トップPDF 『水鏡』におけるビセンテ・ウイドブロの創造主義的手法の展開 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

『水鏡』におけるビセンテ・ウイドブロの創造主義的手法の展開 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

『水鏡』におけるビセンテ・ウイドブロの創造主義的手法の展開 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 上で触れた「新年」異稿とは、鉛筆書き自筆原稿である。この原稿は、実際に出版され た版執筆よりも前に記されたと考えられている 5) 。 “ La escala de Jacob / No era un sueño / Un ojo se abre frente al espejo / Y las gentes que bajan a la tela / han dejado su carne como un sobretodo viejo / El film 1916 / Va a comenzar / La lluvia cae delante de los espec- tadores / Detrás de la sala un viejo / muerto ha rodado al vacío ”(「   ヤコブはしご は/              夢ではない/片目が鏡前で開く/スクリーンに降りる人々 は/古いコートように肉を脱ぎ捨てる/   映画 1916 が/   始まる/観客前に雨が 降る/   古い部屋背後で死者である/老人が空虚へと転げる」)まず視覚に注意を引く は、7 つにおけるオフセット、そして句読点廃止であろう。また 10 行にわたる単独 連で成り立っているところも、実際に印刷された版と大きく異なっている。
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吉田健一と英文学 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

吉田健一と英文学 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

量、すなわち、外国教育と深く関連する母語・早期英語教育・ネイティヴスピーカー等問 題に寄せる気概と厳粛な認識、そしてその志操には敬服せざるをえない。  月刊雑誌『新潮』〈2009 年 1 月号〉「特別対談:日本危機とウェブ進化」において水 村美苗は、インターネット専門家である梅田望夫と対談し、その場で日本語将来に対する 強い危機感を吐露している。「西洋ロゴスに地球が支配されないために、非西洋国語と して日本語を維持していく。それこそが人類ミッションではないか」(水村美苗/梅田望夫  347)と揚言する水村美苗は、対談者梅田望夫相手に深い焦慮に駆られつつ、「グローバリゼ ーションというけれど、その一方にはグローバリゼーションに回収できないローカルというか、 個別なものがある。それは人間が地球さまざまな土地に住み、さまざまな母語を話してい る限り、必然に存在するものですよね。だから、ローカルであることを意識しつつ、そのロ ーカルな環境で生きる運命をどう引き受けるかということを、日本で書くことでもって人類 に向けて示していかなければならない。すべて人が人類に向って直接書くを目指す必要は ない。あえて言えば、人類という抽象な対象に向けて書かれたことと、ローカルな人間に向 けて書かれたことがちがうを日本人が日本語で読み書きして示すことが、人類へ貢献にも なると思うんです。すべて人が英語という人類で書いてしまったら、世界はとても退屈な ものになってしまう。…………………グローバルなものに回収しきれない世界存在を訴え続 けることこそ、パブリックな行為だと思うんですよ」(水村美苗/梅田望夫 355)と、持論を ぶつ。英語支配という問題に敢為精神で立ち向かう水村美苗肩肘張らない率直な意見を 傾聴するに如くはないだろう。新たな主体性確立を希求して日本語世界に帰って行った吉 田健一と水村美苗決断勇気は、筆者心に漣が立つ。
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ファーゴー教授 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ファーゴー教授 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ていつも彼がするスピーチはせずに、観客に向かって大きく口を開け、どっしりと椅子に腰を 下ろした。しかし大佐は、短い間あと、その難局に挑んだ ― というより、堂々とした態度 でそういう状況に身を置いた ― そして、わずかばかり観客(その半分は寝ていた)に向か って、まるで彼らが知性と流行代表であるかように話しかけた。彼話し方は古かったと しても、彼話す内容は新しかった。彼にはアイデアがあまりにもたくさんあり、同じことを 繰り返すということがなかった。彼が説明しようとしているアイデアは軽薄な私理解力を超 えていたが、掛け値ない彼豊かなインスピレーションによって、独創な才能に対する彼 主張が正当なものであることを私は半ば確信した。P 町で無反応な知性に対する彼訴え に何か恐ろしく悲しいものがあったとしたら、「エクセルシオール・ホール」陰気な空虚感を 相手にしている彼を座って見ていることは、ほとんど耐え難いまでに私を惨めな気持ちにした。 ギフォード嬢が前に出てきたとき、寝ている人は目を覚まし、少なくとも寝返りを打った。彼 女はまだピンクドレスを着たり造花装飾を身にまとったりはしていなかったが、あちこち にそれら兆しが芽生えているように見えた。首回りにはひだ飾りが飾られ、黒いドレスに 色つき帯を締め、髪には巻き毛がいくつか見られた。しかし、彼女態度はこれまでどおり 子どもっぽく、質素で落ち着いたものだった。空席は彼女には否定な意味を持っていなかっ た。
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想い出すことども 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

