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広 報 委 員 川 野 豊 一

電子書籍あるいは電子出版

(その 3)

というわけで、「電子書籍の閲覧のため」と いう大義名分で iPad を購入してから 2 年半が過 ぎ(この間に「新しい iPad」も購入してしまっ た)、2012 年 10 月 25 日にようやく Kindle スト アがオープンして amazon.co.jp でも電子書籍が 購入できるようになった。本家 amazon.com が Kindle Store をオープンしてから 5 年、すでに日 本でも種々の電子書店が電子書籍を販売してお り、品ぞろえと価格で既存の電子書店との違いを 見せてくれるのか、かなり期待していた。

しかし、日本経済新聞によれば、品ぞろえは他 の電子書店と大差なく、Kindle 本の価格も他の書店 とほぼ同一の価格で横並びだそうである。こちらと しては期待していた分だけ不満である。ヽ (̀ Д ́) ノ

購入したコンテンツをさまざまな機器で読む ことができるということに関しては、一応合格 点であろう。Kindle 機器だけでなく、iPhone 、 iPod touch 、Android スマートフォン、タブレッ ト(iPad 、 Android)で無料のアプリが提供され ている。また、読み終えた最後のページがすべ ての端末間で自動的に同期され、読み始めた本の 続きを別の端末でも読むことができる。不満なの は、Kindle ストアがオープンした後アカウント の結合を行ってからは、最近購入したコンテンツ を PC(Mac)のアプリでダウンロードしようと すると、「商品とデバイスの互換性がない」と表 示が出て読むことができないことである(以前に

amazon.com から購入したものはきちんとダウン ロードして読むことができた)。

 Kindle サポートに問い合わせた時点では、Mac 用のアプリをサポートするか否かまだ決定してい ない、とのことであった。ヽ (̀ Д ́) ノ

現在のところ横並びのようであるが、それぞれ の電子書店は、今後どのようにして他との差別化 を図るのだろうか?また「物理的なコストがより 少ない電子書籍は紙の本よりも当然安くなる」と 期待している消費者の心理をどのように満足させ ていくのだろうか?まさか、無視するわけにはい かないであろうと考えるが、どうなるのだろうか?

電子書店は確かに便利であるが、たまに大き な書店に行って、確たるあてもなくいろいろな本 を眺めるのも楽しいと思う。しかしながら、如何 せん、小生の周辺にはそういう店があまり見当た らないようである。丸善や紀伊國屋を連れてこい とは言わないが、ニッチな類の本も見つけられる ような書店があればいいと思うのは、田舎では無 理な願いか?

〜 山口県医師会、医学功労賞を頂いて 〜

医療法人愛命会 泉原病院 院長  牧野正直

  

会員の声

 去る 6 月 17 日(日)、萩市で行われました第 66 回山口県医師会総会で本年度の医学功労賞な るものを頂き、身に余る光栄に感じております。

 山口県でハンセン病のことをご存知の先生は極 めて少ないものと思います。私が頂きましたのは、

このハンセン病に関する英語の教科書「Leprosy 

─ Science working toward dignity(ハンセン病

─尊厳獲得への科学─)」を 2011 年 2 月に上梓 することができ、このことが認められての受賞だ とのことです。自分自身、思いもよらぬことで本 当に驚いています。

 少し私の略歴を書かせて下さい。私は 1969 年 に広島大学の医学部を出て、当時両親の住んでい た兵庫県宝塚市に最も近かった大阪大学の大学院 へ進学しました。しかし、臨床ではなく基礎医学

で「抗酸菌生理」という部門への入学でした。大 学院では、抗酸菌(結核菌)の菌体外蛋白の研究 をしました。私が属していた抗酸菌生理部門は、

大阪大学微生物病研究所(略して阪大微研)の一 部門で、ここで大学院を終えました。さて、いざ 大学院を出て就職となりましたが、当時、阪大 でも助手(文部教官〜現在の助教〜)になるのは とても難しく、ポジションのあくまで奨学金をも らって研究を続けている人もたくさんいました。

私は運よく一年後の 1976 年、阪大微研の「癩部 門」の助手として採用されました。 結核菌 が ら い菌 と同じ抗酸菌に属するということが、幸運 を引き寄せたものと思っています。

 癩部門が持っていた ハンセン病外来 を担当 することとなり、初めてハンセン病なるものを診 ることとなりました。ここから私の人生は急転回 します。この病には、人権を極端に蹂躙した法律

(「らい予防法」)が未だになお堅持されることを 初めて知り、どうしてもこの法律を廃止せねばと 運動を始めました。

 初め運動は全く見向きもされませんでしたが、

1985 年頃から少しずつ世の中にも理解されるよ うになってきました。そうこうしているうちに、

どうしたことか 1994 年、私は岡山県にある国立 ハンセン病療養所の邑久光明園の園長にと厚生省 から話がありました。

 私はその頃、研究の方でも日本で初めての ら い菌 の遺伝子ライブラリーを放線菌の中で作る ことができ、それを放線菌の中で発現させるとい う研究に成功しており、園長職への転身は躊躇さ れましたが、「療養所の中でも研究は出来るから」

