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日本佛教學協會年報 第14号 005西 義雄「印度佛教史上に於ける見道論の展開――さとりの内容に關する論述の史的變遷――」

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仰の内容に闘する論越の史的接選

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一 、 序 言 =、設一一切有部宗の見選論 一一一、原始終典及び部汲時代に於ける見遣持に現観論 図、特に大衆部系の主張 五、初期大衆経論に於ける見遊説、附、修行道地蜘悼の詑 六、論伽行汲に於ける見遊貌 ハ イ U 大乗挺殿経論の説 ハハ︶大乗阿見蓬腐雑集論の説 ハホ︶坐繍三昧終に於ける見遊説 七、見選論の中心を貰︿もの

ハ ロ 一 U 構大衆論に於ける詑 ?乙成唯識論に於ける見泣論

悉撞多は菩提樹下に於て大悟して悌陀如来とたり無上正等魔者 ︵ 自 己 許 可 凶

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となった。悌陀

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は恒に諸の比丘に野して、﹁比丘等よ、予は賓に如理に作意し如理に

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勤して無上の解股を龍得し、無上の解股 b L 躍 現した。汝等も亦、如理に作意し如理に正勤して無上の解股を詮得し、無上の解股を瞳現するだらう﹂︵富山吋

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︶と言ひ.亦.悌陀の入減の直前に至り.阿難が最後 の遺誠遺訓を請ふたとき.悌陀は、﹁阿難よ.比丘借伽は予に今夏何を期待するや。予は法を願露と隠密とに分つと とたく設きつくした。従って如来の法には、他の︵異道の︶師がなす如を秘密は存したい。︵

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と言ったとされる。此で見ると伸陀大悟の内容は何等かの形で直弟子の中に倖授され、後世に及んだもの、及び得る も の で あ れ J たに相遺伝い。然しとの大悟の内容は如何なる形態で倖へられたであらうか。従来.経と律との停来は相 官に注目されてゐるが、此貼に関して簡潔に記録すれば、探然大徳の八︵一部綱要の最初に述べてあるが如を耽態ではた かったであらうか。勿論、此外には聖法停承がなかったと言ふのではたい。即ち彼に・ 日く、﹁答‘如来在吠不用典籍、障問依行.取得誇徒、如来滅後始有典籍、停⋮泊以開衆生眼目・・・・子是摩河迦葉、 乗聖法同総玄齢、阿難鋒者持契範而利群生、末町商那、各提義仲田駅婆割多碕彰英腕。伸減百年、約瓶無酌。法匠五 師停持有功・・・・﹂と。一冗束、此僚は如来の大小一架の較文の古今停通の一相献を殺せんとしたものであるから此鮪を考慮 しなければならぬが.此中に言ふ所の訓一葉が玄綱乞糧安﹂盲阿難が契範を持し、末悶・商那が義綱を提げ云云して一器 の水を一器に潟すが如く潟瓶無還と栴されてゐる其聖法の内容は如何たるものであっただらうか。私は設に無上正等

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菩提の畳詮の倖承又は面授と言ふ専を度外観ずべきでないと思ふ。後世、見道修道無闇型選と構するものの内容は亦、 との大悟の師嗣同授の内容乞語言辞別に依って組織化したものでないかと忠ふ。就中、見遣♀

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︶ は 特に有部宗に於ても乃至論伽行訳に於ても偶数の民法真如認得の最も重大たる一一聞を明かにせんとしたものではない かと思ふ。即ち‘後に論明する如く・有部宗でも‘見遣は聖諦現観と稀し‘入正性離生等と栴し、現惑の断であり‘ 智に於ては無掃の聖智を得るのであるし.叉‘初めて凡夫性を拾して聖者位になるのであるが、撒伽行祇等でも虞見 遣の莞詮が虞如の入詮であり現観であり‘断感位であると共に、智に於ても根本無漏なる無分別智の得詮であり、凡 夫より一初めて聖者とたって菩躍の十地中の初地に入詮するととを示すのであり‘特に大乗に於ては、虞の伸子と稽さ れるに至るのである。 故に私は先づ見道論を中心として印度伸敦史上に於ける悌敦修行遣の大綱の展開を出来る丈、著明周知の文献によ って明かにして見たいと思ふのであり.此によって鵜て叉・如来滅後百年以後に於ける一器相偉内容の行衝を捜索す る一の手懸りを得たいと思ったのである。 而も比較的古い時代に、斯る大悟の内容の一面を組織的に且つ詳細に明かにしようとしたのは‘現存の文献に於て は ‘

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其が後世大衆家の批判の如く、保令整問乗悌弟子の限定的見解に堕したとしても 1 1 1 大智度論等の記述から 見てもやはり設一切有部宗の大毘婆沙論であらうと思ふので‘先づ大見婆沙論に於ける見遣論の記述を倶舎論の解樺 を補として出来る丈詳紬に見て、最も古き時代教界の事徒聞に問題とされた三乗道に於ける悟詮の内容の関係範園即 ちアウトラインを把握し‘此観貼から、上は原始時代を説、下って部祇悌穀時代、大一飛伸教初期時代、市伽行祇時代 へと其流の中心を見て行き度いと忠ふのである。 勿論、此は一の試案であるから.その完成比援の研院に特たおばたらたいととをあ断りして置く。

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二 、 話 一 切 有 部 宗 の 見 道 論 有部宗に於ける見論遣を述ぷるに先立って、先づ注意して置きたいととは、以下の論述は特に婆沙陀於ては比外の 異見も有設又は諸の愈者大徳等の設として存するが、此に拘はるととなく主として有部宗の五義に謀る、婆沙の所謂 評家の立場在中心としたものであるととである。 婆沙・倶舎等に明す見遣の教理上の地位は、部ち有部宗による働法修行遣の一位である。修行者は、身心還離と少 欲喜足と四聖種伝聞申修して身器清時げとなりて後に、先づ五停心を初位とする一一一賢を墜し四善根を修して、四善根中最 後の世第一法の無聞に無漏慧左起すのが.見遣に入る事なあるとされてゐる。従て見道以前は凡夫即ち異生位である が‘随信行随法行者たる此見道位からは聖者となり、見遣から修道、無畢道と準修して修行の温程を完成すると言ふ のが有部の漸修修行の大要である。 以下有部宗陀於ける見道の内容を網目的に列血申して見ょう。 見遣では︵第一︶八忍八智の十六心を修すと稀されるが、厳密には八忍七智︵謹類智は修道初位とするから此を除 ︿︶の十五心を見遣とする。忍は忍可で無間遣を指し‘智は決定で、解脱遣である。 ︵第二︶故に見道は修行の位であると共に、無漏の忍智の修得であるが、此見謹位の八忍八智は無漏の慧︵宮一

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﹀ を悼とするのである。此十六心を亦、聖諦現翻︵ m

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︶とも有部では稿する。 ︵第三︶﹁との慧は行相にして亦是は能行にも所行にも誼守﹂と稿せられるハ婆沙谷七十九、倶合品位二六︶。法に於て簡 揮あるを行相と名け、能く境を取るを能行と名け‘他の所縁となる即ち他の境界となるを所行と稽するが.忍智の行 相は自相と共相とを取る。就中、共相となるのは、見詰以後の無漏慧吃は、即ち無漏の十六行相である。

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︵ 第 四 ︶ 無 耐 の 十 六 行 相 は 即 ち 忠 二 一 摩 地 、 無 願 三 摩 地 、 無 相 一 二 摩 地 の 二 二 二 昧 に 外 な ら ぬ 。 詐 一 一 一 摩 地 は 苦 諦 配 線 や る 症 と非我の二行相となり‘無関三陸地は苦 E 討を総やる苦と非常の二行相と、集諦を紘やる集・閃・生・綜の四行相、道 諦を縁守る道・如・行・出の四行相とで十行相とたり、無相三摩地は減諦を紘やる減・静・妙・離の四行相となるか

