• 検索結果がありません。

密教研究 Vol. 1926 No. 20 002大山 公淳「東密と台密 (六) P24-46」

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "密教研究 Vol. 1926 No. 20 002大山 公淳「東密と台密 (六) P24-46」"

Copied!
23
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

東 密 と 台 密  二 四

(六)

一 、 弘 法 大 師 と 安 然 和 尚 人 も 知 る 如 く 弘 法 大 師 は 承 和 二 年 三 月 二 十 一 日 入 定 と い ふ こ と に な つ て を り 、 叡 山 五 大 院 先 徳 安 然 和 尚 は 承 和 八 年 生 誕橋本進吉氏蓍安 然和尚事跡考參照 と い ふ こ と に な つ て ゐ る か ら 、 此 の 兩 者 を 史 實 と し て 考 ふ れ ば 、 勿 論 相 交 渉 し た も の で は な い 。 然 し 時 代 の 前 後 す る だ け 、 五 大 院 の 教 學 に 於 い て 弘 法 大 師 の 影 響 な し と は し な い 。 否 寧 ろ 、 五 大 院 の 教 學 組 織 に 就 い て は 弘 法 大 師 の 影 響 を 受 く る こ と の 甚 だ 大 な る も の あ り と し な く て は な ら ぬ 。 五 大 院 和 尚 の 著 述 を 通 讀 す る も の は 何 人 と 雖 も そ の 考 證 の 該 傅 な る に 驚 く で あ ら う 。 多 方 面 よ り 所 有 の 資 料 を 蒐 集 し 、 そ れ を 整 理 組 織 し て 、 自 己 獨 自 の 教 學 を 發 表 せ ん と す る そ の 努 力 は 驚 く べ き も の で あ る 。 そ の 集 め た る 資 料 の 中 に は 多 く の 弘 法 大 師 の 著 述 の 存 す る こ と 當 然 で あ る 。 然 ら ば 五 大 院 の 教 學 に 於 い て 、 如 何 様 に 弘 法 大 師 の 影 響 を 受 け て ゐ る か 、 又 弘 法 大 師 の 教 擧 に 對 し て 如 何 な る 態 度 を 持 し た か 。 私 の 今 此 處 に 研 究 せ ん と す る 點 は こ れ で あ る 。

(2)

安 然 和 尚 は 生 涯 を 通 じ て 當 代 の 名 匠 學 徳 を 尋 ね 問 ふ て 大 法 秘 法 の 傳 習 に 努 め 、 又 内 外 百 家 の 典 籍 を 渉 猟 し 顯 密 兩 教 の 奥 秘 を 探 究 す る こ と に 怠 る 所 が な か つ た 。 隨 つ て そ の 著 述 甚 だ 多 く 存 し た も の ゝ 如 く、 諸 種 目 録 に 出 す 所 を 總 合 す る に 殆 ん ど 一 百 部 に も 及 ぶ と い ふ 。 ( 同 上 安 然 事 跡 考 ) 然 し 私 の 此 處 に 主 と し て 見 る 所 は 日 本 佛 教 全 書 や 日 本 大 藏 經 に 集 録 さ れ た る も の で あ つ て 、 そ の 中 に も 問 題 の 中 心 は 彼 の 名 著 ﹁ 菩 提 心 義 抄 ﹂ と ﹁ 教 時 問 答 ﹂ と に 存 す る こ と を 斷 つ て 置 く 。 勿 論 他 の 塲 合 に も 屡 々 弘 法 大 師 の 書 を 引 用 し て ゐ る 。 例 せ ば 教 時 課 の 初 め に ﹁ 日 本 國 有 二 九 宗 教 こ と し て 、 そ の 下 に 二 空 海 闇 梨 秘 藏 寳 論 十 心 次 第 中 列 倶 舎 ・ 成 實 ・ 律 宗 ・ 法 相 ・ 三 論 ・ 天 台 ・ 華 嚴 ・眞 言 前 劣 後 勝 淺 深 不 同 と い ふ 如 き 、 其 他 ﹁ 悉 曇 八 卷 藏 ﹂ の 中 に 空 海 の ﹁ 眞 言 字 母 釋 ﹂ や ﹁ 悉 曇 尺 義 ﹂ を 出 す 如 き 、 又 自 ら 記 し て 安 然 所 學 四 音 不 同 寳 月 三 藏 南 天 之 音 宗 叡 和 尚 中 天 之 音 難 陀 三 藏 之 傳 空 海 和 上 之 傳 並 有 口 受 難 載 文 書 云 云 評 云 五 天 異 境 三 藏 各 傳 故 有 上 來 異 説 而 巳 と 、 こ れ の 如 き は 自 ら 學 ぶ所 の 悉 曇 相 傳 の 縁 由 を 記 し た る も の で あ つ て 、 甚 だ 貴 重 な る 文 獻 と す べ く 中 に 空 海 和 上 の 傳 を 出 す 如 き は 深 く 注 意 す べ き で あ る 。 ( 悉 曇 具 書 、五 、佛 全 、 八 五 、 上 參 照 ) か く 五 大 院 が 弘 法 大 師 の 述 作 を 引 用 す る も の 、 そ の 著 述 の 全 體 を 通 じ て 隨 處 に 見 ら る ゝ で あ ら う 。 然 し こ れ ら の 一 々 の 塲 合 を 管 見 す る こ と は 甚 だ 繁 雜 に 過 ぎ る と 思 ふ の で 今 は 略 し て 次 の 問 題 へ 進 み た い と 思 ふ 。 東 密 と 台 密  二 五

