智 う に 単
智庸 のが、 身観
十身・千仏とのつながりが一般的に承認される よう になった時点で︑﹁華厳経口を依 所 とする人 びとの中に何が生ま れるであろうか︒思うに︑少なくともその一つ は ︑十身・千仏を究極的な仏身と捉え︑十身・ 十 仏 によって仏身のり アリティーを明確にしようという試みであろう︒ 筆者は︑この試みに取り組んだのが 杜順 であり 智庫 であったと 考︐え ︵ 防 ︶ る ︒とくに 智 傭の場合︑かれの見た﹁華厳経ヒ 梵 本には・﹁ 説 如来十身 相 海岳﹂第三十セが存し たという︒この﹁ 如
の 思想を受けて︑ ︵㏄︶
いる︒︵㏄︶ただしその中で︑﹁もし一乗に約すれ 一ず ﹂ると解釈しつつ︑その三身は三乗的見解 答意 ︑我 仏 因果体用︑皆同一法︒ 謂 法性
ば ・すなわち下の十仏は通有なり﹂といわれる に 従って立てられるのであり︑土仏こそが一乗
の 一法︒
﹁下の十 仏 ﹂が何を指す 仏身であると主張して 一 とのべ︑法性そのものとしての諸仏の一体性 に 注目する︒そして他方︑﹁華厳律 ヒの 仏を﹁ 十 仏 および三身 仏 に通
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のかは明らかではない︒あえて推測すれば︑日華 厳経ヒの 十身・千仏の多くが 仏 そのものを種々 の 角度から表現して
いる傾ぎがある点から見て︑ここでは特定のもの が 指摘されているのではないのかもしれない︒ ﹁投文詞 ヒ における
それぞれの十身・土仏の注釈部分に当たって み ても︑ 智庫が 仏身 説 としてとくに着目していると 思われるものはほと
んどない︒わずかに︑ 離 世間 品 に示される⑧の 十 仏 ︑つまり正覚 仏 ︐ 願仏 ・業報仇・住持仏 ..@ しイ| イ ・ 仏 ・法界 仏 ・心仏・
二 一味 仏 ・ 性仏 ・如意 仏は ついて︑ ︵ 0 6 ︶ 辮 ︐ 説 土仏 化被 ︐ 於他り 初三報仇︑次三化・次回 活仏︒ 此 世一 相解耳 ︒ 若 俊二此経 @ 卸並 通摂也 ︒
と 説かれるのが注意される程度である︒
次に︑ 智嚴が杜 順の説を承けて 著 わしたといわ れる﹁一乗十玄門ヒには︑ ︵㎝︶ 土仏境界︑一郎一切︒ 謂 土仏世界海︑友鶴世間口 沖 開士広義足 也 ︒ とある︒この千仏 は ︑後代の華厳教学の継承者 たちによって︑いわゆる﹁ 行境 の土仏﹂︑つまり ⑪の無著 仏 ・ 願仏 ︐ 業報仇・持仏・淫楽 仏 ・法界 仏 ・心仏・三昧 仏 ・ 性仏 ・如意 仏 であると解されている︒だがこれ は ︑二種土仏説が華 厳教学の仏身 観 として確定して以後︑二種の十 仏 の玉梓をめぐって論ぜられることであって ︑そ のまま信ずる わ げに ︵㏄︶ はいかない︒確かに⑪の千仏 は ︑ 向捜 文詞二に 従っていえば﹁大用無 刀 ﹂の仏の世界のあり方を 表象するのに適切で
あるとも考えられる︒けれども・先に触れた ょ 5 に︑﹁ 捜 支証﹂における 智 佛の仏身論的関心は むしろ 離 世間 品 のも
う 一種の十 仏 ⑧に向いていたと思われることに 鑑みると︑その ょう に速断はできないであろう︒ また︑これらの二種 の 土仏 が 内容・観点ともほとんど変わらないこと から見ると︑ 智庫 はどちらとも決めず︑一般的 に ﹁ 離 世間 品 に明か
す 土仏の 義 ﹂とした可能性もある︒いずれにせ ょ ︑三乗十玄門口においては︑仏の世界の真実 を 表わすものとして
離 世間 品 の土仏 が 注目されているわけである︒
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智破の
若一乗 義 ︑所有功徳︑皆 不 ︒雄二二種土仏づ一行 境 土仏︒ 謂 無著 仏等 ︒ 如離 世間 品説 ︒ 二解境 土仏 ︒ 謂 第八地三世 49 ︵ 8 6 ︶ 間中︑仏身・衆生身等︒冥加工復読 り ︵ 5 60 ︶ と 論ずる︒一乗に依れば︑千仏があるのみであ る ︒実践的視点から分けては説くが︑修士・本有 の 義を区別しない︒