ら.見誼の忍智の行相は即ち三昧であり定である。此中‘見道と三三陸地と十六行相との闘係に就て‘国ち都民智ハ晶也 九 ︶ 婆 沙 ︵ 品 位 百 九 ︶ に 骨 一 一 一 ふ 。 ﹁陪信行乃至倶解脱.於三三摩地、成就過半山幾、未来携、現在幾。答。随信行於三三摩地、若依注入正性離性苦法 智忍時、過去無、未来二、現在一。苦法智乃至集法智忍時、過去っ未来二、現在一。集法智乃至集類智時、過去 未来二、現在一。減法智忍時、過去二、未来三、現在一。減法智乃至道類智忍時、遁去未来三、現在一。 若依無願入正性離生、苦法相官忍時、過去無、未来二、現在一。苦法相官乃至集類智時、過去っ未来二、現在一。 減法智忍時、過去っ未来一ニ、現在一。減法智乃至誼類智忍時、過去二、未来一ニ、現在一。随法行亦爾﹂ と 一 白 っ て ゐ る 。 以上所引文の中、若し室︵三摩地︶に依りて

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性離生に入れば﹂と言ひ. ﹁ 若 し 無 願 ︵ 一 二 摩 地 ︶ に 依 り て 五 性 離 生 に入れば﹂と言ふのは、四善根中の中忍に於て減縁減行し三十一回目に一行相を留め、とれをこ剃那陀観察し、上忍 位では一行相佐一剃郵に観察するに至る。吏に世第一法に入り、叉叉、一剰那に欲界の苦を一行相一剃那に観じ、そ の無聞に見遣初無漏忍に入り展縛して謹類智忍乞生やるのでるるが‘との中忍位に留むる菅諦下一行相は、人々の機 根に依りて或は苦行相在留むるものもあり或は乃至非我行相を留むるものもるりて、同じくたいに基く。婆抄には此 黙 に 就 て 、 ﹁問、何等栴特伽羅依蜘一入正一性離生、何等締特伽籍船舶僻入正性離生郁。答.若見行者依室入正性離生、若愛行者

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aaa 依無願入五性離生。唯除窓口薩、雄是愛行者而依室入疋性離生。 叉、見行者復有二種‘著我見者依非我行相入正性離生、著我所見者依空行相入正性離生。諸愛行者亦有二種、我慢 増者依非常行相入正性離生、慨怠崎唱者依苦行相入正性離生。 復弐若利根者多依塁入正性離生。若鈍根者多依無願入正性離生。如利根鈍根乃至開智設智鴎知亦爾︵婆沙倉一

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九 大正二八、五六四頁上︶ と言ってゐる。此に国 h u て之乞見れば、︵第五︶忍智の可能的作用としては六十四行相とたり得るが、賓際上現在生起 するものは室か無願か無相かの三摩地の中の一行相であって、然も忍も智も一剃那であるから十六心十六割那で苦法 智忍位より遺類智︵修道の初利那︶に至る。故に見詰は結局十五心十五剃那であり、坦去修未来修叉は得修を考慮し たければ、現修としては十五行相十五剃那と言ふとととたるのである。故に、婆沙第百三十一審︵大正二七、六七九 ︵第六︶見遣十五心は正しく室・無願・無相の三三摩地をその本質内容とする事が 明である。三摩地︵由自民邑冨︶が定なるは言ふ迄もないから、見遣の無漏慧は智見たる譲︵買と

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︶であると共に定 ﹁見遁位中には具心無し﹂とを述ぺうるのである。 以上の引文の明示するが如く、 頁中 ︶ に 、 径三摩地在内容とするから、 である。従てとの見遣を経験し詮得した聖者の無耐智慧たる背集減道の法智・類智は

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! ? 婆 沙 傘 第 百 四 に よ る に

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一切の釘境に封してとの三陸地の近封治なる我と我所との執活がある筈がなく我見も我 所見も劃治して無我‘日間我所と十室観なる内室、外生、内外昼、有話室、無得室、無謹際空、本性室、無所行室、勝 義 室 、 定 − K 等の定観の筒揮が修得さるべきであり‘無間三摩地を内存とするから.期心して一一一有印ち欲有・色有・無 色有の法在願はや、期心して五組の法や過去・未来・現布の三世有為の法を闘は歩、期心して衆苦を引起する一切の 法 を 願 は や ノ 、 ま た 聖 遣 は 有 に 依 る も の で あ っ て 一 一 一 有 ・ 五 趨 ・ = 一 枇 ・ 衆 苦 と 興 に 展 輔 相 組 問 す る も の な る が 故 に 、 期 心 し

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てはと門型道をずら閣はない。 い は w h 皐定、無所件心に住すぺきなある。叉、無相三摩地佐内容とするから、 と の 一 一 一 摩地の所縁たる色・聾・香・味・燭の五欲境及び女と男との相と生・住・減の有詩の三相等を離脱し、叉、五識の相 も過去・未来・現在の三世法の相も‘前後中等の差別相や、上・中・下等の高下の不平等相在も凡 ζ 離脱して・無相 に徹比して居るべき筈である。 ︵第七︶との見道の鞭たる翠は聞議・民主・修惑の三時誌の中では.正しく最上の修慧なあって、間諜骨子も思議官もな い、即ち糟験賓謹の智慧である。此が修議たる就ては.婆沙谷第七に、見道の直前の四善根即ち順決捧分配修する加 行中乞論述するに際して詳細に述してゐる。此を略記すれば‘翻行を修する者即ち璃伽行者は.︵一︶明師に就くか或 は亦自ら三誠に善く熟達するかして、一一一蔵の要が十八旧作・十二庭・五週に蹄するととを知り、 ︵二︶十八界の名と自 相と共相と乞観察し、設で観即ち智と止とを控修し、弐にさ一﹀十二島と︵四︶五組とに就て叉、夫々の名と自相と 共相とを観察して止観左鶴見修し巴り︵以上五停心位に撮す︶.︵五︶次に五組法と無詩法とは皐党四念住に掃せられる と知って叉、その名と自相と共相とを観察して止観を墜修し︵以上、別相念住と粗相念住とに撮す︶、︵五︶戎で四聖 諦の境を観察して、四諦の名と四諦の各自相と四諦の共相たる苦諦下の苦・非常・

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・非我、集諦下の悶・集・生・ 縁.減諦下の減・静・妙・離、道諦下の道・如・行・出の十六行相在観察するに至るのであるが、 との観察の順序 は、有部宗に於ては、各 L A 夫々の四行相を以て先に欲界の苦を別観し‘後に上二界の苦を合観し、弐に欲界の集、上 上二界の減、欲界の道を別観し、最後に上二界の遣を合観するのであるが、斯る四聖識の観察 二 回 作 の 集 、 欲 界 の 減 、 が未だ絹を隔てて諸の色像を観るが如、を間接的不明瞭性のものは之を閉所成の譲とし‘此から進んで、其理由、所以 をも推知するに至る思所成慧を起し、此を更に漸く賓澄し始むるに於て修所成の議を越すに至ると言ふのであり、此 の最初獲謹の修所成謹を四善棋初位の授と稿し‘要一道の前相と名くるのである。従て頂・忍・世第一法が修所成議た

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いはど理論百としての翠の完成とも言ふべきで、修遣は、との慧の賓生活中吃於 げる賓験上の開詮に外たらや、理としては修道の慧は見遣位の慧の土に質的には何等附加する所はないのである。修 所成盟国が、等持部ち蹄定を修するによりて生やる所の勝慧たるとと、倶合論各二十二に一言ふが如くであり.従て四警 棋の界繋分別としては‘之を色界緊とし、四静慮と未来と中間との六地に依止して詮得すとせられる所以がある。 ︵ 倶 合 得 一 一 十 三 、 四 善 根 の 諸 門 分 別 の 項 参 照 ﹀ るは勿論であり、見道の無漏慧は、 ︵第八︶との見道位中には.四法忍四法智と四類忍・四類智との無漏部一品の外に.現観謹の世俗智と稀するものを得修 する。此は飴程特殊のものであると共に‘見詰の性格友明すに必要のものと考へられるから、特に梢々詳細の検討を 要する。倶合論省第二十六には、﹁唯‘苦・集・減の一二一期智の時、能く粂て未来の現翻擾俗智左修︵得︶する。 諦の現観の後謹に於てのみ、方に能く粂て修するが故に斯の揖 b L 立つ。此に由りて齢位には未だ粂修する事能は守﹂ 一 一 の と言ってゐる。現観謹の世俗智に闘する群細は、婆沙論第三十六容に存するが、 品、 7 、 . 二三の貼を摘要すれば、 と

