トップPDF 李氏朝鮮期中国語会話テキスト『朴通事』に見られる存在文について 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

李氏朝鮮期中国語会話テキスト『朴通事』に見られる存在文について 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

李氏朝鮮期中国語会話テキスト『朴通事』に見られる存在文について 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

  “你那里有来?”に対してはすでに解釈がなされている、つまり、 “有”が“在”意味であり、 “来”が“来着”相当し、“你那里有来?”は“你在哪儿来着”意味であると認識する。 しかし、 このような解釈は“我有认色了”適応できない。このタイプはまた別解釈ができると考 えられる。つまり、“你那里有来”は“你那里来的”意味であり、この“来”は、後“你来怎 么这般黄瘦 ”“来”と同じく動詞属し、助詞“来着”とは見なせない。“黑夜道场里你有来么” は“黑夜道场里你来了(或いは‘的’)吗”と解釈でき、“我有认色了”方は“我认了色了”(“色” はお金品質を指す)と解釈できる。このような解釈基づけば、“有+動詞”は“動詞+了”ある いは“動詞+的”相当する。
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日本人大学生のEFL 学習者コーパスに見られるMAKEの使用 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

日本人大学生のEFL 学習者コーパスに見られるMAKEの使用 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

2  データ・方法 2 . 1  コーパス  本研究では日本人大学生EFL学習者におけるオーセンティックなMAKE使用を見るた め、コーパスを ₂ 種類使う。一つはICLEプロジェクトコントロールコーパスとして構築さ れた大学生英語母語話者エッセイコーパスLOCNESSで、本研究では約17米語論述 を使う。もう一つはInternational Corpus of Learner English(ICLE)サブコーパスとして 構築されたICLE-Jである。ICLEは約250万学習者英語電子コーパスで、L ₁ 別にEFL学習 者論述を構築した16種類サブコーパスから成る。ICLE-Jは昭和女子大学金子教授が 構築したサブコーパスで、約20万日本人大学生英語論述コーパスである。表 ₂ は両コ ーパス総語彙数(トークン)と総エッセイ数である。
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コミュニケーション能力を養成するためのパターンプラクティス 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

コミュニケーション能力を養成するためのパターンプラクティス 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

฀ (後関2005より)  «standing»฀«running»฀«speaking฀English»などは未習であるが、練習用いるをいちいち訳 して仕組みを説明することはなく、上記ようジェスチャーや実際行動によって語彙 意味を伝えている。このほかも絵・おもちゃなど視覚訴える副教材を使用する、身近な 人物(ex.生徒人気ある他科目教師)を例出す等方法を用いて、練習スピード アップを図りつつも学習者が意味を想像できるよう工夫をこらしている。さらに、時々 学習者意味をたずねて、意味もわからずを繰り返すことがないよう配慮している。  井上(2004、2005)は伝統的な文法項目をベース、コミュニケーティヴ・アプローチで用 いられる諸概念を組み合わせて、外国としてフランス語学習教材『絵をて話そうフ ランス』を作成している。 1 課は教員説明と筆記練習で文法項目基本を発見・確認した 後、複数パターン練習が続く構成を取る。パターン練習導入にあたっては、問題点改善 策として次 3 点を挙げている。
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フランス語教師のための研修の必要性 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

フランス語教師のための研修の必要性 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 筆者(川勝)はこのセミナー参加する機会を得た。「授業観察」、「授業実習」、「方法論や 実践例について指導及び意見交換」、これらひとつひとつはスタージュとしては珍しいこと ではないだろう。しかし、「授業観察」がまったく未習者を対象とする最初 ₅ 日間全授 業(日本人講師担当部分)を観察できるものであったこと、その観察で得たものを即日研修生 同士で分かち合い、指導教官と直接問答できたこと、「観察する授業担当者」が「研修指 導者」であったことから授業方針や実施事項意図を明確知ったうえで「授業実習」ができ たこと、など多く点で、このセミナーは非常貴重な、得難い経験となった。また、(主催 者目標とするところとは合致しないが)研修生が ₅ 名という少人数であり、大学と高校ベ テラン教員、大学新人教員、大学他言語と兼任教員、高校教員、大学院生、という違っ た立場から参加であったことがこの研修をさらに実り多いものしたことも付け加えておき たい。
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故河合忠仁教授を偲んで 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

