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分科会4:新段階の日本の海洋戦略|公益財団法人日本国際フォーラム

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平成29年度

外交・安全保障調査研究事業

(調査研究事業)

「新段階の日本の

海洋戦略

―開かれ安定した海洋に向けて―」

研究会

成果報告書

公益財団法人日本国際フォーラム

2018年3月

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まえがき

当フォーラムは、本年度より3年度にわたる調査研究事業「新段階の日本の海洋戦略-『開か

れ安定した海洋』に向けて-」研究会を始動させたが、本報告書は、その初年度の活動の成果で

ある。

力ではなく、法とルールが支配する海洋秩序に支えられた「開かれ安定した海洋」は、国際社

会全体の平和と繁栄に不可欠であり、これを維持・発展させていくことが肝要である。とくに、

四方を海に囲まれかつ天然資源の乏しい日本にとっては、航行の自由や公正な資源の確保など安

定した海洋秩序の確保が、その政経両面における安全保障上、死活的に重要である。しかしなが

ら近年国際社会においては、海洋をめぐる国家間の緊張が高まり、既存の海洋秩序を不安定化す

る事案が続出している。このような状況に対し、日本を含む国際社会は、アジアで安定した海洋

秩序を定着させるために新段階の海洋戦略を構想することが求められているといえよう。

以上のような問題意識を踏まえ、当フォーラムは、下記の主査・メンバーから成る研究会「新

段階の日本の海洋戦略-『開かれ安定した海洋』に向けて-」を組織し、本事業の実施にあたっ

てきたが、この度その成果を取りまとめたので、発表するものである。

【主 査】 伊藤 剛

日本国際フォーラム研究主幹/明治大学教授

【メンバー】 佐藤 考一

桜美林大学教授

都留 康子

上智大学教授

畠山 京子

関西外国語大学准教授

山田 吉彦

東海大学教授

渡辺 紫乃

上智大学教授

(五十音順)

なお、この報告書に記載されている見解は、すべて上記研究会のものであり、当フォーラムの

見解を代表するものではない。

2018 年 3 月 31 日

公益財団法人日本国際フォーラム

会長 伊藤 憲一

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目 次

はじめに ... 1

Ⅰ. 論考 ... 5

序 章 ... 6 第1章 中国の海洋戦略―海洋権益と海洋強国― ... 9 第2章 海洋をめぐる国際法的アプローチの現状と課題―南シナ海仲裁の意義― ... 13 第3章 南シナ海紛争の分析と展望―ASEAN 中国南シナ海紛争重要合意文書の抄訳と分析― ... 18 第4章 中国の「一帯一路」に対する日本の政策―アジアにおける新たな海洋管理の必要性― ... 34 第5章 海洋を巡る秩序の形成、現状、展望 ... 37 終 章 ... 45

Ⅱ. 事業の記録 ... 46

第1章 事業日程 ... 47 第2章 事業概要 ... 47 第3章 国際シンポジウムの記録 ... 50

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はじめに

1.事業の背景

力ではなく、法とルールが支配する海洋秩序に支えられた「開かれ安定した海洋」は、国際社 会全体の平和と繁栄には不可欠であり、これを維持・発展させていくことが肝要である。とくに、 四方を海に囲まれかつ天然資源の乏しい日本にとっては、航行の自由や公正な資源の確保など安 定した海洋秩序が確保されることは、その政経両面における安全保障上、死活的に重要である。 それゆえ日本は、これまで一貫して、海洋秩序の安定の重要性を強調してきた(2014 年のシャ ングリラ・ダイアローグでの安倍晋三首相による「『海における法の支配』三原則」提唱など)。 しかしながら、近年、国際社会、特にアジア地域においては、海洋をめぐる国家間の摩擦や緊張 が高まっている。その最たる事例は、南シナ海における沿岸国間での海洋をめぐる紛争である。 中国による大規模かつ急速な埋立てや拠点構築などの行動は、「力」による一方的な現状変更で あるとして、紛争当事国をはじめ多くの諸国の懸念を高めているが、それに対し、中国はいわゆ る「九段線」の正当性を主張しており、その行動を抑制する気配はない。 このような状況に対し、たとえば紛争当事国であるフィリピンは、「九段線」の無効性を訴え るべく、国際司法に仲裁を求めるかたちで事態の打開を試みた。その結果、2016 年 7 月 12 日、 国際常設仲裁裁判所(PCA)は「中国の主張する『九段線』の国際法上無効である」として、フ ィリピン側の主張をほぼ認める裁定を下した。しかしその裁定から 8 ヶ月が経過した現時点でも、 中国の南シナ海への進出は着実に進行しており、さらに東シナ海、インド洋、そしてインドネシ ア東方のポリネシア・メラネシア地域付近への海洋進出も活発化しているありさまである。この ように、国際法・海洋法に基づく海洋問題解決のアプローチは、一定の有効性があるにせよ、や はり大きな限界を露呈したと指摘せざるを得ない。「有効性」とは、中国による「力による現状 変更」が国際社会として受け入れがたいことが明らかになった点であり、「限界」とは、国際法・ 海洋法アプローチでは、中国の行動を実質的に抑止できないことが明らかとなった点である。 さらに、海洋を「国際公共財」として捉え、公共性の論理を重視する際にも、公共性には「利 他的使用」と「利己的使用」の二つの側面がある点は看過すべきではないだろう。海洋政策につ いていえば、たとえば日本は、一方で、南シナ海問題をめぐり、「航行の自由原則」にもとづき 「誰しもが海上航路を使用できる」という公共財の「利他的使用」の側面を強調しているが、他 方で、調査捕鯨船が南極周辺の公海上で鯨を捕獲することについては「公海上での行為であり、 どの国の権利も侵害していない」として、公共財の「利己的使用」の側面を強調している。すな わち公共性は、一国の政策上、その事情如何で一貫性を欠いた解釈ないしは使用がなされうる、 ということである。すぐれて分権的構造をもつ国際社会において、国際公共財の「使い方」を主 権的に司る主体は存在しないわけであり、公共性の論理がそのまま国際秩序形成のインセンティ ブに直結するわけではない。かつては、米国が国際公共財の維持管理に積極的であったが、米国 が内向き志向となった現在、公共性の論理はますます混迷をきたしつつある。

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このように、領土海洋問題、とくにアジアにおける領土海洋問題の「解決」にあたっては、国 際法・海洋法に基づくアプローチも、「公共性」を強調するアプローチも、ともに大きな理論的 かつ現実的な限界に直面しているが、にもかかわらず日本を含む国際社会は、引き続き「開かれ 安定した海洋」を求めて、さらに有効なアプローチを模索する必要がある。その手がかりとして、 さしあたりアジアと他の地域、とりわけ欧州との「状況差」に着目することは無意味ではないだ ろう。たとえば、欧州では何らかの紛争が発生した場合、当事国同士が「ひとまずテーブルに着 いて対話を行う」との行為が制度的に整備され定着しているが、アジア地域には、そのような制 度が存在しないだけでなく、仮にそのような制度が成立したとしても、その制度を有効に機能さ せるだけの能力を備える国が意外に乏しい。また、広義の「法の支配」や「公共性」への理解が 比較的定着している欧州に対し、アジアでは、「法の支配」や「公共性」の尊重がともすれば軽 視される風潮がある。したがって、アジアにおける領土海洋問題への適切なアプローチ、すなわ ち「新段階の海洋戦略」としては、欧州との「状況差」を視野に入れつつ、紛争処理の適切な制 度化を目標とした「ハード」「ソフト」両面における環境整備が先決であるといえる。では何が 必要か。第一に、海洋問題に関する対話制度の確立である。欧州にできてなぜアジアにはできな いのか、といった比較研究を行い、アジアの領土海洋問題の特色を明らかにすることが重要であ る。またその際には、欧州とは異なる現状を明らかにするものとして、アジアの海洋における主 要アクターである中国および米国の海洋戦略を研究することも必須である。第二に、国際法・海 洋法を遵守させるためのインセンティブの付与である。そのため、遵守させるために何が必要な のか、そのインセンティブとそれを付与させるための方策を探る必要がある。第三は、仮に国際 法遵守の環境が整ったとしても、関係各国がそれを活用する能力がなければ意味がない以上、各 国の事情に応じた能力構築支援が必要である。

