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「たけくらべ」第十二章と第十三章の重複について

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奈良教育大学学術リポジトリNEAR

「たけくらべ」第十二章と第十三章の重複について

著者 岡本 武臣

雑誌名 文学研究

巻 1

ページ 17‑20

発行年 1955‑07‑21

URL http://hdl.handle.net/10105/8899

(2)

のうつ1にも︑夢にも人のあほぬもの  となっている

︒これは﹁夢﹂に属する小歌であって︑意味としては︑

伊勢物語の和歌菅っけているが︑それのみで︑立派な恋

愛歌となっている︒尺八を伴奏として︑しきりに﹁都都

連境の花の下︑月の前の宴席に立ち交り︑声を共に﹂う

たはれたこれらの小歌は︑遠く伊勢物語の由来をはなれ

その当時の人々の感情のま1に恋の歌として歌ほれたの

で あ

ら う

以上簡単ではあるが伊勢物語  謡曲  閑吟集への

紐承の問題を考へてみた︒

︵文科四︶

﹁ た

け く

ら べ

第十二童と第十三章との重複に

ついて    岡 本 武 臣

﹁文学界﹂に連載したのだから︑各軍の書出しに少し

東榎の個所がある︒例えば美空利と倍如の出逢いの寮前

のところなど︑十三草の冒預は十二章の末尾と若干の重

なりを示しているようであるが︑︒⁚﹂ ︵明治大正文 学研究オ五号樋口一葉﹁たけくらべ﹂︶と塩田艮平氏が 述べておられますように︑この十三葦と十二章との重複 は︑これ迄は単に﹁文学界﹂に断続連載をした為に生じ たものであると考えられているようですが︑以下重複が 生じた原寓と重複部分に存在する矛尽したことばについ て少し述べてみたいと思います︒

最初に﹁文学界﹂に連載されたことによって生じたと

いうことについて考えてみますと︑﹁たけくらべの終末

の各章は十一月にまとめて作られたのであろうと考えら

れ︑︵単行本﹁たけくらご著作年表︶又この十二・十三

尊は多分二八年十二月号に同時に発表されたのであろう

と思います︒一︵﹁文学界﹂を調べていませんので︑八月

号に十二章が発表され︑十三草が十一月号に発表された

のであれば︑この考えは誤りですが︑諸種の事情から︑

多分誤りではないと思います︒︶したがって重複して書

く必要は生じて来ないのではないかと思います︒

そこで︑その原因として考えられますのは︑作者がこ

の場面に非常な愛着を持ち︑文学的効果を高めようとし

たためではないかということです︒それは﹁よもぎふ日

記﹂の明治二六年二月二三日の条に︑思いがけず半井桃

17

(3)

水の訪問号っけた時の様子を︑﹁日没後ときしかためて

みな/・・火桶のもとに寄つどひっ〜物がたりするほどに︑

門のとはと′\とた1きて音なふ人あり︑・・・誰様や

と家のうちより問へば半井にこそ候へ夜に入て無礼なれ

どといふに︑其人なりと開くまゝに胸はたゞ大波のうつ

らん様に成てし立出て門の戸を開けてからも︑﹁いふべ

き事も覚えず間ふべき軍も忘れて︑面ほてりのみいと域

がたき﹂思いをしたことが審かれ︑榊原美文氏はこれに

ついて︑﹁一葉はー﹂の時の胞のときめきを﹁たけくらペ

﹂の中に採り入れ︑計らずも我が家の前に︑雨に濡れそ

ぼつ信如の姿を認め︑﹁それと見るより美登利の顔は赤

う成て︑どのやうな大事にでも遇ひしやうに︑胸の動悸

の早くうつを︑人の見るかと背後の見られて︑恐る/\

門の傍へ寄る﹂少女の胸のときめきとして描いたと言へ

ないであらうか︒﹂ ︵評釈伝記樋口一葉一〇五毘︶と述

べておられますことや︑﹁胸の動悸の早くうつを﹂ ﹁う

ぢうぢと胞をとゞろかす﹂ ﹁わな/\と懐へて﹂ ﹁胸は

わくわくと上気して﹂等のことばの重出や︑﹁紅入り友

仙﹂が四度も十二・十三葦に現われていることから容易

に考えられると思います︒ 右のことから︑作者が愛膚をもち︑文学的効果を考え た結果蜜複が生じたということは一応云えると思います︒

しかし︑そう考えるとしましても︑こ1にもう一つの

問題︑即ち︑H﹁信如もふっと振返りて︑此れも無官に

陥を流る1冷汗︑顔見北成りて逃げ出したき思ひなりL

l︵十二牽︶○此処は大黒星のと思ふ時より伝如は物の恐

ろしく︒・︒飛石の足音は背より冷水をかけられたる如

く顧みねども其人と思ふに︑わなわなと懐へて﹂ ︵十三

章︶の棒線の部分に︑矛盾したことばが殆んど背中合せ

に存在することを説明するには充分でないだろうと思い

ます︒以下それについて考えてみますと︑一葉全集︵筑

摩書房︶所収の未定稿﹁雛鶏﹂には︑﹁たけくらべ﹂の

一章から六章までと︑十一章十二章に相当する部分が存

しています︒つまりこの十二章は﹁文学界﹂の明治二八

年一月号への﹁たけくらぺ﹂発表の前に既に︑未定稿と

して存在したことを示すものと考えたいと思います︒そ

れは︑明治二七年十月以後の西鶴の熟読︵二葉への系

譜﹂︶を思わせる西鶴張りの省略の多い簡動な謹調で俗

語を用いて︑ユーモラスな気分をも織りまぜながら︑題

名も﹁妊鶏﹂と散文調に描き始められたこの作品がオ六

18一

(4)

