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第十四章   一つの出会い

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Academic year: 2023

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(1)

妖伝説~白銀の狐と人間の恋物語~

ば、と瞳は腹を括った。「好きに決まってるでしょ、馬鹿!!!!!!!」

  鼓膜が破れないぐらい大きな声で、

耳元で返事をしてやったのだった。

この世は不思議に溢れている100年ほどしか生きられぬ人間と何百年と生きられる妖が心を通わすこともあるそれは噂となり、語り草となり、物語となり、伝説となっていくこの二人の話もまた、妖の中で伝説となっていくだろう

陰陽師のような少女と自由な妖狐の男が結ばれ、人間にも妖にも祝福される二人の物語・・・

妖伝説~白銀の狐と人間の恋物語~

(2)

妖伝説~白銀の狐と人間の恋物語~

女を、穢れ切った男が触れている。穢れを知らぬ少女を穢そうとしている。その光景に桐伙は怒る感情を抑えられなかった。「や、やだ、だれか・・・やだぁ・・・!!」「いい子だからさぁ、大人しくしてねぇ・・・ひっ!?あがっ!?」「っ・・・?・・・えっ?」

  少女は叫び声と男の指が離れていったことに驚いて、固く瞑っていた

目を開け、そろりと見上げた。そこにあったのは、桐伙に頭を鷲掴みにされ、宙にぶら下がっている男だった。「ひぎぁあっ!!痛い!!やめ、頭が割れ!!」「いっそのこと割れろと言いたいが、この子の前で血を見せたくない。そこで大人しく、していろ!」「ぐはぁ!!」

  ぶんっと桐

伙が男を投げ、男が壁を突き破る。そのまま動かないのは気を失ったからだろう。桐伙はあとで手でも洗おうと考えつつ、少女に向き直る。少女は瞬きもせずに桐伙を見上げていた。桐伙は恐怖で怯えているだろう少女を落ち着けようと思い、傍らに膝をつき、懐に入れていた葉を口に当てる。

・・・~♪~~♪♪~・・・

な出来事だったからな。」 「安心して気を失ってしまったか・・・無理もない。こんな幼子には酷 る。 体が後ろに傾いていくのを桐伙が男に触らなかった方の腕で抱きとめ   草笛の音色に少女がポカンとする。そして、安心からか意識を失い、   片手で少女を抱き上げ、桐

伙は小屋を出る。少女を入口すぐにある草の上に寝かせ、桐伙は重ね着していた衣を一枚脱ぎ、少女が寒くならないようにとかけてやる。「おい、こっちで大きな音が・・・」「このあたりにそういえば小屋が・・・」「!・・・この子を探しに来た人間達か。見える者はいないと思うが・・・」 念のためにと桐伙は近くの木の上に跳び、様子を窺う。現れたのは警官と少女と共に公園に居た少年、それから少女の両親と思われる男女だ。「あ、ひとみ!おばさん、おじさん!」「瞳!瞳、しっかりして!」警官が止めるのも聞かず、母親らしい女性が少女に駆け寄る。父親と思しき男性も追いかけ、少年もそれに続く。「お嬢さん、怪我などは?」「ないみたいです!あぁ、よかった・・・本当によかった。娘にもしものことがあったら・・・!」母親が未だに気を失う娘を抱きしめ、無事であった喜びの涙を流す。その肩をそっと抱く異国人の父親も安堵の笑みを浮かべている。本当に愛されているのだと周りにも伝わる。それは当然、陰で見ていた桐伙にも。(瞳、というのか・・・一人娘なんだろうか、本当に愛されている子だ・・・)「・・・おい、こっちから桐伙様の気配が・・・」「早く他の者を集めて・・・」(!・・・追っ手が来たか、あの子を巻き込む訳にはいかない・・・だが、いずれ・・・いずれ、会うことができれば・・・)

  追っ手の妖狐の気配を感じた桐

伙は、少女達を悟らせないために別方向へと木を跳んでいく。一瞬、横目に少女の姿を収めてから、前を向き、呟く。「穏やかな時間をくれた、その恩を返したいものだ・・・」

第十五章   君と共に歩む伝説へ

  全てを聞いて、瞳はわかったことが何個かあった。

「じゃあ、探していたのは私で・・・あの青い衣は貴方のだったのね。そういえば左腕のところが少しだけ切れていたわ。」「あぁ。そういえば見回りのときに着ていたな。役立っていたようで何よりだ。」「花菜のときに助けてくれたのは、その恩?だったの?」

「それもあるな。」「他にもあるの?」

  探していたのは、娘が不幸な目にあった忌まわしき地を離れようと両

親が提案したがための引っ越しがあり、行方がわからなくなった瞳。手助けしようと思ったのは恩があったから。しかし、桐伙はそれ以外もあると言い、瞳は首を傾げる。「あぁ・・・まぁ、そうだな・・・さて、どう言ったものか・・・」「何?そこはハッキリ言ってよ。」「・・・まさかこんな美人に育ってるとは思わなかったんだ。」「・・・・・・はっ?」

  どういう意味だと言わん

ばかりに瞳が聞き返す。桐伙は座っている瞳の前に立ち、指でクイッと顎をすくい、顔を近づける。「あれほどに幼気な少女が俺の心を射止めるほどの美人に育っているとは思わなくてな。言ってしまえば、下心があった、だな。」「心を射止めたって・・・えっ、ちょっと、それって・・・」「返事は明日にでも聞こう。じゃあな。」「えっ、明日って日曜日・・・って、だからちょっと!」

  意味を確認する前に桐

伙は瞳から離れ、一跳びで木に登り、そのまま去ってしまった。瞳は色々と頭を悩ませてしまう。(心射止めたって・・・つまり、そういうことよね?えっ、でも明日って日曜日で見回りする日じゃないし・・・あ、明日ってそういえば・・・)

  次の日、日曜日であるため本来なら

ば一般高校は休みだ。しかし、瞳たちの通う学校は本日が創立50周年の日であり、卒業生や初代理事長の講演会があるのだ。在学生はもちろん全員出席が義務付けられていた。「だっるー・・・・日曜日なのに学校とか・・・・」「その代わりに明日はお休みだし・・・仕方ないんじゃないかな?」「そうだけどさー・・・てか、瞳、大丈夫か?さっきから欠伸して。クマも若干できてんぞ?」

  一樹がだるそうにしつつ、隣で欠伸をして目を擦っている瞳を心配そ

うに見る。花菜も一樹の隣からひょっこりと覗き込む。「いや・・・昨日ちょっと考え事してて・・・」「考え事?もしかして恐怖症克服の事か?」「いや、それじゃなくて・・・えっと・・・」「おはよう、夕立さん、小田君、桜井さん。」

  まさか妖怪に告白らしきものをされたとは言えずにどう説明しようか

と思ったときに後ろから優が現れる。瞳は話が逸れてホッとする。「おはよう、山中君。」「少し聞こえていたけど、考え事してたんだって?もしかして昨日の返事かな?」「えっ・・・?」「昨日の返事?」「なんの話??」

  昨日の事、と言われて瞳は目に見えて動揺した。優は微笑み、瞳の耳

元でポツリと呟く。「・・・本当に今まで気づいてなかったんだな。そういうところも愛おしいものだ。」「!?!?!?!?!?!?!?!?」

  優のものとは思えない、だが、聞き覚えのある口調の呟きを聞いて瞳

は困惑やら羞恥心やらで顔を紅くした。一樹と花菜が驚くほどに。「あ、あなた・・・まさか・・・!」「それで答えは出たのかな?」「おいおい、だから何の話だ?」「もしかして瞳ちゃん・・・山中君に告白されたの!?」