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〉 智を現観謹と名くるに就ては﹁現翻の苦の窪、集の謹、誠の謹に此智乞得するが故に、現観謹と名く﹂と言ひ、有人 は、﹁此は是れ諸の瑞伽師が聖諦を翻やる時、傍ら修得するが故に現鶴港と名く﹂と言以、時持者妙量目は﹁との智は現 観に近きが故に現観謹と名く・・・・﹂と越してゐる。道類智の時にのみ、此智を得すとたさたい所以に就ては、種々の 理由が述べられてゐるが、極く分り易いものを列一不すれば、 するととが可能であるが.何人と躍も一切の遣を修

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巴るととは有り得ない。悌遣は無謹であり・備すら一切の道に 於ては得習に於ても修習に於ても倶に童くすととの無い酔闘が存するから‘ に 、 一 切 の 苦 は 週 知 し . 一 切 の 集 は 会 断 し ・ 一切の減は皆詮 ﹁道類智湿の世俗如 H ﹂と躍するもの乞得するととはない、 と 一 一 百 円 山 、 叉 、 ﹁遣の謹﹂と稽する場合が有り得たい。故 ﹁苦・集・減に於て現視を得する時は‘ 未だ民活在比ざるが放に世俗智は猶自らを誼と訟もひ是を以ての故に修するも‘誼聖諦に於て現観を得する時は民遺

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を 見 る が 故 に 、 との世俗智は自ら道に非やと知るが故に復び修せざるなり。復、弐に. 2 一諦を見る時、猶未だ暫遣邪 見を永断せ守、及び未だ非道を遣と謂ふ戒禁取乞永断せざるが故に、諸の世俗智は摘、自らを遣と稽し是を以ての故 に修するも・道諦在見己れぽ、伎は皆.永断するが故に、復との世俗智乞修せざるなり﹂と言ってゐる。 更に此世俗智は見誼のみに布り修道には存したいし‘唯欲色界にのみありて同も白地・上地・下地の凡で有得無詩 法を縁じ得とするから、遁縁智たる性格を具する。叉、此は欲界の生存人たる聖者の所得であり‘其所践は欲界と上 二界との三諦左別々に練中る所に其特徴が存すお。一盟、秋俗智は、瓶林等の吠俗の境佐取る有漏智であって、勝義 諦左自性とせ示、拘.その土、との現観謹の俗智は山山・修所成の慧にして問所成の慧に非守、未来修即ち可能性とし ての得修のみを許すのであって、現在に生起するととたさ不生の法と稿廿られるが‘何故に斯る抑日左見道位中に於て 殊更に修すと一言はねぽたらなかったか。此は可たり不思議な感を興へるであらう。蓋しとは阿昆達時論師連は、見道 位修得の無漏智が、前述の如く共相智であり、 一切法を平等に十六行相の範鴎で見るものであって、後世の唯識家・な

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で、大間鏡智や平等性智は得ても尚、妙観察智や成所作智を得るのでなけれぽ折角の前の二智も白受帆受ずる効用 を現前し得たいと言ふのと同様に、折角、苦・集・減・遣の共相縁の四漏智な修得しても、勝れた世俗智が得られな けれぽ差別世界に於ける隈用も活用も得られたいし、折角、聖者となる以上、世俗智の上にも異生凡夫時代に比して 多少の勝れた賢化がなけれぽならないと言ふが如き要求を浦さんが詩に、斯る特殊の俗智の修得た附加するに至った ものかとも考へられる。 ︵世俗智は︶亦、少分、謹・界・鹿・四聖諦等の諸の勝 義の法を知ると躍も、而も多分に男・女・往・来・瓶・衣・寧・一来・舎・林・山等の医俗の法を知るが故に世俗智と 婆沙第百六品切に世俗智の名義に就て究の如く言ふ。﹃︵ 1 ︶ 名 く 。 ︵ 2 ︶復攻に此世俗智には賓の智相無きも而も諸の世俗は共に︵此に︶智の名を立つるたり。・・・・︵ 3 ︶復弐

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陀 と の 世 俗 知 百 は 、 ・ な る が 故 に 、 名 け て 世 俗 と 箆 す 、 一切の有情が展韓共許し諦論有るとと無きとと傍の上座の如く・慌衆人の如くにして、衆の許す所 に 、 世 俗 と 名 く 。 一切の境を縁やるものなるが故 ︵

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︶復攻にとの世俗智は愚擬の所依にして愚擬のものを繋属し、是れ愚眠問者の安立足鹿たるが故 ﹁との世俗智は諸の無知の覆蔽する所と渇るとと、器中の物が器に覆蔽され ︵

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︶復弐にとの世俗智は封治誼の轡壊する所とたり、愚一擬者の欣伺する所 ︵4 ︶復弐にとの世俗智は、諸の有情に遍くして、 に 、 世 俗 と 名 く 。 ︵ 6 ︶聾論者は説く、 るが如くなるが故に 4 世俗と名く﹂と。 と詩るが故に、世俗と名くるゑ h り ﹄ と 。 盟 国 語 婆 沙 ︵ 巻 四 十 五 ︶ で は 、 此 七 包 等 智 と 翻 じ 、 る、此智を行やるが故に等智と名く﹂といひ、右新語の︵ 3 ︶に嘗る文は、との智は走れ差︵別﹀ずる所、なるが故た り、猶し人の上座と差︵別︶し維納と差︵別︶するが如し﹂と言ひ、︵

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︶に相賞する文は、﹁一切入、一切衆生、 一切昆に童く此智有るが故たり﹂と一言ってゐる。以上婆沙の読明中の︵

5

︶ ・ ︵ 6 ︶ ・ ︵

7

︶は共に、前述の如く、世俗 智が、苦等の四諦智四諦忍の無掃なるに劃して此が有漏たる義左鮮明したものに外ならぬが、 ﹁世人が等しくとの智乞行ポ ︵ 1 ︶ ・ ︵ 2 ︶ ・ ︵ 3 ﹀ ・ ︵

4

︶は、世俗智とは、一般人の所謂常識とする所であり、個々事々物々の経験的差別智を指してゐるのである。斯 ︿見てくれば、見道位の慧の内容が、但し共相・平等・無差別的に行守る四智のみたらや、斯る別相・不平等の差別 相に行やる智をも修得するとと

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設かんとしたものと推定して大過なからう。 ︵第九︶更にとの見遣位の忍智を、一二十七菩提分法に約して見れぽ‘正しく八支

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遣な修するに外ならないとされ る。勿論‘八正道支は単に見遣位でのみ修するのでな︿、叉、見道位にては正道支のみたら守、七風見交乞も修せたい 倶 ム 口 径 二 十 五 に 撮 る に 、 の で は な い 。 有飴師の如く﹁見遣位に於て畳支を建立す、 如買に四聖諦を覧知するが故な 倶に通じて直ちに浬擦の城に往くが故たり﹂ とするものも存す り 通じて︵見・修の︶ 二位に於て誼支を建立す。 る 程 で あ る 。 然し昆婆抄師の評家は、 其作用の勝れたるを主として﹁修道の位の中では菩提位に近く且買を助くると

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︵七︶費支増すと説き、見遣の位中では、速疾に時じて通行するとと勝るが故に︵八正道支崎唱す﹀﹂ と設き、﹁求め趣くの義は是れ道支の義なるに、見誼は遮疾なるとと期心を越え守して求趣の誌に順 守るが故に、見道中には八道支勝り、同九悟の義は是れ畳支の義たるに、修道は九口聞に数 A 莞悟して費悟の義に順守る が故に.修道中では七費支勝るたり﹂ハ婆沙念九十六﹀ 。 。 と 勝 る が 故 に 、 ハ 倶 合 品 位 二 十 五 ︶ と 一 言 っ て ゐ る の で あ る 。 八五遣の正見は既に根本併典の研究上明にされ来った通り、悌陀の根本県想な示すと共に・翠に根本思想として了 解するのみでたく、此を奉司ずる費が此を徹底的に理解し信受し睦得して自己のものとするとと、即ち信解行詮し、教 行信聾する行的賓践的意義をも表す文句なある。正見が斯の如くであるから、婆沙倶舎共に﹁正見は遣であると共に 遺支で砂る﹂とも稿ずるし、此に依りて正思惟し、正語・正業・正命の倫理的行局即ち戒律生活が行ぜられ、正精進 正念・正定の高き宗教的生活が賓現され行くと一言ふのである。 ︵第十︶かくて戒律的行と宗教的行とが修行者の行詩の上に融合し一間とたりて現ヒ行くが如を見遣たるが故に、見 道は亦、信戒具足すと稽せられる。此の信と戒との成就の義に就ては婆沙各百三一及び倶舎倉廿五に四種一謹浮﹂ハ管内説

