ランブリングデザイン運動のすすめ
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(2) デザイン学研究特集号 Vol.27-2 No.102. 2. デザイン学の現在地 Iさんとのエピソードは、産業社会[注5]を基盤に活動してきたデザイ 5)産業社会 産業社会とは、時間や空間、量や距離を数値化するこ とで、仕事や学校、医療をサービスとして制度化する 社会のことである。制度上起こりうる様々な問題は構 造化され、解決方法のルールも整っている。この仕組 みを技術化したことにより、人々の衣食住の生活手段 に必要な商品やサービスを生産して流通できるように なった。産業社会において人びとは生きるための方法 や道具を自ら生み出す必要はない。生活に必要なモ ノ・コトづくりは企業とデザイナーが代わりにおこな う。デザイナーは、道具を作るという人間の生に関わ る根源的な活動を人びとから奪い、その技術と知識を 独占することで専門家という立場を確立してきた。 人びとを非専門家的立場に追い込む社会は近代科学に よって生み出されたと言われる。哲学者 中村雄二郎 は、近代科学が生み出した功罪について次のように述 べている。 ガリレイは力学的な自然研究を先駆する〈機械論に よって〉自然を対象的にしかも必然的な因果連関に よって現象を説明する道を開いた。デカルトは「われ 思うゆえにわれあり」の直感から出発して〈精神〉と 〈物体〉を全く違った存在次元にある2つの別個な実 態としてはっきり区別した。ガリレイやデカルトが切 り開いた道は人類史上画期的だった。物体や自然は客 体として、精神や主体から切り離された上で、縦・ 横・高さをもった空間的な拡がりに還元され、もはや 精神と混同される余地のない量的な空間になった。ガ リレイの数学的自然科学は、その技術化によって、生 活世界の意味の空洞化を招くことになった[注8]. ンがこれまで見てこなかった、生活世界という個々人の生き方に深く結びつ いた生々しい現場を私たちに顕示している。私たちデザイナーが、これまで 見過ごしてきたこの生々しさは、デザインにどう関わってくるのか。本章で はデザイン学における生活世界の位置付けについて考える。 須永は、デザイン学を考えるための視座を図3のようにまとめている。そ れによると「物」の形や使い勝手を問題としていたデザインは、情報技術が 加わったところから「物と人のかかわり合い」を考える情報デザイン、 「人 びとの活動」を考えるサービスデザイン、 「人びとのつながり」を考えるコ ミュニティデザイン、 「人びとがみずから営みを実践できる」ようにするため のソシエータルデザイン、すなわち社会を形づくるデザインへと移り変わっ てきた[注9] 。このうちプロダクトデザインからサービスデザインまでは ユーザが情報通信機器を扱えるようにするための科学技術を背景としたデザ イン行為といえる。従ってこの段階のデザインは、仮説検証の積み重ねによ り良く整えられた問題を扱っており、その営みは産業社会を基盤としている。 一方、コミュニティデザインからはモノやサービスを離れ、人びとがデザイ ンの対象となる。その活動は共同体の組織や個々人を取り巻く環境によって異 なる不明瞭な問題を扱うことになり、その営みは生活世界を基盤とするべきで ある。したがって非専門家である市民には目の前にある生活世界を知るための 実践が必要となる。しかし、長らく産業社会にいた市民には実践のための経 験と技術がない[注6] 。だから生活世界を見るための案内役が必要となる。 その案内役がデザイナーなのだ。なぜならデザイナーは産業社会を基盤とし てはいるが市民の代わりに暮らしや環境を見て、生活に必要な道具を創造し てきたからだ。デザイナーには社会を見る視座と未知化された問題をわかるた めの知恵と、知り得たことを形あるものとして表現する技術がある[注5] 。 私たちデザイナーには、人びとと共に未知の生活世界をわかるための活動 を展開し、そこで知り得たことをともに表現し、ともに学び、ともに営みを つくっていく実践が求められているのである。. 図2 近代科学で見えなくなった生活世界 6)近代科学によって見えなくなった生活世界 近代科学では、あらゆるものが数字で表される。そこ での価値は成長することだ。成長を理解するためには 数字が必要になる。私たちは数字に支配された世界に より、足元の生活世界が見えなくなった。だがしか し、私たちは生活世界に根ざして生きている。風の変 化で天候を予測できるし、深い森を抜けると安堵す る。そこは人間の生を成り立たせている具体的な世界 なのである。 7)生活世界とは 生 活 世 界(The Life-World) と は、 ド イ ツ の 哲 学 者. E. フッサールが提唱した、自然主義に根ざした人(び. と)の主観的な知覚によって構成される世界のことを 指す。この〈生活世界〉に対し、本稿で用いられる 〈産業社会〉とは、市場原理主義に根ざしたユーザー の客観的な知覚情報によって構成される世界のことを 指す。 8)中村雄二郎:臨床の知とはなにか,30,岩波新書,1992 9)須永剛司:デザインの知恵,194,255-226,フィルム アート社,2019. 図3 デザインを考えるためのひとつのビュー(須永 2019). 29.
