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(3)まつり イベント 1~3 月 城 下 町 しばた 全 国 雑 煮 合 戦 (1 月 ) 菅 谷 不 動 尊 千 日 参 り 節 分 会 (2 月 ) 千 手 観 音 御 開 扉 月 岡 温 泉 どんどまつり 赤 谷 どんづきまつり 新 発 田 のまつり イベント 全 国 各 地 の 雑 煮 が

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第4章 歴史・文化を活用したまちづくり

1.新発田市の歴史4・文化 新発田の歴史は、古くは鎌倉・室町時代にまで遡る。鎌倉時代に源頼朝によって地頭に 任じられた佐々木盛もり綱つなの子孫が、様々に分かれて成長したなかに新発田氏があって在地豪 族として当地を統治していた。その後、新発田重家は上杉景勝と争い、天正十五年(1587 年)に新発田城は落城し、新発田氏は滅亡した。 豊臣秀吉の天下統一後の慶長三年(1598 年)に、溝口秀勝が入国し、現在の新発田市を 中心に城下町を築いた。当時、上杉景勝は会津へ移封されたため、堀秀治が越後国主とな り、春日山城(上越市)に入ったが、そのとき秀吉の家臣であった溝口秀勝が堀氏の与力 大名として越後蒲原郡に六万石を与えられて新発田に新発田藩を開いたのである。 秀勝が秀吉から与えられた領地は現在の北・中・南の蒲原三郡にわたり、南は旧中之島 町までにも及ぶ広大な範囲に及んだ。 この時代、新発田藩による城下町を中心とした茶道や和菓子の文化が形成された。また 藩主の参勤交代や藩士の江戸詰め生活から学問がもたらされて藩校が建設されたほか、医 学が進んだ。また、私塾・寺子屋が開設され読み書き算盤が盛んになったほか、知的な遊 びとして和算家が活躍するなど、新発田独自の文化が培われた。 (1)歴史 時代 新発田の歴史 縄文・弥生時代 村尻遺跡(土偶形容器、土器など 18 点が国の重要文化財に指定) 鎌倉・室町時代 佐々木源氏 船渡神社 菅谷 戦国・江戸時代 新発田重家 五十公野 揚北衆 明治以降 歩兵十六連隊の創設 (2)文化 4 (参考文献)鈴木康「新発田藩」現代書館 城下町 新発田の文化 石 州 せきしゅう 流茶道/和菓子 ・大和国小泉の城主片桐貞昌(石州)を流租とし、四代溝口重しげ雄かつ が初めて石州の流派の教えを受け、新発田に伝えたとされる。 七代直なお温あつの代に茶道職が設けられ城下に普及した。 庭園 /田中泰阿弥 /清水 園・石泉荘/足軽長屋 ・清水園は、重雄候の時代に遠州流の茶人で幕府庭方であった 縣 宗 あがたそう 知ちが江戸から招かれてつくった庭園である。 ・北方文化博物館・本館の作庭を手掛けた庭師・田中泰阿弥氏 が、清水谷御殿の全体を修復し、「清水園」として現在の姿に なった。「清水園」の東側を流れる新発田川をへだてた路すじ に新発田藩の軍事的な理由から「足軽長屋」があった。

