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『はなれ瞽女おりん』における盲女おりんの両義性

人間が人間として存在できるのは、人間以外の<他者>が存在するからである。他者がい なければ、人間もいない。その<他者>と言えるものは、ある場合は自然であり、動物であ り、またある場合は、人間共同体によって排除され、周縁に位置する者でもある。水上文学 では、瞽女が<他者>として描かれている。瞽女とは、さまざまな所を遊歴する盲目の女芸 人である。もともと中世の頃には、鼓を打ちつつ曽我物語を語る巫女装束の瞽女がいたとさ れている30。近代市民社会以前では、「人間の姿・形はその社会的存在のありようを直接的に 標示して」おり、「形が存在を(ひいては心をも)規定」していたことから考えると(赤坂 107)、巫女装束の女盲は、疑いなく聖なる存在である。近世に入ってから城下町を中心に、

地域的なまとまりのある自治集団瞽女屋敷が生まれ、瞽女は群居定着するようになった。し かし、身分制を核とした日本の近世社会において、身分的周縁に位置する瞽女は、常に賎視 される存在であった。

このような賎視される瞽女を主題とする作品『はなれ瞽女おりん』は、盲目だった水上の

「祖母の思い出」と「越後高田にのこる瞽女屋敷の人々」を合体させた「盲目の瞽女」のイ メージと、若狭の伝説にある「村の粗暴な男たちに弄ばれて子をうみ死んだ」りんという盲 目の女をモチーフに、「在所もあかさずに死んだ盲女への鎮魂歌」として創作した小説であ る(水上『はなれ瞽女おりん』681~682)。『はなれ瞽女おりん』は、幼い時に瞽女になった おりんが、成人してある男と関係を持ったことによって、生涯独身という掟をもつ瞽女屋敷 を放逐され、はなれ瞽女(自治集団に所属しない瞽女)となり、その後、脱走兵の岩淵平太 郎男と出会って一緒に旅をする、というあらすじである。この作品は、1977 年に篠田正浩 によって映画され、人々の瞽女に対する既定のイメージを大きく揺るがした。

現代の人間社会には、差別される側を一方的に「劣」の存在と見なす傾向があるが、この 作品におけるおりんの表象は、神田由美子が指摘するように、「最下層の組織からも疎外さ れ『地べたを生きる虫』という位置に置かれながら、乞食のように「貧と障害という二重の 負性を抱え」、「聖と卑俗」という両義性を持つ(神田 76)。言い換えれば、『はなれ瞽女お りん』において、水上は、既定した瞽女の表象を認める上に、それを解体し、瞽女の聖の表

30『七十一番職人歌合』二十六番 女盲を参照する。〔絵〕垂髪。朱の小袖の上に白の桂(前成本)。巫女装束。大鼓を左膝上に置き、打ち

象を構築しようと試みたと言える。

本章では、『はなれ瞽女おりん』におけるおりんの描写に注目し、おりんの出自の曖昧性 と生活場所の境界性、盲目、遊行、性的閉鎖性と奔放さという 4 つの面から、水上の瞽女表 象が既存の瞽女表象の解体を試みた軌跡を明らかにする。

1 出自の曖昧性、生活場所の境界性

おりんの「卑俗と聖」という両義性を確立するものとして、その出自の曖昧性、生活場所 の境界性が挙げられる。これは彼女が共同体によって排除されていること、あるいは共同体 の外部と結びついていること、つまり、彼女がよそ者であることを示唆するものである。

「おりんは何年何月に、どこで生まれたか定かではなかった」という記述から分かるよう に、彼女の誕生及び生まれた場所は非常に曖昧である(水上『はなれ瞽女おりん』406)。し かも、彼女の生みの親が誰なのかはまったく定かではない。つまり、おりんの出自は不明で ある。

おりんの曖昧模糊な記憶によると、彼女は 3 歳の時に、「さかい」に住んでいる斎藤にめ ぐりあったことを覚えている。そして、3 歳から 6 歳までに、おりんは斎藤と一緒に「さか い」で生活していた。「さかい」については、確証を持ったトーンではなく、噂話の体で「越 中と越後の境界にある海岸村」、「境の無人の家、あるいは地蔵堂か、阿弥陀堂」ではないか と記述されている(同 409)。「さかい」は村の名前の可能性もあるが、その場所は、まさに

「さかい」という言葉が示すように、共同体の内部と外部とその外縁部を、空間的なパース ペクティブのなかに相対化できる境界でもある。

地理的な概念だけではなく、「さかい」は概念的な場としての意味合いも持つ。人間が境 界的空間を通ることによって想起する概念的な場として、「さかい」は常に異次元空間(異 界)とのつながりを思わせる場である。以下は、小松和彦『異界と日本人』における異界を めぐる概念図(小松 13)によって作った境界をめぐる概念図(図 1)である。