2.事業の成果

以上のような背景のもと、本事業は、3 年間をかけて、国際法の遵守による「開かれ安定した海 洋」の維持が困難になっている現在の国際社会において、アジアで安定した海洋秩序を定着させ るために、日本としてとるべき海洋政策への新たな戦略的指針を提示することを目的に実施して いる。 その目的を達成するために、本事業は、有事の際にも実施可能な海洋問題をめぐる対話制度を確 立するための方策を探ること、海洋における「法の支配」確立のための方策を探り当てること、 域内各国に対し、国際法秩序遵守へのパニッシュメントのみならず、インセンティブを付与する ためのあり方を探ること、そしてそれら取組が制度的に定着しうるための域内諸国の能力構築支 援のあり方を探ること、さらにそれらを政策提言として取りまとめること、に焦点をあてている。 1 年目は、それら焦点における国際社会の現状と課題を調査・研究することを念頭に事業を実施 するとともに、またその成果の普及に努めた。 そのために、本事業では、各メンバーの調査・研究とともに、定例研究会合、臨時研究会合、ヒ アリング調査を実施した。定例研究会合において、外部講師として招いた海洋を中心にした国際

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法の専門家よりは「国際法の観点からみた南シナ海問題」、欧州地域および EU 方の専門家より は「海洋問題に関する EU の事例」をテーマに報告をいただいた。その中で、「国際海洋法・国 連海洋法条約は関係各国間の解釈の違いや対応の違いが生じる可能性が高く、解釈の違いの解消 が容易でない場合、解釈の違いを明確化し、具体的事案で生じうる衝突を事前に想定することで 衝突を防止し、対立や衝突を緩和できるように備えることが必要である。つまり、違いを適切に 管理し、危機的状況で実効性のある危機管理メカニズムを構築する必要がある」、「EU では EU 法に基づく法の支配が加盟国間で徹底されており、EU 内部で生じた海洋紛争について、欧州司 法裁判所による紛争解決と国連海洋法条約に基づく紛争解決とが競合する事案が発生した場合、 前者が後者に優先するという解釈が可能なケースも登場している」などの報告を受け、研究メン バーとの間で意見交換することで、海洋における国際法の現状および法秩序が整えられている EU の現状またそれぞれの課題などについて知見を深めることができた。ヒアリング調査では、 韓国や ASEAN の専門家および実務者、また日本の北東アジアの地域専門家などから、海洋をめ ぐるそれぞれ地域の最新動向の他、最新の研究動向についての知見を得ることができた。 本事業においては、中国の動向は最大の関心事であるが、幸いなことに、日本国際フォーラムの これまでの中国との研究交流関係により、事業開始直後から、中国側からの本事業に対する研究 交流の申し出やこちらからのアプローチに迅速に応答してくれる環境が整っており、ヒアリング 調査、臨時研究会合、東京での国際セミナー、南京および上海での国際ワークショップおよび研 究会合を実施し、複数回にわたる濃密な協議を行うことができた。そこでの中国側の参加者は、 いずれも中国を代表する海洋および海洋法の専門家、海洋問題および中国外交の専門家、アジア 地域研究の専門家などであり、それら専門家から、海洋に関する中国の最新の認識、政策、望ま しいとする秩序の在り方などについて聴き取るとともに意見交換することで、最新の知見を得る だけでなく、日本国際フォーラムの中国との研究交流関係のさらなる強化にもつなげることがで きた。さらに、本事業の実施で中国国内において日本の主張を表明できたことは、海洋問題に関 する日本の立場を示し、かつ政府間で協議が難しい内容も民間であればこそ率直に協議すること ができ、本事業の推進が日中間のトラック 2 外交の最先端を担うことにもつながった。 以上の成果も踏まえつつ、本事業の後半では特に、本事業の重要な事例となる南シナ海問題に関 係する ASEAN(タイ、ベトナム、カンボジアなど)に焦点をあて、調査出張を行い、現地で聴 き取り調査を行った。特に、タイやベトナムでは、中国に対抗するために地域の戦略バランスを 維持し、東南アジア諸国の軍事力を含む能力の向上と相互の情報共有を高め、中国による規範へ の挑戦に対して声を上げ続けていくことの重要性などが指摘されていたが、カンボジアでは、一 帯一路構想を始めとする中国のインフラ整備がかなりの程度浸透しており、中国との対峙を避け るとともに、できるだけ南シナ海問題について関わりたくないという意識が強く、またカンボジ アと ASEAN との関係においても、カンボジアにとって ASEAN Centrality というのは、むしろ 信用ならない「異物」であると認識されていることも見受けられるなど、この地域で海洋秩序を 構築していくための課題などを大いに認識することができた。

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欧州は、本事業が焦点としているアジアの海洋問題の当事国ではないが、法秩序を確立している 事例なども含めて重要な調査・研究対象である。本年度においては、オランダ、ベルギー、イタ リア、フランスなどの研究機関、有識者と研究交流を行い、かつネットワークの拡大にもつなげ ることができた。特に、欧州の海洋法の専門家が、現在のアジアの現状をどのように理解し、ま た海洋秩序構築のためのあるべき姿を認識しているのかについては、多くの情報および参考とな る事例の提供を受け、本事業で必須の知見を得ることができた。 このほかに、南シナ海の領有権とは一線を画する非当事国から専門家を招いて開催した国際シン ポジウム、各種の会合、ワークショップなどで、本事業に必須の多くの知見を得ることができた。 以上のような知見を踏まえて、本事業は最終的に、各研究メンバーによる論考を執筆し、事業概 要とともに収録した本『報告書』を取りまとめた。 本事業は、短い期間でかつ限られた予算の中であったが、4 回の定例研究会合、1 回の臨時研 究会合、5 回のヒアリング調査、7 回にわたる海外調査・および現地でのワークショップの開催 やシンポジウムへの参加、国内での1回の国際セミナーおよび 1 回の国際シンポジウムの開催を 実施することができた。また、それぞれの会合では、著名な国内外の有識者、実務者、政府関係 者などの参加を得ることができ、国内外から大変な関心も受けた。前述のとおり、中国の研究機 関からは高い関心を受けているが、タイで開催したワークショップにおいても、ASEAN 大学連 合からの協力を受けることができた。このことは、本事業が、中国や ASEAN をはじめとするア ジアでいかに注目を受けているか、本事業が如何に目的に向かって精力的に調査・研究を行い、 かつ国内外からの高い関心を受けていたかを示すものである。また、これらの実施を通じて、海 洋に関係する日本国内外の国際機関・組織、研究機関、有識者のネットワークを構築することが できたことは、当フォーラムの調査・研究能力を高めただけでなく、今後の日本の同分野におけ る研究の進展上大きな成果であった。 以上のとおり、本事業は、海洋秩序構築に向けた日本外交の在り方を探ることにおいて、メン バーの調査・研究とともに、国内外の実務者および有識者と協議を重ねながら、単なる学術的な ものではなく、実際の日本の外交政策に貢献できる研究成果をまとめあげる事に成功した。そし てその過程で日本の本分野の研究におけるネットワーク構築にも貢献することができた。アジア の海では、国際法が遵守されていない状況が続いており、今後如何にして海洋秩序を構築するの かは引き続き大きな課題であるが、本事業の二年度目以降の推進によって、それらに関する研究 領域の水準を高めることに大いに貢献できるだろう。このように本事業は、事業開始当初の目標 を十二分に達成しただけでなく、日本外交にとっても有益な知見を提供することに成功し、有意 義な成果をあげることができたと評価できよう。

