は じ め に 扁桃周囲膿瘍,深頸部膿瘍ともに深頸部感染症であ る.深頸部感染症は頸部筋膜間間隙に生じた感染症の総 称で,リンパ節炎,蜂巣炎,膿瘍を含む.最も重症なも のが膿瘍で気道狭窄,縦隔炎,敗血症,大血管破裂など の重篤な合併症を引き起こすことがあり,致死性を有す る疾患と言える.抗菌薬の発達した今日でも,適切な対 応を必要とすることから耳鼻咽喉科医として理解してお かなければならない疾患の一つと言える. ここでは扁桃周囲膿瘍,深頸部膿瘍について理解する ための深頸部の解剖と扁桃周囲膿瘍,その他の深頸部膿 瘍の臨床について各論的に解説する. 深頸部の解剖 1. 歴史的背景 深頸部感染症,膿瘍は筋膜間間隙の感染症であるので 筋膜,間隙について理解することが必要である. 頭頸部の筋膜,間隙について1811年の Burns の報告 が最初とされ,Grodinsky と Holyoke の詳細な報告が基 本と言える1 .その後,研究者毎に命名が行われ,混乱 が生じていたものを Levitt がまとめ,その舌骨を基準と した間隙の分類が現在も広く受け入れられている2 .し かし,Levitt の後も筋膜や間隙の命名法,定義について 統一された基準がなく,混乱が続いている. 2. 筋膜 fascia 筋膜は結合組織が膜状となったものと定義される.あ たかも筋肉を包むように思われるが,筋肉だけでなく内 臓,血管,神経等も含まれる.頸部には大きく浅頸筋膜 superficial cervical fascia(SCF)と深頸筋膜 deep cervi-cal fascia(DCF)が存在する.DCF はさらに浅葉 super-ficial layer of DCF(SLDCF),中葉 middle layer of DCF (MLDCF),深葉 deep layer of DCF(DLDCF)の3層に 分かれる. 1) 浅頸筋膜(SCF)(図1) SCFは皮下組織であり,皮膚と広頸筋の間の層であ る.上方は頬骨弓,下方は鎖骨,腋窩,三角筋胸部まで とされる.内部に広頸筋,リンパ節,神経,血管などが 含まれる.皮下組織は顔面・頭部(顔面表情筋,眼輪筋, 帽状腱膜),肩・胸部・腋窩と連続している.
図1の SMAS というのは superficial muscular aponeu-rotic systemの略号で顔面表情筋を覆う線維性組織を意 味する.真皮に結合し,下方は広頸筋に連続し,上方は 頬骨弓までとされ,顔面神経はこの深層に存在する.耳 下腺表面は SLDCF でなく,SMAS で覆われるという意 見もある. 2) 深頸筋膜浅葉(SLDCF) SLDCFは SCF と筋層の間に存在する.頸椎棘突起と 項靭帯から始まり,まず2つに分かれ僧帽筋を内と外か ら包み,後頸三角に至り1枚になる.一部は肩甲舌骨筋 を包み込み,胸鎖乳突筋後縁に至り再び二分しそれを包
総
説
「教育講演 解剖から見た扁桃周囲膿瘍・深頸部膿瘍」
解剖から見た扁桃周囲膿瘍・深頸部膿瘍
渡辺 哲生
大分大学医学部耳鼻咽喉科学講座 扁桃周囲膿瘍,深頸部膿瘍ともに致死性を有する疾患で耳鼻咽喉科医として理解しておかなければならない 疾患である. 疾患の理解のためには浅頸筋膜,深頸筋膜浅葉・中葉・深葉からなる筋膜と舌骨上と下に区分される間隙に ついての解剖を理解する必要がある.傍咽頭間隙が深頸部の中心的な間隙であり,縦隔と連続する間隙が臨床 的に重要である. 扁桃周囲膿瘍,咽後膿瘍,傍咽頭間隙膿瘍,顎下間隙膿瘍のいずれも治療の際に外科的治療,気道確保を念 頭におかなければならない. キーワード:深頸部,筋膜,間隙,膿瘍図 3 矢状断での深頸筋膜(DCF) SLDCFを黄線,MLDCF 青線,DLDCF を 赤線で示す. 図 1 浅頸筋膜(SCF) 図 2 水平断での深頸筋膜(DCF) SLDCFを黄線,MLDCF 青線,DLDCF を赤線で示す.DはCの枠線内の拡大.
