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養護教諭による子どもの「学び」支援に関する一考察 - 福島大学

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はじめに

 1978年から養護教諭として勤めはじめた。合計3校,

20年にわたる経験の後,1998年から2007年までK小学 校に勤務した。K小学校は,『「学校の生命は授業であ る」という考えを基本理念とし,子どもが主体的・創 造的に生きていくために必要な力と,それを支える確 かな学力を育てるために,子ども一人ひとりの学びが 高まっていく授業とはどうあるべきか』 について校 内研修を進めており,毎年全国に公開している学校で あった。勤務当初は,他教師が積極的に取り組んでい た校内研修は,授業技術の向上のためだけとの認識か ら,養護教諭の執務には関係ないと考えていた。また,

子どもたちの健康管理や保健指導などの学校保健の執 務を確実に行っていれば,養護教諭としての職責は果 たせていると考えていた。その後の勤務の中で,養護 教諭の子どもの学びへの関わり方について考える機会 を持つこととなった。

 K小学校では「教師と子どもの関係がお互い大切な 存在として,ともに学び合う仲間である」という考え をもとに,「ともに学ぶ」という研究テーマを掲げ研 究をすすめていた。子ども一人ひとりを大切にし,ど の子にも分かるように寄り添った指導をしていくこと を重要視し,「学び」を,授業の中で子どもと子ども,

子どもと教師がともに学び合う協同的なものと捉えて いた。1995年から2007年までK小学校の研究に指導助 言者として携わっていた教育学者の佐藤学は,「学び とは,対象(教材)と,他者(仲間や教師)と自己と の出会いと対話であり,本質的に協同である」とし,

その理由を,「子ども同士や教師との対話をとおして 様々な考えに出会い,教材と子どもの対話が実現し,

自らの思考を生み出し吟味することができるからであ る」 と述べている。またK小学校では,どの子ども も互いに関わり合いながら学ぶことにより自ら学びを 成立させることを「学びが成立する」と捉え,教師に

よる子ども一人ひとりへの「心配り」「心遣い」を重 視し授業研究に取り組んでいた。

 保健室にやってくる子どもたちとの日々のふれあい や,心身の健康が不安定になっている子どもたちを支 援していく中で明確になったことは,どの子どもも学 校での一番の願いや思いは,勉強が分かるようになり たい,できるようになりたい,ということであった。

しかし,心身の不調を訴えて保健室にくる子どもたち の中には,「こんなの勉強しても将来役に立たない」

などの不満や,「勉強がよく分からない」というよう な不安を抱えている者もいた。教室での学びのあり方 が心身の不調と関わっていることをうかがわせるもの であった。心身の不調を訴えその背後に学びへの不満 や不安を抱えてやってくる子どもたちの姿は,養護教 諭による子ども一人ひとりに寄り添った心配りのある 支援を求めてのものと受けとめた。

 養護教諭は従来から,児童生徒の教育権や学習権を 保障するために学びの前提となる条件の整備にたずさ わってきた。その中で心身の健康管理という観点から 支援をおこなってきた。子ども一人ひとりが自ら学び を成立することが出来るのは,『教師による「心配り」

のある学び支援があった時である』というK小学校の 考えを共有し取り組んだ養護実践には,養護教諭によ る子どもの学び支援のあり方について,整理し解明す べき内容があると考える。そこで,K小学校での養護 実践内容を分析・検討の対象とし,養護教諭による 子どもの学び支援の在り方について解明することを本 研究の課題とした。なお課題の解明に当たっては,庄 司 が述べている学びとケアに関する実践の特徴「複 雑であり,複合性と不確実性を持つ」と,これらを対 象とする研究方法論「事例研究が根幹となり,省察と 熟考が必要」を可能な限り踏まえることとした。

 なお養護教諭による学び支援に関する先行研究状況 について,養護教諭向けに定期的に出版されている書 籍や学会誌にあたった。2001年4月から2009年3月ま  養護教諭として,教育の中心的課題である学びの在り方を考える場としての校内研修に積極的に

参加・関与した。子どもたち一人ひとりの学びが成立するためにはどうあるべきかについて考え実 践してきた。この実践を検討対象とし,子どもの学び支援にかかわる養護実践の客観的条件をつか みだし,養護教諭による子どもの学び支援のあり方について考察した。

