トップPDF 英語語法における曖昧性の回避について 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

英語語法における曖昧性の回避について 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

英語語法における曖昧性の回避について 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

there is a Twitter team dealing with it. ― Marketing, November 28, 2012  「E メール」意味では、email だけでなく email message という表現も使われる。次例を 見て欲しい。 (12) Correction: As my colleague Brad Stone–and a number of commenters on this blog pointed out, Steve Jobs did, in fact, disclose his pancreatic cancer after he was operated on in 2004. He did so by sending an email message to Apple employees after his successful surgery. I still think it would have been more appropriate for the board to make the announcement to shareholders. Nonetheless, I stand corrected.
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日本語教育における学習者コーパスの構築とICLEAJ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

日本語教育における学習者コーパスの構築とICLEAJ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 SLA(Second Language Acquisition, 第二言語習得)は外国や第 2 言語学習プロセスを支 配する原理を明らかにすることを主要目的にしているが、Ellis(1994: 670)はそのデータには 学習者言語使用データに加え、文法判断ようなメタ言語的判断や質問紙法や思考発話法 ような自己申告データなど 3 種類あるとしている。さらに、非統制言語使用データを非誘 導型、有統制それを誘導型、メタ言語的判断や自己申告データを内省型データと呼んで、優 れた研究は様々なデータソースを使用している研究であると述べている。そしてこれまで SLA 研究は、内省型や誘導型言語使用データを中心に行われてきたが、学習者コーパスは非誘導 型言語使用データがもっている出現頻度や変数、回避といった問題を解決できる利点を十分 に備えていると述べている。
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国際交流におけるコンフリクトの解決スキル 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

国際交流におけるコンフリクトの解決スキル 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 一方、協同(Win Win)では、両者要求が共に満たされる状態を目指すことで、新たな交 渉次元を創造する。その結果、パイ大きさを拡げることで、選択肢を拡げ、両者が満足する 解決策が得られることになる。  ASEP 場合、言葉、国境、時間という制約があり、現地到着後も発表前日まで内容につい て検討を行うことが多い。そのため準備進度も異なることから、片方グループ主張を 優先させることで勝ち負けような状況が生じる「対決・宥和」、もしくは、差異分を痛み分け とすることによる「妥協」産物列挙によるプレゼンテーションになる可能がある。そし て、両者がどちらも自分にとって好ましい結果を主張仕切れず、妥協する気もない場合、関係 者全員関係が悪化する可能もある「回避」。
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「日本の英文学研究」考 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

「日本の英文学研究」考 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 こうした一連検証作業を通じて、太平洋戦争中日本英文学者中には、己専門領域 を当時日本国家ために積極的に活かすべく、真正面から現実社会と向き合い、実社会と 深い関わりを求めた者がいたことが判明した。実社会と直接接触を希求した英文学者は、 己学問研究を、己専門を、己持てるすべて力を、そして己最大武器とも言える英 米事情に関する厖大な博学多識を、時日本社会に対して役立たせようと努めたである。敵 国となった英米文学や文化を専門にしてきた彼ら英文学者にしてみれば、己が持てる力を国 家ために存分に発揮する時機が到来した、と大いに興奮し、奮起したであろうことは想像す るに難くない。現実社会と直結した、まさに生きた英語英米文学研究存在意義をしんから自 覚し、これこそが実践知性最たるものだと彼らは認識したにちがいない。慶應義塾大学名誉 教授・白井厚が著書『大学における戦没者追悼を考える』(2012)中で、「英語を勉強するこ とによって、高いところに立って普通人には見えないところが見えるようになる。敵国文 章をいち早く直接読むことができ、それだけ視野が広がる。敵状況が分かって戦争に勝てる。 だから英語学とは展望台学問であり、戦争に役立つというふうに、論を展開します。そうす ると、なんとなくそんな感じもして、英語を一生懸命に勉強できるようになります。海軍は英
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トーマス・ロッカー絵本の整理と展望 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