(3)

東 密 と 台 密  二 六 安 然 和 尚 の 撰 述 に 有 名 な ﹁ 八 家 秘 録 ﹂ と 稱 さ る ゝ も の が あ る 。 こ れ は 入 唐 八 家 の 請 來 し た る 諸 經 軌 論 疏 等 を 總 合 し て 、 一 見 此 の 書 は 何 人 と 何 人 と の 請 來 な る や を 知 悉 せ し め ん と し た る も の で あ つ て 、 研 究 者 の 爲 め に は 多 大 の 便 宜 を 與 ふ る も の で あ り 、 勿 論 そ の 中 に は 弘 法 大 師 請 來 の も の は 殆 ん ど 載 録 さ れ て ゐ る 。 次 に 釋 摩 訶 衍 論 の 作 者 に 就 い て 異 論 の あ る こ と は 既 に 本 誌 第 十 四 號 に 出 し た の で 今 は 略 す る 。 次 に 菩 提 心 論 に 就 い て の 作 者 考 、 こ れ 又 本 誌 第 十 六 號 に 簡 單 で は あ つ た け れ ど 一 應 概 見 を 試 み て 置 い た の で 、 知 ら ん と す る 人 は 彼 れ を 開 か れ た い 。 次 に ﹁ 即 身 成 佛 義﹂ に就 い て で あ る が 、 そ の 所 見 の 一 端 は 同 じ く 本 誌 第 十七號 に 部 し た。 然 し そ の 五 大 院 本 な る も の に 就 い て は 未 だ 何 と も 決 定 し 難 い も の が あ る 。 何 故 と な れ ば 、 或 塲 合 に は 大 體 弘 法 大 師 本 に 合 す る も の が あ り 、 或 塲 合 に は 何 れ と も 決 し 難 い も の が あ る か ら 。 例 せ ば ﹁ 菩 提 心 義 抄 ﹂ 一 之 末 の 終 に ﹁ 凡 夫 即 身 成 佛 者 如 即 身 成 佛 義 云 ﹂ と し て 六 大 無 礙 等 の 二 頌 八 句 を 出 し、 體 ・ 相 ・ 用 ・ 無 礙 等 の 註 夫 れ 夫 れ の 句 に 就 い て 出 す 。 こ れ は 大 師 本 の 頌 文 並 に 長 行 釋 の 中 に 出 す 所 の も の と 大 略 一 致 す る 。 又 同 書 二 之 本 ( 日 本 藏 經 五 四 上 ) 及 ﹁ 教 時 問 答 ﹂ 一 八 九 頁 に は 四 種 曼 荼 羅 の 意 義 を 釋 す る に 就 い て 即 身 義 の 文 を 出 す 、 そ の 文 は 弘 法 大 師 本 に 一 致 す る 。 然 し 抄 二 之 末 (同 九 一下 ) に ﹁ 即 身 成 佛 義 釋 十 界 中 具 列 地 獄 等 十 與 天 台 同 ﹂ と い ふ も 、 こ は 即 身 義 の 何 れ の 部 分 を 指 す も の な る か 、 弘 法 大 師 本 に 於 い て は 十 分 に 明

(4)

