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発酵中にホップを添加する製法による発酵促進とその応用

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Academic year: 2023

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受賞者講演要旨 《農芸化学女性企業研究者賞》 49

発酵中にホップを添加する製法による発酵促進とその応用

キリンホールディングス株式会社 

土 屋 友 理

   

ホップはビールに特有の苦味と香りを付与する原料である

(図1).ホップのビールに対する機能としては,ほかにも,抗 菌性の付与,見た目の清澄性や泡持ちにまで寄与しており,

ビールにとってなくてはならない原材料の一つである.

近年,クラフトビールの世界的な流行に伴い,ホップの香り を強調したビールの需要が増えてきている.キリンビール社で は,発酵中にホップを添加することにより,ビールに豊かな ホップ香を付与できる独自技術を開発した1)

筆者はこの技術がホップ香の付与以外にも,発酵中にホップ と酵母との相互作用の効果があるのではないかと考え,発酵と ビール品質への影響を明らかにしようと試みた.結果として,

以下のとおり 3 つのホップと酵母の相互作用とその機構の一端 を明らかにすることができた.本稿では,それらの研究と応用 について,紹介する.

1. ホップと酵母の相互作用に関する研究 1-1. 発酵促進効果

発酵中でのホップの添加有無による発酵経過を詳細に比較し たところ,ホップ添加をしたことにより,糖消費速度の上昇と 浮遊酵母数の増加が見られ,発酵が促進されることを見出した

(図2).ホップには僅かに糖分解酵素が含まれることが知られ ていたが2),このような発酵促進効果は煮沸したホップを用い ても認められたことから,ホップに由来する酵素活性の寄与は 少ないと考えられた.一方で,発酵中にホップを添加すること で,発酵液中の溶存炭酸ガスの濃度が低下することが確認でき た(図3).過飽和状態の溶存炭酸ガスは,酵母の増殖を阻害す

ることが知られており3), 発酵液に存在するホップ固形分の疎 水性基が溶存炭酸ガスの放出を促進し,溶存炭酸ガス濃度が減 少すると考えられた.そのほかの固形分として,過去の研究で 報告がある活性炭4)やオレンジピール等の添加によっても,同 様に糖消費が促進されることが確認された.このことから,発 酵中にホップを添加することによる発酵促進効果は,ホップ固 体粒子に起因することが示唆された5)

1-2. 発酵由来の硫黄系オフフレーバーの低減

発酵によって酵母に生成されるビールに望ましくない香りと して,硫黄系オフフレーバーが知られているが,発酵中にホッ プを添加することによって硫黄系のオフフレーバーの 1 つであ る 2-mercapto-3-methyl-1-butanol の生成量の低減が観察された

(図4).

この現象は,前述した溶存炭酸ガスの放出促進による硫化水 素のパージアウト効果,および酵母のメタボローム解析6)から 硫化水素からホモシステインへの代謝経路の活性化による効果 の可能性が示唆された.

上記の現象による,発酵由来のオフフレーバーの低減によっ て,良好なホップ香気を引き出すことができると考えられた.

1-3. プリン体低減効果

プリン体とは,核酸を構成する成分の一つで,様々な食品に 含まれている.プリン体が肝臓で分解されると尿酸がつくられ るが,尿酸が一定の濃度以上になると血中で結晶化し体に悪影 響を及ぼすことがあるため,プリン体を低減した発泡酒や新 ジャンルなどのビール類が開発されている.

1. ビールの原料となるホップ

2. 発酵中の糖度と浮遊酵母数の推移(ホップの添加量は 3 g/l)

3. 発酵中の溶存炭酸ガス濃度の推移

4. 発酵中の硫黄系化合物(2-mercapto-3-methyl-1-butanol)

の推移

(2)

受賞者講演要旨

《農芸化学女性企業研究者賞》

50

筆者らは様々なビール類のプリン体を分析した結果,ホップ の使い方によって含まれるプリン体が異なることを明らかにし た.そこで麦汁にホップを添加し,プリン体成分を分析したと ころ,アデノシンが分解され,アデニンが生成された.この分 解は,ホップを熱処理すると観察されなくなったことから,