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包含︶は四諦現観時に成就すと屡設されてゐる。印ち殻智本文ハ智組他心智納息第=一﹀に﹁諦現翻時、於何最初、 而得誼浮.悌耶法耶借耶。答、苦集減現観時、於法最初得控持、道現観時、於備法借最初得設相即﹂とあるを、婆沙百 ﹁此中の﹁備﹂とは、伸身中の諾の無撃法を言ぴ、彼の無漏を総じて信 A Y るを﹁悌詮浮﹂と名く。 此 中 の ﹁ 法 ﹂ と は 、 調 血 兜 白 河 中 の 三 無 禍 根 等 の 壌 無 風 ナ 法 と 担 口 薩 白 河 中 の ︵ 未 知 賞 知 と 巳 知 と の ︶ 二 年 ⋮ 漏 根 の 諸 の 壌 法 と 及 三 省 に 轄 す る 中 、 び苦・集・減の三諦とをいひ、彼の無漏次総じて信ナるを﹁法詮一侍﹂と名く。此中の﹁倹﹂とは、整聞心中の接・無 準法をい弘、彼の無漏を総じて信ヂるを﹁借誰浮一と名く。諸の位一漏戒を﹁戒詮時﹂と名く、自性呼なるが故に.讃 との四種費時の成就が信と戒との兵口北であるととに に依りて起るが故に、 亦 置持と名くるた h ν ﹂ と き 口 う て ゐ る 。

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就ては、世親の文に明瞭である。郎ち倶合二十五に、 ﹁所信の別に由るが故に名に四有るも、臆に知るべし、賓事は

a 唯二種のみ・なるとと左、謂はく、備等の三種の龍滞に於ては信を以て躍と潟し‘聖戒詮崎市は戒を以て躍と詩す・・・・﹂ と。但し戒は、随心轄の戒であって、無漏戒左指すが、見遣位に修する智が修智即ち蹄定智であるから、定共戒を成 就するととも嘗然である。 尚、此文中に明かである遇 h 九読一切有部の一一一賓の信中の伸賓の信は、決して三乗共通の五分法身に射する信でた くして、聾聞縁覧成就の無漏法と別たる伸一飛の伸身中の無漏法でありとし、此が諸備の十八不共法等を内容とするを 意味するものであるととが注意されねばならない。 ︵第十一︶然らぽ此見遣位に於て行者に如何たる功能作用が現守るか、即ち聖道が起生する時そは何なる作用を錯す かと言ふに、婆沙ハ品位四︶には現観と興事とのこ作用面の存するととを説いてゐるが、との同日趣を能く纏めて明示して ゐるのは倶合論である。論がとの十六心乞聖諦現観と名くるととは前越の如くであるが.倶合論各二十三に於ては、 聖諦現観に綿じて見と縁と事との三種ありとして、即ちいふ‘﹁唯、無漏慧が諸諦の境に於て現見するとと分明なる を見現観︵

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日 目 白 自 宅 白 ︶ と名く。との無漏慧と並に訟の相臨︵法︶とが同一たるものを所縁とするを縁現翻

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百 ︶ との諸の能縁なると並に飴の倶有なる戒と生等の不相臆法とが同一たる事業する と名く﹂と一一一回ってゐる。今旦らく、との三種の現翻乞苦諦を現観するに就て分別すれ との剃那に心々所が苦部品乞紘キノるのが縁現翻であり、同じく苦を知る ぽ.無漏慧が苦諦を現見ずるは見現翻であり、 事業を成十るのが事問観である。査しとの苦諦乞硯観する時、訟の三諦に射しては事現観のみあって見と縁との現観 は現起しない。而してとの場合の事現翻とは、苦諦を現見する時見苦所断の十惑を断やるが故に﹁集﹂を断やる事現 叉‘苦諦を現見する時苦諦の十感左断じて揮減を得詮するが故に減の事現観がある。但し詮に見詮と得詮 観 が あ り 、

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とありとせられるが、設では見誰??なく得詮があると言ふのである。更に背を現見する時苦法智・苦類智の無捕智の 現前があるのが誼を修する事現翻である。斯くて苦諦を現見する時、集・減・道三諦に射して見現観が無いと言ふの は.此等三諦を現見するのでないからであり‘叉、此等=一諦を紘じないから総説観もないと官ふのである。苦諦を現 見する時の如く、集諦を現観する時も・減諦道諦を蹴今る場合も同様に事現観のみは四諦に射しでありとせられるが 見・縁の二現観は首の現翻の諦に劃する以外には存したいのである。との中、四諦夫々断の事現観によりて組じて一一一 界見惑八十八伎を断じ‘詮の事現観によりて、一一一界一切見惑の揖減を詩し‘修の事現観によりて苦・集・減・遣の四 法智と四類智との無漏智を修するのである。 然らばとの見道と修道との相遣いかんと言ふに、倶合輪二十三絡には、問る簡単に苦法忍より道類智忍位迄の十五 心は未見の諦を見るが故に皆、見遣の所揖ぜあり、第十六の道類智は一諦の諮として未見たるものありて今見るべき もの無くして、曾て見しととを習ふが如くたるが故に、 と は 修 遣 に 掃 す と 言 っ て ゐ る が 、 波 宮 沙 容 第 五 十 一 ︵ 大 正 ニ 七 、 一ニハ七頁﹀には、此鮪に就て頗る詳細に論述してゐる。 今 見道修道の袋別を説くものを大別六種に分って要示して 見ょう。先づ︵一︶煩悩と断歩る事現観の作用に就て見るに、見摺位では頓であり、修道位では漸であるとする。剖 ち、見遣は猛利道であるからわづかに現在前すれば一時わ能く一品を以て九品の煩悩を断歩るとと恰も石を排断する が如く、叉、大力の士の甲胃を撮るが如くでるり、頓起の謹を以て煩悩を九品に分ちて断ぜやノ無分再のま a A 之を頓断 ずるのである。此に封して修遣は、不猛利遣であるから、教 K 修習し久しき時を経て九品の智力を以て九品の煩悩を 断歩るとと恰も藷締を絶つが如く叉、証疾人︵いざり︶の昭事を禦するが如くであり、修惑を九品に別ちて一品づ L 有分部門として敢超遣を以て断守るのである。次に︵二︶能断の慧の睦及び其行相剖ち見現観に就ての相還を管一口へば‘ 見詰は忍即ち見と慧の二相或は眼・明・畳・慧の四相の道を以て見惑︵思惑︶を断じ、此を断やノるとき唯.自の所観の

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諦の四行相のみを修するのであって、 との際、智を加行道とし忍左無間道とし智は解脆道となるのであるに封し、修 道は忍と智即ち見と議と智との三相又は眼・明・畳・智・慧の五相の遣を以て修惑︵事感︶を断じ、此を断やる時、 亦自の所相聞の諦の四行相のみたらやノ、他の所翻の十二行相をも併修するものであって、との際は智左以て凡て知行・ 無間・解脱遣とするものである。︵二一︶、従って見遣は未見諦にして而して諦を観じて煩悩を断ゃるから未知首知根 を以て断やといふに劃して、修道は、巳に見諦して震ねて諦観して断惑するから、巴知根を以て断やると一言ふのでる ︵四︶縁現翻に就て言へば、見遣では無事なる理惑の一諦づっを縁じて遣を修するに劃して‘修道は有事な る事惑の四諦を組じて縁じて遣を修するのである。 る 。 叉 、 ︵五︶叉、能断の補特伽羅に闘して一言へば、見道は随信行・随法 行者の道を以て断じ.修道は信勝解・見至・身設の道を以て断やるし、 ︵六︶見誼退不退論に関連して一言へば.見遣 の惑断は永遠に不退であり. 一度、離繋すれば復び離骸んするととは・泣いが、修道の感断には退と不返とあり、離繋も 復び返して繋せられるとともあるのであるとする。 婆 沙 巷 百 八 ハ 大 正 二 七 、 五 六 O 頁 下 ゾ に よ れ ば . との外、見詰

