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重慶の研究室から 後編 - J-Stage

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Academic year: 2023

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化学と生物 Vol. 53, No. 2, 2015

後編は,学生生活のことから始めたいと思います.中国 の大学は基本的に9月入学で,秋学期,春学期の2学期制度 です.毎年6月ごろに卒業する大学生の数は約700万人.で すから就職もたいへんな競争です.たとえば人気の高い公務 員になるための試験について言えば,2013年は登録者152万 人,受験者112万人,実際に公務員になれたのは2万人程度 という状況でした.そのため,卒業後6カ月経っても就職で きない「就職浪人」も多く,北京や上海の郊外の安い地下の 部屋を借りながらより良い就職先を探している「蟻族」の存 在が日本でも話題になりました.

中国は格付け社会の傾向が強いですから,ランクの高い 大学を卒業したほうが就職に有利なのは当然です.そのため 大学の入学試験の競争もたいへんです.おそらく私が体験し た日本の戦後ベビームーバーの大学入試地獄より今の中国の 競争のほうが余程過酷なのではと思います.中国の大学入学 の可否は,高考(ガオカオ)と通称される全国大学統一入学 試験の成績によって決められます.州や特別市によって制度 に若干の違いがありますが,重慶市の隣の四川省の場合,英 数国が各150点,これに理科系または文科系科目の300点が 加わって750点満点.それぞれの大学の合格最低点以上を 取った学生が入学許可されるわけですが,出身地や民族に よって若干のハンディキャップもつくようです.また高考

(ガオカオ)に関する最近の話題として,英語の配点を低く する傾向があるそうです.四川省の場合,2016年から配点 を100点にする方向であると報道されています.この方針の 意図,意味するところは正直わかりません.またある新聞の 調査によれば,大学進学先の学科の希望のトップ50のうち 41が理科系で,1位は上下水道関係の学科だそうです.

人口の多い中国で,一部では「人生の終着点」とも呼ば れるこのような競争試験があるわけですから,進学校と呼ば れる中学(日本の中学・高校に相当)への進学競争も激し く,教育熱心の両親のもとで小さいうちから長時間勉強する 子どもも多いようです.また進学校では多くの場合「男女交 際禁止」となっていると聞きました.そのため大学入学後に はボーイフレンドやガールフレンドをもつことにあこがれる 学生も多いということです.この場合の「ボーイフレンド・

ガールフレンド」というのは「特定(単数)の交際相手」と いうくらいの意味でしょうか.そういえば,よく学内で男女

が手をつないで歩いている光景を目にします.なお今の中国 の大学生は90后(ジュウリンホウ・1990年以降の生まれ)

世代と呼ばれ消費化時代に育ち新しい価値観をもつとされ,

ややわがままで開放的な考えの80后(パーリンホウ)世代 が多い大学院生から学生気質が変化しつつあると言われてい ますが,私にはその違いはよくわかりません.どちらも皆,

まじめで明るくしっかりとした良い子たちです.

西南大学の場合,大学生は基本的に寮住まいです.学部 学生は4万人以上いますから,大学の裏に巨大な寮が何十棟 も建っています.一部屋4人程度で,場合によっては入学か ら卒業まで大学生活を一緒にする場合もあるようです.寮費 は4人部屋で一人年間2,200元(38,000円程度).食事は基本 的には学内の学生食堂か門の前の学生用食堂です.いずれに しても食べるところには事欠かず,量も多く値段も安いで す.学生が一日に使う食事代は一般に15〜25元(250〜430 円)程度のようです.ちなみに学費は学部生で年間5,500元

(94,000円程度)ですが,充実した奨学金制度もあるようで す.私の周囲を見る限り,お金持ちの子弟というよりは,普 通の家庭の頭の良い子が大学に進学してきているという感じ です.

また西南大学で面白いのは,お昼休みが2時間以上あるこ とで,この間,学生の多くは昼食後寮に戻って昼寝をしま す.この癖が卒業後もなかなか抜けずに勤務先で苦労したな どという話も耳にします.また700 haの広大な構内には,

400 mトラックを備えたグラウンドが5つもあるほか,卓球,

バドミントン,テニスなどの専用施設も充実しており,夕方 などには多くの学生が運動で汗を流しています.学習面では 自習用のスペースを豊富に取った図書館がとても充実してお り,学期中の学生は一般の日本の学生より平均してよく勉強 している,と思います.一方で,学部の授業の終わったあと の2月の春節と7〜8月の夏休みの時期は,学内の食堂も学内 バスも休みとなり,学生もほとんど帰省してしまって,学内 は休眠状態に近くなります.近所の食堂も休むところが多く なり,実験の忙しい大学院生や帰国しない留学生などは食事 をするのもたやすいことではなくなります.

