郷愁 の 人 ⑱ぺ ーイ タ ー
』
、1
林 定
義
ウォルター⑤ペイター︵オ巴叶胃目◎量弐◎〜算實一HO081虞︶がそれによ
って文名を得た﹁ルネッサンス研究﹂︵掌覇ミき二§導〜曽旨G県
導ぎ§雲s§H0◎お︶が世に出てから百年︑彼が世を去ってから八十
年に近い歳月がたっが︑この間︑さまざまの段誉褒財とともに︑さまざ
まのペイター像がわれわれの前に提出されてきている︒初期の哲学︑な
いし人生観を申心に描かれた﹁唯美主義者﹂という像は現在もなお生き
ており︑その批評態度から﹁印象批評家﹂というレッテルもあたえられ
ている︒一生文体の間題に腐心し︑独特の文体をつくったことから︑
﹁スタイリスト﹂の評も得ている︒道徳的なヴィクトリア朝の思想的風
土の申では﹁快楽主義者﹂という悪評も得た︒また︑著作の多岐にわた
る内容から︑ある時は﹁文芸評論家﹂︑あるときは﹁美術評論家﹂また 2︶あるときは﹁創作家﹂として論じられもした︒
このようにさまざまの角度からのペィター像が存在すること自体は︑
彼の多才性を物語っているようで︑その限りでは間題はないかに見える︒
だが︑﹁スタイリスト﹂としてのペイターが﹁印象批評家﹂と無関係に
論じられたり︑﹁創作家﹂のペイターが他のペイタi像と無縁にとり扱
われているという事実は否めない︒その結果われわれが知っているの
は︑相互に関連のない﹁唯美主義者ペイター﹂であったり︑﹁美術評論
島根大学教育学部紀要︵人文・杜会科学︶ 第六巻四五−五五頁 家ペィター﹂であったりする︒言いかえれば︑右にあげたようなさまざまの像の背後にあって︑それらを統一するペイターその人の像が欠けているわけである︒ ある時は印象批評家︑あるときはスタィリスト︑またある時は唯美主義者と︑いろいろな衣裳をつけてわれわれの前に登場してみせるベイターの奥にある﹁ペイター原像﹂といったもの 杜交界から戻って︑また大学の講義を終えて︑書斉に独りとなったときのペイターの胸のうち を明らかにすることが︑ペイタi研究に残された重要な間題の一つではないだろうか︒ ﹁ペイター原像﹂の探究の一つの試みが︑本稿のねらいである︒ ﹁ペィター原像﹂を求めるために第一にとりあげたいのは︑従釆から自伝的と言われている﹁家うちの子︶︵﹃ぎQミ〜ぎき曽§〜︶︑﹁享楽主義者メァリアス﹂︵−§㌻§導〜尊〜§ミ§︶︑および﹁エメラルド一アッスワ一ト﹂︵雪§ミS§§斗︶の三つの作品である︒しかし︑私がこれら三作品を重視するのは︑それらが単に自伝的要素を含んでいるためというより︑その結末において全く同一の間題が提出されているためである︒
昭和四十七年十二月
46
郷愁の人・ペイター︵小林︶
結末が類似しているということのほかに︑この三つの作品にはもう一
つ共通の性格がある︒それは︑それぞれの作品がそれまでのペイターの
著作の︑いわば︑竃冒邑轟君︑︵要約︶的な役割を果しているというこ
とである︒﹁家うちの子﹂が発表されたのが一八七八年︑﹁享楽主義者
メァリアス﹂の発表は一八八五年で︑両者の間に七年のへだたりはある 3︶が︑前者はペイターもその冒頭で述べているように︑﹁享楽主義者メア
リアス﹂のための習作といっても良いもので︑従って︑両者は同一の発
想の上に成ったものと考えられる︒そうすると︑これら二つの作品は一
八六四年﹁透明性﹂︵皇魯ぎ§薫︶で始まって︑ 一八九四年の﹁パスカ ︑ ︑ ︑ ︑ル論﹂︵き㎏§N︶で終る︑ほぼ三十年間のペィターの著作活動の申じきり
の位置にあり︑一方︑﹁エメラルド一アッスワート﹂は一八九二年に
﹁プラトンとプラトン哲学﹂︵きざ§〜ミミ§サ§︶と並行して書かれ
た︑最晩年の著作の一つであって︑これまた要約的な位置にあるといえ
る︒これら二つの相隔たる時期の︑しかし︑それまでの作品の要約的な
位置におかれた作品が︑共通の問題をとりあげ︑しかも同一の結論をあ
たえているということは︑ペイターを考える場合︑重要な意味をもつの
は当然のことではないだろうか︒
では︑三者に共通の結末とは何か︒それは郷愁である︒ ﹁家うちの
子﹂の主人公フローリアン︵巴暮︷彗︶も︑﹁享楽主義者メアリアス﹂の
主人公メアリアス︵冒胃ざω︶も︑﹁エメラルド・アッスワート﹂の主人
公エメラルド︵向冒①屋冨︶も︑その故郷との決別の仕方に違いはあるにせ
よ︑いずれも最後に激しい郷愁に襲われる主人公たちである︒彼等に共
通なのは︑未来にたいする希望ではなく︑彼等が後にするものに対する
強い思慕の情である︒ ﹁家うちの子﹂における主人公フローリアンの︑生れ家との決別の模様から考察しよう︒フローリアンはその時十二才である︒十二才という歳は︑ペイター自身が一八五三年︑カンタベリーのキングズ一スクール
