656 化学と生物 Vol. 55, No. 10, 2017
ヒザラガイの磁鉄鉱形成メカニズム
磁石の歯形成にかかわるタンパク質の探索
磁性鉱物の一種である磁鉄鉱(Fe3O4)は,マグマから 形成される火成岩の一成分として環境中に分布している.
1962年にLowenstamが世界で初めて,生物由来の磁鉄 鉱であるヒザラガイの歯を発見し,報告した(1).この報 告により初めて,磁鉄鉱が生体内の穏和な条件下におい て形成されることが示された.その後,細菌や魚,鳥か らも磁鉄鉱が発見され報告されている.生体内で磁鉄鉱 を形成するため,生物はタンパク質などの有機物を使っ て鉄の濃縮や酸化還元を制御していると考えられる.
Lowenstamはさらに,磁鉄鉱からなるヒザラガイの 歯が高い機械的強度をもつことを示した.Weaverらが ナノインデンターを用いて行った硬さ測定の結果から,
ヒザラガイの歯が生物由来の鉱物(バイオミネラル)の なかで最も高い硬度および剛性をもつことが示された(2). その耐摩耗性は高強度材料として,歯科材料や研磨材,
切削工具などに用いられるジルコニアを超えることが示 されている.ヒザラガイの歯の形成機構を明らかにする ことで,この超硬質歯を模倣した新しい耐摩耗性材料を 創製できる可能性がある.
ヒザラガイの歯はリボン状の基底膜上に70列以上並 んでおり,この組織は歯舌と呼ばれている.歯舌上にあ る個々の歯の歯冠部に磁鉄鉱が沈着している.ヒザラガ イは歯舌の前方の数列の歯のみ摂食に利用しており,歯 が擦り減ると,新しく形成された歯が後方から前に押し 出されることにより歯が新生される.そのため,ヒザラ ガイの歯舌上では常に新しい歯が形成されている.歯の 形成においては,まず
α
-キチンを主成分とする歯の基盤構造が形成される.この段階では鉄はほとんど沈着して おらず,有機物からなる透明な構造体である.その後,
酸化鉄が沈着し,赤茶色を呈するようになる.さらに酸 化鉄の結晶化が進むことで,黒色の磁鉄鉱が沈着した歯 が形成される.ヒザラガイの歯舌上には上記の異なる結 晶化ステージの酸化鉄を有する歯が同時に存在している ため(図1),生物による磁鉄鉱形成のプロセスを理解 するうえで優れた研究材料であると言える.
図2■形成過程にあるヒザラガイの歯の模式図 図1■オオバンヒザラガイの歯舌
左側が未成熟の歯で右にいくほど酸化鉄の結晶化が進んでいる
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
今日の話題
657
化学と生物 Vol. 55, No. 10, 2017
筆者らは世界最大のヒザラガイであるオオバンヒザラ ガイ(学名: )を用いて,形成過程 にある歯の詳細な解析を行った.酸化鉄の沈着を示す赤 茶色を呈した最初の歯およびその後に続く4列の歯を電 子顕微鏡により解析した.その結果,歯冠部のキチン繊 維上に酸化鉄の前駆体と思われるミネラルが沈着し,歯 の成熟が進むにつれ,沈着したミネラルのサイズが増大 していく様子が確認された.シンクロトロン放射光を用 いたX線回折より,最初に沈着したミネラルは非晶質の 酸化鉄であるフェリハイドライドであること,歯の成熟 化に伴い,フェリハイドライトが磁鉄鉱に変化していく ことが確認された(3).さらに,電子顕微鏡解析から,歯 の前方部と後方部で,キチン繊維の密度と沈着するミネ ラルのサイズおよび数が異なることが示された(図2). 前方部はキチン繊維が密に存在し,直径20〜50 nmのミネ ラルが多数沈着していた.一方,後方部のキチン繊維は よりまばらに存在し,キチン繊維上には直径100〜200 nm のミネラルが沈着していたが,その数は前方部に比べる と少なかった.上記観察結果より,キチン繊維がミネラ ル沈着部を提供していると考えられ,キチン繊維が密に 存在している前方部では沈着するミネラルの数が多くな り,結果として個々のミネラルのサイズが小さくなった のに対し,キチン繊維がまばらな後方部では沈着するミ ネラルの数が少ないため,個々のミネラルのサイズが大 きくなったと考えられた.ところで,磁鉄鉱が沈着した 歯冠部と,磁鉄鉱を沈着しておらず主に有機物からなる 基底部および基底膜は同じ
α
-キチンで構成されている.このことから,歯冠部のキチン繊維上に酸化鉄を沈着す るタンパク質などの有機物の存在が示唆された.