想い出すことども 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 帯文案は縦書きで、「空前絶後 宗教史家ミルチャ・エリアーデ 中心思想と方法論を  余すところなく捉えた、新進気鋭 28 歳 スペイン人哲学研究者 マルセリーノ・アヒース・  ビリャベルデ恐るべき才能をつぶさに伝える 学会デビュー作、本邦初登場」というもので あった。じつは、これがわたしいちばんお気に入り「訳者自装」本にほかならない。  この本については、エリアーデ『イメージとシンボル』(せりか書房)を訳された和光大学 名誉教授、前田耕作氏が、読書新聞 〔2013 年(平成 25 年)7 月 19 日(金曜日)〕 に書評を寄せてく ださった。それによると、〈エリアーデ伝記をふくめた最初本格な研究書邦訳は、デイ ヴィッド・ケイヴ『エリアーデ宗教学世界』(せりか書房・1996 年/原題:新しいヒュー マニズムへミルチャ・エリアーデ視線・1992 年)が初めてであった。ケイヴ著作も次 年に刊行されたダニエル・デュビュイッセンもまた「エリアーデと聖なるもの」(『20 世紀神 話学―デュメジル/レヴィ・ストロース/エリアーデ』・1993 年)を主題としながら、それら より先に刊行されていたアヒース=ビリャベルデ処女作でもある本書(1991 年・サンティア ゴ・デ・コンポステーラ大学出版局)にはまったくふれていない。本書邦訳が刊行されなけ れば、エリアーデ「中心思想と方法論」淵源を歴史に抽出し、その思考枠組みを緻密 かつ包括に論じた本書を私たちがついに目にすることはなかったかもしれない〉。
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アディナ ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