(3) 30. 特集:社会実践のデザイン学. 3.生活世界の歩きかた デザイナーが社会を形づくることを試みるときは、対象となる生活世界に 出向き歩いてみることから始まる。だがしかし、そもそも生活世界とは私た ちにとってどんなところなのか。ドイツの哲学者 E. フッサールは生活世界. が見えるようになるための考え方について次のように述べている。. 人間の世界像を〈主観〉へと〈還元〉する。すると生活世界というもの は様々な要素をもった志向的な意味統一の束、さまざまな意味連関の形成 体として示される[注10]。 フッサール曰く、生活世界を知るための第一歩は、個別の事象に対して、 なぜそこに存在するのか?なぜそのような様相なのか?など、その事象が現れ た意味に関心を持つことなんだと言っている。そうすると、連続した経験の中 で現れるさまざまな事象間の関係性や人びとの営みとの相関を洞察できるよう になる。フッサールはこのような人のことを志向的相関者と呼んでいる。私た ちは生活世界に潜在する事象を志向的に見ることで、それが生起している意 味を考え、内省的に見ることで、その存在の価値をわかろうとする(図4) 。. 図4 志向的相関者による事象の見かた. この行為を実践のなかで継続しておこなう と、経験過程で見た事象の前後間に意味の連 なりを見いだせるようになる。さらに、意味 の連なりに筋道(プロット)を見出し、複合 的な価値を伝える物語構造が見えてくると生 活世界の地平が現れるようになる(図5)。 以上のような背景から、私は、青森市浪岡 地区(以下、浪岡町)のご当地包装紙をデザ インする事業において、浪岡町の生活世界を 気楽な態度でぶらぶらと歩いてみること(以 下、ランブリング)からデザインをはじめて みた。次章からは浪岡町を舞台としたランブ リングデザイン運動を事例に、その実践過程 図5 意味の連関から導出される相互理解を伴う価値. における〈デザインの知のはたらき〉につい て考察する。. 10)竹田青嗣:現象学入門,146-149,NHK 出版,2015.
(4) デザイン学研究特集号 Vol.27-2 No.102. 4.ランブリングデザイン運動の実践的展開 4.1. 市民共創ご当地包装紙デザインプロジェクトの概要. 私は青森市 教育委員会文化財課の依頼で、浪岡町の商店街を活性化するこ. とを目的に、市民と連携して同地区のご当地包装紙をデザインした。実施期 間は2018年9月から2019年1月末までの間である。この間の具体的な活動は、 2018年9月7、8日に浪岡町のフィールドワークおよび市民共創の包装紙デ ザインワークショップを実施。同年10月14日にデザイン案4種の一般公開と 投票の実施。同年11月に投票の集計とデザイン選考。2種類の包装紙が選ば れ、デザインのブラッシュアップ。2019年1月末にデザイン2種を完了し、 同年5月に浪岡商店街にて使用開始(表1) 。というような流れであった。 このプロジェクトでは、予め問題を良く定義してからデザインを進める産 業社会ベースのゴールダイレクトデザイン手法を取らなかった。おこなった のは、浪岡という未知の現場に立ち、町をぶらぶらとしながら出会うさまざ まな事象の意味連関を探る生活世界ベースのランブリングデザイン運動であ る。だから事前の仮説づくりも、仮説検証を目的としたフィールドワーク計 画やワークショップ計画もしなかった。準備したのは、良く寝て現場で動け る身体づくりと、現場で表現する道具のみであった。 実はこのランブリングデザイン運動は浪岡町が初めてではない。 同じ時期に下北半島のバスのラッピングデザインプロジェクトで も同じ体でおこなっている[注11] 。どちらのプロジェクトにおい ても、依頼者(行政)は当初複数のデザインから1種のデザイン に絞り込んで実装するという予定であったが、2人の異なる提案 者のデザイン案をそれぞれ実現するという結果になった。このよ 図7 見慣れた「場」を「現場」に変容さ せる経験の流れ(横溝 2019). うな結果は、産業社会ベースのデザインだとなかなか起きない。 事前に承認された計画に従って進めるからだ。では生活世界ベースのランブ リングデザインでは何が起きたのか?ふたつの実践には、ある志向性をもっ ておこなった活動が3つある。1つ目は他者とともに生活世界を〈ぶらつく こと〉 。2つ目は、歩いて〈見てわかろうとする〉活動。3つ目は、わかった ことを〈見せて語ろうとする〉活動である(図6) 。 〈見てわかろうとする〉 活動とは、場に立ち、その場で感じたことを他者と語り合い、共に回想する ことによって、 「自分 – たち」が見ている現場を生活世界の一部にしようとす. る知の営みである(図7) 。この活動を繰り返すとわかろうとする人が増え、. 11)横溝賢,他:住民共創による下北ジオパーク PR バス. 学びの共同体が現れる[注11] 。その結果、下北半島の住民らは、自分たち. のラッピングデザイン,日本デザイン学会誌 デザイ. の生活世界を学べるバスに価値を見出し、2台実現の選択をした。下北半島. ン学研究作品集,vol. 25,46-51,2019. の実践は、どちらかと言えば〈見て/わかろうとする〉活動に力点があった。. つの異なるジオサイトの上に暮らす住民間が互いのジ. それに対し浪岡町の実践は〈見せて/語ろうとする〉活動に力点があった。. 本事業では、むつ市風間浦村と東通村をモデルに、2 オサイトを訪ね歩くことからジオと生活の相関を学びあ うフィールドワークを実施した。私と学生はこの FW で 描き出された生活世界をもとにジオパーク PR バスの デザインを2案提案したところ、一般公開にて両案と もに採用された。この一連の活動で見出したのは共創. そこにはどのようなデザインの知があるのか?本稿では浪岡町に出向き、現 地をぶらついて見て、見てわかろうとして、見せて語ろうとした活動を内省 し、その実践過程におけるデザインの知のはたらきについて考察する。. によって描かれた〈現場=生活世界〉を共にわかち合 う共生の知のはたらきである。そのはたらきは、①見 慣れた〈場に立つ〉②その場を志向的に〈感じ入る〉 ③感じたことを互いに〈語らう〉④そしてその場をも う一度〈回想する〉という経験の内在化と外在化を繰 り返す4つのステップによってうまれていた(図7)。 これらのはたらきを通じて住民にとっての見慣れた 「場」は自己と相関的な意味をもつ「現場=生活世界 の一部」になり、現場を図像化したバスのラッピング デザインを共に味わう学びの共同体が現れた。. 図6 ランブリングデザイン運動モデル. 31.