  花菜がそれなりに大きな声で言ってしまい、周りにいた生徒がざわつ

く。瞳は逃げ出したくなるが、優・・・もとい桐伙が逃がさないと言わんばかりに腕をしっかりと掴んでいた。「こ、ここじゃなくても・・・」「すぐに聞きたいなーと思って。それに講演会が終わったらすぐに逃げそうだし。」

  行動は完全に読まれている。逃げ出すことは不可能に近い。それなら

(3)

妖伝説~白銀の狐と人間の恋物語~

女を、穢れ切った男が触れている。穢れを知らぬ少女を穢そうとしている。その光景に桐伙は怒る感情を抑えられなかった。「や、やだ、だれか・・・やだぁ・・・!!」「いい子だからさぁ、大人しくしてねぇ・・・ひっ!?あがっ!?」「っ・・・?・・・えっ?」

  少女は叫び声と男の指が離れていったことに驚いて、固く瞑っていた

目を開け、そろりと見上げた。そこにあったのは、桐伙に頭を鷲掴みにされ、宙にぶら下がっている男だった。「ひぎぁあっ!!痛い!!やめ、頭が割れ!!」「いっそのこと割れろと言いたいが、この子の前で血を見せたくない。そこで大人しく、していろ!」「ぐはぁ!!」

  ぶんっと桐

伙が男を投げ、男が壁を突き破る。そのまま動かないのは気を失ったからだろう。桐伙はあとで手でも洗おうと考えつつ、少女に向き直る。少女は瞬きもせずに桐伙を見上げていた。桐伙は恐怖で怯えているだろう少女を落ち着けようと思い、傍らに膝をつき、懐に入れていた葉を口に当てる。

・・・~♪~~♪♪~・・・

な出来事だったからな。」 「安心して気を失ってしまったか・・・無理もない。こんな幼子には酷 る。 体が後ろに傾いていくのを桐伙が男に触らなかった方の腕で抱きとめ   草笛の音色に少女がポカンとする。そして、安心からか意識を失い、

  片手で少女を抱き上げ、桐

伙は小屋を出る。少女を入口すぐにある草の上に寝かせ、桐伙は重ね着していた衣を一枚脱ぎ、少女が寒くならないようにとかけてやる。「おい、こっちで大きな音が・・・」「このあたりにそういえば小屋が・・・」「!・・・この子を探しに来た人間達か。見える者はいないと思うが・・・」 念のためにと桐伙は近くの木の上に跳び、様子を窺う。現れたのは警官と少女と共に公園に居た少年、それから少女の両親と思われる男女だ。「あ、ひとみ!おばさん、おじさん!」「瞳!瞳、しっかりして!」警官が止めるのも聞かず、母親らしい女性が少女に駆け寄る。父親と思しき男性も追いかけ、少年もそれに続く。「お嬢さん、怪我などは?」「ないみたいです!あぁ、よかった・・・本当によかった。娘にもしものことがあったら・・・!」母親が未だに気を失う娘を抱きしめ、無事であった喜びの涙を流す。その肩をそっと抱く異国人の父親も安堵の笑みを浮かべている。本当に愛されているのだと周りにも伝わる。それは当然、陰で見ていた桐伙にも。(瞳、というのか・・・一人娘なんだろうか、本当に愛されている子だ・・・)「・・・おい、こっちから桐伙様の気配が・・・」「早く他の者を集めて・・・」(!・・・追っ手が来たか、あの子を巻き込む訳にはいかない・・・だが、いずれ・・・いずれ、会うことができれば・・・)

  追っ手の妖狐の気配を感じた桐

伙は、少女達を悟らせないために別方向へと木を跳んでいく。一瞬、横目に少女の姿を収めてから、前を向き、呟く。「穏やかな時間をくれた、その恩を返したいものだ・・・」

第十五章   君と共に歩む伝説へ

  全てを聞いて、瞳はわかったことが何個かあった。

「じゃあ、探していたのは私で・・・あの青い衣は貴方のだったのね。そういえば左腕のところが少しだけ切れていたわ。」「あぁ。そういえば見回りのときに着ていたな。役立っていたようで何よりだ。」「花菜のときに助けてくれたのは、その恩?だったの?」

「それもあるな。」「他にもあるの?」

  探していたのは、娘が不幸な目にあった忌まわしき地を離れようと両

親が提案したがための引っ越しがあり、行方がわからなくなった瞳。手助けしようと思ったのは恩があったから。しかし、桐伙はそれ以外もあると言い、瞳は首を傾げる。「あぁ・・・まぁ、そうだな・・・さて、どう言ったものか・・・」「何?そこはハッキリ言ってよ。」「・・・まさかこんな美人に育ってるとは思わなかったんだ。」「・・・・・・はっ?」

  どういう意味だと言わん

ばかりに瞳が聞き返す。桐伙は座っている瞳の前に立ち、指でクイッと顎をすくい、顔を近づける。「あれほどに幼気な少女が俺の心を射止めるほどの美人に育っているとは思わなくてな。言ってしまえば、下心があった、だな。」「心を射止めたって・・・えっ、ちょっと、それって・・・」「返事は明日にでも聞こう。じゃあな。」「えっ、明日って日曜日・・・って、だからちょっと!」

  意味を確認する前に桐

伙は瞳から離れ、一跳びで木に登り、そのまま去ってしまった。瞳は色々と頭を悩ませてしまう。(心射止めたって・・・つまり、そういうことよね?えっ、でも明日って日曜日で見回りする日じゃないし・・・あ、明日ってそういえば・・・)

  次の日、日曜日であるため本来なら

ば一般高校は休みだ。しかし、瞳たちの通う学校は本日が創立50周年の日であり、卒業生や初代理事長の講演会があるのだ。在学生はもちろん全員出席が義務付けられていた。「だっるー・・・・日曜日なのに学校とか・・・・」「その代わりに明日はお休みだし・・・仕方ないんじゃないかな?」「そうだけどさー・・・てか、瞳、大丈夫か?さっきから欠伸して。クマも若干できてんぞ?」

  一樹がだるそうにしつつ、隣で欠伸をして目を擦っている瞳を心配そ

うに見る。花菜も一樹の隣からひょっこりと覗き込む。「いや・・・昨日ちょっと考え事してて・・・」「考え事?もしかして恐怖症克服の事か?」「いや、それじゃなくて・・・えっと・・・」「おはよう、夕立さん、小田君、桜井さん。」

  まさか妖怪に告白らしきものをされたとは言えずにどう説明しようか

と思ったときに後ろから優が現れる。瞳は話が逸れてホッとする。「おはよう、山中君。」「少し聞こえていたけど、考え事してたんだって?もしかして昨日の返事かな?」「えっ・・・?」「昨日の返事?」「なんの話??」

  昨日の事、と言われて瞳は目に見えて動揺した。優は微笑み、瞳の耳

元でポツリと呟く。「・・・本当に今まで気づいてなかったんだな。そういうところも愛おしいものだ。」「!?!?!?!?!?!?!?!?」

  優のものとは思えない、だが、聞き覚えのある口調の呟きを聞いて瞳

は困惑やら羞恥心やらで顔を紅くした。一樹と花菜が驚くほどに。「あ、あなた・・・まさか・・・!」「それで答えは出たのかな?」「おいおい、だから何の話だ?」「もしかして瞳ちゃん・・・山中君に告白されたの!?」

