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KSKPサロン・あべの通巻1756号1991年9月21日

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(1)

KSKpサロン・あべの通巻1756号1991年9月21日  

KSKPサロン・あべの  

l附くdかこ′叱  

発行人=関西障尊者定期刊着金=大阪市域東区中浜二−十−±ニ線帯革虫≦︼Tアド企画気村  

小さな秋が見物に来たような風  

が吹いた平成三年八月四日︵日︶  

の午後三時〜九時府立工芸高校グ  

ランドに於て﹁あべのカーニバル﹂  

が開催された︒その会場の﹁なん  

でも市通り﹂の一角に<サロン・  

あべの∨はバザーの店<さろん亭  

>を開いた︒   

今年の<さろん亭>は︑二区画  

を使用し売り場面稜は倍増︒   

午後一時︑区身協のカークラブ  

員と委員の車六台で物品の搬入︒  

現地集合したお手伝いの方々と合  

流してテント張りにとりかかる︒  

毎年のことながらテント屋根がス  

クッと立ち上り<さろん草∨の横  

段幕が張られた瞬間は︑参加者全  

員の﹁やった﹂という思いが白い  

屋根いっぱいに注がれる︒  

一つずつ品目別に並べていく聞  

にも品物の下見をされるお客さん  

が︑チラホラと見え﹁あれはない   サロン・あべの八月の出会い   の︒これは何﹂と声がかかる︒店  らしい体裁がととのった頃には︑  お顔馴染みのお客さん力も加わっ  て∧さろん亭∨は大賑いとなって  いく︒   

品物を寄贈して下さった人︑買  

って下さる人︑販売等のお手伝い  

にかけつけて下さる人達によって  

<サロン・あべの∨は毎年多くの  

方々との出会いの輪が広がってい  

○ く   

<さろん亨∨を訪ねて︑和歌山  

から乗て下さったり︑一年ぶりに  

会いに来てくれた人︑なつかしい  

顔︑にこやかな声︑サロンの仲間  

を励まし見守って下さる方々との  

出会いは︑この日ならではのもの  

となる︒   

∧サロン・あべの∨は︑今年初  

めてオリジナルグッズとして﹁メ  

モ﹂帳を<さろん亭>店頭に置い  

て販売した︒   

中央の櫓が組まれた舞台では︑  

地域の婦人団体の体操や高校生の  

クラブ情動のブラスバンドやバト  

(2)

KSKpサロン・あべの通巻1756号1991年9月21日  

ン済技が繰り広げらゎた︒   

何と言ってもこの日のメインは︑  

リオのカーニバルで有名なサンバ︒  

リズムに乗った華麗な踊りは︑周  

囲の喧騒を一瞬忘れさせてくれた︒   

テントがかたずけられ︑電気が  

灯もる頃になるとゆかた姿の人達  

が目立ちはじめる︒カラオケの声  

が夜空に吸いこまれていき︑フィ  

ナーレの盆踊りが始まると︑今年  

の<さろん亭∨も閉店となる︒   

多くの方々に支えられて今年も  

無事に終了出来ました︒ありがと  

うございました︒  

弟六回∧さろん亨>の売り上げ  

金一ニー︑八五〇円  

八月のカンパ 金三四︑000円  

ご協力︑ありがとうこざいました︒  

<サロン・あべの∨運営委員会  

会  計  

(・;予.・:・.小:ノ・●・リ■●●−・  

︑︑︑  

⁚︷   瞥︑︑享√■鼠喜ぎく︸ノ壬!■︷き・き⁝−︑⁝・善書を享−さ習字モを子宝ヱ・書く毒字書至要号室ぎ′⁝■くモi享・′l・・t・︐I︑・・■;・もぎ・′若芽写;・′ 小  

八月四日のあべのカーニバルでの<さろ  

ん草>の開設に際しましては︑多くの皆様  

方のご協力︑ご支援をいただきましてあり  

がとうございました︒お蔭様で∧さろん亭  

∨は︑盛況な出会いの場となりました︒   

又︑カンパ・冊子・はがき・切手・飲料  

水・お菓子等︑ありがとうございました︒   

お礼を申し上げます︒  

♯ 感 謝 し ま す ♯   あいか彩子赤松憲二秋野富美子   旭 純子︑安達尚子︑石田 惣︑石田花子︑   石田 律︑石原ふみ子︑伊勢村和子︑   植松菊雄︑上平幸姓︑宇野琴丁︑大高澄子︑   大塚一棟︑岡本登香子︑小川和子︑   小川 哲︑大阪義肢装具センター︑   加賀谷 正︑柿岡 線︑笠原美和子︑   金子花江︑河合恵子︑大村圭子︑黒羽玲子   斉藤良造︑阪口悦子︑崎本ヒサエ︑   塩井澄子︑鹿野散﹁大丸昭典︑高橋澄子  