(5) 32. 特集:社会実践のデザイン学. 4.2. プロジェクトの流れ. 本プロジェクトは大きく分けて次の5つの段階で進められた(表1)。 表1 プロジェクトの流れ. 段階. 活動内容. ①. 浪岡町のランブリング. ②. 市民共創包装紙のデザインワークショップ. ③. ワークショップ情報整理とデザイン展開. ④. デザイン案の一般公開と投票・アンケート. ⑤. デザイン案のブラッシュアップと仕上げ. 時期・期間 2018.9.7. 2018.9.8. 2018.9.10∼10.10 2018.10.14. 2018.10.15∼2019.1.24. 表1のうち①はランブリングデザインにより生活世界を知るためのフェー ズ。②はランブリング経験をもとに WS を準備して市民と共に包装紙をデザ. インするフェーズ。③は WS で収集した生活世界の情報を基に包装紙のデザ インを考えるフェーズ。④は浪岡市民の人気投票とアンケート調査のフェー ズ。⑤はアンケート内容を基にブラッシュアップするフェーズとなる。. 5.〈ぶらついて/見る〉浪岡町のランブリング 5.1. りんご愛のつよい町. 浪岡町は、りんごの産地として知られ、室町時代、京の公家と親交のあっ. た北畠氏が貴族文化を花開かせた中世の里として知られる。まちの玄関口で ある JR 浪岡駅から町の中心に向かって伸びる約1.5キロの公道には4つの商 店街がある。浪岡町も消費行動の変化や人口減少の影響を受け、地元商店街 のシャッター街化が進んでいるが、飲食店や菓子店などの個人商店が根強く 経営を続けている。 2018年9月7日(土)に実施したランブリングの目的は、浪岡町をあても なくぶらつき、人々の営みやその現場を支える自然環境や文化、歴史などと の相関を探り、その経験をもとに、フェーズ②の市民共創デザインワーク ショップを準備することであった。 ランブリングは、私と学生2名、市の文化財課職員3名の計6名でおこなっ た。その初日、浪岡駅に集合した私たち一行は駅に隣接する市営のりんご園を 訪問した。サンフジを中心とした新鮮なりんごが育てられており、園長から抱 えきれないほどのりんごをその場でいただいた(図8) 。りんご園長によると、 浪岡のりんご園は減農薬または無農薬の畑が多いことから、梟が住み着いてい るところがあるという。梟はネズミなどの害獣を捕食することから、梟が住む 果樹園は食の安全と環境の保全が実現されていることを意味している。また同 じ施設内には、野菜や果物に雪をかぶせて春まで食材を保存する雪室という 図8 りんご園でもらったサンふじ. 貯蔵施設が併設されていた。りんごはもともと長期保存に向いた果物である が、雪室で保存すると水分の蒸発・乾燥を防ぎ、みずみずしく甘酸っぱいりん ごになるという。当日は9月初旬で暑い日であったが、蔵の中にはまだ雪が 残っていた。ひんやりとした空気を肌で感じながら、雪を自然エネルギーとし て活用して食料を保存する、雪国ならではの生活の知恵を体感できた(図9) 。 駅のリンゴ園を後にして、私たちは商店街に向かって歩いていった。商店街 は、お店が軒を連ねているという状態ではなく、ところどころに肉屋や衣料品 店、そしてお菓子屋や飲食店が点在していた。その中で、人の出入りが多かっ たのが菓子屋である。振り返ってみれば和洋の菓子屋の多い商店街であった。. 図9 雪室を見学する学生. この日、私たちが最初に訪れた店は、和菓子の「つしま堂」である。.
(6) デザイン学研究特集号 Vol.27-2 No.102. つしま堂の最中は地元でも有名らしく、はちきれんばかりのリンゴ最中が 大小のサイズで陳列されている。大きい最中は、とても食べきれる自信がな かったため、小さい最中を購入して食べてみた。薄い皮で覆われた最中に は、すりつぶしたりんごを混ぜた餡がぎっしり詰まっており、見た目に反し て甘酸っぱく爽やかな風味であった(図10)。 食べながら店内を見回すと、 「浪岡銘菓 りんご最中」 「浪岡銘菓 浪岡城」 と書かれた掛け軸が目に入った。最中を食しながら、ぼんやりとみていると、 地元愛が筆跡や内容に滲み出ているような気がした。店の女性に誰の書か聞い てみたところ、 「父の書」であるという。瑞々しく豊満なりんごを想起させる 最中の造形からして、店の主人の手仕事には感銘を受けるが、店を代表する菓 子名を自ら書き嗜む心意気に作り手の創作愛を感じることができた(図10) 。. 図10 つしま堂のりんご最中(小)と掛け軸. 5.2. ボリューミーな創作意欲が溢れてしまう市民性. つしま堂を出て、再びまちをぶらついていると、大きなざる時計をショー. ウィンドウに飾る時計店が現れた。店に入り、店内を見回すと、瓢箪を使った オリジナルの置き時計や掛け時計がそこかしこに展示されている。店のご主人 曰く、近くの農家が栽培する瓢箪を買い取って、百均パーツで制作していると いう。瓢箪の2つコブを生かし、上部に湿度計や鳩時計を設えた製品は、キッ チュで美的感覚を超えて見入ってしまう何かがあった。おそらくこの店の主人 自身も、見慣れた瓢箪が自己の想像を超えた何かに変身する様を楽しんでいる のだろう(図11) 。お腹が減ったので、商店街の一本裏の通りにある神戸食堂 に入った。学生は、ランチメニューのカツ丼ラーメンセットを注文していたが、 通常このタイプのセットメニューはどちらかがハーフサイズである。しかし、 出された料理はどちらも並のドンブリ。これが2つドドンと並び、戸惑う学生 図11 館山時計店のざる時計と瓢箪時計. がいた。どちらかがミニサイズという無粋な発想はこの店にはなかった。その ほか、キウイを魚の鱗に見立てたドイツの洋菓子ポワソンを売る洋菓子店や、 魚屋なのに惣菜を専門に販売する店など、自己の溢れる独創性がボリューミー な商品に昇華する市民性を一貫して感じとるランブリングであった(図12) 。 このようにして、浪岡商店街のまちをぶらぶらと巡ったのち、浪岡町北東 部の丘陵地帯にのこる浪岡城跡を訪れた。浪岡城は1460年ごろに浪岡北畠氏 によって建造されたとされる。京都との交流が深かった浪岡北畠氏によって 作られた城は「御所」と呼ばれるほど華やかであった。しかし親族間の争い により勢力が衰え、1578年に大浦(津軽)為信に攻められ落城したとされる。 この浪岡城跡を夕暮れ時に訪れた。城の内館は小高い場所にあり、草木が 茂る坂道を登ると、桜の木々に囲まれただだっ広い緑地が現れた。そこに. 図12 ポワソン、チェーンソー看板、魚屋 の惣菜. あったはずの城はなく、 「何もない」内館を前に、無心で立ち尽くしていると、 「∼ふぅっ∼」と一陣の風が身体を駆け抜けていった。その風の向こうに、 約500年前にこの地でぶつかり合った戦の息遣いを感じ取り、「何もない」と いうことの侘びしさに心がざわついた(図13)。. 図13 ランブリングの時に見た浪岡城跡の内館の風景. 33.
