• 検索結果がありません。

D03247_福本由紀子.indd

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "D03247_福本由紀子.indd"

Copied!
19
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

Paddington Bear 物語における marmalade の意味

福 本 由紀子

イギリス児童文学作品に登場する「クマ」といえば、即座に A. A. Milne (1882-1956) の“Winnie-the-Pooh” と Michael Bond (1926-) の“Paddington Bear”が思い浮かぶ。Winnie-the-Pooh (1926)と The House at Pooh Corner (1928) の 2 冊からなる Winnie-the-Pooh 物語は、父親である Milne が息子 Christopher Robin に、息子のクマのぬいぐるみ(Pooh)を登場させた物語を語り聞かせる という枠組みからできており、Christopher Robin と Pooh を含めた動物たち (Christopher Robin の子ども部屋にあったぬいぐるみがモデルである)が “Hundred Acre Wood”と呼ばれる森を中心とした世界で遊ぶ物語である。各巻 は10編の話で構成されるが、 2 巻目の The House at Pooh Corner の結末におい て、Christopher Robin が Pooh の魔法の森に別れを告げることで物語は終結する。

一方、Bond の Paddington Bear 物語シリーズは、2012年現在、読み物だけで もA Bear Called Paddington (1958)、More About Paddington (1959)、Paddington Helps Out (1960)、Paddington Abroad (1961)、Paddington At Large (1962)、 Paddington Marches On (1964)、Paddington At Work (1966)、Paddington Goes to Town (1968)、Paddington Takes the Air (1970)、Paddington on Top (1974)、Pad-dington Takes the Test (1979)、Pad(1974)、Pad-dington Here and Now (2008)、Pad(1974)、Pad-dington Rac-es Ahead (2012)の13冊が刊行されており、その他絵本等も合わせると20作を 越える1。そもそもの Paddington Bear 物語の成り立ちは広く知られているが、 1957年のクリスマスイヴに、Bond が妻 Brenda へのプレゼントとして、ロンド ンの Selfridges デパートのおもちゃ売り場で一匹売れ残っていた小さなクマの ぬいぐるみを購入したことに始まる2。当時 Bond は Paddington 駅の近くに住 んでいたため、そのクマを“Paddington”と名付け、棚に飾った。それからま

(2)

もなくクマの Paddington を主人公にした物語を書き始めると、その日のうち に第一章を書き終え、 8 日ほどで一冊を書き上げたのだと言う(Bond, 1996, 153-57)。 作品形態は違えども、Bond と Milne 共にイギリス児童文学を代表する「ク マ」を生み出したことに違いはない。それ以外にも両作品には、作品の成り立 ち、一作品にほぼ決まった数の物語が収められていること、各物語に共通する パターンが見られること、登場人物の階級、さらには主人公のクマの性格や好 物など共通点が多くみられる。Winnie-the-Pooh に関する研究は枚挙にいとま がないが、その一方で Paddington 物語に関しては系統だった研究が見あたら ない3。本論においては、Winnie-the-Pooh 物語と比較分析しながら、Paddington Bear 物語を詳細に読み解き、第一章では幼年文学としての Paddington 像の魅 力について、彼の性格的特徴や周囲の大人たちの反応から再考察し、第二、三 章において作品中に頻繁に登場する“marmalade”の意味を追求したい。

I

Paddington Bear 物語シリーズでは、第一作の A Bear Called Paddington のみ 8 編の物語構成となっているが、その後すべての作品においては 7 編構成と なっている。つまり全部で13冊92編の物語が含まれているわけだが、すべて、 Paddington が起こす騒動がいつのまにか丸く収まるどたばた喜劇風の物語と なっている。1958年に第一作が出版されて以来、新作が発表され続け、多数映 像化され、広く知られるクマとなったその魅力はどこにあるのだろうか。 この物語構造を読み解いていく前に、物語の基盤となる舞台背景を見ておき たい。A Bear Called Paddington の冒頭は次のとおりである。

“MR AND MRS Brown first met Paddington on a railway station. In fact, that was how he came to have such an unusual name for a bear, for Paddington was the name of the station. The Browns were there to meet their daughter Judy, who was coming home from school for the holidays. It was a warm summer day… ” (7)

(3)

Brown 夫妻は Paddington 駅で一匹のクマに出会う。このクマは Aunt Lucy と暮 らしていたペルーからイギリスへとはるばる移民してきた。首には“PLEASE LOOK AFTER THIS BEAR. THANK YOU.” (11)という札がかけられており、 このメッセージに心動かされた夫妻は親切にも彼を家に連れ帰ることとなる。 言うまでもなく、このクマは人間同様二本足で歩き、話もすれば洋服も着てい る。つまり冒頭からファンタジーの世界が展開されているわけである。もっと もこの物語シリーズにおけるファンタジーの要素は、Paddington の擬人化とい う点のみである。ぬいぐるみやおもちゃは、子どもたちが自分たちを投影して 遊ぶ身近な持ち物であるが、特にクマは子ども部屋に定着している。20 世紀 初頭に、アメリカとドイツを皮切りに、ぬいぐるみのクマ、いわゆる Teddy Bear として今日普及しているぬいぐるみが大々的に商業化されると、“Teddies and other bears naturally appeal to children as symbolizing love and security” (Pendergast 133)という要因もあり、イギリスでも第一次世界大戦までに