︵屋おωω亭8−︶に入学のため故郷のエンフィールド︵向臣−Φ崖︶を離れた 幻時と同じ歳である︒ ︵この点に﹁家うちの子﹂の自伝性の一つがある︒︶
引越しのため生家を後にすることになったフローリァンは︑馬車に乗っ
てしばらくして︑大切に育てていた小鳥を置きわすれて来たことに気づ
き︑それをとりに独り引返して行く︒
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彼等が家をあとにしてしばらくたった時︑大事に育てていた小鳥を
おきわすれてきたことに気がついた︒置き去りにされた小鳥は︑今ご
ろきっと閉めきった家の申で飢え死に対する激しい抗議の訴えを叫び
つづけ︑自らの運命を嘆いているにちがいない︒小鳥におとらぬ激し
い苦しみを覚えながら︑フローリアンは小鳥をとりに引き返した︒彼
が鳥籠をさがしもとめて通りぬけた部屋部屋は︑まるで裸にされた人
間のように恥しさに蒼ざめてみえた︒そして最後に入った白い子供部
屋は︑家具を奪われ︑その表情は死人のそれのようにフローリアンの
胸をうった︒はげしい執著の念が彼をおそった︒それは何時までも自
分から離れることはないだろうと思った︒あれほど待ちこがれていた
引越の実現のよろこびも消えてしまった︒そして︑このように思いが
けず彼の心にわいた郷愁のうづきに苦しめられ︑楽しいはずだった旅
の夢もうちこわされ︑フローリアンは︑なつかしい田園をあとに︑鳥
を抱いて馬軍で運ぱれて行くのであった︒
︺早楽主義者メアリアス﹂の主人公メアリアスが故郷を離れたのが何
才の時であったかは定かではない︒ただ︑母の死の直後であったことが
記されているから︑ペイター自身の母が彼のキングズ一スクール入学の
翌年に亡くなったことを考えあわせ︑メアリアスもまたフローリアンと
同じ年頃に家を後にしたと考えてよいだろう︒ただ︑メアリァスは出立
にあたって格別の離郷の感懐はいだかない︒フローリァンの場合とちが
い︑再びそこに戻る可能性のある出立であったからである︒
だが︑きまざまの精神的遍歴を経たのち︑キリスト教の殉教者という
かたちで死の床にある彼の胸に去来する思いは︑フローリアンと全く同
郷愁の人・ペイター︵小林︶ 一の︑激しい︑しかも︑切ない望郷の念である︒キリスト教徒たちの暖かい看護をうけ︑彼がそれまで閲歴した異教の世界とちがった︑新しい光明をかいま見ながらも︑生れ故郷への思慕の情は抑えることができないメアリアスである︒
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幻覚におそわれる夜々︑メアリアスは刈り入れたばかりの乾草の臭
いを感じてうれしくなった︒そして一瞬彼は︑自分が幼い頃の家で横
になっているのだと︑︐もうろうとした意識の底で思った︒ ︵申略︶メ
ァリァスがその時心の奥で感じたものは︑まぎれもない生への執着で
あった︒コー二−リアスのために心にもない決断をしたその瞬間か
ら︑はげしい幻覚におそわれている間申︑ぼんやりとではあったが︑
絶えずそのようであった︒︵﹁心にもない決断﹂とは︑キリスト教徒弾
圧で捕われたコー二ーリアスの身代りとなったこと空言う︒筆者註︒︶
さて︑﹁家うちの子﹂から十四年︑﹁享楽主義者メアリアス﹂から七年
の歳月を経て書かれた︑ペィターの著作の申では最晩年に属するものの
一つである﹁エメラルド・アッスワート﹂の場合を考えてみたい︒
憲籟Qく・τヤヘー({蓉)
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Uthwardt had.no fee11ng and.was mcapab1e of tears They neYer
came to h1m certam1y,when,at n1ghts for the皿ost part,the
yery touch of home,so soft,yet so md1fferent to h1m,reached−
hm w1th a sud.(丑en opu1ent gush of gard.en perfu皿es,came at
the ratt11ng of the w1ndow_pane1n the wmd一,w1th aI1ythmg that
expressed dユstance from the bare wh1te wans around hm here
He thrust1t fro皿h1m brusque1y,be1ng of a pract1ca1tum,and. .(7)though somewhat sensuous,who11y w1thout sent1menta11ty.