  花菜がそれなりに大きな声で言ってしまい、周りにいた生徒がざわつ

く。瞳は逃げ出したくなるが、優・・・もとい桐伙が逃がさないと言わんばかりに腕をしっかりと掴んでいた。「こ、ここじゃなくても・・・」「すぐに聞きたいなーと思って。それに講演会が終わったらすぐに逃げそうだし。」

  行動は完全に読まれている。逃げ出すことは不可能に近い。それなら

妖伝説~白銀の狐と人間の恋物語~

(4)

妖伝説~白銀の狐と人間の恋物語~

「・・・桐伙・・・」「なんだ。」「!?!?!?!?!?!?!?」

「うん・・・ごめんなさい。」 「・・・気づいてなかったのか。」 まったく気づかなかったのである。   瞳は文字通り飛び上がった。考え事をし過ぎて目の前にいた桐伙に

「あぁ、ただいま。」 「えっと、お帰りなさい・・・」 たと思って返事をしたそうだ。瞳としてはただの呟きだ。   桐伙としては気づいていると思っていたらしく、名前を聞いて呼ばれ   一応、挨拶はしておくべきかと思い、瞳が言うと、桐

伙も律儀に返してくる。たったそれだけのことなのに、瞳の心は不謹慎ながらも嬉しさで弾んでいる。「とりあえず、一族の方で話はしてきた。長の計らいで、次期長は外してもらえた。」「そうなの?」

  こんな優秀で強い桐

伙を手放したことに瞳は驚きを隠せなかった。桐伙も同意するように頷きながら話を続ける。「次期長はしばらく考えるそうだ。また、長には真実を告げ、俺や兄上がいなくとも楓が一族に身を置けるようになった。そもそも、楓には何も罪は無いからな。」「楓は何も知らなかったものね・・・楓、今はどうしているの?」「母上の弟・・・叔父上の元にいる。歳の変わらない従姉妹もいるから大丈夫だろう。」

  それを聞いて安心してから、瞳は前々から疑問に思っていたことを口

にした。「桐伙はどうしてここにいるの?探している人がいるのは知っているけど、探しに行かなくていいの?」

  これには桐

伙も予想外だったらしく、目を見開くほどに驚いた。そして、しばらく考える素振りをしてから口を開いた。 「・・・お前、鈍いな。」「何でそうなるのよ。」「鈍い奴に鈍いと言って何が悪い。俺にしては分りやすくしていたつもりだが?」「・・・わからないわ。」「やはり鈍い。」

  再び鈍感と言われて瞳も少し頭にきたが、怒りに任せて喚いたりはし

ない。鈍いと言われるからには、それ相応の理由があると理解しているからだ。「俺はそもそも、『探している』とは言ってない。」「えっ?」「正確には『探していた』だ。」

  探していた。つまりは過去形。すでに見つけたのだとすぐに理解でき

る。ならば、何故、自分の傍にいて助けてくれているのか瞳はわからずにいた。「・・・まだわからないという顔をしているな。」「うん・・・」

た。」 「あれは俺が森を出てすぐの頃・・・追っ手から逃げている最中のことだっ 語り始めた。   瞳の頷きに桐伙は仕方ないなとため息をつき、真っ直ぐに瞳を見て、

第十四章   一つの出会い

「くっそ・・・」

  左腕から血が滴るのを見ながら、桐

伙は顔を苦痛で歪める。まだ微かに追っ手の気配を感じ、大人しく木陰に身を潜めていた。(人間の住むところには初めてきたが・・・ここは、何だろうか・・・幼子が遊ぶところか・・・?)公園というものを見たことのない桐伙には未知なるところであった。し

かし、自分の存在が知られることはないだろうと思い、目を閉じて少し休もうと思っていたところだった。「だぁれ?」

  閉じかけていた視界に少女が現れ、桐

伙は驚いた。まさか自分が見える人間が居ると思っていなかったところに問いかけられ、困惑する。ふと、少女の目線が自分の顔から左腕に移る。「み・・・」「?」「みず!おみず!」

  そう叫ぶように言った少女は、慌てて来た道を引き返していった。怖

くなった、とは少し違う感じだったために、桐伙はある意味で安心したが、同時に、自分の場所を悟られるのではないかと冷や冷やした。(追っ手が気づいた気配はないな・・・しかし、驚いた・・・昔ならばともかく、今世に俺達を見ることのできる人間がいたとは・・・いや、幼子は人ならざる者に機敏であると言うし、そのせいだろうか・・・)「きつねさん、だいじょーぶ?」

  考え込んでいる内に少女が掌に水を少し貯めて傍らに立っていた。途

中で零したらしく、服や水道までの道のりに水玉模様ができあがっていた。どうやら、左腕の血を流すために持ってきてくれたのだろう。「・・・あぁ、大丈夫だ。わざわざ水を持ってきてくれたのか?」「けがをしたら

みずであらいましょうって

しずかさんがいってた。

」「そうか。ありがとう。」

  何気なしに礼を言え

ば、少女は陽だまりのように眩しい笑顔で水を差し出してくる。その水を右手に落としてもらい、左腕の傷口を洗う。もちろん、小さい手にあった少量の水なので全ての血を流せる訳ではないので、いくらかマシかなと思える程度だ。「ここで、遊んでいたのか?」「うん。きつねさんは?」「俺は・・・追いかけっこをしているんだ。見つからないように隠れていたら、枝で怪我をしてしまったらしい。」追いかけっこと言うには、少女の思っているような楽しいものではない。 だが、こんな穢れを知らぬ少女に血生臭い話はできないので、桐伙はもっともらしい話をでっちあげたのだ。そして思惑通り、少女はそれを信じた。「じゃあ、おにさん

みたいな

ひと みかけたらいうね!また、

おみず

もっ

てくる!」「あぁ。ありがとう、優しいな。」

  少女は再び水を汲むために、今度は遊びに使っていたのか飲料のため

に持ってきていたのか定かではないペットボトルを滑り台まで取りに行ってから水道まで行った。水を汲んでいる姿を一瞬、視界に収めてから桐伙はふと息をついて目を閉じる。(こんな穏やかな時間は久しぶりだ・・・)

「きゃあぁ!!!」 (あの幼子のおかげか・・・何かしら礼ができればいいんだが・・・) が、幸い、遠くに行ったようで気配を感じない。 今も追っ手に見つかるかもしれないという緊迫した事態ではあるのだ い次期長に選ばれてしまい、桐伙は心が落ち着ける状況ではなかった。 兄と母の間に産まれた罪なき弟は甥でもあることに悩み、なりたくもな   父を兄に殺され、母は父の後を追うように自殺し、兄は罪妖となり、

  穏やかな時間を引き裂く、自分を助けてくれた少女の悲鳴。桐

伙はすぐに目を開け、少女がいるはずの水道に目を向けた。そこには少女ではなく、同じ年くらいの少年が居て、何処かに向かって走り出そうとしていた。その方角に目を向ければ少女を車の後ろ席に放り込み、運転席に乗り込もうとしている中年の男がいた。(人攫いか・・・!)