Teddy Bear の人気は高まった。したがって、イギリス人にとっておもちゃのク マは子ども時代の代名詞ともいえるものであり、クマの Paddington がリアリ ズムの物語のなかで唯一のファンタジー的存在だとしても、読者はそれほど違 和感を抱かないはずである。

さて、Brown 家の構成は、London の金融街 City で働く Mr. Henry Brown と 妻 Mary、二人の子ども Jonathan と Judy、そして家政婦の Mrs. Bird であり、彼 らは Notting Hill Gate にある“Number 32, Windsor Gardens”に居住している。 Notting Hill Gate は London 西部に位置し、高級住宅地として、またヨーロッパ でも有数の大規模なアンティークマーケットや、洗練されたレストランや ショップが集まっていることで知られる場所である。この居住地の地域性や住 み込みの家政婦がいること、二人の子どもを全寮制の学校に入れていることな どから、Brown 夫妻の生活に経済的余裕があることが見てとれる。Mrs. Brown は、もう一人の子どものように Paddington の衣食住の面倒を見ることを即座 に決定し、“We wouldn’t dream of charging you(= Paddington) anything. We shall expect you to be one of the family…” (ibid. 13)と主張する。

冒頭での Paddington は、つばの広い帽子“bush hat”をかぶってスーツケー スを持ち、移民者のような服装で登場する。そして、帽子やスーツケースの中 に、marmalade sandwich や bacon などの食物、スクラップブックなど大切なも

(4)

のを入れている。トレードマークともなる服装“a smart blue duffel coat with a red lining”は、Brown 夫妻と同居することになった後買ってもらったものであ る。Paddington は礼儀正しいクマであり、帽子は必需品だと考えているし、 Mrs. Brown も彼を引き取るとすぐに百貨店に連れて行き、帽子とコートとレ インコートを揃えるなど、日常生活においてもきちんとした服装に重きをおい ている。 上記、第一巻の前半に描かれた基本的な人物設定からだけでも、Brown 家が 比較的裕福であり、典型的な中流階級の暮らしを営んでいることがわかる。こ の点に関しては、例えば休日には家族で劇場やコンサートへ足を運び、テムズ 川でピクニックをし、誕生日にはレストランへ出かけ、ホリデーには海辺や大 陸(フランス)へ旅行するなど、シリーズ全体からも読み取れる。Paddington 自身もこの中流階級の家族の一員となるに相応しい出で立ちと態度を要求され ることになる。このような主要登場人物の階級設定は、Winnie-the-Pooh 物語 においても同様である。両作品に見られる安定した穏やかな暮らしが、良くも 悪くも所属階級の経済的豊かさから来ていることは否めない。 Paddington 物語は一般的な幼年文学とは違って、子どもたちが中心となって 展開する物語ではない。「クマ」である Paddington を除くと、実際に出てくる 主要な子どもは Brown 家の子どもたち二人のみであるが、彼らが主導となる 物語展開はほとんどない(実際、彼らは寮生活のため不在のことも多い)。 Paddington の周囲にいるのは、Brown 夫妻、Mrs. Bird、親友の Mr. Gruber、意 地悪な隣人 Mr. Curry と大人ばかりであり、子どもがほとんど登場しない幼年 文学だといえよう。 したがって、この作品を幼年文学たらしめているのは、子ども像として描か れるクマの Paddington の行動である。Paddington が何かに興味を持つと、他の ことが目に入らないほど熱心に取り組み、その結果、知らぬ間に困った事態と なる。以下は、食物に目もくれず自分のアイデアに没頭する Paddington とそ れを心配する Mrs. Brown とのやりとりである。

…Eventually, refusing Mr Gruber’s offer of a second cup of cocoa, he slipped down off the chair and began making his way home. He raised his hat automatically whenever anyone said good-day to him, but there was a far-away

(5)

expression in his eyes. Even the smell of buns from the bakery passed unheeded. Paddington had an idea…“I’m just thinking.”

…“I don’t mind him just thinking,” said Mrs Brown, with a worried expression on her face. “It’s when he actually thinks of something that the trouble starts.”

A Bear Called Paddington 88-89)

Paddington の突飛な思いつきと行動力は、彼の好奇心、冒険心、探求心、想像 力に溢れた性格から生み出される。自分の世界に入り込み、脇目もふらず夢中 になる態度は子どもによく見られるものであり、その熱心さは時に周囲を心配 させる。Paddington の場合は大抵大きな騒動につながるわけであるから尚更で ある。けれども、大人たちにとって Paddington の純粋な好奇心と一途な行動 力 は 微 笑 ま し く、 そ れ ゆ え 彼 ら に 愛 さ れ る と い う 構 造 に な っ て い る。 Paddington 物語における大人は、「子どもの環境を整えてかれらを見守るにと どまり、子ども自身がものや第三者と出会うことによって、社会的に生きてい く こ と を 自 ら 学 ぶ … と い う 児 童 観 な い し は 教 育 観 」( 谷 本 138) の 下、 Paddington= 子どもの気持ちや意志を尊重するのである。彼らは Paddington が どれだけ失敗を重ねても彼の新たな挑戦を妨害したりはしない。 Paddington のしでかす多くの失敗は一つの事柄に真面目に取り組んだ結果で あ り、 彼 の 真 剣 さ と 騒 動 と の ギ ャ ッ プ が 笑 い を 誘 う。 先 の 例 に お い て Paddington が没頭したのは、古い絵画には絵の下にさらに別の絵が隠れている ことがあると Mr. Gruber に聞いたことから、展覧会に出品しようとしていた Mr. Brown の絵を絵の具落としで落としてみるという技である。