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序章

はじめに

本研究会は、国際法・海洋法的アプローチによる海洋安全保障政策の策定に限界があるのでな いかという疑問からスタートしている。海洋安全保障に関する政策研究の大半は国際法学的アプ ローチが多く、「既存のルールがこうなっているから、それを守りましょう。守らない国はけし からん」という言説が圧倒的に多い。この傾向は、近年の中国による積極的な海洋進出をめぐる 規範的分析にも多用されている。 このアプローチ自体は、中国の国力が相対的に低迷していた状況では、特段の問題はなかった。 しかし、今や世界第二位の GDP を持つ経済大国になり、中国が提供する経済便益に周辺国が乗 っかるようになると、従来の「ルール遵守型」のアプローチでは中国の行動自体を動かすことが できない。いや、現在の海洋秩序がアメリカの強大な影響力の下でできたことを考えれば、追い 上げてくる挑戦国が既存の秩序に不満を持ち、それを修正しようと行動するのはむしろ当たり前 であるから、現存するルール自体を変革しようと試みる可能性がある。事実、私が本研究会の一 環として訪れたイタリアの国際人道法研究所では、中国人民解放軍から派遣された軍人が戦争 法・人道法について研究を深めているとの情報を得ている。その数、一年に数十名。日本の自衛 隊は陸海空それぞれ一名ずつの派遣だから、年を重ねる毎に中国の影響力が戦争法・人道法分野 において徐々に大きくなってくることは言うまでもない。 同様に、中国の影響力は、海洋秩序の領域についても言えるのではないか。しかも、国際政治 において、陸地はどこかの国家の所有物であるが、海洋はどこかの国家の所有物であると同時に、 国際社会全体の物(つまり、どの国家の所有物でもない)であるという相異なる概念が並立して いる。面倒なのは、「どこかの国の物」と「どの国の物でもない」との境界線が曖昧なことであ る。このようにあいまいな論理が掲げられるとき、国家間紛争というのは起こりやすくなる。

(1)本研究の出発点

このような事態に直面して、日本の海洋安全保障政策は今後どのようにあるべきだろうかとい うのが、本プロジェクトの出発点である。もちろん日本として、経済大国になった中国におもね る姿勢をとるべきではない。しかし、現在のように「そんなことしてはダメだ、ダメだ」といい 続けるだけでは、現状は何も変わらない。ましてや、中国自身は、既存の海洋秩序は自分たちの 国力がまだ低迷していた時期に欧米諸国が一方的に形成したものである、との理解であるから、 そのような秩序自体が自国に不利なものという見解を導くことになる。こうした観点に立てば、 「中華民族の偉大なる復興」という習近平のスローガンも、(自分が日本人でなければ)何とな く首肯できなくもない。 このような問題意識から、本年度の研究は実施され、また本報告書は構成されている。まず、 中国の推し進める「海洋強国」や「一体一路」政策がどの程度周辺諸国にとって有効であるかと いう論点について、渡辺紫乃論文(第1章)および山田吉彦論文(第4章)では、中国自身が自

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ら悩みながら海洋政策をどのように発展させて自国の利益を実現させてきたかをめぐる試行錯 誤のプロセスが明らかにされるとともに、普遍的な「一帯一路」政策がどの程度の公平性と透明 性を確保しうるかについて検討が加えられ、公平性や透明性に基づく普遍性を一定程度有したと きにこそ、この「一帯一路」政策は大きな影響力を持つということが指摘される。 次に、国家間においてどのように規範的ルールが形成され、またそのようなルールがどの程度 遵守されうるかという論点について、都留康子論文(第2章)は、オランダ・ハーグの常設仲裁 裁判所(PCA)によって 2016 年 7 月 12 日に出された裁定(Matter of the South China Sea Arbitration before an Arbitral Tribunal constituted under Annex VII to the 1982 United Nations Convention on Law of the Sea between the Republic of the Philippines and the People's Republic of China)が、中国と ASEAN 諸国でそれぞれどのように解釈されてきているかについて経緯を 追っており、また、佐藤考一論文(第3章)は、国際社会全体というよりは、中国と ASEAN 諸 国との間で交わされた重要合意文書の翻訳と分析を試みている。これらの論文は、中国によって も、厳密に「法」とまで行かなくとも、南シナ海紛争をめぐり何らかのルール形成をしようとす る試みと実践が為されてきていることを明らかにするとともに、中国自身が、海洋紛争の沈静化 に向けてどのような取り組みをしているかについて分析を試みている。 このような考察から導き出されるのは、必ずしもパワーのみが海洋秩序を成立させているので はない、という論点であるが、この点について、畠山京子論文(第5章)は、海洋秩序をめぐる 規範形成という観点から、南シナ海問題をめぐり、当事国が、いかに軍事力使用に基づく威嚇に 訴えることなく、問題の鎮静化あるいは解決を試みているかについての分析を行っている。 このように、本研究会はその初年度の活動において、「パワー」と「規範」という相異なる概 念を用いつつ、国際法・海洋法には収まりきらない海洋秩序の構築・維持の可能性をめぐり、各 メンバーの問題意識にもとづき考察を深めてきた。まだ初年度が終わったところゆえ、その手法 についてはいまだ暗中模索の域を出ないが、いずれにせよ既述のとおり、日本政府は、現在の領 土・海洋問題について、何らかの「新しい試み」としての政策方針を提出すべき状況にあるなか、 本研究会が今後さらに2年に亘り行う研究の成果が「新段階」の日本海洋政策になんら資するこ とができるよう、引き続き活動を展開していきたい。

(2)法の政治的利用

ところで、前節で、「海洋秩序はパワーのみでは成立しない」と指摘したものの、現行の中国 が形成を試みる海洋秩序には、たぶんに力に基づく側面があることは、すでに明らかになってい るとおりである。また、東シナ海における日中境界画定問題に関していえば、中国はその境界を 大陸棚の自然延長を強調するのに対し、日本は 200 海里に基づく中間線を主張している。ところ が中国は、ベトナムとの境界画定に際しては、大陸棚ではなく中間線を根拠に主張している。こ のように中国は、同じ排他的経済水域の権利を主張するにしても、ご都合主義で自国に有利なか たちになるようにしか振る舞わず、一貫性に欠けている。これは過去何十年にわたり指摘されて いることであり、日本として、そういう矛盾を突いて、「あなたたちの行動は法を利用しながら

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自分たちの利益を伸張しているだけである、つまり法の政治的な利用だ」と指摘することはでき る。法という普遍的な考え方に根拠を置くようにみせながら、実際には自国の利益を伸張してい るのが明らかだからである。 尖閣問題に関しては、中国側は、鄧小平時代に「将来の賢明な判断に任せよう」と棚上げした と主張している。日本側の論理では、尖閣の領有権に関して棚上げしたという話は日中の間には 存在しないことになっている。ところが、棚上げなどしていないという日本側は中国を刺激しな いように日本の船舶を入れることに非常に慎重な態度を取っているが、棚上げして主権の問題は 将来の賢明な判断に任せようと論じた中国の側が実際には尖閣海域に多数の船舶を入れて来る。 これは明らかな矛盾である。 棚上げをしたと言いながら自国の船を次々に入れて来るこうした中国の矛盾した行動や態度、 は明らかに力に物を言わせており、ときに一応譲歩して協調する姿を見せたかと思えば、数年後 にはまったく異なる行動に出る。そのようなことを頻繁に起こす中国の行動は、我々から見れば 明らかに力による現状変更である。

