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<サロン・あべの > NO.32

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(1)

出会レー   

ふれあレ一  助むサ禽シー  

サロンきあペの   

<サロン。あべの>NO。32   平成 元年 2月18日(土)発行  

<サロン。あべの>1月の出会い  

●●●わ竜わく新年会●●●   

前日の雨も上り︑寒中を忘れる小  

春日和りの平成元年一月二一日︵土︶  

午後一時〜三時三〇分︑∧サロン・  

あべの>の﹁わくわく 新年会﹂が  

あべのベルタ﹁龍鳳﹂で開催された︒    直前に参加申込老より﹁会場予定  の﹃新宿ごちそうビル﹄に車イスト  イレ有りますか?﹂の問い合わせが  あり︑あわてて幹事さんが調べたと  ころ﹁ないー⊥︒そこで︑急遽場所  

変更するというアクシデントがあっ  

た︒   

会場の変更にともなう参加老二〇  

名の大移動で︑遅い始まりとなった  

が︑ニケ月ぶりに出席の石田律氏の  

司会で﹁わくわく 新年会﹂はにぎ  

やかに開幕︒井上憲一氏の﹁乾杯﹂  

の言葉で︑お向いさん お隣りさん  

方々とビールの杯を合わせていくと︑  

初対面の方々との聞に笑顔と親しみ  

が生まれてくる︒喉を潤し運ばれて  

乗る料理に舌鼓を打ちつゝ︑司会者  

の案内で自己紹介や今年の書中を順  

番に請っていった︒顔馴染みの参加  

者からは︑﹁今年もよろしく﹂と挨  

拶をいただいた︒簡単な言葉ではあ  

ったが実感のこもった挨拶に﹁こち  

らこそ よろしく﹂と自然に頚が下  

がる︒文の里や遠く都島から来て下  

さった初参加老の人達には︑サロン  

(2)

参加者全員の笑顔を︑見ていただき︑  

今後の参加をお願いしたいと思う︒   

いろいろな言葉の中で心強いのは︑  

﹁サロンの行事には︑多く参加した  

い﹂ ﹁お手伝いも させてもらいま  

す﹂ ﹁サロン情動に力を入れていき  

たい﹂等々︒嬉しいのは初参加の方  

より﹁今日の感想をワープロで打っ  

て︑皆さんに読んでいただきたい﹂  

と積極的な参加の意士坐衣示があった  

こと︒又︑病気療養や︑仕事関係で  

休んでおられた二︑三の方々が︑復  

帰され精勤に入られるとの言葉には︑  

そこに待つ老の喜びも感じられた︒  

そして︑障害を自覚し﹁精いっぱい  

障害者をやっていきたい﹂の言葉や  

﹁障害は違っても よろしく﹂との  

言葉には∧サロン・あべの∨が希っ  

ている想いがこめられている︒   

いつもサロン紙の印刷で世話にな  

っているセルフ社からの参加もあり︑  

作る側︑読む側との交流が通わされ  

た︒話が進む程にこの会の酔いを一  

手に引き受けたような顔になった方︑  

話がはずんで手ぶり身ぶりも軽ろや   r■●■●●■●  

私は︑たまに地下鉄を利用するのですが︑  

階段の多いことに大変苦労しています︒日  

常生括は︑車椅子を主としながら松葉杖も  

つくというスタイルで過ごしているので︑  

ほとんど足は使いません︒そのせいもあっ  

. 