故河合忠仁教授を偲んで 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

追悼 河合忠仁教授 3 という習慣を徹底的体得させられた。私場合は、文学関係、特に英米小説ばかりを読み 漁ったが、おそらく河合先生は、言語学・英語学関係没頭されたことと思う。今から思 えば一種ファッションであったかもしれないが、ともかくも私たちは常に肌身離さず洋 書を持ち歩いていた。それが当時奈良教育大学英語科学統であっただ。お亡くなりな る直前まで英書を読んでおられたという話を先生奥様からお聞きし、そのことを実感した。  関西大学における先生全学共通教育英語授業はまさに神業であった。ほとんど日本語 を使わず、英米人並み英語で全学生を魅了した。何度か授業を見せていただいたことがある が、特に感心したは先生十八番である英作文授業であった。河合先生英語を操る自在 な力しんそこ敬服した。
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感情スクリプトと第2言語コミュニケーション 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

感情スクリプトと第2言語コミュニケーション 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 ある文化中で経験を解釈したり、行動を選択する際指針として機能する枠組みを「文化 モデル」と呼ぶことがある。Gibbs (1999) よると、文化モデルは間主観的文化構成員 で共有されるスキーマ一種である。スキーマやスクリプトは前述とおり、認知科学的な概 念であるが、Vygotsky派研究者、Cole (1996) は、スキーマやスクリプトを頭中と外で同 時に実践参加するもの、つまり実践を媒介する道具 (artifact) と見ることで、社会存在す るモデルと認知的モデル二元論を回避しようとした。D’Andrade & Strauss (1992)は、 化モデル基礎的な要素は、日々会話中で、言語化され頻繁使われ、また規範的な側面 をもつという。文化モデルを人間が習得するは、日々実践を通してである。日常的家族 や友人と取り交わされる会話、どのようなものや人、行動が評価され、何が大切と考え られるが埋め込まれており、それは意味交渉を通して参加者こころ刷り込まれていく。 文化的実践参加することで、人はそのコミュニティ共有されているモデルを内面化し、無 意識それ縛られたり、反抗したりする。感情スクリプトもそういった実践中で社会化 を通して慣習的な反応型として習得される。同時に、感情を表現する言語も、言語が埋め込 まれたスクリプトやその実践を通して習得される。こういった文化モデルや感情スクリプト 習得は1言語習得と分離することができない。たとえば、Clancy (1986) は言語社会化 プロセス中で日本人子供が「思いやり」や「恥」感情を習得していく可能性について、日 本人親子相互作用質的分析を通して示している。
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『水鏡』における創造主義の萌芽 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

『水鏡』における創造主義の萌芽 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

空よりも高いだが、/飛びゆく鐘音が聞こえる。)“El vuelo”や“el gritar”といった抽 象名詞色を見出すは、アルチュール・ランボーソネット「母音」を思い起こさせる。『水 鏡』発表された版では、この“Verde”という色言及した 1 行だけがずっと後方オフセ ットされており、視覚的ひときわ目立つようされているだが、複数ある手稿や『四角い 地平線』版では削除されているは興味深い。“los árboles”という名詞から連想されるも であるところから不要と判断したか、あるいは両者結びつきがあまりに現実的であるた め詩人創造する世界連想を陳腐なものすることを恐れて退けたであろうか。  もっとも、『水鏡』では、この「陽気な男」“Verde”表記しかられない文字配列 効果は、異稿なると大文字のみによる表記や、単語オフセットなど、実験性が強くなる。 それは『四角い地平線』においてより強い自信を持って採用され、そこ収載された‘Paisaje’ 「風景」ような詩篇やTour Eiffel『エッフェル塔』(1917) ような詩集で展開される絵画的
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複合環境における第二言語不安 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

複合環境における第二言語不安 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 教室外不安と教室内不安については、教室内不安数値ほうが教室外不安それ比べて 高い結果が得られた。小論における調査対象者は 4 月入学した学部 1 回生であるため、対象者 にとって「教室内」は日本語クラスだけでなく、共通科目や専門科目授業も「教室内」で ある。とくに、日本語クラスは大学講義を聞いたり、意見を述べたり、文章を書いたりする アカデミックな日本語能力を育成することを目標中心据えている事情もあり、複合環境を 「日本語クラス」、「大学授業」「教室外」 3 つ分けて考える必要があると思われる。調査 段階で「日本語クラス」ということを明確するか、調査対象者フォローアップ・インタ ビューを行うべきであった。
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あやまちの悲劇 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

