トップPDF 存在命題の意味論的分析―フレーゲ再考― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

存在命題の意味論的分析―フレーゲ再考― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

存在命題の意味論的分析―フレーゲ再考― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

Ⅵ.フレーゲ「『レオ・ザクセが存在する』は自明である」(本稿Ⅲ)に対して  フレーゲは、概念を主語とする一般存在命題だけでなく、固有名を主語とする単称存在命 題(singular existential propositions)についても、〈存在〉は主語固有名が指す個体属性 ではありえないことを主張する。上述ように、フレーゲ論敵ピュンヤーは、命題「ザクセ は人間である(Sachse ist ein Mensch./Sachse is a man.)」から命題「人間が存在する(Es gibt Menschen./There is a man.)」を導き出すためには、命題「ザクセが存在する(Sachse existiert./Sachse exists.)」も必要であると主張するに対して、フレーゲによれば、命題「ザ クセが存在する」は、命題「ザクセは人間である」自明な前提であり、余分(überfl üssig/ superfl uous)である。両者違いは、結局、「存在する」機能に関する理解違いから来る と思われる。ピュンヤーは、「存在する」が個体何らかの属性を表すと見なしており、彼にと っては、「人間が存在する」を導出するためには、「ザクセは人間である」に「ザクセが存在す る」が付け加わる必要があった。しかし、フレーゲにとっては、「人間が存在する」は個々人 間にとって命題ではなく、「xは人間である」xに当てはまる対象が 1 つ以上あること、す なわち、∃ xHx(Hx:x は人間である)を意味するから、「ザクセは人間である」が与えられ れば十分であった。この論理導出に関する限り、フレーゲ主張に何異存もない。  しかし、ここで、「レオ・ザクセが存在する(‘Leo Sachse existiert/exists’)」は、個体レ オ・ザクセについてではなく、 ‘Leo Sachse’ について命題であり、その文は ‘Leo Sachse’ は空虚な音ではなく、何かを指示することを意味するというフレーゲ主張には、大いに異存 がある。この主張は、指示矛盾を避けるために時々用いられる。指示矛盾とは、‘Leo Sachse does not exist’ ような存在否定文において、これがもし個体レオ・ザクセについて命題 なら、‘does not exist’ が述語されるべき主語 ‘Leo Sachse’ 指示する対象が、そもそも存在 していないことになるので、‘Leo Sachse does not exist’ はナンセンスであるという矛盾であ る。ギーチも言うように 25) 、これは明らかに、名前指示(reference)と名前持ち主(bearer)
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「日本の英文学研究」考 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