〔キーワード〕養護教諭  学び支援  校内研修  協働

養護教諭による子どもの「学び」支援に関する一考察

*a:郡山市立行健第二小学校  *b:福島大学大学院人間発達文化研究科

湯 田 厚 子*

佐 藤   理*

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でという期間に限定してだが見当たらなかった。  なお以下では,K小学校における養護実践の主体と しての私自身の事柄や見解を述べる場合は「Y」,Y も含む養護教諭全体のこととして言及する場合は,「養 護教諭」と記述し区別する。

1.実践経過及び内容

 ⑴ 子どもたちの学びの実態   ① 保健室での子どもたちの様子

 YがK小学校に勤務し始めた当初,保健室相談活動 をしていく中で,学習に関する悩みや不安を訴える子 どもがいた。その具体例を2003年K小学校研究紀要 より抜粋し,以下に示す。

 6月のある日の休み時間,5年の和夫と二郎が 保健室に来室した。

「先生。なぜ勉強する必要あんの?算数なんか勉  強したって将来役に立たないじゃん。」

 養護教諭につぶやく和夫。

 和夫は,養護教諭からみて日頃から何事にもや る気が感じられなくて気になっていた子どもであ る。

 一緒に来室した二郎は,和夫の話を聞き,

「おれは算数がわからないから,4月から塾に行  くようにしたんだ。」

と,真面目な顔で和夫に言っている。

 これは,当時の保健室に来た子どもたちの会話であ る。「子ども一人ひとりの学びが高まっていく授業と は,どうあるべきか」という課題を深める研究を行っ ていた校内研修に,あらためて関心を持ち始める契機 となる事柄であった。

 K小学校は年間100時間という授業研究や事後研究 会を行い,子どもの学びの在り方を研究していた。こ のような子どもが出ている状況は,研究されている学 びの在り方が,まだすべての子どものものになってい ないのではないかと押さえるとともに,日々の校内研 修では,このような子どもの存在がリアルにつかまれ ていないのではないかと考えた。

  ② アンケート調査による学びの実態把握  日々の子どもたちの会話や保健室での個別の相談活 動の中に,授業での学習の悩みや相談があり,この状 況を校内研修に反映させる必要性を感じたことから,

全校生に授業についてのアンケートをとることにし た。アンケートは2003年と2006年の2回実施した。

 このアンケートは,あくまでも養護教諭の立場から K小学校の子どもたちの実態把握の一つとして行われ たものである。アンケートの実施にあたっては,質問 紙を1年から6年まで同一のものとしたために,低学 年については,補足説明を教師に行っていただいた。

結果の集計については,学年や学級毎の集計結果は出 さないように配慮した。

 アンケート結果からK小学校の実態として以下のこ とが確認できた。

ア.子どもたちは,学びたくて学校にきている

[学校へは何のために来ているのか]の質問に対し,

90%の子どもが,「勉強をするため」と答えている。

勉強という概念を授業だけで捉えることは問題がある が,子どもたちの意識の中では,勉強イコール授業と 考えている子どもがいる。このことからほとんどの子 どもは,学びたくて学校に来ていることが分かる。

イ.「できた」「分かった」時が一番うれしい

[学校で嬉しいとか,楽しいと感じる時はどんな時か]

の質問に対し,「勉強が分かったり,テストの点数が 良かった時」45%,「先生に勉強のことでほめられた 時」27%で,学校生活の授業の中の場面が合計で72%

であった。このことは,保健室での子どもたちの会話 と一致しており,授業での学ぶ活動を通して,子ども たちが「できた」「分かった」という時,子どもは嬉 しいと感じ,学ぶ喜びを実感すると言える。

ウ.学習内容が分からないと学校がつまらない

[学校でおもしろくないとか,嫌だと感じる時はどん な時か]の質問に対し,「勉強が分からない時」33%,

「先生に注意された時」19%,「友達とけんかをした時」

38%であった。子どもたちにとって,友達と仲良く過 ごすことは学校生活を楽しく送るための重要なポイン トだが,それと同じくらいに学習内容が分からないと 子どもはつらい思いをしていることが分かる。また,