アディナ ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 「さあ」と私は言った。「あの石を手放しちゃったことを後悔するは分かるよ。誰かが君に 話して納得がいかなくなったんだろう。」  「それこそみんなですよ!僕はどうしようもない馬鹿で、何て馬鹿なことをしたか黙っておけ ないんだと。十一スクードを持って帰って、使い切れないくらい金を持っていると思ってい たんです。最初にしたは行商人から金メッキ髪どめを買って、それをニネッタにプレゼン トしたんです ─ 村女の子で仲良くしていたんです。その子はそれをおさげに挿して、鏡で 自分様子を見ていました。それから、どうして突然僕がこんなにお金持ちになったか聞く んです!それで『そうさ、僕は君が考えているよりお金持ちなんだ』って言ったんです。それ で持っているお金を見せて、石話をしたんです。その子はとても頭いい子で、頭いい奴 がちょっと一言いえばすべて分かっちゃうんです。彼女は私に面と向かって大笑いし、私が何 てまぬけで、あの石には少なくとも五百スクード価値はあっただろうし、その外国人はひど いペテン師だって言うんです。私はそれを持って帰ってきて、兄や信頼できる人に見せるべき だったって。結局、彼女言うことは正しかったんです。私は大きな富を手にしていたのに、 それを犬に与えてしまったんです。彼女はこのありがたい話を終わらせようと、頭から髪どめ を外してそれを私顔めがけて放り投げたんです。彼女は二度と私に会おうとしませんでした。 そんなことするくらいなら、道端で出会った目不自由な乞食と結婚する方がましだと考えた だと思います。私に何が言えるでしょうか?彼女には、ローマで貴婦人 ─ 公爵夫人なんで すが ─ 侍女をしている姉がいるんですが、その夫人が、ローマ平原で見つかった古い宝石 で作った高価なネックレスをお持ちなんです。僕はうなだれてその場を立ち去り、自分愚か さを呪いました。僕は自分金を地面に放り投げて、その上につばを吐きかけたんです!フォ リエッタを飲みに酒場に行きました。そこで三、四人知り合いに会ったんです。僕はみんな に酒をおごって回りました。自分持っている金が憎くて、全部使ってしまいたかったんです。 もちろん彼らもどうして僕がそんなに羽振りがいいか知りたがりましたよ。ですから正直に 話したんです。あのニネッタような雌ギツネよりはもうちょっとましなことを言ってくれる んじゃないかって願ってましたけど。でも、彼らはグラスをテーブルに叩きつけて声をそろえ て僕ことを馬鹿にしたんです。どんな間抜けなロバでも、草をはんでいるときにそれだけ 宝物を鼻で掘り出したら、口にくわえて飼い主ところに持って帰るだろうにって。何慰め にもならない慰めでしたよ。僕はワインで怒りを流し込み、瓶を次から次へと空にしていきま した。生まれて初めて酔っ払いましたよ。あの夜は最悪でした!次日、私は残った金を叔父 ところに持って行き、それを貧しい人たちに与え、教会ために新しいろうそくを買い、そ して不敬な僕魂を償うためにミサ言葉を述べるよう頼みました。叔父はその金を真剣に見 つめて、それを邪な方法で手に入れたではないだろうなと質しました。僕は叱られる覚悟 ができていましたので、彼 4
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オズボーンの復讐 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

オズボーンの復讐 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

し、頭はコングリーブ嬢ことでいっぱいで、目は絶えず彼女顔を見ていた。ときどき彼女 と視線合うときがあった。激しい嫌悪感がふつふつと胸にわき起こった。ヘンリエッタ・コ ングリーブに必要なは、彼女が他人を利用したと同じように彼女も人に利用されることだ と彼は独り言を言った。明らかに今牧師を利用していると同じように。水流中ほどで空し く底を手探りしながら、耳まですっぽり彼は恋に落ちていた。その間、乾いた靴を履いたまま 彼女は水辺に座っているだった。彼女は教訓を学ぶ必要があった。しかし、誰がそれを彼女 に与えることができるだろうか?彼女すべて師が知っている以上ことを彼女は知ってい るだ。男性は彼女に近づき、魅了され虜になるだけだった。もし彼女が、自分と同じほど明 晰な頭脳、活発な想像力、不屈意志を持つ者、あるいは師と仰ぐ者に出会いさえすれば!テ ーブルをひっくり返し、彼女出先をくじき、彼女を虜にし、そして突然時計を見て別れ挨 拶をする、そんな男性に出会いさえすれば!そうすれば恐らくグラハムも安心して眠りにつく ことができるだろう。人心をもてあそぶということがどういうことか彼女にも分かるであろ う。というのも、彼女心は、まるでブロンズに対するガラスようなものだからである。オ ズボーンはテーブルを見まわした。しかし、カーペンター夫人招待客には、彼が心に描く ― ブロンズ心と水晶頭を持つ ― 英雄にほんのわずかでも似ている男性はいなかった。彼ら はまさに、若い女性をそばにはべらせるが似合う若者たちに過ぎなかった。しかし、ヘンリ エッタ・コングリーブはそのような女性一人ではなかった。彼女は舞踏会にいる単に軽薄な 女性ではなかった。彼女しぐさにはどこか真剣で高貴な何かがあった。それは知的な喜びで あった。誠実な男性心を最後一滴まで飲み干し、恐ろしい食品に白い花を咲かせるだっ た。オズボーンが辺りを見わたすと、周囲存在、サンドウィッチやシャンパンことを 一瞬忘れてしまったかように見える若い女性に目がとまった。彼が彼女ことを見ている に気がつくと、もちろん、その女性はすぐに目皿に視線を落とした。しかしオズボーン は彼女視線意味を読み取った。それ ― まだ清純さ残る乙女視線 ― は、容易に翻訳 できる言葉で、「あなたこそ私が探し求めていた男性です!」と語っているように思われた。つ まり簡単に言うと、オズボーンさん、あなたは何て素敵な方なんでしょう、ということである。 オズボーンは脈が速くなるを感じた。彼計画は始まっただ。彼際立った容姿がコング リーブ嬢心を傷つけるに十分な装備だというわけではなかったが、少なくともそれは彼 任務を外に向かって表現するものだった。
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メキシコにおける前衛主義 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

