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化学と生物 Vol. 54, No. 8, 2016
世界の琥珀から酵母を用いて単離したバイオプローブ
久慈産琥珀に含まれる新規抗アレルギー物質 kujigamberol
微生物などが産生し,医薬品のシーズに加え,複雑な 真核生物の生命現象の解析に用いられる低分子の生物活 性物質(これを別名バイプローブとも呼ぶ)の探索は日 本人が得意とする分野であり,農芸化学出身の遠藤章先 生と後藤俊男先生によるコレステロール合成阻害剤ML- 236B(コンパクチン)(デカリン骨格の6
β
位にヒドロキ シ基を結合させて,親水性にしたプラバスタチンが医薬 品として開発)と免疫抑制剤FK506(タクロリムス)の発見,ならびに実用化は,人類の健康に対し大いなる 貢献をしている.また,2015年のノーベル生理学・医 学賞は,オンコセルカ症に有効なイベルメクチンの開発 で,北里大学の大村智先生が受賞された(1).
筆者らは,主に生命や疾病において重要な遺伝子を破 壊する(変異させる)ことで,いわば意図的に病気の状
態にした3種類の出芽酵母 を
用い,その酵母を元のように元気に生育回復させる活性
(ヒトの病気の予防や治療効果が期待できる)で評価す る表現型スクリーニングにより,各種天然資源から構造 や活性が新規のバイオプローブの探索を行っている.そ の中で,いまだスクリーニングのための天然資源として 用いられたことがなく,バイオプローブが単離されてい ない,岩手県久慈市の重要な地下天然資源である久慈産 琥珀に着目した.2006年に日本農芸化学会から拝受し た,第3回農芸化学研究企画賞「Ca2+シグナル伝達にか かわる遺伝子変異酵母を用いたスクリーニングと活性物 質の医薬品への活用」における遺伝子変異酵母株(
Δ Δ / Δ)の生育回復活性を調べたところ,活 性が認められたため研究を開始し,最近実用化されたの で報告する.なお,用いた遺伝子変異酵母株は,Ca2+
シグナル伝達と細胞周期にかかわる 遺伝子を破壊 し,さらに酵母の薬剤透過性が悪い欠点を補うため,膜 のエルゴステロール生合成遺伝子( )と薬剤排出 ポンプにかかわる遺伝子( と )を破壊した 四重破壊株を用いた(広島大学大学院,宮川都吉名誉教 授作製)(2).
琥珀とは,植物の樹脂が数億年から数千万年間地中に 埋もれて化石化したものであり,世界各地で採取される が,ロシア産(4,000〜3,500万年前),ドミニカ産(4,500〜
3,500万年前,2,000〜1,500万年前),ならびに久慈産琥 珀(約8,500万年前)が商業化されている琥珀として有 名である.成分組成はその大半がポリラブダノイドであ り,アルコールなどで抽出される可溶性画分は3〜5%
程度にすぎず,可溶性の割合は琥珀の年代の古さ,すな わちポリマーの重合度に反比例する.組成の特徴により クラスI〜Vに分類されているが,主なものはクラスIの 琥珀であり,communic acidやcommunolを主とするポ リマーで,コハク酸を含むIa(ロシア産琥珀)と含まな いIb,またはozic acidとozolを主とするポリマーでコ ハク酸を含まないIc(ドミニカ産琥珀)などに分類され る(3).琥珀は高価な装飾品としてのイメージが一般的で あるが,ロシアでは医薬品として,また日本でも化粧品 として利用されているものの,その生物活性物質を単離 して構造を明らかにした例は皆無であった.地球化学
(Geochemistry)の分野では年代や起源樹などの研究が 盛んであり,構成成分は熱分解GC‒MS,固体NMR,な らびにIRなどで分析が行われているものの,実際に物 質を単離精製して構造を決定した例として,約5,500万 年前のフランス産琥珀のquesnoinと命名された五環性 ジテルペンの新規物質の1例が知られている(4).しかし,
その研究では生物活性を指標に単離したわけでなく,
quesnoinの生物活性にも全く触れられていない.それは,
恐らく均一な琥珀を研究者が大量に集めることが困難で あることと,琥珀自体が高価であることが一つの要因と 思われる.
久慈産琥珀,ロシア産琥珀,ならびにドミニカ産琥珀 粉末のメタノール抽出物のいずれにも,遺伝子変異酵母 株で表現型が異なる生育回復活性が認められた.そこ で,それぞれの生物活性物質を単離精製して構造決定を 行った結果,久慈産琥珀抽出物からは,メインの新規物 質15,20-dinor-5,7,9-labdatrien-18-ol(久 慈(Kuji) 産 の 琥珀(Amber)から得られた水酸基(-ol)を含む物質 という意味で,間に “g” を加えてkujigamberol(クジ ガンバロール=久慈頑張ろう!!)と命名した)が単離で きた(5).有機合成にも成功し,天然物の4位の不斉炭素 は 体であるが,非天然型の 体でも酵母や細胞に対し 同様の生物活性を示すことを明らかにした(6).その後マ
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イ ナ ー な2種 の 新 規 物 質13-methyl-8,11,13-podocarpa- trien-19-olと15,20-dinor-5,7,9-labdatrien-13-ol,ならびに UV吸収が弱く新規物質類とは構造が異なる,既知物質 で は あ る も の の 初 め て 天 然 資 源 か ら 単 離 で き た 14,15,16,19-tetranor-labdane-13,9-olide(スピロラクトン 化合物)も得ることができた(論文準備中).一方で,
ロシア産琥珀とドミニカ産琥珀から単離した生物活性物 質は,すべてが現代の松やマメ科植物からも単離されて いる既知物質であった(図1).本研究は,バイオテク ノロジー技術で作製した遺伝子変異酵母株を用いて,太 古より現代に新規物質kujigamberolを蘇らせた研究で あり,「ジュラシック・パーク」が思い出される.