ホップに含まれる酵素の作用と考えられた.以上より,ホップ はアデノシン分解活性を有することを明らかにした7).このア デノシン分解活性を活用して,プリン体を低減する製造技術を 開発した.発酵中にホップを添加する方法を検討した結果,麦 汁に含まれる非資化性のアデノシンが資化性のアデニンに変換 され(図5),酵母によりアデニンが資化されることによって発 酵液のプリン体を低減することができた(図6, 7)8)

2. ビール醸造への応用

これまで述べてきた 3 つの効果から,ホップを発酵時に添加 する方法は,苦味を抑えて華やかなホップ香気を付与すること ができることに加え,酵母の発酵を促進し,オフフレーバーを 抑えることができることを明らかとした.また本製法をプリン 体オフの商品の製造に応用することでプリン体を低減しつつ,

ホップ由来の香味の優れた,新たな製造技術を確立することが できた.この現象はホップと酵母のコラボレーションによって 生まれた産物であり,「おいしさと健康」に関する技術の進化 へ貢献することができた.

   

今回得られた研究成果を,科学的なエビデンスのある活用方 法として,商品のリニューアルや新商品開発に展開を行った.

本研究技術が活用されたキリンビール社の商品における,「お いしさ」や「プリン体オフ」に関する科学的エビデンスとして,

商品と連動して訴求を行うことができた.今後も,ホップと酵 母の相互作用の原理解明に向けた研究を進め,基礎研究から市 場創出への貢献を目指していきたいと考えている.

(引用文献)

1) 村上敦司,川崎由美子,目瀬友一朗,蒲生徹 ホップ香気を 強調した発酵麦芽飲料の製造方法.特許wo2013/099535 2) Kaylyn R. Kirkpatrick, Thomas H. Shellhammer, A Cultvar-

based screening of hops for dextrin degrading enzymatic potential. Journal of The ASBC Vol. 76, No. 4, 247–256(2018)

3) Jones RP, Greenfield, PF: Effect of carbon dioxide on yeast growth and fermentation. Enzyme Microb. Technol., 4, 210

(1982)

4) 福田典雄,平松幹雄,産本弘之,福崎智司 粉末活性炭素添 加による溶存炭酸ガス濃度の低減および酵母への影響.醸協,

91(4),279–283(1996)

5) 土屋友理,太田拓,小林統,善本裕之,稲留弘乃 ビール発 酵中におけるホップ添加が酵母へ及ぼす影響について.日本 農芸学化学会2019年度大会講演要旨集(2019)

6) Yoshida S, Imoto J, Minato T, Oouchi R, Sugihara M, Imai T, Ishiguro T, Mizutani S, Tomita M, Soga T, Yoshimoto H.: De- velopment of bottom-fermenting Saccharomyces strains that produce high SO2 levels using integrated metabolome and transcriptome analysis. Appl. Environ. Microbiol., 74(9):

2787–96(2008).

7) 太田拓,土屋友理,杉山巧,太田惣介,加藤優,今井健夫,

稲留弘乃 ホップに含まれるアデノシン分解活性の発見と ビール醸造への応用可能性.生物工学会2019年度大会講演要 旨集(2019)

8) 土屋友理,太田拓,杉山巧,羽場清人,加藤優,今井健夫,

稲留弘乃 ホップのアデノシン分解活性を活用したプリン体 オフビール系飲料の開発.生物工学会2019年度大会講演要旨 集(2019)

謝 辞 本研究は,キリンホールディングス株式会社酒類技 術研究所において多くの方々に支えていただきながら行われた ものです.研究にあたり,ご支援とご理解いただきました,酒 類技術研究所井戸田裕二所長,また多大なるご助言とご指導を 賜りました,稲留弘乃博士,善本裕之博士,小林統博士,太田 拓氏,ならびにキリングループ各社の多くの関係者の尽力によ るものであり,皆様の支えなくしてはこの賞をいただくことは できませんでした.深く感謝申し上げます.

6. 発酵後のアデノシンとアデニンの濃度

7. ホップによるプリン体低減技術 図5. 発酵中のアデノシンとアデニンの推移

参照

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