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環境変動に対する気孔開閉制御 - J-Stage

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(1)

はじめに

約4億2000万年前のシルル紀後期からデボン紀前期に かけて植物が陸上に進出した際,それまでの水中での温 和な環境と異なり,過酷な乾燥環境から植物体を守るた めに,植物は防水性のクチクラ層で体表面を覆い乾燥を 防ぎ,同時にガス交換を行うために一対の孔辺細胞から なる気孔を表皮に発達させた.最も古い陸上植物の系譜 と考えられているコケ植物のセン類とツノゴケ類におい て気孔の存在が確認されており,シダ植物以降の維管束 植物では一般に気孔が見られる.一般的な陸生維管束植 物では,気孔は,葉の表面に1 mm2あたり約50個〜数 百個存在する.気孔の開度は,変転する環境刺激に敏感 に応答して調節されており,主な環境刺激としては,光 や乾燥ストレス,二酸化炭素濃度などである.気孔は,

植物が光合成を盛んに行う太陽光下で開口して二酸化炭 素の取り込みを促進し,同時に葉から蒸散を行って根か ら水や無機養分の取り込みを促す(図

1

.蒸散は強い 日差しで上昇した葉温を低下させる働きもある.一方,

植物が乾燥ストレスにさらされると,植物ホルモンであ るアブシシン酸に応答して気孔を閉鎖し,植物体からの 水分損失を防ぐ.これまでの研究により,こういった一 連の反応は,気孔を構成する孔辺細胞によって制御され ていることが知られている.そのため,気孔孔辺細胞は その働きの重要性のみならず,植物における局所的・自

律的な環境応答のモデル細胞としても注目され,多くの 研究が行われてきた.本稿では,これまでの気孔開閉に ついての研究成果,さらにこれらの研究成果に基づき,

人為的な気孔開度制御が植物の生育や環境耐性にどのよ うな効果をもたらすのか,最近の取り組みの成果につい て概説する.

図1植物における気孔の働き

写真はツユクサ表皮の気孔.気孔は一対の孔辺細胞により構成さ れる.孔辺細胞内の丸い粒は葉緑体で,一般に表皮組織では孔辺 細胞にのみ葉緑体が存在する.研究によく用いられるシロイヌナ ズナでは,葉の裏側に1 mm2あたり約100個の気孔が存在する.

セミナー室

植物の生存・成長戦略から見た環境突破力-2

環境変動に対する気孔開閉制御

木下俊則

名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所

(2)

光による気孔開口

気孔の開口と閉鎖は,孔辺細胞の体積が変動すること により引き起こされる.孔辺細胞は外側に薄い細胞壁,

内側(気孔側)に厚い細胞壁をもつ.孔辺細胞の体積が 増加すると,孔辺細胞は薄い細胞壁のある外側に膨ら み,内側の厚い細胞壁が互いに離れるように引っ張ら れ,孔辺細胞間の孔が開いて気孔が開口する(1)(図1). 光による気孔開口は,1898年,F. Darwin (C. Darwinの 息子)により初めて報告された(2).その後,気孔開口に は波長390 〜 470 nmの青色光が特に有効であることが 示され,光屈性や葉緑体光定位運動,胚軸の伸長抑制な どとともに,植物の青色光効果の一つとして知られてい る(3)

青色光による気孔開口では,①孔辺細胞が青色光を受 容し,②プロトン放出が誘導され,③細胞膜の過分極が 起こる.④次にこの過分極に応答して孔辺細胞の細胞膜 に存在する電位依存性内向き整流Kチャネルが開口 し,⑤Kが取り込まれ,⑥浸透圧の上昇により水が取 り込まれて孔辺細胞の体積が増加し,⑦気孔が開口す る,という一連のプロセスが1985 〜1987年に明らかに された(図

2

.気孔開口時の孔辺細胞の体積は,閉鎖 時の1.4 〜2.0倍程度になる.気孔開口に伴って孔辺細胞 内のK量は5 〜10倍に増加するが,並行して孔辺細胞 の葉緑体に蓄えられているデンプンからのリンゴ酸の生 成や外液からのClの取り込みが起こり,細胞内の電気 的なバランスが保たれている(3).しかしながら,この反 応にかかわるプロトンポンプや青色光受容体の実体は不 明であった.