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庭所と所総と封法と共に決定するが、修道は何れも決 定せざるの旨趣をも誼べてゐる。 との六種の相違の中、 ︵ 一 ︶ の 事 現 翻 と 、 ︵ 一 二 ︶ の 見 現 観 と 、 ︵四︶の縁現観との相違は、部抵の見詰観の呉別論 に於て、研究上の開閉乞供するが故に注意すべきことである。 以上、見遣と修道との相誌を詳説したが、然し此二煮は修行泊程上の順位として、見遣の・次に修道としたもので. 既に明した如く、慧︵忍・見・智︶の作用上の別異左明かにしたのみで、主六本質としての蓄の憶に於て特別の異が存 すとするのではない。修道は、見詰の無漏町内日の横行であり数 k 繰返しであって陸用賓験方面を主とするものである とも言ひ得る。此故陀婆沙は以上の作目の差異主設く直前に於て、 ﹁何が故に見所断と名け.何が散に修所断と名く

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るや。見は修を離れや修は見を離れダ﹂るに、如何が二所断の名を建立するや﹂と一一言ふ問題を提出し‘との答の中に於 て、見婆沙師の一般設と、世友傘者の設と有設とのコ一設を拳げてゐるが、何れも見修の本質の辛苦別を認めや。一般設 としては増勝に於て見遣・修道の別名をうとの義を趨ペ、世友傘者は未知官知の慧︵見︶カと或は同じ慧︵智︶の巳 得力の教習とによりて断ぜられる所封の煩悩に腔じて別名左附したもので一冗来分別すべからぎるものと言ぴ、有人は 見道中にも如賓の修あり修道中にも如賓の見が有るかち・見所断のものも修所断と名け、修所断のものも亦見所断と 誌 名 く と さ え 一 言 っ て 居 る 。 ハ 註 ﹀ 答 、 ︵ 一 U 難 見 道 中 、 亦 有 如 賓 修 一 吋 得 、 修 道 中 − 亦 有 如 賞 見 可 得 。 而 見 者 霊 法 、 修 是 不 放 逸 ; : −

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炉 。 即 応 配 中 。 。 。 。 。 不 放 逸 多 一 意 少 。 故 紋 所 断 名 有 差 別 。 復 次 、 錐 見 山 道 中 有 一 鋼 所 慈 亦 有 爾 所 不 放 逸 、 修 道 中 有 爾 所 不 放 逸 亦 有 爾 所 一 慈 。 商 工 山 品 川 叩 。 。 。 慧 用 増 勝 不 放 逸 用 劣 弱 。 修 道 中 不 放 逸 用 増 勝 韓 日 用 劣 弱 。 故 紋 所 断 名 用 有 差 別 、 公 一 ﹀ 愈 者 世 友 作 如 是 設 、 難 顧 問 諦 断 諸 煩 悩 不 可 分 別 此 見 所 断 此 修 所 断 、 而 尚 見 力 蹴 岡 棄 吐 者 名 見 所 断 、 如 巴 待 選 者 期 間 若 修 若 多 所 作 分 野 口 問 類 漸 令 微 薄 乃 至 究 書 見 皆 断 室 者 名 修 所 断 。 有 作 目 見 設 、 見 所 断 者 亦 名 修 所 断 、 見 遊 中 亦 有 如 賞 修 故 。 修 所 断 者 亦 名 見 所 断 、 修 道 中 亦 有 如 賓 見 故 : ・ ・ : ﹂ か︿見遣と修道との閑位に於ける主躍的立場にある蓄の障が同一で費りたいとするととは叉、見詰を明す需めに重 要たる硯賠たるを失はない。 ぽ 無漏慧の賓際的功能作用上にも決して同一でたい駐が看取される。婆沙第六十九巻︵大正二七、コ一五六頁中︶に依れ が、更に之を行者別、即ち贈験資詮する人に約して考へると、更に此鹿に種々の別具が考へちれ、従てその主樫たる ︿第十二︶以上は見遣位の行者即ち璃伽︵蹄︶行者の譲を主開とする心的般態の鰹相用等に就て趨ペ来ったのである ﹁入見道者、有七十三﹂と一吉田つてゐる。此は亦、見選前位の四善根に就ても言はれるので、 三 一 一 一 兵 ﹀ に は 、 援 ・ 頂 ・ 忍 等 種 類 送 別 有 七 十 三 。 婆 沙 第 七 省 ハ 大 正 二 七 、 其 事 一 五 柄 。 謂於欲界染兵・離有レ十。 兵締需

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こ。離一口問染乃至離九井レ前震十。於初静慮染、離一乃至離九、無−一別具縛一印是欲界第十四情故。後位 四 室 無 謹 ・ 識 無 謹 ︶ 亦 爾 。 如 是 乃 至 於 無 所 有 鹿 染 、 離 レ 一 乃 至 離 レ 九 。 於 − 一 此 諸 位 − 所 レ 起 爆 等 有 二 七 十 三 種 類 差 別 − ﹂ と言って居る。援・頂・忍等の﹁等﹂には恨第一一法位と見遣位とを等取するのである。国に設で兵縛とは欲と四時 ︵ 第 二 ・ 一 ご ・ と四無色の各九品の見修の煩悩の一口問をずら断じないものを意味する。勿論、具縛とは初蹄の兵縛、乃至有頂の兵縛 たど主各地に於ても言ひ得られぬでは・ないが、斯く七十三と数ふる場合の兵柏村とは最下地たる欲界の煩悩の一品をす ら断じてゐないものに就てのみとの名を附したのである。 との中、入見道者の場合に就てとの七十三種人を考へて見ょう。有部に於ては、有頂部ち非想非々想鹿地の煩悩以 外部ち欲・色界地と下三無色地の煩悩は、車に無漏慧の行相のみでたしに有漏の行相に依りても煩悩左断じ得と許す のである。此有漏の断煩悩の行相とは、倶合論第二十回答に簡明に連記するが如く、前述無漏の十六行相を出世道と 稽するに劃して世俗語と稿するものである。との世俗語は六行相を友すのである。六行相とは下地の諸法を縁巳て或 は危なり苦なり障なりの三行相危局し、上地の一諸法を総じて或は静注り妙なり離怒りのコ一行相をなすのである。此世 俗の六行相は、無間遣に於て下地の有漏法を級品ゲる三行相中の随一の行相を作して之を離染し.解股遣に於て吹上地 の有漏法を鵠仰やノる二一行相中の随一の行相を作して離染を完うするのである。而してとの有漏の六行翻を以てすれば‘ 無所有底地以下の煩悩は見詰修惑の悶方を一束とたして各地九品を淵戎断離し得るのであるが、有頂の煩悩は此有漏 遣では一口聞をも断やるを得たい、即ち有頂煩悩の九口問の離が損しない。故に七十三種より立てないの?ある。 以上の所設に依って.有部に於ても四向四果位 h q 経宮るを得たい人もあり、随信行叉は随法行位より預流果一燕呆 を経‘ないで直ちに不還果に至るものとの差を生ポる。即ち入見遣位以前に、金具縛の有情が見道に入る場合には預流 向・預流果・一来向一来果不運向不還果と順次に準詮して行くのであるが、入見謹位以前に有漏の六行観で無所有蕗

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以下盈地の煩慣を離染した行者が見遣位に入った時は即ち不運向 L ﹂捕すペノ\第十六心選類智の時は直ちに不還果を説 得するのである。いはど超能謹者であるが、との超越設者中の最上の行者が即ち金剛轍定により三十四心一銭僻断結 成遣と稿せられる併の場合であらう。併問ち一般に僻衆︵叉は菩陸一燕︶ 4 4 位、入見詰位以前に無所有露地以下の金額 憎た断じて見遣に入りて十六心を修し、情、その定を出です坐を起た守して、次で、直ちに有頂の九品の惑を九無関 誼九解脱遣の十八心に依 h y て関車し聾して悌位を成守ると有部ではたす。即ち悌乗者の修道位はとの十八心の短期間 でるる、とも言ひ得る。 比に依 h p て明かとなる事は、見遣位は下は艶聞乗の次第護者より上は猫魔来、伸一来七包も必や此を通過すべきものと との義を明にするものは婆沙論の種性論である。婆沙第六十八各ハ大正二士、三五一一具申以下︶に 吃 る と と で あ る 。 尚 、 撃聞乗の轄根に就て論じてゐるが、其文を抄略して一示せぽ、 ﹁阿羅漢有六種。謂退法・思法・護法・安住法・堪謹法・不動法。・・・・如無墜誼有六種性、修道亦有比六種性、関 脇ナ退法種性乃至塵不動法種性。・・・・如修道位有六種性、見道位亦有此六種性‘謂察退法種性乃至墜不動法種性。: ・ ・ 如 見 謹 位 有 六 種 性 、 相 臆 行 地 ハ 諸 問 誇 六 十 一 婆 沙 念 一 一 一 十 五 に 修 行 地 と 言 ふ ﹀ 亦 有 此 六 種 性 、 寵 相 臆 行 退 法 種 位 乃 至 相 臆 行 不動法種性。此地中有六種性者、謂媛・頂・忍・世第一法。此是聖道近加行故、総レ諦行相似ニ聖誼一故。依身及定 同 国 一 見 道 一 故 。 前 位 不 爾 故 不 立 六 種 性 。 ・ ・ : ﹂ と一言ってゐる。此文中‘最後に﹁前位不爾故不立六種性﹂は嘗詩婆沙には存したい.との場合の前位とは順解股分位 と願繭分位とを示すと思はれる。而して順幅分位に掛る種性乞立てないととは此が世間誼に外たらぬから嘗然であら うが、然し、順解股分位は既に解股に順守る分位であるから、此六種性左立つるも差支へたい語である。現に同じ婆 抄 第 七 巷 ハ 大 王 子 七 、 一 一 一 五 頁 中 ﹀ に は 、