教師に注意された時よりも学習内容が分からない時の 方がおもしろくないと感じている子どもが多かった。

エ.学校が楽しくないのは,勉強が分からないから

[学校が楽しいですか]の質問に対し,楽しくないと 答えた子どもが7%おり,楽しくない理由の半数以上 は,勉強が分からないからと答えている。

オ.担任に分からないと言えない

[あなたは,学校の勉強でわからないところがあった 時,担任の先生に分からないと言いますか]の質問に 対する結果は,次頁の図のとおりであった。

 学習内容が分からない時に教師に「わからない」と 注1)1993年から2007年までK小学校の研究の指導助言者で

あった教育学者庄司康生は,「学びとケアに関わる実践 は複雑であり,複合性と不確実性という特徴を持ってい る。それゆえ,実践的思考様式の形成が求められている。

そのため事例研究が根幹となり,省察と熟考が必要であ る」 と述べている。

注2)「学校保健研究」,2001年〜2008年    「日本教育保健学会年報」,2001年〜2008年    「日本養護教諭教育学会誌」,2002年〜2009年    「健康教室」,2007年4月〜2009年3月    「健」,2007年4月〜2009年3月

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言わない子どもが28%いた。言い出せない理由をみ ると「気を使うから」48%,「おこられそうだから」

20%であった。教師に「わからない」と言わない理由 の約7割は,「教師には話しにくい」と感じていると推 察された。学習面の不安や不満を,担任ではなく養護 教諭のYに訴えてくることがあるのはそのためだと理 解された。

 このように学習内容が分からず,それを教師に言い 出せなくて苦しんでいる子どもたちが約3割いるとい う事実と,前述した調査結果のア〜エ,そして教師は 授業の中で子どもたちを細かく見取っていってほしい ということを全教員に伝えていく必要があると考え た。

 ⑵ 養護教諭と校内研修   ① K小学校の校内研修

 K小学校では,『教師の最も大切な仕事としての授 業の基本理念を「学校の生命(いのち)は授業である」』

とし,「授業」の在り方を厳しく見つめてきた。

 Yが勤務をした1998年からの研究テーマが「ともに 学ぶ」であり,2004年からは「ともに学び育つ」だった。

「ともに学ぶ」は,1998年にK小学校に赴任してきた 校長宮前の教育理念が大きく反映されている。宮前は,

学校の在るべき姿を,「みんなと一緒に学ぶことがで きる所」とし,研究テーマ「ともに学ぶ」が立てられ た。「ともに学ぶ」は,「子どもはもの(教材)とともに,

友達とともに,教師とともに学び,そして教師は子ど もの学ぶ姿に学ぶ」という考え方で,教師と子どもの 関係がお互いに大切なかけがえのない存在として,と もに学び合う仲間であるという考え方である。

 研究に迫るためには,子どもの捉え方や子どもの理 解の仕方(子ども観),教師のあるべき姿(教師観),

授業のあるべき姿(授業観)について確認していくこ との重要性が叫ばれ,校内研修を通して何度も話し合 いが行われた。また,その考えは全教師で確認し,共 有しながら研究を進めた。K小学校の子ども観,教師

観,授業観,教師・子ども関係を整理すると以下のと おりである。

[子ども観]

・どの子ももっとできるようになりたい,向上したい と願っている存在である。

・教師をたよりにして,いつも救いを求めているか弱 い存在である。

[教師観]

・教師を頼りにしている子ども一人ひとりを大切にす る教師。

・教師を頼りにしている子ども一人ひとりに応える教 師。

・子ども一人ひとりに「心くばり」のできる教師。

[授業観]

・子ども一人ひとりの学習意欲が高まり,内面的な高 まりを育て,学級の子どもたちが互いに話を聞きあ い,考えを出し合い,高め合う状況を組織する授業。

・子どもの「集中」と「参加」の姿がみられる授業。

・[教師・子ども関係]−「わたし」と「あなた」の関係。

・教師がどの子にもあたたかくて,優しい心を配るこ とにより,「わたし」はそこでかけがえのない「あ なた」(先生)を感じ取る関係。

 YはK小学校に勤め始めての3年間は校内研修に積 極的に参加していなかった。校内研修に参加しなかっ たのには,養護教諭全般に共通する校内研修に対する 考え方,つまり養護教諭は教科指導を中心とする研修 にはかかわらないとする消極的な考え方も影響してい た。

 保健室での学びに関する子どもの声から校内研修に 関心を持ち,養護教諭の校内研修の参加の必要性を考 えるようになっていったのには,K小学校の教師たち が校内研修を前述の教育理念のもとに,子ども一人ひ とりの学びづくりを真摯に取り組んでいる姿が見えて きたことも校内研修へ積極的に関わるべきとYの姿勢 を転換させた要因だったと考える。

