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技術革新プロセスのモデル:ロスウェルの諸説を中心に-香川大学学術情報リポジトリ

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−ア5−

技術革新プロセスのモデル:ロスク

ェルの諸説を中心に

普 間 克 雄

Ⅰ ほじめに Ⅱ 技術革新プロセスのモデル Ⅱ−1 第1および第2世代モデル(リニア・・モデル) Ⅱ−2 第3世代モデル(結合モデル) Ⅰ−3 第4世代モデル(統合モデル) Ⅰ−4 第5世代モデル Ⅲ 結 論 Ⅰ 技術革新のプロセスに関して,何らかの概念的秩序(conceptualorder)を与

える試みが近年,多く展開されている。技術革新プロセスのモデルを吟味する

こともその試みの1つであろう。このことは技術革新という現象が理論的に

も,実践的にも重要視されていることの現れに他ならない。このような試みを

通じて,①技術革新のプロセスをよりよく理解でき,②実践的な政策の策定に 関するより正確な基盤的知識を狂得できるであろう(Rothwe11,1992)。以上の ことを念頭に.おいて,企業に.おける技術革新プロセスのモデルの歴史的な変遷

(2)

香川大学経済学部 研究年報 34 −76− を考察することが本稿の目的である。 技術は急速な変化をとげているが,企業における技術革新プロセスのモデル もまた変化している。例えばロスウェルほ,技術革新に関わる既存研究をレ ビュ.−し,技術革新プロセスの・モデルの歴史的変遷を次のように.表している。 すなわち,1950年代および60年代から70年代初期にわたって支配的であったモ デルほ,技術主導モデルとニーズ主導モデルであり,それらほいわゆる単純な リニア・モデルと称されてきた。そして,70年代中期から80年代初期において 技術と市場ニ一ズの双方を考慮した結合モデル,そして最も新しい統合モデル というように,技術革新の・毛デルは発展してきた(Rothwell,1992)。これらの モデルの詳細な説明は後に譲るが,ロスウェルは技術主導モデルを第1世代モ デルと,最も新しい統合モデルを第4世代モデルと称して,技術革新プロセス のモデルの歴史的変遷を吟味したのである。さらに彼は,近年のコンビュ−タ を中心とする情報技術の発展を企業の技術革新のプロセスに取り入れた最新の モデルを戦略的統合モデルないしはネットワ・一寸ング・モデルと称し,それは 統合モデルに.続く第5世代モデルである,と主張している。 先に論じた目的を遂行するため,本稿ではこのロスウェルの諸説に従って,

技術革新のプロセスのモデルの歴史的変遷を考察したい。以下では,彼が吟味

した第1世代モデルから第4世代・モデルまでを紹介・吟味し,それに対する私 見および今後の研究への発展について論じたいと思う。 Ⅱ

Ⅰ−1 第1および第2世代モデル(リニア・モデル)

1950および60年代では,企業における技術革新は科学的な発見に始まり,応 用を中心とする研究開発を経て,開発,設計,製造活動が起こり,市場性のあ る新しい製品や製造工程,ないしはサ・−ビスなどを市場導入する,というよう な直線的なプロセスで展開されると仮定されていた。つまり,そこでは,技術

革新は新しい発見や理解を契機として起こる,と考えるのである。この考えの

もとでは,市場は研究開発活動が創出した果実を受け入れるだけの受動的な容 器に過ぎない(Rothwe11,1992)。

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技術革新プロセスのそデル:ロスウニルの諸説を中心に −77− こ.のようないわゆる“技術主導モデル(technologypushmodel)”の確立に 大きな影響を及ぼしたのは第二次世界大戦であった。大戦が勃発した時,科学 研究に従事していた多くの研究老は科学的知識を創造し仁短期間に多くの重要 な技術革新(主として軍事的領域における技術革新)を展開したのである (Price=Bass,1969)。それゆえ,科学研究活動が技術革新の主要な契機とな る,という考え方が主流となったのであろう。技術革新に.関する新しい実証的 研究であるマイヤーズとマ−・*・スの研究(Myers=Marquis,1969)が発表され るまで,このモデルほ多大な影響力を持ち続けた。現在でもなおその影響力は 衰えておらず,技術革新プロセスの説明モデルとしての地位を維持していると いえよう。 図表1 技術主導モデル(第1世代モデル) 開 発 −−−…−−−−−−−…−−−−−−−−−−…↓−−… 生 産 ==−…−−−=−−−…−−−…−=−↓−−−= マ1−ケティソグ 出所:Kline(1985),p37 このような技術主導モデルは図表1のように示されよう。 このモデルは60年代までは唯一最善のモデルの如く用いられてきたが,60年 代後半から70年代にかけて,技術主導モデルとは異なる見解が提示された。そ の代表例がマイヤ・−ズとマ・−キスの研究であろう。彼らの研究は,技術革新お

ける「市場」という場の役割をより強調したものであった。彼らは,技術革新

を展開したイノベータ・−を面接・調査し,技術革新を展開するための主要な要 因は潜在的な市場か,もしくは製造部門が知覚したニ・−ズである,という見解 に至ったのである(Myers=Marquis,1969)。 またアクーパックも,技術革新における市場こ、−ズの重要性を指摘してい る。すなわち彼によれば,市場要因は技術革新に主要な影響を及ばす。多くの 領域における重要な技術革新の60∼80%は,市場からの要求やニーズに対応し