1オん亡ザぷ村貴司  

﹂   → し号r喧.〜   

かな力︑じつ.くり話し込み納得顔で  うなずきあう人︒様々な会話が︑各  々の周りで輸が拡がり︑響きあい︑  時間の経つのを忘れてしまう︒   

何を求めて︑何を得るかは︑人そ  

れぞれによるが︑憶せず話し 食べ  

れる のんぴりムードが<サロン・  

あべの>の持味として︑今年も活動  

●●●  ●.    ■●  

階段の多い地下鉄   

竜  

●○●●■  

▼●○   ● ●   

○  

●       ●  

;・.●●●●●●●●●●●●○  

暑  

していきたいものと思う︒話の種は  尽きないけれど︑空いた皿も増え︑  テーブルが閑しくなってきたところ  で︑お開きとする︒   

この機会にそごうホップや︑新装  

された近鉄百貨店ヘショッピングに  

立ち寄って行こうかなの声を聞きな  

がら︑二月の再会を約して別れた︒   

て︑松葉杖を使うとすぐに疲れてきます︒  

だから︑車椅子で地下鉄を利用するのも考  

えるのですが︑勇気がいり結局︑松葉杖を  

使ってしまいます︒  

エスカレーターが利用できない私にとっ  

て︑もっと地下鉄の駅にエレベーターがあ  

ればなぁと思います︒このごろは︑エレベ  

ーターのある駅もできてきている様ですが  

ごくわずかです︒   

もっと︑エレベーターのある駅がふえれ  

ば︑地下鉄を利用する回数もふえるだろう  

し︑体の不自由な人だけでなく︑健康な人  

にとっても便利だと思うのですが︒  

覧隠U   

厨U  

(3)

一九八九年︑今年は年号も変って︑気分  

も新たに﹁さあー やるぞー﹂   

待ちに待った︑第十五回大阪市身体障害  

老スキー教室に参加して釆ました︒   

二月二日から六日の朝にかけて︑大阪市  

・大阪市身体障害者スポーツセンターが主  

催で長野県飯山市に︑今年はスポーツセン  

ターの前から観光バス三台に乗り込んで︑  

一〇時間ほどかかって着きました︒   

参加した生徒は六〇名ぐらい︒先生方は︑  

指導の先生と医療担当の先生と庶務担当の  

先生あわせて四〇名ぐらいです︒   

生徒は肢体不自由︑視覚障害︑聴音障害  

と班ごとに分かれています︒その中でも上  

級︑中級︑初級に分けて︑たとえば上級の  

班になると︑生徒が六名に先生一名が指導  

につきます︒私達肢体不自由の初級班は︑  

生徒が五名に指導の先生が四名つきます︒   

スキーの靴とスキーの板をつけることか  

ら教えてもらいます︒転び方とその他いろ  

いろな注意があります︒  

⁚  ブハキ ー と私︵二︶  

中 西 利  

私は︑全体に緊張があるので︑どうして  

もストックを持ってすべると振り回したり︑  

転んだ時に自分が怪我をするので︑危ない  

と先生から言われて︑ストックなしですべ  

っています︒自分の体のバランスでチョウ  

セツしてすべります︒だんだん回数が重な  

るたびに︑自分の足で止めることができる  

までになってきました︒   

今︑思い浮かべると︑すべっていて頭か  

らつっこんでしまって︑しばらくポーと何  

もわからなくなってしまった自分に︑自分  

でびっくりしたり︑とてもこわかった思い  

出があります︒   

今回はとても楽しいスキーをして︑私の  

目擦がかない︑よい思い出になりました︒   

すべるより︑まだ転がってお尻ですべる  

方が上手です︒先生に指導をしていただい  

て︑一生懸命がんばっています︒  

仙i■…暮    ■lm血耐∬ii鵬山鹿i■  

* セルフ社を励ます全 開かる *   

昨年の暮れに︑阿倍野筋より西田辺町に  

転居された﹁セルフ社﹂を励ます会が︑平  

成元年一月二二日︵日︶午後二時より︑J  

R甥状線芦原橋駅近くの大阪府同和地区総  

合福祉センターにおいて開催されました︒   

セルフ社は︑一七年前に井上憲一氏を中  

心に障害者だけで発足された印刷会社で︑  

今までに二度の転居があり︑その都度堅実  

な発展をされてきました︒此の度は︑地上  

げ屋による心ならぬ転居となりましたが︑  

今までに培われたセルフ社魂を発揮され大  

いに括動されることを希い︑発起人中島広  

・中村祐・溝田雅夫氏等が呼びかけられて  

此の日の集りとなりました︒   

多くの来賓の方々の励ましやお祝いの言  

葉は︑セルフ社の日頃の情動の広さを改め  

て物語るものでした︒又︑この日を祝って  

﹁セルフ社の歌﹂を作詞作曲され︑リズミ  

カルに歌われた人は︑∧サロン・あべの>  

の最初のクリスマスに来て歌って下さった  

あの中郷氏でした︒   

終りに井上氏より八名の社員の締介と今  

後の抱負がかたられ︑出席者六〇余名の熱  

い拍手が前途を祝しました︒  ︵K︶  

(4)

