• 検索結果がありません。

作物のホウ素欠乏を迅速 ・ 的確に診断する技術

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2023

シェア "作物のホウ素欠乏を迅速 ・ 的確に診断する技術"

Copied!
3
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

812 化学と生物 Vol. 53, No. 12, 2015

細胞壁ペクチンのホウ酸架橋率は植物のホウ素欠乏の有用な診断指標となる

作物のホウ素欠乏を迅速 的確に診断する技術

ホウ素(B)は,原子番号5(原子量10.8)の元素であ り,炭素(原子番号6,原子量12.0)より原子番号が一 つ小さい.ホウ素が植物の必須元素であることは,1923 年に初めて報告されて以来,広く認められてきた.一 方,動物ではホウ素の必須性を示唆する報告はあるもの の認められるまでには至っていない.植物のホウ素必要 量は,多量必須元素である窒素,リン,カリウムなどに 比べてかなり少なく,ホウ素は鉄,マンガン,亜鉛など とともに微量必須元素の仲間である.ホウ素が欠乏した 植物では,地上部や根の先端のような細胞伸長が盛んな 部位の生育が阻害され,さまざまな外観症状が現れる.

農業現場での作物のホウ素欠乏は世界各地で起きてお り,わが国では降水による溶脱が多い西南地域での発生 事例が多い.実際,近年でも鹿児島県の農家圃場でマン ゴーやソラマメのホウ素欠乏による障害が報告されてい る.農業現場では,病虫害や生理障害などさまざまな原 因による作物生育障害が発生するが,外観症状などから ホウ素欠乏が疑われる場合,ホウ素欠乏であるか否かを 診断(1)する必要がある.これまでは,まず作物体のホウ 素含量を分析し,障害試料中の含量が健全試料に比べて 少なければホウ素欠乏の可能性が大きいと考えた.次い で確定診断のために,ホウ素肥料の葉面散布・施肥試験 やホウ素欠除条件での水耕栽培などを行う必要がある

が,これには多くの時間と労力を要するという問題が あった.

一方,植物のホウ素必須性が報告されて以後,長い 間,植物体内における必須性の分子機構については不明 であった.ほかの微量必須元素はイオン性であり,鉄,

亜鉛など金属元素は,タンパク質や酵素の構成成分とし て酸化還元や加水分解反応などで機能する.それに対し て,ホウ素は生理条件では中性のホウ酸分子として存在 しており,ホウ酸はジオール基とエステル結合をつくり やすい性質をもつことから,ほかの微量元素とはかなり 異なる分子機能が予想されていた.そこへ,1993年の 京都大学間藤らによる細胞壁からのホウ素‒多糖複合体 の単離を契機として(2),ホウ素の主な機能は,細胞壁ペ クチンのラムノガラクツロナンII(RG-II)部分をホウ 酸エステル結合により架橋して,細胞壁構造を安定化さ せることであることが,2005年頃までに明らかになっ

(3, 4).RG-IIは,ガラクツロン酸の直鎖に多種多様な構

成糖からなる4種類の側鎖が結合した複雑な構造をもつ ペクチン性多糖であるが,ホウ酸はある側鎖の根元に位 置するアピオースのジオール基とエステル結合すること により,ペクチン同士を架橋するのである.このホウ素 の機能についての知見をもとにして,われわれは,細胞 壁ペクチンのホウ酸架橋率を指標とする迅速で的確な作

図1ホウ素(B)栄養レベル別の植物体内ホウ素の存在形態イメージと架橋率

架橋Bは,細胞壁ペクチンのRG-II部分同士を架橋しているB, 水溶性Bは,余分の水抽出されるB. 「ホウ素欠乏」は,RG-IIの半分が架橋 されている場合を例示.文献6より,許可を得て一部改変して転載.

今日の話題

(2)

813

化学と生物 Vol. 53, No. 12, 2015

物のホウ素欠乏診断法を考案した(5)(図1.ホウ素十分 から欠乏限界の場合,ホウ素はペクチン架橋部位のすべ てと結合し架橋率は1.0となり,余分なホウ素は水溶性 として蓄積するのに対して,ホウ素欠乏の場合は,ホウ 素は架橋部位の一部としか結合できず,その分,架橋率 は1.0より小さくなる.したがって,ホウ酸架橋率の値 からホウ素欠乏の有無や欠乏度合いを診断できるという ものである.