(3)中国側の視点

一方、中国の側に立つと違った視点が見えてくる。ルイス・J・ハレーが外交史の著書『歴史 としての冷戦』で冷戦の起源について論じている。ソ連はなぜ東欧諸国を衛星国にしていったの か。ドイツがポーランド国境を越えて侵入してきた独ソ戦の苦い経験から、一種のバッファゾー ンが必要だとの発想だったという。 中国にとっては、これと同じ論理が南シナ海に関して使えるといえる。当然のことながら、1940 年代に南シナ海を含め東南アジアにアクセスするための海上ルートに大きな影響力を持ってい たのは日本の帝国海軍だった。そのことを考えると、なぜ蒋介石が十一段線、九段線を言い始め たかが理解できる。ソ連の東欧に対する発想と同じような議論を適用し、自分たちの海だと言う ことによって日本やその他の国が入ることを許さない。制海権を握って中国の自由な行動を確保 するという論理である。しかし、これは後付けの論理であり、十一段線、九段線が政治的な産物 であることは明らかだ。その意味では、法的な客観性や根拠は存在しないという PCA の判決は、 当然といえば当然である。 いずれにせよ、中国は南シナ海を自分の管理下に置いておきたい。日本に勝ったという中国共 産党のイデオロギーの問題と南シナ海における管轄権は、中国の側に立てば筋が通ることになる。 しかし、こうなるともはや法ではない。たとえ中国にとっては防衛ラインとしての南シナ海の 制海権であっても、ベトナムをはじめ東南アジア諸国の視点から見れば到底受け入れることはで きない話である。国際的な海洋安全保障を論じるときに、国際法・海洋法はどこまで役に立つの かという根源的な問いかけが改めて浮上してくることになる。国際法・海洋法にもとづくアプロ ーチは、問題解決の方向性を見つけるという意味では役立つが、そこからさらに一歩、二歩前に 進み、いかに実効性ある対応をすべきかが課題である。 (伊藤 剛)

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第1章 中国の海洋戦略―海洋権益と海洋強国―

はじめに

中国は南シナ海や東シナ海において究極的に何を目指しているのだろうか。中国の海洋戦略は 必ずしも明確ではないが、中国が海洋をどのようにとらえてきたか、中国の海洋についての考え 方の変遷を把握することは、中国の海洋戦略を考えるうえで有益である。そこで、本稿では、中 国の海洋に関する重要な概念である「海洋権益」と「海洋強国」に焦点をあて、習近平政権下の これらの概念の扱われ方を整理する。

1.「海洋権益」

まず、「海洋権益」という用語が最初に法令の中で使われたのは 1992 年に制定された「中華 人民共和国領海及び接続水域法」(以下、領海法)である1。第 1 条によれば、領海法制定の目 的は、中国の「領海に対する主権と接続水域に対する管轄権を行使し、国家の安全と海洋権益を 保護するため」であることが規定されている。ここでは、海洋権益は国家の安全と並列され、保 護すべき対象として扱われた。 以後、中国では海洋の重要性が繰り返し表明されるようになった。例えば、1997 年 9 月の第 15 回中国共産党全国代表大会における政治報告のなかで、江沢民総書記は「海洋は持続発展が 可能な国土と資源の重要要素」と述べた。2002 年 11 月の第 16 回中国共産党全国代表大会にお ける政治報告では、胡錦濤総書記が海洋開発を実施する部署の必要性を指摘した2。このように、 中国は当初、海洋を開発する対象として経済的な文脈でとらえていた。 2011 年 3 月に発表された第 12 次 5 カ年計画(2011 年から 2015 年)において、中国は海洋をい っそう重視する姿勢を見せた。第 12 次 5 カ年計画は 16 編 62 章からなるが、第 3 編「転換のア ップグレード 産業コア競争力の向上」のなかの第 14 章に海洋に関する章「海洋経済の発展推 進」が設けられた。冒頭では「海洋の発展に関する戦略を制定・実施し、海洋の開発・コントロ ール・総合管理の能力を高める。」と記された3。そして、海洋産業構造の最適化と海洋の総合 管理の強化の 2 点から具体的な方策が挙げられた。 まず、海洋産業構造の最適化として、①海洋経済の発展の科学的な計画と海洋資源の合理的な開 発・利用、②海洋の研究開発の強化と海洋の開発利用能力の強化、③港湾の配置の最適化、④海 洋経済の空間配置の最適化、⑤山東省、浙江省、広東省などの海洋経済の発展の取り組みの推進 が挙げられた。次に、海洋の総合管理の強化としては、①海域と海洋島の管理強化、海洋島の保 護・利用の促進、辺境の海洋島の発展、②海洋の環境と生態系の保護、③近海資源の過度の開発 の抑制、④海洋の災害防止・被害軽減体制の整備と海上の突発的事案に対する緊急対応能力の強 化、⑤海洋の総合調査活動および測量・製図活動の強化、⑥海に関する法律・法規・政策の整備、 ⑦海上輸送航路の安全の保障と中国の海洋権益の擁護が挙げられた。このように、第 12 次 5 カ 年計画においては主に「海洋経済の発展」の重要性が強調された。同時に、海洋を管理すること の必要性も意識されており、「海洋権益」の擁護はシーレーンの安全の保障と並列された。

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さらに、習近平政権発足直前の 2012 年 9 月、中国共産党中央に「中央海洋権益工作領導小組」 が設立された。習近平自らが組長に就任したことは、中国にとって海洋権益が非常に重要なもの として位置づけられたことを示している4。

2.「海洋強国」

2012 年 11 月の中国共産党第 18 回全国代表大会において、胡錦濤総書記は政治報告のなかで 「海洋資源の開発能力を高め、海洋経済を発展させ、海洋生態環境を保護し、断固として国家海 洋権益を守り、海洋強国を建設すること」を提起した。ここで初めて中国は公式に「海洋強国」 の建設に言及した。ただし、この段階でも「海洋強国」の建国は生態文明建設の文脈で言及され ており、安全保障の一環として位置づけられていたわけではなかった5。 その後、国家海洋局の劉賜貴局長は、政治報告で初めて「海洋強国」が提起されたことを受け て、「海洋強国」について説明した。劉は、海洋強国の建設は「中華民族が永遠に発展しつづけ、 世界強国へと向かうために通らなければならない道」とした。そして、「海洋強国とは、海洋開 発・海洋利用・海洋保護・海洋管理統制などの面で総合的な実力を有する国を指す。中国経済は すでに海洋に高く依存する外向型経済へと発展しており、海洋資源・海洋空間への依存度が大幅 に高まり、管轄海域外の海洋権益についても絶えず保全・開拓していかなければならない。これ らを保障するためには海洋強国の建設が必要だ。」と述べた6。劉の発言は、海洋の重要性を経 済的な文脈でとらえつつも、海洋権益は中国の管轄海域外へと拡大される必要があり、海洋強国 の建設はそのための手段であることを示唆している。 以後、習近平総書記の下で「海洋強国」の建設が安全保障の文脈でも重視されるようになった。 2013 年 7 月 30 日には「海洋強国」の建設をテーマとして中国共産党中央政治局の第 8 回集団学 習会が開催された。習近平は、「海洋強国」の建設は、経済の持続的で健全な発展の推進、国の 主権、安全、発展の利益維持、小康社会の全面完成の実現、中華民族の偉大な復興の実現にとっ て重大で深遠な意義があり、海洋強国の建設推進で新たな成果を収めるべきであると発言した。 さらに、中国は国の海洋権益の擁護と維持に配慮するようになるべきこと、平和的発展の道を歩 んでも中国の正当な権利を放棄したり、中核的利益を犠牲にしないこと、国の主権、安全、発展 の利益を一つにし、海洋権益維持を総合国力の向上に見合ったものにすること、海洋権益を守る 能力を高め、自国の海洋権益を断固守ること、中国の「主権は自らにあり、紛争を棚上げし、共 同で開発する」方針を堅持し、互恵友好協力を推進し、共通の利益を探り拡大すべきことなどを 明確にした7。以上の習近平の発言では、「海洋強国」の建設は経済発展のみならず主権や安全 保障の維持に必要であること、中国の総合国力に見合った「海洋権益」を守る能力を持つ必要が あることが強調されており、経済的な文脈でとらえてきた従来の発想からの転換がみられる。 その後も中国の「海洋権益」と「海洋強国」の建設を重視する姿勢は変わらない。2016 年 3 月 に発表された第 13 次 5 カ年計画は 20 編 80 章から成るが、海洋については第 9 編「地域の協調 発展を推進する」の第 41 章「海洋経済空間の拡大」で言及された。冒頭では、「海洋経済を発展 させ、海洋資源を科学的に開発し、海洋生態環境を守り、海洋権益を擁護・維持し、海洋強国を