(7) 34. 特集:社会実践のデザイン学. 6.市民共創ワークショップの実施 6.1.〈見て/わかろうとする〉市民共創ワークショップの準備. 9月7日のランブリングは浪岡城を最後の現場として終了し、この日はそ. のまま同町の旅館サンライズ[注12]に泊まった。4畳ほどの部屋に敷かれ た布団に入り、ノートを開いた。私は1日の活動を振り返りながら、翌日の市 民共創・包装紙デザインワークショップ(フェーズ②)の進め方を検討した。 まちで出会ったさまざまな人や環境などの事象を記録したノートを見なが ら、 「その時、その場所でどんな情感を抱いたのか?その気持ちはどんな要 因によって生起したのか?」ということを丹念に回想(analysis)し、 〈自分. が見て、感じたことの意味の連関をわかろう(synthesis) 〉とした。様々な経 験を思い返す中で、もっとも印象に残った経験は、浪岡城の内館に足を踏み. 入れた瞬間に吹いた一陣の風であった。あの何もない野原で、風を身体に受 けたとき、妙に感傷的な気分になった。あの寂寥感はなんと言い表せばいい のだろう? もし、あそこに復元された城があったなら、同じような気持ち になっただろうか?「何もない」から、あの風に五百年前の戦さの息遣いを 感じ、南北朝時代の人々の蠢きに思いを馳せることができたんじゃないか。 私は布団のなかで回想しながら、城跡での体験を凡庸な言葉ではあるがとて もロマンチックであると感じた。この「ロマン」という言葉を獲得したと同時 に、禁断の果実(りんご)を食べようとするアダムとイブを想起した[注13] 。. ロマン=りんご(禁断の果実)=浪岡(りんごの生産地) この連想から閃めきを得た私は、浪岡の生活世界を林檎の樹に見立てて理 解できるか図を描きながら考えた[注14] 。すると、まちの魅力を林檎の葉 12)旅館・食堂サンライズ 一階は地元民が集まる人気ラーメン店。私は黒石名物 の焼きそばをたべた。二階が旅館となっている。(建 物写真:2020年2月16日採録,https://r.gnavi.co.jp/9wts 66vs0000/). や幹に見立てることができそうだ。たとえば、りんごの葉は、自前でユニー クな創作をしてしまう商店街の人々の独創性を隠喩として表現できる。木の 幹は、対話と交流をもとめて店にやってくる住民間コミュニケーション、木 を支える大地は、梟や蛍が生息する清らかな大地や水を隠喩として表現でき ることがわかった。一連のアイデアスケッチは、生活世界を理解するための 図解作業といえるだろう。この図解作業を通してランブリングで体験した事 象の意味の連関を自分のやり方でわかることができた。 「明日の WS は、この林檎の樹を隠喩(metaphor)としたフレームワーク. (図14)を使って〈歩いて見てわかった〉浪岡の生活世界を語ること(narrative) 13)禁断の果実 それを手にすることができないこと、手にすべきでは ないこと、あるいは欲しいと思っても手にすることは 禁じられていることをいう。(画像:2020年2月16日. から始めよう。」胸の内に穏やかな期待を抱いて、この日は就寝した。. わかったことを〈見せて(metaphor)/語ろうとする(narrative)〉私の心. の内がここに見て取れる(図6)。. 採録,https://ja.wikipedia.org/wiki/ 禁断の果実). 14)現場経験を再解釈するアイデアスケッチの様子 ロマン=りんごという図式から、林檎の樹をメタファ に浪岡の生活世界を図解化しようと試みたアイデアス ケッチ。. 図14 林檎をメタファとした浪岡の3つの魅力フレームワーク概念図.