了 に 知 り 得 ら れ ぬ 。 又 ﹁ 教 時 問 答 ﹂ 卷一( 叢書三 五 ) に 大 ・ 三 ・ 法 ・ 羯 て ふ 四 種 曼 荼 羅 の 相 云 何 と い ふ 問 に 對 し て 、 ﹁ 如 即 身 成 佛 義 説 地 水 火 風 空 識 六 大 常 佳 曼 茶 羅 法 界 ﹂ 云 云 と い ふ 如 き も 亦 大 師 本 に 見 ら れ な い 。 か く ﹁ 即 身 成 佛 義 ﹂ の 名 稱 を 出 し な が ら 、 そ の 文 句 の 大 師 本 に 合 す る も の も あ り 、 又 合 し な い も の も 存 す る 、 吾 人 の こ れ に 對 す る 問 題 は 依 然 と し て 残 る と 云 は れ ば な ら ぬ 。 私 は 本 誌 前 號 に 五 大 院 の 六 大 説 を 述 ぶ る 時 、 そ は 東 密 家 の ﹁ 即 身 成 佛 義 ﹂ に 影 響 を 受 け て ゐ る や う に 記 し た の で あ る が 、 そ は 菩 提 心 義 抄 一 之 末 の 終 り の 文 が 、 此 處 に 記 す 如 く 、 大 師 本 に 見 る 文 と 大 略 一 致 す る も の あ る を も つ て か く 論 じ た に 外 な ら ぬ 。 次 に 聲 字 實 相 義 或 は 文 字 實 相 義 と も い ふ 。 そ は 教 時 問 答 に 於 い て は 天 台 宗 叢 書 本一三 七 ・一三 九 ・ 一 四 〇 ・ 一 七 二 等 の 各 頁 に 見 ら れ 、 菩 提 心 義 抄 に て は 日 本 大 藏 經 本 の 頁 數 二 之 末 八〇 上 ・ 三 之 末一二 九 上 等 に 於 い て 見 ら る ゝ 、 出 す 所 の 文 は 大 師 本 の ﹁ 五 大 皆 有 響 十 界 具 言 語 ﹂ 以 下 の 所 二 三 葉 ば か り の 間 の も の が 大 部 分 で あ つ て 其 の 間 多 少 文 の 省 略 を 用 ゐ た 所 も 見 ら れ る 。 例 せ ば 大 師 本 に 次 十 界 具 言 語 者 謂 十 界 者 一 一 切 佛 界 ⋮ ⋮ ⋮ ⋮ 十一 切 捺 落 迦 界 自 外 種 種 界 等 攝 天 鬼 及 傍 生 趣 中 盡 華 嚴 及 金 剛 頂 理 趣 釋 經 有 十 界 文 此 十 界 所 有 言 語 云 云 と あ る を 、 安 然 和 尚 は 次 十 界 具 言 語 者 一 一 切 佛 界 ⋮ ⋮ ⋮⋮ 十 一 切 捺 落跏 界 此 十 界 言 語 云 云 東 密 と 台 密  二 七

(5)