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一 一 阻 解 肱 分 亦 有 六 種 、 謂 退 法 種 性 乃 至 不 動 法 種 怯 ﹂ と 言 っ て ゐ る 。 勿 論 、 ζ の願解股分位は後位の如く﹁相臆行地・有事・無堕﹂等と言ふ明慌たる階位を冠する程でな いし.根としてカ設すべき義も比較的震視すぺきでないから、婆抄第六十八容には‘前位には六種性を立てやと言っ たのかも知れたい。婆抄の文はとの賠前後必守しも一致しない様であるが、要するに此を以て聾間種性には下は内凡 位 よ

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上は阿羅漢位に至る迄、修行者の機根に六種の別あるととを主張したものであるととには異論の存したい庭で あ る 。 尚、此外に、有部に於ては潤畳程性と悌積性とを建立してゐる。此は婆抄第七容ハ大正二七、=三瓦中以下 υ 及び婆沙 第 六 十 八 巷 ハ 大 五 二 七 、 一 三 立 一 一 兵 下 以 下 ︶ の 文 に も 明 か で あ る 。 今 第 六 十 八 巷 の 輔 根 に 閑 語 し て 三 一 採 種 性 を 説 く 文 を 明 せ ぽ ‘ @ ﹁此相膳行地亦有轄根義、謂時退法燦種性根超思法焼種性根・・・・轄堪連法媛種性根起不動法接種性根.轄藍間接種

島和起動静静骨骨和、轄動静・野動静骨骨根起仲媛積性根。如説媛位、頂位亦爾 ⑤ O 忍位有具、謂時退治忍種性根起思法忍積性根。漸拭乃至輔堪建法忍種性根起不動法忍種性根、蒔韓関忍極性根超猫 @ @ 0 0 0 0 0 0 @ 0 0 0 @ 畳忍種性根。無輔整問・講究忍種性根起帥忍種性根義。所以 4 4何、忍遼悪趣。諾得忍性者於諸揺趣得非揮滅。菩薩 有 時 乗 大 願 力 生 諸 悪 趣 館 益 有 情 故 。 一 。 一 一 勲 あ 伽 無 趣 酢 勲 理 ﹂ と 一 一 言 っ て ゐ る 。 婆 沙 第 七 怨 ︵ 大 正 二 七 、 一 ニ 一 一 五 中 ﹀ に は 此 義 に 附 加 し て ﹁ 併 種 性 援 定 不 可 輔 、 如 説 媛 、 設 頂 亦 爾 ﹂ と 言 び、更に順解脱分の六種性轄に就て、﹁特選法種性順解股分起思法種性順解肱分。乃至時堪建性順解股分起不動法種 。 。 @ 性順解脱分。時壁間種性順解脱分起潤血児及伸種性順解脆分。特猫魔程性順解分、起韓関及倒種性順解脱分。担山岳仰程 性限解股分巳、則不可轄‘極猛利故﹂と言ってゐる。

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此等輔根に闘するこ引文に依って有部に於ては、聾聞種性の六種の外に、調畳種性と悌種性と合して八種性を建立 してゐるととが明である。而して皆夫 k 四善根位・見遣・修道を経て無皐遣を成じ、輔棋をたさざる限 h v ・聾聞種性 は聾聞の阿羅漢とたり‘猫魔種性の者は調畳を成じ‘悌種性のものは備陀とたり、若し轄根をすれば.聾開種性が不 動法羅漢となり、叉若し忍位以前たらぽ、聾開・猫魔の夫々の種性のものも悌種性になり得るのであうて‘成唯識論 系の説く五性各別設と棺々具って居る。因みに随信・信解・時解肱と随法・見至・不時解脱たども、此利鈍を別の立 場から三大別したものである。特に悌種性の者が四善根位を修して入見遣するととに就ては.波宮沙第七傘ハ大正二七、 三 三 一 具 申 ﹀ に 、 ﹁問、菩躍一足何、有作是設。菩薩若依未至定起段、依初静慮乃至第三静慮、起援・頂・忍。依第四静慮起爆・頂・

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・ ト 貯 一 か 、 ル 一 即 日 酌 静 ゆ 。 若 依 未 至 定 起 爆 ・ 頂 、 依 初 静 慮 乃 至 第 一 品 静 慮 起 援 ・ 頂 ・ 忍 、 依 貯 恥 町 骨 品 店 、 九 町 一 昨 ・

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島 勝 島 。 若 依 未 至 定 起 爆 ・ 頂 ・ 忍 ・ 依 初 静 慮 乃 至 第 三 静 慮 亦 超 一 段 ・ 頂 ・ 忍 、 恥 同 払 貯 酔 静 骨 骨 骨 ・ 頂・忍・世第一法、入正性離性﹂ @ ③ と言って、盟国躍は何の定に依りて四善根を修しても世第一浩及、び見遣は必や第四静慮に依りて此に入 h 九勝果遣を具 してハ婆沙第二十三容参照︶更に有頂断修惑の十八心を経て豆畳を成やるとされて居る。 此に因りて見れぽ、有部に於ては‘何人と睦も一二一来種性の何れも夫 K その最上果を濯得す忍詩めには必や見道位を 通るペく、従て見道を得る人々の種類を一区へば、前の断惑位の階位に依りて一種性の人に七十三種がある上に、此等八 種性が存するから結局五百八十四種の入見遣人が存すると言はねぽたらない。轄根の不動法を別性とせぽ更に増す。 ︵第十三︶見道の内容に闘する重要た黙は以上によ h u て大略明にしたが.見遣は叉、種々の別名を以て指帯されてゐ る。此異名左明すととも亦見遣の性格内容を明す詰めに見越してはたらたいであらう。有部で見誼位を聖諦現観位と

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得するととは前述したが、更に︵一︶見道の初位たる苦法智忍に入るときは、煩悩たる生、叉は根未熟なる生を聖遣 を以て能く離れ超えるが故に、離生とたりて、正性なる浬擦に趣くととに、なるから、見詰に入るととを本、五位離今一 ︵ 由 民 ヨ 百

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に入るとも稽し、叉、四聖諦の相を決定し、諸の聖道が決定するから、亦との位在五性決定 ︿

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︶とも稿する。更に、不定緊より正定棄に入るが故に正性決定に入る主も稽せられ.その他、 ﹁ 正 性 不 往 ﹂ ﹁ 五 性 任 持 ﹂ ﹁ 正 性 離 繋 ﹂ ﹁正性如理﹂に入る訟どとも稿せられる︵婆沙品位三参照﹀。故に.見遣は修行 の位であると共に、無漏の忍智の修得をもさすのである。弐に︵二︶見遣は謹疾道とか無