(8) デザイン学研究特集号 Vol.27-2 No.102. 6.2.〈見て/わかろうとする〉と〈見せて/語ろうとする〉の 往還から生活世界を描き出す市民共創ワークショップの実施 翌朝、市民交流スペースにて浪岡ご当地包装紙のデザインワークショップ が開催された。WS の参加者は、市民ボランティアガイドや商工会・会員メ ンバーなどの地域住民18名+学生2名の計20名が参加した。WS プログラム は、5人一組の4グループに分け、表2のような流れで進行した。. 図15 フィールドワーク活動の報告の様子. 表2 ワークショップの活動の流れ 1 本日の目的を説明する (イ) 自他の生活世界 2 前日のランブリングで何を見て・何を感じたのかの報告 を見てわかろう とする活動 3 林檎樹をメタファにして、私が見た浪岡の生活世界を語る 4 林檎樹フレームワークを使って個々が見ている生活世界を集める (ロ) 自己の生活世界 5 林檎樹フレームワークに集約された生活世界を見せて語る を見せて語ろう 6 林檎樹フレームワークを基に包装紙の模様アイデアをスケッチする とする活動 7 描き出した模様アイデアと浪岡の生活世界の関係を語る. 図16 林檎樹フレームワークを説明する様子. 6.3. 自他の生活世界を〈見て/わかろうとする〉活動. 表2の活動(イ)では WS の導入として、 「この WS は浪岡のまちに暮らす. ことの魅力をお互いに学び、その学びの内容を活かして、この町の商店街で. 使う包装紙をデザインします」ということを説明した。そして、よそ者である 私たちが前日のランブリングにて「浪岡のどこを歩き、何を見て、どう感じた のか」についてスライドショーで報告した(図15) 。この報告のまとめとして、 図17 林檎樹発想の経緯に聞き入る参加者. 浪岡城跡を訪れた時に吹き抜けた風のなんとも言えない寂寥感が、何も無い 空間だからこそ感じ得たのだということと、それをロマンとして味わった体験 を語った。つづけて、城跡での体験がきっかけで、林檎の樹をメタファにした フレームワークを考案するまでの経緯を実体験を交えながら話をした(図16) 。 私が語っている間、参加者らは「そんな見方もあるのか∼」と、よそ者が 見た未知の世界をわかろうとスライドを見ながら聞き入っていた(図17)。 ここに〈見せて/語ろうとする〉私の活動と、それを〈見て/わかろうとす る〉市民とのコミュニケーション往還を見て取ることができる(図6)。. 図18 フレームワーク中の参加者. 6.4. 自己の生活世界を〈見せて/語ろうとする〉活動. 表2の活動(ロ)では林檎樹フレームワークを用いてグループワークをお. こなった。参加者は、浪岡町の魅力を付箋に書いて呈示し、自己と他者の生 活世界の相違を〈見て/わかろうとする〉活動をおこなった(図18)。 参加者の多くが WS 初体験であったが、市民らは各々オリジナルの林檎樹. を描き、りんごの実(ロマン)/葉(創造性)/幹(人々の営み)/大地 (自然環境)の4つメタファを考慮しながら、各々が見ている浪岡の魅力に ついて書き出した(図17)。たとえばりんごの実(ロマン)には、「公家文化 /落城・滅びの美/美人川伝説/梵珠山・火の玉/ノスタルジックな細野の 風景、冬物語」など、中世の歴史や文化、伝承や里山の風景に関する情報が 集まった。次にりんごの葉(オリジナリティ)には、「りんご/ばさらコー ン/本郷だるまだこ/竹美屋のラーメンは飽きがこない/店食堂の多さ」な ど食や芸術を旺盛に楽しむ気風を表す情報が集まった。木の幹には、「自家 製野菜をくれる率の高さ/集落の結束力/みんなやさしい/演劇やスポーツ が盛ん」など、地域愛に基づく協調的な市民性を表す情報が集まった。最後 図19 各グループのフレームワーク結果. に林檎の大地(自然・環境)には、「フクロウやホタルが見られる/源常平. 35.
(9) 36. 特集:社会実践のデザイン学. の大銀杏/梵珠山と山信仰/お歯黒を落とす楊枝杉/浪岡川や美人川、蛍」 など、地元の歴史や伝説にまつわる山川草木の自然や風物を愛でる風習に関 する情報が集まった(図19)。 各グループはオリジナルの林檎樹フレームワークの成果を発表し、各々が 見ている生活世界の様相をわかろうとした。そこには特定の場所から見る風 図20 アイデアスケッチをする参加者. ( B). 物の話や、オススメの定食屋など、新たに知る情報が数多く含まれており、 自己が見ている生活世界と他者のそれを融像することにより、各々の生活世 界を再設定している様子であった。 発表後は、包装紙の模様のアイデアスケッチを行なった(図20) 。参加者は フレームワークの付箋を見ながら、包装紙にどんなモノ・コトを表現しようか. (A). (C). 考えながら A4用紙にスケッチした。輪切りのリンゴを花びらに見立ててス. ケッチを描く人や、絵の代わりに言葉をレイアウトしてパターンを作る人など. 各々自分のやり方で、理想とする包装紙のデザインを考えていた(図21) 。そ のあと、アイデアスケッチのプレゼンと展示をおこなった(図22) 。参加者は、 アイデアスケッチを見せながらフレームワークの情報をどのように〈解釈して 表現(metaphor) 〉したのかについて〈語りあい(narrative) 〉 、それぞれの表. 現を味わった。この活動にも〈見せて/語ろうとする〉人と〈見てわかろう. とする〉人のコミュニケーション往還が見て取れる(図6) 。WS 最後に、参 加した市民らが今後の包装紙デザインの展開に可能性を見出せるように、各. 人のアイデアスケッチを包装紙のデザインに生かすことを伝えて終了した。. 7.市民が見せて語れる包装紙をデザインする 7.1. 生活世界の複合的な情報を〈見て/わかろうとする〉活動 (D). 参加者がつくった林檎樹フレームワークとアイデアスケッチを研究室に持ち. 帰り、学生とともに市民が見出した浪岡の生活世界の様相を〈見て/わかろ. (E). うとする〉作業をおこなった。私たちは模造紙を4つの象限に分け、林檎樹. 図21 市民によるアイデアスケッチ. リティ、人々の営み、自然環境の順で各象限に充てて、各グループの付箋を. フレームワークの4つの魅力を模造紙の左上から時計回りにロマン、オリジナ ・統合(synthesis)をおこなっ それぞれの象限に集め、意味の分析(analysis). た(図23) 。その結果、4つのメタファを表3のようにまとめることができた。 表3 浪岡町の魅力を表す4つのメタファとその定義 項目. A 図22 スケッチを発表する市民. B. C. D. 浪岡の魅力. メタファ. 魅力の定義. ロマン. りんごの実. 自然環境. 大地. 厳しい気候に伴う風景の美しさや儚さ. オリジナリティ. りんごの葉. 多用な文化、創造物、だるま・バサラくん. 人々の営み. りんごの幹. 祭り・スポーツ・ラーメン・温泉. 水と山のある暮らし。遺跡、神木、動物. この A∼D をデザインリソースとして、浪岡ランブリングと包装紙デザイ. ンワークショップの双方に参加した学生2名(沓澤希美佳さん、稲葉航生く ん,八戸工業大学創生デザイン学科2年生(2018年当時))はデザイン制作 を開始した(図9)。制作にあたっては A∼D をデザインのリソースとして. 活用しつつ、沓澤さんは A,B の魅力を強調するデザインを各1案制作し、. 稲葉くんは、C、D の魅力を強調するデザインを各1案制作することになり、. 合計4案のデザインを制作した(図24)。この段階での私の役割は、[各象限. に集められた情報の整理から4つの魅力の定義][各定義に適したビジュア ルの表現展開とバリエーション展開の方向性についての助言][ブラッシュ 図23 フレームワーク情報整理作業の様子. アップによるグラフィックデザイン監修]の3つであった。.