トーマス・ロッカー絵本の整理と展望 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

  , by Thomas Locker. New York: Harcourt, Inc., 2001.  「大自然が踊る」というテーマ第三弾で、前二作構成を踏襲している。テキストは三人称 視点から書かれおり、様々な偉大な山々姿を映し出している。巻末に載せられたクリスチ ャンセン、および地理学者ドナルド・フィッシャー(Donald Fisher)による科学的説明に助け られ、それら山々がどのように作られたか、また変化していくかを読者は知る。アメリカ合 衆国内よく知られた山々が例として挙げられており、地学、地理テキストとしても読める、 面白い趣向絵本である。短い時間で変化する水とは異なり、山々が何万年かけてダンスを踊 っていると捉えられているところがユニークである。最後見開きでは、たくさん星がきら めく群青色空を背景にした山々姿を描き、“Beneath the stars, / mountains dance their slow dance / that goes on and on / in the endless beauty of the universe.” というテキストが配され ている。読者を悠久彼方へと誘い、宇宙神秘を感じさせる。
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北村 裕先生との四半世紀 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

北村 裕先生との四半世紀 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

竹 内   理  我々が敬愛する北村 裕先生が、65 歳定年を迎え、本学をご退職になられる。言葉では言 い表せない、強い寂しさを感じずにはいられない。  北村先生とは、お互い前任校時代から数えて、もう 25 年を越えるおつきあいとなる。私が まだ 20 代後半、先生が 40 代前半時であった。学会でお会いしたが初めてであったが、そ 素晴らしい英語力には感服するしかない、と印象を覚えた。その後、先生が長期留学経 験を一切持たず、日本でのみ英語を学んできたという話を聞き、ふたたび驚いた次第である。 また、ご研究面でも、パソコンという言葉がまだ一般化していない時代に UNIX ワークス テーションを駆使して、まさに外国教育工学という言葉にふさわしい業績を打ち立てられて いた。その後も、ベルギー著名な心理学者 G. d’Ydewalle 先生と共著で眼球運動に関する認 知心理学的研究を行われたり、米国 CNN 社と契約して英語教育教材を開発されたりと、常に フロントランナーとして、面目躍如たる活躍を続けられていた。これらに加えて、恩師大西 昭男先生(関西大学元学長・理事長)薫陶を十分に受け、幅広い分野で深い教養をお持ちで もあった(更にフルート名手でもある)。このように、私からすれば、北村先生は真に仰ぎ見 るような存在であった。その先生と、国際研究大会実行委員会メンバーとして、またその後 は、(先生が愛してやまない)関西大学同僚としてご一緒させていただき、間近に接する機会 が持てたことは、後研究者・教育者として人生に大きな影響を与えたことは言うまで もない。
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ビセンテ・ウイドブロ『北極の詩』(抄) 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ビセンテ・ウイドブロ『北極の詩』(抄) 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

し長く、7 月から 9 月にかけてほぼ三ヶ月に渡っている 3) 。  一時的にせよウイドブロがフランス都を離れたは、パリに迫りつつあった第一次世界大 戦戦火を避けるためで、マドリードにたどり着く前には、トゥール近郊に所在するボーリウ・ プレ・デ・ロッシュで過ごしている。この時、避難生活を共に過ごしたが、リトアニア出身 彫刻家ジャック・リプシッツとスペイン出身画家フアン・グリスで、その僻村で彼らと家 族ぐるみ付き合いを持った。『北極歌』冒頭に載る二人友人へ献辞は、その時思い 出に寄せたものである。
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福井先生との翻訳の仕事 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

福井先生との翻訳の仕事 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

外国学部紀要 第 16 号(2017 年 3 月) 22 人書簡を翻訳する中で、私と福井先生は当時状況と現在社会情勢、そして我々学者役 割についてよく話しをする。世界は今 ISIS に怯えている。その恐怖を取り除くために外国人を 占め出し、自分たち価値観だけを守ろうとしている。そして、メキシコから移民、イスラ ム教徒に対して度々暴言を放ったトランプ氏が先日次期アメリカ大統領に決まった。自分たち とは違う人たちことを理解しようとする姿勢がどんどん失われつつある。そうした社会を変 えるには、私たち研究者がベネディクトやボアズがしたように、こつこつと客観的な事実を集 め、どのようにして今社会状況が生まれたかを説き、科学的な方法で人間を分析し、それ に基づいて正しい判断をするように世界人を説得するしかないではないかと思う。それが 私たち学者使命なではないだろうか。その足掛かりとなるが、今福井先生とやっている 翻訳仕事だと私は考えている。
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自己調整語彙学習における自己効力感の影響 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