「日本の英文学研究」考 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

Another is for there to be more ‘original’ or ‘creative’ writing. English continues to focus on enabling you to respond to the world around you. (Robert Eaglestone 133 )  私たち日本英文学専攻者にとって有意義だと思われる箇所を、本稿論旨である実践知性 として英文学研究視点からまず引用したが、実は著者ロバート・イーグルストンは第 1 部 第 1 章 ‘Where did English come from?’ 中で、英文学という学科目がどのような歴史背景 もとでイギリスに設置されるに至ったかを詳述している。英文学本家であるイギリス事 情を知っておくことも大切であろうから、以下に、簡潔にまとめてみる:「元々英文学研究なる ものはイギリス大学では受け入れられず、特に古典学教授たちにとっては無用長物であ った。ところがこの英文学は 1835 年、一つ正式な学科目としてインドにおいて誕生した。当 時インドを統治していたイギリスは、英文学研究を通して現地インド人をイギリス化させよ うと目論んだである。そしてやがてこれがイギリスに逆輸入されることになる。そうした逆 輸入者代表人物が、詩人・思想家マシュー・アーノルド(Matthew Arnold)であり、 彼は当時イギリス人に文学教養を身につけさせようと思ったである。具体には、有益 で文明な道徳価値観修得が目標とされた。これに対して、英文学を研究してもほとんど 意味がないと考える一派も存在し、彼らは、教養ではなく、むしろ言語研究として英文学を 志向した。こうしたせめぎあい中、1893 年オクスフォード大学に英文学学位コースが導入 されたが、英文学専攻は主としてフィロロジー研究を意味した。この流れが変わるは 1917 年 以降である。ケンブリッジ大学講師たちが中心となって、主としてフィロロジーから成り立 っている英語専攻コース抜本改革を進め、やがて言語研究だけではない、今日私たちが 知っている豊潤な英文学基礎が作られたである」。
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中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 中国「近代化」において、最大誘因は何だろうか、また、最も大きな変化は何か。こ れまでに中国近代変化について、「西洋文明接触同时直接在我们语文 发生了影响, 最重要是词汇改 ,新词语跟着新物件和新思想像潮水一样涌 来 其次是文法方 面,也增加了好 新语句组织方式 (西洋文明と接触は同時に直接われわれ言語に影響 を及ぼされた。最も重要なは語彙改造である。新語は新しい事物、思想が怒濤ように入 ってきた。次は文法面である。新しい文型も多く増えた)」という呂叔湘指摘からも分かる ように 9) 、その誘因は西洋言語と接触に帰し、「現代中国欧化語法現象」という名下で 考察が行われてきた。意識ではないにせよ、日本から影響を軽んじられた。事実として は、中国は語彙面において日本影響を最も大きく受けたが、このような語彙増加はこ れまで言語本質と無関係なものと考えられてきた節がある。王立達は「関于、対于」など 複合前置詞を日本語から借用と主張し(「現代漢語中従日借来詞彙」『中国文』1958 年)、強い反発を受けた。確かに日本語には「関于、対于」という語形が存在しない。王論文 趣旨は日本語「関して、対して」影響によって、中国に「関于、対于」という複合前置 詞が発生、或いは頻用されている現象を指摘しているものであろう。現在「関于、対于」は目 を前置させる前置詞として王論文が発表された 50 年前よりも盛んに使用されるようになっ た。筆者は、中国最も大きな近代変化は次 3 点になると考えている。
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吉田健一と英文学 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

吉田健一と英文学 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

れば「良い生活」が可能だと知った父は、一週間うち六日は「酒は一切飲まない」など、 厳格な生活規律を確立し、まことに勤勉な人生を送った。(吉田暁子 282)  若き日吉田健一は、激動する世界情勢なかで政治家として天寿を全うした実父・吉田茂 とは異なり、「言葉世界」で生きて行くことを決意し、実際その初志を貫き通したことを、吉 田健一娘・吉田暁子は読者に伝えてくれる。そしてその吉田健一は、「ただ生きるだけでな く、人生与えてくれる良いものを楽しむこと」にも重きを置いたとことである。学問や芸 術全般を己実人生と密に絡めて追究していこうとするその好事家生き方は、若き日英国 留学薫陶たまものであったと思われる。吉田健一人生に対する態度には英国精神真髄 が感取できるからである。現に晩年 1974 年に吉田健一は、『英國に就て』と題する著書を刊 行しているが、そのなか「英国文化流れ」章で、文学と実人生と関係について持論 を展開している。そして彼はその持論を実際に己人生において実践したである。その際、 彼人生観根幹には、吉田暁子が言うところ「強靭な精神」があっただ。「勤勉な人生」 を基調とした吉田健一理想ともいえるホリスティックな文筆活動豊かな実りを通して、 後代私たち現代人、特に筆者ような日本で英米文学を専攻する者は今、先達・吉田健一が 遺した卓抜な人文学知性を感受し、体得しうるである。人文学領域、とりわけ英米文学研 究界にとって停滞・沈滞という過酷な状況下にある現代私たちは、吉田健一が後世に伝えた 偉大な足跡再評価を通して、生き直すことができるだ。よって吉田健一は、われらが救世 主たりうる存在だと、筆者は確信している。なぜなら第二次世界大戦後、少なくとも大学を中 心とした日本アカデミズム世界では人文科学分野も自然科学分野と同様だと考えられる風 潮が強まり、学問研究なるものはおしなべて客観・実証態度に徹するべきで個人感情等 を吐露してはいけないだという、まことしやかな教義が主流を占め、現に大学に籍を置く英 米文学研究者ほとんどは己個人感情等は封印し、権威ある学会というアカデミズム世 界にひたすら閉じ籠るようになってしまったからだ。英米文学研究者は、己が属する学会や大 学を中心としたアカデミズム尺度・基準によって下される業績評価に一喜一憂する傾向が強 まった。しかしこれはひとつ間違えば、現実社会から逃避になりかねないと思う。言わば、 大学や学会という閉じた組織・機関へ引き籠り現象である。こうした風潮に敢然と逆らい、 警鐘を鳴らしたが『太平洋戦争と英文学者』(研究社、1999 )著者・宮崎芳三である。宮 崎芳三は、「学問研究」という名美辞麗句に守られているがために実質には脆弱なものとな ってしまった日本英文学研究界実態を、しんから憂え、活性化ため処方箋を模索した
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テロの時代におけるレッシング『賢者ナータン』再考 ―清流劇場の公演を機に― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