﹃出会い﹄には︑豊かな出会いと貧しい  出会いがあるように︑﹃別れ﹄にも豊かな  

別れと貧しい別れがある︒   ﹃別れbに﹃豊かさ﹄と﹃貧しさbがあ  ることを知らない人は︑﹃出会い︼ の ﹃豊  

かさb ﹃貧しさ﹄Jbほんとうは知らないの  だろう︒豊かな﹃出会い﹄を知っている人  は︑豊かな﹃別れ﹄をも経験しているもの  

だと思う︒   ぽくの担当の学生たちは︑毎年︑三ケ月  ほどの期間を実習生として轟護施設や老人  ホームですごす︒年が明けるころになると  ﹃別れ﹄ の時が近づく︒学生たちは子供達  やお年よりに﹃別れ﹄を告げなければなら  

ないのである︒   どのようにして別れるつもりなのかを考  えれば︑その人と自分との関係がわかるも  のである︒黙って需のように消えていこう  とする学生もいれば︑何週間か前から﹃別  れ﹄を告げて︑残された時間をお互いに意  識しながら子供達とかかわっていこうとす  

る学生もいる︒   

﹃別れ﹄に感じる痛みも︑人それぞれに  違うものだ︒人によっては︑やっと実習が  

終わったという気持ちしかないようだが︑  

別れの豊かさ  

﹃別れ﹄が近づくにつれて食事も喉に通ら  

なくなるという学生もいる︒   同じ期間︑同じような施設に通いなが  ら︑一方では﹃別れ﹄に心が砕けるほどの  ﹃出会いbを体験した人がいて︑他方では  何も感じることなくただ疲労感のみで終  わってしまう人もいる︒その差はどこから  

くるのだろうと考えてしまう︒   霧のように黙って去って行こうとする学  

生は︑たいてい ﹃別れ﹄を告げるのが辛い  からだと言うのだが︑その ﹃辛さbは︑  

﹃出会い﹄を体験した人々が﹃別れ﹄に慈   じるような﹃引き裂かれるような辛さ﹄で  はなく︑向かい合いながらも最後まで出会  えなかった﹃さびしさ﹄に似たF辛さ﹄で  あろう︒   ぽくたちは結局﹃出会う﹄ ことがなかっ  た人にも﹃別れーを礼儀上︑言わなければ  ならないことがあり︑それにわずらわしさ  を感じるものだが︑それは﹃別れ﹄などど  こにもないのに ﹃別れーを告げなければな  らない空しさからくるのである︒   ひとりの人との﹃出会い?を体験し︑そ  れを大切に思っている人は︑その人との  ﹃別れ﹄をも︑いつくしんでいるようだ︒  黙ってなんとなく消えてしまうのではな  く︑正面から向かい合って︑しかも﹃別  れbをずいぶん前から予告するのである︒   養護施設に行ったある学生は︑あと数週  間に迫った﹃別れ﹄を告げたのだが︑する  と︑その日から子供たちがすこしずつ︑い  ままで決して話さなかったような深い悲し  みや菩びの気持ちを伝えてくれるように  なったという︒   実際︑その人との ﹃別れb を知らされ  

て︑その瞬間から新しい ﹃出会い﹄が再び  始まることがある︒その残された時間を貴  重なものとして︑その人にいままで伝えら  れなかったものを伝えようとする試みが始  