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香川大学経済学部 研究年報 34 ー7β− たものであり,残りの部分が新しい科学および技術的進歩から生み出されたも のなのである(Utterback,1974)。 このように,技術革新の契機において,相対的に重要な役割を担うのは市場 二一−ズであり,このような見解を提示した既存研究は図表2のようにまとめら れよう。

図表2に示された8つの研究は調査対象企業や業界ほ異なるが,その調査結

果は殆ど同様である。つまり,技術革新の契機となる割合は,相対的にみて市 場ニ−ズの方が大きいということである。 これらの研究は,主として第3世代モデルたる結合モデルを主張した研究で あるが(特にマイヤ・−ズ=マ1−キスとアターバックの研究),それへの移行期

にいわゆるニ1−ズ主導モデル(need pullmodel)が展開されたと考えられよ

う。つまり,60年代後半から70年代前半にかけてニーズ主導モデルが提示され たのである。 図表2 市場ニーズと技術によって喚起された技術革新の割合に関する研究の比較 研 究 老 市場ニ1・・・・・ズからの割合 技術的機会からの割合 サンプル数 23% 303(8) 27% 137 31% 108 34% 710仏) 34% 84 22% 439 10% 10 25% 32 ベーカ・一他 77% カーター/ウィリアムズ 73% ゴールダ・− 69% ンヤい−・・ウイン/アイセンソソ 61% ラングリッシュ 66% マイヤ・−ズ/マーキス 78% タンネソバウム 90% アタ、−バック 75% (注)(a)新しい製品および生産工程に関わるアイデア (b)20の開発において利用された研究事例 出所:Utterback(1974),p622 このような状況の中で,技術革新のニーズ主導型モデルは徐々に影響力を持 ち始めた。この場合,技術革新は知覚された顧客のニ・−ズの結果,あるいは顧 客が明らかに作り出したものとして生じる,と考えられている。その結果,市

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技術革新プロセスのモデル:ロスウニルの諸説を中心に −ア9刑

場ニーズを考慮に.入れた研究開発(新製品開発)活動に焦点が当てられるよう

に.なった。ここで研究開発活動は,技術革新プロセスにおいて以前よりも相対 的に受動的な役割になったのである。 このようなニーズ主導モデルは図表3のように示されよう。 図表3 ニーズ主導モデル(第2世代モデル) 市場調査(ニ・−ズの把捉) −−−−−−−…叩−…−−−=…−…−−−−=↓…−一 研 究 −−−−−−−−−−−−−……−−−−−−−…−−−−−−↓一…一 関 発 ・=…−−…−−−−−−−−……−…=−==↓−−… 生 産 −−……=……−−−−−…−===−−=↓−−−−− マ・−ケティソグ 出所:Galbraith(1984),p309

既存研究では,技術主導モデルとニーズ主導・モデルの双方をあわせてリニア

・モデル(1inearmodel)と称しているl)。以下でほ,このリニア・モデルの特徴

や長所・短所を分析することによって,技術主導モデルとニ・−ズ主導モデルに

関する理解を深めたい。

これまでに論じてきた技術主導モデルとニ1−ズ主導モデル,すなわちリニア

・モデルはどのような特徴を持っているのであろうか。クラインに.よれば,こ

のモデルの特徴は次の3点に求められる2)。すなわち第1に,技術主導モデル

は,技術革新プロセスを科学研究から開発を経て製造・マ・−ケ‥ティングに至る

まで,唯一かつ直線的な道のり(a unique,linear pathway)として表してい

る。第2に,このモデルでは,技術革新のプロセスは−・方通行的なプロセス(a

one−Waypr・OCeSS)として視覚化される。第3に,技術革新の契機となるのは科

学研究,すなわち“新しい知識(newknowledge)”か,市場動向や顧客ニー

1)基本的にリニア・モデルを論じるときには,主として技術主導モデルを意味すること が多い。 2)クラインの場合,基本的にほ技術主導モデルの特徴を論じている。

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香川大学経済学部 研究年報 34 −β0− ズの明密な調査のみである(Kline,1985)。このことは,ある特定の知識や機 能的専門家集団が技術革新の契機になることを意味していよう。 第1の特徴について,さらに吟味してみよう。リニア・モデルにおいて,技 術革新は“順序だった規則正しいプロセス(orderly process)”ととらえられ (Kline=Rosenberg,1986),それを展開する開発プロジェクトは,フェイズか

らフェイズへと逐次段階的に進んでいくと考えられている。つまり,技術革新

を展開するような企業の新製品開発プロセスは,リレ一競争のようなものであ り,1つの機能別専門家集団がバトンを次の集団に渡すという形態で進展して いくと考えられているのである(竹内=野中,1985,1986)。 第2の特徴についても,さらに議論してみよう。リニア・1モデルに・おいて, 技術革新ほ,研究から始まってマ・−ケティングまで(技術主導モデル),あるい は市場調査から始まってその結果を受けて研究,開発が展開され,マ一ケティ ングへと至る(ニ・−・ズ主導モデル)−・方通行的プロセスととらえられている。 そこでは,後段階から前段階へのフィ・−ドバックや各段階の相互作用ほ全く考 慮されていない。つまり,前段階の活動は後段階の活動に影響を及ぼすが,そ の逆方向への影響力は働かないのである(クラ、−ク=藤本,1987)。 最後に,第3の特徴について考えてみよう。リニア・モデルでほ,有能な専

