トップPDF 《老乞大》中所見的祈使標識“(去)来” 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

《老乞大》中所見的祈使標識“(去)来” 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

《老乞大》中所見的祈使標識“(去)来” 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

使標識“( 去 ) ” 『』に見られる命令標識“(去)”について 小 嶋 美由紀 Miyuki Kojima  本稿は、元明代漢語資料《》に見られる文末詞“”(= come)が、命令標識とし て用いられる例を考察対象とする。その部分が“”とは逆方向移動を表す“去”(= go)と結合し、“去来”形で表れる。そして、“去来”は、命令行為でも、特に聞き手 に行為を誘う「誘いかけムード」(hortative mood)で用いられる。“去来”が誘いかけムー ドを表す標識に文法化した動機を、「移動」意味と関連で考察する。
さらに見せる

11 さらに読み込む

社会科学の目的と「自由」に関する考察 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

社会科学の目的と「自由」に関する考察 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 ここから得る教訓は、戦争が人間にとって欠かせないものだということではなく、戦争時に おいて得られる人間悦びは、社会秩序によって平和には奪われているということである。そ れに比してミシシッピ平原多くインディアン部族状況は、平和時と戦争時状況が 逆である。平和時部族同士やりとりは共同出資会社と同じように利益を共有し、義務も 分散されている。敵は人間とも見なされず、その敵を犠牲にして難なく個人利益を手に入れ ることができるである。ダコタ族は勇敢で根っから戦争好きであった。彼らは近隣部族 から恐れられていた。しかし国は彼ら功績には全く無関心であった。政治な目的で軍隊が 派遣されることもなく、彼らには他部族を支配するという考えは思いもしないことであった。 戦争に加わっている若い青年たちは手柄をどんどん増やしていった。例えばキャンプ先にいた 敵馬を盗み、倒れた敵がまだ生きている間に触れ、頭皮を剥ぎ、敵陣地から傷ついたり、 殺された部族を助け出したりした。これら手柄は加算され、仲間と張り合う時に使われた。 戦争とそれにともなうことは競争であった。戦争部隊に入隊する理由は愛国心からではなく、 一旗揚げたいために入隊した。戦闘部隊が敵地に入ると、隊員はそれぞれ一番りっぱな服装を して羽根飾りをつけた。羽根一本いっぽんは彼が過去に成し遂げた手柄を表していた。隊員 たちが本拠地に帰ると、英雄となった人たち家族や彼と何らかのつながりがある人たちが集 まり、彼功績を称えた。兵隊たちは死ぬまで競い合って自分たち成し遂げた手柄を自慢し あうである。集会場には 100 以上数え棒が置いてあり、誰が一番多く棒を手に入れ、自 分たち手柄話しができるかということを競い合った。
さらに見せる