テロの時代におけるレッシング『賢者ナータン』再考 ―清流劇場の公演を機に― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 理性が照らし出す認識こそ真なるものとする啓蒙主義時代において、創世記後世界を合 理化しようとする理神は、イギリス、フランスからドイツにも広まった。写本コレクショ ンで有名な、ヴォルフェンビュッテル大公図書館にて宮廷司書任についたレッシングは、 1774 年から 1778 年にかけて図書館刊行に『無名人断章』を連載する。それはハンブルク 学術ギムナジウム(現在ハンブルク大学前身)で教鞭をとった東洋学者・聖書解釈学者ヘ ルマン・S・ライマールス私的な遺稿で、聖書非合理性をラディカルに批判し、啓示を否 定し、理性認識による信仰を是とする、まさに理神代表ともいえるものであった。理性 主義と、理性自然力によって神を認識する「自然宗教」により、正統教義主義と啓示宗教 解体を促そうとするライマールス主張は、当然、議論を巻き起こした。とりわけハンブル クカタリーナ教会で主任司祭を務めるヨハン・M・ゲッツェは、ルター派代表として激し く反論した。すなわち、聖書言葉、特に新約聖書が真であり、イエス教えこそがキリスト 教内容を表す。聖書を読むことで魂は動かされ、精霊導きが与えられ、そうして信仰中 で真実が具現化されるだという。レッシングも編者として矢面に立つこととなるが、実は彼 はどちらかに従ったわけではなかった。ライマールスような見解は人々間に広がって いるにもかかわらず、教会はそれについて発言も討論も禁じていた。レッシングは宗教界が 理論と実践間で膠着した状態を是正し、自由な討論を実現したかったである。そして自ら は、理性によって到達できるキリスト教「内なる真実」を主張していた。自然宗教を擁護し、 人間を、神完全性一部たる合理存在と見る一方で、啓示にも付加価値を見出す。聖書 啓示は人間感性に訴えながら信仰に導くことができるからである。求められるは、聖書 荒唐無稽さを揶揄することではなく、理性を行使することによってその意味について思考し、 理解することであるとレッシングは考える。彼は自ら立場を両極端間に置き、「啓示は理性 宗教を内包する」 11) と主張する。理性と啓示を対立させずに関連付けるレッシングそのもの
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ファーゴー教授 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ファーゴー教授 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 ファーゴー教授熱弁あとに沈黙が続いたとしたら、大佐発言に対して聞こえてくるよ うな反応がないことについては何と言えばいいだろう?教授ような頭良い人物がどうい う行動にでるか見てみたいという強烈な好奇心 ― 私自身それを感じた ― があった。対決姿 勢を鮮明にしてしまったので、攻撃を受ける態勢を整えるかように大佐は額を拭った。表面 な素晴らしい愛想良さを示す微笑みを浮かべ、片方に首をかしげて教授は大佐を見た。 「あ あ、君」と彼は叫んだ。 「思っていたことを口にしてくれて嬉しいよ。君が話したそうにしてい ることは分かっていたよ。これで気分が良くなったならいいだが。もし君さえよければ、 議論中身には入らないでおこう。内輪もめは人に見せるべきではないからね。そう言った はジョージ・ワシントンだったかな。君は僕言うことを保証してくれないんだね ― いいだ ろう。もし君が礼儀正しい紳士でなかったら、僕演説を、一言で、やぶ医者でたらめだと 言いたいところなは分かっているよ。しかし、僕も一言でそれを否定しよう。君は磁場存在を否定するが、私は答えよう。僕は個人にそれを所有し、もう少し時間をくれるなら、 そこには何かがあると君に言わせてみせよう、と。私には何かができるだと言わせてみせよ う。ここにおられる皆さんはすべてを目にすることはできません。しかし少なくとも、皆さん は私約束をお聞きになることはできます。君に証拠を見せると約束しよう。君が事実にした がうと言うなら、事実をお見せしよう。ただ、ここにおられる皆さん前で、君に『事実を 十分に考慮する』と言ってもらいたいだ!」
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アメリカテレビニュース英語の音声特性―音響分析から 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