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田難道とか呼ぽれ、叉、中 起 す る に 非 ざ る 謹 と も 稿 さ れ る 。 婆 沙 第 五 巻 ︵ 大 一 止 二 七 、 ご 二 一 良 下 U に、見道の不退友る理由を奉示する中の文を抄略す れ ぽ ﹁以彼見遣是速疾道、無留難道、非中超道、是故一小退。復戎、以後行君臨在見道、大法肢流、詩流欄畿、無容可退。 其心慢盤、方可退故。・・・・復次、患者多起煩悩現前・住見選時無麗無記、有漏善心尚不得起。何況得超煩悩之心。 是故不退。復次、以住見語、鵡謹三界見所断断、非於三界見所断断有還退者、是故不退。復弐、以住見道、組詮非 想非え想地見所断断、非於非想非々想地見所断断有還退者、是故不退 0 ・ ・ ・ ・ ﹂ と一言ってゐる。此丈は見道の煩悩の断の性質を明すと共に、その謹疾たる所以を明にしてゐるが、更に、世第一法も 亦一剃那にして極速道怒るととを明す序でに、見道中の一剃那心たる苦法智忍相臨の心の遮疾たるを説いて日く。 。 。 ‘ . ‘ . . . . . ‘ . 、 、 @ ﹁此中所言.無有一法蓮疾廻時過於心者‘臆知郎是苦法智忍相臆之心。此心必定建疾現前・無有飴法遼疾廻時過於 此故。如世骨骨説、芯錦嘗知、我不見一法連疾廻轄猶如心者。乃至開設 0 ・ ・ ・ ・ 以 悌 詑 心 速 疾 廻 縛 過 飴 法 故 。 吠 第 一 一 法 無 間 利 那 、 苦 法 忍 必 現 在 前 。 是 故 此 法 ・ 決 定 不 退 ﹂ ハ 婆 沙 第 五 品 位 、 大 正 二 七 、 一 一 一 一 頁 中 ﹀ @ と。世第一法は、有漏の善心であるが故に、連疾なる心の廻轄を説くものであり、世に心より速かに廻轄するもの決

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定して無いとの悌語を詮として世第一法の遮疾たるを詮明してゐる。有漏遣の一剃那心すら斯の如︿速疾なるものと するから‘況して無覆無記であり、無漏謹であり、障醗なき見道心の速疾たる可きは言ふ迄もない。曲、との祇第一 法と及び見遣の八忍七智とは各々一剥那であると世られてゐるが.さて此一刑判那の時間的速度はいかにと言ふとと は‘四議官根中、最下位、なる媛善棋の加行及び国・忍の四諦観、生滅観等を明す際に、婆沙が之を詳しく説明してゐる。 婆 抄 第 七 巻 ハ 大 正 一 一 七 、 三 五 一 良 中 ︶ に 、 ﹁諸璃伽師、持間生滅、先取内外興衰相己、運所住庭‘調酒身心‘観一期身前生後減、弐観分位、次年次時次月 0 ・究今月次一重夜、決牟呼栗多、戎闘将、戎恒剥那‘次筏漸減.乃至於一切有話法、観二剃那生二刺那減、持此名詩 加行成滅。戎後、於有翁法、甑一剰郵生一利郵減、此則名詩生滅観成。﹂ との中、聾夜︵二十四時間﹀の一二十分の一室呼栗多︵

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︶て其三十が一重夜だから山中日時が一牟呼菜 多である。一牟呼粟多の一ニ十分の一一二襲雪山富︶でるるから

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日時空の臨縛である o 二 塁 の 六 十 分

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秒であるから、一利 那は叶秒である。此中の成浦の援の﹁観二剃那生・二利那減﹂と言ふは前引文の直言論

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様に‘ご利那の頃 ﹁一心は生を観じ一心は誠左観ヂる﹂ので、各二剥那に生と減とを観十と言ふは相績に依りて設くとは、婆沙の断る 所である。此鹿の生観の一心は二剰郵を嬰し.減観の一心も亦二剥那乞要する詩であらう。鰹位の弐の頂位では、頂 は具さに十六行相を以て四聖諦を観やるのである。︵婆沙第六位也大豆二七、二六一良上以下﹀。然るに頂位に於て特に護智 論は、﹁於備法借、生小量信﹂と設き、婆沙は之を四持して、備と借とに於て小量の信乞生やるのが縁謹諦の信であ り‘法に於て小量の信を生十るのが肱誠諦の信であるとするが‘此は四諦中、被誼のこ諦が苦・集ニ諦に比して勝る

(22)

a A が.費智の文は勝に依りて説く﹂のだとする。而も此頂は.順決揮分に可退と不可退とある中、可謹の踊決撞分中 にが、ける勝たるものであるとされるから、援より凡ての賠に於て勝れてゐると言ふととを明にしてゐる 0 ・ 次 に 、 そ の 上位なる忍位は、更に頂よりも勝れてゐるととは言ふ迄もない。部ち忍を媛・頂に比して特に順諦と名くる所以を婆 沙が説明する中・忍が前二者に比して極必てよく聖諦現観に随順するとと、見謹に隣近するとと、見遣と相似たると とを特設し、叉‘﹁忍位中では、或時は十六行相−

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以て聖諦を観察し、或時は十二行相、或時は八行相、或時は四行 相を以て聖諦を観察するが、嬢頂位中では、担、十六行相を以てのみ聖諦を観察するを以ての故たり﹂と言ひ、更に ﹁忍位中には、有時は相績にて、有時は一剥那にて聖諦を観察すれども、援・頂位中にては、唯、相慢のみにて聖諦 を観守るを以ての故に﹂、忍が援頂よりも勝れてゐると主張してゐるハ婆沙第五、ご四頁上、中参照︶。 右の中、忍位中に於て、或時は十六行相を以て、乃至或時は四行相を以て、聖諦左観察すると言ふのは、下忍位に 於ける減総減行を意味し、次に,忍位中にて.﹁有時は相績にて、聖諦を観察する﹂と言ふのは、特に前述の中忍成 浦位に﹁欲界の普に於て一行相二利那に観察するとと、苦法智忍及び苦法智の如し﹂とするの左指しハ婆沙第五谷大疋 一 一 七 、 二 五 頁 上 、 中 参 照 ﹀ 、 ﹁有時は一利那にて聖諦を観察すと言ふのは,上忍に於ては、中忍成満位の﹁無関に復、 復 剃那に︵一行相にて欲界の苦を︶観察するとと.苦法智忍の如し﹂とするを指ナ。との上位の一行相一利那の無聞に 一剃那に欲界の苦を観十るを依第一法と名け、此より無聞に見道に入りて苦法智忍を生じ.展輔乃至して誼類智 を生十るのである。従て論伽行者は観法の修練を既に燦位に於て行成やる上に.更に其より忍位にて減縁減行を修し 来ったのだから、上忍位、世第一法位、見遣位に七十五分の一秒たる一剃那に一行相在以一て欲界の苦.上二界の苦を 縁観し巴るととは、決して困難でたい筈であるし、燦位の加行に態々剃那の時間的長さの説明左たずのも、 との見道 位等の心の作用の鋭敏さ.乃至は、見道を速疾道、無留難遣と構する意味を明す伏線をか仏ずとも言ひ得る。若し斯く

(23)

璃伽行者の修練心を以てすれば‘見遣十五剃那とは.五口々の時聞に直せば‘七十五分の十五、邸ち五分の一秒の短時 聞であり‘而も、後に論守るが如く、毘婆沙師はとの見遣位の聖諦現硯は漸観であり.見惑の煩悩断は漸断であると するが、然し此をすら漸現観論たりとするとと夫自身が、いかに官時の照明者の心翻が費謹し且つ審細を極めたもので あるかを明にするものであらう。然らぽ前にも燭れた苦類智控・集類智謹・減類智謹の世俗智が斯る短時間に如何に 観諦の詮中に起るかとの疑問が或は生十るかも知れぬが、此は現翻謹の世俗智の性質在能く了解し得ざるに基く疑惑 である。現観謹の世俗智は、倶合意第二十六容等にも明にするが如く未来修であり、術語では脅修に封し得修とも稽 するものである。此亦、三一期智の謹に非揮減を得して現起するととなきが故に、畢寛不生 λなる法である。換言すれぽ 非中起遭たる見謹の十五心無漏慧を修する聞に心中に現前しないで、唯、可能たる法としてのみ得修するものである から,見遣十五剃那の時間の長短に関係は危い。若し現在修として現前するものたらぽ、 一心二解ある可から歩言ふ と一剃那に二心不倶起との有部の法相に照らして、見遣は十五剃那とは言ひ得たい替であるからである。 。 。 ハ 一 ニ ﹀ 婆 抄 第 百 八 十 二 容 ハ 大 正 二 七 、 九 二 頁 中 一 以 下 ﹀ で は 、 見 遣 を も 法 輪 ︵