竹下秀樹︑竹村定子︑田中マサエ︑  

田辺さかえ︑津村孝子︑土居由美子︑  

富田万里子︑冨田慶子︒十一・御者代︒実  

幸︑中西利香︑中原友書︑永井美智子︑  

南光龍平・仁子︑松川耕三︑松島春子︑  

松谷裕子・姉︑町野旬子︑松森美智子︑  

丸山寿美子︑三大法子︑三谷勢津子︑  

水戸春子︑森下公子︑森田ゆきえ︑  

長谷川マキエ︑洩 康子︑原田 仁︑  

広岡泰枚︑八大千代子︑山村貴司︑  

山田網代︑倭 満也子︑山太鈴子︑  

山本敏子︑山木ハツユ︑漫真佐子︑  

青原和朗︑青田 穀︑匿名四名様︵敬称噂︶  

二●ふ:→…・耶・:州・・く・哉中・γ・・仰ル′黒L→‥り−…川叫・、・州・}…・、叫、・…れ・小Wソ・・へ‥∴…ソ誹・リノ冊‥・…==◆・. ●〜=.′′伸 仰榊・州■▲小机リムク  

(2)   

(3)

KSXPサロン・あぺの通巻1756号19gl年9月21日  

最近サロンヘの参加がなかなかできない  

私ですが︑一年振りの∧さろん草∨は幸か  

不幸か﹁文の里﹂の不参加もあり︑ゆっく  

りと〃店員さん〃をすることができました︒   

曇りがちで雨も心配されたけれど︑直射  

日光にあたることもなくかえって良かった  

ですね︒   

毎年出ている∧さろん亨∨を知っていて  

乗てくれる人達もいる反面︑開店直後より  

やって釆て﹁半額にしとき﹂とあたり前の  

ように云う人もいたりして︑ちょっぴり腹  

立たしいような気もしました︒   

日大では︑バザーと云うと﹁安くて当り  

前﹂ ﹁ただ同然﹂の感覚が一般的だとわか  

っていても〃チャリティー〃として普段よ  

あぺのカーニバルの  

<さろん亭>に参加して  

カーニバルの時は︑はんの少ししかお手  

伝い出来ずに申しわけなく思っています︒   

目標額を超えられたということで︑良か   り高く買うという欧米との相違を改めて見  せつけられて残念でした︒そして︑そんな  ことを云うのが決って普通のオバタリアン  なのです︒それと同時に﹁半額にしとき﹂  と執ように云うオバサマのお目当ての〃お  皿セット〃を引き渡すのが嫌さに思わず買  ってしまう私自借の簿⁝これをオバタリ  アン予備軍と云うのでしょうか⁝?気をつ  けなければ⁝︒   

当日の売り上げが予想以上の額だったそ  

うで︑何はともあれ無事に終った<さろん  

亭>︒皆さん本当にご苦労様でした︒  

あぺのカーニバルいつまでも  

腎  

t  

言−㊨示彗  

ったですね︒<さろん亭>に寄せていただ  

いて︑何度かお金いしていた方にも︑初め  

ての方にもたくさんお金いできて︑うれし  

かったです︒   

地元ということで∧さろん亭∨にいると  

友達や近所の人︑勤務先の園児などにも会  

い﹁え〜︑なんでこんなとこにおんの?﹂  

とみんなの声︒でもしっかり品物は買って  

もらい﹁サロン・あべの﹂を宜伝しました︒   

カーニバルに参加することで﹁サロン﹂  

が色んな人と出会い︑輪が毎年毎年広がっ  

ていくんじゃないかな?と感じています︒   

カーニバルは︑店が出たりクイズ大会を  

したり︑外国からのダンサーの方を招いた  

りで︑催し物はたくさんあります︒一つず  

つきれいにこなして成功−・というのもあり  

ますが︑お祭り好き!の私は阿倍野区全体  

が︑もっともっと盛りあがるカーニバル⁝  

お祭りにならないかな?と思っています︒  

運営していく方々のご苦労は多く︑こんな  

意見はとんでもないー・という感じですが︑  

学生や若い人がもっと頑張っていけたらな  

ぁと思います︒︵私も頚張らなくては⁝と  

感じているのですが︶  

(4)