もしも真実の道を体解すれば︑その本体は一切 の種子の本体であり・その相は一切の種子の相で あり︑そのはたらき は 一切の種子のはたらぎであるということが 明 白 になる︒諸方に出現する仏は・その名称も教義 内容も︑みな旗印 定 に 依って現われるのであり︑別の仏はない︒ 智庫 はこう主張するのである︒
ここで問題なのは︑海部 定 ︵海印三昧︶と士仏と の 関係である︒上の文脈では︑その点がはっき りしない︒ただ︑
手掛りが二 つ ある︒それは︑海部定の主体が﹁ 釈迦﹂と明言されていること・および︑無著 仏等 の 土仏⑪は釈迦の行 ︵ 6 6 ︶ 実を本質論的に捉えたものと見ることができる ということである︒このことから︑土仏の三昧が 海 印矩であると推定 されるとともに︑ 智嚴 がここで︑根源的な 仏と しての土仏の意味を明らかにするために﹁諸方 現 仏 ﹂以下のことばを
加えたのではないかと推測されるのである︒
さて︑以上のような過程を経て︑ 智 厳は無著 仏 等 の千仏⑥と並んで︑十地 品の ﹁衆生身﹂等の十 身 ⑥に着目し・ 両 ︵ 7 6 り
と 名づげて並立するに至る︒このことを示すの が ︑ 最 晩年の著書﹁乳口
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︵ 仮 ︶ 切種用也 ︒諸方 現仏 ︑若名君 義 ︑皆 依二 釈迦 海印 定 ‑ 現 ︒ & ㌻ 別 仙 ‑ 也︒ 智 嚴の仏身 観 が明瞭になるのは︑かれの五十八 歳 以後の著作である﹁五十 要 問答﹂におい ︵ 3 6 ︶ は ︑本書において︑一乗教の仏は無著 仏等 の千仏 ⑪であるということをはっきりとのべ︑
若 俊三乗 @ 但有 ︐千仏 づ依 ︒得分説︑不︒ 分二 修士 ゑ本有 義り 芳体 二解 大道︵ 体即 一切 種体 ・ てである︒すなわちかれ
相即一切 種 相︑用 即一
とある中の十仏を指している︒﹁ 捜 文詞 ヒによ れば︑この一段は ︑
に 尽きれば︑行じて仏の境に人るしのを受けて
一 ホ されるもので︑
故 第四 辮 二十見仏づ前信治 但解 ︒ 今 行成敗見地︒ 既得︐体相応 @
といわれる︒すなわち・菩薩の実践が進展して︑ いま行が完成した
て 自由なはたらぎが出てくるというのである︒ 経 典は次に﹁十種の
正当化されている︒また﹁五十 要 問答﹂には︑
︐ ﹂の見仏について︑
直前の﹁ 十捨離 廃業﹂の一節において﹁ 体 擬すで で
︵ 2 り 大用無 刀 ︒
から十種の見仏があるのであり︑この境地にお
仕業﹂を明らかにするが︑それも同様の立場か ら ︵ー︶ 7 故 ︒如意 仏 ︒ 普覆故 ︒仏子︒ 是為二 菩薩摩 詞 塵土 種 見仏 づ若 菩薩摩 詞薩 宏二 住此法 ︵ 則能観 : 見無 上 如来Ⅱ と のべ︑また︑ ︵ 9 6 ︶ 此経 伍ぎ 三身づ 但有 二二種十身 づ 加工明後 説づ
という︒円孔日章 口 において初めて︑突然に ︑解 境 の千仏 が行境 の千仏と肩を並べることになっ たのである︒本書を 著 わしたころの 智嚴が解境 の土仏を強く意識し ていたことは︑同書の﹁三世間章﹂において︑ 智 正覚自在行の解明に
︵ 0 7 ︶ この部分の経文をそのまま引用したことにも示さ れている︒
しかしいったい︑このような土仏説の移行ないし 発展︑さらには 向 華厳経 L の仏についての三身 説の是認から否定 への転換は︑どうして起こ づ たのであろうか︒ ま たそれは・何を意味するのであろうか︒
ここで︑いわぬる 行境 の千仏・ 解境 の土仏に関し て︑ 少し補足しておこう︒
まず 行境 の土仏とは︑詳しくいえば︑ 離 世間 品 こ︑ Ⅱ 仏子︒菩薩摩 詞薩 ︑有二十種見仏づ何等 為 ︒ 十 ︒ 所 謂 無著 仏 ︒宏二佳世間 ‑ 成 ニ 正覚 ‑ 枚︒ 願仏 ︒出生 故 ︒業報 仇 ︒ 信 故 ︒持仏︒随順 故 ︒ 浬架仏 ︒大度 故 ︒法界 仏 ︒ 軸 釜処 木て 至故 ︒心仏︒安住 故 ︒三昧 仏 ︒無量無著 故 ︒ 性仏 ︒決定