隙,後頸間隙)が含まれる.Burns の胸骨上間隙は図3 に示される部位である. 3) 深頸筋膜中葉(MLDCF) MLDCFは内臓筋膜とも呼ばれ,前頸筋(胸骨舌骨筋, 肩甲舌骨筋,胸骨甲状筋,甲状舌骨筋)を取り囲む筋肉 葉と咽頭,喉頭,気管,食道,甲状腺を取り囲む内臓葉 に区分することが多い(図2C).頬咽頭筋膜は内臓葉 の一部とされ,咽頭の後方部で上咽頭収縮筋を包み,側 方にのびて頬筋の外側を包む.上方は鉤状突起,翼突下 顎縫線に付着する(図2A).なお,筋肉葉は SLDCF に分類する意見もある. 筋肉葉の範囲は,上方は舌骨,甲状軟骨で,下方は胸 骨,鎖骨,肩甲骨となる.内臓葉の範囲は,前上方は舌 骨,甲状軟骨で,後上方は頭蓋底に及び,下方は心膜に 連続する.この後上方の部分が頬咽頭筋膜になる(図2 C). 4) 深頸筋膜深葉(DLDCF) DLDCFは頸椎棘突起と項靭帯に始まり,浅葉と癒着 しながら項筋の外面を覆った後に浅葉と離れ,僧帽筋の 内側を通り,斜角筋を覆い,頸椎横突起に付着した後, 椎前筋を覆う.横突起より前方では2層に分離し,前が 翼状筋膜,後ろが椎前筋膜となる(図2C). その範囲であるが,翼状筋膜と椎前筋膜とも上方は頭 蓋底となる.外方は,翼状筋膜は頸動脈鞘,椎前筋膜と 癒合し,椎前筋膜は腋窩鞘,胸腔上膜(Sibson 膜)に 連続する.胸腔上膜は第7頸椎横突起から第1肋骨内側 縁に広がる膜で胸腔天蓋を形成する.重要なのは下端で ある.翼状筋膜は第7頸椎から第2胸椎の高さであるの に対して椎前筋膜は尾骨まで及ぶ(図3).脊椎,傍脊 椎筋(頸長筋,頭長筋,斜角筋,肩甲挙筋),腕神経叢, 横隔神経,頸神経叢,椎骨動静脈,交感神経幹を取り囲 む. 5) 頸動脈鞘 carotid sheath(図4) 以上の DCF3葉で形成される筋膜として頸動脈鞘が ある.後方は深葉,内側は中葉,前方は浅葉および中葉 で形成される.頭側は頭蓋底から尾側は大動脈弓に及 ぶ.内部は頸動脈間隙となり,内・総頸動脈,内頸静 脈,Ⅸから!脳神経が存在する. 上中咽頭部では,傍咽頭間隙茎突後区として取り扱わ れることもある.また,縦隔まで連続しているため,感 染症や悪性腫瘍の縦隔への波及経路となり降下性縦隔炎 の要因となるため,Lincoln Highway と表現されること がある. 3. 間隙 space 間隙は筋膜間の潜在性間隙のことを意味する.その内 容は疎性結合組織あるいは実質臓器である.Guidera, et al.は本来 space というのは何もない部位であるので区画 compartmentという用語を用いた方がよいという指摘を している3 .間隙の中には,固有の筋膜に包まれ,筋や 腺が構成要素の主になるものと,複数の他の間隙を包む 筋膜により受動的に作られ,脂肪が構成要素の主になる ものがある.臨床的には,炎症の進展する道筋になるこ とから重要視される.間隙の分類は Levitt が提唱した舌 骨を基準とした分類が広く用いられている(表1)2 . 図 4 頸動脈鞘 SLDCFを黄線,MLDCF 青線,DLDCF を赤線で示す. 下段は上段の枠内の拡大.