東 密 と 台 密  二 八 と 記 す 如 き で あ る 。 其 の 外 の 塲 合 他 の 文 を 引 用 し た 所 も 存 す る け れ ど 、 文 を 簡 略 に す る 等 の こ と は 大 同 と 見 て 不 可 な い 。 次 に 四 種 曼 荼 羅 義 を 出 し た 所 も あ る 。 ﹁ 教 時 問 答 ﹂ 叢 書 本 一 八 九 頁 に 見 る が 如 き こ れ で あ る 。 此 の 即 身 義 以 下 の 三 本 に 就 い て 、 ﹁ 八 家 秘 録 ﹂ 上 義 疏 集 録 二 の 條 最 後 に は 眞 言 宗 即 身 成 佛 義 四 種 曼 荼 羅 義 文 字 實 相 義 二 卷 と い ふ 一 文 が 出 て ゐ る 。 吾 人 の 眼 か ら 無 意 識 に こ れ を 看 れ ば 、 弘 法 大 師 の 書 を 録 し た も の と い ふ こ と に な る 。 け れ ど 前 後 の 關 係 を 見 る に 、 多 く の 塲 合 諸 種 の 書 目 を 擧 ぐ る 時 に は ﹁ 空 海 ﹂ 若 し は ﹁ 安 然 撰 ﹂ 等 の 註 を 附 し て あ る の に 、 此 の 塲 合 に の み そ の 註 を 脱 し て ゐ る 。 且 つ 自 ら の 著 述 中 に 、 大 師 の 書 を 引 用 す る 時 に は 、 書 目 の 上 に ﹁ 海 和 上 ﹂と か 、 ﹁ 高 野 和 上 ﹂ と か の 語 を 冠 す る 塲 合 が 多 い の に 、 こ れ ら ﹁ 即 身 義 ﹂ や ﹁ 聲 字 實 相 義 ﹂ ﹁ 四 稱 曼 荼 羅 義 ﹂ を 引 用 す る 時 に は 何 の 塲 合 に も そ の こ ご が な い 。 吾 人 は こ の こ と に 一 種 の 奇 異 の 感 を 呼 び 起 さ ヾ る を 得 ぬ 。 そ し て こ れ を 如 何 に 理 解 す べ き か 。 種 々 の 塲 合 を 總 合 す る に 大 師 の 説 を 批 評 し や う と す る 時 に は ﹁ 海 和 上 ﹂ 等 の 名 を 冠 し 、 大 師 の 説 に 無 條 件 的 に 賛 戒 し て 引 用 す る 時 に は 多 く そ の 名 を 冠 す る の 必 要 な し と し た も の ゝ 如 く に も 考 へ ら れ 、 又 前 述 の 如 く 、 或 塲 合 に は 大 師 本 の 文 に 合 す る も の あ り 、 或 塲 合 は 必 ず し も 然 ら ざ る 故 、 そ れ ら の 大 師 本 と 同 類 の 本 が 別 に 存 し て ゐ た も の か と も 考 へ 得 ら れ る 。 若 し 後 説 の 如 く ば 、 そ の 類 本 は 恐 ら く 安 然 自 身 の 著 述 若 し は 撰 作 に

(6)

依 る も の な る べ く 、 或 は 餘 り に 博 覧 の 爲 め 、 時 と し て は 他 書 に て 看 た る 文 を 、 十 分 に 確 め る に 由 な く 即 身 義 の 文 の 如 し な ど ゝ 記 し 、 遂 に そ れ を 訂 正 す る に 到 ら な か つ た 塲 合 も 存 す る か 。 然 し こ れ ら は 私 の 疑 問 よ り 生 ず る 根 據 な き 想 像 で あ つ て 、 更 に 研 究 を 進 め 此 の 疑 問 の 解 決 は 是 非 致 し た い も の だ と 思 ふ 。 異 本 即 身 義 作 者 の 問 題 も 、 此 の 研 究 の 成 果 と し て 解 決 さ る ゝ か 。 評 十 住 心 説 弘 法 大 師 が ﹁ 十 住 心 論 ﹂並 に ﹁ 秘 藏 寶 鑰 ﹂ を 述 作 し て 、 十 住 心 の 教 判 論 を 試 み ら れ た こ と は 有 名 な 事 實 で あ る が 、 五 大 院 は こ れ に 對 し て 如 何 な る 評 を 試 み た で あ ら う 。 以 下 少 し 此 の 問 題 を 摘 出 し て 見 る こ と ゝ す 。 先 づ 教 時 問 答 卷 一 (叢 書 本 四 七 頁 ) に ﹁ 高 野 空 海 阿 闇 梨 秘 藏 寶 鑰 釋 云 如 實 知 自 心 淨 菩 提 心云 々 ﹂ と し て、 次 に 寶 鑰 第 八 住 心 の 下 の 文 を 出 す 。 尤 も そ の 文 は 即 身 義 や 聲 字 義 に 於 け る と 同 じ く 時 々 省 略 を 用 ゐ て ゐ る 。 大 師 の 釋 文 に 依 る に 、 無 畏 三 藏 の 釋 文 を 引 證 し て 、 次 に ﹁ 大隋 天 台 山 國 清 寺 智 者 禪 師 依 此 門 修 止 觀 得 法 華 三 昧 即 以 法 華 中 論 智 度 論 爲 二 所 依構一 家 義﹂ と い ひ 、 又 ﹁ 龍 猛 菩 薩 は一 法 界 心 は 百 非 に 非 ず 千 是 に 背 け り 、 中 に 非 ず 中 に 非 れ ば 天 に 背 け り 、 天 に 背 き ぬ れ ば 演 水 の 談 足 斷 つ て 止 ま り 。 審 慮 の 量 、 手 亡 し て 住 す 、 如 是一 心 は 無 明 の 邊 域 に し て 明 の 分 位 に 非 ず﹂ と 結 論 し て ゐ ら れ る 。 こ れ に 就 い て 安 然 和 尚 は 東 密 と 台 密  二 九