…Paddington was in a mess. Things hadn’t gone at all according to plan. …To start with, even though he’d used almost half a bottle of Mr Brown’s paint remover, the picture had only come off in patches. Secondly, and what was even worse, where it had come off there was nothing underneath.…Holding a palette in his left paw, he squeezed some red paint on to it and then splodged it about with the brush.… Even Paddington was startled when he finally stepped back to examine it. Of the original picture there was no trace at all. Rather sadly he put the tubes of paint back into the box… (A Bear Called Paddington 90-91)

(6)

絵の下に別の絵があるはずもなく、消えた絵の部分に仕方なく自分で絵を描く。 しかし、自分でも悲しくなるほどに失敗してしまうわけである。熱中した時の 真剣さと失敗した時の落胆具合が対照的に強調される。

Paddington の無知ゆえに起こる失敗は、Winnie-the-Pooh における Pooh の失 敗と同様、子ども読者の優越感をくすぐる。例えば、食べ過ぎてウサギの穴に 詰まって出られなくなった Pooh が友人たちの助けを借りて無事救出される場 面である。

And Christopher Robin and Rabbit and all Rabbit’s friends and relations went head-over-heels backwards…and on the top of them came Winnie-the-Pooh― free!

So, with a nod of thanks to his friends, he went on with his walk through the forest, humming proudly to himself. But, Christopher Robin looked after him lovingly, and said to himself, “Silly old Bear!” (Winnie-the-Pooh 31)

助けられた Pooh がおかしくも誇らしげに立ち去るなか、Christopher Robin は “Silly old Bear!”と愛情をこめてつぶやく。子ども読者は、Pooh の愚かな失敗 と、それを失敗とも気づかない Pooh の様子を、Christopher Robin と同じ視点 で少し上から見守ることになる。Paddington の場合は、窮地を救ってくれる Christopher Robin の存在がない代わりに、偶然の重なりによってすべて丸く収 まる結末が用意されている。どちらの場合も、無知なことからくる登場人物の 愛らしさという幼年文学の魅力に溢れており、子ども読者を惹きつける要因と なっている。 Paddington のユニークな点は、子どもらしくひたむきに好きなことに取組み はするが、欲求のまま無秩序に行動するのではなく、独自の信念を持って論理 的に行動する点である。疑問や発見、挑戦したいことがあれば、それについて 思案し、必要であれば Mr. Gruber に相談し、その上で行動に移す。その慎重さ は単なるクマの服を着た幼い子どもの様相ではなく、思慮深い大人のようにも 見える。 彼に関わる大人たちは、このような Paddington を心から愛する。彼の失敗 に憤慨せず、暖かく見守っていることは先に述べたとおりである。子どもがあ

(7)

まり登場しない代わりに、魅力的な大人が描かれるわけである。Paddington 駅 で出会うとすぐに一緒に暮らすことにしてくれた Brown 夫妻は、保護者的立 場であるにも関わらず、Paddington の行動をむやみに禁じたり命令したりする ことなく、常に寛容さをもって Paddington に接する。Paddington の振る舞いに 目を光らせて文句を並べたてる隣人 Mr. Curry でさえ、その誇張された逆上具 合が憤慨する大人のパロディにも感じられ、ユーモラスである。

さらに、Paddington の“great friend”である Mr. Gruber は、Paddington が最 も心を許せる人物であろう。彼はハンガリーからの移民であり、南アメリカで 子ども時代を過ごしたという背景において、Paddington と共通点を持つ。彼は Paddington を“Mr. Brown”と呼び、Brown 家の一員として、子どもではなく 一人の大人として対等に接する。また“I’ve enjoyed the little chats we’ve had in the mornings. I look forward to them very much…” (A Bear Called Paddington 152)

と Paddington との交流の喜びについて皆の前で披露し、彼に“a cozy corner, surrounded by books” (More About Paddington 59-60)といった快適な居場所を用

意 し て や り、 時 に は“He(= Mr. Gruber) and Paddington often had a long chat about things in general over their morning cocoa, and Mr. Gruber liked nothing better than to help Paddington with his problems.” (ibid. 58)と、いろいろな問題に直面 し間違った方向に行ってしまいがちな Paddington に冷静で的確なアドバイス をする。彼がどんな面倒を起こそうとも決して非難せず、Brown 家の人々とは また違った場所から Paddington を常に見守っている存在である。大人として 子どもである Paddington を導くのではなく、対等の友人として付き合うこと を心から楽しんでいる点が、この物語を教訓的なものから遠ざけている。 二人の関係を象徴するのが、毎日の日課である“elevenses”の時間である。 イギリス人が三度の食事に加えて一日に何度も紅茶を楽しむ習慣があることは 周知のことだが、“elevenses”とは午前中の休憩時間に飲むお茶のことで、 “mid-morning tea”とも呼ばれる。11時頃飲むことが多いため「11時のお茶」 と呼ばれ、ビスケットなどの軽いものを食べることもある。 Paddington の“elevenses”の一例は以下のとおりである。

