トップPDF オズボーンの復讐 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

オズボーンの復讐 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

オズボーンの復讐 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

し、頭はコングリーブ嬢ことでいっぱいで、目は絶えず彼女顔を見ていた。ときどき彼女 と視線合うときがあった。激しい嫌悪感がふつふつと胸にわき起こった。ヘンリエッタ・コ ングリーブに必要なは、彼女が他人を利用したと同じように彼女も人に利用されることだ と彼は独り言を言った。明らかに今牧師を利用していると同じように。水流中ほどで空し く底を手探りしながら、耳まですっぽり彼は恋に落ちていた。その間、乾いた靴を履いたまま 彼女は水辺に座っているだった。彼女は教訓を学ぶ必要があった。しかし、誰がそれを彼女 に与えることができるだろうか?彼女すべて師が知っている以上ことを彼女は知ってい るだ。男性は彼女に近づき、魅了され虜になるだけだった。もし彼女が、自分と同じほど明 晰な頭脳、活発な想像力、不屈意志を持つ者、あるいは師と仰ぐ者に出会いさえすれば!テ ーブルをひっくり返し、彼女出先をくじき、彼女を虜にし、そして突然時計を見て別れ挨 拶をする、そんな男性に出会いさえすれば!そうすれば恐らくグラハムも安心して眠りにつく ことができるだろう。人心をもてあそぶということがどういうことか彼女にも分かるであろ う。というのも、彼女心は、まるでブロンズに対するガラスようなものだからである。オ ズボーンはテーブルを見まわした。しかし、カーペンター夫人招待客には、彼が心に描く ― ブロンズ心と水晶頭を持つ ― 英雄にほんのわずかでも似ている男性はいなかった。彼ら はまさに、若い女性をそばにはべらせるが似合う若者たちに過ぎなかった。しかし、ヘンリ エッタ・コングリーブはそのような女性一人ではなかった。彼女は舞踏会にいる単に軽薄な 女性ではなかった。彼女しぐさにはどこか真剣で高貴な何かがあった。それは知的な喜びで あった。誠実な男性心を最後一滴まで飲み干し、恐ろしい食品に白い花を咲かせるだっ た。オズボーンが辺りを見わたすと、周囲存在、サンドウィッチやシャンパンことを 一瞬忘れてしまったかように見える若い女性に目がとまった。彼が彼女ことを見ている に気がつくと、もちろん、その女性はすぐに目皿に視線を落とした。しかしオズボーン は彼女視線意味を読み取った。それ ― まだ清純さ残る乙女視線 ― は、容易に翻訳 できる言葉で、「あなたこそ私が探し求めていた男性です!」と語っているように思われた。つ まり簡単に言うと、オズボーンさん、あなたは何て素敵な方なんでしょう、ということである。 オズボーンは脈が速くなるを感じた。彼計画は始まっただ。彼際立った容姿がコング リーブ嬢心を傷つけるに十分な装備だというわけではなかったが、少なくともそれは彼 任務を外に向かって表現するものだった。
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ファーゴー教授 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ファーゴー教授 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 ファーゴー教授熱弁あとに沈黙が続いたとしたら、大佐発言に対して聞こえてくるよ うな反応がないことについては何と言えばいいだろう?教授ような頭良い人物がどうい う行動にでるか見てみたいという強烈な好奇心 ― 私自身それを感じた ― があった。対決姿 勢を鮮明にしてしまったので、攻撃を受ける態勢を整えるかように大佐は額を拭った。表面 的な素晴らしい愛想良さを示す微笑みを浮かべ、片方に首をかしげて教授は大佐を見た。 「あ あ、君」と彼は叫んだ。 「思っていたことを口にしてくれて嬉しいよ。君が話したそうにしてい ることは分かっていたよ。これで気分が良くなったならいいだが。もし君さえよければ、 議論中身には入らないでおこう。内輪もめは人に見せるべきではないからね。そう言った はジョージ・ワシントンだったかな。君は僕言うことを保証してくれないんだね ― いいだ ろう。もし君が礼儀正しい紳士でなかったら、僕演説を、一言で、やぶ医者でたらめだと 言いたいところなは分かっているよ。しかし、僕も一言でそれを否定しよう。君は磁場存在を否定するが、私は答えよう。僕は個人的にそれを所有し、もう少し時間をくれるなら、 そこには何かがあると君に言わせてみせよう、と。私には何かができるだと言わせてみせよ う。ここにおられる皆さんはすべてを目にすることはできません。しかし少なくとも、皆さん は私約束をお聞きになることはできます。君に証拠を見せると約束しよう。君が事実にした がうと言うなら、事実をお見せしよう。ただ、ここにおられる皆さん前で、君に『事実を 十分に考慮する』と言ってもらいたいだ!」
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ある肖像画の物語 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ある肖像画の物語 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