大学院制度については大学によって違いが大きいようで,

私が今までに関係してきた大学でも,中国農業大学は修士課 程2年,博士課程4年ですが,西南大学は修士課程3年,博

重慶の研究室から 後編

五十嵐泰夫

西南大学資源環境学院生物能源・生物修復研究センター refer- ence

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バイオサイエンススコープ

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化学と生物 Vol. 53, No. 2, 2015 士課程3年です.入学は内部からの推薦入学と外部からの入

学試験が一般のようです.大学の成績管理は厳しく,学生の 成績の席次が発表されます.成績トップの学生が大学院に進 む場合,よりランクの高い大学を希望することも多いようで す.これを防ぐためか,優秀な学生には早くから自校の大学 院進学を許可してしまうなどという,どこかの国でもよく聞 かれる話も耳にします.私のセンターには学部3年生から飛 び級で大学院に進学してきた学生も一人います.これも青田 刈りでしょうか.センターでは,学部の4年生の卒業実験指 導も引き受けていますが,これは1年間継続して研究を指導 するというよりは,数カ月研究を経験させるといった感じの もので,正直ほとんど研究の戦力にはなりません.その代わ り,3年間ある修士課程についてはかなり充実したものにな り,また学術誌に論文を発表させる必要もあります.この 間,一定期間ほかの大学や研究機関に送り込んで,新しい技 術や別な考え方・雰囲気を経験させることも多いようです.

大学院生にとって良いことだと思います.修士課程修了後に は海外の大学の博士課程進学を希望する学生も多いようで す.

前述のように,最近の中国ではバイオの世界でも大量の 博士が生産されていますので,現在では修士課程修了後に研 究機関に入ることは極めて困難で,公務員またはそれに類す る職を希望したり,また民間会社に就職する学生が多いよう ですが,ここでも修士課程の経験・実績や学術論文の質な ど,厳しい競争が待っているようです.また博士課程を修了 して博士号を取得しても,その後はかなり厳しい状況なの も,すでに前編で述べたとおりです.

大卒後の初任給については,地域や研究実績によって大 きく異なると思いますが,おおむね3,000元(52,000円)程 度,これでは北京や上海ではかなり生活がきついと思われま す.博士取得後の大学の研究スタッフについては,私のセン ターではポスドクを年10〜12万元(170〜200万円)程度で 募集しました.これも前述のように重慶は北京や上海に比べ て生活費が安いですし,西南大学ではポスドクには安価なア パートが学内に用意されていますし,アパートを買うにして も沿岸部の都市より安いので,この条件はかなりの好条件だ と言われています.なお,中国では結婚に際して新郎側がア パートを用意する場合も多いようです.

研究費に関しても最近の中国ではかなり充実してきてお り,中国元の為替レートの高騰,すなわち2年前は1元12. 5 円程度だったのが現在17円くらいになっていることもあっ て,日本と比べてそん色ない,両国の物価や人件費の違いな どを考えれば若手のポスドクや助手クラスの人にとって状況 はむしろ恵まれているようにも感じられます.センターで は,現在2人の若手副教授が各20万元くらい,2人のポスド クが各5万元くらいの研究費を自身で獲得しています.日本 の科研費に近い制度と考えられる国家自然科学資金は,高額 なほうが年間80万元くらい,若手向けが25万元くらいのよ うです.日本の科研費同様,国家自然科学資金の審査は相当 に厳格であると聞いています.

このほか,高額で名誉にもつながる研究費として,国家 重点実験室(STATE KEY LAB)と州または特別市の重点 実験室があります.国家重点実験室の年間運営費は1,000万 元程度と聞いています.われわれのセンターは,2014年1月 に重慶市重点実験室に指定されました.年間の運営費は国家 重点実験室の十分の一程度です.なお,西南大学にある国家 重点実験室は,「蚕ゲノム研究」の1カ所だけです.ちなみ に,私の研究室の後輩である曲音波教授が中心的に活動して いる山東大学の微生物学科は2つのバイオテクノロジー系の 国家重点実験室をもっています.前編でも述べたように,私 と西南大学との間にはセンターを国家重点実験室にすること を「目指す」という約束があります.山東大学の曲先生が最 初の国家重点実験室をセットアップするのに20年を要した ことを考えるとたやすい目標ではありませんが,ステータ ス・研究資金・人材確保のどれをとってもメリットが極めて 大きいので,次は国家重点実験室を「目指して」頑張りたい と思います.

このほか,国家計画に基づいたプロジェクトも多くある ようで,われわれも環境や国際交流にかかわるプロジェクト に応募しています.こちらは研究レベルの高さというより,

国家の要望・必要性からの判断が大きいように思います.こ のほか,中央政府や地方政府さらには民間企業との共同プロ ジェクトの実施も盛んのようです.

