関する具体的な知識が、空気中とは異
35 たとえば、18世紀の物理学者フランシス・ホークスビーは水が音を通すか実験するために水槽内でベルを鳴らした が、そのときベルの音が「柔らかで甘く厳かな」響きに聞こえたと綴っている(Hauksbee 1708: 372)。
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なる伝播特性を持つ音空間への想像力の起点となっていた。しかし、そこで鳴り響くものはあくまでアン サンブルが奏でる音楽やパフォーマーが発する音であり、環境に内在する響きではなかった。一方、オノ・
ヨーコは代表作の一つ『グレープフルーツ Grapefruits』(1964年)に収録した《フィッシュ・ピース Fish
Piece》において、水中の「魚の声」を作品に登場させた。それは次のような短文から成るインストラクシ
ョン作品である。
満月の夜に、魚の声をテープに録音しなさい。夜明けまで続けなさい。(Ono 2000: n.p.)
この作品は、もちろんハイドロフォンとテープレコーダを海に持参し、実際に具現化することが可能であ るが、オノはおそらくそれを想定していない。『グレープフルーツ』の冒頭を飾る「音楽 Music」の章には、
《フィッシュ・ピース》の他にも、本来聞こえない「音」の録音を指示するものが多くある。その傾向を顕 著に示すのが、同書に収録された《テープ・ピース Tape Piece》と題された一連の連作である。たとえば、
《テープ・ピース1番:ストーン・ピース Tape Piece I, Stone Piece》では、「石が老いていく音を録音し なさい。」というインストラクションが、《テープ・ピース3番:スノウ・ピース Tape Piece III, Snow Piece》 では、「雪が降る音をテープに録音しなさい。これは夜に行うこと。テープを聞いてはならない。切って、
贈り物にかける紐として使いなさい。もしそうしたければ、フォノシートで同じことをして贈り物を包み なさい。」というインストラクションが与えられる(Ibid.: n.p.)。このように、オノが挙げる「音」は、う まく解釈すれば、現代のテクノロジーをもってすれば聴取できなくもない現象ではあるが、《スノウ・ピー ス》の指示から明らかなように、それが実際に聞かれることを想定してはいない。むしろその非日常的な
「音」を、あえて録音という即物的なプロセスに結びつけることで、具体的に想像させることに主眼があ ると考えられる。つまり、ダグラス・カーンが批評したように、こうしたオノの作品はいっけん「テクノロ ジー的性格を際立たせてはいる」が、「実は心的機能に基づくテクノロジーによってしか再生できない、一 種の音ならざる音」を志向しているのであり、その音は現実の物理的世界というよりは想像的な領域に属 するものとみなす必要がある(カーン 1994: 123)。
以上に挙げた水中音の想像に関わる三つの作品は、一般的な音楽的形態を持つもの、非楽曲的な音のパ フォーマンス、想像上の音を喚起するインストラクション作品と、極めて多様なスタイルを示している。
しかし、それらはすべて具体的な環境音を素材として採用しておらず、これらの作品における水中音への 言及はあくまでコンセプチュアルなものに過ぎなかった。しかしながら、おそらくは同時期の海洋生物音 響学の黎明に関連して、芸術家の中で、実際に存在し、テクノロジーによってアクセスし得る現象の領域 として、水中の音環境がイメージされ始めたことがわかる。ところで、芸術の文脈において、この時点で 水中音が概念的にしか言及されなかったことの背景には、ハイドロフォンの入手困難さがあったと推測さ れる。一方、ハイドロフォンの利用はまさに1960年代から70年代にかけて徐々に脱専門化し、次第にそ のアクセシビリティを向上させていった。そしてこうした流れは、軍事余剰品やDIYなどをキーワードと するホビー・エレクトロニクスの領域においてもたらされた。
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3-2.脱専門化するハイドロフォン:ホビー・エレクトロニクスの実験
本節では、ホビー・エレクトロニクスの世界におけるハイドロフォンの利用についての言説や実践を取 り上げる。ホビー・エレクトロニクスという語の明確な定義はないが、ここではさまざまな電気的デバイ スを自作したり、安価に購入して組み合わせたりして、それを自らの目的のために用いる趣味の人々の文 化、というような意味で用いることにする。テクノロジーの脱専門化の流れをいち早くキャッチすること に長けたこうした趣味の人々は、音楽がハイドロフォンと出会うよりも早い段階でそれを用いた「遊び」
を空想し、ときにそれを実行に移したのである。こうした出来事を芸術の文脈で取り上げようとするのに は二つの理由がある。一つは、後で取り上げる水中音のフィールド録音を展開した最初期の二人の音楽家、
デヴィッド・チュードアとデヴィッド・ダンが、ともにこうしたホビー・エレクトロニクスの世界と深い 関わりを持っていたためである。つまり、芸術におけるハイドロフォンの利用の起源をこうしたホビー・
エレクトロニクスの領域に求めることは、歴史的にみてそれなりの正当性が認められると考えられるので ある。もう一つは、この領域におけるハイドロフォンへの「遊び」的視点がもたらす自由で包括的な聴取 のスタイルが、後の芸術実践の文化的意義を先取りしていると考えられるためである。前章で述べた科学 的文脈では、聞くべき音とそうでない音とが明確に区別され、またその解釈の様式も限定的である場合が 多かった。それに対し、ホビー・エレクトロニクス~音響芸術に至る非専門家によるハイドロフォンの利 用の系譜は、聴取の包括性や解釈の柔軟性にその特徴を認めることができる。実際にこうした動きによっ て、科学的にはほとんど調査されることのなかった、池や海岸といった身近な水中音にハイドロフォンを 用いてアクセスするようなアプローチが登場したのである。
ジョン・ケージが《カートリッジ・ミュージック》を発表した1960年に先立つこと3年、ポピュラー・
エレクトロニクス誌の人気連載「カールとジェリー Carl and Jerry」には、ジャンク品のカートリッジを風 船に入れて池に沈め、水中の魚の音をキャッチする男子高校生の遊びが描かれた(Frye 1957)[図39]。具 体的には、ふとした思いつきから、水中の魚の声をとらえ、それを池にフィードバックすることで魚を集 めようとした。そこで池に即席のハイドロフォンを沈めてテープを聞くと、偶然にも水に沈んだ樽の中に 閉じ込められていた猫の鳴き声が聞こえ、救出に成功したというようなストーリーである(Ibid.)。これは あくまでフィクションではあるが、これに類する試みは現実に行われていたようである。たとえば、アメ リカのDIY文化を牽引するフォレスト・ミムズの回想では、彼が高校生だったころ、ピエゾ素子を防水し てハイドロフォンを自作し、プールに沈めて水中の人のしゃべり声を地上に伝えたり、イルカの声を聞い たりして遊んだエピソードが綴られている(Mims III 1986)。さらに、1970年代中ごろにはピエゾ素子が 市販の家電製品で頻用されるようになり、それを転用してハイドロフォンを製作する人々が現れ始めた(コ リンズ 2013: 40)。1979 年には、前章で紹介した LP《ザトウクジラの歌》の制作者の一人であるフラン ク・ワトリントンが『安価なハイドロフォンの製作法と使用法 How to Build & Use Low-Cost Hydrophones』 と題された著作を発表し、種々の形状のピエゾ素子と絶縁オイルを利用した安価なハイドロフォンの製作 方法を紹介している(Watlington 1979)[図40]。