KSKPサロン・あべの通巻1756号19g1年9月21日   

あべのカーニバルに参加させてもらうの  

は昨年に続いて二度目だが︑今年もいい天  

気になった︒   

僕が∧さろん亭>で呼び込みをしたり︑  

店のまわりをうろうろしていたところ︑サ  

ロンによく参加していただいているじさん  

がカーニバルに来られていた︒日の不自由  

なじさんは人混みの中を一人でまわるのは  

危険なので稚かいっしょに出店をまわって  

くれる人を探されていた︒僕は︑自分も見   カーニバルもそれに参加する多くの方も  

﹁毎年の行事︑夏の行事だー・﹂ということ  

でいつまでも続けられたら⁝いつまでも発  

展していけたらと願っています︒  

あべのカーニバルでの出会い  

てまわりたかったので一緒に行くことにし  

た︒   

人凋みの中を︑車椅子に乗っている僕が  

前に出て道をつくるように進んで行った︒  

出店を一軒ずつまわるごとに品物を説明し  

て︑触れる物はできるだけ触ってもらうよ  

うにした︒品物の中には説明しやすいもの  

もあれば︑そうでないも.のもあったので︑  

自分の説明に不足がないか不安だったが︑  

Uさんは明るく楽しそうな声で応えられた︒   

ひととおりまわった後︑Uさんはたくさ  

んの買い物でいっぱいの袋を持ちながら何  

度もお礼を言ってくださった︒   

区役所まで見送った僕は︑それなりに役  

立てたこと︵自己満足かもしれませんが︒︶  

がうれしかった︒また︑肢体不自由者以外  

の障害者とは接する機会がそうないため相  

昨年のカーニバルはちょうどお盆と重  

なってしまい︑参加できませんでした︒  

今年は会場には釆ていたものの︑﹁サロ  

ン亭﹂ の手伝いもそっちのけで︑子供と  

遊んでしまいました︒   

真の間︑五日・十五日・二十五日と五  

の付く日に︑地下鉄昭和町駅の近くに夜  

店が出るのをご存じでしょうか︒この夜  

店にはぼ毎回︑親子三人で出かけます︒  

子供はまだ三歳五か月ですが︑輪投げや  

パチンコ︑それにスマートボールが得意  

手の立場や気持ちを理解しようとすること  は難しいと感じながら︑楽しく過すことが  できて良い経験になりました︒  

あべの・カーニバルの思い出  

■上 平 幸 姓  

(4)   

(5)