トミ了トヤ・ト(×■一工】逆罐禦集幻二〆嘆紬景心曼〜二(熟幻轡
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輿Q送良峠⊃μ梢梢〆蝉遜Ql…工紺紬〜UP頬Uト◎〜Q尊坐ダ偵兵レニ
μニザ純藩暑良蝉くρ二μ〜二1}岬「赫Q罐譲」集患V唾集ぺ
岬◎
The or1g1na1softness of h1s temperam−ent agamst wh1ch the
sense of greater thmgs thrust upon h1m had.su㏄essfu工1y reacted.,
asserte(丑1tse1f aga1n now as he1ay at ease,the ease we11血er1ted−
by h1s deed.s,h1s sorrows That he was g01ng to d−1e=moyed−
those about hmユto hun110ur th1s mood, to soften a11 th1ngs t0
h1s touch,an.d−1ook1ng back he m1ght haye pronounced−those
four years of d.oom the happiest of his1ife.
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実際︑生れ故郷にふたたび戻ることのできなかったフローリァンやメ
アリアスと比べると︑死の床にありながらも︑四年の間︑暖かい肉身の
目に見守られながら︑生れ家にあったエメラルドは幸運な人間であった
といえよう︒
フローリアンの引越による生れ家との決別︑メアリアスの異郷の地で
の最後︑エメラルドの幸運な生れ家での死と︑ペイターは三者三様の家
との離別を描いてはいるが︑そこに共通して流れているものは︑家への
隈りない愛着と思慕の情である︒しかもそれが︑既に述べたように︑ペ
イターの生涯の申じきりとしめっくくりといった時期の作品に見られる
ということは︑彼がいかに﹁郷愁の人﹂であったかを示すものである︒
それは︑ ﹁享楽主義者メアリアス﹂の申の次の一節が物語っているとこ
ろでもある︒
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彼の母が彼にとってあらゆることの母心︑その確かな慈愛と保護の
典型となり︑その母心があらゆる愛の申心的典型となったように︑そ
の美しい住まいは︑ある独特の家の理想に具体的な姿をあたえ︑彼
は︑そののち一生を通じて︑さまざまの精神的荷僅の申にあっても︑
郷愁の人︒ペイター︵小林︶ つねにそれをとり戻そうとつとめているようであった︒
﹁さまざまの精神的荷僅﹂とは︑メァリァスの場合﹁唯美主義﹂であ
り︑ ﹁快楽主義﹂であり︑﹁ストア哲学﹂であり︑また﹁キリスト教﹂
であるが︑そうした︑各時期に彼の心を奪ったものを︑結局は﹁心をそ
らすもの﹂︵︑缶弩彗ま冨︶と呼ばざるを得なかったのである︒メァリ
アス︑いや︑ペイターにとって︑﹁家﹂は決して離れることのできぬも
のであった︒仮に︑一時的にそこからの離反があったとしても︑心は必
ずそこに立ち戻ることになるわけである︒ひょっとすると︑﹁さまざま
の糖神的荷僅﹂それ白体︑ ﹁家﹂を求めてなされるさすらいであると言
えるかもしれない︒エメラルドにそれが端的に示されていたようだ︒
ペイターが﹁郷愁の人﹂であったことをわれわれは知った︒だが︑ペ