門家集団が新製品の開発を引き受けている。技術主導モデルでは,科学研究を

展開する技術系エキスパ・−トのエリ1−ト集団が,ニ・−ズ主導モデルでは市場 ニーズの把握に努めるマーケテイング系のエリート集団が中心となって学習を 行っているのである。それゆえ,知識は個人べ・−スで狭い範囲に蓄積されよ う。これは“深さのある学習”と称される(竹内=野中,1985,1986,)。つま り,リニア・モデルでは−・握りの専門家集団が主役となって学習・活動を展開 するのである。 技術革新のプロセスをリニア・モデルで分析することによって,あるいほ実

践的な側面からみて,リニア・モデルを採用することにはどのようなメリッ

ト,デメリットがあるのだろうか。 リニア・モデルのメリットは次の2点に求められよう。すなわち第1に,リ ニア・モデルは技術革新のプロセスをかなり単純化しているため,理論的に理

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技術革新プロセスのモデル:ロスウニルの諸説を中心に 一8J一

解を深めやすいというメリットがあげられる。このことは,リニア・モデルが

現在も理論的に影響力を有しているということとも関係していると考えられよ う。

第2のメリットは開発プロジェクトの管理に関係している。リニア‥モデル

では,開発プロジェクトは段階ごとに1つ1つのフェイズを通り扱け,前フェ

イズの要求がすべて満たされたとき初めて,次のフェイズへと移っていく。こ

のように,各フェイズごとにチェック・ポイントを設けるというやり方は,リ スクを最小化するといえよう(竹内=野中,1985,1986)。このような方法は,

米国航空宇宙局(NASA)で典型的に用いられてきた。それは,PPP(Phased

ProgramPlanning)と称されており,製品および技術開発のフェイズごとKL厳

格な分析とチェックを組み込んで,そのプロジェクトの進度を考慮し,全体の 調整をはかるという方法である。アポロ開発計画でほこの方法が実際に用いら

れている。そのようないわゆるビッグ・プロジェクトでほ,天文学的な投資や

技術的に高い安全性および確実性を要するため,開発プロジェクトのフェイズ ごとに問題点を完全になくしてからでなければ先のフェイズに進まない ,とい うリスク最小化の考えに基づくものであった(竹内=野中,1985)

NASA流のPPPのやり方を実際に用いている例として,IBM社の製品開発に

おける「フェイズ・マネジメント」があげられよう。その製品開発プロセスは, 新製品の企画,開発,製造,販売というように直線型であり,個々の段階はリ ニア・モデルのように相互に独立している。各段階の終わりに.は「フェイズ・ レビュ・−」と称されるチェック機能が組み込まれており,技術的な側面と経済 的な側面からチェックがなされるのである。ここで技術的な側面でのチェック とは,このような機能が欲しいとか,その材料では壊れる頻度が高いとか,そ こは設計に敵齢があるなどの観点から厳密にチェックすることである。経済的 な側面でのチェックとは,需要予測や製造コスト,製品価格,最終利益などの 観点からチェックすることを意味する(青木・小池・中谷,1989)。 このようなフェイズ・レビェ.−でほ,工場の代表,特許部門,営業の代表, サ・−ゼス・エンジニア部門が専門的な点から評価を行う。基本的な項目につい て,専門家が「ノー」といえば,その問題を解決しない限り次の段階に.進んで

(8)

香川大学経済学部 研究年報 34 図表4 旧M社のフェイズ・マネジメント ーβ2− 企画・基本設計 フェイズ1 設計 開発・試作 フェイズ2 フェイズ3 量産 フェイズ・レビュ.−・1 販売 フェイズ4 フェイズ・レビユー・2 フェイズ5 フェイズ・レビユ−3 フェイズ・レビュ血4 フェイズ・レビ.ユ.−・5 出所:青木・小池・中谷(1989),p101 はいけないことになっている(青木・小池・中谷,1989)。 ある特定の機能的専門家集団が中心となって技術革新を展開する,とような リニア‥モデルの特徴をふまえれば,IBM社内の様々な専門家がフェイズ・レ ビュ.−を行う「フェイズ・マネジメント」は,純粋な意味でのリニア・モデル とは言い難いかもしれない。しかし,「フェイズ・マネジメント」の基本的発想

ほ,NASA流のPPP同様,開発リスクの最小化であるため,リニア・モデルの

「例と我々は考えている。

以上のようなIBM社の「フェイズ・マネジメント」は図表4のように示され

よう。

では次に,技術革新のプロセスを理解すぎ際,あるいは実践的に用いる際の

リニア・モデルのデメリットを考えてみよう。 まず第1にあげられることは,開発プロジェクトにおいでフィードバック・ ルt−プが存在しないことである。技術革新プロセスにおいて,フィードバック ・ループは,①技術革新の成果を評価するために,②次の開発段階を公式化す るために,③競争上の地位を評価するために必要となるが,リニア・モデルに

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技術革新プロセスの、モデル:ロスウニルの諸説を中心に −β3− はそれが存在しないのである(Kline=Rosenberg,1986)。このことは,技術革 新のプロセスを理解する上でも,効果的に.技術革新のプロセスを運営していく 上でも欠如している点といえよう。 第2に,開発プロセスの各段階の相互作用がない,ということがあげられよ