16 さらに読み込む

アディナ ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

アディナ ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 「さあ」と私は言った。「あの石を手放しちゃったことを後悔するは分かるよ。誰かが君に 話して納得がいかなくなったんだろう。」  「それこそみんなですよ!僕はどうしようもない馬鹿で、何て馬鹿なことをしたか黙っておけ ないんだと。十一スクードを持って帰って、使い切れないくらい金を持っていると思ってい たんです。最初にしたは行商人から金メッキ髪どめを買って、それをニネッタにプレゼン トしたんです ─ 村女の子で仲良くしていたんです。その子はそれをおさげに挿して、鏡で 自分様子を見ていました。それから、どうして突然僕がこんなにお金持ちになったか聞く んです!それで『そうさ、僕は君が考えているよりお金持ちなんだ』って言ったんです。それ で持っているお金を見せて、石話をしたんです。その子はとても頭いい子で、頭いい奴 がちょっと一言いえばすべて分かっちゃうんです。彼女は私に面と向かって大笑いし、私が何 てまぬけで、あの石には少なくとも五百スクード価値はあっただろうし、その外国人はひど いペテン師だって言うんです。私はそれを持って帰ってきて、兄や信頼できる人に見せるべき だったって。結局、彼女言うことは正しかったんです。私は大きな富を手にしていたのに、 それを犬に与えてしまったんです。彼女はこのありがたい話を終わらせようと、頭から髪どめ を外してそれを私顔めがけて放り投げたんです。彼女は二度と私に会おうとしませんでした。 そんなことするくらいなら、道端で出会った目不自由な乞食と結婚する方がましだと考えた だと思います。私に何が言えるでしょうか?彼女には、ローマで貴婦人 ─ 公爵夫人なんで すが ─ 侍女をしている姉がいるんですが、その夫人が、ローマ平原で見つかった古い宝石 で作った高価なネックレスをお持ちなんです。僕はうなだれてその場を立ち去り、自分愚か さを呪いました。僕は自分金を地面に放り投げて、その上につばを吐きかけたんです!フォ リエッタを飲みに酒場に行きました。そこで三、四人知り合いに会ったんです。僕はみんな に酒をおごって回りました。自分持っている金が憎くて、全部使ってしまいたかったんです。 もちろん彼らもどうして僕がそんなに羽振りがいいか知りたがりましたよ。ですから正直に 話したんです。あのニネッタような雌ギツネよりはもうちょっとましなことを言ってくれる んじゃないかって願ってましたけど。でも、彼らはグラスをテーブルに叩きつけて声をそろえ て僕ことを馬鹿にしたんです。どんな間抜けなロバでも、草をはんでいるときにそれだけ 宝物を鼻で掘り出したら、口にくわえて飼い主ところに持って帰るだろうにって。何慰め にもならない慰めでしたよ。僕はワインで怒りを流し込み、瓶を次から次へと空にしていきま した。生まれて初めて酔っ払いましたよ。あの夜は最悪でした!次日、私は残った金を叔父 ところに持って行き、それを貧しい人たちに与え、教会ために新しいろうそくを買い、そ して不敬な僕魂を償うためにミサ言葉を述べるよう頼みました。叔父はその金を真剣に見 つめて、それを邪な方法で手に入れたではないだろうなと質しました。僕は叱られる覚悟 ができていましたので、彼 4
さらに見せる

37 さらに読み込む

オズボーンの復讐 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

オズボーンの復讐 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 この話には誇張があることをオズボーンは最大限考慮した。女性というものは ― 彼は考え た ― 話を都合よくまとめ上げるが大好きである。特にそれが不幸ときは。しかし彼 は大変心配になり、ただちに長い手紙を書いた。その手紙でオズボーンは、ドッド夫人 話がどこまで本当なかを尋ね、もしそれがかなり部分事実であるなら、気晴らしため にすぐに町に出てくるよう強く勧めた。グラハムは実際に姿を現すことでそれに応えた。そこ でオズボーンはすっかり安心した。グラハムはこの数ヶ月で今までにないほど健康で元気そう だった。しかし彼と話してみると、精神には少なくとも彼が深刻に病んでいることが分かっ た。元気がなくぼんやりとして、思考がまったく働いていなかった。オズボーン問いにも援 助申し出にも反応がないので、オズボーンはそれを悲しい想いで受けとめた。彼は生まれつ き感傷な悩みを大変なことだと考えるタイプではなかった。階下住人が失恋で引きこもっ ていても、だからといって階段を上がる自分足音に気をつかうような人間ではなかった。し かし、グラハムをからかっても何効果もないだろうし、楽しさというものは必ずしも他人に 感染するわけではないということをグラハムは証明しているように思われた。グラハムはオズ ボーンに、自分ことを恩知らずな奴だと思わないで欲しいということ、そして、今回こと が癒されるまでその件については触れないで欲しいということを懇願した。グラハムは今回 件を忘れようと決意していた。彼がそれを忘れることができたとき ― 人はそういうことを忘 れるものなので ― 少なくとも今回先端をうまく過去に追いやることができたとき ― このことについてすべてを話すつもりだと言った。当面間は、自分気持ちを他ことで紛 らわせなければならなかった。何をすればいいか決めるは容易ではなく、当てもなく旅を するも難しかった。しかし、この耐えがたい暑さでニューヨークにとどまるも不可能 だった。ニューポートになら行けるかもしれなかった。
さらに見せる