  そう確信した桐

伙は瞬時に立ち上がり、屋根に飛び上がって車を追う。流石に車には追い付けないが、郊外に出るという予測を立て、さらには植物に聞きながら桐伙は誰よりも早く少女が監禁されている小屋が街はずれにある森に入ってすぐにあることをつきとめたのだ。(ここか・・・あの子は無事だろうか・・・)

  小屋を見つけ、桐

伙はそっと中を窺う。そこには今まさに恐怖で涙を流している少女を襲わんとする男の姿があった。あの優しく愛らしい少

(5)

妖伝説~白銀の狐と人間の恋物語~

「・・・桐伙・・・」「なんだ。」「!?!?!?!?!?!?!?」

「うん・・・ごめんなさい。」 「・・・気づいてなかったのか。」 まったく気づかなかったのである。   瞳は文字通り飛び上がった。考え事をし過ぎて目の前にいた桐伙に

「あぁ、ただいま。」 「えっと、お帰りなさい・・・」 たと思って返事をしたそうだ。瞳としてはただの呟きだ。   桐伙としては気づいていると思っていたらしく、名前を聞いて呼ばれ   一応、挨拶はしておくべきかと思い、瞳が言うと、桐

伙も律儀に返してくる。たったそれだけのことなのに、瞳の心は不謹慎ながらも嬉しさで弾んでいる。「とりあえず、一族の方で話はしてきた。長の計らいで、次期長は外してもらえた。」「そうなの?」

  こんな優秀で強い桐

伙を手放したことに瞳は驚きを隠せなかった。桐伙も同意するように頷きながら話を続ける。「次期長はしばらく考えるそうだ。また、長には真実を告げ、俺や兄上がいなくとも楓が一族に身を置けるようになった。そもそも、楓には何も罪は無いからな。」「楓は何も知らなかったものね・・・楓、今はどうしているの?」「母上の弟・・・叔父上の元にいる。歳の変わらない従姉妹もいるから大丈夫だろう。」

  それを聞いて安心してから、瞳は前々から疑問に思っていたことを口

にした。「桐伙はどうしてここにいるの?探している人がいるのは知っているけど、探しに行かなくていいの?」

  これには桐

伙も予想外だったらしく、目を見開くほどに驚いた。そして、しばらく考える素振りをしてから口を開いた。 「・・・お前、鈍いな。」「何でそうなるのよ。」「鈍い奴に鈍いと言って何が悪い。俺にしては分りやすくしていたつもりだが?」「・・・わからないわ。」「やはり鈍い。」

  再び鈍感と言われて瞳も少し頭にきたが、怒りに任せて喚いたりはし

ない。鈍いと言われるからには、それ相応の理由があると理解しているからだ。「俺はそもそも、『探している』とは言ってない。」「えっ?」「正確には『探していた』だ。」

  探していた。つまりは過去形。すでに見つけたのだとすぐに理解でき

る。ならば、何故、自分の傍にいて助けてくれているのか瞳はわからずにいた。「・・・まだわからないという顔をしているな。」「うん・・・」

た。」 「あれは俺が森を出てすぐの頃・・・追っ手から逃げている最中のことだっ 語り始めた。   瞳の頷きに桐伙は仕方ないなとため息をつき、真っ直ぐに瞳を見て、

第十四章   一つの出会い

「くっそ・・・」

  左腕から血が滴るのを見ながら、桐

伙は顔を苦痛で歪める。まだ微かに追っ手の気配を感じ、大人しく木陰に身を潜めていた。(人間の住むところには初めてきたが・・・ここは、何だろうか・・・幼子が遊ぶところか・・・?)公園というものを見たことのない桐伙には未知なるところであった。し

かし、自分の存在が知られることはないだろうと思い、目を閉じて少し休もうと思っていたところだった。「だぁれ?」

  閉じかけていた視界に少女が現れ、桐

伙は驚いた。まさか自分が見える人間が居ると思っていなかったところに問いかけられ、困惑する。ふと、少女の目線が自分の顔から左腕に移る。「み・・・」「?」「みず!おみず!」

  そう叫ぶように言った少女は、慌てて来た道を引き返していった。怖

くなった、とは少し違う感じだったために、桐伙はある意味で安心したが、同時に、自分の場所を悟られるのではないかと冷や冷やした。(追っ手が気づいた気配はないな・・・しかし、驚いた・・・昔ならばともかく、今世に俺達を見ることのできる人間がいたとは・・・いや、幼子は人ならざる者に機敏であると言うし、そのせいだろうか・・・)「きつねさん、だいじょーぶ?」

  考え込んでいる内に少女が掌に水を少し貯めて傍らに立っていた。途

中で零したらしく、服や水道までの道のりに水玉模様ができあがっていた。どうやら、左腕の血を流すために持ってきてくれたのだろう。「・・・あぁ、大丈夫だ。わざわざ水を持ってきてくれたのか?」「けがをしたら

みずであらいましょうって

しずかさんがいってた。

」「そうか。ありがとう。」

  何気なしに礼を言え

ば、少女は陽だまりのように眩しい笑顔で水を差し出してくる。その水を右手に落としてもらい、左腕の傷口を洗う。もちろん、小さい手にあった少量の水なので全ての血を流せる訳ではないので、いくらかマシかなと思える程度だ。「ここで、遊んでいたのか?」「うん。きつねさんは?」「俺は・・・追いかけっこをしているんだ。見つからないように隠れていたら、枝で怪我をしてしまったらしい。」追いかけっこと言うには、少女の思っているような楽しいものではない。 だが、こんな穢れを知らぬ少女に血生臭い話はできないので、桐伙はもっともらしい話をでっちあげたのだ。そして思惑通り、少女はそれを信じた。「じゃあ、おにさん

みたいな

ひと みかけたらいうね!また、

おみず

もっ

てくる!」「あぁ。ありがとう、優しいな。」

  少女は再び水を汲むために、今度は遊びに使っていたのか飲料のため

に持ってきていたのか定かではないペットボトルを滑り台まで取りに行ってから水道まで行った。水を汲んでいる姿を一瞬、視界に収めてから桐伙はふと息をついて目を閉じる。(こんな穏やかな時間は久しぶりだ・・・)

「きゃあぁ!!!」 (あの幼子のおかげか・・・何かしら礼ができればいいんだが・・・) が、幸い、遠くに行ったようで気配を感じない。 今も追っ手に見つかるかもしれないという緊迫した事態ではあるのだ い次期長に選ばれてしまい、桐伙は心が落ち着ける状況ではなかった。 兄と母の間に産まれた罪なき弟は甥でもあることに悩み、なりたくもな   父を兄に殺され、母は父の後を追うように自殺し、兄は罪妖となり、

  穏やかな時間を引き裂く、自分を助けてくれた少女の悲鳴。桐

伙はすぐに目を開け、少女がいるはずの水道に目を向けた。そこには少女ではなく、同じ年くらいの少年が居て、何処かに向かって走り出そうとしていた。その方角に目を向ければ少女を車の後ろ席に放り込み、運転席に乗り込もうとしている中年の男がいた。(人攫いか・・・!)