自己調整語彙学習における自己効力感の影響 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

習を計画したり(プランニング)、学習を行っている間に使用している認知方略がうまく使えて いるかを考えたり(モニタリング)、使用した方略が効果的であったかなどを振り返る(評価す る)などという、より高次な(=メタ)レベル行為や思考と考えられる、メタ認知方略(meta- cognitive strategies)である。メタ認知方略は、語彙学習において認知方略よりも重要な要素 であることがわかっており、語彙学習がうまく行える学習者は、メタ認知を使った「体系的な 学習方法」(structured approach)を用いていることが明らかになっている(Fan, 2003;Gu & Johnson, 1996;Kojic Sabo & Lightbown, 1999;Sanaoui, 1995)。また、語彙学習方略指導にお いても、メタ認知方略を含むほうが、認知方略のみ指導よりも効果的であることが知られて いる(Mizumoto & Takeuchi, 2009;Nyikos & Fan, 2007;Rasekh & Ranjbary, 2003)。  このように、語彙学習方略研究では(他学習方略研究と同じように)、認知方略とメタ認知 方略を主な対象とすることが多いが、動機づけ、学習スタイル、年齢、性別ような個人差 (individual differences)要因も同時に調査され、語彙学習方略使用に影響があるということ が報告されている(Catalán, 2003;Gu, 2002;堀野・市川,1997;Kojic Sabo & Lightbown, 1999;Mizumoto, 2007;Nakamura, 2002;Schmitt, 1997)。外国学習における個人差では、動 機づけがもっとも重要であるということは言うまでもないが(Cohen & Dörnyei, 2002;Dörnyei, 2005)、語彙学習方略においても動機づけは大きな影響を及ぼすことが明らかにされている (Mizumoto & Takeuchi, 2008;Tseng & Schmitt, 2008)。動機づけがなければ、意図的に語彙学 習方略を使用することはないだろう。逆に、語彙学習方略知識が不足している場合には、動 機づけが高かったとしても効果的な学習ができない。このような理由からも、語彙学習方略と 動機づけは別々構成概念としてこれまで研究されているものの、表裏一体ものであると考 えられる。
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外国語教育における「翻訳」の再考 ― メタ言語能力としての翻訳規範 ― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

外国語教育における「翻訳」の再考 ― メタ言語能力としての翻訳規範 ― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

3 . 7  歴史まとめ  ここまで言語学習教授法歴史を主に Richards & Rogers(2001)および Cook(2010)に 沿って概観してきたわけだが、文法訳読法から CLT まで変遷中で、幾つか 2 項対立的な キーワードを巡って振り子が動いているが分かる。1 つは、形式 vs. 意味である。文法訳読法 や直接教授法では形式を重視するに対して、CLT では意味重視になる。もう 1 つは、無意識 的 vs. 意識的振り子である。直接教授法から CLT 一部まで、無意識下で学習がおこなわれ ていると考える傾向は強いようであるが、フォーカス・オン・フォームでもみたように、最近 では学習者に意識的な気づきを促したり、注意を向けさせることが必要であると考えられてい るようだ。無論、この議論は本来チョムスキー言語学から受け継がれる議論であり、言語知識 はほか人間技能とは異なり教育影響を受ける度合が小さい、という第二言語習得論命 題と深く関係するものではあるだが、本稿目的はこの是非を論じるものではい。むしろ、 特筆すべきは、これまで見てきた歴史中で揺れ動く二項対立軸に対して、フォーカス・オ ン・フォームように近年アプローチは、そのどちら極に振れようというものではなく、 その中間に収まろうというような傾向が見られるということであろう。そうであるならば、言 学習に大切なは、形式か意味どちらかではなく、形式も意味も、両方ともが大事なので ある。つまりその両方を、言語「機能」と「コミュニカティブ」であることを考慮して、意 識的であろうと無意識であろうと、それはあまり問題とせずに達成できるであれば、言語学 習目標は当面は果たせると考えるわけである。この立場に立てば、後述する翻訳(規範)を 基軸とした翻訳教育は、現在外国教育教授法が目指す目的と真っ向から対立するもので はないと考えられるだ。
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オズボーンの復讐 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