Mr Gruber usually had a bun and a cup of cocoa in the morning for what he called his ‘elevenses’, and he had taken to sharing it with Paddington. “There’s

(8)

nothing like a nice chat over a bun and a cup of cocoa,” he used to say, and Paddington, who liked all three, agreed with him—even though the cocoa did make his whiskers go a funny colour.”(A Bear Called Paddington 83-84) ここでの“bun”とは「丸形の小さいパン状のケーキで柔らかい。カレント (current)、サルタナ(saltana)、レーズン(raisin)などの干しぶどう(dried

fruit)やシナモン(cinnamon)などの香味料入りで、甘味を含む」(三谷 198) ものであり、物語冒頭で Paddington が Brown 夫妻と初めて会い、駅の食堂 (buffet)で食べるのもこれである。二人がこの甘いパンと一緒に飲むのは “cocoa”である。cocoa もしくは hot chocolate は17世紀イギリスの coffee house ですでに見られるが、Victoria 時代には“the diet of children should be a breakfast, with cocoa, milk, macaroni, porridge, or eggs; a dinner of meat, vegetables, and pudding; a substantial supper, like the breakfast, with cocoa or milk.” (Broomfield, 47)とあり、栄養の点からも子どもに相応しい食物とされる。tea ではなく cocoa が選ばれているのは、子どもとしての Paddington への配慮であり、Mr. Gruber との時間が他の人々との「ティ」の時間とは違うことを示すものであ ろう。二人の親しい交わりが毎日の“elevenses”を中心に展開されており、こ のひとときが Paddington にとって必要不可欠な、心の支えとなっていること は言うまでもない。 愛すべき子どもらしさを備えた Paddington と彼を支える大人たちが、大騒 動を物ともしない平和で穏やかな世界を作り出している。More About Padding-ton の結末における、“I don’t care what he looks like…so long as he stays that way. The place wouldn’t be the same without him.”(127) という Mrs. Brown の言葉か らは、Paddington が一家にとってかけがえのない一員であることが窺える。さ らに、Paddington が安定した居場所を確保したことを表す、以下の言葉で物語 は閉じられる。

“To-morrow was another day—and he felt quite sure he would have some more adventures…It was warm and comfortable and he sighed contentedly as he closed his eyes. It was nice being a bear. Especially a bear called Paddington.” (ibid. 127-128)

(9)

この結末は、今後も居心地の良い環境と人間関係のなかで暮らしていくであろ う Paddington を示すと共に、Paddington 物語シリーズ全体に漂う安心感や Brown 一家への信頼を象徴している。 ここまで幼年文学としての Paddington の行動や彼を見守る大人たちについ て考察してきたが、次章では、騒動に満ちた Paddington のイギリスでの暮ら しを、前述の“elevenses”で見られるような「食」という観点から分析し、 Paddington に欠かせない“marmalade”の意味を探りたい。

II

Paddington 物語でさらに注目すべき点は、常に「食物」が絡んでくることで ある。児童文学では「食」が重要な役割を果たす物語は珍しいものではないが、 この物語においては、エピソードの多くが「食」で始まり「食」で終わると 言っても過言ではない。また同時に、本作品の背景となる Englishness が「食」 によって表される。その顕著な例を挙げていきたい。

A Bear Called Paddington における Brown 夫妻と Paddington の出会いの場面

では、早速食物が話題となる。Paddington はスーツケースからほとんど空に なった瓶を取り出し、“I ate marmalade, …Bears like marmalade. And I lived in a lifeboat.” (11)と打ち明ける。“marmalade”が彼にとっての命綱であり、生き るために必要不可欠なものであることを宣言しているわけだが、marmalade は この後もあらゆる場面でのキーとして使われる。夫妻が Paddington と一緒に 暮 ら す こ と を 提 案 す る 際 に も、“you can have marmalade for breakfast every morning” (12)と marmalade を用いて誘うと、Paddington は“Every morning?...I only had it on special occasions at home. Marmalade’s very expensive in Darkest Peru.” (12-13)と大変驚きながら喜び、これからのイギリスでの幸せな日々を marmalade が暗示している。また、故郷ペルーを“Darkest”と表現することに より、イギリスでの明るく楽しい生活への期待が強調される。 

Paddington が夫妻と出会った直後、イギリスで最初に起こす騒ぎは、前章で 挙げた駅の食堂で起こる。長旅で空腹の Paddington の前に、“two steaming cups of tea”と“a plate piled high with cakes”が置かれると、彼はすぐさまテーブル

(10)

に上り、大きな“bun”をつかんで食べ始める。 非常に大きくべとべとした菓 子パンのせいで、 “He(=Paddington)’s covered all over with cream and jam.” (17) となり、さらにはお茶の入った受け皿の中へ尻餅をつき、熱いお茶から飛び上 がると、今度は Mr. Brown のティカップの中に足を突っ込むという大騒ぎとな る。全身が汚れたクマはタクシーの運転手との揉め事をも引き起こし、騒ぎは Brown 家に初めて到着するときまで続くのである。 Paddington にとって Brown 夫妻との最初の体験が「ティ」の習慣であり、 ティで出される典型的な食物である紅茶とケーキ、菓子パンとの格闘であった。 このことは、これからの Paddington がイギリス生活のなかにどっぷり浸かっ ていくことと、そのなかで起こす数々のトラブルを示唆する。しかしながら無 事に Brown 家に到着すると、家政婦の Mrs. Bird にも受け入れられ、お風呂で すっかり汚れを落とすと、新しい家族に見守られ “he was warm and the world seemed such a nice place.” (42)と、新天地での好スタートを切る。このように 「食物」と共に一日もしくはひとつの事件が始まり、結果として無事に収束す

