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シミュレーション教材を活用した金融経済教育に関する実証的研究

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Academic year: 2021

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要旨  「直接金融・間接金融」に関して,中学校では社会科の公民的分野,高等学校では現代社会,政治・経済 において文系理系を問わず,必ず 2 回は学習する内容である。そこで,国立系S大学の学生の理解度を把握 するために,教職科目の一つである「現代社会と子どもの学習」履修者を対象として実施したレディネステ ストにおいて,理数系学部に所属する大学生の約 6 割が,直接金融・間接金融がどういうものであるか説明 することができなかった。  本稿は,経済・法律を専門としない大学生に「直接金融・間接金融」とそれに関わる経済事項を,確実に 理解させるためにはシミュレーション教材を活用した授業を展開することが有効に作用することを実証した ものである。 キーワード:教職科目,理数系学生,シミュレーション,金融経済,直接・間接金融

Ⅰ.はじめに

 昨年の第 32 回経済教育学会全国大会において,教 職科目履修学生(主に理数系学生向け)に対する貨幣 錯覚に関するアンケート分析を手がかりとした金融教 育学習プログラムの開発に関する報告を行った。その 学習プログラムの内容は個人の金融資産設計能力向上 に関する内容に焦点を当てたものであった。本研究実 践は,主に理数系学部の大学生に対して金融経済(特 に直接金融・間接金融)の学習にシミュレーション教 材を活用した授業を展開することが理解度の向上に有 効であることを実証するために実践したものである。

Ⅱ.問題の所在と本研究の実施に至った経緯

 授業実践に先立ち,履修登録学生(人文学部 3 名, 農学部 1 名,繊維学部 2 名,理学部 11 名,工学部 8 名  計25名 経済・法律を専門とする学生0名)に金融・ 経済の学習に対する意欲の度合いと「直接金融」「間 接金融」「株式会社に係わること」についての理解度 を把握するために,レディネステストを実施した。そ の結果,特に「直接金融」と「間接金融」の説明につ いては 25 名中,15 名(60%)が無解答であった。「直 接金融」「間接金融」については,中学校の社会科公 民的分野と高等学校の現代社会,政治・経済の授業に おいて学習する内容である。学生の主な誤答例として 直接金融は,「企業と銀行間における直接的な現金の やり取り(貸借)のこと。」間接金融は,「株式や債券 の発行を介する,企業と銀行間の間接的なやり取りの こと。」というものであり,9 名の学生が「直接」「間 接」という言葉から企業が銀行から資金を調達する方 法として直接現金を借りるか否かということで判断し ていた。中には,企業と消費者間による売買関係のこ とを示すと解答したものもあった。中学校社会科教科 書1)では,「企業などが株式や債券を発行することで 出資者から直接お金を借りることを,直接金融といい ます。それに対して,銀行などを通じて資金を集める ことを間接金融といいます。」と記されている。高等 学校の現代社会2)では,「銀行などの金融機関を介し て資金を調達する方法を間接金融といい,これに対し て企業が株式や債券を発行して資金提供者から直接資

シミュレーション教材を活用し

た金融経済教育に関する実証

的研究

理数系大学生に対する「直接・

間接金融」に関する授業実践を通して

The Journal of Economic Education No.37, September, 2018

An empirical study on financial and economic education using simulation teaching materials: Through practices at classes on “direct and indirect finance” for students majoring in natural sciences or mathematics

TAMURA, Yoshimichi

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金を集める方法を直接金融という」。高等学校の政 治・経済3)では,「金融は,資金の貸し手と借り手が 直接に資金を融通し合う直接金融と,銀行などの金融 機関を介して資金の貸し借りを行う間接金融とに大別 される。」教科書では,上記のように間接金融と直接 金融について記述されている。  本研究に関わる先行研究として,松井は直接金融・ 間接金融に関する中学校社会科・高等学校公民科の学 習において,中学生と高校生の発達段階を考慮し,知 識理解に留まっている学習内容を刷新し「金融の本質 からのアプローチ」の重要性を明らかにした4)。本研 究は,松井の研究を参考として,社会科学系を専門と しない主に理数系学部の教職科目履修学生に対し,直 接金融・間接金融・株式会社とは何かについて確実に 理解させる手段をシミュレーション教材に求め実践し, その有効性を明らかにしたものである。  S 大卒業生の大半が株式会社に就職していることか ら,企業の資金調達の方法や株式会社の仕組みについ て再理解しておくことは,金融経済教育の範疇のみな らずキャリア教育の視点からも重要と考え,本研究授 業を実施するに至った。