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建設する」と明確にされた。そして、海洋経済を強大にすること、海洋資源環境の保護を強化す ることに加え、新しく海洋権益を維持・擁護することが掲げられた。 まず、海洋経済の強大化については、海洋産業構造の適正化、海洋科学技術の発展、海洋経済発 展試験区の建設の推進などが示された。海洋資源環境保護の加速としては、海洋生態系の総合管 理、海岸地帯の保護と修復、水産物の漁獲の統制、海洋資源探査と開発の強化、汚染物資の海洋 廃棄や排出の総量規制の実施、海洋稀少種の保護、海洋気候変化の研究、海洋監督監視制度の実 施などが挙げられた。さらに、海洋権益の擁護としては、領土主権と海洋権益を有効に擁護する こと、海上法執行機関の能力建設を強化し、海上侵害行為に適切に対応し、管轄海域の海上航行 の自由とシーレーンの安全を擁護すること、国際及び地域の海洋秩序の構築と擁護に積極的に参 加し、周辺国家と海に関する対話協力メカニズムを整え、海上実務協力を推進すること、海に関 する事務協議メカニズムをいっそう整え、海洋戦略の頂上設計を強化し、海洋基本法を制定する ことが列挙された8。 2017 年 10 月の中国共産党第 19 回全国代表大会では、習近平が政治報告を行い、実績を説明す る「一 過去五年の活動と歴史的変革」のなかで、南シナ海の島嶼建設を積極的に推し進めたこ とと海上の諸権益の擁護を効果的に遂行したことをアピールした。南シナ海の島嶼建設は、「経 済建設が大きな成果を収めた」という文脈で、具体的な成果の一つに挙げられた。海上の諸権益 の擁護は「軍隊強化・軍隊振興が新たな局面を切り開いた」という文脈で、「国防・軍隊改革に 歴史的な突破があり、中央軍事委員会の集中的・統一的指導、戦区主導の作成指揮、各軍種主体 の軍隊建設を可能にする新たな枠組みが形成され、人民軍隊の組織構成・戦力体系が革命的な変 革を遂げた。訓練・戦備を強化し、海上の諸権益の擁護、テロ取締り・治安維持、災害救助、国 際平和の維持、アデン湾の船舶擁護、人道的救援などの重要任務を効果的に遂行した。」と言及 され、人民解放軍の活動の一環として扱われた。 そして、「海洋強国の建設」は安全保障の文脈で扱われるに至った。具体的には、「五 新たな発 展理念を貫き、現代化経済体系を構築する」の「(四)地域間の調和発展戦略を実施する」とい う今後の方針のなかで、「辺境地区の発展を加速し、辺境地区の安定と安全保障に万全を期す。 陸海の統一的計画を堅持し、海洋強国の建設を加速させる。」と言及された。

おわりに

以上のように、習近平政権になってから海洋の扱われ方が大きく変化した。海洋は、従来の中国 経済の発展のために開発すべき対象であると同時に、安全保障を担保するための目標に格上げさ れた。「海洋強国」の建設は習近平政権下の国家目標であると言える。中国は今後も海洋強国と なるべく、海洋進出をより積極的に行うはずである。 ただし、「海洋強国」とは具体的にどのような国なのかは必ずしも明確ではない。中国の指導 者層の間に「海洋強国」について現段階で確固たるイメージがあるというよりも、中国を取り巻 く国際環境の変化や中国の対外関係、中国国内での議論の動向などによってその具体的な中身が 決まっていくものと考えられる。

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実際、中国では南シナ海への進出をめぐって論争がある。中国はまだ南シナ海について一貫した 戦略を形成しておらず、国内では概ね 3 つの立場に分かれているとする研究がある9。地域の安 定を極力壊さずに中国の主権と海洋権益を守ろうとするプラグマティスト、中国の主権と海洋権 益を最大化して中国の南シナ海支配を隔離したいとする強硬派、中国の海洋権益の保護の重要性 を認識しつつも東南アジア諸国からの支持を得ることを重視する穏健派の 3 つのグループである。 それぞれの立場を支持するアクター間の力関係の変化や中国の行動に対する関係諸国の反応や 対応により、特定の立場が支配的な見解となり、中国の南シナ海に対する政策や行動が決まって くるという。 習近平政権下の中国において海洋に関する重要な概念である「海洋権益」や「海洋強国」の取り 扱われ方が変わってきている状況を考慮すれば、中国の海洋戦略自体、現在も形成途上にあると 考えられる。中国の海洋戦略自体が論争の対象であり、様々なアクターが議論を展開するなかで、 諸外国の反応や批判も考慮しつつ、海洋戦略が定まっていくものと考える方が自然である。その ため、中国の海洋での行動に対して、日本をはじめとする国際社会全体がしっかりと主張してい くことが肝要である。 (渡辺 紫乃)

関山健「中国の海洋権益と南シナ海」2010 年 12 月 14 日、http://blogos.com/article/5253/( 2018 年 3 月 14 日アクセス)。 2 竹田純一「中国の海洋政策―“海洋強国”目標への軌跡と今後―」『島嶼研究ジャーナル』第 2 巻第 2 号、 2013 年 4 月、90 頁。 3 「中華人民共和国国民経済と社会発展 第十二次五ヶ年計画要綱」 https://www.spc.jst.go.jp/policy/national_policy/plan125/index_125.html(2018 年 3 月 23 日アクセス)。 4 土屋貴裕「中国の海洋安全保障政策カントリー・プロファイル」、日本国際問題研究所編『インド太平洋 における法の支配の課題と海洋安全保障『カントリー・プロファイル』研究報告[地域研究会(国別政策研 究グループ)]』、2017 年 3 月、5 頁。 5 増田雅之「中国の海洋戦略と海上法執行機関――発展戦略から強国戦略へ」、ウィリアム・タウ/吉崎知 典編『国際共同研究シリーズ 10 防衛研究所―オーストラリア国立大学(ANU)共同研究 ハブ・アンド・ スポークを超えて 日豪安全保障協力』、2014 年、66 頁。 http://www.nids.mod.go.jp/publication/joint_research/series10/pdf/series10-4.pdf(2018 年 3 月 14 日アクセ ス)。 6 「党大会報告で提起された「海洋強国」、その重要な意義」2012 年 11 月 12 日、 http://j.people.com.cn/95952/8014987.html(2018 年 3 月 19 日アクセス)。 7 「習近平主席、海洋強国建設を強調」2013 年 7 月 31 日、 http://www.china-embassy.or.jp/jpn/zgyw/t1063249.htm(2018 年 3 月 19 日アクセス)。 8 「国民経済和社会発展第十三個五年規劃綱領」http://www.12371.cn/special/sswgh/wen/#19(2018 年 3 月 22 日アクセス)。