  ② 養護教諭の校内研修への参加

 YはK小学校に勤務する以前は,校内研修にほとん ど無関心であった。また,養護教諭の執務の中で,子 どもたちの学びと心身の健康との関係を結びつける視 点は弱かった。

 その後,YはK小学校での子どもたちの学びの実態 や,教師の校内研修の在り方から,子どもたちの学び の成立には,養護教諭の行なう心身の健康づくりと,

教師の行なう学びの指導がつながっていくことが重要 であると考えるようになった。そのため教師に,養護 教諭の校内研修の参加の必要性を理解してもらうよう 努めた。校内研修の場で事例をあげ「学び」を成立さ せるための「支援」のあり方について深めてもらうよ 図  分からないと言わない理由 

わからないと言わないのはなぜですか? 

○気を使うから  48% 

○おこられそうだから 20% �

○成績が悪くなりそうだから  12% 

○その他(自分で調べる)20% 

あなたは,学校の勉強でわからないところがあった時,

担任の先生にわからないと言いますか?

わからないと言う 72%

わからないと言わない 28%

わからないと言わない 28%

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う努めた。その具体例の一つを2003年K小学校研究紀 要 より抜粋して示す。

 研究授業である社会の授業が終わった後に,気 晴らしに6年生のA子が来室した。そして次の様 に呟いた。

 「今日の授業,農業についての授業だったんだ けど,茶碗1杯のおいしいご飯の話になったから そのことを考えていたら,農薬問題や価格の話に 急に進み頭が混乱してしまった。頭が整理できな いうちにいろいろな問題が出てきて最後にまとめ なさいと言われても,どうまとめていいか分から なかったの。それに先生いつも研究授業になると,

難しいことをいっぱい出すんだから。ふつうは楽 しくて分かりやすいのに・・・。

ああ,疲れた」

 何気ないひとり言だが,養護教諭として教師が 一生懸命教えてもA子の学びにつながっていない ことを感じた。そこで,A子の思いと自分の感想 を授業の事後研究の中で次のように発言した。

 「保健室には疲れを訴えて来室する子どもがた くさんいますが,その中には授業で疲れるという 子もいます。 A子はなぜ疲れたのか なぜ授 業がわからなくなってしまったのか を自分なり に分析していました。これってすごいと思いませ んか。是非この場でA子が言った課題についても 子どもの目線に立って話し合ってください。」

 これに対し担任から次のような意見が出され た。

 「A子はあの時間本当に一生懸命考えていたん ですね。そのことがよく分かりました。A子もそ のほかの子どもたちも一生懸命授業に取り組み悩 んでいたのかと思うと・・・。どの子も真剣に考 えている。だからこそもっと,子どもたちが分か る授業にしたいと改めて考えました。でも,研究 授業になると, いい授業をしよう と力んでし まっている自分がいることも大きな反省ですが,

こうやって子どもの姿を教えてもらえることも,

やはり授業を 見合う見せ合う ことのよさなん ですね。」

 子どもたちが分かる授業にしたいと取り組んだ研究 授業で, いい授業をしよう と力んでしまった教師 は「学び手」である子どもの様子がみえなくなり,結 果として子どもを混乱させ分からない状況となってし まったのであろう。そのことをA子は保健室に来て率

直に「ああ,疲れた」と語ったのである。このような ことはよく聞かされることであったが,教師自身は知 らないことが多かった。保健室で捉えた学びに関する 子どもの声を校内研修で伝えられたことで,「学び」

を本当に子どものためにするためにK小学校で取り組 まれていたお互いの授業を学級や学年の壁を越え 見 合う見せ合う ことの意味について担当教師はあらた めて認識を深めたのであった。

 一生懸命学ぼうと頑張っている子どものために,そ して子どもの学びの研究を一生懸命頑張っている教師 のために,保健室での子どもの姿を校内研修の場に反 映させ教師と共に考えることによって,教師の学級で の指導を支えることができることを考えさせられた事 例である。

 ⑶ 養護教諭と教師による学び支援の協働

 養護教諭は従来から,学びの前提となる条件の整備 にたずさわってきていることは先に述べた。ここでは 養護教諭による学び支援とはどのようなものなのかに ついて二つの事例から検討する。