う。製品および技術開発のプロセスでは,プロジェクト全体が受け渡されるあ

る段階から次の段階への移行時(インタ・−フェイス)に問題が生じやすいとい われている(竹内=野中,1985,1986)。この問題は,急速な技術変化などの環 境変化という要因に.よっても生じるが,主として開発プロジェクトの各段階ご との仕事内容の違いやものの見方の違い,次の段階の仕事を考慮するという視 点のなさから生ずると考ネられよう。開発プロジェクトの各段階の効果的な相 互作用ないしはコミ、ユ.ニケ−ションがあれば,インターフェイス問題を解消す ることは可能であるかもしれないが,それがない場合には,問題を棚上げした 状態でプロジェクトが進展することや,開発プロセスの後段階が苦労するとい うことが起こる。このことは,先にあげたフィ・−ドバック・ル・−プがないとい うこととも関係しており,理論的にも実践的にも欠如している点といえよう。 このように,開発プロジェクトの各段階を結びつけるフィードバックノレープ や相互作用がないことによって,開発プロジェクトの各段階の統合の余地が殆 どない,という状況に陥ることとなる。この場合に問題となることは,ある開 発段階で生じた難問によって全開発プロセスのスピ・−ドが遅くなったり,停止 してしまうということである(竹内=野中,1985,1986)。遅延や停止によるコ スト増は企業にとって大きな打撃となるであろう。軍事目的での製品および技

術開発ならば,先に述べたNASA流のPPPを用いることも可能であるが,企業

における製品開発の場合,この方法を用いることのできる体力のある企業はご く僅かであるといえよう。それゆえ,当然,コストが問題に/なり,プロジェク トの遅延や停止による開発コストの増加は回避したい問題であろう。このよう に,開発プロジェクトの各段階の統合の余地がないことによって,プロジェク トの遅延・停止から生じる可能性が高く,それが開発コストの増加につながる ということが第3のデメリットなのである。 以上のように本節でほ,1950年代から60,70年代初頭にかけて支配的であっ

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香川大学経済学部 研究年報 34 ーβ4−

たリニア・モデルについて議論を展開した。このモデルは,単純で理解しやす

いという大きなメリットがある反面,フィードバック・ル・−プや相互作用がな

いことから生じる多大なデメリットを抱えているといえよう。次節では,リニ

ア・モデルのデメリットを補い,さらに.新しい視点を取り入れた第3世代モデ

ルたる結合モデルを取り上げ,吟味したい。

Ⅱ−2 第3世イ℃モデル(結合モデル)

SAPPHO(Scientific Activity Predictor from Patterns with Heuristic

Or・igins)プロジェクトという著名な研究がある

。それは,化学工業および科学

機器産業において成功した技術革新と失敗したそれとを比較し,その成功要因 を導出した研究である。この調査は60年代後半と70年代初頭に展開され,技術 革新に成功したケ−スに共通する5つの要因を導き出した。すなわちそれは, ①ユ1−ザ・−・ニ・−ズのよりよい理解,②マーケティングやパブリシティに対す る強い関心,③開発作業の効率的遂行,④外部の技術および科学的知識の効果 的利用,⑤より地位が高く,大きな権限を有するイノべ・−ターの存在,である (Rothwellet al,1974)。リニア・モデルとの関係でこの調査結果を分析して みると,技術革新を成功裡に展開するためには,技術要因ないしは市場要因の どちらか−・方を重視するのではなく,双方の要因が重要であるといえよう (Rothwellet al。,1974)。つまり,成功裡に展開された技術革新のモデルを考 慮する場合,科学および技術的要素と市場ニ・−ズとを結びつけたモデルが必要 となるのである。

ラングリッシェ.らの研究も,SAPPHOプロジェクトと同様の研究結果を提

示している。すなわち,技術革新の多くは,技術主導モデルによっても,ニ・− ズ主導モデルによっても説明がつかない。現実の技術革新は単一・の要因で起こ るというよりも,それらの要因,つまり技術要因と市場要因の双方が関係して 起こることが多いのである(Langlish et al.,1972)。 このようなことから,現実の技術革新のプロセスを考えるとき,「技術かそ れとも市場か」と考えるよりも,「双方を考慮することが肝要」と考えた方がよ いのかもしれない。ここでいう結合モデル(couplingmodel)とは,技術革新の

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技術革新プロセスのモデル:ロスウニルの諸説を小心に −∂5−