このホウ酸架橋率を指標とするホウ素欠乏診断法の実 用性を,黒変障害のソラマメを対象に検討した(6).近 年,鹿児島県の農家圃場で発生しているソラマメ黒変障 害は,莢内部の海綿状組織が黒変する生理障害で,その 原因はホウ素欠乏であることが明らかにされている.そ こで,現地圃場から採取した黒変障害莢の子実から調製 した細胞壁をペクチン分解酵素で処理し,得られたホウ 酸架橋RG-II(分子量10 k)と非架橋RG-II(分子量5 k)

をサイズ排除高速液体クロマトグラフィーにより分離分 析し,架橋率を求めた.その結果(図2,障害発生が 見られない圃場の莢(すべて障害無)では,架橋率はほ ぼ1.0であったのに対して,障害が発生する圃場では,

黒変障害の症状の程度,すなわちホウ素欠乏の度合いに 応じて架橋率は0.4程度まで低下した.この結果は,ホ ウ酸架橋率が0.9程度の値より小さい場合はホウ素欠乏 であること,およびその値が小さいほどホウ素欠乏の程 度が大きいことを示している.このようにして,ホウ酸 架橋率を指標とするホウ素欠乏診断法の現場適用性を実 証することができた.

これまで調べられたすべての維管束植物の細胞壁か ら,一定量のホウ酸架橋RG-IIが見いだされている.そ のことから,より微量なホウ素がほかの機能を有してい る可能性は残されているものの,維管束植物でのホウ素 の主な機能はペクチンのホウ酸架橋による細胞壁構造の 安定化であると言って良い.したがって理論上,ホウ酸 架橋率を指標とするホウ素欠乏診断法は,すべての維管 束植物に適用可能であると考えられる.実際に,外観症 状からホウ素欠乏が疑われたさまざまな現場作物に対し て,ホウ酸架橋率を分析したところ,健全試料ではほぼ 1.0であった.一方,障害試料では0.5程度まで低下して いる場合とほぼ1.0の場合があり,前者はホウ素欠乏で あり,後者はホウ素欠乏ではないと診断した.このよう に,現在,さまざまな現場作物に対して,本診断法の適 用性の検討を進めている.ホウ酸架橋率は,ホウ素欠乏 程度に応じて低下するので,欠乏程度が比較的小さく,

外観症状が現れない潜在的欠乏の診断も可能ではないか と考えている.

本診断法によりホウ素欠乏であることが判明すれば,

直ちにホウ素肥料の葉面散布・施用など適切な対策をと れば良いし,ホウ素欠乏でないことが判明すれば,ほか の原因を探れば良い.筆者は20年ほど前に,ホウ素必 須性の分子機構を知りたいという興味から,植物体内の ホウ素の存在化学形態と動態・機能に関する研究を始め た.その中で得られた知見が,ホウ素欠乏診断法という 形となって農作物生産に多少なりとも貢献できるように なればと思っている.また余談になるが,1923年に Waringtonが植物のホウ素必須性を水耕栽培で実証した ときにはbroad bean(ソラマメ)が用いられた.今回,

われわれが本診断法の実証に用いた作物も,期せずして 黒変障害のソラマメであったが,何か因縁めいたものが 感じられなくもない.

謝辞:本研究の一部はJSPS科研費25450087の助成を受けたものです.

  1)  R. W. Bell:  , 193, 149 (1997).

  2)  間藤 徹:化学と生物,35, 864 (1997).

  3)  M.  A.  OʼNeill,  T.  Ishii,  P.  Albersheim  &  A.  G.  Darvill: 

55, 109 (2004).

  4)  H. Funakawa & K. Miwa:  , 6, 223 (2015).

  5)  T. Matsunaga & T. Ishii:  , 22, 1125 (2006).

  6)  松永俊朗,樗木直也:土肥誌,85, 453 (2014).

(松永俊朗,農業・食品産業技術総合研究機構)

図2黒変障害のソラマメ莢中の子実のホウ酸架橋率

障害発生圃のソラマメ莢を採取後,障害無,軽症,重症に分けた.

障害無発生圃の莢は,すべて障害無.

今日の話題

(3)

814 化学と生物 Vol. 53, No. 12, 2015 プロフィル

松永 俊朗(Toshiro MATSUNAGA)

<略歴>1982年東京大学大学院農学系研 究科修士課程修了/同年農林水産省農業研 究センター研究員/以後,農業環境技術研 究所,九州農業試験場を経て,2006年農 研機構中央農業総合研究センター上席研究 員,現在に至る<研究テーマと抱負>土 壌‒植物系における栄養元素の存在化学形 態と動態・機能<趣味>散策,文献渉猟

Copyright © 2015 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.53.812

今日の話題

参照

関連したドキュメント

217C-11 株を見いだすことに成功した.この酵 素は,イヌロスクラーゼに分類される新規な糖転移酵素であ ることが明らかになった.また,酵素の反応条件を任意に選 択することによって合成されるイヌリンの平均鎖長を制御で きることもわかった.こうして作られたイヌリンは,植物由 来のイヌリンに比べて水溶性が高く,食品加工特性に優れる

LGOXとLGOX前駆体の性質 LGOX は,安定性に優れたヘテロ六量体構造(α2β2γ2)を有 する分子量14万のフラビン酵素であった.l-グルタミン酸以外 のアミノ酸に全く作用せず,これまで報告されているl-アミノ 酸オキシダーゼ群の中で,最も基質特異性の厳格な酵素であ る.LGOX遺伝子をクローニングして解析したところ,α, β, γ