にとって、彼は信じざるを得なかっただが、愛は趣味悪い気晴らしに過 ぎなかったのだ。彼は激しい気性男性だった。彼はすぐ要点に触れた。  「マリアン」と彼は言った。「君は僕を欺いていたんだね。」  マリアンは彼が何ことを言っているかよく分かっていた。彼女には、自分が自分婚約 にうんざりしていることがよく分かっていた。そして、ヤング氏やキング氏に対する彼女振 る舞いがどんなに無邪気なものであっても、それはバクスターに対する重大な裏切りだった だ。彼女はダメージを受け、二人婚約はすっかり破棄されたと感じた。スティーブンが中途 半端な言い訳や否定に納得しないことは分かっていたが、彼女にはそれ以外に伝えられるもの がなかった。いくら言葉を費やしても完全な告白にはならなかっただろう。そこで彼女は、気 に揉むことをやめてしまった「将来」を守ろうとはせず、単に自分威厳だけを守ろうとした。 生まれつき半分冷笑的な落ち着いた性格によって彼女威厳は当面間十分守られた。しか し、同じ品ないこの落ち着きために、冷酷で浅はかだという印象がスティーブン記憶 中に残った。そしてそれは、少なくともその記憶中では、真実重みと価値あるものを求め る彼女にとって永遠に致命的であることが宿命づけられていた。彼女に説明を求め、彼女振 る舞いに介入しようとするスティーブン権利をマリアンは否定した。婚約を解消しようとい う彼提案を彼女はほとんど予期していた。彼女は涙という単純なロジックを使うことさえ否 定した。当然、このような状況では二人話し合いは長いものではなかった。
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アディナ ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

アディナ ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

重くのしかかってくるようだった。私たちはあれ以来アンジェロ姿を見ていなかったので、 私はどんな形でもいいから彼ことを知りたいと思っていた。しかし、彼姿を見ることなく 数週間が過ぎ、あの異例取り引きあと彼側に何が起こったか分からないままでいた。 クリスマスがやって来て、それとともにいつも儀式季節到来だった。スクロープと私は 精力的に必要な方策を講じた ─ つまり、それは拳や肘や膝問題で ─ システィーナ礼拝堂 で行われる真夜中ミサに出席する二人女性ため場所を確保することだった。ワディン トン夫人が私特別任務だったが、外出するやいなや私たちは人ごみ中であと二人姿を 見失ってしまった。私たちはしばらく柱廊で待っていたが、通り過ぎる人たち中に二人姿 を見かけなかったので、彼らは勝手に帰宅すると決めて、相手も私たちに同じことをするよう 期待しているに違いないと考えた。しかし、ワディントン夫人宿にたどり着いても二人姿 はなかった。こんなにも長い間二人姿が見えないということは、彼らは聖ペテロ教会に行っ てあの広大な暗い空間中で細いろうそく輝きを眺めているではないかと思った。若い女 性があれだけ「魅力に欠ける」若い男性と午前三時に歩き回るというは通常あまり見かける ことではない。しかし、「まあ、あの娘は彼従姉妹みたいなものだから」とワディントン夫人 は言った。二人が戻って来たとき、彼女はそれ以上ものだった。私は家に帰り、ベッドにも ぐり込んで、クリスマス鐘で目が覚めるまで寝ていた。私は起き上がって、クリスマス 挨拶をするためにスクロープ部屋戸をノックしたが、戸を開けに出て来た彼は、それが いかにもその場に相応しくないことに気づいた。彼は身支度を半分整えただけで、部屋に戻る とベッド外側に身を投げ出した。私が思ったとおり、彼はアディナとサンピエトロ寺院へ行 き、きらきら輝く美しいろうそく光を見つめていただった。彼は落ち着かない様子で部屋 中を歩き回っていた。何か言いたいことがあるだということが分かった。そしてとうとう 彼はそのことに触れた。 「実は、受け入れられたんだ。婚約したんだよ。いわゆる果報者という やつかな。」
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あやまちの悲劇 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