1) 舌骨上頸部 ① 傍咽頭間隙 parapharyngeal space 傍咽頭間隙は舌骨上頸部間隙の中心となる間隙で,内 容の大部分は脂肪組織である.単一の筋膜で囲まれた領 域ではなく,他の間隙を囲む筋膜により形成される.頭 蓋底錐体尖部から舌骨大角の範囲で逆四角錐の形状にた とえられる.内方は軟口蓋,頬咽頭筋膜,口蓋扁桃,外 方は内側翼突筋,耳下腺深葉,浅頸筋膜,前方は翼突下 顎 縫 線,後 方 は 椎 前 筋 膜 に よ り 境 界 が 形 成 さ れ る (図5). 傍咽頭間隙は翼状筋膜,頬咽頭筋膜,茎突咽頭筋膜に より形成される茎突咽頭腱膜により茎突前区と茎突後区 下歯槽動静脈,翼突筋静脈叢,耳下腺管,副耳下腺 耳下腺間隙 耳下腺,耳下腺管,顔面神経,三叉神経,外頸動脈,下顎後静脈,後顔面静脈,耳下腺内リンパ節 舌骨下頸部 内臓間隙 喉頭,気管,下咽頭,食道,甲状腺,副甲状腺,反回神経,舌骨下前頸筋 舌骨上・舌骨下頸部 咽頭後間隙 脂肪組織,リンパ節(ルビエールリンパ節) 危険間隙 脂肪組織 椎周囲間隙 椎前間隙 椎前筋(頸長筋,頭長筋),前・中・後斜角筋,腕神経叢,横隔神経,椎骨動静脈,椎体 傍脊椎間隙 傍脊椎筋,後部脊柱,腕神経叢 頸動脈間隙 (傍咽頭間隙茎突後区に同じ) 図 5 傍咽頭間隙 左図は模式図.
に区分する考え方もあった.茎突前区は本来の傍咽頭間 隙で茎状突起から口蓋帆張筋の範囲となり,茎突後区 は頸動脈間隙そのものであり,縦隔に直通し て い る (図6). 傍咽頭間隙は多くの他の深頸部間隙と接している.下 方は顎下間隙,後内方は咽頭後間隙,前内方は扁桃周囲 間隙,前外方は咀嚼筋間隙,外方は耳下腺間隙,内方は 内臓間隙と接している.顎下間隙,咽頭後間隙とは交通 しているという意見が多く,耳下腺間隙との間に境界が ないという意見もある(図5,6). ② 扁桃周囲間隙 peritonsillar space 上咽頭収縮筋と口蓋扁桃被膜の間の疎性結合織の層が 扁桃周囲間隙である. 前方は前口蓋弓,後方は後口蓋弓,下方は舌根,内方 は口蓋扁桃被膜,外方は上咽頭収縮筋により境界され る.上咽頭収縮筋,頬咽頭筋膜を隔てた外側が傍咽頭間 隙になる(図7). 口蓋扁桃が存在する部位は扁桃床と呼ばれる.扁桃床 外側の筋層が口蓋扁桃から傍咽頭間隙への炎症波及の障 壁となるが,大塚らは日本人解剖体83体を用いて検討し たところ咽頭収縮筋が扁桃床を広く裏打ちしているのは 1/4に過ぎず,筋層を欠く場合が多いことを報告して いる5 .また,Licameli, et al.によれば口蓋扁桃は口蓋咽 頭筋の線維で上2/3と下1/3に分かれ,下方に生じ た炎症は下方に進展しやすく,早期からの症状や喉頭浮 腫が出現しやすくなるとしている6 .