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57 (3)まつり・イベント 新発田のまつり・イベント 【1~3 月】 城 下 町 し ば た 全 国 雑 煮 合戦(1 月) ・全国各地の雑煮が新発田に集結し、日本一の雑煮(=征夷大 将軍)を決するイベント 菅 谷 不 動 尊 千 日 参 り 節 分会(2 月) ・節分には除災招福を祈願して節分会が行なわれ、寒の終わり であるこの日にお詣りすると千日分の御利益があるといわれ る。 千手観音御開扉 ・蒲原 33 観音第 23 番札所として知られている千光寺で、本尊 の千手観音菩薩を年一回開帳する。 月岡温泉どんどまつり ・たいまつを片手に温泉街をかけぬけ井桁に点火する。会場で は、様々なイベントが行われ、多くの観光客でにぎわう。 赤谷どんづきまつり ・厄年の男衆がふんどし・はちまき姿で神社の境内に集まり、 心身を清めて厄を祓う伝統行事。 大友初午(3 月) ・県内では有数の稲荷大明神で行われる初午祭 【4~6 月】 春まつり/花まつり (4 月) ・新発田の春まつり/加治川桜まつり/月岡温泉 菜の花桜まつ り/加治川花見ウォーク/大峰山桜まつり 山開き(5 月) ・荒川剣龍峡山開き/二王子岳山開き 食のアスパラ横丁、味め ぐり ・多くの参加店で、新発田産アスパラガスを使った創作料理が 楽しめる。「アスパラみどりカレー」のお店も参加している。 あやめまつり(6 月) ・日本四大あやめ園の一つで、五十公野公園あやめ園(面積 1.8 ヘクタール)に 300 品種 60 万本のあやめ(花菖蒲)が咲き競う。 藤塚浜海水浴場海開き ・藤塚浜海水浴場は、白い砂浜のある遠浅の海で、毎年 8 月 12 日には毎年藤塚浜で城下町新発田まつりの海上花火大会が行 われる。 【7~9 月】 サマーフェスティバル (7 月) ・新発田メインストリートが歩行者天国となり、「うまいもの」 「楽しい催し物」があり一夜限りの「たのしいまち」が出現す る。 月岡温泉 夏まつり (8 月) ・湯美人みこしや芸妓民踊流し、子どもみこしなど、夏休みの 思い出を楽しく彩る。 花市 ・三之町(旧町名)で行われる花市。露店の出店もあり、三之 町の台輪も間近で観ることができる。 城下町新発田まつり /新発田台輪 ・江戸時代から続く新発田市最大の祭りで、8 月 12 日の海上花 火を皮切りに金魚台輪・よさこい・神輿渡御・しばたっ子の 祭典・民謡流し・パレードなどさまざまな行事が行われる。/ 同まつりで 6 町内が競って繰り出す豪華な台輪で、約 280 年 前より伝承されている。 新発田豊年秋まつり ・植木市のほか多数の露店出店もあり、子どもみこし・金魚台 輪パレード、子供灯籠絵展示なども行なわれる。 食 king 阿賀北プラス ・阿賀北及び県北地域のご自慢グルメ、こだわりの逸品、本物 の食材を一堂に集めた食の祭典。

