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浄土教における信の性格・

佛教大學大學院研究紀要 09号(19810314) 180坪井俊映「法然浄土教の研究 : 伝統と自証について(博士論文要旨)」

佛教大學大學院研究紀要 09号(19810314) 180坪井俊映「法然浄土教の研究 : 伝統と自証について(博士論文要旨)」

... 口総決要行釈に関する前文と後文の対校表 第 二 一 編 法然自証の浄土教 第一章 第一節 第二節 第三節 第四節 第五節 第二章 第一節 第二節 第三節 第四節 第五節 第六節 第七節 第三章 法然の自証 法然浄土教の自証的性格 自証の無師独悟的性格 自証の過程と立場 自証による選択理念の形成 自証回心の立場 法然の自証と半金色善導 半金色善導来現の意義 諸伝記に見える[r] ...

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大正大学大学院研究論集36号 048工藤量導「唐代初期の浄土教思想の研究-迦才『浄土論』を中心として-」

大正大学大学院研究論集36号 048工藤量導「唐代初期の浄土教思想の研究-迦才『浄土論』を中心として-」

... 第4章「西方化土説思想構造」では、西方浄土を 化土と位置づける仏土説構造とその思想的背景を検 討した。第1節では、迦才四土説を考察した結果、 その学説が摂論学派四土説に由来し、尚かつ、『浄 土論』は四土説に関してもっとも多く情報を含有す る典籍であることが明らかになった。第2節では、長 ...

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佛教大学総合研究所紀要 2002(別冊)号(20020325) 185竹内明「一遍浄土教における「往生」の問題 : 法然浄土教の一展開としての (法然浄土教の総合的研究)」

佛教大学総合研究所紀要 2002(別冊)号(20020325) 185竹内明「一遍浄土教における「往生」の問題 : 法然浄土教の一展開としての (法然浄土教の総合的研究)」

... 覚は当体に現成し、その端的の一声に自己の衆生性は否定媒介 されて、己身は弥陀となり、凡夫の三業は弥陀の三業となって 現身のままに往生を証得する。﹁名号の位則(ち)往生﹂であっ て、決定はひとり名号にあり、絶対他力の故に機の功は募らな かったのである。思えば、口称念仏という易行に最高の価値を 見出したのは、一遍が端的に﹁三心といふは名号なり。この故 に﹁至心信楽欲生我国﹄[r] ...

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大正大学大学院研究論集37号 022廣川堯敏「鎌倉浄土教の研究」

大正大学大学院研究論集37号 022廣川堯敏「鎌倉浄土教の研究」

... 以上ような視点・方法論にもとづいて浄土宗義(鎮 西教学)成立過程を、門下諸師・諸流とかかわり あい中で多角的に論究したが本論文と言える。 さて本論文は分量的にも大部であるが、評価すべき 点はやはり鎌倉浄土という一分野を明確に提示し、 初期法然門下における三心を中心とした議論を丁寧に ...

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目次 序章 1 第一章浄土教とその思想 阿弥陀仏の誓願と本願 浄土教 観想念仏と称名念仏 聖道門と浄土門 4 第二章一念多念問題の背景 一念多念問題の有無 一念義 多念義の定義 一念多念問題の起こり 11 第三章法然

目次 序章 1 第一章浄土教とその思想 阿弥陀仏の誓願と本願 浄土教 観想念仏と称名念仏 聖道門と浄土門 4 第二章一念多念問題の背景 一念多念問題の有無 一念義 多念義の定義 一念多念問題の起こり 11 第三章法然

... ると言っていることからも、信心をかなり重要視していることが分かる。ここでまた法然 「深心」について記述を振り返る。 「深心」は二種類信心に分類できた。一つは自分 が罪深い人間であり、遠い昔から輪廻を出られずにいて、今も輪廻を出るため縁がない と信じることである。もう一つは阿弥陀仏四十八誓願によって生きとし生けるものす ...

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佛教大學大學院研究紀要 06号(19780314) 152伊藤真徹「平安浄土教信仰史の研究(博士論文要旨)」

佛教大學大學院研究紀要 06号(19780314) 152伊藤真徹「平安浄土教信仰史の研究(博士論文要旨)」

... 一 五 六 るものと、任意に適宜行われるものとに分けられる。さらに自行を目的とする念仏行それ自体が、結縁来会者に多 大の感銘を植付け、来会者自身を念仏信仰に導入する不作為的教化の一面を持つものと、念仏行自体化他を目的と して修し、来会者の視聴覚を介して、浄土往生の念を積極的に増進せしめる一面をもつことに分けられる。 不断念仏、百万遍念仏は不定期的であるが、勧学会、二十五[r] ...