という甘言に釣られて園長を承諾しました。実際 には、園長に研究する時間などなく、私の研究者 としての人生はここで終了致しました。

それから 15 年間、ハンセン病は私の生活のほ

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とんどを占めましたが、その結果、15 年後には 邑久光明園を全国で医療の質の最も高い療養所に まで昂めることが出来たと思います。もちろん、

遺伝子の研究で実際にピペットを持つことはなく なりましたが、国際医療協力などで、東南アジア の国々で教えたり協同研究をサポートするような ことでは活躍できたと思います。中でも 2000(平 成 12) 年から 5 年間は、ミャンマーへの毎年 1 億円規模のプロジェクトを立ち上げ、国内委員長 を務め、研究者の派遣を中心に活動したのはよい 想い出です。

2009 年 4 月、私は退官と同時に岡山を離れ、山 口県周南市へやって参りました。精神科を学びた い一心から、同級生のいる泉原病院へ受け入れを お願いしたところ、快く引き受けて下さいました。

今ここにいることを心から感謝致しております。

さて、この様な国立療養所園長人生の中で、「ら い予防法」の廃止(1996 年)、次いで起こった「ハ ンセン国賠訴訟」(1998 年)、さらに 「 ハンセン 病問題の歴史的検証」(2001 年)という一連の 流れの中、常に中心的役割を果たすことが出来ま したが、その時痛感しましたのが、我が国にハン セン病医学の基本となる教科書のないことです。

このことを危惧いたしました私は、まず日本語の

「ハンセン病医学(東海大学出版会)」という教科 書を上梓いたしました(1997 年)。その後、こ の本は全面改定され「総説ハンセン病医学(東海 大学出版会)」(2001 年)となっています。

だんだんと退官が近づいて参りますと、なぜ わが国は、ハンセン病教科書を英語で出さないの だろうという疑問が湧いてまいりました。日本ハ ンセン病医学は、特に基礎医学を中心に世界に冠 たるものがあります。そこで、次は英文の教科書 だということで、英語の教科書を作ることといた しました。わが国を代表する 3 人のハンセン病 の専門家に英語の教科書を作ろうと呼びかけまし た。その製作のポリシーは、第一に価格にこだわ りました。なぜなら、この本を必要とする国々、

すなわちハンセン病がまだまだ蔓延している国々 は東南アジア、アフリカ、中南米のいわゆる途上 国になります。こういった国々の研究者や医師に 読んでもらうには、まず廉価であるべきだと思い ます。安くなければ買ってもらえません。私は退

官の時、皆様から頂いた餞別をすべてこの本の製 作にあてさせていただきました。その結果、274 ページで A5 版、カラー印刷のすてきな本を 3,500 円という価格に抑えることができました。

第二に臨床の部分の写真は、現在蔓延してい る国々の方のものがよいだろうということで、臨 床の一部はこういった国々の代表的な学者に参加 依頼することを考えました。廉価にするために、

すべてボランティアでの参加をお願いしたのです が、ほとんどの執筆者は快く私達の申し出を受 けてくれました。疫学や歴史の部分はイギリスや オーストラリアの友人達(その道の世界的権威)

に依頼しました。

第三にこれが最も主張したかった点ですが、日 本の医学はすでに世界のトップレベルにあると思 います。それなのになぜ日本発の英語の教科書が ないのでしょうか。内科書といえば私の年代では、

「ハリソン」や「セシル」などという英語の教科 書がすぐに浮かんできます。私はこれをすごく歯 がゆく思います。「冲中の内科書」だって素晴ら しいものだったと思います。日本発の英語の教科 書が出て、世界の医学生や専門家に愛読されたら 何と素晴らしいことでしょうか。これから、どん どん日本発の英語(英語が共通言語であることを 認めざるを得ないのは残念ですが)の教科書が世 界の医学会に氾濫することを願っています。その 縞矢となればと思ってこの一矢を放ちました。し かも、維新の息吹の残り香を感じることの出来る 山口県から出せたことをとても誇りに思います。

2011 年 2 月にこの本は上梓されました。しか し、何と 3 月には例の東日本大震災が起こって しまい、私達は自分達の本が上梓されたことも宣 伝することが出来ず、それぞれの方法で復興支援 に携わらなければなりませんでした。それでもこ の教科書は、WHO を通じて寄附したりしたこと もあり、おかげ様で少しずつ世界に浸透しつつあ ります。 

何はともあれ、私のような新参者にこれほど の賞を下さった山口県医師会の寛大さに心より敬 意を表しお礼の言葉といたします。