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58 (4)民族芸能(神楽)(資料:新潟県教育委員会「新潟県の民族芸能」) 新発田の芸能 五ケ字神楽 <伝承地>下中沢・福岡・富島・真中・古田(旧紫雲寺町) <内容>獅子神楽 諏訪神社の神楽 <伝承地>諏訪町<内容>採物神楽。ダイダイ神楽・巫女舞・大夫 舞・稚児舞が組み合わされて 12 舞になる。 大夫舞 <伝承地>市内各地<内容>採物神楽。 二王子神社大夫 <伝承地>田貝<内容>神社に奉納する稚児舞・修験舞 東町獅子舞 <伝承地>諏訪町<内用>京都から伝えられたとされる。天の岩戸 の古式にならって始められた獅子神楽。 新井田獅子舞 <伝承地>城北町・緑町<内容>獅子神楽。鍛治町から習ったとも、 盛留の桶屋から習ったともいわれる。 職人町獅子舞 <伝承地>御幸町<内容>享保 17 年(1732 年)、藩主の命により御 札を貼り重ねて獅子頭を作り、諏訪神社の祭礼に舞った。 猿橋の獅子舞 <伝承地>獅子神楽。いつからは不明だが、新発田市職人町から 習ったという。 中曽根の獅子舞 <伝承地>中曽根町<内容>獅子神楽。市内では職人町とともに古 い。 五十公野の獅子舞 <伝承地>五十公野<内容>獅子神楽。安政年間に新発田の職人町 から習ったとされる。 上赤谷の獅子舞 <伝承地>神赤谷<内容>滝谷新田系の獅子神楽。魔除けのためと 昔から伝えられるハナカケシシを被って各戸を回る。 荒川の獅子舞 <伝承地>荒川<内容>獅子神楽。明治の頃、信州から来た鍛冶職 によって伝えられた。 宮古木の獅子神楽 <伝承地>宮古木<内容>獅子神楽。明治 12 年頃、八幡神社の神輿 を新調した時から舞ったという。 西宮内の獅子舞 <伝承地>西宮内<内容>獅子神楽。慶応年間に次第浜に漂着した 獅子頭を、八幡宮に奉納したのが始まりといわれる。 上石川の獅子舞 <伝承地>上石川<内容>三匹獅子。三百年前、会津の木地屋が伝 えたといわれる。 新発田のまつり・イベント ふ る さ と し ば た 食 と 職 のおまつり(10 月) ・「食」をテーマに、地元の農産物や食品が一同に会するイベン トと、「職」をテーマに城下町新発田 400 年の歴史と伝統の職 人技を観覧・体験できるイベントを開催する。 し ば た 発 日 本 を 旅 し よ う~うまいもん横丁 (11 月) ・市内、県内はもとより、全国各地から多数の店舗が出展する。 スイーツコーナーも充実しており、駅弁空弁や新発田の郷土 料理“から寿し”の販売もある。 城下町新発田大菊花祭 (10 月末~11 月上旬) ・丹精を込めて育てた美しい菊が展示される。大菊三幹立盆養 をはじめ、大型懸崖作りや小菊盆栽・杉作りなど多数展示。 新 発 田 堀 部 安 兵 衛 討 ち入りそばまつり(11 月) ・赤穂浪士で有名な堀部安兵衛が、討ち入り前にそばを食べた という言い伝えから地元新発田で行うそばまつり。 月岡温泉菊花展 ・月岡菊友会会員が丹精こめて育てた菊を展示する。 義士祭(12 月) ・毎年 12 月 14 日に、堀部安兵衛を偲んで法要や剣武・詩吟、 少年少女剣士などによる市中パレードが行われる。

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59 (5)教育 (6)新発田の主な偉人 5 塩止事件:新発田藩と会津藩の間で流通していた塩と蝋燭の取引において、商人の経済上の問 題から会津からの蝋燭が送られてこなかったため、新発田も塩の送付を停止した。このため、親 藩の会津藩主(保科正之)の怒りを買い、新発田藩とり潰しの危機に立たされた事件。 新発田の教育 (江戸時代) 新発田藩藩校と 民間の教育機関 ・八代直養の代に講堂(のちに「道学堂」と命名)を建て、独 自の教科書を出版するなどして藩士に学問を奨励した。 ・民間の教育機関としては、丹羽伯弘が私塾「積善堂」を開く。 (江戸時代) 医学 ・八代直養の代に医学館を領内の医師の養成・研修機関として 設立された。薩摩藩・肥後藩に次いで全国では三番目の設立 であった。 (江戸時代) 和算 ・和算は江戸時代に日本で独自に発展した数学である。 ・数学の問題と解答を額に書いて神社・寺院に奉納し学力や流 派の勢力を誇示する算額が知的な遊びとして越後では新発田 で盛んであり、浪人の坂井広明、商人の皆川正衡、藩士の丸 太正通ら和算家が活躍した。 (現代) 1市に 6 つの高校 ・県立新発田高等学校/県立新発田商業高等学校 県立新発田南高等学校(県立新発田南高等学校豊浦分校(定 時制))/県立西新発田高等学校/県立新発田農業高等学校 新発田中央高等学校(私立) 2 つの大学/県立の看護 専門学校 ・敬和学園大学(全人教育リベラルアーツ) ・新潟職業能力開発短期大学校(社会で通用する専門的な知識 と確かな技能・技術の修得) ・新潟県立新発田病院に設置された附属看護専門学校 新発田の偉人 堀部安兵衛(1670/1703) ・浅野家浪人・四十七士の一人。越後・新発田藩士の家に生ま れた中山安兵衛は「高田の馬場の決闘」で名をあげた。 大倉喜八郎(1837/1928) ・実業家。のちの大倉財閥の創始者 井上久助(1606/1660) ・新発田藩藩士。新発田藩の危機(塩止事件5 )において、自ら 無実の罪を被り、会津藩に斬刑に処せられ、藩を救った。 渋谷利喜太郎(1864/1940) ・料理研究家。日本料理の近代化に貢献 蕗 ふき 谷や虹児こ う じ(1898/1979) ・画家、詩人。女性の人気を集めた挿絵画家 佐藤和三郎(1902/1980) ・投資家。獅子文六の小説「大番」のモデルとなった相場師 佐藤哲三(1910/1954) ・洋画家。蒲原の自然と農民などの人を描いた。 坪川洹平(名誉市民) ・実業家(製紙業)。新発田図書館の設立を主導した。 本間百在門 ・政治家(村長)明治から昭和にかけて31年間、川東村長を 務め、実業補習学校や図書館の設立など教育に力を入れた。 市島春城(1860/1944) ・早稲田大学図書館の基礎を築き、初代図書館長に就任。若き 日の吉田東伍や會津八一を支援して育てた。