  そう確信した桐

伙は瞬時に立ち上がり、屋根に飛び上がって車を追う。流石に車には追い付けないが、郊外に出るという予測を立て、さらには植物に聞きながら桐伙は誰よりも早く少女が監禁されている小屋が街はずれにある森に入ってすぐにあることをつきとめたのだ。(ここか・・・あの子は無事だろうか・・・)

  小屋を見つけ、桐

伙はそっと中を窺う。そこには今まさに恐怖で涙を流している少女を襲わんとする男の姿があった。あの優しく愛らしい少

妖伝説~白銀の狐と人間の恋物語~

(6)

妖伝説~白銀の狐と人間の恋物語~

は呆然と二人を見ていた。「願いを・・・叶えてくだ・・・さいませ・・・」「叶えてやる!だから、しっかりしろ!!」「で・・・は・・・」

ドスッ「かはっ・・・ゆ・・・り・・・?」「これで・・・叶います・・・梅雨華・・・さ・・・・・・」

  木犀にも見えていた。百合がいつも護身用に持っていた短刀で梅雨華

が刺された瞬間が。そのあとに百合が息を引き取ったことも、梅雨華が短刀を抜いたあとに百合の傍で倒れこんで死ぬところも。(母上・・・百合の願いは二人で死ぬことだと言うのか・・・!?)

  愛する者を殺したこと。その愛する者は夫と死の世界に逝こうとして

いる。その事実が木犀の脳裏を走っていく。(この俺を置いて逝こうというのか・・・!!)

  木犀はそうはさせるものかと考え、百合を斬りつけた刀を自分の心臓

に突き刺そうとした。だが、あるところから飛んできた木の葉が木犀の手を掠めた。「っ・・・」

  木の葉を掠めたときに傷を負った木犀は刀を落としてしまう。

そして、

  木の葉が飛んできたほうを見ると、長が立っていた。

「・・・伯父上・・・」「これは何としたことだ・・・何があったのだ、木犀!!」

  木犀は真実を話そうと思ったが、ふと思いとどまった。もし、ここで

真実を話せば木犀は百合を殺した罪、百合は夫の梅雨華を殺した罪に問われるだろう。(罪を背負うのは・・・俺だけでいい・・・)

  幸い、百合が梅雨華を刺した短刀は抜けている。なら

ば、それは夫を亡くした悲しみで百合が自殺するために使ったことにすればいい。梅雨華の掌にできた傷は本来、百合が刺した短刀を抜くためにできたものだ が、木犀が刺したときに掴んだことにすればいい。二人とも刺し傷だ。何も問題はない。「・・・申し上げます。私は父である梅雨華を殺しました。」「なんだと・・・!?」「母上である百合を愛して、迫りました。楓は私の子供です。母上もそれは知っていたようです。父上が憎くなり、手合せの隙をついて殺しました。」

  木犀の嘘を信じきった長は愕然とした。木犀は嘘が

ばれていないようで安心していた。「なんとしたことか・・・梅雨華ほどの者が息子とはいえ、隙をつかれようとは・・・」

  長は家族を愛していた。妻や娘はもちろん、弟も、その家族も愛おし

んでいた。失うことを恐れていた。しかし、期待していた甥に弟を殺された。その事実は長の長候補を変えるのに充分すぎる出来事だった。「木犀、貴様は次期長から外れてもらう。だが、お前は楓の父親。楓が立派になるまで育てる義務がある。桐伙にもこの出来事はありのままに伝え、桐伙を次期長とする。」「・・・はい。」

  木犀はうなだれて、その言葉に従った。   その出来事を知った桐

伙は木犀を「兄上」ではなく「木犀」と名前で呼ぶようになった。憧れと尊敬の対象であった木犀を「兄」ではなく「罪妖」として扱った。楓は成長し、木犀を「親父」、桐伙は名前で呼んでいるが「兄」として扱った。

  ついに耐えられなくなった桐

伙は森を出た。そして、長は木犀と楓に桐伙を連れ戻すように命じた。そして同時に、木犀は命令を果たせたならば再び一族に迎えられる約束になっていた。

  これが真実であった。

第十三章   終わりは始まり

「・・・これが、真実だ。」

  語り終わった木犀の前には俯いている桐

伙、茫然としている楓。そして、自分たちが始末しようとした瞳が立っている。「そうですか・・・母上が父上を・・・」「何故そうしたのか俺にはわからん。ただ憶測しかできないが・・・きっと、父と共に逝きたかったのだと思う。殺された者達が逝く場所と自らを殺した者が逝く場所はきっと違うのだろう。百合は俺に殺され、父上は百合に殺された。二人とも殺された者だ・・・俺が・・・場所だ・・・」「親父!?」

「えっ・・・」 「・・・すまなかったな・・・」 いた。同時に油断していたため、その場から動けなかった。 木犀は楓の傍にいた瞳の元に跳んだ。近くにいた楓もそうだが、瞳も驚   何か呟いたあと、油断している桐伙が操っていた植物を振りほどき、

  瞳の耳元で謝罪した声が聞こえた。同時に少し暖かい何かが瞳の顔を

濡らした。地面が紅く染まっていく。木犀から音もなく沢山の茎が伸びている。「兄上っ!?」「親父!!」

  木犀は呟いていた。自分が逝けない場所だと。自殺する木犀は梅雨華

と百合が逝ってしまった場所には逝けないのだと。

  そして、瞳に謝った。妖狐の争いに巻き込んでしまったこと。桐

伙を森に戻すために傷つけてしまったことを。「兄上!!」「親父!親父!!」「お前が・・・立派になった・・・ら・・・こうする・・・・・・つもり・・・ごほっ、だった・・・楓・・・お前の・・・父親にな・・・れて・・・よかっ・・・」「・・・親父?なぁ、親父!!」

  木犀は最期に微笑して、目を閉じた。沢山の百合の花をその身に咲か

せて。  桐

伙はただ、兄上と呼んでいた。楓は目に沢山の涙を溜めて、親父と叫びながら木犀を揺らしていた。瞳は茫然とそのやりとりを見ていた。(百合の花・・・)

  どういう原理で木犀が死んだか、瞳にはわからない。ただ、一つだけ

的中しているであろう憶測があった。(誰かに殺されたかったのだろうか・・・彼は、百合さんと同じ場所に逝きたかったのだろうか・・・でも、誰も殺してくれないから、百合の花でその身を包んで逝ってしまったのか・・・)

  瞳のただの憶測にすぎない。けれど、愛した女性と同じ名前の花に囲

まれて、弟と息子の傍で逝ってしまった木犀は幸せそうに微笑していた。

  瞳は一人、庭に座っていた。

  あの後、桐

伙は楓と共に木犀を運びに森に帰った。楓一人に木犀を任せることは優しい彼にはできなかったのである。ただ、帰る間際に桐伙は瞳に言ったのだ。必ず戻る、と。(帰ってくるよね、桐伙・・・)

  初めて会ってから一ヶ月弱が経った。だが、瞳にとって桐

伙の存在は大きくなっていた。帰りを待ちわびるほどに。(でも・・・帰ってこないほうがいいのかもしれない・・・)

  自分の気持ち、

燃え上がるような恋心に、瞳が気づいてしまったから。きっと溢れてしまう。それならば、帰ってこないほうがいいのかもしれないと瞳は思っている。(こんな心・・・溢れないほうがいい・・・だって、私は人間で、あっちは妖怪なんだもの・・・それに、次の長に選ばれるほどの実力があって、あんなに綺麗な顔立ちをしていたら・・・あぁ、花菜もこんな気持ちだったのかしら・・・恋心ってこんなに醜くも激しいものなのね・・・)

  瞳は知ってしまった。

恋心が激しくも醜いものであることに。そして、気づかなかった。こんなにも真っ直ぐで甘美であることに。

(7)

妖伝説~白銀の狐と人間の恋物語~

は呆然と二人を見ていた。「願いを・・・叶えてくだ・・・さいませ・・・」「叶えてやる!だから、しっかりしろ!!」「で・・・は・・・」

ドスッ「かはっ・・・ゆ・・・り・・・?」「これで・・・叶います・・・梅雨華・・・さ・・・・・・」

  木犀にも見えていた。百合がいつも護身用に持っていた短刀で梅雨華

が刺された瞬間が。そのあとに百合が息を引き取ったことも、梅雨華が短刀を抜いたあとに百合の傍で倒れこんで死ぬところも。(母上・・・百合の願いは二人で死ぬことだと言うのか・・・!?)