あやまちの悲劇 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 「それで、その男が臆病だったり、面目をつぶされたり、あるいは自分で復讐ができないとき、 彼は――もしかしたら女性かもしれないけど――その女の子せいで誰か他人にそんなこと をやらせるかしら?」  「もちろんさ。そんな仕事を探している奴が南アメリカ海岸にはここらにいる物乞いと同 じくらいいまさ。」ボート男はこんなにも淑女然とした女性がこんな品ない話題にひどく 興味を持っていることにとても驚いた。しかしご覧とおり、彼女がこの話題について容易に 話すを聞いて、多分、この女性に情報を与えることができる楽しみとそれを話している自分 自身声を聞く楽しみは驚きよりもさらに大きかった。「あの土地では人は絶対に恨みを忘れ ないさ」と彼は続けた。 「もし彼が一日借りを返せなくても、別日には必ず借りを返しまさ。 スペイン人憎しみは寝不足ようなもので、しばらくは先延ばしにできるが、最後にはそい つに捕まっちまうんです。悪党って奴は自分たちへ約束はかならず守るんでさ……船 敵はまったく楽しいもんでさ。同じ囲い中でつながれている雄牛ようなもんで。壁を後ろ にしてなきゃ三十秒と安心していられるもんじゃない。たとえ相手が仲良くしようとしてきて も、相手好意にはどこか下心があるさ。そいつと何かするってはしろめ 4 4 4
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ビセンテ・ウイドブロ『北極の詩』(抄) 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ビセンテ・ウイドブロ『北極の詩』(抄) 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

し長く、7 月から 9 月にかけてほぼ三ヶ月に渡っている 3) 。  一時的にせよウイドブロがフランス都を離れたは、パリに迫りつつあった第一次世界大 戦戦火を避けるためで、マドリードにたどり着く前には、トゥール近郊に所在するボーリウ・ プレ・デ・ロッシュで過ごしている。この時、避難生活を共に過ごしたが、リトアニア出身 彫刻家ジャック・リプシッツとスペイン出身画家フアン・グリスで、その僻村で彼らと家 族ぐるみ付き合いを持った。『北極歌』冒頭に載る二人友人へ献辞は、その時思い 出に寄せたものである。
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関西大学図書館所蔵ちりめん本の整理 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

関西大学図書館所蔵ちりめん本の整理 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 ちりめん本は、縮緬布ように細かい皺を施した紙を用い、欧文に訳した日本昔話などに 浮世絵画家たち絵をもとにした多色刷り挿絵を添えて印刷した本で、明治半ば、長谷川 武次郎により刊行されたものが、その中心をなしている。なつかしい昔話という題材はもとよ り、そのしんなりと手になじむ布ようなやわらかさ、そして一流絵師による美しい多色 挿絵とが相まって、ちりめん本はいまも読者こころを捉えて離さない。もとは、日本国内 人びと、特にこどもたちが外国を学ぶため教科書として意図されたが、その美しさと異国 情緒により、日本にやってきた外国おみやげとして人気を得ることになったようである。  ちりめん本については、石澤小枝子氏が深く研究されており、その著書『ちりめん本すべ て 明治欧文挿絵本』を参考にさせていただき、本学図書館所蔵ちりめん本整理を試み た。石澤氏によると、ちりめん本としてもっともよく知られている「日本昔噺」シリーズは 20 冊からなるが、No. 16 に重複があるので 21 冊となっており、また、同じタイトル平紙本も 出版されていた、ということである。さらに、“Enlarged English Edition”として Nos. 21∼25 出版が続き、そのうち、Nos. 23, 24, 25 は、ラフカディオ・ハーンが訳したもので、後に、こ れに二冊が加えられ、箱入りで売り出されることになった。この加えられた二冊うち一冊は、 「日本昔噺」セカンド・シリーズ(第二弾)五冊うち一冊であったようであるが、本学は
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吉田健一と英文学 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