イターをかくまでも強い郷愁にかりたてる﹁家﹂とは︑いったい︑何で
あろう︒ペイタiは﹁家﹂をどのように考えていたか︒ペィターの﹁家﹂
とのかかわりあいはどのようであったか︒
これを明らかにするのに︑私たちは事欠かぬようである︒なぜなら︑
ペイターはその著作の申で彼特有の﹁家﹂に対する考えに︑かなりしば
しばふれているからである︒その申でも︑題名が示すように﹁家うちの
子﹂において︑それがもっとも詳しく述べられている︒
﹁家うちの子﹂はフローリアンの生家の詳細な紹介が冒頭の数ぺ−ジ
にわたってなされる︒こうしたことは︑ペイターに限らず他の作家にも
あることだろう︒だがペイターが長々と試みたのは︑単なる客観的な家
の描写ではない︒精神的存在ともいえる家と多感なフローリアンとの交
郷愁の人一ペイター︵小林﹀
50
流である︒十六世紀に建てられたフローリァンの生家は︑そこに住む人
たちから︑︑臣①◎ミぎ§ふ︒と呼ばれていたが︑それは単に︑歳月を経た
﹁古い家﹂であるばかりでなく︑先祖たちの住んだ﹁昔の家﹂でもあ
り︑﹁なつかしい家﹂でもあって︑物質的存在にとどまるものでは︑決
してなかったのである︒長じたフローリアンはこの家を次のように回想
する︒
冒︐亭算副干ω官串§茅①︷ぎ易①訂□uヨ◎昏巳8■冨オ暮︸
臣①げ等員◎く暮晶辻貝↓︸①①Q蟹︷§HΦ岩竃ω︷;◎︷↓ぎ8巳事罰争
︸乱8冒①ざ訂亭①冒 ◎︷オ民亭庁︷8戸亭8品︸亭⑦酎幸
事ま臣昌洋g亭①冒算①ま−oど8誌争◎鼻亭①冒彗⑦−①昌Φ巨ぎ○匡串彗ω軍員岸︸乱竃け§ξげ①8旨⑦曽o實二弐尋胃︷彗︷
◎■尋胃︷げ乱謁事・く彗↓串昌胴︸暮︷亭8謁︸墨亭◎亭胃︷巨◎旨①
庄粛ま8曽①試津員⑦::
すでに回想の申でしか見ることができない家だけに︑かえって︑彼
はそこに住みついた彼の魂の︑次第に生長してゆく遇程をいっそうは
っきりと︑今ふたたび目のあたりにすることができた︒子供の生活に
おいて占める物質的要素の役割は大きいものだが︑彼の魂は︑事実そ
の家の一部となっていた︒魂と家とは互いにいく重にも織り合わさ
れ︑一つの解きほぐしがたい織布とまでなっていた⁝:⁝・
﹁そこに住みついた魂﹂という表現にはプラトンのイディア説の影響
が見られ︑また︑﹁魂と家とは互いにいく重にも織り合わされ︑一つの
解きほぐしがたい織布とまでなっていた﹂という表現は明らかに︑ドイ ツの神秘思想家︑スウェiデンボルグ︵向昌彗冨−ω峯&①事◎お一崖ooooーミs︶に影響されている︒だが︑それをペイターの単なるレトリックと考えるのは間ちがいであろう︒ペイターは感覚の人で︑彼に対する感覚的事物の呪縛はイギリス文学にも他に例をみないほど強烈なものではあ
ったが︑それが物質的呪縛にとどまらなかったことは︑白然に霊を見た
ワーヅワース︵オ自ポ冒オo庄竃9員弓べ◎1Hoo8︶に寄せた彼の共感
から明らかである︒
家が精神的存在であることに︑ペイターはもう一つの理由をあたえて
いる︒それはローマ時代に盛んであった祖霊崇拝である︒たとえばコ早
楽主義者メアリアス﹂には別のような一節がある︒
弓訂膏冨◎丁訂宗乱ぎ庄①許旨ξ争岩﹄屋8才3け︸Φ庁ま①
8至8.↓︸︷夢o塞冨目・事げ①8冒①ω◎冒①ま謁氏i屋しαq◎3写
8旨寝ξ・︷氏旨巴︸§︷肩◎↓8享⑦管ま8彗S昌o①︷芋昌二訂
芭碧①◎︷亭⑦庁︷o旨彗争◎宗.−↓︸︷ざく3亭易①オぎ宇◎晶軍庄Φ冒苧①守誓箒冨g3げ員宗君才&良亭Φ8器﹃io員事暮5τ
︸s巳事彗宗︷謁亭8お︸亭Φぎ易9冒首品8昌o弐■ξぎ︸①
ω叶自篶竃◎︷亭①巳σq軍.