  愛する者を殺したこと。その愛する者は夫と死の世界に逝こうとして

いる。その事実が木犀の脳裏を走っていく。(この俺を置いて逝こうというのか・・・!!)

  木犀はそうはさせるものかと考え、百合を斬りつけた刀を自分の心臓

に突き刺そうとした。だが、あるところから飛んできた木の葉が木犀の手を掠めた。「っ・・・」

  木の葉を掠めたときに傷を負った木犀は刀を落としてしまう。

そして、

  木の葉が飛んできたほうを見ると、長が立っていた。

「・・・伯父上・・・」「これは何としたことだ・・・何があったのだ、木犀!!」

  木犀は真実を話そうと思ったが、ふと思いとどまった。もし、ここで

真実を話せば木犀は百合を殺した罪、百合は夫の梅雨華を殺した罪に問われるだろう。(罪を背負うのは・・・俺だけでいい・・・)

  幸い、百合が梅雨華を刺した短刀は抜けている。なら

ば、それは夫を亡くした悲しみで百合が自殺するために使ったことにすればいい。梅雨華の掌にできた傷は本来、百合が刺した短刀を抜くためにできたものだ が、木犀が刺したときに掴んだことにすればいい。二人とも刺し傷だ。何も問題はない。「・・・申し上げます。私は父である梅雨華を殺しました。」「なんだと・・・!?」「母上である百合を愛して、迫りました。楓は私の子供です。母上もそれは知っていたようです。父上が憎くなり、手合せの隙をついて殺しました。」

  木犀の嘘を信じきった長は愕然とした。木犀は嘘が

ばれていないようで安心していた。「なんとしたことか・・・梅雨華ほどの者が息子とはいえ、隙をつかれようとは・・・」

  長は家族を愛していた。妻や娘はもちろん、弟も、その家族も愛おし

んでいた。失うことを恐れていた。しかし、期待していた甥に弟を殺された。その事実は長の長候補を変えるのに充分すぎる出来事だった。「木犀、貴様は次期長から外れてもらう。だが、お前は楓の父親。楓が立派になるまで育てる義務がある。桐伙にもこの出来事はありのままに伝え、桐伙を次期長とする。」「・・・はい。」

  木犀はうなだれて、その言葉に従った。

  その出来事を知った桐

伙は木犀を「兄上」ではなく「木犀」と名前で呼ぶようになった。憧れと尊敬の対象であった木犀を「兄」ではなく「罪妖」として扱った。楓は成長し、木犀を「親父」、桐伙は名前で呼んでいるが「兄」として扱った。

  ついに耐えられなくなった桐

伙は森を出た。そして、長は木犀と楓に桐伙を連れ戻すように命じた。そして同時に、木犀は命令を果たせたならば再び一族に迎えられる約束になっていた。

  これが真実であった。

第十三章   終わりは始まり

「・・・これが、真実だ。」

  語り終わった木犀の前には俯いている桐

伙、茫然としている楓。そして、自分たちが始末しようとした瞳が立っている。「そうですか・・・母上が父上を・・・」「何故そうしたのか俺にはわからん。ただ憶測しかできないが・・・きっと、父と共に逝きたかったのだと思う。殺された者達が逝く場所と自らを殺した者が逝く場所はきっと違うのだろう。百合は俺に殺され、父上は百合に殺された。二人とも殺された者だ・・・俺が・・・場所だ・・・」「親父!?」

「えっ・・・」 「・・・すまなかったな・・・」 いた。同時に油断していたため、その場から動けなかった。 木犀は楓の傍にいた瞳の元に跳んだ。近くにいた楓もそうだが、瞳も驚   何か呟いたあと、油断している桐伙が操っていた植物を振りほどき、

  瞳の耳元で謝罪した声が聞こえた。同時に少し暖かい何かが瞳の顔を

濡らした。地面が紅く染まっていく。木犀から音もなく沢山の茎が伸びている。「兄上っ!?」「親父!!」

  木犀は呟いていた。自分が逝けない場所だと。自殺する木犀は梅雨華

と百合が逝ってしまった場所には逝けないのだと。

  そして、瞳に謝った。妖狐の争いに巻き込んでしまったこと。桐

伙を森に戻すために傷つけてしまったことを。「兄上!!」「親父!親父!!」「お前が・・・立派になった・・・ら・・・こうする・・・・・・つもり・・・ごほっ、だった・・・楓・・・お前の・・・父親にな・・・れて・・・よかっ・・・」「・・・親父?なぁ、親父!!」

  木犀は最期に微笑して、目を閉じた。沢山の百合の花をその身に咲か

せて。  桐

伙はただ、兄上と呼んでいた。楓は目に沢山の涙を溜めて、親父と叫びながら木犀を揺らしていた。瞳は茫然とそのやりとりを見ていた。(百合の花・・・)

  どういう原理で木犀が死んだか、瞳にはわからない。ただ、一つだけ

的中しているであろう憶測があった。(誰かに殺されたかったのだろうか・・・彼は、百合さんと同じ場所に逝きたかったのだろうか・・・でも、誰も殺してくれないから、百合の花でその身を包んで逝ってしまったのか・・・)

  瞳のただの憶測にすぎない。けれど、愛した女性と同じ名前の花に囲

まれて、弟と息子の傍で逝ってしまった木犀は幸せそうに微笑していた。

  瞳は一人、庭に座っていた。

  あの後、桐

伙は楓と共に木犀を運びに森に帰った。楓一人に木犀を任せることは優しい彼にはできなかったのである。ただ、帰る間際に桐伙は瞳に言ったのだ。必ず戻る、と。(帰ってくるよね、桐伙・・・)

  初めて会ってから一ヶ月弱が経った。だが、瞳にとって桐

伙の存在は大きくなっていた。帰りを待ちわびるほどに。(でも・・・帰ってこないほうがいいのかもしれない・・・)

  自分の気持ち、

燃え上がるような恋心に、瞳が気づいてしまったから。きっと溢れてしまう。それならば、帰ってこないほうがいいのかもしれないと瞳は思っている。(こんな心・・・溢れないほうがいい・・・だって、私は人間で、あっちは妖怪なんだもの・・・それに、次の長に選ばれるほどの実力があって、あんなに綺麗な顔立ちをしていたら・・・あぁ、花菜もこんな気持ちだったのかしら・・・恋心ってこんなに醜くも激しいものなのね・・・)

  瞳は知ってしまった。

恋心が激しくも醜いものであることに。そして、気づかなかった。こんなにも真っ直ぐで甘美であることに。

妖伝説~白銀の狐と人間の恋物語~

(8)