Ⅲ.高校時代の履修科目,センター試験で

の受験科目,得意意識,S大学の試験

科目

①高校時代の履修科目 現社 政経 倫理 日史 A 日史 B 世史 A 世史 B 地理 B 22 16 7 2 5 9 10 5 ②センター試験での受験科目 現社 政経 倫理 日史 A 日史 B 世史 B 地理 A 地理 B 5 2 4 1 8 2 2 3 ③現代社会を得意としていたか(意識) n=22 得意 やや得意 どちらでもない やや不得意 不得意 3(14%) 2(9%) 10(45%) 6(27%) 1(5%) ④政治・経済を得意としていたか(意識) n=16 得意 やや得意 どちらでもない やや不得意 不得意 4(25%) 1(6%) 8(50%) 2(13%) 1(6%) ⑤国立系 S 大学の人文学部と・理数科系(理・工・農・繊維)学部のセンター試験必要科目 ・理学部・工学部・繊維学部の各学科(前期・後期ともに同じ)

 地歴科 「世 A,世 B,日 A,日 B,地理 A,地理 B」   

から 1 科目選択  公民科 「現社,倫,政経,倫・政経」

*農学部のみ , センター試験では地歴科目・公民科目の受験を必要としない。 ・人文学部は世 B,日 B,地理 B, 現社,倫,政経,倫・政経から 1 〜 2 科目選択

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Ⅳ.授業の実際

 本研究授業は 2017 年 2 月 9 日〜 10 日にかけて,教 職科目の一つである「現代社会と子どもの学習」選択 科目 1 単位(国立系S大学が独自に定める科目)で実 施した。授業には証券知識普及プロジェクトが制作・ 発行した「ケーザイへの 3 つのトビラ」を活用した。 本教材は主に高校生向けに開発されたもの(中学生で も使用可能)であり,高校の「現代社会」,「政治経 済」の学習指導要領・教科用図書との関連を意識した 内容構成となっている。伊藤は中学 3 年生を対象とし てケーザへの 3 つのトビラ(ワールドトレジャーラン ド再生計画)を活用し,生徒に経済活動をより身近に 感じさせ,経済に対する関心と理解を深めることに有 効に作用したと述べている5)。田村は,経済学・法律 学など社会科学系を専門としない学生(主に理数系) に対して,中学校・高等学校での学習内容の復習・確 認には,個人学習とグループワークが折混ざったシ ミュレーション教材は最適である6)としていることか ら,本教材の有効活用を考えた。 ・本実践では,3 つのトビラのうち「青のトビラ: チャレンジ!大航海」を使用した。 学習指導案(90 分× 2) 当日の授業展開 学習形態 学習内容 指導上の留意点 導入 全体 ・直接金融と間接金融について基本的な事項を スライドで確認する。 ・リスクとリターン,資金の分散について学習 する。 ・DVD を流す ・ワークブック P.10 〜 11 の内容を確認 させる。 展開 1 展開 2 展開 1 〜 2 のまとめ 展開 3 個人ワーク グループワーク 個人ワーク 個人ワーク ☆間接金融 ・銀行からの借り入れで事業を行う。 ・サイコロを振って航海に挑戦するという疑似 体験をすることで間接金融について理解する。  チャレンジ①の航海 ☆直接金融 ・株式会社を設立して事業を行う。チャレンジ ②の航海 ・4 〜 6 名のグループで共同出資による株式会社 を作り,事業を行うことを通して直接金融に ついて理解する。 ☆間接金融と直接金融のまとめ ・間接金融と直接金融で事業を行った場合を比 較し,違いと特徴をまとめる。 ・直接金融と間接金融に関する基本的な確認テ ストを行う。 ☆株式市場と投資をする意味 ・発行市場と流通市場を理解する。 ・株式でお金を集めることのメリットとデメリ ットを理解する。 ・個人投資家となり事業(人生の航海)に投資 する。 ・会社の役割,株式公開による事業拡大,資本 と経営の分離,株式投資の仕組みと投資行動 におけるリスクについて体験的に学習する。 ・DVD を流す。 ・ワークブック P.12 〜 13 の内容を確認 させる。 ・DVD を流す。 ・ワークブック P.14 〜 15 で内容を確認 させる。 ・P.16 〜 17 の気づきシートを個人個人 に行わせる。 ・チャレンジ①と②の結果の違いから 直接金融・間接金融の違いを明確に する。 ・ワークブック P.18 〜 19 の内容を確認 させる。 ・株式が市場公開することにより,よ り大きな資金を調達することが可能 になることを説明する。 まとめ 個人 全体 ・リスクとリターンの基本的な考えを確認する。・学習全体を通して何を学んだか(理解したこ と)などを発表する。 ・投資はお金だけではなく,自分自身 に投資(教育投資)というものもあ ることに触れる。