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佛教大学総合研究所紀要 1999(別冊)号(19990325) 133齊藤隆信「善導『観経疏』の語文 (浄土教の総合的研究)」

佛教大学総合研究所紀要 1999(別冊)号(19990325) 133齊藤隆信「善導『観経疏』の語文 (浄土教の総合的研究)」

... 省かれ、簡潔で統一性がとられているし、また知識人としてそ のような文体が要求されるものでもある。 一方、白話において は話すごとに次々と剃那消滅していく言葉を、聞く者に余韻を 残し印象深く伝えるために、同義の語を異字で復唱し、二音節 三音節の詞を形成するようなくどさが自然と顕著になり、それ がそのまま書きとられて書面の上に残るのである。表意文字の 漢字は最小限の文字があ[r] ...

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佛教大学総合研究所紀要 16号(20090325) 281東海林良昌「随自顕宗・随他扶宗について : 大玄『浄土頌義探玄鈔』を中心に (仏教部門基礎研究「浄土教典籍目録の作成」研究班)」

佛教大学総合研究所紀要 16号(20090325) 281東海林良昌「随自顕宗・随他扶宗について : 大玄『浄土頌義探玄鈔』を中心に (仏教部門基礎研究「浄土教典籍目録の作成」研究班)」

... 本稿で取り上げる, 「随自顕宗・随他扶宗」語は,聖冏(1341~1420)教学を 特徴づける概念として広く用いられている。浄土宗第七祖である聖冏は,教団組 織面と教理面において,一宗として独立を基礎づけたであり,浄土宗史上に偉大 な足跡を残している。その功績は多岐にわたるが,先ず挙げねばならないは,五重 ...

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佛教大学総合研究所紀要 16号(20090325) 313「論文要旨 (仏教部門基礎研究「浄土教典籍目録の作成」研究班)」

佛教大学総合研究所紀要 16号(20090325) 313「論文要旨 (仏教部門基礎研究「浄土教典籍目録の作成」研究班)」

... に批判を加えた。次に,研究データ収集場面と教室学習場面で人間関係 類似性に着目し,各々場面において被験者 ・ 子どもに要請される行為ルール 了解が課題解決制約条件となっていることを指摘した。最後に,教室学習を“状況 に埋め込まれた”ものとみなす観点から, “分散された知”という新しい枠組を紹介 ...

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仏教・浄土真宗における「輪廻転生」の説示

仏教・浄土真宗における「輪廻転生」の説示

... れは人間的理性力によってそうなっているであって、わが子を殺された自分心全体が完全にもう恨みなしと いう状態になりうるかというと、少なくとも私にはなれないと言うしかない。本当にそうなれたら、それは「わ が子」「わが」というところが無くなったということ、つまり無我、仏となったということになります。もちろ ...

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佛教大学総合研究所紀要 2002(別冊)号(20020325) 093齊藤隆信「法然浄土教における二つの問題 (法然浄土教の総合的研究)」

佛教大学総合研究所紀要 2002(別冊)号(20020325) 093齊藤隆信「法然浄土教における二つの問題 (法然浄土教の総合的研究)」

... 悌教大学総合研究所紀要別冊﹁法然浄土教の総合的研究﹂ 以前に文章構造の点で、その対象とされていなかったことは容 易に察することができる。中世の日本人の著作には、すでに漢 語の語法を逸脱するものは多く存在していたということであり、 それは平安末から鎌倉にかけて著された漢語体文献に目をやれ ば容易に察しはつく。さきの﹃参天台五台山記﹄には、成尋が ﹁源信僧都の業を知らしめん[r] ...

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佛教大学総合研究所紀要 17号(20100325) 187市川定敬「法然浄土教の人間観察 : これまでの動向と課題」

佛教大学総合研究所紀要 17号(20100325) 187市川定敬「法然浄土教の人間観察 : これまでの動向と課題」

... 的背景から論じるもの・思想史的立場あるいは浄土教理史か ら位置づけ・実存的人間観︶と、法然浄土信仰直中に おける人間観を論ずるものに大別して概観してきたが、最後に、 これら分類に明らかに分けられない、複合的に論じるものと ...

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佛教大学総合研究所紀要 2006(別冊)号(20061225) 109髙山秀嗣「真宗聖教書写史における存覚の位置 (浄土教典籍の研究)」

佛教大学総合研究所紀要 2006(別冊)号(20061225) 109髙山秀嗣「真宗聖教書写史における存覚の位置 (浄土教典籍の研究)」

... −『信貴鎮守講式』:叡空 .『浄典目録』 ・『法華問答』:慶元(願空?) −『法語(存覚法語)』:契縁禅尼 .『六要紗』 実際にはこの『浄典目録』ではいくつかの遺漏も見られるが,ともかくも願主名が ほとんどの著述に対して付されており,この一覧から見ても存覚の著作が対外的な要 請に基づいて著されていったことが理解できる。 この一覧で目に付くのは,やはり冒頭の 6書の執筆を[r] ...