36 さらに読み込む

ある肖像画の物語 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ある肖像画の物語 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 この苦しい試練におけるマリアン振る舞いはまさに英雄なものだった。未来感情 に何か微妙な変化が起こったことを彼女は感じ取っていた。彼女にはその変化原因を突 き止める力はなかったが、明らかにその変化は彼女将来を危険にさらすものだった。二人 間で何かが裂けた。彼女は力半分を失っただ。彼女は恐ろしく追い詰められた。彼女が喜 んでレノックスに認めていた人格あの優れた深みが、今、彼女が想像するに、大胆で不吉な 意図を覆い隠しているかもしれなかった。彼にはこの亀裂を調停することができるだろう か?人良い億万長者妻であるというスパイス効いた甘く香りよいお椀を彼女唇から はね飛ばすことが彼意図なだろうか?マリアンは恐る恐る自分過去に目を向け、何か黒 い染みを彼が見つけたではないかと考えた。実際、その点については、そうできるものなら してみよと彼に挑まないでもなかった。してはいけないようなことを彼女は本当に何もしてい なかった。彼女歴史には目に見えるような汚点は何一つなかった。確かに、ある種漠然と した道徳な汚れによって彼女過去にはかすかに色あせている部分もあるが、他女性と比 べると比較にならない程度ことだった。彼女は楽しみ他には関心がなかった。しかし、そ れ以外何に向かって少女は育つというだろうか?大体において、彼女は気楽に暮らしてき たではないだろうか?そのとおりだと彼女は自分に納得させた。しかしそれでも、もしジョ ンが婚約を破棄したいと願ったら、彼女振る舞いにおける問題程度ではなく、高度に抽象 な根拠にもとづいて彼はそうするだろうと彼女は感じた。それは単に彼女ことを愛さなく なったということである。彼女が親切にもこの状況を見過ごし、気持ち恩義は断念する と彼に請け合っても彼女には何役にも立たないだろう。しかし、彼女が感じていたぞっとす るような心配にもかかわらず、彼女は微笑み続けていた。
さらに見せる

30 さらに読み込む

at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 癇癪発作もこの間ずっと続き、ひどい時には嘔吐をしました。しかし、嘔吐と癇癪を結び つけることはありませんでした。この二つはあまりにも異なるものに思えました。どちらにも 共通するシンボリズムは、「否定」ということかもしれません。  子ども頃にタブーとし、それを生涯ほとんどを通してタブーとしてきたことが 2 つあり ます。かなり小さい頃から感じていたことで、6 歳秋に牧場を去る前に植えつけられたもの です。1 つは人前で絶対に泣かないこと。人前で泣くということは、私にとって最悪こ とで最も屈辱なことでした。癇癪がおさまって、暴力罪が「私」世界なかすべて タブーを圧倒した時に人前で泣いたとしても、それ以外時に決して泣くことはありませんで した。でも夢で人前で泣いていました。人前で暴露される典型な夢は、よく知ってい る顔ぶれ人たちが、じっと私を見ている部屋なかで泣き出してしまう状況を詳細に表わし た夢でした。このタブーは結婚したあとも、頑なに長い間守り続けました。そのころ落ち込ん でいる時に、それまで経験したことがないような、素晴らしく美しい白昼夢を見ました。 「白昼 夢」ということは、どんな夢よりも現実味を帯びた、特定夢を指しています。タブーに対す るそれ以降変化は、その白昼夢につながっています。その夢なかで、私は砂漠なかにい て、その砂漠には素晴らしいエジプトスフィンクスがありました。そのスフィンクス顔に あらわれた知性と皮肉は、言い表せないもので、私はスフィンクスに近づき、前足に顔を埋め てひたすら泣きました。うれしさと確信を感じながら。そしてスフィンクス前足は、子猫 ように柔らかく、ふわふわしていました。(「私」世界前で泣くことによって、その後、そ タブーを守らなければならないという衝動は無くなりました。)
さらに見せる