プロセスにおいて,技術要因と市場要因とをうまく結合した活動をとらえたモ

デルなのである。リニア・・モデルの視点からみれば曖昧な議論に・なるかもしれ

ないが,これが現実の技術革新の特徴であり,かつ第3世代モデルたる結合モ

デルの第1の特徴といえよう。

マイヤーズとマ・−キスは,アイデアの創始から実施まで,技術革新のプロセ

スは単】の組織によって遂行されるかもしれないが,異なる時間や場所におい

て,他の組織や諸団体との相互作用がみられると主張し,技術革新プロセスに

おける外部環境との相互作用を見いだした(Myers=Marquis,1969)。またア

ターバックは,技術革新を創始し,展開し,実施する企業の石効性は,①企業

をとり・まく環境の特性,②企業それ自体の内部特性,③企業と環境との間にあ

るフロ1−という3つの要因の関数として考察される,としている(Utterback,

1971)。マイヤ−ス■とマーーキスの研究,そしてアタ・一バックの研究は,企業内部

の組織特性だけでなく,企業を取り巻く環境や企業と環境との相互作用が技術

革新のプロセスの有効性に.影響を及ぼす,ということを発見したのである。

この2つの研究結果は,第1世代および第2世代モデルではほとんど考慮さ

れていなかったといってよい。第2世代モデルでは,市場ニ・−・ズが技術革新の

契機となるため,最初の時点では,環境要因を考慮しているが,その後のプロ

セスの段階では,環境との相互作用はもり込まれていない。また,第1世代モ

デルでは,最初から環境要因は全く考慮されていない。このように,これらの

モデルでは,技術革新に関わる部署(組織)とそれを取り巻く環境との相互作

用をはとんど考慮しなかったのである。その意味で,それらは技術革新プロセ

スのグロ−ズド・モデルと呼んでよいのかもしれない。

これに対して第3世代・モデルでは,上記の研究成果をふまえて,技術革新を

展開する覿織とそれを取り巻く環境との相互作用をモデルに取り入れている。

具体的なイメージを描いてもらうためにも,図表5にロスウェルが提示した結

合モデルを,図表6,7に第3世代モデルの基礎となったマイヤーズとマ・−キ

ス(図表6)およびアターバック(図表7)のモデルを示しておこう。

活動を効果的かつ効率的に遂行するために必要となる情報や知識を,単一・の

組織だけで生み出すには限界があろう。遂行されるべき活動が技術革新に関わ

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香川大学経済学部 研究年報 34 図表5 技術革新の結合モデル(第3世代モデル) −∂6− 出所::Rothwe11(1992),p222 る活動,すなわち製品および技術開発ともなれば,さらに複雑かつ多様な情報

や知識が要求されよう。図表5∼7にも示されるように,実際,効果的に技術

革新を展開するためには,多様な情報を外部環境から取り入れ,うまく処理し ていく必要があるのである。第3世代・モデルは,このような視点から技術革新 をとらえており,そのプロセスにおいて環境との相互作用を重要視したのであ る。この点が第3世代モデルたる結合モデルの第2の特徴といえよう。 外部から多様な情報を取り入れ,効果的に技術革新のプロセスを展開するた

めの1つの方策として,第3世代モデルでは境界連結単位(boundaryspanning

role)やゲ1−トキーパ1−(gatekeeper)の役割の重要性を強調している。そのよ うな役割を有する個々人は,企業外に幅広いコミェニケーショソ・ネットワー クをもち,同僚を支援する内部コンサルタントとして,あるいは技術情報源と して,企業内の他の人々によって頻繁に選択・利用されている組織メンバ、−で

ある(Allen,1977;Tushman,1979;Utterback,1971)。境界連結単位やゲ1−

トキーパーは

,図表5∼7においてみられるような技術革新プロセスの各段階

と環境との相互作用の効果的な展開の−・巽を担っているのである。

(13)

技術革新プロセスのモデル:ロスウェルの諸説を中心に −β7一 図表6 マイヤーズとマーキスのモデル 認識−→アイデアの+>問題解決→解決+>利用と普及 定式化 出所:M.yers=Marquis(1969),P4 図表7 アターバックのモデル 現在の技術的知識 生産工程を最も 早く利用するた め,あるいは製 品を市場導入す るために,試作 品の開発に必要 となる工場設備 などの建設 分割可能な問題 の分割 技術目標の設定 資源の配分 代替案の設計 目標達成可能な 代替案の評価 ニ一ズの認識 ニーズに合う技 術的手段の認識 開発のアイデア を創造するため の情報の統合 時間+> (創始) 現在の経済的,社会的利用 (普及) 実施および普及 出所:Utterback(1971),p78 問題解決 アイデア創始

(14)

香川大学経済学部 研究年報 34 ーββ−

以上が第3世代モデルたる結合モデルの特徴である。主としてこのモデル

は上策1世代および第2世代モデルが想定していた「技術かそれとも市場か」 という発想ではなく,「技術および市場の双方」を考慮したことと,技術革新プ ロセスの各段階における環境との相互作用に力点をおいた。このことが前の2 つのモデルと全く異なる点なのである。 Ⅱ−3 統合モデル(第4世代モデル) 80年代後半,前述した第3世代モデルとは全く視点を異にする技術革新プロ

セスのモデルが展開された。ロスウェルほそれを統合モデル(integrated

model)と称した。 そのモデルでは,技術革新のプロセスを研究し,試作品を開発し,製造する

というように職能から職能へと規則正しく,かつ順序よく移行する開発活動

(リニア・モデル)ととらえるのではなく,研究と試作品の開発と製造という 職能を同時に巻き込む並行的プロセスととらえている。 このような統合モデル は図表8のように示されよう。 図表8 技術革新の統合モデル(第4世代モデル) プロジェクトの進行 >

(15)

技術革新プロセスの・モデル:ロスウニルの諸説を中心に 一朗− このモデルの開発の契機となったのは,「なぜ日本企業の技術革新ほ,米国 企業のそれに比べてスピ・−ディかつフレキシブルであるのか」という関心事で