(10) デザイン学研究特集号 Vol.27-2 No.102. 図24 包装紙のデザイン案4種. 7.2. 市民と共創した包装紙のデザイン案を一般公開 〈見せて/語ろうとする〉と〈見て/わかろうとする〉の往還 これら4つのデザイン案は、浪岡城跡にて開催されたスポーツ鬼ごっこ浪岡 の陣(2019. 10. 14開催)にて一般公開され、そこに集まった親子や社会人に、. デザイン案の人気投票およびアンケート調査をおこなった(図25) 。またこの イベントの後日、浪岡商工会の会員にもアンケート調査を実施し、総計36名の. 市民に人気投票とデザイン評価をしてもらった。4案の得票数を表4に示す。 順位は1位 B 案、2位 A 案、3位 C 案、4位 D 案であった。これらの投票結果. とアンケート結果をもとに、青森市教育委員会と浪岡商工会にてご当地包装 紙のデザイン案の選定がおこなわれた。協議の結果、B 案と C 案の双方を包装. 紙として採用されることが決まった。2案採用された理由として、B 案は得票. 図25 浪岡城跡での投票の様子 表4 浪岡城跡でのアンケート結果. 数が最も多く、総合的に浪岡らしさを表す図案であることが評価された。アン ケート回答には「足の向きと図案がいい」 「浪岡のイメージが凝縮されている」 といった、作者の沓澤さんが自らのランブリングで見えた浪岡らしさを表現し た点が評価された。一方 C 案は、得票数は3位であったが、アンケート回答. では「あたたかみを感じる」 「絵として一番わかりやすい」といった意見があっ た。なによりも浪岡商工会女性部からの評判が良く、ワークショップで市民と 共創した稲葉くんが、参加者の個性的なアイデアスケッチから浪岡への愛着を 表5 商工会会員へのアンケート質問項目. 汲み取り、馴染みのある愛らしい特産物や風物を散りばめた図案が評価された. 項目 質問内容. ようである。2種類のご当地包装紙は各種1,200枚印刷し、2019年5月∼7月. Q1. この包装紙は中世の里・浪岡のイメー ジを伝えていると思いますか?. この包装紙は浪岡の今の暮らしや生活 Q 2 文化、自然環境を表現していると思い ますか? Q 3 この包装紙はお客様に好評でしたか? Q4. この包装紙は季節を問わずさまざまな 状況で使えると思いますか?. の2か月期間、浪岡商店街の店舗にて試験的に使用された後、同年7月に商店 街店主(商工会員)に対し、デザイン案1案に絞り込むアンケート調査を実施. した。アンケートは表5の質問を用意し、 「全くそう思う(5点) 」∼「全くそ う思わない(1点) 」まで5段階スケールで評価してもらった。その結果、B. 案(212点)に対し C 案(230点)の評価が高かった。逆転である。C 案の包装 紙は増刷され、浪岡商店街のご当地包装紙として使用されている(図26)。. 37.
(11) 38. 特集:社会実践のデザイン学. 8.考察とまとめ 8.1. ランブリングデザイン運動でデザインしたもの. よそ者である私や学生が特段の準備をせず、浪岡に出向いてぶらりと歩い. て見ることから展開したランブリングデザインは、やはり産業社会ベースの予 定調和でデザインを納めていくプロセスにはならなかった。そこで起きたの は、図6に示した通り、生活世界を〈見てわかろうとする〉志向的な相関活 動と、わかったことを表現して〈見せて語ろうとする〉コミュニケーション活 動であった。この2つの活動を市民との間で往還させながら、市民が自らの 暮らしや生き方を語れる物をデザインすることであった(図6) 。デザインさ れた物は包装紙であるが、その模様には、WS に参加した市民がスケッチした 浪岡の生活世界の物語りが半ば構造的[注15]に編み込まれている(図26) 。. 実際に市民のアイデアスケッチは C 案の模様に見つけることができる(図. 26) 。例えばリンゴの輪切り。これは図21(A)のスケッチである。町の風. 物、夕日をバックにした梵珠山。これは図21(C)のスケッチ。そのほか浪 岡の伝統工芸品・本郷だるま凧や、ワークショップを実施した市民交流ス. ペース・アップルヒルは、図21(D),(E)に見ることができる。また、町. のご当地キャラ・バサラくんが梵珠山を見て黄昏たり、蛍の姿で飛ぶさまは 図21(B)のスケッチである。姿を変えて浪岡のあちこちに現れるバサラく. んの表現には、志向的相関者として町を歩いて見た作者・稲葉くんのランブ リング経験が活かされている。WS に参加した町の人びとは、包装紙に散り. ばめられている図象を指差しながら浪岡の生活世界の物語を再構成すること 図26 試験使用期間を経て選考された C 案 の最終デザイン. ができるだろう。このような可能性を考えると、ランブリングデザインとは、 生活世界を歩いて見ることから“その土地に根ざして生きることの意味や価 値を語れる〈物−語り〉”をデザインする運動であると言える。. 8.2. ランブリングデザイン運動の知の在りどころ. 文化人類学者の T. インゴールドは、高速移動社会に暮らす現代人は生活. 世界を知るための能力を失ったとし、その力を復元する方法として「歩くこ と」の大切さを次のように語っている。. 徒歩旅行は一つの場所から別の場所に移動する行為ではなく、生きるため の方法である。その行為は旅行者が誰なのかを定義する役割を果たしている。 知の方法とは世界を貫く運動の道である。 徒歩旅行者は旅のラインに沿って文字通り『進みながら知る』[注16] 15)半ば構造的(なかばこうぞうてき) 産業社会に立つ人びとは、複雑な事象に出会った時、 その複雑さを情報分析のルールに則り適切に構造化し て理解しようとする。一方、生活世界に立つ人びと は、複雑な事象に出会った時、その事象との出会いを 振り返り、自らが見た経験を語ることによって理解し ようとする。その語りには、対話や自問自答も含まれ るが、語り方にフォーマットやメソッド、構文ルール はない。