―アジアにおける新たな海洋管理の必要性―
中国の習近平国家主席は、「中華民族の偉大なる復興」を目標として掲げている。この目標を 具体的な構想としものが「一帯一路」である。一帯一路とは、中国が中核となり、ユーラシア大 陸を一体化した経済圏を創設する構想である。内陸部を通じアジアと欧州を結ぶ「シルクロード 経済ベルト」と海上交通による「21 世紀海上シルクロード」を掌握し、中国が基点となる国際 社会、経済の創設を目指すものである。
一帯一路を実現するためには、交通網を含めたインフラ整備が不可欠であるが、その実施には 多大な投資が必要となる。中国は、国家予算にて「シルクロード基金」を創設し、アジア諸国に
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億ドル以上の資金を投資している。また、独自の資金だけではなく、さらに、国際的な協力 により資金を集め新たな社会の構築を目指しアジアインフラ投資銀行(AIIB)を創設した。しか し、内陸部を始めとした中央アジア諸国や南アジア諸国におけるインフラ整備にはリスクが多く、AIIB
出資国の同意をえることができる投資案件は少ない。現実的には「一帯」周辺の整備には 困難を有する。その点、海路の「一路」は、既存の海上交通網の上に立脚しているため、効率的 な投資が可能である。中国の一路への進出は、かなり早い段階から着実に進んでいる。まず、海 上の主導権を握るために、南シナ海に七つの人工島により拠点を形成し、アジア各地に拠点港湾 を持つ「真珠の首飾り」戦略を進めている。パキスタンのグワダールには大規模な港湾を建設し、スリランカでは、同国南部のハンバントタ港における99年間の運営権を中国企業が取得し、実 質的に中国の管理下に置いた。さらにモルジブ港湾建設プロジェクトを推進し、ミャンマーでは 中国とベンガル湾を結ぶパイプラインの整備などや港湾建設を目指している。
しかし、中国は一路の要衝に「点(拠点)」を整備したが、それを連携させる「線」としての つながりが希薄である。南シナ海とインド洋を結ぶ交通の要衝マラッカ・シンガポール海峡は、
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年間のわたり管理体制の維持・整備に協力を続けてきた日本と安全保障を支援してきた米国 の影響が強く、真珠の首飾りを分断しているのだ。中国は、マラッカ海峡を勢力下に置きたいと 考えているが、同海峡で強引な行動を起こすと紛争地となり船の通航が阻害され中国経済に大打 撃を与えることになる。これは、マラッカジレンマと呼ばれている。マ・シ海峡の管理体制は、一帯一路の方向を握る鍵となっているのである。
マラッカ・シンガポール海峡は、日本が輸入する石油の
80%以上が通過する「日本の生命線」
といわれるほど重要な海域であると同時に、貿易大国となった中国においてもその重要性は増し ている。同海峡の航行安全、安全保障は、日本、中国、そしてアジアの国々に多大な影響を与え ることとなる。
2014
年に国土交通省所管の公益団体「一般財団法人運輸政策研究機構」(現運輸総合研究所)が、日本財団の助成を受け行った調査によると、
2012
年にマ・シ海峡を通過した船舶数は、126,619
隻であり、船籍国別隻数比較では、1位パナマ28,092
隻(22.2%)、2位シンガポール15,686
隻(12.4%)、
3
位リベリア13,737
隻(10.8%)、4
位中国12,052
隻(9.5%)、5
位マレーシア8,118
35
隻(6.4%)の順である。通過する船舶が搭載している積荷の量である「載貨重量トン数」ベー スでは、1位パナマ(22.4%)、2位リベリア(13.6%)、3位中国(12.9%)と代表的な便宜置籍 国と中国船の通過量が多い。実質船主所在国としては、隻数ベースでは日本が最も多く
16,808
隻(13.3%)で、2位ドイツ14,307
隻(11.3%)、3
位中国13,027
隻(10.3%)と沿岸国以外の国 の通過船舶が多いことがわかる。載貨重量トン数で比較すると1
位ギリシア954,950
千トン(13.8%)、2位中国
910,421
千トン(13.1%)、日本895,955
千トン(12.9%)である。海峡を 通過する通航量を比較する数値においては、隻数ベースではなく載貨重量トン数ベースの方が経 済的な影響をより明確に示すことになる。また、実質的にマ・シ海峡を利用する国を示すデータ として、仕向国別通航量と仕出国別通航量がある。仕向国とは、マ・シ海峡を通過後、最初に入 港した港の所在国であり、仕出国とは、マ・シ海峡を通過する直前に出港した港の所在国である。仕向国別通航量の載貨重量トン数ベースで多い国は、1 位シンガポール
2,621,681
千トン(37.8%)、2位中国
852,097
千トン(12.3%)、3位マレーシア663,639
千トン(9.6%)、4位イ ンドネシア302,510
千トン(4.4%)、5位インド252,812
千トン(3.6%)。日本は、12
位で123,354
千トン(1.8%)となっている。仕出国別通航量の載貨重量トンベースの比較では、1位シンガポール(38.9%)、2位中国
(15.0%)、3位マレーシア(8.5%)、4位インドネシア(5.2%)、5位エジプト(2.6%)であ り、この部門でも日本は
9
位である。海上交通路においては、グローバル化が進み、国家単位ではその実態を掌握することはでき ない。日本だけでも中国だけでも、特定国家が海洋交通路の管理をすることは不可能なのであ る。
アジア海域における海洋安全保障体制は、海賊問題を契機として日本の海上保安庁が中心とな
り
ASEAN
諸国をはじめとしたアジア各国の海上警備機関の連携により確立してきた。海保は、各国の海上警備機関の創設に人材を派遣し、また、フィリピン、ベトナムなどに海上警備艇を支 援するなどの施策により、南シナ海沿岸においても日本型の海上警備体制が構築されている。さ らに、海上自衛隊とアジア各国の海軍との協力も綿密になりつつある。昨年
6
月、海上自衛隊の ヘリ搭載型護衛艦「いずも」は、アジア諸国の10
名の士官を乗せ、南シナ海において国際法に 準拠した海上安全保障体制の研修を行った。国家の枠を超えた海上安全保障体制の構築への第一 歩である。一帯一路研究の第一人者である王義桅中国人民大学教授によると、中国にとっての一帯一路の 本質的な目的は、中国がグローバル化の創造者になる事により、国内の過剰生産に対する国外市 場拡大、石油、ガス、鉱物など資源の獲得、中国内陸部の開拓と国家安全保障の強化にある。一 帯一路は中国経済を盤石にする目的も有するのである。しかし、中国のみが前面に出たのでは、
他国は傍観者となり、一帯一路の構想は挫折することだろう。
一帯一路は、特定国に主導権が偏重しないのであれば、理想に近い経済体制である。しかし、
大国の国益のために利用されるならば、国家間の格差を増長することになる。中央アジア、南ア ジアや東ヨーロッパの国々は、大国の経済力、発言力、軍事力に圧倒され、国家の主権さえ影響
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が出ることだろう。一帯一路は、国際協調の上に立脚してこそ創設できるのである。
海洋国家である日本は、航海自由の原則の下、海路によるアジアと欧州を結ぶ経済圏の確立に 尽力すべきである。アジア諸国や米国、オセアニア諸国などとともに、航行支援、経済協力など 多角的な手法を駆使し、アジアにおける海洋安全保障協力体制の構築を目指すことが重要である。
(山田 吉彦)