アメリカテレビニュース英語の音声特性―音響分析から 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 前述ように強音節は時間にほぼ等しい間隔で現れる傾向がある。これを英語リズム等 時間隔性(isochronism)という(服部,2013, pp. 94 95)。例えば,“Jóhn will be stáying at the hotél in Lóndon.” センテンスには太字で示した 4 つ強音節が含まれており,それぞれ強 音節間には 2 つ,4 つ,ひとつ弱音節がある。強勢拍リズム(stress-timed rhythm)をもつ 英語では,強音節間に挟まれた弱音節数が変化しても,強音節はほぼ同じ時間間隔で繰 り返される傾向があるとされている。確かに,それぞれ強音節にアクセント置いて発音して みると,聴覚には強いビートがリズム良く,等間隔で繰り返されるような感じがする。英語 にリズム等時性が存在するならば,理論上は,図 7 強音節間それぞれ間隔(a),(b), (c)は時間に同じはずである。
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ある肖像画の物語 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ある肖像画の物語 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 どのようにその週が過ぎたか上手く説明できない。今彼顔を正面から見つめている冷徹 な結びつきよりも死方が好ましいかように、そして、唯一可能な選択は彼財産をマリア ンに譲り自分存在を終わらせることであるかように感じられる瞬間がレノックスにはあっ た。また、それなりに自分運命と折り合いをつけているかような瞬間もあった。彼はただ 自分が持っていた古い夢や幻想を集めて、膝上で折ってしまいさえすればそれでよかった だ。それでことは済むだ。しかしそうはせずに、合理かつ適度な期待こもった立派な束 を集めて、それを結婚式白いリボンで束ねることはできないだろうか?彼愛は死んでし まった。彼若さも死んでしまった。それですべてお終いだった。そこから悲劇を生みだす必 要などなかった。彼生命力は弱く短命であることが宿命であったので、消えてしまう なら結婚後よりも前方が良かった。結婚に関していうなら、それは予定どおり執り行われ るべきだった。なぜなら、それは必ずしも愛問題ではないからだ。彼にはマリアン将来を 奪ってしまうために必要な残酷な首尾一貫性に欠けていた。もし彼が誤って彼女を過大評価し ただとしたら、その責任は彼にあり、その罰を彼女が支払わなければならないとすればそれ は残酷なことであっただろう。彼女に問題があったとしてもそれは意図なものではまったく なく、彼自身に関するかぎり、彼女意図が善意にもとづくものであることは明らかであった。 彼女と一心同体とはいかなくても、少なくとも彼女は誠実な妻であり続けるであろう。  この暗澹とした理屈力を借りて、レノックスは結婚式前夜にまで漕ぎつけた。これに先 立つ週、エベレットに対する彼振る舞いは一貫して優しく親切であった。彼愛を失うこと によって彼女はとても大切な宝物を失ってしまっただと彼は感じた。その代わりに彼は、尽 きることない忠誠を彼女に捧げるであった。マリアンは彼元気なさや何かに心を奪わ れているような感じについて聞いてみたが、調子が良くないんだと答えるだけだった。水曜日 午後、彼は馬に乗って長時間外出した。陽が沈むころ帰宅し、古くからいる家政婦に玄関で 会った。
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アディナ ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