 事例1

 休み時間ごとに不定愁訴で来室していた5年生 の女子B子。心因性の問題を抱えているように思 われ,カウンセリングをしていくうちに,授業の ことで悩んでいて元気がないことが分かった。算 数が分からなくて悩んでいるとのこと。担任には そのことを話せないでいる。B子には,担任に話 をして,分かるように教えてもらえるように頼ん であげると言い,安心をさせて教室に戻した。

 担任にB子の様子を話し,算数を分かるように 教えて欲しいとお願いをした。

 その日の放課後B子が,元気のない顔でまた来 室した。理由を聞くと,担任から「算数が分から ないのは,B子がしっかり勉強していないからだ。

自分が悪い。」と言われたとのこと。またB子は 私に向かって「先生に言わなければ怒られないで 済んだのに」

と私のことを怒りだしてしまった。

 その話を聞いて,B子の心を傷つける言動を とった担任の対応に疑問を感じたのである。

 この教師は,なぜB子に対してこのような発言をし たのだろうかと考えてみると,B子の学びの様子を心 配することよりも,養護教諭に自分の授業について口 出しをされたくなかったからではないかと考えられ た。このころはまだ,教師間でも養護教諭が授業そし て子どもの「学び」について関わることは必要がない と考えられていたと推察される。

(5)

 事例2

「ほら,授業が始まったよ。頑張れそうだから行っ ておいで・・・。」

腹痛を訴え,休み時間に来室した6年生のC子は,

授業始まっても教室に戻ろうとしない。

「おかしいなあ。そんなに痛そうでもないし・・・。

ほら がんばれ‼」

「・・・。いや‼」

 強い促しにも動かないC子である。「なにかあ る」と感じた私は,少し様子を見ることにした。

ベットに休ませながら,さりげない日常の話をし ながらC子の思っていることを聞き出したいと感 じた。いろいろな話をしていくうちに,学校の話 題になった時である。

「おもしろくない。なんとなく学校がおもしろく ないの。」とC子は呟いた。

「 なんとなく とはなんだろう。もしかすると ここに理由があるかもしれない」と思いC子に SCTテストを実施した。その結果の中で「先生が もっと私に」という項目に「くわしく勉強をおし えてほしい(わかりやすく)」と書かれていた。

「くわしく勉強を教えてほしい」の文章からC子 の心が理解できた。SCTテストの他の項目で家庭 のことでも心を痛めているものの,今日の来室は,

勉強のことで心配していることが分かった。

「C子ちゃん。勉強の方はどうなの?先生に話し てみると意外にすっきりすることもあるんだよ。」

C子に促すとC子は自分の思いを語り始めた。

「あのぉ……。勉強がわからないの。特に算数。

みんなで練習問題をしていると,担任の先生は,

いつもきまってBくんやDくんのところばかり 行っちゃうし……。BくんやDくんもできない で困っているんだから行って教えるのはわかるけ ど,私もわかんないでこまっているんだもの。私 にも教えてほしい。休み時間は,そっとしておい てほしいが,授業中はしつこく教えてほしいの。」

 不満を持つC子の気持ちがなんとなくわかる。

そうなのである。子どもはどんな子でもみな,教 師にかかわってほしいのだ。担任教諭は決して「え こひいき」したのではない。誰よりも学習が遅れ がちで心配なBくんやDくんのところで,ごく普 通に個別指導をしていただけなのである。担任に は何の非もないのだ。

 後日,私は担任にC子の気持ちを伝えた。その 後学習については,担任にC子へ心を配ってもら う一方で,養護教諭として私もC子が保健室に来

室したり委員会活動の中などで声をかけたりして C子が安心して学べるようにしている。

 担任はあれ以来,C子の学習の様子を必ず見取 り,声を必ずかけている。だから,C子は「わか ろう」「学ぼう」と一生懸命なのだ。

 C子の「心の部分」をケアし,C子の「私にも かかわってほしい」という欲求が満たされるよう な継続的なかかわりをその後も進めた。

 この二つの事例から,養護教諭による学び支援のあ り方を考える。事例1は,養護教諭が子どもたちの学 び状況について問題意識を持って校内研修に参加する 以前の「一般的な心身の健康管理」という考えにもと づく対応事例である。Yは,保健室にやってきたB子 に対して受容共感的に話を聴きながら,B子を安心さ せて教室に戻した。この行為は養護教諭の行う「心配 り」であり心身の「ケア」であると言える。さらにYは,