KSKPサロン・あべの通巻1丁56号1991年9月21日  

ません︒でも︑とにかくひととおり夜店  

を見て歩き︑帰りにソフトクリームを食  

べるのがお決まりのコースになっていま  

す︒   

そんなわけで︑カーニバルの目も会場  

の中よりも︑道路に出ている露店でまず  

ひと遊び︒会場の中に入っても︑ただの  

買い物ではなく︑ガラガラと抽選をさせ  

てくれるところで︑テレホンカードやジ  

ュースを買わされてしまいました︒   

﹁サロン亭﹂ では︑みなさんに﹃大き  

くなったね〜︒﹄と言ってもらいました︒  

また︑子供が一歳になるまでお世話にな  

った︑﹁どろんこ共同保育所﹂ の保母さ  

んにも︑.﹃先生のこと覚えてるかな?﹄  

などと︑声をかけてもらっていました︒   

いままでは︑どこかに遊びにいっても︑  

すぐ忘れてしまいましたが︑そろそろ︑  

大きくなっても記憶に残る頃ではないか  

と思います︒今年のカーニバルは子供に  

とって︑さて︑どんな思い出になったの  

でしょうか︒   です︒金魚すくいやスーパーボールす   いも好きですが︑まだまだ上手にすく  

乙」  

トV■.■ニーソ・:・ニ′・.ヽヽ・.ヽ・.・  

﹁遠くへいくんだ﹂というテレビドラマ  

を見た︒知人のひとりが︑このドラマに出  

ることを今年の年賀状で知らせてくれてい  

たので︑いつ放送されるか楽しみにしてい  

た︒それが︑やっと夏も終わりのころに放  

送されるという︒永く待たされた分︑期待  

も大きくなって﹁さぁ︑どんなドラマか見  

てやろう﹂という感じで見た︒そんなこと  

もあってかどうか︑期待していたほどには  

正直なところ﹁いまいち﹂の内容だった︒  

一番気になったことは︑障害者の描き方   あるテレビドラマ  

ナンペイの  

ひとこと&ふたこと牒  

で︑どうにも臆すぎるように感じられてな  

らなかった︒︵一般にはウケるだろうが︶   

簡単にドラマのストーリーを紹介すると  

海外旅行の添乗員である主人公の姑姑披蕗  

塞で︑脊髄損傷で車椅子の障害者の友人が  

スピーチの中で障害老の海外旅行の困赦さ  

を訴えたことがきっかけで︑障害者のオー  

ストラリアツアーが実現︒いろいろなアク  

シデントを乗り越え参加者各々が海外旅行  

の素晴らしさを満喫して無事帰国するとい  

うもの︒   

最後に字幕で﹁このドラマは十数年前の  

事実をもとに製作された︒現在は除草者の  

海外旅行にも改善が見られるが︑間髄点も  

まだ多く残されている︒﹂という説明が付  

けられていた︒  

﹁やっぱりそうか﹂  

(6)

KSKPサロン・あぺの通巻1756号19gl年9月21日   

「 ̄1 ̄   いて出た言葉がこれだった︒    いた私が︑見終わってすぐに思わずロを突   どこかに時間的なズレを感じながら見て  

というのは︑多少言い過ぎることになる  

かもしれないが︑現在ではたとえ車椅子の  

障害者でも本人に行きたいという気持ちと  

費用さえあれば︑それ程海外旅行も困難な  

ことではなくなっている状況で︑現実に私  

も海外旅行を経験しているし︑周囲にも何  

回も出掛けている人達も多い︒無論︑降車   

﹁陣川川nは川u−川u円け忙鮒UnれⅧⅥ甘F  

十 月 の 出 会 い   

日 時 平成三年 十月十九日︵土︶  

午後l時〜四時   

場 所 育穂コミュニティーセンター二階  

研修室﹇スロープ︑車椅子トイレ  

あり﹈大阪市阿倍野区阪南町五−  

十五1二八   

内 容 ﹁社会福祉のQ.〇.L.  

︵クオリティ オブ ライフ︶ ﹂  

パネラー  

府立大学社会藁  

定 藤 丈 弘 氏   会 費 な  し   

問い合わせ m.冨・冨丁岩Nむ︵苫田慶子︶  ■■l l   一   l l l l一■tt l一t■■一■l   ﹂  

∴  

地下鉄の階段  

林  三起子   

私が一人で外出するときは︑電動車椅子  

を利用しています︒が︑もよりの駅と言え  

ば︑地下鉄かバスの住之江駅しかありませ  

んので︑困っています︒   

特に地下鉄の住之江駅は︑特別︑階段が  

多いのです︒電動車椅子は︑重いので抱え  

て乗降してもらうことは到底困難ですし︑   老全体からみればごく一部の人達に限られ  ていることば確かだろうが︑かといって飛  び抜けて特殊な存在という程のものではな  

くなってきているように思う︒   

今回のドラマが訴えたかったのも︑こん  

な時代の変化をふまえこの様な﹁海外旅行  

﹂という出来事を通して︑障害者も社会の  

なかで決して特別な存在ではなく︑常者  

とともにあたりまえのこととして生活して  

いくことの大切さだったのでは︑と思う︒   

・︽−新︾なんとかしてェ〜な  

通行人も全く通らない時もありますので︑  

エレベーターの設置を一日も早くして欲し  

いと想っています︒又︑リフトバスの運行  

もこの路線からして欲しいと思っています︒   

今のところ外出する時は︑手動の車椅子  

に乗っていますので︑まず介助者潔しから  

しなければなりません︒一人で外出出来る  

ように︑ぜひとも﹁なんとかしてェ〜な﹂  

と希っています︒   しかし︑残念ながら画面に描かれたもの  

は︑暗く重たいものを引きずってそれでも  

懸命に生きているといったパターン化され  

た降車老僚と︑カツコよくて行動力にあふ  

れる健常者の姿だった︒︵やはりここでも  

このほうが一般ウケするから・・・?︶   

﹁たかがドラマ﹂かも知れないが︑もっ  

とおおらかで明るい障害者が登場するテレ  

ビドラマを一度見てみたいものだ︒  

南 光 龍 平  

頭  

(6)   