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と 注釈する︒第八地の菩薩が︑世諦 智 をもって 衆生に呼応して自由に身を現わすそのあり方が ︑ 解 境の十身として 示 観 されるというのであろう︒それは︑確かに︑ 現実の場においてい きぃ ぎと活動する 仏 ・菩薩 の 自在性を象徴している
綿 ようである︒
榊 上述したところから知られるごとく・ 行境 の 土仏と解 境 の土仏とは︑経典の説 き 方から 見 ても︑ 智 廠の解釈の仕方 智 から考えても︑明らかに性格が異なる︒ 智嚴は ︑お そらくは 杜 順の見解を受け継ぎ︑このうちの 行 境 の千仏⑮・あるいは
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︵ 5 7 ︶ 是 世諦 智 ︒北中陣︐所化 ‑ 摂 ︑ 有 ︐十身 づ とある︒ 智庫 はこれに対して︑口授支証 口 にお いて︑ 由 三 知 ︒棄児順二正理 ‑ 枚 ・ 則能観二 無上如来 り何以 故 ︒ 是成二 菩提公法︑ 及 解脱公法田鹿 細 差別︑対 ︒礫土︒ 信 ・初婚 ︵﹁︒︶ 7 不 ︒ 同故 ︒
と 説明される︒要するに︑実践の主体である 菩 薩が ﹁正理に順ずる﹂行の境 位 において見るのが 行境 の千仏であり︑
また千仏自体は ︑ 先にのべたごとく︑根源的な 仏を 表わしていると 智 倣は考えるのである︒
次に解 境 の土仏とは︑第八地の菩薩が知り・ そ して自ら衆生の願いに応じてそれとなるところの もので︑経典に
ま︑
是 菩薩 知 ︐衆生身︵ 知 ︐国土音︵ 知 ︐業報身︵ 知二 片間 身 ︵ 知 二群吏仏身︵ 知二 菩薩 身 ︵知工如来身︵ ぬ二 智見︵ 知二法 身 ︵知工虚空身 り是 菩薩 如 ︒ 是 知工衆生深心所 て 楽︑ 若松 二 衆生身︵作手己身︵若松 二 衆生身 ハ作 二国土 身 ︑業報身・ 声 聞身 ︑辞支払 身 ・菩薩 身 ︑如来身︑智 身 ︑法身︑ 虚空身 づ 若族二国土耳︵作三己身・業報身︑乃至 虚空身 弍 若松 二 業報身︵作三己身・乃至虚空身 ャ 若 族二 己身︵作手 衆生身︑国土 身 ︑業報身︑声聞 身 ︑辞 支 仏身・ 主 ロ薩身 ・如来身︑ ︵ れ ︶ 智身 ︑法身︑虚空身 っ
智傲が 自らの仏身 観 として確定する
らかにすることは容易ではない︒それ
を延ばさなければならないからである
にとって根本的な課題であったはずで
そこにある︒すな ね ち︑その仮説とは
仏身 説 と考える見解の定着との交点に
十仏説の大成を捉えようとするもので 二種土仏説が︑どのような背景をもち︑いかなる 経緯のもとに成立したかを 明
は ︑この問題について語る資料は極めて少なく︑ また 智 嚴の内面深く探究の手
︒しかし︑﹁華厳 経 L 自体の性格から考えても︑ 仏 などり受け止めるかは 智庫
ある︒筆者があえて上の間題を取り上げ︑一 つ の 大胆な仮説を提起した理由は
︑中国仏教における仏身のり アり ティーの確保 と ︑千仏身を﹁華厳経 ヒ 特有の
華厳教学的千仏説の定立を見︑智 庫 における 仏 の 主体的追求の結果として二種
ある︒諸賢の叱声を得て︑今後さらに考察を進 めたいと思 う ︒ 実相対の場を遠く超えている︒いわゆる 解境の 千仏⑥は︑そうした行 境 の土仏の超絶性・根源性 に 対応しつつ︑現実
相対の場においてこそはたらいてやまぬもので あるといえ よう ︒この意味において︑ 解境 の土仏 が 登場してはじめて
華厳教学の仏身論は思想的に整備されたと見ら れるのである︒﹁五十 要 問答﹂から﹁ 孔 日章 ヒヘ ︑ 行境 千仏説から 一
種土仏説への展開は︑ 智欄 にかける哲学的思索 0 発展と︑かれ自身の現実的世界への遣帰を窺わ せる︒
び
三結
これ
著作
と と