妖伝説~白銀の狐と人間の恋物語~

(くそっ・・・俺があの子供の・・・楓の父親だというのに・・・!) でないと入れないのである。 のような掟ができたか誰も知らないが、世間上、息子である木犀は明日 夫の梅雨華以外は出産部屋に入ることは許されない。どういう経緯でこ   妖狐族の掟で、出産後一日は出産した者である百合の親、兄弟姉妹、   このままいけ

ば、楓は梅雨華を父親と認識し、育っていくだろう。だが、木犀はそれが我慢ならなかった。百合との子供を奪われるような感覚なのだ。(いっそのこと・・・殺してしまえば・・・)

  梅雨華を殺せ

ばいい。木犀はそんな結論に辿りついた。梅雨華さえ殺せば、楓は自分を父と認識し、百合も自分に振り向いてくれるだろうと。実際、そんなことをしても、百合と木犀は親子であるため、夫婦になることはできないのだが、木犀はそんな現実から思考をそらし、理想の世界に浸っていた。「・・・上、兄上!」「!?」耳元で叫ばれ、木犀は驚き、声をかけてきた桐伙を見た。「桐伙・・・どうした?」「どうした、ではありません。先ほどから何か考え込んでいたようですが・・・何かあったら、俺を頼ってください。何かできることがあれば、協力します。」

  微笑む桐

伙を見て、木犀はつられて微笑む。少し元気になっただろう兄に安心した桐伙は一礼し、その場を離れた。それを見送ったあと、木犀はふと考えた。

  父である梅雨華は憎い。

愛する百合の夫だから。だが、同じように育った桐伙はどうだ。

  梅雨華が百合に近づき、

肩などを抱いたりすれば憎しみで心が埋まる。しかし、桐伙が百合に近づこうと抱きしめられようと、さらには、楓の名前を名づけても心は穏やかで、憎しみなど欠片もないのである。(やはり兄弟には憎しみは湧かないものなのか・・・)

  しかし、木犀は百合を愛している。多少なりとも桐

伙にだって可能性 はあるのだ。

  だが、木犀は桐

伙に対して憎しみはない。怒りもない。あるのは、兄弟としての愛情。梅雨華を殺すことに何の躊躇はなくとも、桐伙を殺すことは躊躇する。いや、殺すどころか、傷をつけることすら難しいかもしれない。(不思議なものだな・・・)

  木犀は苦笑し、そして、父親を殺す計画をすすめるのであった。

第十二章   あの時の出来事

  楓が生まれて一週間後のことだった。桐

伙と百合は楓を連れて、長の屋敷に来ていた。「おぉ・・・この子が三人目の・・・」「はい、長。我が弟の楓でございます。」

  すやすや眠る赤子を抱いて、長は感動の涙を流す。桐

伙は誇らしげに楓を自慢していて、それを見ていた百合は笑顔になる。だが、心の内は暗く、罪悪感で満たされていた。「百合殿、これは奇跡・・・よく生んでくださった。」「勿体ないお言葉を・・・」「いやいや。これで次の長が木犀となり、桐伙と楓がいれば、妖狐族は安泰。我が家に男が生まれなかったのだけが、少し残念ではあるが・・・」

  長の元には一人娘がいるだけで、息子がいない。そのため、次なる長

の候補は弟・梅雨華の息子達から選ばれることになった。さらに、木犀は妖狐族でも飛び抜けて強く、長候補として誰も異論しなかった。「むっ・・・いっそのこと、娘を木犀に嫁がせるか・・・」「・・・長様、それは御子様がお決めになられることでございます。私が申しては失礼ではございますが、勝手に決めては御子様がお可哀想で・・・」

長は百合が異論を言ったことに驚いたものの、慌てて手を振る。   ただの思いつきだった長の発言に、百合は伏せ目がちに意見を言う。

「すまない、そのようなつもりで言った訳ではないのだ!ただ、そうなれば良いと・・・婿としてなら、木犀や桐伙が良いと考えただけなのだ。娘にそれを強制させるつもりは毛頭ない。」「そうでございましたか・・・身の程知らずの発言、お許しくださいませ・・・」「いやいや、そんなに謝らなくても!百合殿は私の弟の妻・・・私の妹にもあたる者。家族の発言を身の程知らずと誰が思うものか。」

か聞いていない?」 「梅雨華様はあとからいらっしゃると聞いておりますが・・・桐伙、何 いたのだが・・・」 「そういえば・・・梅雨華と木犀はどうした?全員で来るものと思って (よかった・・・このまま、少しでも元気になってくだされば・・・) 無理に笑っているようだったが、長と話して、気が紛れているようだ。   桐伙はそのやり取りを聞いて、安心していた。最近、百合は元気がなく、

「・・・えっ・・・」 たが?てっきり、母上もご存じとばかり・・・」 「えっ?兄上は、父上と手合わせをしてから来るとおっしゃっていまし ものと思っていたらしく、少し驚いた顔をしながら言った。 かっておらず、桐伙に何か知らないかと問う。桐伙は、母も知っている   長が弟ともう一人の甥が来ていないことを口に出し、百合もよくわ   百合は愕然とした。そして、唐突に立ち上がり、長や桐

伙に何も言わずに走り出した。これには長も桐伙も驚いた。「母上!?」「百合殿!?と、とにかく・・・桐伙、楓と共にここで待っていなさい。私が様子を見てこよう。」

  長は抱きかかえていた楓を桐

伙に託し、念のためにと武器となりえる葉と刀も持って百合のあとを追いかけた。桐伙は穏やかに眠っている楓を眺めながら、心中、不安に駆られていた。(何事も無ければ良いのだが・・・)

  その少し前、梅雨華と手合せしていた木犀が、ふいに口を開いた。

「少し、父上に相談したいことがあるのですが。」「相談?私でよければ聞こう。」

  手合せを一時中断し、

梅雨華は木犀の話を聞くために縁側に腰かける。

  木犀は父の前に立ち、口を開いた。

「今、私は恋焦がれているのです。」「ほう、恋焦がれていると?」

  今まで恋愛沙汰で噂されたことのない木犀が恋する女がいたと、梅雨

華は驚きを隠せなかった。長候補・・・すでに次期長に確定されているので、いつかは妻を娶らせてやりたいと思っていた梅雨華は嬉しそうに頷いた。「そうか、お前が恋を・・・それで、相手は誰なんだ?私ができることなら、協力は惜しまないぞ。」「そうですか・・・では・・・」

  その言葉を聞いた木犀は手合せに使っていた木刀(ぼくとう)を放り

投げ、傍らに立てかけてあった、立派になった証にともらった愛用の木刀(もくとう)を握る。「では・・・死んでください。」

ドスッ  綺麗な庭の片隅に血の池ができていく。白銀の髪が揺れる。ドサッと

倒れた音が聞こえた。「なん・・・で・・・」「百合・・・!!」

  刺されたのは愛する夫をか

ばった百合だった。庭に倒れ伏した百合を梅雨華が抱き起こす。「百合っ!百合っ!しっかりしろ!!」「あなた・・・ゴホッ・・・最期に願いが・・・」「最期なんて言うな!私を・・・生まれたばかりの楓を置いて逝くな!百合!!」

  致命傷なのは刺した木犀も刺された百合も理解していた。ただ、木犀

(9)