あやまちの悲劇 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

カップで酒 を飲むようなもんでさ。スペイン人通り道影を一度ちらつかせると、奴らは常にそれをそ こ見つけるさ。奥さんがこの品行方正なヨーロッパしか住んだことがないんなら、 南アメリカ港町ことなんて想像もつかないだろうよ――町半分人間が残り半分人 間を通り角で待ち伏せしているさ。でも、俺はここがそんなにいいところだとは思わない ね。みんな他人ことを詮索しているようなこの町がね。あっちではあらゆる街角で人殺し 出会うけど、ここじゃ警察官会うからね……とにかく、何をおいても、あっちで生活はど こで地獄ような岩座礁するかわからない浅い水路を航行するような生活を思い出させる ね。ちょうど奥さんが出入り業者借りがあるよう、あちらではすべて男は近所人間 借りがあるさ。彼らが返さなきゃいけない借りはそういう借りだけでさ。俺がサンチャゴ を去るとき船長ことをかわいい名前で呼んでやったさ。船長はそのうちそのことで俺借 りを返し来るだろうさ。でも、奴は絶対金は払わないさ。」
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The Liaison of English Part One 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

The Liaison of English Part One 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 では、拙稿は、十年余り様々な教室で応用しながら、著者が徐々に改善してきたつもり 、連声中心教材一部を提示する。内容は、連声必要性から、英語連声根底 働く音素的事実発見を通過してから、英語連声を決める法則直接発見・言語的表示を 催促する学習課題提示を済ませた後、それぞれ法則詳細を解き明かせておけば、当該 法則能動的応用課題を列挙する。
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河合忠仁教授を偲んで 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

河合忠仁教授を偲んで 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 1998年後期より、私が和歌山大学移ることなり、河合先生話したところ、自分も近 大をやめて他大学移りたいと言われたを思い出す。私方は、 8 月割愛がうまく行か ず、半年転出が遅れた。その間、河合先生も関西大学移ることが決まり、19年間勤めた近 畿大学を一緒やめることなった。河合先生は関西大学へ移られてから、精力的研究を本 まとめて出版したり、大学用テキストを何冊も書かれた。英語コミュニケーション学会 関西支部長から、副会長もなられ、本当に、充実した研究生活を送っていたと思われる。  しかし、運命いたずらであろうか、その後、癌で入院されることなったである。見舞 い行った時、「癌が転移しているかもしれない」と悲壮な表情で我々語られたは今で も忘れられない。あれは、自分将来計画が台無しなるかもしれないという絶望感現れだ ったと思われる。というのも、河合先生は何事においても、きちんと計画を立て、こつこつと 地道実行して行く人だからである。つまり、あの時は既に自分これから人生を計画し ていたと思われるからである。それは、授業準備をみれば明らかである。河合先生は、私と 違い、授業準備を完璧行わないと気がすまなかった。時は、異常と思われるほど、きち んとするである。授業時間何倍も時間をかけて準備をしていることも何度かあった。ま た、近畿大学時代は、いつもお会いするたび、河合先生は自分将来計画を語られてい た。将来、こういう本を出版したいとか、こういう研究をしたいとか語られていた。それを考 えると、河合先生悲壮な気持ちが手取るようわかる気がする。
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ある問題 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ある問題 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 「聞かなきゃいけないよ。今までこの話をしたことなかったは単に忘れてしまっていたか らなんだ。すっかり忘れていたよ。でも、君話を聞いて思い出したんだ。僕も一度運勢を てもらったことがあるんだ。インディアン女でもなかったしジプシーでもなかった。たまたま いた女性一人だった。名前は忘れてしまったよ。まだ二十歳なる前だったと思う。何か パーティーで彼女は人運勢を占っていたんだ。カードを持っていた。贈り物としてもらった ふりをしていたけどね。僕は何をしゃべっていたか忘れたけど、あのくらい年頃よ くあるよう、結婚生活をからかっていただと思う。一人女性が僕をその女性紹介した んだ。ぜったい結婚しないって言っている男性がいますってね。本当かしら?その女性はカー ドをて、まったく事実と違っている、僕は二度結婚するって言ったんだ。その場いた人た ちがいっせい笑って僕は恥をかいたんだよ。『三度結婚するって言ったらどうだい?』と僕 が言うと、『カードは二度と出ていますわ』とその女性は答えたよ。」デイヴィッドはソファ から立ち上がって妻立った。「不思議だと思わないかい?」デイヴィッドは言った。  「ええ、不思議ですわ。あなたはそのことを何か不思議なこと以上ことだと考えていらっ しゃるようですけど。」
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The Liaison of English Part Two 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