語り手は、語りだすその時までに経た経験を 基に、頭と身体と心の中に半ば構造化された状態で残 る記憶や情感を頼りに、聞き手の様子を見ながら、情 報を再構成して世界の複雑さを語ろうとするだろう。 情報が半ば構造化されているからこそ、生活世界に立. 図27の右側・結びの図象は上記の言葉を踏まえてインゴールドが提示した 物語の概念図である。この図の左に歩こうとしている人を加えたらどうだろ う。ぶらぶら歩きする人の旅の軌跡(ライン)に見えるではないか。そうす るとこの図の意味は次のように解釈できる。ランブリングデザイン実践者は、 これまでの人生を振り返り、自らの経験を他者に物語りながら、世界を知る ために前に歩を進めていく。そうすると自己と世界の相関が見えてくる。そ れは生きる意味を知るために活動しつづけること。すなわち〈life〉である。 経験. つ人びとは語りを通じて自身の知を再編し続けること が可能となる。 16)T. インゴルド:ラインズ∼線の文化史,136-145,左 右社,2014. 人生. 図27 インゴールドの物語の概念図に徒歩旅行者を加えた図.
(12) デザイン学研究特集号 Vol.27-2 No.102. では、ランブリングデザイン運動を実践した私は、浪岡町の活動におい て、どのように〈デザインの知〉をはたらかせて、プロジェクトを前にすす めていたのだろうか。ランブリングデザインにおけるデザインの問題は、 8.1節にて述べた“人びとがその土地に根ざして生きることの意味や価値を 語れる物−語り”である。したがって、ここでの〈デザインの知〉とは、上 記の問題に向き合い、その問題を知るために実践の歩みを進めていく〈知の はたらき〉であると定義する。前述の定義を考察の根拠にして、ランブリン グデザイン運動における知のはたらきを、物語の概念図をベースに図6の運 動モデルと組み合わせて図解化した(図28)[注17]。. 17)図6 ランブリングデザイン運動の概念モデルを構成 するデザインの「6つの知の運動要素」について この図は、 〈rambling → feeling〉⇨〈analysis → synthesis〉. ⇨〈metaphor → narrative〉 の6つ の「 知 の 運 動 要 素 」 で構成されている。ここではランブリングデザインに おける各運動要素の役割について定義する。 ⃝ Rambling → Feeling. ・rambling. 「ランブリング」は、生活世界をあてもなくぶらぶらと 歩くことから、未知の出会いを享受する行為である。 ・feeling. 「フィーリング」は、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚 の五感だけでなく虫の知らせや霊感などの第6感も含 め、身体で感じたことの意味を心に問いかけることか ら、そこで生起した情感を記憶に留めようとする行為 である。 ⃝ Analysis → Synthesis ・analysis. 「アナリシス」は、ランブリング経験の中で出会う個別 の事象に対して何を見てどう感じたのか、なぜそのよ うな情感を抱いたのかについて内省することである。 ・synthesis. 「シンテシス」は、アナリシスで見出した個別の事象 に意味の連なりを見出すことから、事象を包含する生. 図28 ランブリングデザイン運動における〈デザインの知〉のはたらき. 図27のデザインの知のはたらきについて、私自身の実践をモデルにして概 説する。最初に浪岡町の生活世界を知るために現場に出向いた私が図の左に いる。私はあてもなく町を歩いてまわった(図28中,緩やかに上がっていく 軌跡の部分)。旅館サンライズにて1日の経験を振り返った(図28中,「振り. 活世界との相関をわかろうとすることである。. 返る」の矢印部分)。布団の中で、ノートを見ながら歩いて見てきたことの. ⃝ Metaphor → Narrative. 意味をわかろうとした(図28,❶)。私は浪岡城跡にて感じた一陣の風と寂. ・metaphor. 「メタファ」は、生活世界を構成する事象間に見出した 意味の連関に筋道(プロット)を見出し、比喩を用い て物語に転換することである。そこで使用される比喩. 寥感を回想し、その情感にロマンを感じた。このロマンという言葉からアダ ムとイブの禁断の果実・林檎を連想し、ロマン=林檎=浪岡町という意味を. は生活世界に由来するものであることが望ましい。. 関連づけた(図27中,「関連づける」の矢印部分)。そこから林檎=浪岡町の. ・narrative. ロマンという閃きを手掛かりにして、まちの魅力を林檎の葉や幹に見立てら. と自己の相関を語り伝えようとする行為である。ここ. れないかと意味の連関を考えた(図28,❷)。そうしてみたら、林檎の葉は. 「ナラティブ」は、自らの経験に基づいて、生活世界 での経験は、現場に立って見て歩く生の体験だけでな く、他者の語りを聞き、その現場に立つ自分を回想・ 想起する経験も含まれる。. 「まちの創造物」、林檎の幹は「まちに集う人びとの営み」、林檎の樹の大地 は「まちの自然・環境」に見立てることができた。私はロマンを含めた4つ の魅力を林檎の樹に見立てたフレームワーク[注18]を作成した(図28,③) 。 翌日の市民共創ワークショップでは、このフレームワークを用いて浪岡を歩 いて見た経験を話し、参加した市民に浪岡に暮らすことの価値を物語ること ができた(図28,④)。身ひとつで浪岡に入り、赤裸々な経験を語ることは 自らの生き方・人生を開示する行為に等しい(図28中,左端「人生」)。この 語りによって、よそ者である私は浪岡の市民に受け入れられたと感じ、浪岡 のまちに根ざして生きることの意味を共に考え、市民が見ている浪岡の生活 世界を知るための活動の場を拓いていった(図28中,右端「life」の部分)。. ぶらぶら歩きから始まった私の実践は、上記のようにデザインの知をはた. 18)浪岡の魅力を林檎樹に見立てたフレームワーク. らかせながら展開していたことがわかった。. 39.