吉田健一と英文学 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

と続ける。吉田健一娘・吉田暁子が父・吉田健一を冷静沈着な態度で眺めたように、吉田健 一父・吉田茂に対する眼差しは、底に実父に対する敬愛念をたたえた清冽なものである。 父・吉田茂現実主義的政治手法を直視した上で、父・吉田茂にさらなる魂啓培場、すな わち「言葉世界」を提供したかったという息子切ない想いではないだろうか。父・息子両 者生き方根底には実人生と緊密に絡んだリアリズムという精神が厳存していることに間違 いはないが、ただ、父・吉田茂にとってリアリズムというは、まさに非情な外交を主とし た生臭い現実政治を舞台にしたものを指す。そんな父に、軽妙洒脱で、考えること尊厳を重 んじる文化人・知識人たちと交遊を通じて感知できる、人間奥底にあるもうひとつ リアリズムにさらにもっと接して欲しかった、と吉田健一は述べるだ。なぜなら本来、父・ 吉田茂にはそれを受容するに足る資質があった、と吉田健一は思ったからである。また、長谷 川郁夫は、著書『吉田健一』(新潮社、2014 )なかで、父・吉田茂外務大臣就任に伴って 吉田健一は、「英語力」と「秀でた知力」とを買われ、しばらくあいだ父・吉田茂「秘書 役」と見られる立場にいたらしいが、それも短期間に終わった、と記す。そしてその後に続け て長谷川郁夫は、「父もまた、長男が政治に不向きなことを早々に悟っただろう。息子勤勉 な性質を知る父は同時に、ノンシャランな対応を認める余裕をもっていたものと思われる。こ 父と子情愛通うほのぼのとした関係は、何種かユーモラスな対談なかにも濃密にあら われている」(長谷川郁夫 229 )と、言う。父・吉田茂は、息子・吉田健一「勤勉な性質」 を見抜いていたである。ちょうど吉田健一娘・吉田暁子が父・吉田健一「勤勉な人生」 を見通していたと同じように。吉田健一は、しんそこ「勤勉な」学徒であっただ。  さて、実父・吉田茂からも実娘・吉田暁子からも「勤勉な」文学者だと認められた吉田健一 英語教育に関する所見はと言えば、それは吉田健一『近代詩に就て 英語と英國と英國人 
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岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

5 .ドイツ外国? ― 言語間距離と言語教育  ドイツ屋根なし外部方言を造成して作られたルクセンブルクは、ドイツと同じ西ゲ ルマン系派に属すため、当然ながらドイツ距離は極めて近い。Sokal et al.(1992)で は、Ruhlen(1991)による言語学的分析に依拠しながら、主要な印欧語距離を樹形図であら わしている。それによるとルクセンブルクはドイツやオランダと同じグループに属して いて、言語間距離はとても近くなっている。その距離は、ポルトガルとガリシア、スペ インとカタルーニャ、チェコとスロバキア、デンマークとスウェーデンとノルウ ェーなどと同等と評価されている。これに対して、ルクセンブルクとフランス語と距離 ははるかに遠い。数字で表すと、ルクセンブルクとドイツ距離がおよそ 0.9 程度とする と、ルクセンブルクとフランス語距離は 15 程度にもなる(Sokal et al. 1992: 7671)。ちな みにルクセンブルクと英語距離はおよそ 2.9 程度であることから、英語はドイツより距 離が遠いが、フランス語よりはるかに近い。言語距離が近ければ学習が容易になるが、同時 に転移(transference)が発生しやすくなるという問題もある。しかし、転移による混同を避 ける学習よりも、まったく異なる形式を学習する方がはるかに難しい。したがってルクセンブ ルク言語系統が同じドイツ語は、ルクセンブルク母語話者にとって最も学びやすい 言語である。
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アントニー・スティーヴン・ギブズ先生 ―仰ぎ見る存在として― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

アントニー・スティーヴン・ギブズ先生 ―仰ぎ見る存在として― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 ギブズ先生は、名門オックスフォード大学ニューカレッジ卒業生であり、ゴールズワーゼ イ特待生でもあった。私が学会発表でオックスフォードトリニティカレッジへ行く際には、 「ニューカレッジあたりも良いですよ。あそこは 007 ジェームズ・ボンドが卒業した設定に なっているですよ」とお話になられていたが、自らが卒業生であることは少しも語られなか った。ご専門 1 つである日本文化話になっても、「間違っているかもしれませんが」と前置 きをしながら、造詣深さが滲み出るお話をされていた。常に、謙虚で、穏やかな語り口が先 生特徴といえるだろう。それでいて、どこかに少しユーモアを隠して話しをされる。たまに 私がそれに気づくと、茶目っ気たっぷりに目配せをしてくださったことが何度かあった。  先生はまた優しい人でもある。もう 10 数年前ことだが、世間話で、肩こりに悩まされてい ると話をすると、後日「この ointment がよいですよ」と、それをわざわざ買い求めて持参して くださるなど、若輩私などにも細やかな気遣いをされた。大学を去られることになった時も、 「まだ私にやれることがあれば、何でもお手伝いをしますよ」と非常勤で科目担当も自ら申し
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「日本の英文学研究」考 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