③ 咽頭粘膜間隙 pharyngeal mucosal space
咽頭粘膜間隙は耳鼻咽喉科領域では取り上げられるこ とが少ないが,MLDCF の気道側の組織で,頭蓋底から 輪状軟骨の範囲に存在する.後外方が傍咽頭間隙,後方 が咽頭後間隙となる.この間隙内にはワルダイエル咽頭 輪も含まれる.耳鼻科,外科領域では扁桃周囲間隙は独 立した間隙として取り扱われることが多いが,解剖学的 には扁桃周囲間隙は咽頭粘膜間隙に含まれる(図6). ④ 舌下間隙 sublingual space(図8) 舌下間隙は口腔内に存在する間隙で筋膜による境界が ない.左右が舌小帯深部で交通している.顎舌骨筋より も上方が舌下間隙,下方が顎下間隙になるが,両者は顎 舌骨筋後縁で交通しているため,臨床的に一つの間隙, 顎下間隙として取り扱う考え方もある. 舌下間隙の上方は口腔底粘膜,前方は下顎骨,下外方 は顎舌骨筋,内方は頤舌筋,頤舌骨筋となっている. 顎舌骨筋が下顎骨に付着する顎舌骨筋線は第2大臼歯 の歯尖部に一致するため,第2大臼歯よりも前方の歯が 舌下間隙病変の原因となることが多い. ⑤ 顎下間隙 submandibular space(図8) 顎下間隙は顎舌骨筋の外側に存在する間隙で SLDCF により囲まれる.上方は口腔底で顎舌骨筋,下方は舌骨 図 7 扁桃周囲間隙(文献4)より改変) 水色の部分が扁桃周囲間隙. 図 6 舌骨上間隙,舌骨下間隙 緑色の部分が茎突前区,燈色の部分が茎突後区,黄緑 色が咽頭後間隙,水色が危険間隙,赤色が椎周囲間隙, 黄色が耳下腺間隙,灰色が咀嚼筋間隙,紫色が咽頭粘 膜間隙,青色が内臓間隙を示す.
の高さで SLDCF により境界が形成され,前外方は下顎 骨となる. 舌下間隙,傍咽頭間隙と自由に交通している.また, 顎舌骨筋線と歯尖の関係から第2,3大臼歯が病変の原 因となることが多い. ⑥ 咀嚼筋間隙 masticator space 咀嚼筋間隙は SLDCF が下顎骨下縁で分離して翼突筋 筋膜と咬筋筋膜となり,その両者に囲まれる領域であ る.頭頂頭蓋冠より下顎角に至り,下顎枝により内側区 と外側区に区分される(図6).SLDCF で他の間隙と境 界されるが,側頭間隙とは自由に交通している. 前方には頬粘膜間隙,後方には耳下腺間隙,後内方に は傍咽頭間隙,上方は頭蓋底,下方は顎下・舌下間隙と なる(図6).内側区は卵円孔を通して側頭下窩,翼口 蓋孔を通して翼口蓋窩,正円孔を通して中頭 蓋 窩 と Meckel腔,下眼窩裂を通して眼窩,口蓋孔を通して口 蓋と交通しており,悪性腫瘍の頭蓋内進展経路として重 要となる. ⑦ 耳下腺間隙 parotid space 耳下腺間隙は SLDCF で耳下腺を取り囲み,外耳道か ら下顎角の範囲に存在する. 前方に咀嚼筋間隙,内方に頸動脈間隙,傍咽頭間隙が 存在する.上内方に筋膜は存在せず,傍咽頭間隙と直通 するという意見がある(図6). 2) 舌骨下頸部 ① 内臓間隙 visceral space 舌骨下頸部の間隙は内臓間隙のみである. MLDCFに囲まれ,円柱状を呈し頸部の中央に舌骨か ら縦隔の範囲に存在する.外方に前頸間隙,後外方に頸 動脈間隙,後方に咽頭後間隙が存在する(図6). 3) 舌骨上頸部・舌骨下頸部 ① 咽頭後間隙 retropharyngeal space 頭蓋底から上縦隔に及ぶ間隙で,下端は後方が第4胸 椎椎体,前方が気管分岐部とされる(図9). 前方は MLDCF の頬咽頭筋膜,後方は DLDCF の翼状 筋膜,外方は頸動脈鞘により境界が形成される.前方に 舌骨上頸部では内臓間隙,舌骨下頸部では下咽頭,頸部 食道が存在する.舌骨上・下頸部ともに,外方に頸動脈 間隙,後方に危険間隙,椎周囲間隙が存在する(図6). 図 8 舌下間隙,顎下間隙 図 9 矢状断での咽後間隙,危険間隙 SLDCFを黄線,MLDCF 青線,DLDCF を赤線 で示す.黄緑色の部分が咽頭後間隙,水色の部 分が危険間隙を示す.