家の祭壇にまつられた死者たちの骨壷は︑それにふさわしい礼をつ
くされた︒彼等はまた︑今ではもう神聖なもの︑一団の友好的かつ保
護的な魂となっていて︑住まいのあたりに宿っていた︒彼等はお供物
を捧げる人たちを愛した︒しかしそれを怠ると︑夜の静けさの申で︑
悲しげに泣きながら家の中を歩きまわるのがきこえたものだ︒
もちろん十九世紀のイギリスに生れたペイターが︑二世紀のメアリア
スと同じ祖霊信仰をもっていたとは考えられない︒だが︑十六世紀末の
フランスを舞台とした小説﹁ガストン・ドニフトゥiル﹂︵Q§§昏
卜良§︶Ho◎o.oo︶において︑ふたたびペイターは祖霊のことを物語ってい
る︒さすがに︑十九世紀を背景とした﹁家うちの子﹂には︑直接祖霊の
存在はふれられてはいないが︑﹁ガストン﹂︑﹁メァリァス﹂における祖
霊への言及は︑ペイターが生れ家をいかに霊的存在としてとらえていた
かを示すものであろう︒
以上三つの作品がフィクションであって︑ペイターの言うところをど
こまで信用してよいか分らぬというのであれば︑次の﹁ロゼッティ論﹂
︵b§討Q亀亨邑肉Q奏ま一HOO.OOω︶には︑ペイタiの生まの告白が聞かれ
ると思うが︑どうであろう︒
掌⑦穿Φ旨謁−芭きΦ庄事︸事§①臣尉昌秦岸享・︸彗8昌
宗邑ξ二go彗o胃ξ︷竃民旨︷昌匡婁①5富・⑦・肩・潟身冨①︑ω
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冒壱邑二目亭①器99︷・署①員亭①量旨9竃︷オ9︷ω§き︸&
◎■亭Φま己◎婁一ま己◎婁◎o彗ξ8肩◎岩8誌庄①竃︷宗gg亭①署①⑦雲二苧①ぎ易①◎竃旨易↓ρま二g冨酎おo①事岩9ぎ事
冒昌︸◎閉岸ωρ邑9年8弐さ︸①q︸け陣■︷8−◎膏巴o■①q事︷臣富一 萄αQ・暑■旨オ8宇陣酎巳oT陣ぎ昌二◎8①︑ωぎ身::
偶然か宿命かによって人が住みつくようになり︑しかも︑ある程度 は自分に合わせて作り変えるものだとしても︑軽々しく変えてしまったら自分のものとは言えなくなる住まいには︑それ特有の連想があるものだ︒曇った鏡︑肖像画︑ランプ︑書物︑亡くなった人の遺髪︑秘密の引出しにあ名幻想的な魔法の水晶︑窓に刻まれた名前や単語︑時に悲しく︑時に晴れやかな景色の見える窓︒人は何時の日かそこを離れる宿命にあるが︑その時︑どれほど多くその静かな︑しかも生々とした光と色彩を持ち去って行くことか︒なぜなら︑その時︑家は肉体にとって一種の衣裳ともなっているのだから一一一・・
家と︑そこに生れ育った人間の魂とが︑このように密接な関係にある
ものとすれば︑生き別れにしろ︑死別にしろ︑その家と決別せねばなら
ぬ者の不幸ほど深いものはないだろう︒したがって︑何かの宿命で家を
離れざるをえなかった人たちが︑必ず︑そこに帰りたがるのは︑白然な
ことである︒たとえば︑ ﹁ガストン⑧ドニフトゥール﹂においては︑ど
のように遠隔の地に出かけても︑必ずその生れ家に立ちもどった︑ガス
トンの先祖たちのことが物語られている︒
ト巳霊︷o二ぎ器尋ぎ訂官■o亭①・彗冨−蕃筆一昌・︷庄⑦庁
ざ畠9串︷塞屋巨①8↓︸⑦8芦8邑謁訂・〆昌︷害事副雪胃
○チ§−員申◎旨8暮戸ぎ冒o−・奉賃申o冒出旨鼻S易巳9ざ庄①
ま竃①召gオ訂8亭⑦冒①旨g︸・︷苧⑦庁酎己・&竃ωH暑①−一茸
彗︷旨◎9①曽9 四目①旨◎ヨ叶昌2乱88−①旨巳︸ま庄曽
8竃〇一竃8◎︷庄①︷ま冒印〇一塁◎︷匡⑦二誌ω骨目岸︷s巨署彗亘ま
8算葦ω竃︷電庄潟9亭ρ叶8亭①婁①Hさω岸養ω︸庁①印器8巳
墨sΦ︷民g◎q一
郷愁の人・ペイター︵小林︶
郷愁の人・ペイター︵小林︶
52
そして︑この地方の申心である彼等の家の伝統を守りつたえた人た
ちは︑この地に対する忠実な心を失わず︑どのような障害があって
も︑あるいは宮廷づとめから︑あるいは僧院から︑あるいは遠い十字
軍の遠征から︑その血族の記憶の鮮明な現つの場所に帰ってきた︒な
ぜなら︑その記憶は︑生活の内密なことがら︑意味深い出来ごと︑そ
こに起る人との出遇いや別れ︑などの意識とたいそう厳粛に結びつい
ているので︑彼等にとっては第二の聖書ともいうべきものになってい
たからである︒ ︸暑賓Φざ訂巴︸暑まΦ一︸oミぎ8冒①︷竃曽︸σq8算彗︷串︷︷9曇 o ■◎↓︷◎R︸︷旨一 日曜日ごとにエメラルド一アッスワートは彼の先祖で軍人であった人の孤独な記録を読みふけり︑驚きの気持を抑えられなかった︒その先祖は自分の生れ家の︑自分のベッドで死ねなかったのだ︒可哀そうなことだ︒だが立派だ︒信じがたいほど偉大で︑真似のできないこと
だ︒とても僕にはできないことだ︒
フローリアンやメアリアスとちがって感傷に縁のない︑あのエメラル