さて,久慈産琥珀からだけ,なぜ新規物質が単離され るのだろうか? それは,メキシコのユカタン半島に巨 大隕石が落下して地球環境が大きく変化し,恐竜や植物 を含む多くの生物が絶滅した約6,500万年前のK-Pg境界
(以前はK-T境界と呼ばれた)よりも,久慈産琥珀が古 いということに関係があるのかもしれない(図1).久 慈産琥珀の起源樹は,現代のナンヨウスギ科(
)由来と言われているものの,われわれは現代に は存在しないK-Pg境界における絶滅植物種ではないか と推定している.しかし,われわれの前にはとてつもな く長い年月が横たわっている.その証明として,起源樹 が現代のナンヨウスギと言われている,久慈産琥珀以外 のK-Pg境界よりも古い年代の世界の琥珀の遺伝子変異
酵母株に対する活性の有無を調べ,その後生物活性物質 を単離精製して構造を決めていくことで,一つの手がか りが得られるものと考えている.もちろん,それには年 代だけではなく,地域環境の違いという要因も念頭に置 かなければならず,琥珀起源樹本来の代謝産物の生合成 経路と,長い年月による後天的な化学変化の違い(続 成)の両方を考慮して検討する必要がある.
表現型スクリーニング系を用いた場合,標的分子は未 知のため,得られたバイオプローブの効果が期待できる 疾病の予想はつかない(2).しかし今回は,久慈琥珀(株)
の琥珀加工に携わる従業員に花粉症の人がいないという 疫学的事実をもとに,最初にアレルギーに的を絞り動物 試験を行ってみた.その結果,予想は見事に的中し,久 慈産琥珀アルコール抽出液にもkujigamberolにも,医 薬品を超える抗アレルギー活性(モルモットにおける鼻 腔抵抗試験における効果)が認められた.医薬品の開発 には時間とお金の問題が横たわるが,機能性をうたわな い一般の製品であれば商品化は早い.幸い,われわれの 久慈産琥珀にかかわる基礎研究に注目してくれた企業が 化粧品として開発し,昨年10月に発売に至った.われ われは,ラット好塩基球性白血病細胞RBL-2H3細胞を 用いた抗アレルギーのメカニズム解明を現在進めてお り,細胞でもCa2+流入阻害による脱顆粒抑制効果が認 められている(論文準備中).Kujigamberolの含量を定 量した久慈産琥珀抽出エキスは,化粧品以外にもマスク 図1■久慈産琥珀,ロシア産琥珀,ならび にドミニカ産琥珀から得られた生物活性物 質の構造
K-Pg境界より古い久慈産琥珀からは,新規 構造や現代の植物では報告がない物質が得ら れ,K-Pg境界より新しいロシア産,ドミニ カ産琥珀からは,現代の植物からも同様の方 法で単離される既知物質しか得られていな
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やティッシュのスプレー剤,ろうそく,家具の表面加工 などのさまざまな用途が考えられ,われわれの農芸化学 の基礎研究が地方創生や震災復興などにおいて,少しで もお役に立てば望外の喜びでもある.
1) J. H. McKerrow: , 32, 1610 (2015).
2) Y. Ogasawara, J. Yoshida, Y. Shiono, T. Miyakawa & K.
Kimura: , 61, 496 (2008).
3) J. B. Lambert, J. A. Santiago-Blay & K. B. Anderson:
, 47, 9608 (2008).
4) J. Jossang, H. Bel-Kassaoui, A. Jossang, M. Seuleiman &
A. Nel: , 73, 412 (2008).
5) K. Kimura, Y. Minamikawa, Y. Ogasawara, J. Yoshida, K.
Saitoh, H. Shinden, Y.-Q. Ye, S. Takahashi, T. Miyakawa
& H. Koshino: , 83, 907 (2012).
6) Y.-Q. Ye, H. Koshino, D. Hashizume, Y. Minamikawa, K.
Kimura & S. Takahashi: , 22,
4259 (2012).
(木村賢一*1,越野広雪*2,*1 岩手大学農学部応用生物 化学科,*2 理化学研究所環境資源科学研究センター)
プロフィール
木村 賢一(Ken-ichi KIMURA)
<略歴>1982年東北大学農学部農芸化学 科卒業/1984年同大学大学院農学研究科 修士課程修了/同年雪印乳業(株)入社,生 物科学研究所配属,同時に理化学研究所委 託研究生(2年間)/1990年農学博士(東 北大学)/2000年雪印乳業(株)岩手医薬品 工場品質管理室長/2001年岩手大学農学 部助教授,准教授を経て,2010年より教 授,現在に至る<研究テーマと抱負>天然 資源由来の新規バイオプローブの探索と標 的分子の解明(ケミカルバイオロジー)
<趣味>お笑いを見ること,なでしこサッ カー観戦
越野 広雪(Hiroyuki KOSHINO)
<略歴>1985年北海道大学農学部農芸化 学科卒業/1990年同大学大学院農学研究 科博士課程修了/同年理化学研究所基礎科 学特別研究員/1992年同研究員/2000年 同分子構造解析室室長/2015年同環境科 学資源科学センターユニットリーダー,現 在に至る<研究テーマと抱負>NMRなど の機器分析による構造解析法の開発と応用 研究<趣味>町並み散策
Copyright © 2016 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.54.537
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