The Liaison of English Part Two 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

A. Stephen Gibbs アントニー・スティーヴン・ギブズ  外国としてフランス語に対する伝来教授法をさておかせてもらえば、日本で行われ てきている外国教育におけるliaison [連声] に対する注目度が未だに極めて低くいままで ある。英語実際発声方法頻繁られる連声があまりに無視されてきているゆえ、 いわゆる「カタカナ英語」という、英語らしくない発音様式が、日本で中等英語教育を音 声面では、逆効果をもたらせてきている。
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ドイツ語圏スイスにおける言語状況:標準変種の規範化と方言の拡大 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ドイツ語圏スイスにおける言語状況:標準変種の規範化と方言の拡大 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

%と21%と少ないが、スイス変種に対しては54.7%と最も多くなっている。Gutzwiller と Takahashi調査結果を比較すると、それぞれ人と言語変種に対するスイス人態度であるが 共通する傾向がられ、オーストリア人・オーストリア変種よりもドイツ人・ドイツ変種方 をより否定的ているようだ。ただし、ドイツ変種に対しては、肯定的態度が否定的態度を 大きく上回っており、ドイツ人は好きではないが、ドイツ変種は肯定的捉えていることがわ かる。注目すべき点は、スイス人が最も否定的ている標準変種はスイス変種であるところ である。過半数スイス人がスイス変種を否定的ており、スイス標準変種を話すことが億 劫なるという意識が理解できる。 2 言語に対する肯定的な態度を持つ学習者は、否定的な 態度を有する者よりも高い能力を獲得し、逆 2 言語学習過程結果として、能力が高け れば高いほど肯定的な態度を持つ(Lasagabaster 2004: 400)。スイス標準変種がスイス人と って 2 言語であるかについては議論余地があるが、スイス標準変種へ否定的態度が習得 (特に口頭表現能力)マイナス影響を及ぼし、方言使用拡大を助長する可能性は否定で
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言語研究の底を流れる思想を考える—推論様式を手掛かりとして— 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

言語研究の底を流れる思想を考える—推論様式を手掛かりとして— 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

、前提 2 :聖母マリアは処女である 4 4 4 4 4 、結論:私 は聖母マリアである。もちろん西欧論理学枠組みにおいて、これは「非論理的」思考(私≠聖母 マリア)であるが、見方を変えると「彼女は私太陽だ」(彼女≠私太陽)ようなメタファー生 成原動力ともなり得る「論理」でもある。無意識うち私たちを縛っている西欧思想を意識 レベル引きずりだすこと(そして願わくは、これと対峙する思考法存在を示すこと)を意図し ている本論と、この論理(思考法)が決して無縁ではないよう思われることをここでは述べてお きたい。なお、古論理(パレオロジック)については、実に多く研究者が注目していることも付 言しておく。木村敏(1973:140)、丸山圭三郎(1987:140)、中村雄二郎(2001:86 94)を参照こと。 また、中沢新一(2004)でも、名称こそ異なるものの、複論理(バイロジック)という呼び名で、 同様思考法が主要な話題となっている。
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惜別のことば 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

惜別のことば 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

追悼 河合忠仁教授 5 ます。近畿大学時代、イリノイ大学で語学研修で、学生を引率して共に過ごした 1 ヶ月 も、今となっては思い出深い 1 コマです。教師として姿と、また研究者として姿を垣間見 たよう思うからです。学生一人が、週末を過ごしたホームステイ先から戻ってこなくて大 騒ぎなったときこと。結局、ホストペアレンツ連れられて、隣州へ旅出ていたこと が判ったものの、連絡を怠ったコーディネーターを前して、先生は烈火如く怒られまし た。そこは、教師として責任感はもちろんこと、親がわが子を気遣う心情も似たもの を感じたものです。また、引率合間出かけた書店で、面白そうな本を見つけた先生は、そ 座り込んで実に長々とページをめくっておられました。その旺盛な好奇心が、きっと後 韓国英語教育ついて立派な研究として花開いただと思います。
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外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