青色光により活性化される孔辺細胞の細胞膜プロトン ポンプは,その活性にATPが必要であり,気孔開口が 細胞膜H-ATPase阻害剤であるバナジン酸により阻害 されることから,その実体は細胞膜H-ATPaseである

と考えられていた.1999年に気孔孔辺細胞プロトプラ ストにおける細胞膜H-ATPaseのATP加水分解活性 が青色光によって増加した.細胞膜H-ATPaseは,1 分子のATPの加水分解により,1 〜2分子のプロトンを 輸送することが知られている.この比に従うと青色光に 依存して加水分解されるATP量は,観察されるプロト ン放出を十分に説明できることから,プロトンポンプの 実体が細胞膜H-ATPaseであることが示された(4)

青色光による細胞膜H-ATPase活性化は細胞破砕後 も保持されていることから,孔辺細胞中のリン酸化状態 が調べられ,H-ATPaseは青色光によりリン酸化され,

そのリン酸化レベルの増加はプロトン放出速度および H-ATPase活性の上昇とよく一致していることが明ら かとなった.さらに,プロテインキナーゼ阻害剤K- 252aによりH-ATPaseのリン酸化を阻害するとプロト ン放出も阻害されることから,リン酸化がH-ATPase の活性化の原因であることが示された.また,このリン 酸化は,活性制御に重要と考えられていたC末端約110 アミノ酸残基からなる自己阻害ドメインのセリン残基と スレオニン残基にのみ起こっていた(5)

この研究過程で,細胞膜H-ATPaseの免疫沈降を行 うと質量約32 kDaのタンパク質が共同沈降することが 見いだされた.興味深いことに,このタンパク質の共同 沈降量はH-ATPaseのリン酸化レベルに比例してお り,H-ATPaseの活性化と密接にかかわっていること が示された.そこで質量分析による解析が行われ,この タンパク質が14-3-3タンパク質であることが判明し た(6).14-3-3タンパク質は標的タンパク質のリン酸化に 依存して結合し,標的タンパク質の活性,細胞内局在や 安定性などを調節することが知られている.実際,14- 3-3タンパク質は細胞膜H-ATPaseのリン酸化C末端領 域に直接結合することが示された(4)

カビ毒フシコクシンは細胞膜H-ATPaseを不可逆的

図2青色光による気孔開口反応の模式図 14-3-3: 14-3-3タンパク質,BLUS1: BLUE LIGHT  SIGNALING1, PP1: タイプ1プロテインホス ファターゼ,p: リン酸化,Kin channel: 電位 依存性内向き整流Kチャネル.

(3)

に活性化し,このカビが感染した植物では気孔が開きっ ぱなしになり,枯死してしまう(7).このフシコクシンを 用いた研究により,H-ATPaseの自己阻害ドメインの C末端に位置するモチーフYpTV(pTはリン酸化スレ オニン)が14-3-3タンパク質の結合部位であると報告さ れた(8).気孔孔辺細胞の青色光によるリン酸化において も,リン酸化スレオニン残基を含むリン酸化ペプチドを 用いた解析により,この部位が14-3-3タンパク質の結合 部位であること,14-3-3タンパク質が結合することに よって初めて細胞膜H-ATPaseが活性化されることが 示された(9).これらの結果より,細胞膜H-ATPaseは,

定常状態では自己阻害ドメインにより触媒活性が阻害さ れ活性が低い状態になっているが,青色光によりC末端 がリン酸化されると14-3-3タンパク質が結合し,自己阻 害ドメインの構造が変化することによって活性上昇が引 き起こされるものと考えられる.細胞膜H-ATPaseの立 体構造は,これまでC末端自己阻害ドメインを除いたも ののみが明らかにされている(10).今後,全長の細胞膜 H-ATPaseと14-3-3タンパク質を含む立体構造の解明 が待たれる.モデル植物であるシロイヌナズナでは細胞 膜H-ATPaseを コ ー ド す る 遺 伝 子 は11個( ‒

)あり,これらのアイソフォームの1次構造に 特別な違いは見られない(5).孔辺細胞では11個すべて のアイソフォームが発現している(11)

ソラマメ孔辺細胞における14-3-3タンパク質の細胞膜 H-ATPaseへの結合解析の過程で,青色光によってリ ン 酸 化 さ れ,14-3-3タ ン パ ク 質 と 結 合 す る 質 量 約 125 kDaの新たなタンパク質が見いだされた(12).このタ ンパク質は,青色光によりリン酸化され細胞膜に局在す ることやその質量から,1997年にシロイヌナズナの光 屈性の青色光受容体として同定されたフォトトロピン1