教師にもB子の元気のない原因が「学び」にあること を伝え,教師にもB子への「心配り」のある支援をお 願いしたのだが,聞き入れてもらえなかった。その結 果,B子は担任そして養護教諭にも不満を感じ,信頼 感を失ってしまったのである。Yと教師との人間関係 は良好だったにもかかわらず,Yの発言がなぜ聞き入 れられなかったのかを考えると,養護教諭が教師のお こなう授業に対して発言をしたことで,教師は自分の 指導力について発言をされたと誤解したのではないか と考えられる。その背景には,二つの要因が考えられ る。一つは,教師の養護教諭観である。YがK小学校 に勤務した当初,教師の行う授業や校内研修は養護教 諭の職務には関係ないと認識していたように,この教 師も,養護教諭の職務は,教師の行う授業には直接関 係がないと認識していたためだと考えられる。二つ目 は,K小学校では教師のあるべき姿として,子ども一 人ひとりに心配りのある教師を目指し研究に取り組ん でいたが,子どもたちの学びの実態をよく理解できて いなかったことと,そのために実際に心配りのある学 び支援が子ども一人ひとりに行われていなかったので はないかと考える。事例2は,Yが子どもたちの学び の実態から問題意識を持ち,校内研修に積極的に参加 するようになってからの事例である。Yの校内研修の 場などでの積極的な関わりによって,教師間で養護教 諭の子どもの学びへの関わりの必要性が理解されてい た。そのことにより学びの成立のための心配りのある 支援を養護教諭と教師間で,協働して行うことができ たのだと考えられる。

 この二つの事例から,子ども一人ひとりの学びの成 立には養護教諭による支援も必要であることと,その 支援が成果をあげるには,養護教諭だけで行うのでは なく教師との協働が必須の要件であるといえよう。

(6)

 ⑷ 養護教諭と教師の関係性

  ① 養護教諭と教師の協働的な学び支援の構築  Yが校内研修に積極的に参加をしていく過程では,

教師の間で養護教諭の学びへの関わりがスムーズに理 解されていったわけではない。ほとんどの教師はK小 学校に来る前に養護教諭との協働的な学び支援の構築 という実践経験を持っていなかった。また一般的に養 護教諭は,子どもの学びに関することは教師のする仕 事で,口出しするものではないと考えていたり,教師 も養護教諭に自分の行っている学習指導について口出 しをされたくはないと思っていることが多い。このよ うに養護教諭と教師の専門性がお互いに理解されてい ない場合は,協働的な学び支援が構築されにくいとい う状況がある。子どもたちの学びの成立には,養護教 諭の行なう心身の健康づくりと,教師の行なう学びの 指導が協働されることが必要であると考える。Yは,

子ども一人ひとりの学びを成立させるために,絶えず 子どもたちに「支援」を行なっていることを校内研修 の場で発信し,理解してもらうよう努めた。また教室 に出向き,子どもと教師の間で展開されている学びの 様子を積極的に参観した。このことにより,子どもと 教師を多面的に理解することができた。子どもと教師 の信頼関係は学びの中で作られていくということや保 健室からの一面的視点で教師をとらえてはいけないこ とを自覚させられた。

 K小学校の教師はYの取り組みを通して,子どもの 学びを成立させるためには,養護教諭との関わりが大 切だということを理解するようになっていった。さら にそのことは,子ども一人ひとりの理解を深め,学び の成立につながっていった。子どもたちの学びのた めには養護教諭と教師が「つながりあう」ことが大切 だという考えを全職員で共有できるようになっていっ た。

 結果として教師と養護教諭の間で,協働的な学び支 援が構築され,「ともに学ぶ」というテーマのもとに 研究をする教師の一員として,養護教諭の校内研修へ の参加が重要視されるようになっていった。

  ② 保健室と教室の関係

 養護教諭と教師の関係をみる時,保健室と教室の関 係という視点でみることも大切である。教室は,子ど もたちの学びの場であり,保健室は子どもたちの健康 に関する学びの場であるとともに,心身の健康を回復 させ,疲れを癒す場でもある。学校には同じ子どもた ちに対して異なった専門性を持つ教員がいる。子ども たちにとっての保健室の機能が十分理解されないと,