28 さらに読み込む

人種偏見のメカニズム 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

人種偏見のメカニズム 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 このような混乱をもたらすは、人間が生物学に戦争をせずにはいられないからだとい うのは大きな間違いである。この混乱は人間が作り出したものである。いずれにしても私た ちは世界戦争に巻き込まれるかもしれない。アメリカ式生活を守るため、あるいは利益を手 放したくないため、そしてこちらから攻撃、あるいは受けた攻撃によって戦争に引きずり込 まれるかもしれない。戦争に関わる理由が理想であろうとなかろうと、それによって失うも は同じである。第一次世界大戦ように何かを失って、何も得ないこともあれば、何かを犠 牲にしても犠牲にするだけ価値があるものを得るかもしれない。しかし何かを残すには、ど ような平和目的を持てばいいだろう。すべてがそれにかかっている。それはもちろん戦 争前状況に戻るということではない。戦争前状況は世界史なかでも最も破壊な戦争 状況である。近代社会で必要なことを実行するように機関に働きかけねばならない。人間利益を理解し、それを追求できるような枠組みを作らねばならない。なぜなら過去歴史を みると、社会な枠組みを提供しなければ、人間は自分にとってよいことを追求することはで きないが明白だからである。人間がいつでもどこでもやらなければならないことは、この社 会枠組みを現実社会に合わせるということである。現実社会は変化しており、過去歴史に おいて自給自足小さな部落から現在工業社会へ変化ほど劇的な変化はかつてない。アリ ストテレスも紀元前 4 世紀アテネを考えた時に、国位置づけはその国独立性ではなく、 その国自給自足性にあると考えた。もし国が自給自足しておれば、国は自然に独立国家とな り得た。彼分析は論理で鋭い。今日国独立性と自給自足性関係が失われているなかで、 国独立性を主張することは自滅な時代錯誤である。
さらに見せる

21 さらに読み込む

碩学 平田 渡先生へ感謝を込めて 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

碩学 平田 渡先生へ感謝を込めて 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

竹 内   理  過去様々な出来事について分からないことがあると、私は迷うことなく平田先生に尋ねて みることにしている。「先生、~について教えてくださいますか。」すると先生は、「竹内君、そ れはね、~だよ。」と気さくに、そして明快に教えてくださる。私にとっては(そして多く同 僚にとっても)、平田先生は、まさに生き字引ような存在なだ。先生はお忘れかもしれない が、「現在出来事意味は、歴史流れを解さずには分からない」とおっしゃっていたこと を、私は折りにふれて思い出す。けだし名言である。その平田 渡先生が、実に 40 年長きに わたる関西大学学究生活を終え、ご退職になられる。寂しい限りである。
さらに見せる

1 さらに読み込む

アントニー・スティーヴン・ギブズ先生 ―仰ぎ見る存在として― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

アントニー・スティーヴン・ギブズ先生 ―仰ぎ見る存在として― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 ギブズ先生は、名門オックスフォード大学ニューカレッジ卒業生であり、ゴールズワーゼ イ特待生でもあった。私が学会発表でオックスフォードトリニティカレッジへ行く際には、 「ニューカレッジあたりも良いですよ。あそこは 007 ジェームズ・ボンドが卒業した設定に なっているですよ」とお話になられていたが、自らが卒業生であることは少しも語られなか った。ご専門 1 つである日本文化話になっても、「間違っているかもしれませんが」と前置 きをしながら、造詣深さが滲み出るお話をされていた。常に、謙虚で、穏やかな語り口が先 生特徴といえるだろう。それでいて、どこかに少しユーモアを隠して話しをされる。たまに 私がそれに気づくと、茶目っ気たっぷりに目配せをしてくださったことが何度かあった。  先生はまた優しい人でもある。もう 10 数年前ことだが、世間話で、肩こりに悩まされてい ると話をすると、後日「この ointment がよいですよ」と、それをわざわざ買い求めて持参して くださるなど、若輩私などにも細やかな気遣いをされた。大学を去られることになった時も、 「まだ私にやれることがあれば、何でもお手伝いをしますよ」と非常勤で科目担当も自ら申し
さらに見せる