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︶ と も 呼 ん で ゐ る 。 此 は 靖 氏 智に﹁一再何法輪。答、八支聖護﹂と言ふを解して、法輸の自性を﹁語なり﹂とする摩詞借祇部邸ち大衆部系の思想に劃 して、法輪の瞳は但、是れ聖遺たりとするに基く。聖道と言へぽ、修行位中にては見謹に於て勝るが故に‘見遣は聖 遺たるが故に、見道は法輪たりとするのである。見道をのみ濁り法輪と名くる所以に就ては、要沙ハ大豆二七、九一一一 頁中以下︶に詳細に論巳てゐる。然しとの要領をよく掲示したのは倶舎輪第二十四であるから、今、此に依って法輪を 見遣と稿する所以設述べれば、﹁唯見遣に依りて、世傘は、有る鹿に説いて法輪と名く。世間の輸に速等の相有るが 知く‘見遣も伎に似たるに由るが故に法輪と名く﹂と言ふ。﹁有る鹿に﹂とは倶舎稽古の考誼では、雑阿舎者第十五、 第三七九経たる所謂、轄法輪経ハ∞・

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・ 戸 1 H N ・ 吋 注 品 室 町 ロ 加 重

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を 指 す と 見 て ゐ る 。 と の 経 は 、 律 の 大 口 四 一 ・ 六 ハ ロ 向 4 ・

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告 − M V − H O U や主︵他諸庭に説かれるもので、世傘が鹿野苑に於て、情陣那等の五比丘の詰めに初めて四聖諦の法を誼き B 。 @ ③ 最初に憶障那が建塵離垢し法眼揮を生じたりとするを指す。毘婆沙師は法輸には白相績中に轄やるものと‘他相寝中 。 。 に輔、守るものとこ種あるとする。邸ち備の菩提樹下にて正畳を成ぜしは、自相鰻に轄じた聖謹邸法輪卸ち見道であ 。 。 h九鹿野苑にて惰陣那が還塵離垢し法眼揺が生じたのは他相績に聖道部法輪邸ち見遣が轄起したのであるとする。但 し備の初持法輪と言ふ時は、備は他を時間益す一るを以て正事と錯すが故に、成魔時を言はや、鹿野苑の轄法輪をのみ初 轄法輪と稿すと解してゐるハ婆沙第百八十二巻九二一頁﹀。此外に種 k の解躍が存するが今は之を略す。 さて見謹は如何にして世間の輪と相似するかと言へぽ、倶合には見諦の遣は︵ 1 ︶十五剃那聞に速疾に行やるが故 ︵ 2 ︶見道の現観は欲の苦諦を翻じ巴りて之を拾し有頂のを取りて之宏観巳叉拾するといふ如く・下・上回諦八 ︵ 4 ︶解脱遣にて巴伏の煩悩に離繋得 に 部を拾し取して進み行くが故に、︵ 3 ︶無間諸にて未断の諸惑を降すが故に、 を得してよく之を鎮むるが故に、︵ 5 ︶欲界と上二界との下と上に轄やるが故に、此等の五相が世間の輸に似てゐる から見遣を法輪と名くと言ふのである。旬、婆沙にて隼者妙一音は此を﹁闘車八支道展轄和合一時至他相績中輔、故名法 輪、此八支蓮見道位勝、是故見誼猫名法輪﹂と簡潔に述べてゐる。 。 。 叉、見謹を名げて無相と請す誌が存する。婆沙第百五ハ大正二七、五四一一良下! υ に 、 ﹁問、何故見遣設名無相。答.見誼速疾、不越期心、不可施設此彼相故﹂ と言ってゐる。設でも見道が速疾にして相として施設する事の出来ざる回日を述べてゐるが、更にとの見遣が極めて迅 謹にして了知し難いのに闘しては、修行者の勝れた他心智も他の見道心が速疾・なるが故に.その能力に限度を附せざ るを得ぬと言はれるに至ってゐる。此に就ては婆沙第四十ハ大正二七、二一 O 頁 上 ︶ 及 び 婆 沙 第 百 ハ 大 正 二 士 、 五 一 五 頁 下 ﹀ に明してゐるが、今、婆沙第百傘の評家の設を担ぐれぽ衣の如くである。

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@ @ @ @ @ ﹁聾聞他心智、於見道、唯能知二剥邪心。調血児他心智於見遣唯能知三剥那心。悌他心智於見遣次第能知十五剥都心。 。 。 。 所以者何。併他心智不由加行而現在前。調覧他心智、白下加行市得現前。聾聞他心智由中加行或上加行方現前故。 @ @ 謂修観者鰐入見遣.聾聞欲知彼見道心、先修法智品他心智加行、彼修観者既入見遣.此他心智加行日浦、便能知彼 二剃那心、謂苦法智忍及苦法智倶心。彼修観者入類智口問、聾間後修類智品他心智加行、経十三剃那加行方浦、乃能 知一被第十六心。謂本歓知第三心、今乃知一被第十六心。是故盤聞他心智唯知見遣初二心。若修一観点街路入見道、冊目貯欲 知彼見道心先修法相羽品他心加行.披修観者既入見道、此他心智加行巴滅、便能知彼二剰那心。:・・彼修観者入類智 品、相側血回復修類智品他心智加行。経五利那知行方摘。乃知彼第八心。謂本欲知彼第三心、今乃知彼集類智倶心。: @ :僻他心智不由加行故、兵知披見誼十五剃郡心。﹂ 以上の文は見遣位の心の轄回が他の法の蒔田に封して如何に謹かたるかを示して齢りあると共に・叉、同巴他心智 と帯しても、三乗の所得に著しき能力の相違あるととを一示すものとして部誠併設時代の差別智の認識論に面白き素材 を呈するものと言以得るであらう。 倫 ︵第十四︶此見道に入るには如何たる地邸ち静定に依るか。此を輝必て言へぽ、倶合巷第二三が簡明に一示す如 く、世第一法に入る地と同地であり、世第一法は前三位と同様に‘未至・中間・四根本静慮の六地の随一に依るとす る。就中‘次第詮者たる預流向となるものは未だ根本静癒を得ざるが故に‘未至定に依り、見謹により不調果を得す るものは、既に入見道以前に四根本静慮の何れかを修得吃るものたるが故に‘六地の中の何れでもよし、菩薩のみは 前述の如く第四静慮に依る。しかし‘無色界定に依つては見誼に入るととは許されない、其理由は四善根位でも見道 位でも共に欲界を先に遍知し現観して断惑すべきであるのに、無色界心は欲界を紘じたいと有郵では定めてゐるから で あ る 。

(26)

. 原 始 及 び 部 源 保 数 時 代 に 於 り る 見 道 、 特 に 現 観 論 以上十四項目に一日一って設一切有部宗の見議論の大綱を明かにしたが、此に擦り見遣は下は次第聾者の下種性の聾開 粟より上は菩薩に至る詰有くも出世道果・無上道果を修得せんが錆には.必キノ修得したければたらぬので、見遣の修 行上に於ける地位は最も重大たるものたるととが明とたったであらう。然らぽ斯くも重大たる見誼論は有部宗義完成 以 前 は い か に 、 有 部 宗 と 同 時 代 の 主 た る 都 筑 に 於 て は い か に 、 特 に 大 衆 錦 教 に 於 て は い か に 。 組、展開過程の大前買を、主なる経論に操って研究して見ょう。 有 部 宗 以 後 . その経 原始経典中には、見謹と言ふ語を以て斯の如き修道上の重大問題を纏めて明にしたものは見嘗らたい様である。但 し、見誼佐聖諦現観と稿ずる中の現翻ハ与

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苫︶の思想と其等の無上菩提左成守る必須過程としての四諦観と に闘する記録が諸島に散在する。例せぽ、先づ相膳部五六、一ニ四諸国男士︵宮皆吉宮凶︶には、過去・未来・現在の善 男子にして出家するの目的は﹁凡て披等は此四聖諦乞如賓に現観︵無関等を修︶せんが詩なり﹂ハ

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ω ・ ︸ 雑 阿 十 五 、 大 正 二 、 一 O 穴頁上︶と言ひ.自らのみたら守 諸比丘は他をも﹁四聖諦の如質現観に翻導し習はしめ住せしむべきなり公

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凶 器 釘 雑 阿 豆 、 大 正 ニ 二 口 四 瓦 上 参 照 U とて、現観が断菅邸ち煩悩を断滅するものたる専を顕 し、此は兵見者であるから掛る法現観者

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参照

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