メキシコにおける前衛主義 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

しかし、「同時代人」誌なかで、批評がまったくおこなわれていなかったわけではない。 この分野では、ビジャウルティアとクエスタ、それにサミュエル・ラモス Samuel Ramos(1897 ‒1956)3人才能が傑出していた、と前衛主義かかわり深いグァテマラ出身作家、 カルドサ = イ = アラゴン Luis Cardoza y Aragón(1901? ‒1992)が語っている。彼らはとく に絵画に強い関心をいだき、リベーラような同時代画家仕事についてよく論じた。一方、 ヨハン・ゴットフリート・ヘルダー文学理想を受け継いだラモスは、メキシコなもの、メ キシコ文化源泉なものについて詳細かつ綿密に論じたが、そこにはいささか悲観な調子 が含まれていたことは見逃せない。“Somos una manada de fieras hambrientes. El humanismo aparece hoy como un ideal para combatir la infrahumanidad engendrada por el capitalismo y el materialismo burgueses.”「われわれは腹をすかせた獣群れだ。今日、ブルジョアな 資本主義と唯物論によってもたらされた非人間性とたたかうため理想として、人間中心主義 が浮かび上がる」 8) 。ラモスによるこの真摯な考察は、パス『孤独迷宮』El฀laberinto฀de฀la฀
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岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

5 .ドイツ外国? ― 言語間距離と言語教育  ドイツ屋根なし外部方言を造成して作られたルクセンブルクは、ドイツと同じ西ゲ ルマン系派に属すため、当然ながらドイツ距離は極めて近い。Sokal et al.(1992)で は、Ruhlen(1991)による言語学分析に依拠しながら、主要な印欧語距離を樹形図であら わしている。それによるとルクセンブルクはドイツやオランダと同じグループに属して いて、言語間距離はとても近くなっている。その距離は、ポルトガルとガリシア、スペ インとカタルーニャ、チェコとスロバキア、デンマークとスウェーデンとノルウ ェーなどと同等と評価されている。これに対して、ルクセンブルクとフランス語と距離 ははるかに遠い。数字で表すと、ルクセンブルクとドイツ距離がおよそ 0.9 程度とする と、ルクセンブルクとフランス語距離は 15 程度にもなる(Sokal et al. 1992: 7671)。ちな みにルクセンブルクと英語距離はおよそ 2.9 程度であることから、英語はドイツより距 離が遠いが、フランス語よりはるかに近い。言語距離が近ければ学習が容易になるが、同時 に転移(transference)が発生しやすくなるという問題もある。しかし、転移による混同を避 ける学習よりも、まったく異なる形式を学習する方がはるかに難しい。したがってルクセンブ ルク言語系統が同じドイツ語は、ルクセンブルク母語話者にとって最も学びやすい 言語である。
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ビセンテ・ウイドブロと1910年代のスペイン前衛詩 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ビセンテ・ウイドブロと1910年代のスペイン前衛詩 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 この十字架の下には、礼拝堂の本体が控える。詩形の斬新さに比べると、詩語はなおモデル ニスモの響きをひきずっている。アポリネールがのちにおこなったように、現実の断片をキュ ビスムのコラージュ風に統合するというカリグラムの特徴はまだ十分に得られていない。  そのあとも、ウイドブロは、カリグラムの手法の探求をつづけた。それは、かならずしも 「夏の日本情緒」のように詩行で何か[r]