ドでさえ︑寄宿舎学校に行くために家を離れることを︑あたり前のこと
とは考えなかったのである︒
句o・串目◎冒①貝︸Φ冒崇g竃串暮二・︷一〇・員二〇臣婁①岸亭◎8 ⑪8邑謁争ω彗8ω竃げ鼻⑦曽⑦忌o冨二算9童−ω崖罰ω罵Φざ冒::
ひととき彼は︑これから先︑家を留守にすることが︑そこでの生活
の申で︑例外的な時期にすぎないと思いこもうとっとめた︒
したがって彼は︑異郷の地に果てた先祖の一人に同情の念を禁ずるこ
とができない︒
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事実︑エメラルドにとってこの﹁立派な﹂祖先の真似はできないことであった︒前に紹介したとおり︑彼は敗残の身を故郷にさらす︒しかし彼は思いがけない幸福を味う︒結局︑エメラルドにとって真の幸福は︑世に出て名を成すことではなく︑生れ家にあるという︑まことに平凡なことであったわけだ︒ だが︑この極めて平凡なことを人間は何時までも保持することが出来ようか︒たしかに︑エメラルドは異郷の地に果てたメアリアスや彼の祖先の軍人より仕合せではあった︒だがそれは︑あくまでも相対的な仕合せにとどまるものではないだろうか︒何故なら︑彼もまた︑死という冷厳な事実によって︑否応なしに家と引きはなされざるをえなかったから︒もう一度︑メアリアスの臨終の思いにたち返ってみたい︒幻覚におそわれる夜々︑メァリァスは刈り入れたばかりの乾草の臭
いを感じてうれしくなった︒そして一瞬︑彼は自分が昔の家で横にな
っているのだと︑もうろうとした意識の底でおもった︒ ︵申略︶メア ︑ ︑ ︑ ︑ ︑リァスがそのとき心の奥で感じたものは︑まぎれもない生への執著で
あった︒ ︵傍点筆者︶
ここで︑われわれは﹁家﹂への郷愁がそのまま﹁生﹂への郷愁となっ
ていることに注目しなければならない︒死にあたって﹁家﹂を思慕する
とは︑ ﹁家﹂がこの地上の﹁生﹂そのものであることだろう︒したがっ
て︑離郷の苦しみは︑そのまま死への恐怖ともなる︒その間のペイター
の考え方は﹁家うちの子﹂に次のように述べられている︒
弓︸冨︷員︷暑目◎昏貝事︸算告まω副︷宗雪冒序①︷事麸曽
肩o畠胃ξ弩昌胴器富①◎︷ぎ旨① 8︷◎昌曇①ρ目g︷く①ま亭昌艮易 肩◎旨冨謁8易O暮O易8嘗胃︸−◎き◎︷亭①⑦胃芦
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申◎冒芦豊申◎冒8冒①ま轟弩彗σq9暮叶﹃一①戸旨氏彗曽︸.::
これまでフローリアンにとって︑これらすべてのものが決定したも
のは異様なまでも強い家の意識であった︒それは人間すべてにとって
非常に強い導因となるもので︑それにうながされて︑われわれは常に
地上の生を愛しむようになり︑また︑死の恐怖 不思議で︑未知
で︑敵意のあるものとして死を嬢悪する気持 の大半もそこからう
ながされるものである︒
また︑次の﹁ヴィンケルマン論﹂︵§ミ曾N§§ぎHoo雪︶.からの一節
では︑︑︑︸◎冒①−浄匡①易︑という言葉がそのまま︑地上の生への﹁郷愁﹂
郷愁の人⑤ペイター︵小林︶ の意味に用いられているといってもよいだろう︒
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死の思いが浮かぶと︑かならず郷愁がどっと湧きおこる︒出来るこ
となら︑この地上に永遠にとどまりたいと人は願う︒地上の世界が次
第に色彩を失い︑感覚がおとろえるにつれて︑彼はますます強く地上
に執著する︒
このような﹁家﹂ないし﹁地上﹂への執著は︑異教的なものであって
も︑決してキリスト教的なものではないだろう︒キリスト教においても
死の恐怖は説かれるが︑それはあくまでも﹁最後の審判﹂との関連にお
いてであり︑死の先の︑現世より仕合せな国へのパスポートを得るため
に説かれるのである︒地上への執著という形では説かれない︒だが︑ペ
ィターにとっては︑たとえ天国がどのように幸福な場所であろうと︑そ
のために地上の生の価値がうすれることはない︒このことは︑エメラル
ドの臨終の時の感情を描写した次の一節にはっきりと述べられている︒
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54
郷愁の人尋ペイター︵小林︶
◎︷芭8①亭⑦轟冒荷軍げ①し⇒彗︸君置曽①8ざ冒①o︷阻冒◎臣胃
オo・員︷g8争邑鼻①ぐ旨︒口官幸暮H印竃互①昇崖︷曽o戸竃亭①軍$亭◎市苧①序肇ま事◎﹃冨s冒Φ芋◎鼻ま員︸①oH■品巴−臣⑦
︷婁①二◎庄①げ⑦−◎く乱︷冒まま轟ωωけ自ま8鼻算ま亭民嘗.