オズボーンの復讐 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 この話には誇張があることをオズボーンは最大限考慮した。女性というものは ― 彼は考え た ― 話を都合よくまとめ上げるが大好きである。特にそれが不幸ときは。しかし彼 は大変心配になり、ただちに長い手紙を書いた。その手紙中でオズボーンは、ドッド夫人 話がどこまで本当なかを尋ね、もしそれがかなり部分事実であるなら、気晴らしため にすぐに町に出てくるよう強く勧めた。グラハムは実際に姿を現すことでそれに応えた。そこ でオズボーンはすっかり安心した。グラハムはこの数ヶ月で今までにないほど健康で元気そう だった。しかし彼と話してみると、精神的には少なくとも彼が深刻に病んでいることが分かっ た。元気がなくぼんやりとして、思考がまったく働いていなかった。オズボーン問いにも援 助申し出にも反応がないので、オズボーンはそれを悲しい想いで受けとめた。彼は生まれつ き感傷的な悩みを大変なことだと考えるタイプではなかった。階下住人が失恋で引きこもっ ていても、だからといって階段を上がる自分足音に気をつかうような人間ではなかった。し かし、グラハムをからかっても何効果もないだろうし、楽しさというものは必ずしも他人に 感染するわけではないということをグラハムは証明しているように思われた。グラハムはオズ ボーンに、自分ことを恩知らずな奴だと思わないで欲しいということ、そして、今回こと が癒されるまでその件については触れないで欲しいということを懇願した。グラハムは今回 件を忘れようと決意していた。彼がそれを忘れることができたとき ― 人はそういうことを忘 れるものなので ― 少なくとも今回先端をうまく過去に追いやることができたとき ― このことについてすべてを話すつもりだと言った。当面間は、自分気持ちを他ことで紛 らわせなければならなかった。何をすればいいか決めるは容易ではなく、当てもなく旅を するも難しかった。しかし、この耐えがたい暑さ中でニューヨークにとどまるも不可能 だった。ニューポートになら行けるかもしれなかった。
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大学における翻訳教育の位置づけとその目標 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

大学における翻訳教育の位置づけとその目標 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

かった学生も、このように書かせてみると各人がそれぞれに意見を持っていることがよくわか る。また、単に意見を持っているだけではなく、たいへん鋭い分析を提示している例も少なか らず見受けられた。たとえば、図 1 に引用したワークシートでは、5 ページ 4 行目にある「私 はそれを見ていたら、∼と思わず考えてしまった」という箇所とその英訳 “My fi rst thought when I saw that . . . ” を取り上げ、「原文は『思わず考えてしまった』と、意識せずに思ってし まった様子であるに対し、英文では『最初に考えたは』と意識的であり、さらに他にも何 か考えたようにもとらえられ、少し原文とずれてしまう」というコメントが加えられている。 さらに、6 ページ 10 行目「エレベーターを降り、廊下に響き渡る足音を気にしながら∼」と いう箇所とその英訳“Getting off the elevator, I was alarmed by the sound of my own footsteps . . . ”シフトを指摘した上で、「原文では(足音を)『気にしている』程度であるに対 し、英文では『おびえさせる、はっとさせる』と書いているため、大げさな表現になり、この シーンと合わなくなっている」というコメントが付されている。いずれも、一見些細なこと ように見えるが、このような細部にこそ問題本質が宿っているものであり、テクストを深く 読み込むという観点からすれば、まさに慧眼というべきであろう。なお、図 1 ワークシート 上には、“My fi rst thought when I saw that . . .”に対する代替案として“A thought occurred to me . . . “と い う 英 文 が、“Getting off the elevator, I was alarmed by the sound of my own footsteps . . . ”に 対 す る 代 替 案 と し て“Getting off the elevator, and a bit annoyed by the sound of my own footsteps, I rang the bell. ”という英文がそれぞれ追記されているが、これは、 これら問題をめぐるクラス内議論中で提案されたものである。
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『水鏡』におけるビセンテ・ウイドブロの創造主義的手法の展開 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

『水鏡』におけるビセンテ・ウイドブロの創造主義的手法の展開 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 上で触れた「新年」異稿とは、鉛筆書き自筆原稿である。この原稿は、実際に出版され た版執筆よりも前に記されたと考えられている 5) 。 “ La escala de Jacob / No era un sueño / Un ojo se abre frente al espejo / Y las gentes que bajan a la tela / han dejado su carne como un sobretodo viejo / El film 1916 / Va a comenzar / La lluvia cae delante de los espec- tadores / Detrás de la sala un viejo / muerto ha rodado al vacío ”(「   ヤコブはしご は/              夢ではない/片目が鏡前で開く/スクリーンに降りる人々 は/古いコートように肉を脱ぎ捨てる/   映画 1916 が/   始まる/観客前に雨が 降る/   古い部屋背後で死者である/老人が空虚へと転げる」)まず視覚的に注意を引く は、7 つにおけるオフセット、そして句読点廃止であろう。また 10 行にわたる単独 連で成り立っているところも、実際に印刷された版と大きく異なっている。
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フランス語タンデムコミュニケーションクラスについて 外国語教育フォーラム|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