「日本の英文学研究」考 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

として文学者苦悩や秘めた思いを追求する松浦和夫は、著書『文学者 知られざる真実』 (2012) 中で以下ように記している。  いったんは法学部客員教授になり、そこから転じた慶応 SFC 教授職に江藤は適 応することができなかった。その学部はコンピュータと語学を重視して世界に通用す る学生を育てるだそうだ。江藤は IT 技術を嫌った。SFC 教員へ事務連絡はす べて E・メールでなされていたが江藤教授には事務職員が書類を持参していた。効率 だけでは学問はやれぬと学部雰囲気にも違和感を擁いていた。『SFC は慶応か』と つぶやき三田にあるというアカデミズムに最後まで共感していた。江藤は三田にある 法学部で、研究室からイタリア大使館裏庭が見えると喜んでいた。彼妹が嫁いだ 国大使館である。学生時代に自分通った三田キャンパスとその周辺に蓄積された 伝統街に江藤は郷愁を感じていた。ほかでもない福沢諭吉が開いた三田キャンパス に教授として通うことを夢見ていただ。かつて閉ざされた夢を。(松浦和夫 46)  現に江藤は著書『作家は行動する』(1959)において、自然科学的研究態度よりも、人間を 相手にする文学的態度を好んでいる様子が見て取れる。江藤にとって湘南藤沢キャンパス環 境情報学部は、文学的本領を発揮できる場所ではなかったようである。
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at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

意味で共通悩みなではないかと思っている。ベネディクトが抗い難い時代軋轢に悩みな がら、いうならば当時社会絶対的な基準や常識と考えられていたことに対してどのように 対応し、諸問題をいかにして切り崩していこうとしたか、彼女底知れぬ強さと忍耐過程 は猛烈な模索期間であるとともに、彼女個を求めていくことに繋がっていくことでもあった。  マーガレット・ミードとベネディクトは一時期、同性愛関係にあったことは事実である。 しかし、その関係は長くは続かなかった。本を翻訳している過程で、私たちは何度も同性愛 やフェミニズムについて討論した。同性愛という観点からベネディクトをとらえ、書かれた 書もある。それも研究として可能かもしれない。しかし、ベネディクト書いたものに触れて いると、そのように結論を出すは少し短絡的ではないかと感じさせられる。ベネディクトは 理屈っぽく、幼いころには自分自身をコントロールできず、激しい癇癪に悩まされていた。自 分気持ちを理解してくれる相手を希求していた。ミードとは違い、ベネディクトは自分気 持ちを率直に外に出すタイプ人ではなく、内にこもっていくタイプ女性であった。肉体的 なハンディ、つまり片方聴力が極端に悪かったことも一因かもしれない。しかし、それだか らこそ、一時期ミードがベネディクトに果たした大きな役割は、重要なものであったことも想 像に難くない。聞き取れない講義をミード援助によってハンディを軽減されたも大きな助 けとなったであろう。性格においてもミードとは異なるが故に、惹かれるものがあったも事 実であろう。ミードにとっても、ベネディクトは魅力ある人間であった。
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福井先生との翻訳の仕事 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