Vieira, et al.によれば正中で前後が癒着するため左右 に区分される7 .臨床的には傍咽頭間隙と交通があり炎 症波及をきたすこと,鼻副鼻腔,上咽頭からのリンパ流 があり,反応性リンパ節腫脹,リンパ節転移をきたすこ とがある. ② 危険間隙 danger space 危険間隙は翼状筋膜と椎前筋膜の間の疎性結合組織で 形成される. 頭蓋底から横隔膜の範囲で前方は翼状筋膜,後方は椎 前筋膜,外方は横突起により境界が形成される.前方に 咽頭後間隙,椎前筋膜を境界に後方に椎前間隙が存在す る(図6,9). 臨床的には縦隔まで連続していることから縦隔への感 染症の急速な拡大の経路となること,傍咽頭・咽頭後・ 椎前間隙から炎症波及することがある. ③ 椎周囲間隙 perivertebral space 椎周囲間隙は DLDCF の深層に存在し,緊密な結合組 織からなる.結核,外傷が感染症の原因となり,また, 下方への炎症波及経路となる. 斜台から尾骨の範囲で前方は椎前筋膜,後方は椎体で 形成される.DLDCF の横突起付着部により,前方の椎 前間隙と後方の傍脊椎間隙に区分される(図6). ④ 頸動脈間隙 carotid space(2.,5)頸動脈鞘を参照) 頸動脈間隙内の感染症はリンパ節から生じる.症状と しては胸鎖乳突筋深部の持続性圧痛,硬結,敗血症によ る弛張熱,静脈血栓症,血管破裂による致死的出血があ る.静脈血栓症に対しては外科的治療が必要となる. 4) 間隙間の関係 最後に間隙間の関係を図10に示す.中心となるのは傍 咽頭間隙で,多くの間隙と交通がみられる.縦隔との交 通が臨床的に重要で,交通があるのは頸動脈間隙,内臓 間隙,咽頭後間隙,椎前間隙である. 扁桃周囲膿瘍・深頸部膿瘍 1. 扁桃周囲膿瘍 扁桃周囲膿瘍は扁桃周囲間隙に形成された膿瘍で,深 頸部膿瘍の中で最も症例が多い.蜂巣炎の状態は扁桃周 囲炎となる.急性扁桃炎から発症すると考えられている が,詳細な発症機序は不明で Weber 腺,喫煙,歯周病 が原因となるという意見もある. 起炎菌は化膿性連鎖球菌などの溶連菌や黄色ブドウ球 菌以外に嫌気性菌が30%弱と報告されている.20∼30歳 代の成人に多く,小児・高齢者に少ない.他の深頸部膿 瘍に比較すると糖尿病などの易感染性の既往がある症例 は少数である.反復性扁桃炎の既往が30∼40%,扁桃周 囲膿瘍の既往が10∼15%にみられる. 多くは片側性であるが,5∼10%の症例で両側性にみ られる.上極に多く,少数例で下極にもみられ,上極の 症例とは異なる臨床所見を呈する. 症状としては発熱,激しい咽頭痛・嚥下痛,摂食障害, 開口障害などがみられる.局所所見は口蓋扁桃周囲の著 明な発赤・腫脹と口蓋垂の偏位がみられるが,両側性, 下極型では口蓋垂の偏位が明らかでないことも多い.膿 瘍が咽頭収縮筋を超えて広がれば傍咽頭間隙膿瘍,咽後 膿瘍となり,気道閉塞の危険性もある. 診断には症状,局所所見,血液検査も必要であるが, 造影 CT が必須で膿瘍の確認のほか,周囲間隙への広が りや反対側の膿瘍の有無についても評価する.CT が施 行できない場合は穿刺により膿瘍の有無を判断する.診 断は比較的容易であるが,下極型では中咽頭の所見に乏 図10 間隙間の関係 文献8)より改変.間隙間の自由な交通は二重線,縦隔との交通を破線で示す.
