これまでみてきたように、書店店頭においてあまたある人文書の書籍群をあ る基準で分類し、棚に落とし込んでいくときに、1 冊1 冊に「哲学・思想」「心 理」 「宗教」 「歴史」 「社会」 「教育学」という6 つの分類のいずれかを付与します。
そしてさらに細分化された下位分類に落とし込みます。書店の棚づくりはこう したきわめて機能的な「分類」によってなされることはいうまでもありません。
そして、この「人文書販売の手引き」もまたそうした確信をもとに作成されて います。
しかし、そうしてでき上がった書店の棚が現代の知的状況をどこまで反映す ることができるかということを考えたときに、これまで提案した6 ジャンルの 分類方法にいささか疑問がわいてきます。いい換えれば、流動化する知的状況 を常に棚に反映させることは6つに分類された棚の上では、実のところ不可能 であるということを、わたしたちは認めざるをえないのです。なぜならば現代 における知的営みには、しばしば「哲学・思想」「心理」「社会学」「宗教」「歴 史」「教育学」という6つの分類を超え、かつ社会科学、自然科学分野などの 他領域の成果をも動員することによって初めて到達することのできる多数の書 籍群が存在するからです。こうした、領域を横断し、越境する、いわば分野の クレオール
(異種混交)性ともいうべき知的状況に加えて、さらに事柄を複雑に しているのは、最先端の知的成果であればなおさらそのクレオール性が高まっ ているということです。
それが図書館の10 進分類法にもとづくものにせよ、近代日本の大学制度の
学部・学科構成にもとづくものであるにせよ、書店店頭の棚分類は、その大き
な枠組みを、ある特定の時代につくられた「伝統的」な学問分類に依拠してい
るにすぎない、という点にひとつの問題があります。もっとも、19世紀に成
立した「伝統的」な分類は現代においては大半の人々の共通認識となっていま す。そしてその共通認識をもとにした書店と読者の相互了解が成立しているか らこそ、書店の棚分類という営みが現実に意味を持つことは十分に認めます。
しかし、今から100 年以上も前につくられた分類が、現代の最先端の知的状 況を十分に表すことができるかというと、必ずしもそうはいえないでしょう。
それでは、日々流動化する分類のクレオール性を、書店の棚でどのように表 現できるのでしょうか?
人文会はそうした問題意識にもとづいて、かねてより第
7の分野として「現代の批評・評論」という試みを提案してきました。「現代の批評・評論」とし て括られる小分類とそれを構成する書籍群は、その時代の最先端でありながら も、6 分野に収まることのできない知的成果の集積といえます。
たとえば1993年、人文会が提案した「現代の批評・評論」は次のようなも のです。「ダダ・シュールレアリスム」「宗教思想・神秘思想」「現代社会批評・
文明批評」「文学理論・芸術理論」「構造主義的文芸批評・記号論」「ポスト構 造主義と文明批評」「英米批評」「フェミニズム批評」「セクシャリティ論・男 性論」「家族論・都市論」「情報社会論」「現代文芸批評
(日本)」「戦後思想」「日 本の現代思想」。そして2008 年には「表象文化論」「カルチュラル・スタディー ズ」「政治哲学」「日本の現代思想」を提案しました。
これらの小分類はいずれもその時代を象徴するキーワードでありながら、そ の時代においては6 つの中分類のどこにも収まることのできないものでした。そ して今では、これらのなかのあるカテゴリーはしかるべく正当な位置を与えら れ、6 分類のうちの一画を構成するに至っています。あるものは一過性の流行と してその役割を終え、あるものはさらに新たな分野へと再構成されています。
「現代の批評・評論」とは、日々、流動化し更新される知的状況に合わせて 棚を再編集する、こうした持続的な試みなのです。
c o n t e m p o r a r y c r i t i c i s m
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ドキュメント内
手引き第2版WEB用.indb
(ページ 52-55)