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KSKPサロン・あべの通巻1756号1991年9月21日  

前回までのボランティア活動自体のこと  

に代わって︑今回からはボランティアセン  

ターのことに話をすすめたい︒なお︑ここ  

で﹁民間﹂というのは社協以外の民間推進  

団体︵例えば大阪ボランティア協会︶のこ  

とである︒社協も民間なのだが︑ここでは  

あえて分類しているのでご了承願いたい︒   

それではまず︑社協と民間のボランティ  

アセンターの基本的な惟格の比較である︒   

社協でのボランティア活動は︑基本的に  

は﹁一般的な市民活動としてのボランティ   四 社協と民間のボランティア  

センターの比較 ①   Volunteer Center  

ア活動ではなく︑社協の独自機能である地  

域組織化活動と一体化した活動﹂という位  

置づけが強い︒しかし︑設立の経緯などに  

よって︑大きくは﹁社協・ボランティア一  

体型﹂と﹁社協︒ボランティア協力型﹂が  

あり︑一体型はボランティアの活動の種類  

なども社協の事業方針によって決められる  

もの︑協力型は社協がボランティアに援助  

を行う代わりにボランティアは社協の活動  

に協力するというもの︑と違いはある︒   

社協では︑そのころからすでに在宅福祉  

のサービス供給への志向性が高まっており︑  

その担い手としてボランティアヘの期待が  

高まっていた︒社協自体の傾向にあわせて︑  

社協のボランティアも運動体としての性格  

は弱くなってきたのである︒   

これに対して︑民間はあくまで﹁民間性﹂  

を強調し︑準行政的な性格になってきたと  

いえる社協とは対比をみせている︒   

活動する人についても︑社協が地域ぐる  

みの活動に重点をおいているのに対して︑  

民間では個別性や自発性に基づく参加を特  

徴としている︒   

民間性とは︑岡本栄一氏によれば﹁自由  

性と開拓的創造的営為がセンターに生きて  

働いていること︑事業推進において大半を  

行政に依存しない経済的自前王義があるこ  

と︑事業に対する公権力の直接的不介入︑  

センターが民間主導によって管理運営され  

ていること﹂の四つがあげられているが︑  

この点でも行政の影響がかなり強い社協に  

おいては満たされない点が多いのが現状と  

いえるだろう︒   

それにしても︑このような比較は多分に  

マニアックで﹁よくわからん﹂といわれれ  

ばその通りである︒まぁ卒論なんてこんな  

ものだ︑と言いわけしながら︑しばらくの  

間はご辛抱願いたい︒  

原 田  仁  

(8)

KSKPサロン・あべの通巻1756号19gl年9月21日  

日本語でシンパイショウというと︑  

心配ばかりしている人をいうのだろ︑つ  

が︑その言葉を聞くと︑心配 ﹁性﹂ で  

はなく︑心配 ﹁症﹂ という文字が浮か  

んでくる︒前の方は性格として心配ば   かりしているのだろうが︑後の方にな   ると心配する程度はすでに病的な感じ   で︑ひとつの病気として理解できるほ  

どなのである︒   

もちろん正しい日本語としては︑心  

配 ﹁性﹂ なのだが︑ぼくの場合はもう  

心配﹁症﹂ である︒妻からは︑すでに  

心配﹁病﹂ と診断されてしまった︒   ど︑ついう感じなのかというと︑とに  

かく心配なのである︒その内容にはい   心配病   ろいろあるが︑一番強いのは ﹁飛行機   墜落心配症﹂︒テレビで飛行機事故の   ニュースを見ると︑ああ︑次はぼくの   番なのかと暗澹たる思いがよぎる︒    外国の社会福祉の動きなどを研究し   ているために︑どうしても数年に一度   は︑飛行機に乗らなければならない︒   旅行社に飛行機の予約をしたその日か   ら︑ぼくは墜落の予感に苦しむ︒それ   でなくても︑飛行機事故の本などをか   なり買い込んでは読んでいる︒図書館   に行って過去の墜落の新聞記事を探し   て︑電卓で何度も ﹁墜落率﹂を計算し   たりする︒   