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Ⅴ.授業実践結果分析

1.授業前後に「金融経済に関する興味・関心」についてアンケートした結果 表 1 金融経済に興味・関心がある(興味・関心を持てたか) n=25 持てない あまり持てない どちらともいえない やや持てる 持てる 授業前 2(8%)ns 8(32%)▲ * 10(40%)▲ ** 3(12%)▽ ** 2  (8%)+ 授業後 0(0%)ns 2 (8%)▽ * 2  (8%)▽ ** 14(56%)▲ ** 7(28%)+ 表中の数値は人数・パーセント ▲有意に多い , ▽有意に少ない 各 5%水準 **1%水準で有意 *5%水準で有意  授業前と授業後において , 金融経済に関して興味関 心の度合いを調査しχ2検定をしたところ , 授業後は , あまり興味関心が持てないという学生が 5%水準で有 意に少なくなり , やや持てると回答した学生が 1%水 準で有意に多いという結果になった。このことから本 研究実践が学生の金融経済に関する関心意欲を向上さ せることに一定の効果があったといえる。  検定には js-STAR version 8.0.1j を用いた。 2.授業後の理解度 表 2 授業後における理解度(学生自身による自己評価) 全くできない ややできない どちらでもない ややできた とてもできた ① 会社はどのように資金を調達し,生産活動 を行っているのか理解できたか。 0 0 3 13 11 ② 事業活動において金融の働きが重要である ことを理解できたか。 0 0 2 8 15 ③ 借り手の信用や事業リスクによって金利が 決定されることを理解できたか。 0 0 3 9 13 ④ 体験学習を通じて,資金調達の方法を知り, それぞれの特徴を理解できたか。 0 0 2 6 17 ⑤ 少数の出資者による資金調達と広く出資を 募集した資金調達では,事業規模や性質に 違いが出ることを理解できたか。 0 1 0 8 16 ⑥ グループワークの中で自分の意見を述べ, 他者と協働しながら結果を出すことができ たか。 0 0 3 14 8 ⑦ グループワークに積極的に参加できたか。 0 0 1 10 14 ⑧ 中学・高校での学習内容の再理解に役立っ たか。 0 2 4 12 7 3.相関関係  高校時代の「現代社会」「政治経済」の得意不得意 の意識,本学習内容に関する興味関心の度合いと学習 全体の理解度,各学習項目との相関関係を分析したと ころ,特徴あるものとして以下の 4 つが見られた。 (1) 高校時代の「現代社会」「政治経済」の得意不得 (3) 内容の再理解と会社の資金調達・生産活動,資金 の調達に関することには相関関係がある。   ・ 会社の資金調達・生産活動(相関係数 .530)や や強い相関がある 1% 水準で有意   ・ 資金の調達に関すること (相関係数 .572)や や強い相関がある 1% 水準で有意