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60 2.新発田の歴史・文化を活用したまちづくり 新発田城をはじめ、江戸末期に建てられた国の重要文化財である足軽長屋や国指定名勝 の旧新発田藩下屋敷(清水谷御殿)、五十公野御茶屋庭園など新発田市の文化財は広く知ら れている。歴史的観点からも、和菓子や料亭等に見られる職人の技術もハイレベルなもの であるといえる。しかし、職人の高齢化と若者の地元離れに伴い、技術を受け継ぐ後継者 の育成が急務となっている。 (1)歴史・文化資源を観光資源に(シナジーとネットワーク) 新発田の歴史・文化資源を観光資源として活用する。月岡温泉と新発田まちなかとの連 携により、まつり・イベントの催事期間はもとより、まち歩きコースを活用した商品の企 画・販売などにより観光産業の振興に活用する。 <取り組むべき課題> ・月岡温泉と連携した新発田の史跡・街歩き・見学コースなど体験型の着地型観光商品の 企画・販売 ・歴史・史跡、自然の魅力を活かしたフィルムコミッションの誘致活動 (2)市民と子どもたちの郷土愛の向上 市民が新発田の歴史・文化に関する認識を深めることによって、郷土愛の高まりが期待 できる。さらに、子どもの人格が形成される幼少期から青年期にかけて、新発田の歴史・ 文化を伝え、郷土についての正しい知識を得ることは、新発田に対する子どもたちの郷土 愛を高めることにつながる。その結果、将来子どもたちが地元にとどまろうとする意識の 定着が期待できる。 <取り組むべき課題> ・城下町としての文化財が豊富で、職人の技術が高い水準にあることを、市民に啓発する。 ・料亭での食事会、職人・料理人による競技会の企画など、市民向けのイベントを実施し、 市民が理解できるような環境づくりが必要である。 ・技術的文化継承のための後継者育成が求められる。 ・写真のまちなど歴史アーカイブを活かしたまちづくり ・堀部安兵衛の史料を活用し、武庸会などの活動を通じたまちづくり (3)市内教育機関との連携 市内教育機関における教育に地元産業との連携による実学教育を取り入れることで、未 来を切りひらく人材の育成を図る。 <取り組むべき課題> ・県立商業高校では、株式会社の模擬設立を通して投資と起業などの実業訓練を進めると ともに、農業高校では農畜産物の生産から加工・販売まで6次産業化の教育を進めると ともに、地元企業との連携によりブランド化に挑戦する。 ・坪川洹平の精神に倣って図書館を再構築し活用する。 ・教育村川東で本間百在門村長の行った人材育成を現代教育に生かす。

参照

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