まるのだ︒そこに﹃別れ﹄ の豊かさがある  のだろう︒   

二月︑三月は﹃別れb の季節である︒ぽ  

くたちはひとつひとつ ﹃豊かな別れbをつ  

くっていきたいと思う︒  ︵知︶  

(5)

ある朝突然︑箸が四本にみえ︑出会う人  

が二人に︒車は無数に走る︒地下鉄で︑向  

い側の座席の男と女が重なる様︵さま︶は︑  

まさにシュルレアリスムの世界︒   

こらあァ えらいこっちゃで︒町の眼医  

者へ﹁なんでや﹂︑﹁なんとかしてユ〜な﹂  

とかけこんだ︒   

眼圧︑視力︑視野︑感光︑眼底⁝眼に関  

する検査という検査はぜ〜んぶしたと思う  

が︑結果は線内でもない︑白内とはちがう︑  

角膜も正常である︒そうはいっても︑複視  

は現実に起っている︒内緒の話だが︑医者  

のハシゴもした︒相手変れど︑することは  

変りばえのしない検査ばかり︑出てくる結  

果も正常︒   

右か左か︑いずれか片方をつぶれば︑一  

重にみえるから︑ウインクして読んだり︑  

三重睦み庭愚論  

独眼竜の誕生   □Ⅰ口  善いたりはできる︒とはいうものの︑みる  方の眼に負担はかかるし︑ウインクした眠  からは涙が出てくるしで︑長い時間続けら  れるものではない︒   

そこで思いついたのが﹁独眼竜﹂︒この  

アイデアはなかなか▼のもので︑歩くときは  

ぜひ必要なものと思いきや︑なんのなんの︑  

ガネの特注を真剣に考えた︒   この小道具︑滴足のいくものではなかった︒   

むかし︑理科で習った﹁立体にみえるの  

は︑両眼でみたとき﹂で独眼では階段︑坂  

道などはとくに不自由を感じる︒   

立体映画で︑左右に赤とブルーのセロフ  

ァンを貼ったメガネをかけて︑画面をみる  

と立体になり︑メガネをはずしてみれば︑  

二重にボヤケて映るのがあった︒こんなメ   

複視のこと︑病院のこと︑入院のこと⁝  

など︑いろいろなエピソードを連載しま   独眼竜 粛正宗  

独眼竜 義正宗  

頚 髄 損 傷  

年明け間もない一月八日︵日︶︑長居の  

身体障害者スポーツセンターで︑﹁アメリ  

カの自立障害者とバークレー﹂と適された  

講演会が開かれました︒講師は一昨年から︑  

昨年にかけての一年間︑アメリカはバーク  

レーに留学されておりました︑大阪府立大  

学社会福祉学部助教授 蛋丈弘︵さだと  

う たけひろ︶氏でした︒   

まず︑定藤先生が︑留学先であったカリ  

フォルニア大学バークレー校の様子︵障害  

者に対する設備や配慮︑そこに学ぶ障害を  

持った学生たちの生活︶を紹介され︑その  

あと︑質疑応答の形で括発なディスカッシ  

ョンが展開されました︒主として︑重度障  

害者の自立生活に関しての質問が多くあり  

ました︒   

そもそも︑この講演会は︑大阪朝髄損傷  

者連絡会が︑ご自身も頚髄損傷という障害  

を持っておられる定藤先生の︑アメリカで  

の体験︵重度障害者の自立生活とその運動︶  

を通して︑日太での運動の方向を探ろうと  

するものでした︒   

ところで︑みなさんは朝髄損傷について  

(6)

どれくらいご存じでしょうか?   