(7)

東 密と 台 密  三 〇 若 爾 天 台 妙 覺 毘 盧 遮 那 是 眞 言 宗 淨 菩 提 心 初 門 之 佛 無 明 邊 域 非 二 明 分 位 何 言 同 佛 と 自 問 し 、 そ の 答 に 義 釋 の 中 に は 普 寳 觀 經 の 觀 普 賢 經 乃 至 は 毘 盧 遮 那 一 切 處 等 の 文 を も つ て 、 曼 荼 羅 中 胎 八 葉 の 東 南 普 賢 淨 菩 提 心 と な し 、 ﹁ 即 是 如 來 内 證 之 功 徳 即一 毘 盧 遮 那 之 身 ﹂ と 判 じ、 南 海 和 上 大 師 が 無 明 の 邊 域 と す る に 就 い て 二 失 あ る こ と を 指 摘 し て ゐ る 。 一 に は 大 師 は 義 釋 の 文 句 の 首 尾 を 尋 ね ず し て 速 斷 し た る こ と 、 二 に は 論 文 の 眞 僞 是 非 を 検 せ ず し て 直 に 結 論 に 到 達 し た る 事 、 即 ち 義 釋 に は ﹁ 此 經 本 地 の 身 は 妙 法 蓮 華 の 最 深 秘 密 處 な り ﹂ と 説 き 、 又 彼 れ に 諸 法 實 相 と 説 く は 此 の 經 に 於 け る 心 の 實 相 な り ﹂ と 説 く 。 然 る に 大 師 は こ れ ら の 文 を 十 分 に 検 討 せ ず し て 直 に 具 惑 の 心 な り と 斷 ず る は 誠 に 早 計 に 過 ぐ る と 云 は ね ば な ら ぬ 。 又 龍 猛 菩 薩 の 説 と し て 引 く 所 の 文 は 釋 摩 訶 衍 論 に 見 る 所 、 此 の 論 は 海 和 上 及 び 福 貴 和 上 は 共 に 眞 論 と な せ ど 、 比 叡 山 及 び 諸 宗 は 皆 僞 論 と す 、 若 し 證 文 と し て 引 用 す る な ら ば 自 他 共 許 の 論 文 に 依 る べ く 、 一 は 許 し 一 は 許 さ ゞ る 如 き 論 文 を も つ て 證 と す る こ と は 出 來 な い 。 然 も そ れ が 天 台 の 妙 覺 を 貶 し て 具 縛 の 凡 夫 と す る に 到 つ て は 許 し 難 い 、 和 上 自 身 佛 に 非 ず し て 何 ぞ 後 學 を 誑 す や と 難 じ 、 ﹁ 眞 言 宗 本 地 毘 盧 遮 那 即 是 天 台 宗 妙 法 蓮 華 最 深 秘 密 處 之 同 佛 也 ﹂ と 結 論 し て ゐ る 。 當 時 安 然 和 尚 の 意 氣 隆 盛 な る も の あ る を 觀 る べ き で あ る 。 但 し 釋 摩 訶 衍 論 に 對 す る 安 然 の 一 般 的 態 度 は 前 述 の 如 く 本 誌 第 十 四 號 の 拙 述 に ゆ づ る 。 一 言 注 意 す る こ と は 今 の 安 然 の 批 難 は 大 師 が 天 台 の 教 學 を 判 じ て 第 八 住 心 と す る 爲 め に 釋 論 を 用 ゐ し こ と に 就 い て ゞ あ つ て 、 釋 論 に 對 す る 五 大 院 の 一 般 的 態 度

(8)