アディナ ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 目に見える影響を暗くて古い町に与えるローマ初春空気は、ご存知とおり不思議な魅 力があるけれども、どちらかというと外国体にはしばしば辛いことがある。北アフリカか ら熱風が二週間途切れることなく続いたあと、ワディントン夫人活発だった気分が落ち込 んだ。彼女は「熱病」にかかるではないかと心配し、急いで医者と相談した。医者は、何も 心配することはなく彼女に必要なは単なる気分転換だと言った。そして、一ヵ月ほどアルバ ーノに行くことを勧めた。というわけで、二人女性はスクロープ付き添いもとアルバー ノに行くことになった。ワディントン夫人は親切にも私も一緒に来るよう誘ってくれた。しか し、親戚者がローマにやって来ることになっていて、私は彼らためにガイド役を引き受け ることになっていたので、ローマに残っていなければならなかった。機会があればアルバーノ を訪れると約束だけはしておいた。私叔父とその三人娘は申し分ない観光客で、私には 次から次へとすることがあった。しかし、週末にはやっと約束を果たすことができた。私は宿 に泊まっている彼らを発見し、二人女性が、汚れた石造り床としわ寄った黄色いテーブ ルクロスについて意識を、窓から見える霧かかった海ように広大なローマ平原について 恍惚とした黙考に溶け込ませているを見た。景観は別として、彼らは楽しい日々を過ごし ていた。その地域美しさと山間見慣れない古い町美しい近郊を思い出していただきたい。 その地方は早咲き草花が咲き誇っており、私友人たちは野外空気中で暮らしていた。 ワディントン夫人は水彩画スケッチをし、アディナは野生花々を摘んでいた。スクロープ は満足気に二人間を行ったり来たりして、時折、ワディントン夫人絵の具使い方やアデ ィナスイセンとシクラメン組み合わせについて歯に衣をきせない酷評をしていた。みんな とても幸せそうで、嫌味ではなく私はもう少しで、神々からもっとも望ましい贈り物とは、 自身欠点なさに対する終始変わらない確信ではないかと思うところだった。しかも、心に やましいところある恋人でさえ、アディナ・ワディントンような自分人生における予想 もしない愛らしさ存在によって、当然報いというものが存在することが信じられなくなる ということがあるかもしれない。
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at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

意味で共通悩みなではないかと思っている。ベネディクトが抗い難い時代軋轢に悩みな がら、いうならば当時社会絶対な基準や常識と考えられていたことに対してどのように 対応し、諸問題をいかにして切り崩していこうとしたか、彼女底知れぬ強さと忍耐過程 は猛烈な模索期間であるとともに、彼女個を求めていくことに繋がっていくことでもあった。  マーガレット・ミードとベネディクトは一時期、同性愛関係にあったことは事実である。 しかし、その関係は長くは続かなかった。本著を翻訳している過程で、私たちは何度も同性愛 やフェミニズムについて討論した。同性愛という観点からベネディクトをとらえ、書かれた著 書もある。それも研究として可能かもしれない。しかし、ベネディクト書いたものに触れて いると、そのように結論を出すは少し短絡ではないかと感じさせられる。ベネディクトは 理屈っぽく、幼いころには自分自身をコントロールできず、激しい癇癪に悩まされていた。自 分気持ちを理解してくれる相手を希求していた。ミードとは違い、ベネディクトは自分気 持ちを率直に外に出すタイプ人ではなく、内にこもっていくタイプ女性であった。肉体 なハンディ、つまり片方聴力が極端に悪かったことも一因かもしれない。しかし、それだか らこそ、一時期ミードがベネディクトに果たした大きな役割は、重要なものであったことも想 像に難くない。聞き取れない講義をミード援助によってハンディを軽減されたも大きな助 けとなったであろう。性格においてもミードとは異なるが故に、惹かれるものがあったも事 実であろう。ミードにとっても、ベネディクトは魅力ある人間であった。
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福井先生との翻訳の仕事 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