る物語パターンが以後繰り返されることとなる。

第三章の始まりは朝食である。概して食事の評判が悪いとされるイギリスに おいて、朝食といえば、「美味」な食事の代表とされるものである。この場合 の朝食は“Full English Breakfast”と呼ばれるもので、Victoria 時代の中流階級 の人々に好まれたのを始まりとする4。Victoria 時代における典型的なメニュー

は、“at least one hot dish of meat and / or eggs, often along with a tureen of porridge, a stack of toast, and an array of cold foods to tempt more dainty appetites”(Broomfield 35)、もしくは“trinity of eggs, bacon, and sausage, accompanied with an assortment of breads and various cold dishes” (ibid. 21)等が挙げられる。現代においては “fried bacon and eggs, or sausage and bacon, or boiled or scrambled eggs, or haddock,

or kippers, preceded by porridge or cereal, was completed with toast or bread and marmalade”(Wilson 91)とされ、品数も多く、朝食は一日のうちで最も重要 な食事として位置づけられた。特に“meat”は高価であったため、朝食のなか でも肉類を使う“hot dish”はその家のステイタスを示すものとして重要視さ れた5

この日、Paddington が朝食の匂いと共に目を覚ますと、特別にベッドへ朝食 が 運 ば れ て き た。“you’re a very privileged person to have breakfast in bed on a

(11)

weekday!”(A Bear Called Paddington 45) と い う Mrs. Bird の 言 葉 ど お り、

“breakfast in bed”とは特別な朝を示すことが多く、彼がイギリスで迎える最初 の朝に適した設定である。この朝食は“half a grapefruit in a bowl, a plate of bacon and eggs, some toast, and a whole pot of marmalade, not to mention a large cup of tea”(45)とたっぷりした Full English Breakfast であり、これは Paddington が Brown 家に好意を持って受け入れられたこと、またこの地でのこれからの 豊かな日々を暗示している。

満たされた気持ちで一日の始まりを迎えた Paddington だが、ベッドで朝食 を食べるという行為は容易ではなく、案の定すべての料理を皿の上で混ぜ合わ せた挙げ句、“the stickiest bear imaginable”(47)という、再び Brown 家への到 着時と同じ状態になる。これは今後シリーズを通してお馴染みとなる、「食」 に絡んだ騒動の始まりである。朝食を終えると、残した bacon をスーツケース に入れて Brown 家の人々と外出し(当然 bacon の匂いを周囲に振りまく)、そ れが原因で犬に追いかけられ、地下鉄では緊急ボタンを押して大騒ぎとなり、 デパートではショーウィンドウの中に入り込んで飾ってあった缶詰などをひっ くり返す。怒られるかと思いきや、多くの見物人でデパートは大入りとなった 結果、支配人に感謝され、お礼に marmalade を進呈されるというハッピーエン ドとなる。つまり、このエピソードは第三章の朝食で始まり、食物に関連した 騒動に終始し、第四章の最後に大好物の marmalade を手に入れて終わるという、 第一、二章と同様の「食」に始まって「食」に終わる構造である。 さらに第六章では、家族で芝居見物に出かけ(Paddington もすっかり家族の 一員となっている)、劇場の席に着くやいなや、常に密かに携帯している marmalade sandwich を 2 階席から下に落として騒ぎを起こす。

また、シリーズ第二巻のMore About Paddington 第五章では、Paddington が風

邪をひいて寝込む。三日目の朝、Paddington の回復を家族に知らせる Mrs. Bird の言葉が“He’s sitting up in bed asking for a marmalade sandwich!” (91, 斜字体筆 者、以下続く 2 箇所の引用においても同様)であった。それに対する、Mrs. Brown の安堵は“I never knew hearing the word marmalade could make me feel so happy.”(91) と 表 さ れ、Paddington は“I think I’d better have two marmalade sandwiches—just to make sure.”(92)と彼自身の言葉で健康と食欲の回復を伝 える。やはり marmalade が Paddington の状態を示す尺度であり、彼自身を表象

(12)