そこで筆者らは歯冠部特異的に存在するタンパク質を 同定することを目的とし,磁鉄鉱が沈着した歯冠部を基 底部から分離した.その後,歯冠部とそのほかの有機膜 部分(基底部および基底膜)それぞれからタンパク質を 抽出し,nano-LC-MSを用いて解析を行った(4).オオバ ンヒザラガイのゲノムは未解読であるため, ペ プチド配列解析法を用いてアミノ酸配列を決定した.そ の結果,6個のタンパク質が歯冠部特異的なタンパク質 として同定された.同定されたタンパク質のうち,酸素 運搬にかかわるミオグロビンは酸化鉄形成の際の酸素濃 度の調節に関与している可能性が示唆された.また,加 水分解酵素であるジエンラクトンヒドロラーゼに相同性 を示すタンパク質が同定された.海綿のシリカ骨格から
分離されたシリカテインタンパク質は,システインプロ テアーゼに相同性を示し,活性中心残基がシリカの前駆 体となるシリコンアルコキシドの加水分解およびその後 の重縮合反応を触媒することが示されている(5).このこ とから,歯冠部から同定された加水分解酵素も,酸化鉄 のバイオミネラリゼーションにおいて同様の触媒機能を もつ可能性がある.さらに,歯冠部特異的なペプチドと して,酸性アミノ酸を配列中に多く含むペプチドが同定 された.複数の報告から酸性アミノ酸が酸化鉄形成にお いて重要な役割を担っている可能性が示唆されている.
磁性細菌から磁鉄鉱の形状制御にかかわるMms6タンパ ク質が分離,同定されている.このMms6タンパク質の 配列中に含まれる酸性アミノ酸が連続したドメインは鉄 イオンの結合にかかわることが示されている(6).また,
Gordonらは,ポリアスパラギン酸が,熱力学的に準安 定相であり生理的条件下では形成されにくいフェリハイ ドライトの形成を促進することを示した(7).これらのこ とから,ヒザラガイの歯冠部特異的に存在する酸性のペ プチドは磁鉄鉱の前駆体であるフェリハイドライトの沈 着にかかわっている可能性が示唆される.
ヒザラガイにおいて磁鉄鉱沈着を制御するタンパク質 を特定することができれば,センサーやメモリの作製に 用いられる金属酸化物の基板上へのパターニング技術に 応用できる可能性がある.今後,歯冠部から同定された タンパク質の遺伝子発現解析や機能解析などの分子生物 学的研究と,生物のシステムを模倣した酸化鉄合成など の材料科学的研究を組み合わせた学際的な研究により,
ヒザラガイの磁鉄鉱形成分子メカニズムの解明がさらに 進むことが期待される.
1) H. A. Lowenstam: , 73, 435 (1962).
2) J. C. Weaver, Q. Q. Wang, A. Miserez, A. Tantuccio, R.
Stromberg, K. N. Bozhilov, P. Maxwell, R. Nay, S. T. Hei- er, E. DiMasi : , 13, 42 (2010).
3) Q. Q. Wang, M. Nemoto, D. S. Li, J. C. Weaver, B. Weden, J. Stegemeier, K. N. Bozhilov, L. R. Wood, G. W. Milliron,
C. S. Kim : , 23, 2908 (2013).
4) M. Nemoto, Q. Q. Wang, D. S. Li, S. Q. Pan, T. Matsunaga
& D. Kisailus: , 12, 2890 (2012).
5) J. N. Cha, K. Shimizu, Y. Zhou, S. C. Christiansen, B. F.
Chmelka, G. D. Stucky & D. E. Morse:
, 96, 361 (1999).
6) A. Arakaki, J. Webb & T. Matsunaga: , 278, 8745 (2003).
7) L. M. Gordon, J. K. Roman, R. M. Everly, M. J. Cohen, J.
J. Wilker & D. Joester: , 53, 11506 (2014).
(根本理子,岡山大学)
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
今日の話題
658 化学と生物 Vol. 55, No. 10, 2017 プロフィール
根本 理子(Michiko NEMOTO)
<略歴>2005年東京農工大学工学部生命 工学科卒業/2010年同大学大学院工学府 生命工学専攻博士課程修了/同年博士特別 研究員(日本学術振興会「若手研究者イン ターナショナル・トレーニング・プログラ ム」によりカリフォルニア大学リバーサイ ド校に派遣)/2011年東京農工大学大学院 生物システム応用科学府特任助教/2013 年名古屋医療センター流動研究員/2015 年岡山大学ウーマンテニュアトラック助 教,現在に至る<研究テーマと抱負>バイ オミネラリゼーションにかかわるタンパク 質の同定と機能解明<趣味>楽器演奏
Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.656
日本農芸化学会