ある(竹内=野中,1985,1986;野中,1986)。竹内=野中の研究によれば,技

術革新をスピーーディかつフレキシブルに展開していた日本企業は,前述したリ ニア・モデルのように逐次段階的に.技術革新を展開しているのではなく,図表 8に.みられるようなかたちで研究や開発,設計,製造などの独立した機能を同 時並行的に展開していたのである。 では,この方法で技術革新プロセスを進めていった場合,なぜスピ・−ディな 製品開発か展開できるのであろうか。この疑問は次のように考えれば解消する ことができる。すなわち,仮に研究や開発,設計といった個々の開発段階の り・−ド・タイムが変わらないのなら,前段階と後段階の活動を期間的に重複さ せることによって,当然全体のり・−ド・タイムは圧縮できるのである(クラ・−

ク=藤本,1987;Clark=Fujimoto,1991)。図表8をみてもわかるように,重

複部分の存在が製品開発をスピーディに展開できる理由となっているのであ

る。 現代企業を取り巻く環境においては,強力な内外のライバル企業の攻勢や技 術変化に迅速に対応するために,製品開発をスピ・一ディ一に行う能力が要語さ れているといえよう。つまり,よりよい製品をより早く開発することが,企業 の競争戦略の中で最優先事項の1つとなってきている(クチーク=藤本,1987; Stalk=Hout,1990)。例えば,米国のクライスラー・社は,重複型プロセスを取

り入れることによって,開発期間の大幅な短縮とコスト削減を達成している

(Bulkeley,1995)。同社の戦略製品たる「ネオン」の成功はその一例といえよ う。製品開発のスピー・ドを上げることができれば,競争相手よりも速やかに製

品を納品できるのはもちろんだが,それがコスト削減や品質の向上につなが

る。クライスラ1一社だけでなく,多くの企業は,このことに気づき始めている のである。 このように.第4世代モデルたる統合モデルは,企業の競争戦略という側面に おいて,重要性が高いモデルといえよう。それは,開発プロセスにおける各段 階の活動の重複とそれに起因する開発時間の短縮という効果があるからであ

(16)

香川大学経済学部 研究年報 34 ー90− る。このことが第4世代、モデルの第1の特徴なのである。 製品および技術開発の重複モデル,すなわちロスウェルのいう統合モデルに

は,単に2つの活動を期間的に並行して行う以上のものがある。そのモデル

ほ,活動の重複に加えて,それを支援する効果的な情報処理バク・−ンを備えて いる。つまり,開発プロセスにおける前段階の活動と後段階の活動とが,情報 を相互守こ小刻み.に受発信することによって統合化されているのである(クラ・− ク=藤本,1987)。重複している期間内に,双方の活動がいかに・情報のやりとり をうまく行うか,ということが重要であり,それによって,開発プロセスにお けるある段階から次の段階への移行期に生じる様々な問題を解決することがで

きると考えられる。例えば,新製品の設計活動が終了しないうちに試作活動が

動き出し,そこで明らかになヶた問題点や欠陥は,即座に前段階たる設計に フィ・−ドバックされる。また試作活動が終了していない段階で,生産活動が開

始される。ここでも,試作活動の時点では判明できなかった問題点が明らかに

なり,フィ・−ドバックされる。それによって試作品の改良がスム・−ズに展開さ

れる。このように,開発プロセスの重複期間内における前段階と後段階の情報

の受発信(つまり相互作用)を通じて,インタ・−−フェイス問題は効果的かつ即 座に解決できるのである。このことが先にあげた「製品および開発のフレキシ ビリティ(柔軟性)の高さ」に繋がる(青木・小池・中谷,1989)。これは第4 世代モデルの第2の特徴といえよう。

このような特徴を有する統合モデルには様々な呼び名がある。例えば,その

モデルは,各段階が横−・線に.並んでボ・−・ルを投げ合うようなかたちで相互作用 を行うため,ラグビ・一方式とも呼ばれている(竹内=野中,1985,1986;野中, 1986)。また図表8にみられるように,統合モデルでは,開発プロセスの各段階 が重なり合って配置されてこおり,それが料亭で出される刺身のようであること から,サシミ・メソッドとも称されている(青木・小池・中谷,1989)。さらに そのモデルでは,各機能が同時並行的に進行するため重複(オ・−バラップ)型

プロセス,ないしはサイマル・エンジニアリング方式(simultaneous

engineering)とも呼ばれている(クラl−ク=藤本,1987;Clark=Fujimoto,

1991)。

(17)

技術革新プロセスのモデル:ロスウェルの諸説を中心に 一9J− では,このような統合モデルを製品および技術開発活動に実際に採用する場 合,どのようなメリット,デメリットがあるのだろうか。以下では,まずその メリットについて考えてみよう。 統合モデルの主たる特徴は,各職能の期間的・時間的重複にあり,それに よって開発スピ1−ドが速くなり柔軟性が増す,という効果があった。それは企

業にとって,コスト削減や品質向上という効果をもたらす。このことについて

はすでに議論を展開した。 統合モデルでほ,リニア・モデルと違って各職能の期間的・時間的重複が存 在するため,関係各組織間の効果的な相互作用や協力が要求される。それゆ え,統合モデルを通じて製品開発が展開されれほ,関係各観織間に責任感が共 有され,協力が生まれうる。またメンバ岬の参画とコミットメントが促進さ れ,問題解決の焦点が絞られ,イニシアチブをとることを奨励される。さらに 様々なスキルが組織的に開発され,蓄積されるのである(竹内=野中,1985, 1986;野中,1986)。このような覿織学習は,特定の機能的専門家集団を中心と したリニア・・モデルではみられなかったメリットといえよう。 −・方,明らかなデメリットは,はりつめた開発プロセスを管理することから