する食物であることがわかる。 このように、Paddington に関するほぼすべてのエピソードが主に marmala- de と関わりながら展開しているといえるわけだが、ここで marmalade がいか にしてイギリス人の食事として定着したのかについて述べておくこととする。 “marmalade” とは、一般的に「オレンジや他の柑橘類の果物の果肉及び皮で 作ったジャム。普段朝食時にバター付きパン、ロールパン、トーストなどにぬ る」(ルーム 243)ものである。イギリスにおいてその歴史は古く、イギリス 人の国民食ともいえるが、そもそも誰が marmalade を発明したかという点に関 しては諸説みられる6。古くは1495年 3 月10日にポルトガルからロンドンの港 へ渡ってきたとされ、16世紀末のイギリスにおける marmalade の調理法の記録 も残っている(Wilson 11-17)。当時は、現在のように orange を使って作られ るものではなく、“home-grown quinces”(マルメロ)を乾燥させたものと輸入 された砂糖を用いて作られ、rosewater や musk で香り付けされた「果物の砂糖 漬け」のことであり、デザートとして食されていた。17世紀になると、“fruits were boiled soft and then reboiled with sugar” (ibid. 44)という方法で作られた、 ジェリー状の“conserves”(果物のジャム風味砂糖姿煮)へと変化し、用いら れる国内産の果物も quinces 以外に plums、wardens(西洋梨)、pears、apples、 medlars(西洋カリン)、services(ナナカマド)、strawberries、peaches、apricots 等々、多様化している。 その後、スペインやイタリアから輸入された orange を用いて marmalade が 作られるようになる。その際使われたのは、苦みの強い“Seville orange”であ り、今日 marmalade に bitter orange を用いる習慣はこの頃生まれた。また、現 代において好みの分かれるところである、orange peel の形状(shreds or chips) の違いも当時から見られる。つまり、現在の orange marmalade の先駆けが17世 紀にすでに現れていたわけである。その後、18世紀スコットランドにおける朝 食の変容が影響を与えた結果、marmalade はデザートとしてではなく、朝食時 トーストに塗って食されるようになる。orange の皮と砂糖が冷たい朝の胃を温 める効用があるとされたことや、朝食に紅茶が飲まれ、butter や honey、 marmalade を一緒に取るのがよいとされたことも一因である。朝食の一角を占 めるようになった marmalade はイギリス人の間に普及し、その市場も大きなも のとなり、イギリス人の国民食となるまでに成長した。甘味、苦味、酸味の好

(13)

みもさまざまで、各家庭の味も見られる。 本作品において、イギリスの代表的な食物である marmalade がペルーから来 た Paddington の象徴として描かれるということは、彼をイギリス人として、 もしくはイギリスに来るべくして来た人物という印象を持たせる点において最 適の食材となっている。さらにいえば、marmalade は他国から渡ってきてイギ リスに根付いた食物という意味で、異国から来てイギリスの生活に順応する人 物としての Paddington という観点が窺える。Paddington にとって、marmalade および marmalade sandwich は、日々の食事として、また緊急時の食物として必 要不可欠なものであり、常に携帯することで安心できる心の拠り所である。

再び Winnie-the-Pooh 物語と比較すると、Paddington の marmalade に当たる ものが、Pooh の大好物の honey である。Pooh にとって食べることは人生の目 的かつ喜びであり、なかでも honey を食べる時間は最も魅力的で重要な時間で ある。それは、以下の Piglet とのやりとりに顕著に表れている。

“When you wake up in the morning, Pooh,” said Piglet at last, “what’s the first thing you say to yourself ?”

“What’s for breakfast ?” said Pooh. “What do you say, Piglet ?” “I say, I wonder what’s going to happen exciting to-day ?” said Piglet.

Pooh nodded thoughtfully.

“It’s the same thing,” he said. (Winnie-the-Pooh 156-57)

Pooh は朝一番に“What’s for breakfast?”と考えるわけだが、それはほとんどの 場合 honey である。したがって、一日の始まりであり、その一日にまず期待す る “exciting”なことがすなわち honey なのである。

さらに、Pooh の物語における最初のエピソードが、Pooh が蜂の巣から honey を手に入れようとする冒険であることや、Pooh 独特の論理“the only reason for being a bee that I know of is making honey…And the only reason for making honey is so as I can eat it.”(ibid. 4)からも、Pooh にとっての honey の重 要性が窺える。

また、honey は上記のような Pooh の冒険の目的であるだけでなく、冒険の 手段(honey で Heffalump をおびき寄せる)や結末(自分で置いた honey-jar の

(14)

せいで Pooh 自身が穴に落ちる)ともなる。Pooh から友人 Eeyore への贈り物 として、また友人とのお茶の時間の一口(a little smackerel7 of something)とし

て、人間関係を深めるためにも用いられる。日々の食事としての必需品である だけでなく、Pooh にとって生きていくために何よりも大切なものであること は、洪水に襲われて避難する以下の場面から明らかである。

“This is Serious,” said Pooh. “I must have an Escape.”

So he took his largest pot of honey and escaped with it to a broad branch of his tree, well above the water, and then he climbed down again and escaped with another pot … and when the whole Escape was finished, there was Pooh sitting on his branch, dangling his legs, and there, beside him, were ten pots of honey….