彼はそれが生きていた頃可愛がってやった犬や馬と一緒の場所に︑
最後には埋めてもらえたらと思い︑ある日それとなく口に出した︒
︵申略︶高徳の牧師が思いやりぶかく彼を訪ねてきたが︑ていよく追
いかえされ︑帰り道︑このように信仰心のない者には︑来世において
住むべき場所はあたえられないだろうと考えた︒事実︑無限の世界の
風がエメラルドの身のまわりにただよい始めると︑彼はいっそう強
く︑その時まだ彼が身をおいている有限の世界の事物に執著したので
ある︒
ここでは決して信心と不信心の対立など述べられてはいない︒牧師を
追いかえしたからと言って︑エメラルドが反キリスト者であるというわ
けではない︒対立があるとすれば︑それは︑死を兄つめている者と見つ
めざる者とのそれである︒牧師は︑やがて自らの死を見つめざるを得な
くなった時はじめて︑エメラルドのこの時の心情を理解できるであろ
う︒そして︑臨終間ぎわの︑次のようなメァリァスの心を己れの心とす
るであろう︒
串①︸乱艮彗串$旨け−き事豊8巳①冒目&8氏9亭算亭① ぎξま亭ま量亭・品軍ωO︷9・岩9竃Φ賢ぎ︸ρ巳竃匡品一
書亭苧①Φ昌昌費◎旨︷民冒ぎ8冒巴①試事①H膏◎︷罵9︸乱
ざ彗臣−ohσq轟ま首宗︷oH民ω芭8①亭撃9巴才⑦ω邑ガ巨臣①厨■︷◎︷臣①−ま品. メアリアスは夢の中でしばしば死刑の宣告をうけ︑処刑の時がやってくると︑狂おしいほどの思いでのがれようとした︒そして目が覚めると︑生の完全な自由の申で︑体一杯に日の光をうけ︑生者の国にまだ生きながらえていることに感謝の気持で一杯になるのだった︒終生︑ギリシャ︑口ーマの古典研究に没頭したペィターではあるが︑
同時に︑キリスト教への接近をたえず続けた人でもあった︒彼の著作中
最も大部なものである﹁享楽主義者メアリアス﹂も︑異教徒メアリアス
のキリスト教に至る過程をたどった作品と見ることが出来よう︒しかも
その申心問題が︑キリスト教による人間の死の救済の間題であったこと
は︑キリスト教徒に見守られながら臨終をとげるメァリァスの︑希望と
迷いの申で閉じられていることからも明らかであろう︒
地上の生への執著と未世への期待は︑一見矛盾するかに見えるが︑同
時にこれほど人間らしい感情はほかにないだろう︒何故なら︑この二つ
の感情は﹁死﹂という一つの現実から引きおこされる感情であり︑ま
た︑死ほど人間にとって普遍的な事実はないからである︒
ペイターの文学は︑一八六八年に書かれ︑のちに︑﹁ルネッサンス研
究﹂の結語となったエッセイの申で︑ヴィクトル一ユーゴー︵<−9◎守
く胃げ曽轟9H0.8Io◎岬︶の一一一貫葉を借りて述べられた︑ ﹁人間はすべて
不定期の執行猶予期間をあたえられた死刑囚である︒われわれはわずか
ばかりの時間があたえられ︑それがつきると︑もうこの地上には存在し
ない︒﹂︵:.N$ぎ§§亀亀這ざ§︹§き§§跨ψ
辻$辻二事①訂き竃ぎΦ冥芦彗︷苧彗◎冒
鋤冒oH①.︶という哲学の上に成立した文学である︒
ペイターは﹁郷愁の人﹂であった︒生れ家への
かない生への ︒ §ミ︑
忌φo①︑また 亀§o昏㎏
庁目◎オω ︸§︑いいい
一﹈︐ω ■◎
︑この地上のは
︵昭和四十七年七月︶
︹注︺
ω 本稿は昭和四十六年十一月二十日︑慶応大学で催された﹁日本ペィター協会
第十回のつどい﹂で発表した﹁フローリァンとメァリァスとエメラルド﹂に筆