妖伝説~白銀の狐と人間の恋物語~

(くそっ・・・俺があの子供の・・・楓の父親だというのに・・・!) でないと入れないのである。 のような掟ができたか誰も知らないが、世間上、息子である木犀は明日 夫の梅雨華以外は出産部屋に入ることは許されない。どういう経緯でこ   妖狐族の掟で、出産後一日は出産した者である百合の親、兄弟姉妹、

  このままいけ

ば、楓は梅雨華を父親と認識し、育っていくだろう。だが、木犀はそれが我慢ならなかった。百合との子供を奪われるような感覚なのだ。(いっそのこと・・・殺してしまえば・・・)

  梅雨華を殺せ

ばいい。木犀はそんな結論に辿りついた。梅雨華さえ殺せば、楓は自分を父と認識し、百合も自分に振り向いてくれるだろうと。実際、そんなことをしても、百合と木犀は親子であるため、夫婦になることはできないのだが、木犀はそんな現実から思考をそらし、理想の世界に浸っていた。「・・・上、兄上!」「!?」耳元で叫ばれ、木犀は驚き、声をかけてきた桐伙を見た。「桐伙・・・どうした?」「どうした、ではありません。先ほどから何か考え込んでいたようですが・・・何かあったら、俺を頼ってください。何かできることがあれば、協力します。」

  微笑む桐

伙を見て、木犀はつられて微笑む。少し元気になっただろう兄に安心した桐伙は一礼し、その場を離れた。それを見送ったあと、木犀はふと考えた。

  父である梅雨華は憎い。

愛する百合の夫だから。だが、同じように育った桐伙はどうだ。

  梅雨華が百合に近づき、

肩などを抱いたりすれば憎しみで心が埋まる。しかし、桐伙が百合に近づこうと抱きしめられようと、さらには、楓の名前を名づけても心は穏やかで、憎しみなど欠片もないのである。(やはり兄弟には憎しみは湧かないものなのか・・・)

  しかし、木犀は百合を愛している。多少なりとも桐

伙にだって可能性 はあるのだ。

  だが、木犀は桐

伙に対して憎しみはない。怒りもない。あるのは、兄弟としての愛情。梅雨華を殺すことに何の躊躇はなくとも、桐伙を殺すことは躊躇する。いや、殺すどころか、傷をつけることすら難しいかもしれない。(不思議なものだな・・・)

  木犀は苦笑し、そして、父親を殺す計画をすすめるのであった。

第十二章   あの時の出来事

  楓が生まれて一週間後のことだった。桐

伙と百合は楓を連れて、長の屋敷に来ていた。「おぉ・・・この子が三人目の・・・」「はい、長。我が弟の楓でございます。」

  すやすや眠る赤子を抱いて、長は感動の涙を流す。桐

伙は誇らしげに楓を自慢していて、それを見ていた百合は笑顔になる。だが、心の内は暗く、罪悪感で満たされていた。「百合殿、これは奇跡・・・よく生んでくださった。」「勿体ないお言葉を・・・」「いやいや。これで次の長が木犀となり、桐伙と楓がいれば、妖狐族は安泰。我が家に男が生まれなかったのだけが、少し残念ではあるが・・・」

  長の元には一人娘がいるだけで、息子がいない。そのため、次なる長

の候補は弟・梅雨華の息子達から選ばれることになった。さらに、木犀は妖狐族でも飛び抜けて強く、長候補として誰も異論しなかった。「むっ・・・いっそのこと、娘を木犀に嫁がせるか・・・」「・・・長様、それは御子様がお決めになられることでございます。私が申しては失礼ではございますが、勝手に決めては御子様がお可哀想で・・・」

長は百合が異論を言ったことに驚いたものの、慌てて手を振る。   ただの思いつきだった長の発言に、百合は伏せ目がちに意見を言う。

「すまない、そのようなつもりで言った訳ではないのだ!ただ、そうなれば良いと・・・婿としてなら、木犀や桐伙が良いと考えただけなのだ。娘にそれを強制させるつもりは毛頭ない。」「そうでございましたか・・・身の程知らずの発言、お許しくださいませ・・・」「いやいや、そんなに謝らなくても!百合殿は私の弟の妻・・・私の妹にもあたる者。家族の発言を身の程知らずと誰が思うものか。」

か聞いていない?」 「梅雨華様はあとからいらっしゃると聞いておりますが・・・桐伙、何 いたのだが・・・」 「そういえば・・・梅雨華と木犀はどうした?全員で来るものと思って (よかった・・・このまま、少しでも元気になってくだされば・・・) 無理に笑っているようだったが、長と話して、気が紛れているようだ。   桐伙はそのやり取りを聞いて、安心していた。最近、百合は元気がなく、

「・・・えっ・・・」 たが?てっきり、母上もご存じとばかり・・・」 「えっ?兄上は、父上と手合わせをしてから来るとおっしゃっていまし ものと思っていたらしく、少し驚いた顔をしながら言った。 かっておらず、桐伙に何か知らないかと問う。桐伙は、母も知っている   長が弟ともう一人の甥が来ていないことを口に出し、百合もよくわ   百合は愕然とした。そして、唐突に立ち上がり、長や桐

伙に何も言わずに走り出した。これには長も桐伙も驚いた。「母上!?」「百合殿!?と、とにかく・・・桐伙、楓と共にここで待っていなさい。私が様子を見てこよう。」

  長は抱きかかえていた楓を桐

伙に託し、念のためにと武器となりえる葉と刀も持って百合のあとを追いかけた。桐伙は穏やかに眠っている楓を眺めながら、心中、不安に駆られていた。(何事も無ければ良いのだが・・・)

  その少し前、梅雨華と手合せしていた木犀が、ふいに口を開いた。

「少し、父上に相談したいことがあるのですが。」「相談?私でよければ聞こう。」

  手合せを一時中断し、

梅雨華は木犀の話を聞くために縁側に腰かける。

  木犀は父の前に立ち、口を開いた。

「今、私は恋焦がれているのです。」「ほう、恋焦がれていると?」

  今まで恋愛沙汰で噂されたことのない木犀が恋する女がいたと、梅雨

華は驚きを隠せなかった。長候補・・・すでに次期長に確定されているので、いつかは妻を娶らせてやりたいと思っていた梅雨華は嬉しそうに頷いた。「そうか、お前が恋を・・・それで、相手は誰なんだ?私ができることなら、協力は惜しまないぞ。」「そうですか・・・では・・・」

  その言葉を聞いた木犀は手合せに使っていた木刀(ぼくとう)を放り

投げ、傍らに立てかけてあった、立派になった証にともらった愛用の木刀(もくとう)を握る。「では・・・死んでください。」

ドスッ  綺麗な庭の片隅に血の池ができていく。白銀の髪が揺れる。ドサッと

倒れた音が聞こえた。「なん・・・で・・・」「百合・・・!!」

  刺されたのは愛する夫をか

ばった百合だった。庭に倒れ伏した百合を梅雨華が抱き起こす。「百合っ!百合っ!しっかりしろ!!」「あなた・・・ゴホッ・・・最期に願いが・・・」「最期なんて言うな!私を・・・生まれたばかりの楓を置いて逝くな!百合!!」

  致命傷なのは刺した木犀も刺された百合も理解していた。ただ、木犀

妖伝説~白銀の狐と人間の恋物語~

参照

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