中国で研究者の方と討論された経験がある方ならおわか りと思いますが,中国の科学・科学技術は,基礎となる知識 の充実よりは,実践的な成果を求めます.最近では基礎科学 も重要視されてきているようですが,伝統的に「それは何の ためになるか? 人民に何をもたらすか?」が重視されま す.日本で基礎研究をしている皆さんのなかに研究発表後に 中国の大御所,院士の先生方からそのような質問を受けて一 瞬戸惑った方もおられるのではと思います.私自身,特に微 生物の基礎生理にかかわる仕事について発表した際にはよく そのような質問を受けましたし,今までに参加した日中シン 写真1西南大学生物能源・環境修復研究センターのメンバーと 2014年5月撮影.前列右から3人目が筆者,その右隣が羅副セン ター長.一番右がポスドクの李さん.筆者の左が代副教授(撮影 直後に無事女の子を出産),つづいて超優秀な秘書の杜さん,張 副教授,アシスタントの呉さん,一番左がポスドクの許さん.な お,能源とはエネルギー源のことです.

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ポなどでも,そのような質問に遭遇している先生をよくお見 受けしました.

基礎的・独創的な基礎科学の発展か,または実用化,す なわち知識・知見が実際に私たちの役に立つことのどちらが より重要なのか,どちらを優先して考えるべきなのか,わが 国の各所でたびたび議論されてきました.わが国が推進する プロジェクトに関してわが国ではよく政府機関の方針が揺れ てきましたが,中国の国家プロジェクトでは常にできる限り 早期に社会実装することが重視されてきたように思います.

これには未完成の技術が大規模に実施される危険性などの問 題も多いと思いますが,逆にわが国では,特にバイオ研究に ついて言えば,新規技術の実用化の足取りが必要以上に遅く なっていると感じます.日本の優れた基盤技術が実用化に向 かわないのは大問題です.リスクが過大に喧伝されたり,時 として実施者が必ずしも本気で実用化を目指しているとは思 えない状況のなか,そして行政や企業の決断がないままに,

パイロットプラントレベルまでも進まずに埋もれていってい る優良なバイオ技術がかなりあるように思います.日本がも たもたしている間に米国・中国など「国家ぐるみでアンビ シャスな国」に総合的な技術力で負けてしまいそうです.話 が中国から少しずれました.

私が西南大学に来て1年半,センターが本格的に動き出し て1年が経ちました.その間の一番の誤算は私の中国語が全 く身につかなかったということです.65歳を過ぎて新しい 言葉を習得するのは私には無理のようです.一方,センター のセットアップについては,研究スペースは新しく建設され た発酵実験室兼温室を加えればすでに1,000平米を超え,ス タッフも今までの羅副センター長,新たに副教授に昇進した 代さん,張さん,ドイツ帰りのポスドク2名(李君と許君)

に加え,この秋新たにパデュー大学から藻類研究の張さん

(女性)も副教授として参加してくれました.あと数名採用 の予定もあります.このスタッフ構成,私以外は羅教授を筆 頭にすべて若いスタッフから成り立っていますが,1966年 から1976年頃まで続いた文化大革命の影響か,資源環境学 院(学部レベル)全体を見ても55歳以上の教員があまりい

ません.おそらくほかの学部,他大学でも高齢の院士クラス の大先生を除いて同じような状況ではないでしょうか.中国 中央政府や重慶市政府がこの年齢の各分野の専門家を外国か ら招へいする一つの理由でしょうか.

最後に前編で述べたことの繰り返しになりますが,若い 研究者の皆さんへしつこいお願いです.日本国内にしがみつ くことやアメリカやヨーロッパに目を向けるだけでなく,現 在急速に経済成長しているが,科学技術開発や研究面ではま だまだ若く未熟なアジアに目を向けてみませんか.そのよう な経験が皆さんの将来にとってきっとプラスになるし,また 日本の再生・発展にもつながると信じています.

(本稿はここ1年半で私が中国で見聞きしてきたこと,考 えたことを中心に書きました.間違いや思い違いもあるかと 思います.ご指摘いただければ,何かの機会に修正したいと 考えています.本稿は2014年9月に書かれました.本文中で はその当時のレート1元約17円で計算されていますが,12 月現在1元約19円となっています.また中国の物価はここ数 年毎年10%程度上昇しています.)

プロフィル

五十嵐 泰夫(Yasuo IGARASHI)

<略歴>1972年東京大学農学部農芸化学 科卒業/1977年同大学大学院農学系研究 科博士課程修了/1978年同大学農学部助 手/1994年同助教授/1996年同大学大学 院農学生命科学研究科教授(応用微生物 学 講 座 担 当)/2013年3月 同 大 学 定 年 退 職/同年5月中国西南大学生物能源環境修 復 研 究 セ ン タ ー 長,現 在 に 至 る<研 究 テーマと抱負>(1)西南大学に国際レベ ルの環境バイオの研究センターを造るこ と,(2)日本の資源・環境バイオ研究が 正しく進展し,国民の役に立つこと<趣 味>以前は飲酒交談でしたが,現在は酒 量も減ってはた迷惑な高談のみになりつ つあります

Copyright © 2015 公益社団法人日本農芸化学会

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