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ビセンテ・ウイドブロ『北極の詩』(抄) 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ビセンテ・ウイドブロ『北極の詩』(抄) 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

し長く、7 月から 9 月にかけてほぼ三ヶ月に渡っている 3) 。  一時にせよウイドブロがフランス都を離れたは、パリに迫りつつあった第一次世界大 戦戦火を避けるためで、マドリードにたどり着く前には、トゥール近郊に所在するボーリウ・ プレ・デ・ロッシュで過ごしている。この時、避難生活を共に過ごしたが、リトアニア出身 彫刻家ジャック・リプシッツとスペイン出身画家フアン・グリスで、その僻村で彼らと家 族ぐるみ付き合いを持った。『北極歌』冒頭に載る二人友人へ献辞は、その時思い 出に寄せたものである。
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『水鏡』における創造主義の萌芽 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

『水鏡』における創造主義の萌芽 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

濯船」を出て郊外モンルージュへと住所を変えていたパブロ・ピカソや、公私にわたって誰 よりも相談相手となったフアン・グリスといった画家たち――と交流を通じて、この20世紀 絵画一大潮流実作品制作過程を目の当たりにしていた。  キュビスム絵画では、一つ対象を複数視点から捉えるという発想が、この見方を理解 しない鑑賞者から時には子供絵とさえ見られてしまうような、たとえばピカソ『泣く女』 ような、いびつな女性正面/横顔を描かせる。しかし詩場合には、ページを左から右へ と、上から下へと読み進んでいくという因習によって、鑑賞者は詩篇常に一ヶ所だけを 読んでいるという状況におかれる。これはやはり連続する音流れ一瞬だけを捕らえざ る得ない音楽芸術に似た、時間芸術持つ宿命といってよい性質であろう。詩がキュビスム 思想を取り入れる際に、もっとも困難をともないながら実現させようとしたことが、一つ事 象複数面を一時に見ること、すなわち詩における同時性獲得であった。
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日本語教育における学習者コーパスの構築とICLEAJ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

日本語教育における学習者コーパスの構築とICLEAJ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

に特徴な言語使用特性、ならびに日本語学習者苦手とする言語領域など、そこに見られる 発見が日本語教育教材作成に資することにもなる。 3 . 2  CIA( Contrastive Interlanguage Analysis 対照中間言語分析)  1960 年代を通じて CA(Contrastive Analysis 対照分析)が一世を風靡し、母語と外国 類似点と相違点を比較して習得難易度や誤りを予測することが重視された。しかし、学習者 エラーを分析した結果、対照分析が予測するエラーと実際に生じるエラーに矛盾が見られ、2 言語間違いに基づいて習得難易度を決定することにも問題があることがわかり批判にさら されることになった。
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外国語教育における「翻訳」の再考 ― メタ言語能力としての翻訳規範 ― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

外国語教育における「翻訳」の再考 ― メタ言語能力としての翻訳規範 ― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 これについて山岡は、訳者あとがきを参照しながら解説を加える。①翻訳書が出版され た時代(1960 年代)と、この分野(哲学書)では原語と訳語を一対一で対応させなければなら ないという慣例( canon, convention )があり、これにより、訳者金子も四苦八苦した。 「Verstand は「悟性」と訳さざるをえないが、これでは文脈が続かなくなってしまう」(p.23)。  これも当時(読者期待)規範が関連しているといえる。この翻訳「読者は原則として、 ドイツ原書を読むと想定されているである。読者が読むべきものは、訳書ではなく、原 書である。……原書を読まない読者でも、いうなれば原書講読を疑似体験できるようになって いる」(pp.25-6)。ここで出した例が訳読法規範と同じとは言わないまでも、山岡がいうよ うに、哲学書類は原文と訳文を並べて読まれるだろう、ということが当時規範であった。 無論、ここで分析が必ずしも学術に厳密な手続きを踏んでいるわけではないが、教育目的 として学生に気づきを与えるには十分な考察である。
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自己調整語彙学習における自己効力感の影響 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

