78 化学と生物 Vol. 55, No. 2, 2017
光化学系 I– 光化学系 II 超複合体の発見と機能
新しい光防御機構
植物は緑色である限り,赤と青の光を吸収し続けてい る.吸収された光のエネルギーは直ちに励起エネルギー となり,温和な条件であれば,励起エネルギーは光化学 系反応中心(Photosystem Reaction Center)で電子の 流れとなって物質生産に使われている.しかし植物がス トレスを受けると,電子の流れや物質生産が滞り,励起 エネルギーが余るようになる.過剰な励起エネルギーの 性質は極めて短い時間で変化し(〜10−7秒),活性酸素 などを発生させ細胞死を招く.そのため植物は,励起エ ネルギーを無駄なく,安全に扱う方法を発達させてき た.
植物を含むすべての酸素発生型の光合成生物は,2種 類の異なる光化学系反応中心(光化学系I; PSI,光化学 系II; PSII)を連動させて光合成を行っている.この2つ は構造も進化的な由来も異なっており,これまではそれ ぞれが違った場所に存在すると考えられてきた(図1). しかし,PSIとPSIIは連続した反応を担っており,特に 上流のPSIIでは励起エネルギーが余る状態になりやすい.
したがってPSIとPSIIの両方を統合的に制御するしく みが不可欠であるが,最近までそのしくみについてはよ くわかっていなかった.また,PSIとPSIIが結合する可 能性についても古くから論じられてきたが(1),直接的に 証明することは困難であった.
私たちはこれまでさまざまな光合成生物において,光 化学系の励起エネルギー移動の解析を行ってきた.PSII にもPSIにも色素が結合しており,色素に光が吸収され て発生する励起エネルギーによって電子伝達が駆動され る.ここで,励起エネルギーは物理的に会合した色素タ ンパク質間でしか伝達されない.そのため,もしPSII の励起エネルギーがPSIに移動するならば,両者が物理 的に会合しているということになる.両者が直接会合し ていれば,駆動力である励起エネルギーを互いに無駄な く共有できるはずである.
最初にPSIとPSIIが複合体を形成することが示された のは,紅藻である(2).その2年後には,紅藻の葉緑体の 先祖であるラン藻から,巨大な光捕集アンテナ(フィコ ビリソーム)の下部にPSIとPSII両者がそれぞれ結合し た超複合体が精製され,その構造が明らかとなった(3).
ラン藻や紅藻の超複合体は,フィコビリソームで集めた 励起エネルギーをPSIとPSIIそれぞれに渡すために働 いている(図2a).
陸上植物を含む緑色植物の光合成生物は,フィコビリ ソームをもたないことから,前述の紅藻やラン藻とは事 情が異なっている.陸上植物におけるPSI‒PSII超複合 体は,今年初めてその存在が証明された(4).陸上植物で は,PSIとPSIIはアンテナを介さず直接互いに結合して おり,光捕集アンテナはその周りに結合して巨大な超複 合体を形成している(図2b).PSII全体の6割以上が超 複合体に組み込まれて存在しており,超複合体は光化学 系の主要な存在状態の一つであると言える.超複合体に おいて,励起エネルギーは通常PSIとPSIIの間で分配 されるが,ストレスによりPSIIで励起エネルギーが余 るようになると,そのエネルギーはPSIに移動する.こ の切り替えが自動的に起こるのは,両者が直接会合して いるからである.これにより,電子伝達の上流に位置す るPSIIの過剰なエネルギーを有効活用して,下流に位 置するPSIの駆動力を上げることができ(図3),滞って いた反応を進めることができる.この機能は,陸上植物 が強光環境に適応するために重要だったと考えられる.
それは,強光環境ではPSIIからPSIへの電子伝達が追 いつかず,PSIIが過剰なエネルギーを抱え込みやすい からである.
これまでに,PSIIの過剰なエネルギーを熱に変える しくみがさまざまな生物において報告されており,陸上 植物ではPsbSと呼ばれるタンパク質が関与しているこ とが知られている(5, 6).しかし,PSIIの6割が存在する PSI‒PSII超複合体にはPsbSがほとんど結合していない ことが判明した(2).つまりPsbSは,超複合体を形成し ていないPSIIの励起エネルギーを熱に変えることで PSIIの駆動力を抑制していることになる.一方,PSI‒
PSII超複合体では,PSIIの過剰な励起エネルギーはPSI に渡される.PSIは効率的に過剰なエネルギーを熱に変 換する機能をもっているため,超複合体内のPSIIは過 剰な励起エネルギーから保護される.以上のしくみに よって,PSIIの保護と駆動力の抑制,PSIの駆動力の強 化が実現されている.私たちは,PSIIの抑制とPSIの強
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化が同時に起こることが,光防御機能の向上に寄与する と考えて,現在研究を進めている.