(ibid. 132-33) honey は彼の所持品のなかで最も重要なものだからこそ、それだけを持って避 難するわけである。ほかにも、honey は Pooh にとって日々の誘惑や夢見心地 の時間を表すなど、さまざまな役割を果たす。Paddington の marmalade と同様 に、Pooh 物語各エピソードにおいて不可欠なものとなっている8

III

Paddington と marmalade のつながりをさらに考えてみると、Paddington は外 出する時でさえ marmalade sandwich を求め、常にスーツケースに入れて持ち歩 くほどであり、これは彼が移民であることを思い起こさせずにいられない。ペ ルーから密航の末やっとイギリスに辿り着いた Paddington は、まだ安住の地 を見つけていないのではないか。Brown 家に居候させてもらっているものの、 またいつ居場所が変わることになるかわからないという不安が意識下にあるた め、食物を常備してしまうのだともいえる。すると、marmalade は移民である Paddington の単なる好物であるだけではない、重要な意味を帯びたものとなる。

このように考えると、marmalade 好きのクマ Paddington と honey 好きのクマ Pooh という、一見類似したように見える二つのクマの物語が、根底で異なる

(15)

要素を持っていることに気づく。Winnie-the-Pooh の物語は、その構造からも わかるとおり、父が息子のために語り見守る物語である。語り手である父親と 息子との会話で物語が始まることから、Pooh の世界には家族の絆という土台 が据えられ、それゆえ Pooh も Christopher Robin も、何をしても許されるとい う絶対的な安心感のなかで遊び、心おきなく行動する。一方、Paddington は親 切な人々に囲まれ、Brown 一家と共に暮らしてはいるが、彼らはあくまで他人 であり、Paddington は異国から来た移民である。彼らの優しさが心からのもの であることは明白だが、両者のなかに何らかの遠慮があることは否定できない。 Pooh が「ぼくの」(家族である Christopher Robin の)クマであるとするならば、 やはり Paddington は誰のものでもない、「居候の」クマなのである。

Brown 一家との出会いの場面において、“I haven’t really got a name…. Only a Peruvian one which no one can understand.” (A Bear Called Paddington 13) と、

Paddington は名前を明かさない。これは自分自身が何者であるかを伝えようと せず、理解してもらえるとも思っていないことを示す。そして、新たに Paddington という名前をもらい、新しい自分、「イギリスのクマ Paddington」 として生きていくことに決めるのである。毎朝大好物の marmalade を用意して くれるという Brown 夫妻の申し出にも、“Will it cost very much ?...I haven’t very much money.” (ibid. 13)と遠慮する。Brown 家に行っても、“I’m sure I shall like her(=Mrs. Bird)…. But will she like me?” (ibid. 24)と新しく暮らすことにな る家で、自分が気に入ってもらえるかどうかを非常に気にしている。また、以 下の場面では、他人の反応を窺う知恵を備えた Paddington の様相が見える。

He put the suitcase guiltily behind himself and sniffed. He had several expressions which he kept for emergencies. There was his thoughtful expression, when he stared into space and rested his chin on a paw. Then there was his innocent one which wasn’t really an expression at all. He decided to use this one.

(ibid. 49) 見知らぬ人々の間で一人で生きて行くためには、窮地を切り抜けるため、本心 を悟られないようにするための表情作りが必要なのである。

(16)

PADDINGTON SOON SETTLED down and became one of the family. In fact, in no time at all it was difficult to imagine what life had been like without him. He made himself useful about the house and the days passed quickly. (ibid. 81) 家族の一員として快適に暮らしているのは明らかなのだが、“He made himself useful about the house”という表現からは、一家の子どもとして奔放に思うがま まに過ごしているというよりは、お世話になっている一家の役に立たなければ ならないという気負いと遠慮が垣間見える。 以上のように分析を進めると、Paddington 物語はやはり、異国の地でクマが 一人で生き抜く物語になっていることは明確であり、物語の明るい展開の中に クマの緊張感や孤独が感じられるのである。Paddington にとっての marmalade とは、Paddington の個性や友人との絆、さらにはイギリスでの幸福な生活を示 すものである。しかしながら、そのような明るさを示す反面、一人で生き抜こ うとする一人のクマ(子ども)の命綱であり、何をおいても常に共になければ ならない、共にあることで他人の中で緊張を緩め、安心できるお守りのような 存在ともなっている。彼が“Darkest Peru”から運び、イギリスで暮らし始め てさえ marmalade を入れて常に持ち歩くスーツケースが、その象徴的なものと なっていることは間違いない。

Notes

1  読み物のなかには、これら以外に BBC の TV シリーズのために書かれた 作品集Paddington on Screen (1981, 初出 Blue Peter Annuals, 1973-1979。なお、

“Blue Peter”とは BBC の人気子ども長寿番組である)もある。また、第 10作の Paddington Takes the Test (1979)から第11作の Paddington Here and

Now (2008)までの間にはかなりの年月が経っているが、その間にも

Paddington の絵本シリーズは随時刊行されている。

2  Winnie-the-Pooh に お け る Pooh の ぬ い ぐ る み は、1921年 に 両 親 か ら Christopher Robin への 1 歳のバースデープレゼントとして、London の Harrods デパートで購入されたものである。

(17)

3  林清「ウィニー・ザ・プーとパディントン・ベア—20世紀イギリス児童文 学における 2 匹のクマ」『Otsuma review 44』(大妻女子大学、2011、109-118頁)、藤村純子「『くまのパディントン』の魅力」『児童文化 39』(東海 児童文化協会、2007-12、90-92頁)等、幼年文学としての Paddington 物語 に言及された論など多少は見られる。 4  18世紀には Continental Breakfast と呼ばれる軽い朝食が好まれた。これは English Breakfast に対して、フランスなどヨーロッパ主要国において典型 的な朝食を指す。オレンジなどのフルーツジュースやシリアル、クロワッ サン、トーストにバターやマーマレードやジャム、それにコーヒーといっ たもので、卵や肉料理はつかないのが通例。 5  朝食に出す肉の量は屋敷の懐具合に寄っており、大邸宅では三種類の冷た い料理(例えば猟鳥(獣)パイ、牛のモモ肉、ハム)のうちいずれかと、 ホットミートとして腎臓、ベーコン、羊肉の薄い切り身などが出された (デイヴィーズ 158)。 6  スコットランド女王 Mary の船酔いを治すために医者によって作られたと い う 説 や、Janet Keiller が18世 紀 に ス コ ッ ト ラ ン ド で 初 め て orange marmalade を作り、その後彼女の夫と息子が marmalade 製造会社を設立し たという説などがある。