交通事故などで︑脊髄に損傷を受けた人  

のことを総称して脊損老と言います︒しか  

し︑その脊髄のどこに損傷を受けたかによ  

って︑﹁頸損﹂ ﹁胸損﹂ ﹁膠損﹂と変りま  

す︒一般的にセキソンと言えば︑上肢には  

障害のない腰損の人をイメージされる力が  

はとんどだと思います︒しかし︑同じセキ  

ソンと言っても︑頸損の人の場合には︑上  

肢にも障吾があり︑身辺介護の必要な力も  

多くおられます︒つまり︑脊損の中でも一  

番重度な障害を持っておられる人たちだと  

言えます︒   

大阪頚髄損傷者連絡会は︑このような朝  

損の人たちが︑六年前に結成した団体です︒  

現在の会員数は六〇名を越えており︑中途  

障害であるが故の精神的な悩みや︑所得保  

証︑介護︑外出問題等の課悔や︑朝損につ  

いての理解も含めて︑社会にアピールして  

いこうと情動されています︒   

交通事故︑スポーツ事故等︑だれでもが  

なる可能性のある障害です︒その意味でも  

もっと広く︑社会全体の間魅として︑朝髄  

損傷を考える必要があるのではないでしょ  

︵U︶  

うか︒  

あべの培の近鉄百貨店が新しくなってし  

ばらく経ちましたが︑遅ればせながら僕も  

のぞいてみました︒   

白い建物はとっても綺選だし︑北側の歩  

道も広くなっていい感じです︒中に入って  

もいろいろ新しいお店が出ていてついつい  

時間も忘れて歩き回りました︒   

さて︑外に出て新しい近鉄を皆さんにど  

のように紹介しようとかと考えてみると︑  

意外に思い付かない︒いいところはたくさ  

んあるんだけれど︑あんまり新しいという  

感じもしないような気がする︒はて︑と考  

えてみると︑なんとなく梅田を歩いている  

ような気がしていたからじやないかなと思  

ったんです︒   

それじゃ︑新しい近鉄は良くないのかと   新しいあべの近鉄を  

ちょっとななめから見てみると  

琶づくりのはなし  

プロローグ  

いうとそんなことはない︒今までついつい  

梅田まで行っていたのがあべので買える︑  

つまり︑あペのにもっとたくさんの人が集  

まってくるということなんです︒   

街っていうのは人が集まってきて素敵だ  

なって思えるところでないとだめだと思い  

ます︒新しい近鉄がその一つの仕掛けだと  

すれば︑あとはそこにいる人たちがどれだ  

けあべのを素敵な街にしていくことができ  

るかということです︒   

僕たちには何ができるんだろうか︑そん  

なことゑ﹁年はちょっと考えてみたいなと  

思っています︒  

○ ■  

。廊   原  

○ ■ ● ○  ● ● ○ ●  

仁  

(7)

∧サロン・あべの∨ 三月の出会い  

日 時 平成 元年 三月十八日︵土︶  

午後一時〜四時  

場 所 育徳コミュニティーセンター二階  

研修室︵阪南町五丁目十五−二八  

スロープ︑車イストイレ有り︶  

内 容 ﹁<サロン・あべの∨この一年を  

ふりかえって﹂ ︵手話通訳者り︶  

会 費 な し︒  

問い合わせ先 ℡〇六−六九一−一〇二八  

宮田慶子迄  

お 知 ら せ  

日々のよろこび擁えて  

サロン・あべのに贈る〃灯〃  

一月のカンパ合計四〇〇〇円  

ありがとうございました︒    ぼくがサロンの例会に︑本格的に参加さ  せてもらうようになって︑一年ほどになり  ます︒一番最初にサロンを知ったのは︑な  んと∧サロン・あべの>の発会式でありま  した︒ちょうどその頃は︑障害者問題につ  いての講演会や集会には︑なんでもかんで  も顔を出していた時期でした︒その日も︑  牧口一二氏の講演が目当てで︑参加してい  たのです︒   