読者の同情を得るためにぼくの ﹁特   殊事情﹂を説明すると︑生まれて初め   てヨーロッパ行きの航空券を予約した   その日の夕方︑早くもテレビは︑南ア   フリカ航空機墜落のニュースを流して   いた︒ぼくは恐怖のあまり声を失った   が︑続いて数時間もたたないうちに︑   こんどは大韓航空機が行方不明になっ   ているとい︑つ︒一瞬︑遂に自分にも幻   聴が現れたのかと思った︒というのも  

ぼくが予約したのは偶然にも大韓航空   機だったのである︒    何かの予兆ではないか︒飛行機には  

\   

乗るなと︑神サマか︑﹁守護霊﹂ か︑  

そんなものが敢えてくれているのかも  

しれないと真剣に思ったものだ︒   

次の長距離飛行でオーストラリアに   行ったときには︑向こうでキャセイ航  

空機が香港で落ちたことを知る︒そこ   からの帰りは︑飛行機が大揺れに揺れ  

て︑あげくの果ては ﹁燃料が無くなっ   たので近くの空港に着陸する﹂ と︑ア   ナウンスがあった︒よくあることだそ   うだが︑飛行中は神に祈っていた︒   先日︑時限爆弾が︑日本航空機に積   み込まれる直前の荷物から発見された  

とい︑つ︒乗客の一人は︑テレビのイン  

タビューに ﹁まさか自分のまわりでこ   んなことが起こるとは思ってもいませ  

(8)   

(9)

KSKPサロン・あべの通巻1T56号1g91年9月21日  

んでした﹂と言う︒人はさまざまだ︒   ぼくだったら ﹁いよいよ自分の香かと   思いました﹂ と答えたにちがいない︒    この ﹁墜落心配症﹂ の長所は︑ある   とすれば︑無事帰ってきたとき︑なに   か蘇生感というか︑生き返った感じが   することである︒ああ︑またこの青空   を見ることができた︑この草木に触れ   ることができたと患う︒そんなことを   成田空港で真顔で考えられるのは﹁心   配病者﹂ だけの特権である︒    また︑この ﹁病﹂ は︑毎日毎日自分   の死を考えながら生きているとい︑つ︑   古代ギリシャの哲学者のような生活を   与えてくれる︒平々凡々たるぼく如き   人間の生活に︑多少とも哲学色が加え   られているのだとすれば︑まさにこの  

心配病のおかげであるにちがいない  ︒   

夏の暑い日に昇るアスファルトの坂   道でふと思︑つ︒九月に飛行機旅行をひ   かえた ﹁心配病者﹂ にとっては︑この   人生には無関係な路傍の雑草も︑肌着   を濡らす不快な汗も︑等しく愛おしい   生命︵いのち︶ の現れである︒妻の不   可解な愚痴めいた非難も︑やはりかけ   がいのない思い出のように耳に快い︒   心配病者もまた人生を楽しんでいるの  

︵知︶  

である︒  

平成三年九月八日︵日︶午前十時〜午後  

三時︑長居の球技場で﹁弟六回ふれあいフ  

ェスティバル﹂が大阪市社会福祉協課金設  

立四〇周年記念の一項として開催された︒   

﹁おまつり広場﹂では︑模擬店やバザー  

など多くの店が出てにぎわい︑珍しい餅つ  

き風景も見られた︒   

﹁ふくしの広場﹂では︑ボランティア相  

談・介護教室・入浴サービスの紹介コーナ  

ーが設けられていた︒   

その他﹁たいけん広場﹂ ﹁わんばく広場﹂  

﹁ふれあい広場﹂等があり︑それぞれのコ  

ーナーでは︑思い思いに楽しむ人達があふ  

れていた︒   

そのお祭り気分に沸きあがっている一角  

に︑別世界の静かなお茶席が設けられ︑こ  

とでは︑ボランティア方のほかに︑視力・  

聴言・肢体障害者の方々の日頃のお稽古の  

成果を披露されていた   WWWW柳亜瀞瀞  

︻ ふれあいフェスティバル ︼  

この映画は︑精神薄弱者施設︒信楽青  

年案で生活する人たちが︑地場産菜であ  

る無業に就労し様々な葛藤を重ねながら  

も︑おおらかに働き︑生活している姿を  

七カ月にわたり記録したドキュメンタリ  

ー映画です︒  

主 催=︵社︶大阪ボランティア協会︒  

映画会実行委員会  

と き=十月四日︵金︶・五日︵土︶  

ところ=コスモ証券ホール  

﹇大阪市中宍区今橋一−八−十ニ  

コスモ証券ビル八階﹈  

連絡先=m■〇六−三五七−五七四一   長編記録映画  ﹁しがらきから吹いてくる風﹂  

監督/西山 正啓  

金=前売二〇〇円︑  

当日一六〇〇円   

中高生/一三〇〇円  

︵前売︒当日︶  

コンサート︒トークショー参加  

は一〇〇〇円ブラス   

(10)