刺だけでもかなり有効とする報告が多い.その他に設 備,スタッフが整っていれば即時扁摘も治療の選択肢と なりうる.メタ分析を行った報告では再発例や反復性扁 桃炎の既往のある症例に対しては待機扁摘が推奨されて いる9 . 非典型例として両側性,下極型があるが,下極型は咽 頭粘膜間隙膿瘍と考える意見もある10 . 2. その他の深頸部膿瘍 咽後膿瘍,傍咽頭間隙膿瘍,顎下間隙膿瘍について述 べる. 多くが混合感染だが,ブドウ球菌,連鎖球菌が中心 で,弱毒菌の増加も指摘されている.症状は一般的な上 気道の炎症症状(発熱,咽頭痛,嚥下痛)に重症化すれ ば嚥下困難,嗄声,喘鳴,呼吸困難,開口障害,頸部腫 脹などがみられる.診断は造影 CT 像で浮腫辺縁の明瞭 な造影効果 ring enhancement やガス像がみられる. 保存的治療は扁桃周囲膿瘍と同様であるが,気道確保 の必要性が高まる.外科的治療は,①呼吸症状がある, ②ガス産生がみられる,③筋壊死がみられる,④抗菌薬 投与で24時間以内に改善がない例が適応とされている11 . 1) 咽後膿瘍 咽後膿瘍は狭義には咽頭後間隙に限局した膿瘍を指す が,広義には危険間隙,椎前間隙の膿瘍も含む.病因は 原発性と続発性に分かれ,原発性は,乳幼児では上気道 炎からの内・外側咽頭後リンパ節の炎症が多く,成人で は上気道炎,外傷,異物,医療行為が多い.続発性は隣 接器官よりの炎症波及,結核,化膿性頸椎炎によるもの である. 多くはないが神経症状,斜頸がみられることがある. また,他の深頸部膿瘍に比べると乳幼児が多く,吸気性 喘鳴,不機嫌,いびき,無呼吸がみられる. 鑑別診断は結核性,降下性縦隔炎,リンパ節膿瘍,石 灰沈着性頸長筋炎,川崎病があげられる.降下性縦隔炎 に対して,炎症反応が強い場合は胸部まで CT を撮影す べきである.石灰沈着性頸長筋炎は画像所見で環椎前結 ない,膿汁や出血の誤嚥がないという長所があるが,侵 襲は大きくなる.どちらの方法がよいかエビデンス,明 確な基準がないのが現状で,各々の経験も踏まえて選択 すべきである. 2) 傍咽頭間隙膿瘍 感染症の由来は解剖学的に口蓋扁桃,歯,耳下腺が原 因となることが多い.内側翼突筋刺激による開口障害, 下顎角腫脹,咽頭側壁,口蓋扁桃部腫脹がみられる. 3) 顎下間隙膿瘍 原因の85%は歯性感染症で,その他,唾液腺炎,リン パ節炎,外傷が原因になる. 顎下間隙の感染症では膿瘍ではないが,Ludwig’s an-ginaが古典的に重要で現在も報告が散見される.1836 年に Ludwig が報告した急速に進行する口腔底の炎症性 疾患が由来で,Grodinsky の診断基準により,基本的に は膿瘍形成がなく蜂巣炎の状態で,顎下間隙外にも広が り両側性の場合を言い,唾液腺,リンパ節の炎症を伴わ ないと定義されている12 .第2,3大臼歯の齲歯が原因 の90%を占め,糖尿病を中心とする基礎疾患の合併が多 くみられる.特徴的なことは浮腫により口腔底,舌が後 上方に偏位することで気道狭窄をきたしやすいことであ り,気道確保が必要になることが多い.膿瘍ではないが 減圧のため外切開を加える必要がある. ま と め 深頸部膿瘍の理解には解剖が重要と考える.しかし, 深頸部の解剖については意見の統一されていない部分も 多く,古い文献に頼っているのが実情であろう.理解す るための方法としては人体での解剖,頭頸部の手術時に 意識して理解に努める方法もあろうが,実際には CT, MRIの画像を詳細に検討することが理解に有用と思わ れる.