生じる。統合モデルでは各職能の期間的・時間的重複が存在するため,活動の

調整のために職能間での頻繁なコミュニケーションや部品供給業者との密接な 接触の維持が必要となる。このような追加的な活動は,ともすればフトーバ・−・ ワークに繋がる。また,開発プロセスをスムーズに.進めていくためにほ,いく つかのコンティソジェンシ、−・プランの用意する必要も出てくる。このような 製品開発アプローチは,組織内により多くの緊張と摩擦を生み出しうる(竹内

=野中,1985,1986;野中,1986)。

以上が第4世イモモデルたる統合モデルに関わる議論である。現在,−・般的に 理解されている技術革新のモデルはこのモデルまでであろう。しかし,ロス ウェルほ新たな技術革新のモデルとして第5世代モデルの展開を試みている。 このモデルに関する彼の議論は試論にすぎないが,以下で簡単に紹介しよう。

(18)

192− 香川大学経済学部 研究年報 34 Ⅰ−4 第5世代モデル

革新プロセスの第5世代モデル,すなわち戦略的統合モデル(strategic

integration model)ないしはネットワ−キング・モデル(networkingmodel)

は,統合・モデルをいくぶん理想化した発展、モデルであるが,第4世代モデルと

は異なる特徴もみられる。例えば,共同している企業間のより密接な戦略的統

合という特徴があげられよう。複数の企業に.よる新製品や新事業の共同開発が その一例である。 またこのモデルの最も重要な特徴は,製品ないしは技術開発プロセスへのハ

イテクノロジl−の導入(processoftheelectronificationofinnovation)であろ

う。具体的に.いえば,製品開発を助成・促進する技術としてのエキスパ・−ト・ システムの利用や,試作品の製作を部分的に.補完するシミュレ⊥べ/ヨン・・モデ リング,新製品の共同開発プロセスの−部分としての供給業者とこ乙∵−ザ・−の CADシステムの結合,コンビュ・一夕による製品設計と製造管理の密接な結合

(統合されたCADおよびFMS)などがあげられよう。第5世代モデルは,技術

革新を職能横断的なプロセス(crossfunctionalprocess)としてだけではなく,

複数の細織や企業によるネットワーキング・プロセスとしてとらえるのであ

る。要するに,ロスウェルが提唱している第5世イモモデルの特徴は,コン

ビュ∴−タを中心とする情報技術と,それによって結びつけられた企業間ネット ワークを通じて,新たな製品やサ1−ビス,ないしは新たな事業を展開する,と いうことにある3)。 以上のように,本節では技術革新のモデルに.関するロスウェルの議論をペー スに・議論を展開してきた。彼の研究ほ,技術革新プロセスのモデルの歴史的な

発展に関わるものであり,既存研究をうまく整理していると思われる。技術革

新という現象を経営学的に,あるいは企業の側面から研究する者にとって有益

な研究といえよう。次節では,彼の研究に対する若干のコメントと今後の研究

の方向について議論を展開したい。 3)ロスウェルほ第5世代・モデルの議論を展開しているが,そのモデルの視覚化には至っ ていない。

(19)

技術革新プロセスのモデル:ロスウニルの諸説を中心に −93− Ⅲ 本稿では,技術革新プロセスのモデルに関するロスウェルの研究を中心に議 論を展開してきた。技術革新のモデルは,1950年代に確立された技術主導モデ ルを第1世代モデル,60年代後半から70年代に提示されたニ−ズ主導モデル, 70年代から80年代に展開された結合・モデル,80年代後半に展開された統合モデ

ルというように発展してきた。それぞれのモデルは図表9のようにまとめられ

よう。先に述べたように,環境や技術の変化と同様,技術革新のモデルも変化 してきたのである。 図表9 技術革新プロセスのモデルの歴史的変遷 ◆第1世代:技術主導モデル 単純かつ直線型で順序よく展開されるプロセス。R&Dに力点が置かれる。R&D の成果に対して市場は受動的である。 ◆第2世代:ニーズ主導モデル 単純かつ直線型で順序よく展開されるプロセス。マ1−ケティングに力点が置かれる。 市場ほR&Dを方向付けるためのアイデアの源泉である。R&Dの役割ほ受動的であ る。 ◆第3世代∴結合モデル フィ・−ドバ ック・ル、−プを伴って順序よく展開される。技術主導もしくほニーズ主 導,あるいはその両方の結合によって展開される。R&Dとマ・−ケティソグのバラン スほよい。R&Dとマーケテイングのインターフェイスの統合に力点が置かれる。 ◆第4世代:統合モデル 統合された開発チームによる並行開発。供給業老との強い結びつき。先端的な顧客 との密接な結びつき。R&Dと製造との統合に力点が置かれる。 ◆第5世代:戦略的統合およびネットワーク・モデル 十分に統合された同時並行開発。R&Dにおけるエキスパ・−トシステムやシミ.ユレ ・−・ショソ・ モデリングの利用。先端的な顧客との強い結びつき。新製品の共同開発や CADシステムの結合を含んだ主要な供給業老との戦略的統合。水平的な結合,例えば .JVや共同的な研究グル、−プ,共同的なマ、−サティング機構など。全社的な柔軟性と開 発のスピードに力点が置かれる(タイムベース戦略)。品質や他の非価格的要因の強調。 出所:Rothwell(1992),p236