2 さらに読み込む

吉田健一と英文学 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

吉田健一と英文学 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

……祖父牧野伸顕もとで育てられ、幼少頃から身近にこの明治気概を持つ祖父を見 ながら成長した十八歳日本人留学生吉田健一は、異国にあって美しいケンブリッジ空 気に安穏にひたっていることに居たたまれない何か別な衝動に駆られていたではないか。 ………………………………………………………………………………………………………… 成人後に英国に留学した夏目漱石が文明開化を外から眺めて苦々しく思ったとは裏腹に、 吉田健一が常に文明開化を内から眺めて苦々しい思いを噛み締めなければならない位置に いたということである。…………………………………………………………………………… ………………………………………………………………………………………………………… 外国人として自己―小学校以来、英語という「第一母国」で何不自由なくやってき た吉田健一は、ケンブリッジにて初めてアウトサイダー位置に立たされた。………… ………………………………………………………………………………………………………… 圧倒的な過去が実在するケンブリッジ近代に感染することによって、生まれて初めて英 が自分「第一母国」でないことを痛切に意識したに違いない。その母国を生ん だ過去深みにはまればはまるほど、否応なくその彼ら「文化」から自分がアウトサイ ダー位置にいることに気づくこと―なん因果か「中途半端付焼刃」でないがゆえに、 まさにそれゆえにこそ吉田健一は自分拠って立つ根幹が揺らぐほど窮地に立たされた と言っていい。
さらに見せる

19 さらに読み込む

『水鏡』におけるビセンテ・ウイドブロの創造主義的手法の展開 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

『水鏡』におけるビセンテ・ウイドブロの創造主義的手法の展開 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

にある“el viento”語義は、RAE に従えば、1 に“corriente de aire producida en la atmósfera por causas naturales.”であり、2 に“Aire atmosférico.”である 2) 。ゆえに、この“llorar” 主体は、1 行目最後“el aire”と呼応するものだと受け取れる。そして、“el estanque”は、 上で確かめたように、静的な状態に置かれた液体であり、“el viento”動的な状態と対比を 汲み取ることができる。しかし、“el viento”から“el estanque”へ流れは、“llorar”とい う動詞が示すように動的である。 “El miedo”「恐れ」という感情が、“el aire”「宙」という空 間に流れ込み、“el viento”「風」となったものが、あるいは“lágrimas”「涙」となって、最後 に“el estanque”「池」に注ぐという一連流れをここに見出すは難しくない。
さらに見せる

12 さらに読み込む

キルギス語とロシア語のコード・スイッチングに関するパイロット研究 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

キルギス語とロシア語のコード・スイッチングに関するパイロット研究 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

一連会話で二言語を織り交ぜながら併用する CS は、二言語併用でも特に動的なも であるといえよう。  ソ連崩壊後旧ソ連諸国では、基幹民族 2) (titular nation)中心国家運営一環として、各 基幹民族を「国家(state language)」として推進する言語政策が実施されてきた。キルギ ス共和国では、国家であるキルギスに加え、ソ連時代に広く普及したロシアが「公用 (offi cial language)」として定められ、首都を中心として現在もなお様々な領域で使用されてい る。すなわち、同国では公的に二言語主義が実施されているである。その一方で、特に行政 や学術分野でキルギス普及が進まない現状が問題視され、語彙整備や辞書出版など、 同言語をあらゆる領域で使用するため取り組みも行われてきた。その過程では、国会議員に 対してロシアを混合せずに「純粋な」キルギスを話すよう要請が行われるなど 3) 、一部で CS がキルギス普及障害として表現される傾向が見られる。このように、CS 現象存在自 体は現地人々によっても広く認知され、言語政策上主要な論点 1 つとなっている。また、 国内外研究者や現地メディア、そして一般人々によってもある種社会現象(キルギス とロシアを混合する話し方)として指摘されてきたが、これまでその実態は、事実上、学術 に解明されてこなかった 4) 。
さらに見せる