フランス語タンデムコミュニケーションクラスについて 外国語教育フォーラム|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

と答えあわせから始まるようにした。これは、学生に自宅で毎回復習する習慣をつけてもらう ためと、週 ₂ 回授業に連続を持たせるためであった。 ところで、タンデムクラス長所とは何であろうか。授業効率だけを考えてみた場合、同一 担当者クラスが最も効率よく授業を進めていくことができると言えるかもしれない。実際、週 ₂ 回同じ教員がクラスを担当した場合には、最も進度が速く練習問題量も多くこなすことが できた。しかし、授業アンケート結果を見る限り、学生満足度がほか授業形態に比べて 極めて高いとは言えなかった。それはなぜであろうか。教員が ₂ 名いることで、教員お互い 個性と欠点を補い合い、学生にとってより満足度高い授業になる可能が生まれるでは ないだろうか。その ₂ 名教員が、フランス人教員(もしくはフランス語を母国とする教員) と日本人教員だった場合はどうであろうか。ネイティヴクラスでは、初回授業から実際に ネイティヴ教員話すフランス語に接する機会に恵まれ、学生もフランス語を発話するよう求 められるため、覚えたばかりフランス語でコミュニケーションが成立していく。しかし、疑 問に思った点をそのまま放置することなく、次回、日本人教員クラス中で母国を使って
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岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

5 .ドイツ外国? ― 言語間距離と言語教育  ドイツ屋根なし外部方言を造成して作られたルクセンブルクは、ドイツと同じ西ゲ ルマン系派に属すため、当然ながらドイツ距離は極めて近い。Sokal et al.(1992)で は、Ruhlen(1991)による言語学的分析に依拠しながら、主要な印欧語距離を樹形図であら わしている。それによるとルクセンブルクはドイツやオランダと同じグループに属して いて、言語間距離はとても近くなっている。その距離は、ポルトガルとガリシア、スペ インとカタルーニャ、チェコとスロバキア、デンマークとスウェーデンとノルウ ェーなどと同等と評価されている。これに対して、ルクセンブルクとフランス語と距離 ははるかに遠い。数字で表すと、ルクセンブルクとドイツ距離がおよそ 0.9 程度とする と、ルクセンブルクとフランス語距離は 15 程度にもなる(Sokal et al. 1992: 7671)。ちな みにルクセンブルク英語距離はおよそ 2.9 程度であることから、英語はドイツより距 離が遠いが、フランス語よりはるかに近い。言語距離が近ければ学習が容易になるが、同時 に転移(transference)が発生しやすくなるという問題もある。しかし、転移による混同を避 ける学習よりも、まったく異なる形式を学習する方がはるかに難しい。したがってルクセンブ ルク言語系統が同じドイツ語は、ルクセンブルク母語話者にとって最も学びやすい 言語である。
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ある肖像画の物語 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ある肖像画の物語 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 どのようにその週が過ぎたか上手く説明できない。今彼顔を正面から見つめている冷徹 な結びつきよりも死方が好ましいかように、そして、唯一可能な選択は彼財産をマリア ンに譲り自分存在を終わらせることであるかように感じられる瞬間がレノックスにはあっ た。また、それなりに自分運命と折り合いをつけているかような瞬間もあった。彼はただ 自分が持っていた古い夢や幻想を集めて、膝上で折ってしまいさえすればそれでよかった だ。それでことは済むだ。しかしそうはせずに、合理的かつ適度な期待こもった立派な束 を集めて、それを結婚式白いリボンで束ねることはできないだろうか?彼愛は死んでし まった。彼若さも死んでしまった。それですべてお終いだった。そこから悲劇を生みだす必 要などなかった。彼生命力は弱く短命であることが宿命であったので、消えてしまう なら結婚後よりも前方が良かった。結婚に関していうなら、それは予定どおり執り行われ るべきだった。なぜなら、それは必ずしも愛問題ではないからだ。彼にはマリアン将来を 奪ってしまうために必要な残酷な首尾一貫に欠けていた。もし彼が誤って彼女を過大評価し ただとしたら、その責任は彼にあり、その罰を彼女が支払わなければならないとすればそれ は残酷なことであっただろう。彼女に問題があったとしてもそれは意図的なものではまったく なく、彼自身に関するかぎり、彼女意図が善意にもとづくものであることは明らかであった。 彼女と一心同体とはいかなくても、少なくとも彼女は誠実な妻であり続けるであろう。  この暗澹とした理屈力を借りて、レノックスは結婚式前夜にまで漕ぎつけた。これに先 立つ週、エベレットに対する彼振る舞いは一貫して優しく親切であった。彼愛を失うこと によって彼女はとても大切な宝物を失ってしまっただと彼は感じた。その代わりに彼は、尽 きることない忠誠を彼女に捧げるであった。マリアンは彼元気なさや何かに心を奪わ れているような感じについて聞いてみたが、調子が良くないんだと答えるだけだった。水曜日 午後、彼は馬に乗って長時間外出した。陽が沈むころ帰宅し、古くからいる家政婦に玄関で 会った。
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キルギス語とロシア語のコード・スイッチングに関するパイロット研究 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