(phot1)と推察された(13).フォトトロピンは,N末端に 発色団であるフラビンモノヌクレオチド(FMN)を結 合するLOVドメイン,C末端に典型的なキナーゼドメ インをもつ質量約125 kDaの細胞膜結合性タンパク質 で,青色光を受容すると自身のキナーゼを活性化し自己 リン酸化する.シロイヌナズナにはphot1に加え,フォ トトロピン2(phot2)も存在する.推察のとおり,ソ ラマメのフォトトロピン抗体は,ソラマメの孔辺細胞の 125 kDaタンパク質を認識した.さらに,ソラマメの 孔 辺 細 胞 に は2つ の フ ォ ト ト ロ ピ ン( と

)が発現していることが明らかとなり,孔辺細 胞では2つのフォトトロピンが重複して機能している可 能 性 が 示 さ れ た.そ こ で,シ ロ イ ヌ ナ ズ ナ の

二重変異体の表現型が調べられ,フォトトロピン

二 重 変 異 体 で は 青 色 光 に よ る 気 孔 開 口 も 細 胞 膜H

-ATPaseの活性化も見られず, と が重複し て気孔開口の青色光受容体として機能していることが明 らかとなった(14).フォトトロピンは,気孔開口のみな らず,光屈性,葉緑体光定位運動,葉の横伸展の青色光 受容体として機能する.これらの諸反応は,植物が光を 効率よく吸収し光合成能力を最大限に発揮するために有 効であると考えられている.一方,フォトトロピンが共 通の光受容体であるにもかかわらず,上記の諸反応は互 いに全く異なった反応であり,同じ光受容体がどのよう にして多様な生理反応を生み出しているのかたいへん興 味深い.

青色光受容体フォトトロピンから細胞膜H-ATPase の活性化に至るシグナル伝達については未解明の部分が 多いが,これまでにタイプ1プロテインホスファターゼ

(PP1)の関与が示唆されている(15).また最近,青色光 による気孔開口が損なわれた突然変異体の解析により,

フォトトロピンとPP1の間で働くセリン/スレオニン・

プロテインキナーゼBLUE LIGHT SIGNALING1 (BLUS1)

が同定された(16)(図2).BLUS1は青色光に依存して フォトトロピンにより孔辺細胞内でリン酸化され,その リン酸化が青色光による気孔開口に必要であることか ら,孔辺細胞の青色光シグナル伝達に必須のシグナル因 子と考えられる.一方で,BLUS1はフォトトロピンの かかわるほかの反応には全く影響を与えないことから,

孔辺細胞特有のシグナル伝達における主要な構成因子と 考えられる.また,細胞膜H-ATPaseの細胞膜への局 在化を調節する因子としてPATROL1が同定されてい る(17)

アブシシン酸に応答した気孔閉鎖

植物が乾燥ストレスにさらされると植物ホルモンであ るアブシシン酸が合成され,気孔閉鎖を含めたさまざま な生理応答が引き起こされ,植物の乾燥耐性が付与され る.アブシシン酸による気孔閉鎖は,孔辺細胞の陰イオ ンチャネルが活性化されて細胞膜が脱分極し,電位依存 性の外向き整流性Kチャネルが開口して,孔辺細胞か らKが排出されることにより引き起こされる(18)

アブシシン酸シグナル伝達経路の最上流に位置する受 容体については長い間議論されてきたが,近年,Pyra- bactin Resistance/Pyrabactin Resistance 1-like/Regula- tory Component of ABA Receptor (PYR/PYL/RCAR)

ファミリーのタンパク質がアブシシン酸受容体として種 子発芽や根の生育の阻害,気孔閉鎖などさまざまなアブ

(4)

シシン酸応答に関与することが証明された(19, 20).この ファミリーのタンパク質は,孔辺細胞においてアブシシ ン酸を受容すると,アブシシン酸シグナルの負の制御因 子 で あ るABI1やABI2な ど のProtein phosphatase 2C

(PP2C)と直接結合することによってその活性を抑制 し,その結果,PP2Cによる抑制から解放されたOST1 などのサブクラスIIIのSNF-related kinase 2 (SnRK2)

が活性化される(PYR/PYL/RCARs-PP2Cs-SnRK2s経 路)(21).活性化されたSnRK2は,陰イオンチャネルの実 体 と 考 え ら れ るSLOW ANION CHANNEL-ASSOCI- ATED 1 (SLAC1)を活性化し,細胞膜の脱分極を引き

起こす(22〜25).また,アブシシン酸による細胞膜の脱分

極は,細胞膜H-ATPaseの阻害によっても促進される ことが示唆されている(3).加えて,気孔開口に関与する 内向き整流性Kチャネル遺伝子の転写を制御する bHLH型転写因子のABA-responsive kinase substrates 

(AKSs: AKS1, AKS2, AKS3)が,アブシシン酸に応答 してリン酸化され,Kチャネルの転写を阻害し,気孔 開口を抑制することが示された(26).このように,アブ シシン酸は気孔閉鎖と同時に開口も抑制することで効率 的に気孔閉鎖を誘導していると考えられる.