自己調整語彙学習における自己効力感の影響 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

習を行っているということがわかった。また、「自己効力感がない」と回答した参加者は受動 な語彙学習を行っている可能性があることも明らかになった。  これら結果から、自己効力感が自己調整語彙学習においても重要な役割を果たす概念であ り、語彙指導際には、自己効力感を高める工夫を盛り込むべきであるという教育示唆を導 出することができる。竹内(2010)は、「教育介入としては、自己効力感高揚にうまく働 きかける(教員らによる)動機づけストラテジー使用が大切」(p. 11)であると指摘してい る。自己効力感は動的で変化するものであるため(Bandura, 1997)、教育介入が可能な語彙 学習方略指導などで、学習者不安を減らしたり、励ましたりする事で、成功体験を与え、自 己効力感を高めるような取り組みを意識に行っていくべきである(Dörnyei, 2001;Zimmerman, Bonner, & Kovach, 1996)。それにより、自己調整学習指導目的である、自己効力感を高め、 自ら学習プロセスに能動に関与する、自律した学習者を育てていく事が可能になるだろう。
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北村 裕先生との四半世紀 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

北村 裕先生との四半世紀 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 北村先生これまで人生は、長く苦しい戦い連続だったと思う。様々な難局を乗り越え、 3 人分ほど人生を過ごされてきたように見える(決して大袈裟ではないだろう)。ここから先 は、どうかお体をいたわり、楽しいこと、美しいことだけを考えて、のんびりと過ごして頂き たい。これまで人生に、真剣に向きあって格闘してこられた方にのみ、休息意味はわかる ものだ。そう考えると、先生は休息を堪能するに値する方だ、と私は思う。
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福井先生との翻訳の仕事 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

福井先生との翻訳の仕事 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

外国学部紀要 第 16 号(2017 年 3 月) 22 人書簡を翻訳する中で、私と福井先生は当時状況と現在社会情勢、そして我々学者役 割についてよく話しをする。世界は今 ISIS に怯えている。その恐怖を取り除くために外国人を 占め出し、自分たち価値観だけを守ろうとしている。そして、メキシコから移民、イスラ ム教徒に対して度々暴言を放ったトランプ氏が先日次期アメリカ大統領に決まった。自分たち とは違う人たちことを理解しようとする姿勢がどんどん失われつつある。そうした社会を変 えるには、私たち研究者がベネディクトやボアズがしたように、こつこつと客観な事実を集 め、どのようにして今社会状況が生まれたかを説き、科学な方法で人間を分析し、それ に基づいて正しい判断をするように世界人を説得するしかないではないかと思う。それが 私たち学者使命なではないだろうか。その足掛かりとなるが、今福井先生とやっている 翻訳仕事だと私は考えている。
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存在命題の意味論的分析―フレーゲ再考― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