福井先生との翻訳の仕事 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 ベネディクトが生きた第二次世界大戦前後アメリカ社会は、黒人、ユダヤ人、女性に対す る偏見ばかりでなく、少数民族、敵国民、性的マイノリティーに対する偏見が充満している社 会だった。そのような偏見に対してベネディクトは感情に流されることなく、あくまでもアカ デミックな手法で、偏見は社会が作り出すもので、一つグループ人間が別グループ人 間に勝るとは言えないことを淡々と論じている。それは、ベネディクトネイティヴ・アメリ カン研究においても、日本研究においても、一貫して保っている姿勢である。そして、ベネ ディクトは自分考えを証明するため努力を惜しまなかった。戦争足音が刻々と近づいて いる中、ボアズは懸命にユダヤ人へ差別無意味さを説き、ベネディクトは戦争を引き起こ す社会構造を分析した。彼ら努力もむなしく、アメリカが戦争に突入した時落胆は大き かったに違いない。戦争が終わりに近づくと、ベネディクトはアメリカ政府を説得するために よりいっそう科学的な手法で日本人行動パターンを分析し、それを悪と決めつけられない理 由を明確にした。当時アメリカ政府がベネディクトやボアズような研究者に耳を傾け、彼 ら意見を少なからず尊重したことは、歴史において幸いなことだと言える。
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杉谷眞佐子教授 略歴及び主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

杉谷眞佐子教授 略歴及び主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

2004 年 「ドイツ連邦共和国」大谷泰照/林桂子他編『世界外国教育政策 ― 日本外国 教育再構築へ向けて』東信堂 pp.257 85.(単) 2010 年 「ドイツ」「オーストリア」「ポーランド」「関連事項解説」.大谷泰照監修,杉谷眞佐 子,脇田博文,橋内武,林桂子,三好康子(編)『EU 言語教育政策 ― 日本外国 教育へ示唆』くろしお出版 .「関連事項解説」pp.1 6;「ドイツ」pp.53 69;「ポ ーランド」pp.283 296;「オーストリア」pp.187 202. (単,「オーストリア」は一部, 今堀志津氏と共著)
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有余年の大学生活を振り返って 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

有余年の大学生活を振り返って 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 ジェフリー・ゴーラー研究ためイギリスに行くことにはためらいもあった。彼存在があ まりにも未知数であったためである。しかし、コレクションを見たいという気持には従わざる を得なかった。結果的に行ってよかったと思っている。これまで未発見資料を手にすること ができた。しかしそれをうまく読み解くことには難渋した。これも私が子ども頃からお世話 になっている電気店を営んでいる猪ノ山さんおかげで判読できるようにしていただいた。「あ 手この手」方法と技術を駆使して、時間を惜しまず考えてもらったおかげで、資料を読み 解き、一冊本として世に出すことができた。
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中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

五、中国近代化と東アジア近代化  ある国言語変化問題を、伝統的言語から近代民族国家言語へ進化にまで広げて考え た場合、われわれは次ような事実に直面する。表意文字(または音節文字、形態素文字とも 呼ばれる)である漢字には、ヨーロッパやアジアその他古典言語(ラテン語、ギリシャ、 ヘブライ、アラビアなど)に備わっている宗教的神聖性がない。しかしそれは、漢字が言 を超えた表記システムとなることを妨げなかった。漢字は東アジア各国に、古 テクスト 典と言語記 録手段を提供し、漢字文化圏と呼ばれる文化共同体を形成させた。漢字文化圏にとって、漢字 存在は書面による表現を可能にしたが、同時に、漢籍規範性によって言語使用者表現 自由が著しく束縛される結果をもたらした。このため、漢字文化圏域内各言語は「国語」 として成立する場合、脱漢文過程を経なければならない。しかし漢字は、様々な議論が交わ され、多く改革が実施されたにもかかわらず、その地位が揺らぐことはなかった 14) 。それば かりか、漢字文化圏では、正に漢字によってこそ西洋近代新知識受容を実現したである。 現在すでに漢字を使用していない国「国語」においても、「漢字」ならず「漢音」が書き 言葉主要部分を占めているである 15) 。
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Business Presentations Course Results 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

Business Presentations Course Results 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 現代社会において、人々活字離れが進む一方で、オーディオヴィジュアルコミュニケー ションは、情報やエンターテイメントを提供したり、説得力を有し分かち合えたりできると いった面で重要な役割を果たしている。  この研究では、学部生対象プレゼンテーションコースについて述べている。学生による フィードバックを基に、⑴情報源 ⑵新しい経験 ⑶新しい知識 ⑷将来に向けて、といっ た4つエリアに分けられる。またその結果を受け、本研究ではこのコース長所を評価し、 改善すべき分野について提案している。
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物語理論と翻訳 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