テーゼ 6 :統合的な複数外国教育構想は、言語科目以外全て実科目お いて、母語や外国学習を明示的促進するような働きを持つべき である。  ここ数年来、言語学習は言語関連科目のみでなく、全て科目で生じるべきである、とい う認識が定着してきている。それは「全て教科学習は、言語学習も含まれている」とい う認識である。即ち、歴史や地理、或いは生物など全て実科目学習に際しては、言語を学 習するという要因も含まれているとみなす見解である(Thürmann 1998)。「カリキュラム横断 的な言語学習を」という標語で知られるこのような学習原則は、いわゆる「二言語教育基 本据えられているであるが、ここで述べる基本構想では、外国のみならず母語において も、それが学習言語として使用される時、言語学習要因も含むことを強調しておきたい (Thürmann/Otten 1992)。本稿主題である複数言語教育構想は「二言語教育(み使 用されている)このアプローチを、―母語と並び―全て学習対象外国を統合するような 構想へと具体的関連付けることを目論む。その結果「カリキュラム横断的な言語学習を」と いう標語は「カリキュラム横断的な複数言語学習を」という表現へと拡がりをもつ至る。
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生きるということ 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

生きるということ 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

この言葉は、しばらく英語教育連環センター置いてあったですが、ある出版社人がおい 出なったとき、このことば気がついて、持っていってしまいました。大変気に入ったよう です。後でその人会ったとき、「社応接間入れて飾ってあります」と申していまし た。過分扱いです。一度訪れてて来なければと思っています。その代わりといっては何で すが、現在では、連環センターは次言葉が置かれています。
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フランス語動詞事象の意味分類に関する考察 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

フランス語動詞事象の意味分類に関する考察 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

以上、Vendler 始まる動詞分類方法論再検討を通して、フランス語動詞事象意味分 析がいかに発展してきたかをてきた。Vendler が提示した状態、活動、完了、瞬間カテゴ リーは、現在まで広くフランス語動詞事象アスペクト的意味分析分類枠として用いられて おり、その有用性は疑う余地がない。しかしながら、彼方法論はあいまいな点も多く、be + ∼ ing と共起性によって導き出した各カテゴリー意味特徴が概念的矛盾点している、 共起テストがアスペクト的性質統一されていない、さらには分析対象(発話事行)と分析 レヴェル(動詞)が一致していない等問題点がられた。Vendler 四分類をフランス語動 詞事象分析応用した研究では、分析基準が整備されより体系的な事象意味分析が試みら れている。本稿ではその内容をカテゴリー定義、共起テスト、分析対象と分析レヴェル三 つ分けて整理した結果、以下内容が明らかなった。、意味カテゴリーは直感的認 識頼って定義されることも多かったが、対立概念を用いて任意性質有無を調べること よって、弁別的意味特徴集合として客観的表されうる。、共起テストはカテゴリー そのもの説明と区別されるべきであり、本来機能は、動詞事象が表す概念特徴と意味的 共起性または非共起性によって事象タイプを判別することある。、動詞事象分類 で真分析対象となるは統辞論的な意味における動詞ではなく、動詞を含めた言語要素が応じて表す意味である。発話レヴェルでは言語内外様々な要素が意味構築関与して いおり、事行タイプはこれら要素意味特徴が総合された結果判別される。
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マルチメディアを利用した外国語教育と情報ネットワークの展開 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

マルチメディアを利用した外国語教育と情報ネットワークの展開 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 今、私たち身の回りを虚心見渡す限り、次ような現象が見て取れる。すなわち、現実 と接点を基礎した、双方向、真剣勝負とも言うべき日常生活中でコミュニケーショ ン活動人は勤しむ一方、強烈な自己表現衝動駆り立てられてネット空間ハンドルネーム を駆使して遊び感覚で思いまま好き勝手まるで独白ような発話をどんどん連ねていくス タイルコミュニケーションをも堪能している、という事実である。殊に後者場合、匿名性 もつ解放感がその志向− 遊び感覚− をいやがうえも高めていることは否めないだろう。  人間は、外物的現実ばかり気が向き、そればかりが見え過ぎるも困りものだし、逆、 内なる心的現実のみ心惹かれるもよくない。できるものなら人は、それら二つ現実世界 間でうまくバランスをとっていかねばならない。しかし実際はなかなか理想通りはいか ず、たとえば前者片寄りがちな人に対しては、文学などがこれまでその矯正役を果たしてき たと言えよう。目見える外現実だけではなく、豊潤な言葉によって創造される虚構空間こそ別新たなる内的世界− 心で見る世界− が存在することを、文学がしかと私たち
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