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的な学習(疑似体験を含む)が効果があることを確 かめることができた。本教材は高校生向けに開発さ れたものではあるが,政治・経済・法律など社会科 学系の学問を専門としない学生の興味関心を高める ことと基本的経済事項の理解には大変役立つもので あることを実証することができた。 ・リスクとリターンの捉え方を学生に理解させること ができた。何をどうしたらどれだけのリスクがあり, またリターンがあるのかを確率の視点から考えさせ ることができた。 ・理科系の学生の中でも理学部数学科の学生で,本教 材での学習を通して「授業」の成否を分ける一つが 教材と授業方法であることを実感した学生がいたこ とは今後の教職科目の授業構成の参考になった。 ・本実践授業の約半年後の追跡調査で,本実践授業を きっかけとして新聞を全く読まなかった学生 5 名の うち 2 名が日本経済新聞,3 人が全国紙(朝日・読 売・毎日)の政治経済欄を見るようになったと回答 した。本実践授業が学生の政治経済に対する興味関 心を高めることに有効に作用したと考える。 【受講学生の感想等】 ・高等学校の授業では,先生が丁寧に教えてくださっ ていましたが,理科系の私にとっては政治経済の用 語を覚えることが中心でした。政治や経済の意味や 構造,背景,しくみを理解していないまま大学生に なってしまいました。今回,シミュレーション学習 という形式で経済について体感的に学ぶことが出来 ました。金融・経済に興味を持てたことと直接金 融・間接金融とはこういうことだったのかと理解を 深めることが出来ました。 ・私は数学科の学生ですので,実際に高校の教師に なったら自分の数学の授業で扱うことはないと思い ますが,ホームルームの時間などを活用して,「確 率・統計」の知識の重要性を生徒たちに感じてもら える教材の一つになるかと考えました。 2.課題 ・本実践後にアンケート表 2 の「中学・高校の学習内 容の再理解に役立ったか」というものに対して 6 人 (24%)の学生がややできない・どちらでもないと 回答していることから,本教材を活用した体験的学 習を行う前に最近の経済情勢に興味関心を持たせる ように,事前に e-learnig を活用した授業をしてお く必要がある。 ・本実践後に 84%の学生が金融経済に興味があると 回答しているが,16%(4 人)の学生はあまり興味 がない・どちらでもないという回答表 1 であったこ とから,興味がもてなかった学生に対してどのよう な手段(教材)で興味関心を高めさせるか工夫する 必要がある。 ・ 学習途中における省察を確実に行い,次年度への実 践につなげていく必要がある。 参考文献 [1] 『新編 新しい社会 公民』「3 貨幣の役割と金融」平成 28 年 2 月 10 日発行,東京書籍,p.141,公民 929 [2] 『現代社会』「第 4 章 5 金融のしくみと働き」平成 29 年 2 月 10 日発行,東京書籍,p.122,現社 313 [3] 『政治・経済』「第 2 章 5 金融のしくみと機能」平成 29 年 2 月 10 日発行,東京書籍,pp.130-131,政経 302 [4] 松井克行「中学・高校の社会科・公民科で直接金融・間 接金融をいかに教えるべきか?」経済教育 No.30,経済教 育学会,2011 年 10 月,pp.95-101 [5] 伊藤達也「シミュレーション教材を効果的に活用した経 済教育」経済教育 No.34,経済教育学会,2015 年 9 月, pp.24-29 [6] 田村徳至「教職科目 キャリア教育の理論と実践におけ る課題対応能力の向上に関する実践的研究─シミュレー ションゲームを活用して─」教職研究 No.9,信州大学教 職支援センター,2016 年 12 月,pp.77-85 * 本研究の実践にあたって,日本証券業協会 金融・証券教育 支援センター 証券知識普及プロジェクト様から,「体験し てわかる金融と経済 ケーザイへの 3 つのトビラ」平成 28 年 3 月改訂 に係わる教材一式を無償で提供していただいた。 なお,本論文に記載することについては日本証券業協会から 許諾を得ている。ここに謝意を記す。

参照

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