教員に,子どもたちが頑張らないで逃げてしまう場,

甘えの場としかみられないこともおこる。一方養護教 諭が子どもからの話しのみで一面的な教師理解に陥る こともある。お互いの専門性を果たすために職務を分

担して行うことは重要であるが,同じ学校内でその職 務が分断し壁ができてしまっては,子どもたちに対す る働きかけに一貫性がなくなり,教育効果が期待でき ない。養護教諭と教師はお互いの職務を理解し,連携 していくことが必要である。連携するには,お互いが 分かり合うことが前提になる。そのためには対話する ことによりお互いの職務への理解を深めていくことだ と考える。対話により個人同士で理解を深めていく場 合もあるが,養護教諭と教師のように専門性が違う場 合は,次の事例のように,校内研修のような全体の場 での対話も有効である。

 事例3  

 2学期が始まって間もないころの校内研修の全 体会議の時に,私は思い切って次のように発言し た。

「今,先生方で,一人ひとりを大切にどの子にも わかる授業を取り組んでいきましょう,という ことを確認できて,私もとても安心しました。

しかし,今,子どもたちの中に,勉強がわから ないと言って,保健室でその悩みを打ち明け たり,苦しんで体調不良を訴えたりしている子 どももいます。その子たちの話を聞いて私も悩 んでいます。今までもそういう子どもたちの思 いを先生方に伝えて指導してきてもらいました が,授業の中で子どもたちがわらない時,わか らなくなった時に素直に言い出すことができる ような関係づくりを今まで以上にしてほしいの です。素直に言い出せれば子どもたちは悩んだ り,苦しんだりしないですむと思うのです。」

 と,自分でも偉そうなことを言っているなあと 思いながらも,困り果てている子どもたちのこ とを思うとつい言ってしまったのである。

 それに対して先生方は,「子どもたちはいろい ろな性格の子もいて,言い出せない子もいるで しょう」などといった発言があった。確かに無 理なことかもしれない。実際に子どもたちが言 い出せないから私が伝えているのだとも思った が,普段の授業の中でわからないところがあっ たら,わからないと言えるような,また,先生 方もわからないで困っている子どもたちを授業 の中で感じ取ることができるような見方をさら に深めて欲しいと思った。また,研究授業の時 はその授業での子どもたちの学びの様子は話し 合われるが,それだけでなく普段の子どもたち の学びの事例も出し合って話し合って欲しいと 思った。

 そのうちにO先生が自分の授業のことを例に出 して発言した。

「教える側,授業者の思いが強くて,いろいろ教

(7)

えすぎることがあるが,子どもたちがわかって いないなあと思う時や子どもたちが難しそうだ なと感じる時がある。そんな時は,教える側も 教え方や内容を変えていくことが必要ですね。

子どもたちの一人ひとりの実態に合わせること が大事です。そのためには,子どもたちをしっ かりと見つめなければなりませんね。」

 そして,次にH先生が発言した。

「難しいことですが,わからないときにわからな いと子どもたちが言えるような授業づくりをし ていかなければならないし,そういう子どもが いたらそれを感じ取れるような教師になってい かなければならないでしょう。」

 先生方がこのような考えで,授業を構想し実施 していけば,授業がわからない子どもが減り,

子どもたちの悩みも減るのではと思い,思い 切って発言をしてみて良かったと強く感じた。

 この事例は,校内研修という教師全体の中での対話 であったが,教師にYの考えや保健室での子どもたち の様子を理解してもらうことができた。さらにYは,

教師の考えを理解することができ,お互いの考えを共 有することができた事例であった。

2.実践の省察

 ⑴ 教育実践の基盤となる理念の共有

 K小学校では,「子ども一人ひとりを大切にし,ど の子にも分かるように,一人ひとりに寄り添った指導 をしていくことを重要視する」という教科指導の考え が校内研修で確認され,この考えを日々の授業でどう 実現するか研究と実践が進められた。Yの行なって いた学校保健活動は,「子ども一人ひとりを大切にし,

健康を守り育てていく」という養護教諭が行う個別的 保健指導の原則に基づくものであった。YがK小学校 に勤め始めた当初この二つの考え方は,まだそれぞれ のものにとどまっていた。子どもたちの学習に対する 悩みや不安を教師に伝え,子どもの気持ちを分かって もらうように話をしたことがあったが,養護教諭の話 を聞き入れようとしない教師もおり,教師間でも養護 教諭が子どもの学びについて関わることは必要ないと 考えられていた。