12 さらに読み込む

岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

はドイツとフランス語を積極に「公用」 (Amtssprache)ないしは「国語」 (Landessprache) と規定することをせず、ドイツとフランス語使用を憲法が保障することを示しているもの だ。これだけでは、司法 ・ 立法・行政に関わる公文書ドイツとフランス語で発行を義務 付けるという拘束力が直ちに発生するとまではいえない。したがって、この条文を根拠に 1848 年以来、ドイツとフランス語はルクセンブルクで公用地位を得たといえるかは検討余 地がある。例えば Fröhlich(1996:468 f.)は、「フランス語とドイツが対等関係で使用さ れることとなったが、フランス語は法律言語として効力を持ち、ドイツは下級行政レベ ルで使用されることが 1848 年に確定された」と指摘しているが、同条文は使用領域を規定する ものではないので、当時状況を承認する規定と Fröhlich が解釈しているに過ぎない。さらに、 同条文は第 2 章「ルクセンブルク人とその権利について」(Von den Luxemburgern und ihren Rechten)に含まれているので、基本人権一部と位置づけられ、公用規定というよりは 言語権を保障する規定と解釈するが妥当と考えられる。公用位置づけについては、むし ろ「ドイツとフランス語使用に関する 1834 年 2 月 22 日大公命令」 4) (以下、大公命令)
さらに見せる

14 さらに読み込む

英語語法における曖昧性の回避について 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

英語語法における曖昧性の回避について 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

英語語法における曖昧性回避について Some Notes on Avoiding Lexical Ambiguity in English Usage 奥 田 隆 一 Takaichi Okuda This paper aims to investigate how they avoid lexical ambiguity in English Usage. In order to understand the ways they disambiguate words or expressions, we are going to take three types of ambiguous expressions: the third finger, jewel case, and email. These expressions are ambiguous in some situations, but they use some means to disambiguate them: (1) register factors, (2) synonymous derived words, (3) a different expression.

11 さらに読み込む

有余年の大学生活を振り返って 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

有余年の大学生活を振り返って 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

27 30 有余年大学生活を振り返って 福 井 七 子  関西大学時間は、学問を中心として私生活に彩りを添えてくださった人々おかげで、 非常に恵まれた期間だった。30 有余年にわたって、まったく波風がたたなかった時期がなかっ たとは言えない。ルース・ベネディクトという複雑な女性を研究テーマ中心にしたことで、 彼女思想・文化捉え方、また彼女異文化理解に迫ろうともがき続けた年月であった。  研究性質から、私は常に一次資料を求めようとした。資料集めがうまくいき、というより 納得いくまでやり続けたというべきかもしれないが、そして多く人々に助けられ、これまで あまり研究がなされていなかった分野を少しは明らかにできたではないかと思っている。  アメリカには 6 回ほど調査旅行をした。第一回目調査旅行は実に不安な気持でいっぱいで あった。プキプシーにあるベネディクト・コレクションを中心に、エール大学や議会図書館に も出かけた。ニューヨーク図書館では思いもかけなかった資料を得ることができた。結果 に私心配は杞憂に終わっただが、資料収集だけでは何も発信できない。収集以上に努力が 求められるは、それを読み解き、まるでジグゾーパズルように時間軸を中心に埋め込んで いかねばならない。
さらに見せる

2 さらに読み込む

福井七子教授 略歴および主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

福井七子教授 略歴および主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

“From “Japanese Behavior Patterns” to “The Chrysanthemum and the Sword””(1994)関西大 学文学論集 555-580 「留学生外来理解度―新聞を対象として外来調査と分析―」(1995)関西大学一般教育セ ンター『研究センター報』 167-192

4 さらに読み込む

博識無双の凛然たる人、北村裕教授 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

博識無双の凛然たる人、北村裕教授 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 1994 年(平成 6 年)4 月発足本学総合情報学部英語専任教員として、英語教育界風雲 児たる北村先生に白羽矢が立ったは、至極当然である。英語教育工学ならびに認知言語学 専門家として新設総合情報学部で辣腕を振るうお姿は、すぐれて「知人」そのものであ った。北村先生は、常に自己抑制を心がけておられたようで、御専門以外事はあまり活字に はされなかったが、私知る限り、英米文学や文化に造詣が深かった。だからこそ、海向 こう研究者とも対等に勝負できただと私は確信している。実際、古典も含めて、現代英米 文学作品をよく読んでおられた。やはり間違いなく北村先生根っ子には、本学文学部佳き 学統が存在する。
さらに見せる