そのときに︑井上さん︑岡さん︑冨田さ  

ん︑そして︑旭さんたちとも初めて会った  

わけです︒︵今だから言えるのですが︑こ  

のときに手話通訳をしていた旭さんに︑一  

目惚れをしたのでした︒︶それ以来︑冨田  

さんから例会の案内が届くたびに︑参加し  

ようと思うものの︑ほかの用事でなかなか  

行けませんでした︒でも︑昨年から今年に  

かけては︑毎回必ず参加しています︒   

少し話は違いますが︑﹁ボランティアと  

は︑友達になることである︒﹂と︑ある大  

学の先生から聴いたことがあります︒つま   都会のオアシス  

り︑ボランティアをする側は︑するだけ︑  

される側は︑されるだけ︑の関係になって  

しまっていないかということです︒たとえ  

ば︑辛いすを押すときに︑会話はあります  

か?その会話は一方的になっていませんか  

?とかくボランティアをする側と︑される  

側の関係は︑上下関係になりやすいもので  

す︒ボランティアをする側の自負と︑され  

る例の配慮︑あるいは甘えが︑出やすいか  

らです︒なにも本当の友達になる必要はな  

いと思いますが︑ボランティアをする側も  

される側も︑同じ人間として対等な関係で  

ある七とを︑常に心がけるべきだと思うの  

です︒   

その点で︑サロンには最初から︑ボラン  

ティアをするとか︑されるとかの関係はあ  

りません︒障害者と健常者という関係はあ  

るかもしれませんが︑少なくとも上下関係  

は生まれないと思います︒つまり︑対等な  

(8)

立場に立って︑お互いの意見をぶつけあう  

なかから︑共に理解を深めていくという︑  

普段の︑ボランティアをするされるの関係  

では得にくいものを︑サロンに参加される  

ことで得ることができると患うのです︒   

さらに一歩進めて︑サロンが︑老若男女︑  

障害のあるなしにかかわらず︑自由に集え  

て︑自由に語り合える場となっていけば︑  

すばらしいことだと思います︒現代人の乾  

いた心に︑都会のオアシスとして︑ここに  

来れば心が安まる︑と言われるような∧サ  

ロン・あべの∨を作っていきたいのです︒  

︵幸︶  

平成元年一月二一日︵土︶午前九時三〇  

分〜一二時に︑あべのボランティア・ビュ  

ーロー主催の﹁ボランティアのつどい一月  

の例会﹂が開催された︒ビューロー事務室  

前から早川福祉会館への往復をボランティ  

アの人達二人一組になって交代でアイマス   ﹁ボランティアのつどい﹂   クをして︑手引きの実体験をした︒   

早川福祉会館では館長より︑会館設立時  

︵昭和三七年︶のいきさつや︑館の事業内  

容︵貸館・点字図書館・視覚障害者の為の  

ボランティア養成等︶を聞いた︒その後︑  

館長の案内で館内を見学︒設立当時として  

は︑二階へのスロープがある建物は画期的  

なものであったが︑今では老朽化が進み︑  

不便な所も目につくようになってきたとの  

こと︒にもかかわらず昭和六二年度の利用  

件数は︑二八〇〇件︵身障者・ボランティ  

ア・老人・児童等関係︶も有り︑地域に根 ざした活動場所 と怒っている︒   

なお︑山本篤江さんが講師をしているニ  

ッティングサロンも︑ここで教室を開いて  

いる︒この日の﹁つどい﹂には∧サロン・  

あべの∨から四名が参加した︒  

編集後紀  

新年早々︑年号が新しくなり︑積極的に  

多くの方々に直接ご案内を出せなかったの  

で︑参加下さるかどうかちょっと不安な思  

いもあった.一月の集いでしたが︑このよう  に多くのご参加を得て︑平成元年第一回の  サロン活動が始められたことは︑たいへん  婚しく感じました︒  ︵K︶   

年度末を控え︑そろそろ来年度の計画を  

立てなければならない時期になってきまし  

た︒あれこれやりたいことはあるのですが︑  

いざ︑それをまとめるとなるとなかなか大  

変です︒みなさんがやりたいと思っていら  

っしゃることもぜひ聞かせてください︒  

︵は︶  

<サロン。あべの>第32号  

発行日  平成 元年 2月18日(土)  

発行・編集<サロン・あべの>運営委員会  

[大阪市阿倍野区阪南町6−3−26   電話(06)69ト1028冨田慶子]  

印 刷  セルフ社 電話(06)69ト2365  

[阿倍野区西田辺2−2−10  

グレース鶴ヶ丘101号]  

定価   ¥60.   

参照

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