このほかにも,孔辺細胞におけるアブシシン酸シグナ ル伝達経路には,Ca2+,活性酸素種,NO,  ホスファチ ジン酸,イノシトール誘導体,スフィンゴ脂質などのセ カンドメッセンジャーが関与していることも報告されて いる(18).また,近年,クロロフィルの生合成に関与す るMg-キ ラ タ ー ゼHサ ブ ユ ニ ッ ト(Mg-chelatase H  subunit; CHLH)がアブシシン酸による気孔閉鎖に関与 することが報告されている(27, 28)

気孔開度促進による植物の光合成促進と生産量の増 加

植物が太陽光下で盛んに光合成を行っているとき,多 くの二酸化炭素を必要とするが,気孔の孔を通る際に生 じる抵抗(気孔抵抗)が二酸化炭素取り込みの主要な制 限要因となっており,植物の光合成が制限されていると 考えられている(29).しかしながら,気孔開度が本当に 植物の光合成の制限要因となっているのかどうかについ ては,明確に実証されていない.また,植物の光合成活 性をより向上させるためには,気孔の開き具合を大きく し,気孔抵抗を低下させることが解決法として考えられ るが,これまで人為的に気孔の開口のみを大きくする技 術は報告されていない.一方で,気孔が大きく開いた既 知の突然変異体のほとんどは気孔閉鎖を誘導する植物ホ ルモン・アブシシン酸関連の変異体であり,それらは乾

燥条件下でも気孔を閉じることができないため乾燥に極 端に弱く,表現型が多面的であることから,気孔開度と 光合成や生産量との関係を調べるには不向きであると考 えられる.

このような状況のなか,これまでの研究により明らか となった光による気孔開口反応にかかわる主要因子(青 色光受容体フォトトロピン,細胞膜H-ATPase, 電位依 存性内向き整流Kチャネル)を,気孔を構成する孔辺 細胞のみで発現を誘導することが知られている プ ロモーターを用いて,モデル植物シロイヌナズナの孔辺 細胞だけに発現量を上昇させ,気孔開口を促進すること ができるかが調べられた.その結果,気孔開口の駆動力 を形成する細胞膜H-ATPaseの孔辺細胞での発現量を 約1.5倍増加させることで,光による気孔の開口が野生 株よりも約25%大きくなっていた(30, 31).一方,暗条件 や気孔を閉じさせる作用のあるアブシシン酸存在下で は,H-ATPase過剰発現株も野生株と同様に気孔が閉 鎖しており,光刺激により気孔開口が促進されたときの み,気孔が大きく開口することが確認された.

そこで,光合成蒸散測定装置を用いた解析が行われ,

H-ATPase過剰発現株の生葉では,光強度200 

μ

mol/

m2/sより強い光条件において,二酸化炭素吸収量(光 合成活性)が約15%増加することが示された.一方,

光強度200 

μ

mol/m2/sより弱い光条件では,有意な差は 認められなかった.この結果は,植物が光合成を盛んに 行っているときに気孔開度が二酸化炭素取り込みの制限 要因となることを示している.さらに,植物の生産量に ついて調べたところ,光強度200 

μ

mol/m2/sの条件にお いて,播種後25日目の栄養成長期の植物の地上部の重 量は,野生株と比べ,1.4 〜1.6倍増加しており,種子を 付けた播種後45日目の植物の種子や莢を含む花茎の乾 燥重量は,約1.4倍増加していた(図

3

.しかしなが ら,光強度200 

μ

mol/m2/sより低い条件では,光合成活 性の結果と一致して,生育量に差は見られなかった.ま た,細胞膜H-ATPaseの細胞膜への局在化を調節する 因子PATROL1の植物体全体での過剰発現株も気孔開 口が促進され,植物の生産量が増加することが報告され ている(17)

興味深いことに,常に大きく気孔が開いた恒常活性化 型の細胞膜H-ATPaseを用いた実験では,水不足の状 況ではないにもかかわらず,生産量は野生株と同じかそ れ以下になり,夜など光合成を行っていないときは気孔 を閉じさせることが生産量増加に重要であることを示し ている.また,青色光受容体フォトトロピンや電位依存 性内向き整流Kチャネルの孔辺細胞での過剰発現は,

(5)

気孔の開口や植物の生産量に影響がなかった.以上の研 究により,気孔開口促進には孔辺細胞での細胞膜H-  ATPaseの過剰発現が有用であり,気孔開度が光合成と 生産量の制限要因となっていることが初めて実証され た.