を加えたものである︒
ωペィターはオックスフォードのブレィ︑スノーズ画カレッヂ ︵︸蟹器自◎器
O◎■晶①︶の古典学の講座をうけもっていて︑﹁プラトンとプラトン哲学﹂は
同大学において講ぜられ︑好評をうけたものであるが︑学者として評価される
ことはない◎
㈹ その箇所を引用すると︑﹁このたまたまフローリアンを訪れた夢は︑彼がそ
の時いだいていたある企て 人がそれぞれその人白身となる精神形成過程に
おこる︑いくつかの出来事の記録 の発端に必要なものであった︒﹂ ︵>邑
︷け ︸︸oり①目①︷叶︸︸けけ︸︷ω四〇〇︷︷①目け◎︷︸︷ω︷﹃①︸Hp事ψω甘目ωけけ︸①け︸︷目胴目①⑦︷①︷
︷◎﹃ け︸① げ①σq︷目目︷目㈹ ◎︷ 〜 o⑦H叶四︷■ ︷①ω︸ひq■ ︸① け︸①■ ︸凹︷ ︷■ く︷①事︸ け︸①
目◎巨目㈹ ■印自一①﹈ーく1o︷ωo︼旨Φ 叶︸−■㈹ω ︷■けげ① ωけ◎﹃く o︷ ︸−ωωo−﹃岸 −■け︸〜け
り﹃OO①ωω◎︷ げ﹃凹︷■ーヴ■白1︷︷■σq一U︸ 奉︸︷O︸尋⑦︸﹃①− ①φO︸O箏①◎︷自ω名︸〜け事①
︸H①. 量向︹NNsミ〜◎ミ向黒ミ〜︷〜戸o.﹈.べ○o︶
ω 厳密に言えば︑ペイターはシャドウェル︵望邑事①HH︶に生まれ︑ エンフィ
ールドには五才から住んでいる︒しかし﹁家うちの子﹂の物語は︑物心つく頃
から十二才までの主人公を扱っており︑エンフィールドのペイターと一致す る︒5童§NN§§ε卑迂ぎ一り﹂8.6鼻§よ§導〜専ぎミ§.くoH.貝P曽①.7量§NN§§ε専辻雲一〇.胃N.8﹄§§NN§§§象ミ︷員o.黒◎.9峯き二ざ専︷§ミ§きドHら..§①① ︑︑◎崖.︑の次の定義参照︒ ︑︑qω&鶉竃震肩①色昌◎︷︷印冒H曇奉き雰ぎ け︸ΦO◎H﹈1◎ρ. ◎N〜 ︸ξ ○ぎ怠音NN◎§︑ ミN亀︑い⁝〜﹈1ω◎− 毫μけ︸ 箏φb︺1①ω ◎︷ O﹈〜O①ω 幸︸︷o︸◎箏①げ印ωHo目胴斤目◎事目.︑︑ ︵§〜事◎︑へ︑◎冬︑〜向§︷的N〜い−︶︷︑注◎ミsミ︶u §吻ド︑〜ミSミ〜ON竃㎏Nミ〜︷へ戸O.﹈ーべω.2 ﹁プラトンが讃えた︑あの色もなく︑形もなく︑触れることも出来ぬ存在 と︑いったい誰が色あり形ある薔薇の花弁をとり変えたいと思うか︒﹂︵︑︑オぎ 考◎■H︷O︸四目㈹①け︸① O◎H◎■﹃◎﹃ O■﹃<①◎︷與﹃◎ω⑦1H①φ︷ ︷◎﹃け︸四け..O◎H◎自HI ﹈1①m一μ︷◎﹃目H①ωω−■け印目胴−σH①−σ①一目胴 ︸H印↓◎O■けω◎︸︷①q︸刊︑ ︵㌧専ミ︑い亀旨◎ミ o.①o︒︶
3 ペイターは一八七四年︑一八八九年と二度にわたって﹁ワーヅワス論﹂を書
いている︒
辿 §︑〜ミ向Nぎへ尊〜hミ︑︑8ミ︑くoH. Hoり.H◎−HH.
15 害︑〜︑〜亀辻O§り.N﹈﹄.
16 Q亀いo§寺卜亀◎§︑O.紅.
17 峯︸︑へNNSミ〜ON竃黒ミ〜︷〜O.N◎ω.8−亀§NN§§ε黒ミ雲一暑﹄8−曽H.
9量§NN§§竃事辻〜$一PミO︒.
20 掌〜肉ミ亀︷い︸S§︑O.〜◎﹈1.
趾 量吻︹〜NN亀ミヘQNε事ミ〜︷へい︸o.〜トH.
鯛 −§︑汀嵩ぎ導︷§ミ︑〜亀§<O﹈.. HrOO.NMωINNト.
㎞榊 §〜完〜き亀シい亀§︑♪o.Nωo◎.
︵テキストはいずれも旨害冒膏彗社の■亭蟹ξ向庄戌昌による︒︶
郷愁の人色ペイター︵小林︶