(13) 40. 特集:社会実践のデザイン学. 8.3. ランブリングデザイン運動の伝搬による知の連鎖反応. 私のランブリングデザイン運動は、ワークショップに参加し. た市民にも伝搬していた。何が伝搬したのか。それは自らの 生活世界を再設定しようとする知のはたらきである。市民は、 私の物語りのメタファであるフレームワークを使いながら、馴 染みのある地元食やまちの風物を回想し、自らの生活世界の 〈意味連関を再設定〉していた。この知の伝搬を図解すると図 29のようになる。6章の WS 省察で度々見られた〈見せて/. 語ろうとする〉人と〈見て/わかろうとする〉人とのコミュニ 図29 ランブリングデザイン知の伝搬. ケーション往還は、デザインの知の結び目となって図中に現 れている(図29)。この知の結び目は、図6の循環部分にも付合している。 実際には、デザインの知の伝搬は WS グループごとに起きていた。例えば. 5人1組のグループに伝搬した場合の知の連鎖は図30のようになる。この図 において私の語りは、個々の市民が見ている異なる生活世界に結えられ、ポ ストイットの言葉やアイデアスケッチとなって表現され、さらに個々の語り となって伝搬していた。市民は他の共同者の表現を〈見て metaphor〉 、 〈語り. narrative〉を聞き、その語りに〈意味を見出し analysis〉、再び自己の生活世界. を〈再設定 synthesis〉する(図30,右側) 。一方、私と学生は図30右側・市民. のデザイン知のはたらきから生まれたフレームワーク情報を〈分析 analysis〉. し、4つの複合的な〈価値にまとめ synthesis〉 、それらの価値を包装紙として. 〈表現 metaphor〉した(図30,左側)。デザインの知の連鎖である。. 図30が織物の網目のように見えるのは、私と学生、市民間で生起した〈表現. metaphor〉と〈語り narrative〉と〈意味づけ analysis〉そして〈再設定 synthesis〉. の連鎖による物語の知的組織化が起きていたからだ。C 案の包装紙には、この. ようなデザインの知のはたらきによって複合的かつ半ば構造化[注16]された 価値体系を持つ生活世界の〈物−語り〉が編み込まれている(図26)。 浪岡の市民がこの包装紙を使って、各々が自分のやり方で浪岡の暮らしを 語り、その語りから新たな活動や営みが生まれることを願っている。. 図30 ランブリングデザイン運動による生活世界の物語の知的組織化.
(14) デザイン学研究特集号 Vol.27-2 No.102. 9.おわりに 本稿は、浪岡で試みられたランブリングデザイン運動における私の〈デザ インの知のはたらき〉を1人称で記述した。一通り書き終えて思うのは、デ ザインの実践は生きることと同一であり、連綿と続いているということであ る。このプロジェクトはちょうど1年前に終了したが、その時の私では、書 けなかったことがたくさんある。浪岡の経験を活かしながら異なる現場で実 践を重ねてきたからこそ、一年経った今、浪岡での実践におけるデザインの 知の在りどころを深く掘り下げることができた。本稿でも述べた通り、デザ インの実践は世界を知るために歩み続けることである。実践を研究のかたち にする場合どこで立ち止まれば過去の実践を論述できるのか考えがちだ。し かし記述のタイミングは重要ではなく、常に自らの実践を振り返りながら、 歩み続けていればいずれは過去の実践におけるデザインの知のはたらきが見 えてくる。それは、記述することでしか見えてこないことも、本稿を執筆し て実感したことだ。 最後に、社会実践のデザイン学という生々しく形のない対象の研究に巻き 込んでくれた社会実践型ラボラトリーのメンバーと、実践を論述するための枠 組みづくりという未知の冒険にビジョンを提供してくれた、須永剛司氏、加藤 文俊氏、刑部育子氏、諏訪正樹氏、小早川真衣子氏、上芝智裕氏、塩瀬隆之 氏、富田直秀氏、安武伸朗氏、望月琴美氏、山川千晴氏に感謝申し上げたい。 本研究は以下の支援を受けて実施した。文部科学省科研費研究課題番号 18K11957 【参考文献】. Robin Morris, Geoff Ward: The Cognitive Psychology of Planning, 35-36, 53-56, Psychology Press, 2004 中村雄二郎:臨床の知とはなにか,30,岩波新書,1992. 須永剛司:デザインの知恵,194,255-226,フィルムアート社,2019. 竹田青嗣:現象学入門,146-149,NHK 出版,2015. 横溝賢,他:住民共創による下北ジオパーク PR バスのラッピングデザイン,日本デザイン学会. 誌 デザイン学研究作品集,vol. 25,46-51,2019. T. インゴルド:ラインズ∼線の文化史,136-145,左右社,2014. 41.
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