小松によると、この図は、「『われわれ』と『かれら』、『われわれの世界』と『かれらの世 界』(異界)の関係を一般化したもの」である(同 13)。A の部分を〈「われわれ」「われわれ の世界」〉とすれば、B の部分は〈「かれら」「かれらの世界」〉つまり、境界の向こう側に広 がっている「異界」を意味することになる。

図 1 境界をめぐる概念図

この関係図に明らかなように、「われわれの世界」と「かれらの世界」は、C という境界の 部分で繋がっている。ここで言及される境界は、「『人間界』でもあり『異界』でもあるとい う両義性を帯びた領域」として、人間が異界に赴くときに超えていかねばならない領域であ り、神や妖怪などの「異界」の住人が「人間界」にやって来るときも越えてやってくる領域 でもある、と小松は指摘している(同 13)。また、小松は、誰でもこの境界まで行くことが できるわけではなく、「特別の能力を備えた者、選ばれた者しか行くこと」ができない、と も指摘している(同 13)。つまり、誰でも境界まで行けるわけではなく、特別に選ばれた人 しか行けないということである。この作品に描かれるおりんの曖昧な出自、境界上に生を営 むという設定は、彼女の最初が人間界と異界の双方の性格を帯びた存在として、異界まで行 ける資質を有するということを意味する。

また、境界の両犠牲について、赤坂憲雄は『境界の発生』で、以下のように解釈している。

境界は、異質なるものが交流・交感あるいは交換をおこなう場であり、さらには闘争す る場なのであり、境界の風景は、市の光景であり、戦場の光景であり、託宣や魔除けの 光景であり、葬送や供犠の光景などとして思い描かれる。そしてそこに、内部/外部、

生/死、現世/他界、人間/神、男/女、等々をめぐる境界の物語群が紡ぎ出され、反復さ れ続けるのである。(赤坂 318)

以上の説明から分かるように、「さかい」は概念的な場として、「異質なるものが交流・交 感あるいは交換をおこなう場」であり、「人間社会内部/外部、生/死、現世/他界、人間/神」

の分割点・接点である。言い換えれば、おりんの出自が「さかい」に設定されていることに、

おりんが異界まで行けるだけではなく、異界に住んでいる異質なるものと交流する力を持っ ているということが示唆されている。

この作品において、6 歳以後のおりんが生活する「寺町の一角で、職人町との境にある」

瞽女屋敷(水上『はなれ瞽女おりん』411)、各地巡行の常に宿泊地として使う「葬式にしか つかわない村はずれ」た阿弥陀堂は(同 400)、いずれも境界上に位置する。境界上に位置 することは、おりんが絶えず自分と同じような他者と遭遇することを意味する。そして、聖 なる他者として、おりんは村の人々に優遇された。おりんは境を超える者、または文化の伝 播者として村と村、及び異界を繋ぎ、「娯楽の少ない」村に束の間の快楽をもたらす(同 431)

存在だと言えよう。

以上から、水上が示そうとしたのは、おりんの「他者性」であることがわかる。それは、

同時におりんの異質性、両義性を認めることであり、だからこそ周縁に位置しながら共同体 の外部と結びついている他者性を示唆できるのである。このような他者性があるからこそ、

おりんは、後述するように、共同体の閉塞状況を打開する存在でありうるのである。おりん が、曖昧な出自及び、境界上に生を営むことは、2 つの世界を結ぶ異質性、両義性を示唆し ていると考えられる。

2 盲目

おりんは異常児として誕生した。異常誕生譚は、元来は神話のカテゴリーにおける 1 つの パターンであった。しかし、中世になると、異常誕生は英雄の出現を書くときの常套的な説 話類型となった。異常児として誕生するという設定も、おりんの両義性と深く関わっている。

おりんは 2 歳まで目が見えていたが、健全な目ではなかった。おりんの「おぼろげな記憶 の中に」母らしい人に関する記憶がある(水上『はなれ瞽女おりん』406)。この記憶にも非 常に曖昧に記述されている。

それは、まだおりんが眼が見えた二歳のときのことで、とにかく、そこは、ひろびろ とした縁先であった。おりんは縁のはしのようなところに出ていて、わきから母らしい 人の大きな手がのびて、おりんを支えてくれていた。おりんは縁から下にひろがる庭を みていたそうだ。庭には白い砂が敷きつめられ、ところどころに赤い花のある背のひく い草がはえ、その草のなかにぴかぴか光るものがあった。もっとも、眼がみえたといっ ても、健全な眼ではなくて、すでにおりんの眼はやんでいたから、砂とみえたものが白