3 さらに読み込む

中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

タームが使用されているが、New Idea and New Terms(1913)著者 A. H. Matter(著名な 宣教師狄考文未亡人)も認めているように宣教師が作成した文法関係タームは 1913 年時点 では一般に認められなかった 13) 。西洋人によって西洋言語で著された著作や辞書などは、西洋 言語学枠組みで中国音韻、文法、語彙について記述することでは一応成功を収め たと言ってよいであろう。しかしその中国で書かれた著作は、中国読者に言語に関する研 究において新たな道筋を示すには十分ではなかった。馬建忠『馬氏文通』(1898)や厳復 『英文漢詁』(1904)はいずれも直接西洋文献から知識を受容したものである。西洋言語学に関 する知識多くが日本語を学習する過程で導入されたことはこれまでに指摘されていなかった 事実である。言語学タームは、その多数を日本語から借用したということがこの点を如実 に物語っている。言語「科学」研究は、明治期日本学者も目指した目標であることを 付け加えておきたい。中国を含む言語研究近代化過程において、外国、特に日本影響 等について解明しなければならない点が多々ある。
さらに見せる

10 さらに読み込む

稀代の目利き、福井七子先生へ贈る言葉 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

稀代の目利き、福井七子先生へ贈る言葉 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

竹 内   理  敬愛する福井七子先生が、ご定年を迎えられ、30 余年に及ぶ関西大学学究生活に別れを 告げられる。寂しさを感じずにはおられない。先生から折に触れて頂いた数冊本を改めて見 返してみると、その寂しさが一段とこみ上げてくる。それだけ先生存在感が大きかったので あろう。

1 さらに読み込む

大学における翻訳教育の位置づけとその目標 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

大学における翻訳教育の位置づけとその目標 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

かった学生も、このように書かせてみると各人がそれぞれに意見を持っていることがよくわか る。また、単に意見を持っているだけではなく、たいへん鋭い分析を提示している例も少なか らず見受けられた。たとえば、図 1 に引用したワークシートでは、5 ページ 4 行目にある「私 はそれを見ていたら、∼と思わず考えてしまった」という箇所とその英訳 “My fi rst thought when I saw that . . . ” を取り上げ、「原文は『思わず考えてしまった』と、意識せずに思ってし まった様子であるに対し、英文では『最初に考えたは』と意識であり、さらに他にも何 か考えたようにもとらえられ、少し原文とずれてしまう」というコメントが加えられている。 さらに、6 ページ 10 行目「エレベーターを降り、廊下に響き渡る足音を気にしながら∼」と いう箇所とその英訳“Getting off the elevator, I was alarmed by the sound of my own footsteps . . . ”シフトを指摘した上で、「原文では(足音を)『気にしている』程度であるに対 し、英文では『おびえさせる、はっとさせる』と書いているため、大げさな表現になり、この シーンと合わなくなっている」というコメントが付されている。いずれも、一見些細なこと ように見えるが、このような細部にこそ問題本質が宿っているものであり、テクストを深く 読み込むという観点からすれば、まさに慧眼というべきであろう。なお、図 1 ワークシート 上には、“My fi rst thought when I saw that . . .”に対する代替案として“A thought occurred to me . . . “と い う 英 文 が、“Getting off the elevator, I was alarmed by the sound of my own footsteps . . . ”に 対 す る 代 替 案 と し て“Getting off the elevator, and a bit annoyed by the sound of my own footsteps, I rang the bell. ”という英文がそれぞれ追記されているが、これは、 これら問題をめぐるクラス内議論で提案されたものである。
さらに見せる

30 さらに読み込む

Show all 10000 documents...

関連した話題