Feng Zhang, “Chinese Thinking on the South China Sea and the Future of Regional Security,” Political

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第2章 海洋をめぐる国際法的アプローチの現状と課題

―南シナ海仲裁の意義―

はじめに

南シナ海をめぐっては、島の領有権や、海洋の境界画定がなされないまま、フィリピン、ベト ナム、マレーシア、ブルネイ、中国等の主張が錯綜し、紛争の海と化している。とりわけ、2000 年代にはいり、中国の力に物を言わせた海洋進出を行うようになると、南シナ海紛争は、中国と その他 ASEAN 諸国という対立として表象されるようになった。その海洋を規定する国際法は、 海の憲法とも称される「国連海洋法条約」(以下、UNCLOS)が中心である。とはいえ、同条約 は、枠組み条約として位置づけられ、個別紛争においては、どのように解釈され、適用されるか が問われることになる。南シナ海には 250 以上の島、礁があり、当事国も複数であることを考え ると、2 国間による交渉の積み上げ、あるいは多国間の交渉を土台とする条約による解決が困難 であることは容易に想像がつこう。 こうした海域が司法の場ではじめて争われたのが、フィリピンが国連海洋法条約第ⅩⅤ部に基 づき、中国を相手に仲裁裁判への付託を行い、2016 年の 7 月 12 日に判断が下された「南シナ海 仲裁」である。日本では、この結果を各全国紙が一面でとりあげ、フィリピンの 15 の申し立て のうち、14 の申し立てがほぼ主張通りに認められたことから、中国の「全面敗訴」を指摘する ものもあった1。一方、当初から裁判所の管轄権なしとの立場で一貫していた中国政府は、同日 に「無効ある」との声明をだし2、結局、仲裁判断は遵守されないまま今日に至っている。当初 から予想された中国の対応であり、大国であれば国際法を守らなくても見逃されることを示した にすぎないのなら、国際法の意義自体も問われかねない。 本レポートは、仲裁裁判所の管轄権から本案までの判断を概観するとともに、仲裁裁判の今後 の紛争解決へ向けた影響と意義を考察するものである。

1.仲裁裁判への経緯とフィリピンの主張、論点

仲裁裁判の手続きは、2013 年にフィリピン(当時アキノ大統領)が UNCLOS の紛争解決手 続きを規定する第 XV 部に基づき開始したものである。フィリピンは当初から、15 の申し立てを 行った。1 は中国の南シナ海における権原は、UNCLOS の下で許される限度を超えてはならな いこと、2 は中国の主張するいわゆる“九段線”に囲まれた海域における主権、管轄権および歴史 的権利(historic rights)は、UNCLOS に基づく権原を地理的も実質的にも超えるものであり、 法的効果を持たない3との主張である。また申し立ての 3-7 は、スカボロー礁をはじめとする個 別の環礁について、満潮時に海に沈む低潮高地(暗礁)であり、国際法での領海の基点とならな いのではないか等、海洋地形の法的性質について問題としている。また、8-15 については、当 該海域における中国の活動の違法性についてである。なお、フィリピンの訴え自体が、南シナ海 の島嶼の主権や境界画定を問題とはしていないことは、仲裁裁判の結果を冷静に評価する上で、

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注意しなければいけない点であろう。 これに対して、中国は、フィリピンや仲裁裁判所への口上書(Notes Verbale)を通して、仲裁手 続きを拒否することを表明していたが、2014 年 12 月には、仲裁裁判の手続き自体を受け入れず、 参加しないことを示す Position Paper を公表した4。その主張は、仲裁裁判所にそもそもの管轄 権がないとするものである。その理由として、第一に仲裁の扱う問題が南シナ海の海における領 土主権にかかわる問題で、UNCLOS の範囲を超え、また条約の適用や解釈を扱うものではない こと5、第二に中国とフィリピンは二国間において、また、南シナ海の行動宣言において、関連 する紛争を交渉で解決するとしていることから、一方的な仲裁手続きの開始は、国際法に基づく 義務を違反であること、第三にかりに UNCLOS の適用・解釈の問題だとしても、当該仲裁は両 国間の海洋境界画定の問題を含み、中国が 1996 年の UNCLOS 採択時に行った選択的除外の宣 言の「大陸または島の領土に対する主権その他の権利に関する未解決の紛争」、また、2006 年の 「国連海洋法条約第 298 条の 1 項(a)~(c)」に該当するとし6、仲裁裁判所の管轄権を否定し た。なお、中国外務省はこの position paper を提出するにあたって、仲裁裁判に応じることを意 味しないし、その後 2015 年 7 月の口頭弁論にも出廷しなかつた。 そして、2015 年 10 月、仲裁裁判所は、UNCLOS 付属書第Ⅶによって適切に組織されており、 中国が審理に参加しないことは管轄権の問題とはならないとし、その管轄権を認める判断を下し た7。ここで、本案判断との関係で重要になってくるのが、中国の「歴史的権利」(historic rights) の問題が、第 298 条で除外可能な歴史的権原(historic titles)の範囲内にあるかどうかに管轄権 の有無の判断を左右するとした上で、この問題自体は、本案に先送りしている点である8

2.仲裁裁判の本案概要

2016 年 7 月 12 日の仲裁裁判所の判断は、おおむね、申し立てを認めるものとなったのは周知の 通りである。その内容は、フィリピン側の 15 の申立を 4 つにわけて論じている9。まず、これま でも論争をまきおこしてきた九段線に囲まれた水域の中国の「歴史的権利」については(申し立 て1、2)、UNCLOS とは両立しないとした。 また、地形の法的性質については(申し立て 3-7、ならびに 8,9 とも関係)、仲裁裁判所は、UNCLOS が島の制度について第 121 条で示す 1 項~3 項を起草過程にさかのぼり検討し、特に 1 項の示す 「自然に形成された陸地であって、水に囲まれ、高潮時(high-tide)においても水面上にあるの もの」と 3 項の示す「人間の居住または独自の経済的生活を維持することのできない岩は、排他 的経済水域(EEZ)または大陸棚を有しない」について、それぞれ詳細に説明した。その上で両 者の関係についても、1 項の要件を満たす場合であって、かつ 3 項の要件を満たす場合に「完全 に権原を有する島」であるとし、排他的経済水域と大陸棚を有するとした。一方、3 項を満たさ ない場合は、「岩」として区別し、EEZ と大陸棚を有しないとした。すなわち、3 項を「島」で あることの要件として厳格に解釈を示していることになる10 ここで、スカボロー礁、ジョンソン礁、クアテロン礁、ファイアリクロス礁、ガベン礁(北)マ ケナン礁を岩として、スプラトリー諸島における比較的大きな他のイトゥ・アバ(太平島)、テ