文 献
1)Grodinsky M,Holyoke,E:The fascia and fascial spaces of the head and neck and adjacent regions.Am J Anat 1938;63:367―407.
2)Levitt GW:Cervical fascia and deep neck infection.La-ryngoscope 1970;80:409―435.
3)Guidera AK ,Dawes PJD,Fong A,et al:Head and neck fascia and compartments:No space for spaces. Head Neck 2014;36:1058―1068. 4)菅 澤 正:中 咽 頭 手 術 の た め の 臨 床 解 剖.岸 本 誠 司 編,耳鼻咽喉科診療プラクティス 8 耳鼻咽喉科・頭 頸 部 外 科 の た め の 臨 床 解 剖.東 京,文 光 堂;2002,p. 174―177. 5)大塚健司,冨田 寛,村上 弦:扁桃床(tonsillar bed) の局所解剖学的研究―特に口蓋扁桃と舌咽神経舌枝の位 置関係について―.日耳鼻 1994;97:1481―1493. 6)Licameli GR,Grillone GA:Inferior pole peritonsillar
ab-scess.Otolaryngol Head Neck Surg 1998;118:95―99. 7)Vieira F,Allen SM,Stocks RMS,et al:Deep neck
in-fection.Otolaryngol Clin N Am 2008;41:459―483. 8)市村恵一:頸部の間隙と感染波及 経 路.JOHNS 2009;
25:1589―1594.
9)Herzon FS:Peritonsillar abscess:incidence ,current management practices,and a proposal for treatment guidelines.Laryngoscope 1995;105(Suppl 74):1―17. 10)Skoulakis CE,Papadakis CE,Bzakis JG,et al:Abscess
of the pharyngeal mucosal space― An unusual location.J Otolaryngol 2003;32:121―124.
11)市 村 恵 一:深 頸 部 感 染 症 の 臨 床.耳 鼻 臨 床 2004;97: 573―582.
12)Grodinsky M:Ludwig’s angina:ananatomical and clini-cal study with review of the literature.Surgery;5:678― 696. (平成27年11月16日 受理) 別刷請求先: 〒879―5593 由布市挟間町医大ヶ丘1―1 大分大学医学部耳鼻咽喉科学講座 渡辺哲生
Anatomy of deep neck spaces and deep neck infection
Tetsuo Watanabe
Oita University Faculty of Medicine Department of Otolaryngology Head & Neck Surgery