物語理論と翻訳 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 語り手はいつでも語り手として物語言説に介入できるだから、どんな語りも、定 義上、潜在的には一人称でおこなわれていることになる…。 (287) すなわち、すべて物語は原理的には一人称物語であり、そこに何らかの区別があるとすれ ば、それは「物語内容を語らせるにあたって、『作中人物』一人を選ぶか、それともその物語 内容には登場しない語り手を選ぶか、という選択」(287)のみであるということです。物語 水準と人称問題をひどく乱暴にまとめてしまうと、「水準」は「誰が語っているか?」とい う問題で、「人称」は「誰が見ているか?」という問題であると言うことができます。  ヘンリージェイムズ作品に『メイジー知ったこと』という小説があります。この小説 は少女「視点」から出来事が眺められているわけですが、この物語を語っているは少女で はありません。一読するとお分かりいただけるように、幼い女の子がとうてい使わないような 語彙や文構造が頻繁に出てきます。つまり、見ているは女の子であるけれども、語っている は成人、しかもかなり高度な言語運用能力を備えた大人ということです。そして、現実には あり得ないような『メイジー知ったこと』物語言説こそがこの小説魅力でもあるわけです。  逆に、J. D. サリンジャーに『ライ麦畑でつかまえて』という有名な小説があります。この を眺めているは成人した「僕」ですが、物語語りは高校生だったとき「僕」という構 造になっています。つまり、『メイジー知ったこと』とは逆に、「視点」方が大人で「語り」 方が子どもだというわけです。そしてそのことが、この小説持つ魅力となっているわけで す。このように、物語における「語り」や「視点」問題は、単なる形式的な問題ではなく、 物語内容と深く結びついているということがお分かりいただけると思います。
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ある問題 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ある問題 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

同情に幸せを求めたくなる衝動に駆られた。しかし彼女はあまり大きく踏み出さなかった。そ ような幸せは胸騒ぎする安らぎにすぎないように思えた。それに、彼女は夫と折り合い がうまくいっていないだと世間が疑う理由もなかっただ。  しかし、デイヴィッド方はかなり踏み出していた。彼はもの静かであまり外出しない愛情 深い男性から、好みにうるさく神経質で落ち着きがなく、クラブや劇場によく出入りし外で食 事をする男性へと徐々に変わっていった。彼生活にこれらことが影響していることを感じ 取ったときから、彼はあの二つ予言を軽く見ることができなくなった。あるときは一つ、またあるときは別予言が彼想像力を支配し、いずれにせよ、それら予言を知ら なかったら過ごせたであろう生活をすることは今や不可能だった。時に彼は若くして死ぬこと を考えて、この世界に対する情熱的な愛着と、快楽世界に飛び込んでみたいという抗い難い 欲望にとらわれることがあった。またあるときには、妻可能性や彼妻という立場が他 女性に取って代わることを考えて、人生進展に対するさらなる遅延に激しく不自然なほど いらいらした。彼は現在を消滅させたいと願った。激しい期待と興奮状態中で生きることは 生きることではない。あわれなデイヴィッドは時間をやり過ごすためにときに自暴自棄になっ た。彼は人生一側面から別側面へと絶え間なく振れ動き、情熱的な高揚から激しく病的に 落ち込む絶え間ない変調が、ほとんど狂気ともいえる慢性的な興奮状態を誘発した。
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『外国語学部紀要』発刊に際して 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

『外国語学部紀要』発刊に際して 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

宇佐見 太 市  大阪十三にある第七藝術劇場で、柳家小三治ドキュメンタリー映画『小三治』を観た。 康宇政監督が当代随一噺家・柳家小三治に三年以上も密着して撮り続けた作品である。エド ワード・サイード魂に心打たれ、それを伝えたいという衝動に駆られた佐藤真監督が、己 感性で創出し、世に問うた作品『エドワード・サイード OUT OF PLACE』とイメージが重な った。両者とも、それぞれ被写体人間像がみごとに映し出されている。ふだん著作を通じ て読者が知りうるエドワード・サイード像からいくぶん漏れた未知なる部分を佐藤真監督が観 客にそっと垣間見させてくれたように、康宇政監督も、高座にかけられる小三治師匠完成さ れた芸内側に潜む噺家・小三治人間性をさりげなく表出した。四六時中、落語と格闘し続 けるひとり噺家ひたむきな生き方を私たちはここに見てとることができた。
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