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ィツ島、スプラトリー島などについても、飲料水に適した淡水の存在、植生、農業の可能性、漁 民の存在、商業活動などを物理的に検討し、居住不可能とは結論付けられないが、歴史的証拠を さらに検討することによって、第 3 項の要件を満たさないことを示した11。なお、こうした検討 の過程で、環礁の埋め立てなどの人為的改変や、軍人や公務員が外から入ることについては、島 を形成するものではないとしている (para550)。 これらの地形を明らかにする中で、ミスチーフ礁ならびにセカンド・トーマス礁はフィリピンの 200 カイリ内にある(para647)とした他は、南シナ海の係争海域の大半は、公海あるいはフィ リピンの EEZ であると結論づけたことになる。 そして、このことから、中国による岩礁の埋め立てなどの活動(申し立て 8-13)についても、 UNCLOS をはじめとする国際法への違法性を確認した。具体的には、申し立てにあった、フィ リピンの伝統的な漁業活動を妨害したこと、環境保護・保全する義務を怠ったことなど、さらに、 紛争解決手続きが継続(これらにより紛争中にもかかわらず、中国の活動が地形の自然状態が不 明瞭にし、仲裁裁判の実施を困難にし、紛争を悪化・伸長させたことも、国連海洋法条約ならび に一般国際法上の義務違反と認定した。

3.仲裁裁判の評価とその後

仲裁裁判をどのように評価するかは、国際法解釈の点と政治的な影響力の両方について論じる必 要があろう。 国際法的視点でいえば、仲裁裁判は、これまで曖昧であった問題にかなり切り込んだと評価する ことが可能であろう。中国はこれまで、九段線の正確な緯度や経度、法的に何を意味するのか、 また九段線を主張する根拠を明確に示すことはなかった。1947 年に政府内文書として、南シナ 海への主権的権利を示す「十一段線」をえがいた地図を回覧したのが、1953 年には九段線へと 修正された12。本来国内向けであったものが公式な国際的文書として提示されたのが、大陸棚限 界委員会に中国の提出文書に添付された地図であった13。しかし、その主張するところは依然と して、曖昧であった。この点をついて、フィリピンは中国の「九段線」の主張の中から、選択的 に管轄権から除外されてしまう南シナ海の島嶼や海域に対する中国の主権や「歴史的権原 (historic titles)」としての筋立てではなく、中国の主張が歴史的に形成された権利主張と結び ついている「歴史的権利」としての議論の側面のみを切りだして仲裁裁判の手続きを争う戦術を とり14、また、それを裁判所も認定したことになる。判断の結果として、両国間の紛争は、いく つかの島嶼の領有権とその周囲の 12 カイリに限定され、縮減したことになる15。その意味で、 フィリピンの裁判戦術はすぐれていたことになろう。 また、これまで学説的にも様々に議論されてきた UNCLOS の島に関する 121 条の 1 項と 3 項 についての関係を明確に示した。もちろん仲裁裁判は当該紛争当事国で完結するものではあるが、 他の領域で“島”をめぐる紛争を抱えている領域や、すでに大陸棚限界委員会で大陸棚が認定され ている地形の実行との整合性などが今後論議を呼ぶ可能性はある。 一方、一貫して仲裁裁判を無効であるとの立場をとっている中国に対して、仲裁裁判判断は法

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的拘束力を持つが、従わない国にたいして強制的に執行する力を持ちあわせていないのが国際社 会の現実である。欠席のまま裁判が進められ、主張してきた九段線が法的に否定された以上、中 国が判断を受け入れる余地はなかった。実際に、判決後に中国の行動が沈静化したということは なく、ASEAN 外相会議などででも強気の姿勢を崩していない16。一方の当事国であるフィリピ ンのドテルテ大統領が経済を優先し、中比関係を重視しており、ことさらに仲裁裁判の結果を交 渉材料としている様子は報道上では伺いしれない。このようにしてみてくると、仲裁判断が政治 的に影響を即断することはできない。しかし、少なくとも「九段線」の国際法的な正統性は論外 であったことが内外に示され、その後、中国から「九段線」が公式の場ではきかれなくなってい ることを考えると、今後、どのような理由づけで、南シナ海への行動を正当化するのか、その論 拠が注目される。

おわりに

今回の仲裁判断に対して、その拘束性を無視し、応じないとする中国の姿勢にはもちろん批判 がなされよう。しかし、振り返って、ことさらこの南シナ海仲裁紛争だけで、大国と国際法の関 係を議論するのは議論の矮小化といわざるを得ない。例えば、1984 年に ICJ にニカラグアがア メリカの軍事活動に対する事件を付託した際、アメリカは強制管轄権受諾国であるにもかかわら ず、出廷することはなく、また仮保全措置の判断にも従うことはなかった17。また、2013 年に オランダが、グリンピースの自国船籍がロシアのガス田に近づき行動し拿捕された事件で、ロシ アを国際法違反として仲裁裁判に付託したが、ロシアは裁判には出廷せず、一部賠償を命じた判 断にも従っていない。また、裁判絡みでなくとも、アメリカによるイラク攻撃、NATO による コソボ爆撃、ロシアによるクリミア半島奪取など、大国であるがゆえに国際法を無視して大国の 暴挙は枚挙のいとまがない。 国際裁判は、もともと「合意なきところに裁判なし」と示されるように、当事国両国がその判 決に従う意志があることが大前提であり、そうであればこそ、例えばジョホール海峡におけるシ ンガポールの埋め立てに際しマレーシアが訴えた際も、判決を待たずにシンガポール側が計画を 変更されるなど、交渉駆け引きのきっかけにもなりうるものである。しかし、当初から裁判への 意思がない場合に、管轄権が法的に成立しても、遵守を求めるのは中国であるかどうかにかかわ らず、困難である。そう考えれば、当初から仲裁裁判判決がその後に与える政治的影響について 過度な期待を求めたこと自体が間違いなのかもしれない。 (都留 康子)

『毎日新聞』2016 年 7 月 13 日朝刊。『読売新聞』2016 年 7 月 13 日。後者では、国際法を拒む異質の大国 という論説が掲載されている。

声明の中では、”…null and void.” としている。Statement of the Ministry of Foreign Affairs of the People's Republic of China on the Award of 12 July 2016 of the Arbitral Tribunal in the South China Sea Arbitration Established at the Request of the Republic of the Philippines, July 12, 2016.

http://www.pcacases.com/web/sendAttach/1506, para 100.

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South China Sea Arbitration Initiated by the Republic of the Philippines, http://www.fmprc.gov.cn/mfa_eng/zxxx_662805/t1217147.shtml

国連海洋法条約の第 288 条 1 項は、287 条に明示される紛争解決の手段における管轄権は、国連海洋法条

約の解釈又は適用に関する紛争であるとする。

国連海洋法事務局のホームページ

http://www.un.org/depts/los/convention_agreements/convention_declarations.htm#China Upon ratification より。国連海洋法条約では第 298 条では、条約当事国であれば、第ⅩV部第二節の規定(義務的手続き)の 適用から選択的に除外できることになっており、中国はこれまでに 2 回にわたって行っている。

PCA Case No.2013-19, Decision of Award on Jurisdiction and Admissibility dated Oct 29, 2015,

http://www.pcacases.com/web/sendAttach/1506 ただし、フィリピン申し立ての九段線の部分 1,2 ならび に、5,8,9,12,14 については、管轄権についても本案とあわせて検討することとした。 8 http://www.pcacases.com/web/sendAttach/1506, para 398. 「歴史的権利」が主権や歴史的権原の範囲に ならないとすれば、管轄権の除外対象ではなくなる。すなわち、裁判管轄権の成立を意味する 9 http://www.pcacases.com/pcadocs/PH-CN%20-%2020160712%20-%20Award.pdf 10 加々美康彦「南シナ海仲裁裁判における島の定義」国際法学会エキスパートコメント No.2016-10, 国際 法学会ホームページ(http://www.jsil.jp/expert/20160927.html)よりダウンロード。 11 漁業者などの存在が指摘されている太平島についても、そもそもの居住ではないとし、厳しく第 3 項の 要件を満たさないことを指摘している。