福井先生との翻訳の仕事 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 『外国学部紀要』に翻訳を載せるたびに書いているが、福井先生と一緒に翻訳しているは ルース・ベネディクトアンソロジーともいうべき Anthropologist at Work : Writings of Ruth Benedict 『文化人類学者仕事』(仮題)である。この本はベネディクトが 1948 年に死亡して 10 年後に彼女とさまざまな意味で関係があったマーガレット・ミードによってまとめられたも である。ベネディクトが書いた論文だけでなく、日記、詩、そして彼女に宛てられた、ある いは彼女が書いた書簡も含まれている。全体で 600 ページ近くある膨大な本である。幸い論文、 日記、手紙などといくつも部分に分かれているので、授業合間をぬって翻訳することがで きる。現在ところ、440 ページまで訳し終わった。あとは論文を 4 本訳せば終わる。翻訳書 出版社はすでに決まっている。ミネルヴァ書店である。ミネルヴァ堀川編集長とは福井先 生が時々会って進捗状況を知らせている。来年には仕上げる予定だ。
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社会科学の目的と「自由」に関する考察 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

社会科学の目的と「自由」に関する考察 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 文化人類学者は自分社会よりもなるべく違う社会を研究しようとするため、様々な集団 データを持っている。そして西洋文明影響範囲からはずれたところで発展したシンプルな社 会を特に研究する。文化人類学者はある集団が特定価値観に基づいて実現した方略を研究す ることができる。その価値観とは自由という価値観なか、社会統一という価値観なか、権 力に屈するという価値観なかを研究することができる。文化人類学者にとって部族役割は、 科学者が細菌生死を研究する実験室役割と同じなである。文化人類学者実験室は研究 者が自分で設定するではない。それは原住民が何世代にもわたって、何千年もかけて生き方 詳細にいたるまで設定したものである。しかしフィールド・ワーカーはその部族なかに存 在する私たち時事問題を、たとえそれが違った姿であったとしても認識することができる。  フィールド・ワーカーが研究している裸プリミティブ・ピープルはもちろん社会保障条 例について話すわけではない。しかし彼らは老人や飢えた人をどのように扱うべきかはっきり している。年寄りや飢えた人を守る部族もあれば、守らない部族もいる。そして文化人類学者 はそれがもたらす帰結を研究することができる。原住民は黄金率について語らないが、オース トラリア原住民からカラハリ砂漠原住民にいたるまで、黄金率が働いていることは見受け られる。たとえば、「他人に施しを与えなければ、誰が自分に施しを与えてくれるだろう」、「他 人を敬わなければ誰が自分を敬ってくれるだろう」といった教訓は、若者頭にたたきこまれ、 南洋島々人からティエラ・デ・フィエゴ冷たい霧にすむ人に至るまで、それを実践して いる。同時にこのような黄金率がまったくない原始社会があり、文化人類学者は黄金率が存在 する結果と、しない結果を研究することができる。黄金率は人を支配するだろうか?プリミ ティブ・ピープルなかで黄金率に縛られた人間関係しか知らない人もいれば、相手を強いる 状況に立たされたことがないプリミティブ・ピープルもいる。
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人種偏見のメカニズム 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