キルギス語とロシア語のコード・スイッチングに関するパイロット研究 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 以上ように、個々 CS 機能が特定できる場合がある一方で、CS 発生頻度が最も高い C は、3.1 文内 CS 例③ように、母体言語が不明で複雑な CS が多数見られ、個々 CS 機能は必ずしも明確ではなかった。Poplack ( 1980: 588 )が指摘するように、安定的な二言語 併用コミュニティにおける特定発話状況では、CS 自体が規範となる事例もある。その場合、 話者は CS を通して混合アイデンティティを表現していると考えられ、前掲 6 つ機能のう ち「表現機能」に該当する。よって、安定的な二言語併用環境である首都ビシュケク市に生ま れ育ったインフォーマント C にとっては、キルギスとロシア CS に満ち溢れた会話様式 がありふれたものであり、CS を通して、キルギスが優勢な地方在住キルギス人とは、異な るアイデンティティを表現していると考えられる。
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日本語「ノンネイティブ」教師の専門性とアイデンティティに関する一考察 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

日本語「ノンネイティブ」教師の専門性とアイデンティティに関する一考察 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ーダレス化する社会状況において、英語が国際として認識されるようになった結果、英語話 者多様に注目した研究が増えた経緯があり、「ネイティブ・スピーカーとは誰か」という定 義づけ問題が顕著化したためである(嶋津,2015)。  この「ネイティブ・スピーカー」「ノンネイティブ・スピーカー」という二項対立概念だ が、対象言語ノンネイティブを多く抱える現在多文化共生社会においてはすでに意味をな していないことが、英語教育分野では議論されている。例えば、Kramsch(1997)や Davies (2003)は、「母語話者」というものが理念上規範にすぎないことを指摘し、「ネイティブ・ スピーカー」と「ノンネイティブ・スピーカー」という二項対立関係そのものが、ある種権 威をネイティブ・スピーカーに与えていると捉えている。外国教育では、学習者到達目標 としてその言語理想的な話者モデルを必要とするため、その言語に関する正しい知識を持ち、 その言語を正しく使用するとされているネイティブ・スピーカー存在が重要な意味を持つわ けである。しかし、その言語に関する「標準」をネイティブ・スピーカー言語使用に求めた 場合、ノンネイティブ・スピーカーである学習者言語行動は「逸脱」と見なされることにな る(Firth & Wagner, 1997)。
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福井七子教授 略歴および主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

福井七子教授 略歴および主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

研究発表 「関西大学留学生生活における現状について」(1994)大阪商工会議所 「日本研究ルーツ―『菊と刀』―」(1995)国際日本文化研究センター “Background Research Undertaken for “The Chrysanthemum and the Sword””(1996 年)米国 ネブラスカ大学『菊と刀』誕生 50 周年記念国際フォーラム

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有余年の大学生活を振り返って 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

有余年の大学生活を振り返って 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 2009 年頃より、翻訳を中心に研究を深めている。翻訳をするにあたって、英語ニュアンス も含め、著書深遠な部分理解が求められる。これは私個人的な思いだが、バイリンガル な人とよぶことができるは菊地敦子先生をおいて私は知らない。何年にもわたって菊地先生 と行なっている翻訳・解釈セッションは私仕事に励みと力を与えてくれている。菊地先生 と仕事はこれからも当分続くことになるが、これまた結構なことである。
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