12 Zhiguo Gao and Bing Bing Jia, “The Nine-Dash Line in the South China Sea: History, Status, and Implications,” The American Journal of International Law, Vol. 107, No. 1 (January 2013), p.99. 13 Note Verbale No.CML17/2009,

http://www.un.org/depts/los/clcs_new/submissions_files/submission_mysvnm_33_2009.htm ベトナムとマ レーシアが合同で大陸棚を申請を行ったことに対応して提出されたものである。 14 中島啓「南シナ海仲裁判断の意味」国際法学会エクスパートコメント No.2016-6、同上。筆者のいうとこ ろの仲裁裁判管轄の限界と「九段線」の曖昧さという事情を踏まえたフィリピン側弁護団の現実的な訴訟戦 略の意図した結果という見方は、正鵠を射ている。 15 西本健太郎「南シナ海に対する比中間の仲裁手続きにおける仲裁裁判所の意義」『Ocean Newsletter』2016 年 9 月 15 日。 http://www.spf.org/opri-j/projects/information/newsletter/backnumber/2016/386_1.html 16 『毎日新聞』2016 年 7 月 26 日。共同声明では、「国際法に基づく紛争の解決」や「法的、外交的プロセ スの尊重」による地域の安定化の重要性を強調しており、「法の支配」を何とか盛り込むも、カンボジアの フンセン首相は、「仲裁裁判を支持しない」と明言していた。 17 係争中に、アメリカは、ICJ の強制管轄受諾を撤回している。 <その他の参考文献リスト> 常設仲裁裁判所の南シナ海事件のホームページ http://www.pcacases.com/web/view/7 特に本案については、 http://www.pcacases.com/pcadocs/PH-CN%20-%2020160712%20-%20Award.pdf

Agora: The Souch China Sea, in The American Journal of International Law, Vol107, No.1, 2013. 村瀬信也、江藤淳一共編『海洋境界確定の国際法』東信堂、2008 年。

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第3章 南シナ海紛争の分析と展望

―ASEAN 中国南シナ海紛争重要合意文書の抄訳と分析―

はじめに

南シナ海は、戦略原潜の航行に適した深度のある海域で、一定量の漁業資源があり、エネルギ ー資源の存在も期待されている。1そして、四つの諸島にまとめられる、島礁群2がある。四つの 諸島とは、プラタス諸島(東沙群島)、パラセル諸島(中国名:西沙群島)、スプラトリー諸島(中 国名:南沙群島)、マックレスフィールド・バンク(中沙群島)、である(各諸島の位置関係につ いて、図1を参照)。この内、スプラトリー諸島とパラセル諸島について、中国・台湾・ベトナ ムが全島礁の主権を主張している。ブルネイ、マレーシア、フィリピンは、スプラトリー諸島の 一部の島礁の主権を主張している。ブルネイを除く全係争当事者が、互いにいくつかの島礁を占 拠して対峙している。パラセル諸島は中国が占拠している。マックレスフィールド・バンクにつ いては、中国・台湾が全島礁の主権を、フィリピンがスカボロー礁の主権を主張している。プラ タス諸島については、中国と台湾が全島礁の主権を主張しているが、台湾が占拠している。 中国は、南シナ海紛争の解決の ための、2016 年 7 月 12 日のハー グの仲裁裁判所の裁定を拒否した。 3また、これまで国際司法裁判所な どでの訴訟を受け入れたこともな い。だが、ASEAN 諸国や、組織と しての ASEAN との間で、過去に、 何度か紛争の緩和のための目標や 取決めを記した、拘束力の弱い合 意文書を作成したことはある。ま た、ASEAN 域内で中国への提示を 目指して協議された草稿もある。 本稿の目的は、それらの中で筆者 がアクセスできた、合意文書もし くはその草稿の内容を抄訳・分析 することによって、南シナ海紛争 の行方への示唆を得ることである。 以下、第二節では、ASEAN 諸国の 内、フィリピンとベトナムが、中 国と個別に二国間で合意した文書 を見て行く。具体的には、1995 年 8 月の「南シナ海と他の諸分野の協 図1:南シナ海諸島の位置関係:出所 佐藤考一「中国と『辺 疆』:海洋国境」北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター『境 界研究』No. 1、2010 年、23 頁に加筆。

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力に関する中国・フィリピンの共同声明」と、2011 年 10 月の中越の「海洋問題の解決を導く基 本原則についての合意」である。続いて第三節で、ASEAN 内部、あるいは ASEAN と中国の間 の交渉で提示された、文書や草稿、もしくはその概説文書を見て行く。具体的には、1999 年 7 月の ASEAN 外相会議に、フィリピンとベトナムによって提示された「南シナ海の係争当事者間 の行動規範」の草稿、2002 年 11 月の ASEAN 中国首脳会議で採択された「南シナ海の係争当事 者間の行動宣言」(DOC)、2011 年 7 月に ASEAN 中国外相会議で合意された「南シナ海の係争 当事者間の行動宣言(DOC)の実施ガイドライン」、2012 年 7 月の「南シナ海に関する ASEAN の 6 原則についての ASEAN 外相たちの声明」、そして、2017 年 7 月に ASEAN 中国外相会議が 合意した「南シナ海の係争当事者間の行動規範(COC)」の枠組みについての、シンガポールの 東南アジア研究所(ISEAS)から出された概説文書である(COC の枠組みは未公表)。第四節で、 これらの知見から得られた筆者なりの示唆を提示する。

2.フィリピン、ベトナムが中国と個別に結んだ合意文書の分析

(1)「南シナ海と他の諸分野の協力に関する中国・フィリピンの共同声明」4(抄訳) 1995 年 8 月 9‐10 日に、中比両国はマニラで会合し、紛争の解決が待たれる間、海域での 行動規範(a code of conduct)として、以下の諸原則に従うことに同意した。

①領土問題が中比の関係の正常な発展を阻害しないこと、紛争は平和的、友好的な方法で、 平等で相互を尊重する基礎に立つ協議を通じて解決される。 ②地域の平和と安定の雰囲気が強化されるよう、また武力行使あるいは力による脅威で紛争 を解決することを避けるため、双方が信頼と信用を醸成できるような努力が払われるべき である。 ③最終的な二国間紛争の解決の交渉を視野に入れ、共通の土壌を拡大し差異を狭める精神に 基づき、段階的、前進的な協力のプロセスが採択されるべきである。 ④国連海洋法条約を含む認知された国際法に沿って二国間紛争を解決することに合意した。 ⑤双方は開放的な精神態度を維持して、適切な時に南シナ海の多国間協力を追求する地域諸 国の建設的な主導権と提案に向かう。 ⑥海洋環境保護、航行の安全、海賊防止、海洋科学研究、災害の軽減と統制、捜索救難、気 象、海洋汚染統制等の分野の協力を促進することに同意した。最終的にはこれらの協力を 多国間で実施することにも同意した。 ⑦南シナ海の海洋資源の保護と維持のために全ての係争当事者が協力すべきである。 ⑧紛争は、南シナ海の航行の自由への偏見なく、直接関係する諸国によって解決されるべき である。これらの 8 項目の他に、双方は南シナ海における、法的問題、持続可能な経済協 力、と漁業協力の専門家の間の協議に合意し、二国間協力の重要性と信頼醸成の重要性に も同意している。

参照

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