人種偏見のメカニズム 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

その文明社会構成を破壊することはない。勝利者が得るものは真獲得かもしれないし、敗 北者喪失は受け入れられるか、あるいはそこから復興するかもしれない。弱い部族は消滅さ せられるかもしれないが、それによって勝利者力は弱められることはない。しかし相互依存 した国家間で戦争が起きると、獲得したものは獲得ではなく、失ったものを回復するには戦い あっている両サイドをさらに破壊することしかできない。そうなると戦争は社会悲劇となる。  つまり社会に対する戦争危険性は殺人に対する二重基準だけではない。本当脅威は社会 状況に反して戦争が始まり、社会を破壊へと導く場合である。近代金融、商業、生産、美術 と科学発展が各国間相互依存を頂点に至らしめた時に、第一次世界大戦が社会破壊をも たらす戦争最たるものとなった。近代な状況下で戦争を起こすことは征服される国にとっ ても、征服する国にとっても同じような社会災難をもたらすことに気づかねばならない。現 在戦争に関する重要な事実は、宿命主義者考え方がいかにナンセンスかを示している。彼 らは単なる聴衆になり、現実戦争は、体右側傷を治すために左側を切り刻むようなもの なのに、宿命主義者はただそれを見ているだけだった。ナイフや銃や爆弾を使って、苦しんで いるを見て宿命主義者は「身動きがとれていない。やろうとしていることができていない。 体つくりがなっていないだ」と言っているようなものだ。何もできないはあたりまえだ。 体部分炎症が右側まで広がり、右脚が動かなくなると、残った左脚では進めない。も し医者なら、「こんなことをやめない限り、死んでしまいますよ。回復させるには、血液は体全 体を循環しており、体一部を切りつけてしまうと死に至るということに気づくことだ」と言 うだろう。
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外国語教育における「翻訳」の再考 ― メタ言語能力としての翻訳規範 ― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

外国語教育における「翻訳」の再考 ― メタ言語能力としての翻訳規範 ― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

3 . 7  歴史まとめ  ここまで言語学習教授法歴史を主に Richards & Rogers(2001)および Cook(2010)に 沿って概観してきたわけだが、文法訳読法から CLT まで変遷中で、幾つか 2 項対立な キーワードを巡って振り子が動いているが分かる。1 つは、形式 vs. 意味である。文法訳読法 や直接教授法では形式を重視するに対して、CLT では意味重視になる。もう 1 つは、無意識 vs. 意識振り子である。直接教授法から CLT 一部まで、無意識下で学習がおこなわれ ていると考える傾向は強いようであるが、フォーカス・オン・フォームでもみたように、最近 では学習者に意識な気づきを促したり、注意を向けさせることが必要であると考えられてい るようだ。無論、この議論は本来チョムスキー言語学から受け継がれる議論であり、言語知識 はほか人間技能とは異なり教育影響を受ける度合が小さい、という第二言語習得命 題と深く関係するものではあるだが、本稿目的はこの是非を論じるものではい。むしろ、 特筆すべきは、これまで見てきた歴史中で揺れ動く二項対立軸に対して、フォーカス・オ ン・フォームように近年アプローチは、そのどちら極に振れようというものではなく、 その中間に収まろうというような傾向が見られるということであろう。そうであるならば、言 学習に大切なは、形式か意味どちらかではなく、形式も意味も、両方ともが大事なので ある。つまりその両方を、言語「機能」と「コミュニカティブ」であることを考慮して、意 識であろうと無意識であろうと、それはあまり問題とせずに達成できるであれば、言語学 習目標は当面は果たせると考えるわけである。この立場に立てば、後述する翻訳(規範)を 基軸とした翻訳教育は、現在外国教育教授法が目指す目的と真っ向から対立するもので はないと考えられるだ。
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杉谷眞佐子教授 略歴及び主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

杉谷眞佐子教授 略歴及び主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

2004 年 「ドイツ連邦共和国」大谷泰照/林桂子他編『世界外国教育政策 ― 日本外国 教育再構築へ向けて』東信堂 pp.257 85.(単著) 2010 年 「ドイツ」「オーストリア」「ポーランド」「関連事項解説」.大谷泰照監修,杉谷眞佐 子,脇田博文,橋内武,林桂子,三好康子(編)『EU 言語教育政策 ― 日本外国 教育へ示唆』くろしお出版 .「関連事項解説」pp.1 6;「ドイツ」pp.53 69;「ポ ーランド」pp.283 296;「オーストリア」pp.187 202. (単著,「オーストリア」は一部, 今堀志津氏と共著)
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《老乞大》中所見的祈使標識“(去)来” 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