存在命題の意味論的分析―フレーゲ再考― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

Ⅵ.フレーゲ「『レオ・ザクセが存在する』は自明である」(本稿Ⅲ)に対して  フレーゲは、概念を主語とする一般存在命題だけでなく、固有名を主語とする単称存在命 題(singular existential propositions)についても、〈存在〉は主語固有名が指す個体属性 ではありえないことを主張する。上述ように、フレーゲ論敵ピュンヤーは、命題「ザクセ は人間である(Sachse ist ein Mensch./Sachse is a man.)」から命題「人間が存在する(Es gibt Menschen./There is a man.)」を導き出すためには、命題「ザクセが存在する(Sachse existiert./Sachse exists.)」も必要であると主張するに対して、フレーゲによれば、命題「ザ クセが存在する」は、命題「ザクセは人間である」自明な前提であり、余分(überfl üssig/ superfl uous)である。両者違いは、結局、「存在する」機能に関する理解違いから来る と思われる。ピュンヤーは、「存在する」が個体何らかの属性を表すと見なしており、彼にと っては、「人間が存在する」を導出するためには、「ザクセは人間である」に「ザクセが存在す る」が付け加わる必要があった。しかし、フレーゲにとっては、「人間が存在する」は個々人 間にとって命題ではなく、「xは人間である」xに当てはまる対象が 1 つ以上あること、す なわち、∃ xHx(Hx:x は人間である)を意味するから、「ザクセは人間である」が与えられ れば十分であった。この論理導出に関する限り、フレーゲ主張に何異存もない。  しかし、ここで、「レオ・ザクセが存在する(‘Leo Sachse existiert/exists’)」は、個体レ オ・ザクセについてではなく、 ‘Leo Sachse’ について命題であり、その文は ‘Leo Sachse’ は空虚な音ではなく、何かを指示することを意味するというフレーゲ主張には、大いに異存 がある。この主張は、指示矛盾を避けるために時々用いられる。指示矛盾とは、‘Leo Sachse does not exist’ ような存在否定文において、これがもし個体レオ・ザクセについて命題 なら、‘does not exist’ が述語されるべき主語 ‘Leo Sachse’ 指示する対象が、そもそも存在 していないことになるので、‘Leo Sachse does not exist’ はナンセンスであるという矛盾であ る。ギーチも言うように 25) 、これは明らかに、名前指示(reference)と名前持ち主(bearer)
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有余年の大学生活を振り返って 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

有余年の大学生活を振り返って 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

27 30 有余年大学生活を振り返って 福 井 七 子  関西大学時間は、学問を中心として私生活に彩りを添えてくださった人々おかげで、 非常に恵まれた期間だった。30 有余年にわたって、まったく波風がたたなかった時期がなかっ たとは言えない。ルース・ベネディクトという複雑な女性を研究テーマ中心にしたことで、 彼女思想・文化捉え方、また彼女異文化理解に迫ろうともがき続けた年月であった。  研究性質から、私は常に一次資料を求めようとした。資料集めがうまくいき、というより 納得いくまでやり続けたというべきかもしれないが、そして多く人々に助けられ、これまで あまり研究がなされていなかった分野を少しは明らかにできたではないかと思っている。  アメリカには 6 回ほど調査旅行をした。第一回目調査旅行は実に不安な気持でいっぱいで あった。プキプシーにあるベネディクト・コレクションを中心に、エール大学や議会図書館に も出かけた。ニューヨーク図書館では思いもかけなかった資料を得ることができた。結果 に私心配は杞憂に終わっただが、資料収集だけでは何も発信できない。収集以上に努力が 求められるは、それを読み解き、まるでジグゾーパズルように時間軸を中心に埋め込んで いかねばならない。
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Analog pleasures in a digital world 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

Analog pleasures in a digital world 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

While teaching in Newark, I learned that another campus of Rutgers University wanted to hire someone to teach theater studies.. I applied, and had an interview.[r]

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トーマス・ロッカー絵本の整理と展望 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

トーマス・ロッカー絵本の整理と展望 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

念」と考えたである 15) 。  そのあとで、彼らに対する自身立場を表している。文章は次ように続く。 When I returned to America’s fi rst wilderness, I didn’t experience it in terms of terror. For me, it was a safe haven from the horrors of modern life. At fi rst, I wandered through the Clove as through the ruins of an abandoned church where an almost forgotten religion had once been practiced. I could no longer see nature the way the nineteenth-century painters had seen it, but with my more scientifi cally-oriented twentieth-century eyes, I began to see it in a new way, ― as complex, interrelated process. (In Blue Mountains) ロッカーは、「アメリカ原初野生」へと足を踏み入れたとき、恐怖というものは感じなかっ た。むしろ、「現代生活脅威から逃れ場所」と感じたと述べており、19 世紀画家たちと
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