KSKPサロン・あぺの通巻1756号19gl年9月21日  

スウェーデン生括体験記  

3   

初めて見た異国の地︑ストックホルムの  

町並みは︑日東より少し暗い︵日が過ぎる  

と落ち着いた良い街だと思いましたが︶よ  

うな気がしました︒また︑道路を走るトヨ  

タやマツダなどの日本事の多さには葡きま  

したが︑同時に早くも懐かしく思ってしま  

いました︒   

はかに気が付いた事は︑点字ブロックが  

ない事︑あちこちの道路や建物には段差も  

多い事でした︒それに︑車椅子もこの日は  

見掛けませんでした︒そして︑ただ目に付  

いたのは︑背の高い大きなベビーカーが多  

くて︑それを押しているのが︑殆ど男性だ   美智子のこんな話  

一九九一年九月三日発行︵毎日発行︶KSKp通炎三七五六号一九∧四年八月二〇日弟三種郵便認可  

発行人u関西障辱専定期刊行物協会=大晦市城東区中浜二−十−十三姫輔号室=F・アド企画気付    という光景でした︒何も知らかった私は︑  期待はずれかなぁと少し失望しはじめてい  ました︒   

でも︑空港バスにはリフトと車椅子用ト  

イレが付いているし︑八台の車椅子がその  

まま固定出来る︑このバスの乗務員の車椅  

子の手慣れた固定の仕方にも︑日本とは違  

う何かがあるなぁと感じていました︒   

スウェーデンに着いて二日目︑この日だ  

けが唯一の︑全員で出来るストックホルム  

市内観光日でした︒   

﹁北欧のベニス﹂と形容されるストック  

ホルムは︑大小十四の島で出来ており︑と  

ても糊と線が多く︑自然の豊かさ美しさで  

は屈指の町︒   

その町並みは青いものを残し︑彫刻など  

も多く全体としては︑日東より落ち着いた  

町でした︒その地形から︑フェリーに乗る  

事も多く︑私も車椅子のまま乗ったのです  

が︑さりげなくスロープもありました︒  

〜、 ̄、・一■  

ー・∫−一l虚・〜.j−−−・・■−.・−・∫一−1・  ⁝  ■ミ1亡−1ま書●i−・貴・11更▼  

ています。   

ぜひ「作某所」建設カンパに、  

ご協力をお願いします。  

て、これまでの取り組みでは応じ   きれなくなり「作某所」作りが必   要となってきました。「作業所」   

、ヽ−−ノ  ●  一 ̄、−−−・−・−  ○  一−− \ 一  ○  ノーー■■_−__  

障害者の自立に ご協力を!  

\ ̄ ●  ̄、 ̄ ●  ̄ ̄、 ̄ ○  ̄ ̄、 ̄ノ 

といえば「障害者が集って何かし  

「障害者・就職と朗の懇談会」  

と「施設の障害者・外出サービス   ネットワーク」は、障害者の自立   をめざし、活動しているグループ   ですが、現状では参加されるメン   バーの多様化で生括と仕事に閲し  

カンパ希望額;1口¥1000.  

郵便振替口座;大阪3−76086  

「作業所建設準能会」宛   住所;大阪市住吉区我孫子西  

1−14−10古田方   ている所」というイメージがあり  

ますが、私達は、従来の「作業所  

」のイメージから錬れ、「施設や   地域の障害者の自立と社会参加を   推し進めていく場」としての「作   業所」を運営していきたいと考え  

_...  」  

<サロン・あべの>第63号   編集:サロン・あべの 運営委員会 定価100円  

(〒545大阪市阿倍野区阪南町6−3−26.電話06−691−1028冨田慶子)  

印刷;セルフ社〒545大阪市阿倍野区西田辺町2−2−10−101.TEL.06−691−2365.  

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参照

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