章までまず未定稿として書き上げられていたものと思い

ます︒そこに大音寺前居住当時の美的昇華を経た少年少

女の姿殊に美空利を通じて︑わがありし思い出を語ろう

という意欲が強まり︑恐らく六章まで成立の稜︑十二車

にみられるような場面を描いてこの作品のヤマにしよう

という考えが生じ︑︵それが未定稿として必要な場合に

利用すべく大切にとって置かれ︶︑と1に伊勢物語の筒

井筒の主題歌による美しい鎗韻のある﹁たけくらぺ﹂ へ

の改題と共に︑源氏物語的浪漫的な情感がしみこんでい

るこの作の風埠指向する方向が定まったのではないか

と思います︒かくして︑そうしたクライマックスを予想

しながら︑既に用意されていた原稿に少し手を加え︵俗

語至芸いかえてやわらかくした等︶一二一・三月号に﹁

たけくらべ﹂の題で発表されたのであると思います︒し

かるに﹁雛発﹂に用意してあった草稿を発表し尽した︑

四月以後は﹁はがきをほしの君に出して文学界の寄稿を

辞す﹂ ︵﹁水の上日記﹂二八・四・二二の条︶︑﹁星野

君より文学界の寄稿かならずと申こされLは十四日成し

がいまだに撃取ることものうくて︑一回の原稿もした1

めあへず﹂ ︵﹁みずのうへ﹂五・十七の条︶と︑その続 稿に苦心し︑結局八月号までは続稿を出すことができま せんでしたが︑それは﹁たけくらべ﹂オ七草以降をいか に展開させて︑既に用意してあるヤ寸の草稿︵十二撃︶ を生かすべく連結させるかに心を尽していたのであろう と思います︒他に多くの事情が考えられますが︑こうし た苦慮も﹁軒もる月﹂ ﹁ゆく雲﹂ ﹁うつせみ﹂等を発表 し︑また﹁にごりえ﹂を作らせる一要素となったのでは ないかとも考えられまずが︑こうして︑構想の熟するの を待っていたのであろうと思います︒十一月に﹁たけく らごを脱稿︵単行本﹁たけくらご著作年表︶するに 当り︑作者はこの作品のヤマとすべく秘蔵していた思い 出深い未定稿を発表せずに置くことは惜しく︑その上︑ 更に作品全体の細部にわたる見通しを持っている現在の 高潮した気持をも作品の上に書き加えて求わしたいとい う気拝から︑前者には少し手を加え︑現在の気持をも反 映させるぺく十三章を番いたのであろうと思います︒こ れは又︑既に述べましたこの場面に対する作者の愛着の 強さを物語るものであると共に︑当然のことであろうと 思

い ま

す ︒

右に述べましたような経膵からこの部分の霊視が生れ

−†9

(5)

て来たものと考えますと︑﹁ふっと振遮りてjとr顧み

ねども其人と思ふに﹂という混乱したことば使いが過然

にも存在することもそうした作品の成立事情を反映する

ものとして考えることができるように思います︒へたけ

くらべ﹂は︑﹁文学界﹂明治二八年一・二・三・八・十

二十二・二九竺月号に達哉︶  ︵文科l四︶

姫   小 諭 中   西   雅   彦

明治二十三年に発表された鴎外の青春の番である﹁舞

姫﹂は︑太田盤太郎と言う秀才の独逸留学生が︑漸メ官

僚ともての所動的︑器械的な人間になることに疑をもち

始め︑自我にめざめかけた時︑偶然エリスと言う宜しい

が美しい梅子と恋仲になり︑同棲して恋と自由を楽しむ

が︑一方故国との絆も断ちがたく︑たまたま来遊した友

人や大臣の疎めによって︑結局はエリスを捨てて帰国す

るが︑その為にエリスは狂気し︑又︑主人公も苦しむと

言う筋を回想形式でもつて描かれたものであるが︑優雅 な文体とロマンチジズふとエキゾティシズムとにみちた 陳嘆でもつて書かれている︒文学史蹄に舞姫は近代社会 に於ける琴も早い時期の人間的めざめを発した作品とし て位置づけられて来たが︑戦後大石鯵平氏によってエリ スに対する主人公の変を階級的な方面からみて︑豊太郎 の側にふかい人間的な愛情が成立したとすることは幻想 が虚偽であるとされ︑又この作品の主人公の美しさと弱 さは偽まんのそれだとして︑ここにあるのは官僚の意識 であり舞姫と言う小説.のあらはれたのは︑新しい官僚の 文学の成立であったとしておられる︒

﹁室に聾ゆる櫻閏の少しとぎれたる処には晴れたる空

に夕立の音を聞かせて蕃り落つる噴井の音︑遠く望めば

ブランデンプルグの門を隔てて緑樹枝をさし交はしたる

中より半天に浮び出たる凱旋塔の神女の像﹂或ひは︑﹁

この青く滑らにて物問ひたげに慾を含める目の︑半ば露

を宿せる長き陸毛に掩はれたるは何故に一顧したるのみ

にて用心深き我心の底までは徹したるか︒﹂ とエキゾチ

シズムをみたざらした︑すぐれたロマンチックな描写で

もつて表されている︒この点に関しては︑あらためて論

ずる必要は無いであろう︒紙面に制約されているここで

−20一

参照

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