気孔閉鎖促進による植物への乾燥耐性の付与 土壌水分が不足してくると,気孔は体内で合成された 植物ホルモンであるアブシシン酸に応答してすばやく閉 鎖し,植物体からの水分損失を防いでいる.アブシシン 酸に対する応答能やアブシシン酸生合成能を欠いたシロ イヌナズナの突然変異体は,乾燥条件下でも気孔を閉じ ることができず,水不足条件ではすぐにしおれてしま う.アブシシン酸による気孔閉鎖に影響を与えることが 知られているCHLHの発現量を孔辺細胞において調節 させる試みが行われ,CHLHの発現量が低下するとアブ シシン酸に対する感受性が低下し,発現量が増加すると アブシシン酸に対する感受性が増加することが示され た.そこで,CHLH過剰発現株における乾燥耐性が調べ られた結果,通常,野生株では枯死してしまう乾燥条件 下においても,CHLH過剰発現株では依然葉が緑で成長 していることが明らかとなった(32)(図

4

.以上の結果 は,孔辺細胞のアブシシン酸感受性を高めることで,植 物の乾燥耐性が向上することを初めて実証し,その目的 にはCHLHを孔辺細胞に過剰発現させることが有用で あることを示している.

今後の展望

陸生植物の生存に必須の働きをしている気孔開閉のシ グナル伝達の解明が進んできたが,シグナル伝達には依 然不明の部分も多く,さらなる解析が必要である.これ と並行して,近年これらの知見を利用して気孔開度を調

節した形質転換体作出が進んできた.これまでの研究に より,モデル植物であるシロイヌナズナにおいて,光に よる気孔開口を促進すると,一定以上の光強度において 植物の光合成活性(二酸化炭素吸収量)が有意に増加 し,それに伴い,植物の生産量が増加することが示され た.また,気孔孔辺細胞のアブシシン酸に対する感受性 を高めることで,乾燥に対してより強い耐性をもつこと が明らかとなった.これらの結果は,植物に普遍的な気 孔の開閉のメカニズムを利用しているため,実用的な植 物,特に農作物やバイオ燃料植物にも適用可能であると 考えられ,農作物やバイオ燃料用植物の生産量増加や乾 燥耐性付与が期待される.一方で,これら技術は遺伝子 図3 気 孔 孔 辺 細 胞 に お け る 細 胞 膜H ATPaseの過剰発現による植物の成長促進 光強度200 μmol/m2/sの白色光(16時間明期/

8時間暗期)の条件で生育させた播種後25日目 の植物(A〜C)と播種後45日目の植物(D)

図4CHLH過剰発現による植物への乾燥耐性の付与

通常条件下で3週間生育後,18日間水やりを停止したときの植物 体の写真.#1と#2は独立したCHLH過剰発現株.

(6)

組換え技術を利用したものであるため,社会実装への大 きな障壁となることも予想される.打開策としては,遺 伝子組換えの技術に頼らずに同様な効果を引き出すこと ができる化合物の開発や,さまざまな品種間に見られる 蒸散量や乾燥耐性の違いを利用した育種技術の導入が考 えられ,そのようなアプローチによる研究開発の今後の 進展が期待される.

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プロフィル

木下 俊則(Toshinori KINOSHITA)

<略歴>1991年九州大学理学部生物学科 卒業/1993年同大学大学院理学研究科修 士 課 程 修 了/1994年 同 大 学 理 学 部 教 務 員/1999年 同 大 学 大 学 院 理 学 研 究 科 助 手/2007年名古屋大学大学院理学研究科 准教授/2010年同教授/2013年同大学ト ランスフォーマティブ生命分子研究所教 授,現在に至る<研究テーマと抱負>植物 の環境応答,特に気孔孔辺細胞のシグナル 伝達.孔辺細胞は局所的・自律的な環境応 答のモデル細胞と考えられているが,その ほかのさまざまな生理現象とも密接に関連 しており,そこには何らかの統御システム が存在すると思われる.今後は,そのよう な植物の環境情報統御システムについての 研究も進めていきたい<趣味>生き物の観 察と飼育

Copyright © 2015 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.53.608

参照

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