このように,独立して存在すると考えられてきたPSII とPSIは,物理的にも,また制御の面でも,緊密に関連 し合っていることがわかってきた.光化学系反応中心は 光合成反応の最初の段階を担っており,さまざまな環境 ストレスに植物が適応するうえで最初に制御されなけれ ばならない対象でもある.水を電子供与体に選んだこと は,光合成生物が地球上の幅広い場所に生育することを 可能にした.しかしそれには2種類の反応中心の連動が 必要であり,そのため,酸素発生型の光合成生物はさま ざまな制御機構を構築してきた.そのなかでも植物は優 れた機構を獲得し,環境変化の激しい陸上で繁栄してい る.今回明らかになったPSI‒PSII超複合体による制御 機構では,一度複合体が形成されれば,後の制御は自動 的に起こるため,低温などの厳しい環境への適応にも大
きな力を発揮していると思われる.今後は常緑樹や地衣 類など厳しい環境に生育する光合成生物でのPSI‒PSII 超複合体の役割を解明していきたい.
1) K. Satoh, R. Strasser & W. Butler:
, 440, 337 (1976).
2) M. Yokono, A. Murakami & S. Akimoto:
, 1807, 847 (2011).
3) H. Liu, H. Zhang, D. M. Niedzwiedzki, M. Prado, G. He, M. L. Gross & R. E. Blankenship: , 342, 1104 (2013).
4) M. Yokono, A. Takabayashi, S. Akimoto & A. Tanaka:
, 6, 6675 (2015).
5) M. Fan, M. Li, Z. Liu, P. Cao, X. Pan, H. Zhang, X. Zhao, J. Zhang & W. Chang: , 22, 729 (2015).
6) C. Liu, Z. Gao, K. Liu, R. Sun, C. Cui, A. Holzwarth & C.
Yang: , 127, 109 (2015).
(横野牧生*1,高林厚史*1,秋本誠志*2,田中 歩*1,
*1北海道大学低温科学研究所,*2神戸大学分子フォト サイエンスセンター)
図1■これまでの光合成のモデルと励起エ ネルギーバランス
色素に光が吸収されると励起エネルギーが発 生する.反応中心は,励起エネルギーを受け 取り,電子伝達の駆動力を生み出す.そのた め,2種類の光化学系(PSIとPSII)は協調 して働かなければならない.2つの光化学系 間の電子伝達は物質拡散によって行われるた め,上 流 に 位 置 す るPSIIは 過 剰 な エ ネ ル ギーを抱えやすい.
図2■シアノバクテリア(a)と高等植物(b)の超複合体
図3■超複合体による過剰エネルギーの利用
PSIIが単独で存在する場合,PSIIで捕捉された過剰なエネルギー は熱として放散される.一方,PSI‒PSII超複合体では,PSIIで捕 捉された過剰なエネルギーはPSIに伝達され,光合成に利用され たり,熱として放散される.
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80 化学と生物 Vol. 55, No. 2, 2017 プロフィール
横野 牧生(Makio YOKONO)
<略歴>2003年北海道大学工学部応用化 学学科卒業/2005年同大学大学院工学研 究科修士課程修了/2008年同大学大学院 環境科学院博士課程修了/同年同大学低温 科学研究所博士研究員/2009年神戸大学 分子フォトサイエンス研究センター日本学 術振興会特別研究員/2012年同センター 学術研究員/2013年北海道大学低温科学 研究所博士研究員,現在に至る<研究テー マと抱負>光合成生物の環境適応機構<趣 味>植物園,音楽
高林 厚史(Atsushi TAKABAYASHI)
<略歴>1999年京都大学農学部生物機能 科学科卒業/2006年同大学大学院生命科 学研究科統合生命科学専攻博士課程修了/
2007年名古屋大学遺伝子実験施設・日本 学術振興会特別研究員(PD)/2009年北海 道大学低温科学研究所助教,現在に至る
<研究テーマと抱負>緑藻と陸上植物の光 合成と窒素代謝の制御機構,およびその進 化<趣味>読書,ボードゲーム<所属ホー ム ペ ー ジ>http://www.lowtem.hokudai.
ac.jp/plantadapt/
秋本 誠志(Seiji AKIMOTO)
<略 歴>1988年 京 都 大 学 理 学 部 卒 業/
1992年日本学術振興会特別研究員/1993 年同大学大学院理学研究科博士過程単位取 得退学/同年北海道大学工学部助手/1994 年博士(理学)/2007年神戸大学分子フォ トサイエンスセンター助教授,現在に至る
<研究テーマと抱負>光合成初期過程に関 する分光学的手法を用いた研究<趣味>器 楽 演 奏<所 属 ホ ー ム ペ ー ジ>http://
www2.kobe-u.ac.jp/~seiji/index.html 田 中 歩(Ayumi TANAKA)
<略 歴>1977年 京 都 大 学 理 学 部 卒 業/
1982年理学博士取得(京都大学)/同年日 本学術振興会特別研究員/1986年京都大 学 理 学 部 助 手/1995年 同 大 学 理 学 部 講 師/1998年北海道大学低温科学研究所教 授,現在に至る<研究テーマと抱負>クロ ロフィルという小さな分子から,エネル ギー代謝,代謝調節,環境適応,老化や進 化など,植物のすべてを見ることを目指し ている<趣味>防波堤の散歩<所属ホーム ページ>http://www.lowtem.hokudai.ac.jp/
plantadapt/
Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.78
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