《老乞大》中所見的祈使標識“(去)来” 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

《老乞大》中 見祈使標識“( 去 ) 来” 『老乞大』に見られる命令標識“(去)来”について 小 嶋 美由紀 Miyuki Kojima  本稿は、元明代漢語資料《老乞大》に見られる文末詞“来”(= come)が、命令標識とし て用いられる例を考察対象とする。その大部分が“来”とは逆方向移動を表す“去”(= go)と結合し、“去来”形で表れる。そして、“去来”は、命令行為中でも、特に聞き手 に行為を誘う「誘いかけムード」(hortative mood)で用いられる。“去来”が誘いかけムー ドを表す標識に文法化した動機を、「移動」意味関連で考察する。
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岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ンスを保つべくルクセンブルク会話力がこれまで以上に求められることになろう。  一方、国語であるルクセンブルクが、ルクセンブルク国内でしか使われない言語であり、 学問をするにも十分でないという状況が、ルクセンブルク教育強化に踏み込めない理由に なっている。外国統合に国語を利用できないルクセンブルクは、3 言語間バランスを調 整することでアイデンティティを守る他ない。そのために、ルクセンブルク在住ポルトガル 人やイタリア人は、自分母語以外に 3 言語を学ばねばならなず、これに英語も加えると学ぶ べき言語が 5 つになってしまう。そもそもルクセンブルクは、欧州主要言語であるフランス とドイツによる言語インフラを整備することで、EU 中心な都市として発展してきた。 ルクセンブルクが国際都市として繁栄し続けるためには、この言語インフラは不可欠だ。現在 枠組みでは、ルクセンブルク在住外国人はインフラを提供する側、通勤者はインフラを利 用する側に組み込まれているといえる。こう考えると、ロマンス系言語を母語とする外国人は、 ロマンス系言語をベースとする複言語能力を身につけることで、ルクセンブルク人とは異なる 言語インフラを提供できるようになり、ルクセンブルク言語インフラを豊かにする潜在力を 持っていると考えられるだろう。国家権限を吸収しながら深化する EU 都市機能と、国家 に基盤を置くアイデンティティー保持という必ずしも相容れない要求を満足するは難しいが、 前者を損ねない形で緩やかな 3 言語主義にシフトしていくが現実な方向であろう。
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英語語法における曖昧性の回避について 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

英語語法における曖昧性の回避について 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 この画像を見れば一目瞭然だが、「宝石箱」は jewelry case と表現されるようになって来て いる。今度は、この jewelry case に plastic を付けてみて「CD ケース」を表すかどうか調べて みた。plastic jewelry case は「プラスチック製宝石箱」を表している事が分かる。  つまり、まとめると、jewel case は「宝石箱」意味だったが、「CD ケース」を表す事もで きるようになり、「宝石箱」と「CD ケース」二つ意味間で曖昧になり、「宝石箱」場 合には jewelry case が jewel case に取って代わられるようになり、曖昧さが回避されるように なって来ているである。
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有余年の大学生活を振り返って 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

有余年の大学生活を振り返って 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

外国学部紀要 第 16 号(2017 年 3 月) 28  良きこと、悪しきこと、後悔すること、また理不尽さを感じることも少なからずあった。し かし、人もそれぞれ、生き方もそれぞれ、価値観もそれぞれである。私個人価値観では到底 考えられないような人や出来事も経験したが、それもまたよしである。

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稀代の目利き、福井七子先生へ贈る言葉 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

稀代の目利き、福井七子先生へ贈る言葉 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 先生は稀代目利きである。たとえば、研究テーマを例にとると、先生選ばれた日本文化 テーマは、年月を重ねるにつれて、今日性が増しているように思える。通常ならば、歳月 とともに時代性を失い輝きを減ずるものだが、先生テーマをそうではない(ここでは紙幅 関係でたった 1 - 2 行で表現しているが、とても希有なことであり、驚きに値する)。先生目 利きぶりは、何も学問話だけではない。ちょっとした小物でも、お店でも、食べ物でも、普 遍で価値高いものを選ばれているように思う。先生にお薦め頂いたものに外れはない。  人を見る目も同じである。先生人物評は端的にして、を射ている。その時は分からなく ても、そして表面には見えていなくても、後になって「じんわり」とその意味がわかってく る。時にその慧眼ぶりに、「怖い」と思うことすらあった。しかし、決して相手を貶めるような 評ではなく、そこに先生持つ上品さを感じる。
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