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研究成果報告書(1)『現代における法然浄土教思想信仰の解明』

研究成果報告書(1)『現代における法然浄土教思想信仰の解明』

... 浄土宗総合研究所 研究成果報告書 l l 係は前述したような意味においてはげしい緊張状態を伴っている。この 関係は、法然の信機信法の論理上に信仰の構造としてあらわれており、 その自己の自覚を否定契機とする論理構造、 さらにいえば救済における 逆説的構造は、機と法の絶対的な隔絶性と一体性が同時にそこにあるこ とをあらわしている。そこで法然はこのような二律背反するような構造[r] ...

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真宗研究56号 007北畠浄光「証空における法然浄土教の継承とその内実」

真宗研究56号 007北畠浄光「証空における法然浄土教の継承とその内実」

... 証空における法然浄土教の継承とその内実 。 人 ︵ 幻 ︶ る也﹂というように、自己の煩悩を否定的に踏まえた実践であった。しかし、法然の信仰の本領は、称名念仏によ って来世の往生が平等に実現することへの信順に収飲するものであったため、否定の対象は平等な往生への疑いに 集中せざるを得なかった。そのために、法然の信仰は往生とは無関係な行を放任する余地を残したといえよう。 こ[r] ...

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Vol.65 , No.2(2017)053中御門 敬教「インド浄土教の修道論の祖型」

Vol.65 , No.2(2017)053中御門 敬教「インド浄土教の修道論の祖型」

... (P. Wi. 304a, D. Ga. 268a)拙訳:シャーリプトラよ,さらにここで,この菩薩は仏清浄 な国土に生まれようと誓願するし,彼は戒が清浄になる.彼は戒が清浄になったことに よって,どこそこに〔生まれようと〕誓願した〔ところ,〕それぞれに生まれた(第一 輪).彼はそこに生まれてから,彼は〔自分将来〕仏国土清浄について思惟し,観 ...

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佛教大学総合研究所紀要 2002(別冊)号(20020325) 163福原隆善「法然における源信教学の受容と展開 (法然浄土教の総合的研究)」

佛教大学総合研究所紀要 2002(別冊)号(20020325) 163福原隆善「法然における源信教学の受容と展開 (法然浄土教の総合的研究)」

... 悌教大学総合研究所紀要別冊﹁法然浄土教の総合的研究﹂ 三世十方の諸悌の功徳の、六字の名競にもれたるはなし。 故に是を極善最上の法とも名く。されば悪心僧都の、因行 果徳、自利利他、内詮外用、依報正報、恒沙塵敷、無漫法 門、十方三世、諸悌功徳、皆悉掃在、六字之中、是故稀名、 功徳無毒と判し給ヘるは此心也。 ω 寿命の功徳 ⑩法然聖人御説法事 次ニ皇帝命ノ功徳トイブハ、諸備書[r] ...

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佛教大学総合研究所紀要 17号(20100325) 015辛嶋静志「「阿弥陀浄土の原風景」」

佛教大学総合研究所紀要 17号(20100325) 015辛嶋静志「「阿弥陀浄土の原風景」」

... を和訳し,大幅に訂正したも である。ライデン大学で講演後,Jan Nattier 氏論文(2007)に言及していないこと,ま た氏論点と重複していると指摘を受けた。氏論文を見落としていたは,確かに私落 ...

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中井正一における〈性格〉論の諸相

中井正一における〈性格〉論の諸相

... 最初規定」となる。個物は、限定されたもの、限界をもつものとして、現れる。ある事物と他 事物連続を仮定した上で、事物連続なかに「限界」を見つけ、事物を「区別」すること によって人は、個物や個性を知る。原子に到達すると、個別化原理は動きを止める。これ以上、 ...

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真宗研究54号 005木越 康「野々村直太朗と「浄土教革新」論」

真宗研究54号 005木越 康「野々村直太朗と「浄土教革新」論」

... 野々村直太郎と﹁浄士教革新﹂論 同 上に考慮を固さざるべからず、若しそを単に背理迷妄として排斥するが如き人に於ては既に斯学研究に入るべ き資格なきものなり。 この項目の著者は、姉崎とともに草創期の日本宗教学を担った加藤玄智︵一八七三|一九六五︶ である。加藤は ﹃宗教新論﹄で、このような態度に基づく宗教論を実際に展開している。そこでは、あらゆる原始的宗教現象をも 研究対[r] ...

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