7  “smackerel”とは Milne の造語だと思われる。Piglet が Pooh の家を訪れた 場面で、Pooh は“Nearly eleven o’clock,”と幸せそうに言った後で、“You're just in time for a little smackerel of something,”と言うと、顔を食器戸棚へ向 ける。この文脈から考えて、“smackerel”とは「少量の食べ物、ちょっと 一口」という意味だと考えられている。なお、 “smack”とは「味、風味」 「(唇を)パクパクさせる(おいしいものを食べる時などの表現)」 を意味 する。 8  Winnie-the-Pooh 物語におけるハチミツについては、拙論「児童文学にお ける「家」の力―イギリス児童文学に描かれた「家」の研究―」(2008、 31-33頁)に詳しい。

(18)

Bibliography

〈使用テキスト〉

Bond, Michael, A Bear Called Paddington. London: Collins, 1981 (first published in 1958).

--, More About Paddington. London: Collins, 1983 (first published in 1959). --, Paddington Helps Out. London: Collins, 1983 (first published in 1960). --, Paddington Abroad. London: Collins, 1981 (first published in 1961). --, Paddington At Large. London: Collins, 1979 (first published in 1962).

--, Paddington Marches On. London: Harper Collins, 1998 (first published in 1964). --, Paddington At Work. London: Collins, 1981 (first published in 1966).

--, Paddington Goes to Town. London: Collins, 1981 (first published in 1968). --, Paddington Takes the Air. London: Collins, 1979 (first published in 1970). --, Paddington on Top. London: Collins, 1981 (first published in 1974).

--, Paddington Takes the Test. London: Harper Collins, 1999 (first published in 1979). --, Paddington Here and Now. London: Harper Collins, 2009 (first published in 2008). --, Paddington Races Ahead. London: Harper Collins, 2012.

Milne, A. A., Winnie-the-Pooh. London: Methuen, 1973 (first published in 1926). --, The House at Pooh Corner. London: Methuen, 1974 (first published in 1928). 〈参考文献〉

Bond, Michael, “Jumping in at the Deep End: On Writing for Children.” Horn Book

Magazine 56, no. 3. Boston: The Horn Book Inc., 1980, pp. 335-59.

--, Bears & Forebears—A Life So Far. London: Harper Collins, 1996, pp. 153-57. --, Paddington My Book of Marmalade. London: Harper Collins, 2008.

Broomfield, Andrea, Food and Cooking in Victorian England. Westport: Praeger, 2007, pp.21-35.

Commire, Anne, ed., Something about the Author Vol. 58. Detroit: Gale Research, 1990, pp. 14-29.

(19)

1-19.

Pendergast, Sara, Pendergast, Tom edited., St. James Guide to Children’s Writers. New York: St. James Press, 1999, p. 133.

Sarkissian, Adele, edited., Something about the Author Autobiography Series Vol. 3. Detroit: Gale Research, 1987, pp. 15-29.

Vang, Maikue, edited., Something about the Author Vol. 157. Detroit: Thomson Gale, 2005, pp. 14-20.

Wilson, C. Anne, The Book of Marmalade. Revised Edition, Devon: Prospect Books, 1999 (originally published by Constable & Co. Ltd., in 1985), p. 11, p. 91. 谷本誠剛『子どもの本研究叢書 児童文学キーワード』中教出版、1987、138頁。 デイヴィーズ、ジェニファー『英国ヴィクトリア朝のキッチン』白井義昭訳、 彩流社、1998. 三谷康之『イギリス紅茶事典―文学にみる食文化』日外アソシエーツ、2002、 87-89頁、198-200頁。 ルーム、エイドリアン『英国を知る辞典』渡辺時夫監訳、研究社、1988、243 頁。

参照

関連したドキュメント

うのも、それは現物を直接に示すことによってしか説明できないタイプの概念である上に、その現物というのが、

ところで、モノ、ヒト、カネの境界を越え た自由な往来は、地球上の各地域の関係性に

共通点が多い 2 。そのようなことを考えあわせ ると、リードの因果論は結局、・ヒュームの因果

このような情念の側面を取り扱わないことには それなりの理由がある。しかし、リードもまた

自閉症の人達は、「~かもしれ ない 」という予測を立てて行動 することが難しく、これから起 こる事も予測出来ず 不安で混乱

 映画「Time Sick」は主人公の高校生ら が、子どものころに比べ、時間があっという間

子どもたちが自由に遊ぶことのでき るエリア。UNOICHIを通して、大人 だけでなく子どもにも宇野港の魅力

★代 代表 表者 者か から らの のメ メッ ッセ セー ージ ジ 子どもたちと共に学ぶ時間を共有し、.