 Yは保健室での子どもの姿や,アンケート結果など から,少なからぬ子どもに学びへの不満や学びの不成 立があるということ,そのことは子どもたちの心身の 健康状態や学ぶ意欲とつながっていることを校内研修 で問題提起していった。その結果,Yと教師たちは子 どもの学びを成立させるためのお互いの関係のあり方 について考えを深めていくこととなった。

 K小学校において養護教諭による子どもの学びに関

わる実態をもとにした「学び支援のあり方」に関する 問題提起が教師たちに受け止められ,協働的な学び支 援が構築されていったのは,「かけがえのない子ども 一人ひとりを大切にしていく」という,両者の専門 性に共通する理念の存在が大きな要因であったと考え る。

 ⑵ 教育実践における「ケア」の視点と養護実践  K小学校では,佐藤 や宮前 が述べている教育 実践におけるケアの観点から,子ども一人ひとりに心 配りのある教育のあり方をめざし,その実現にむけて 取り組んでいた。養護教諭の立場からYが行った子 どもの学び支援も,本質的に教育実践におけるケアと 同質のものと受け止められたことが,子どもたちの学 びを成立させる支援の協同に向かうもう一つの要因で あったと考える。

 K小学校の子どもたちは,心身の健康状態が低下し,

心に不安や問題を抱えている時,養護教諭にその内面 を訴えてきた。その訴えを細かく丁寧に見ていくと,

子どもたちに共通して見えてきたことは,心身の健康 が学びの成立に大きく関係しているということであっ た。このことからYは,子どもたちの心身の健康は,

学校の中心的課題である「学び」と深くつながってお り,子どもたち一人ひとりの学びの成立には養護教諭 が関わることの必要性を認識していった。

 養護教諭の執務を考えていく時,子どもたちの健全 な成長発達を支援する健康管理の中に,意欲を持って 授業に参加をし,「分かった」「できた」「楽しかった」

と感じるような学びを子どもたち一人ひとりが獲得し ているかどうかの視点を取り入れていく必要があると 考える。そのために,佐藤 や宮前 のいう教育実 践における「ケア」の観点を含む養護実践と,子ども たち一人ひとりの学びが成立できるような支援を教師 とともに考え,協同で実践していくことがこれからの 養護教諭に求められていると考える。

注3)K小の共同研究者佐藤 学は,教育には「ティーチン グ」としてのみならず「ケアリング(心砕き世話をする こと)」が内在していなければならないと述べている。

さらに『「ケアリング」としての教育は,子どもの脆さ や苦悩や哀しみや願いに応答するかかわりを築く教育な のであり,その応答的な関わりをとおして,その子の世 界をともに生き,同時に教師も自分自身の世界を生きる 教育なのである』 とケアリングとしての教育を説明し ている。

注4)研究を推進していた当時の校長宮前は,教師のあり方 として『子ども一人ひとりをかけがえのない大事な子ど もとして見守り育てたいと強く思い願う心を子ども一人 ひとりに「配る」,教師の子ども一人ひとりへの「心配 り」がとても大事である。子どもはどの子もhelplessな 存在(助けようもないほどか弱い存在)で,心の中では いつも助けを求めている存在である。とくに遅れがちな 子,何かか弱いところをもつ子どもへのやさしい対応と 支援が大切である。』1 と述べている。

(8)

【参考文献】

 1)福島県郡山市立金透小学校『ともに学ぶ』2003 p11  2)佐藤 学『学校の挑戦』小学館2006 p36

 3)庄司康生『特殊教育から特別支援教育の転換に関する 総合研究』 埼玉大教育学部2005 8月 p38

 4)福島県郡山市立金透小学校『ともに学ぶ』2003 p76  5)福島県郡山市立金透小学校『ともに学ぶ』2003 p80  6)福島大学大学院修士論文『子どもの学びとケアをつな

ぐ養護教諭の在り方』湯田厚子 平成19年度 p50  7)福島県郡山市立金透小学校『ともに学び育つ』2004 

p101

 8)福島県郡山市立金透小学校『ともに学び育つ』2004  p95

 9)佐藤 学『学びその死と再生』太郎次郎社1995年  p116

10)宮前 貢『学びつづけて』ぎょうせい 2002年 p153

参照

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