(20)

香川大学経済学部 研究年報 34 ー94−

でほ,なぜそのような変化が生じたのであろうか。技術革新のモデルは企業

における技術革新,すなわち製品ないしほ技術開発や事業開拓のプロセスをモ デル化したものに他ならない。それゆえ・モデルの変化は,直接的には企業にお

ける開発活動の営みの変化,ひいては企業の経営戦略の変化を意味する。例え

ば,第1世代モデルたる技術主導、モデルでは,科学研究こそが優れた製品を開 発する際の第一歩であり,技術的に洗練されていれば製品が売れる時代であっ

たのかもしれない。またそのモデルが支配的であった時代は,現在に比べて科

学的にも技術的にも深耕可能性が大きかったといえよう。それゆえ,技術革新

の契機は科学研究のみに任されていたのである。 第2世代モデルたるニーズ主導モデルを境にして,製品および技術開発活動 において市場ニーズを考慮することの重要性が叫はれるように/なる。第2世代 モデルでは特にそれが強調された。 これらのリニア・モデルにおいて,いわゆる戦略的な視点があったかどうか は疑問であり,ここで経営戦略の変化に伴うモデルの変化を論じることは現時 点ではできない4)。これについてほ本研究の残された課題としたい。今後の研究 で明らかにしていきたいと考えている。 第3世代モデルたる結合モデルにおいて初めて,製品開発の各段階における

環境との相互作用という視点が技術革新のモデルに導入された。それゆえ,こ

のモデルのころから,製品および技術開発のプロセスに対して戦略的な視点が

導入されたといってもよいかもしれない。当然のことではあるが,このモデル

では技術および市場ニーズの双方を考慮することの重要性が叫ばれている。 第4世代モデルたる統合モデルは,開発プロセスにおける各段階の期間的・

時間的重複が大きな特徴であった。それによって開発期間が短縮され,競争戦

略的視点からみてコスト的にも品質的にも有利である,ということが戦略的視 点の大きな変化であろう。技術革新といえば,いわゆるブレイクスルー的イ 4)リニア・モデルでは,開発プロセスの各段階において環境との相互作用を全く考慮し ていないため,いわゆる環境との関係を考慮する戦略的視点があったがどうかほはなは だ疑問である。

(21)

技術革新プロセスのモデル:ロスウニルの諸説を中心に −95−

メ‥−ジがあるが,第4世代モデルではそれよりもむしろ開発のスピードを重視

している,というところに特徴がある。スピ・−ドや即応性といった要因は競争 戦略においても重要視されているが,技術革新の・モデルにおいてもそのような

視点が導入されていると解釈できよう。そうなると,これを契機にして技術革

新の概念自体も変わっていきつつあるのかもしれない。最近,自動車産業では

製品開発のスピードを競っている感があるが,ともすれば自動車における単な る1モデル・チェンジも技術革新と称されるのかもしれない。 第5世代モデルほロスウェルの試論であるため,ここでは明言を避けるが, 大きな特徴は製品および技術開発プロセスに.おける情報技術の利用であろう。 第4世代モデル同様,そこでも開発のスピ・−ドや即応性といった要因が重要視 されていると考えられる。 以上のように,現段階では,技術革新のモデルの変化は企業の製品および技 術開発の営みの変化,ひいてほ戦略的視点の変化によって生じているといえよ

う。企業における製品および技術開発の視点は,技術的に∴優れた製品や市場

ニ・−ズをうまく反映した製品や技術を開発するというだけでなく,それらをい かにスピ・−・ディに開発し,市場導入するか,ということが重要視されている。 かぐて我々は,企業のこのような戦略的視点の変化を反映して,技術革新のモ デルも変化していると主張したい。 これまでみてきたようにり本稿では,技術革新のモデルの歴史的変遷とその 変化が生じた理由を吟味・分析した。モデルの歴史的変遷についてはロスウェ

ルの研究に基づいて議論を進めてきたが,以上のことが本研究の主張点であ

る。

しかしながら,本研究は経過論文の域を出ない。本稿で分析したモデル以外

にも技術革新を説明するモデルには様々なものがある。例えば,年代的には第

4世イモモデルに属するが,クラインが展開した鎖状連鎖モデルと称されるモデ ルもある。このモデルはリニア・モデルの反省点から出発して展開されたモデ

ルである。また,技術革新のプロセスを敵織階層との関係で分析したバーゲル

マンに.よる自律的戦略行動モデルと称される・モデルもある(Burgelman=

Sayles,1986)。さらに.,マーチらが展開したゴミ箱モデル(garbage can

(22)

−96− 香川大学経済学部 研究年報 34 model)も技術革新もプロセスを説明する・モデルとして利用されている(例え

ば,Lynn,1982;田中,1992;常闇,1994)。企業における技術革新を説明する

モデルとして,このような様々なモ・デルをうまく整理する必要がある。このこ とは,本研究では取り観めなかった問題であり,今後の研究の課題となる点で ある。

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参照

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