と し て 今 の 所 を 見 る こ と は 妥 當 で な い 。 以 上 は 第 八 住 心 に 對 す る 安 然 和 尚 の 評 で あ つ た が 、 同 書 ( 五 四 頁 ) に は 更 に 、 大 師 が 華 嚴 の 十 佛 を も つ て 無 明 の 邊 域 と し 、 明 の 分 位 に 非 ず と 判 ず る を 詳 し て ゐ る 。 曰 く ﹁ 海 和 上 判 二 華 嚴 佛 爲 無 明 佛 則 有 三 失﹂ と 即 一 に は 金 剛 頂 に 蓮 す る の 失 、 二 に は 大 日 經 に 違 す る の 失 、 三 に は 守 護 經 に 蓮 す る の 失 と す 。 金 剛 頂 經 に は 一 切 義 成 就 菩 薩 が 菩 提 道 塲 に 坐 し 五 相 成 佛 し て 自 心 よ り 三 十 七 尊 を 流 出 す る 、 そ れ を 眞 言 教 の 説 主 と し て ゐ る 。 又 大日 經 に は ﹁ 我 出 妙 華 布 地 胎 藏 荘 嚴 世 界 ﹂ と 言 ふ . 所 の ﹁ 我 ﹂ と は 即 眞 言 教 の 説 主 に 外 な ら ぬ 。 又 守 護 經 に は 六 年 苦 行 鼻 端 に 淹 字 を 觀 じ て 毘 盧 那 遮 と 成 る を 得 と い ふ 、 是 れ 一 代 の 教 主 で あ る 。 此 等 の 成 佛 を も 皆 具 惑 の 佛 と す る か 、 總 じ て 佛 教 に は ﹁ 具 惑 の 佛 ﹂ な る も の は な い 。 猶 此 の 住 心 に 於 い て 大 師 は 龍 猛 の 釋 摩 訶 衍 論 を 引 く も 、 華 嚴 に は 未 だ 此 の 論 を も つ て 眞 論 と し な い か ら 不 共 許 の 論 た る 失 を 免 れ な い こ と を 附 言 し て ゐ る 。 五 大 院 は﹁ 無 具 惑 之 佛 ﹂ と い ふ 。 勿 諭 そ れ に 相 違 な か る べ き も 、 大 師 の 批 判 に 於 け る 立 塲 と 安 然 の 批 判 に 於 け る 立 塲 と は 自 ら 相 違 あ る こ と に 注 意 し な く て は な ら ぬ 。 大 師 は 華 嚴 の 佛 位 を 眞 言 の 立 塲 か ら 評 し 、 華 嚴 の 佛 果 も 眞 言 よ り 觀 せ ば 未 だ 眞 の 佛 位 に 非 ざ る こ と を 論 述 せ ん と せ ら る ゝ の で あ り 、 五 大 院 の 批 判 は 圓 密 一 致 の 思 想 に 立 つ か ら 華 嚴 の 佛 は 勿 論 具 惑 な き も の と な る 。 こ れ 吾 人 と し て は 特 に 注 意 す べ き 點 で あ ら う 。 こ の こ と は 同 書 ( 五 一 頁 ) に 安 然 自 ら ﹁ 彼 宗 (華 嚴 )五 教 を 立 て ゝ 一 代 の 教 を 判 じ 、 釋 迦 の 一 化 身 を も つ て 五 教 の 佛 と す 一 東 密 と 台 密  三 一

(9)

東 密 と 台 密  三 二 に 小 乗 教 佛 、 こ れ 天 台 三 藏 教 の 佛 に 當 る ( 中 略 ) 五 に 圓 教 佛 、 こ れ 天 台 圓 数 の 佛 な り ﹂ 等 と 云 ひ 又 、 五 二 頁 に ﹁ 華 嚴 宗 の 蓮 華 藏 世 界 は 即 是 れ 眞 言 宗 の 胎 藏 世 界 な り ﹂ と 云 ふ を も つ て も 、 そ の 一 端 が 知 り 得 ら れ る で あ ら う 。 安 然 の 説 に 依 れ ば 華 嚴 の 圓 教 に 二 あ り 、 一 は 同 教 一 乗 に し て 法 華 で あ り 、 二 は 別 教 一 乗 に し て 華 嚴 で あ る 、 故 に 法 華 の 説 主 は 眞 言 宗 に 同 じ く 、 華 嚴 の 説 主 亦 眞 言 宗 に 同 じ こ と ゝ な つ て ゐ る 。 ( 同 五 一 參 照 ) 教 時 問 答 卷 二 ( 八 〇 頁 ) に ﹁ 問 高 野 和 上 寶 鑰 及 十 住 心 論 明 十 種 心 ﹂ と し て 、 そ の 十 住 心 の 大 要 を 記 し 、 ﹁ 今 眞 言 宗 此 十 住 心 次 第 用 否 ﹂ と い ふ 。 ﹁ 今 の 眞 言 宗 ﹂ と は 天 台 に 謂 ふ 眞 言 で あ つ て 、 吾 人 か ら 云 へ ば 台 密 の 語 に 當 る 。 蓋 し 日 本 天 台 に 於 い て 密 教 部 を 自 ら ﹁ 眞 言 宗 ﹂ と 唱 ふ る は 古 來 の 慣 例 に し て 、 此 の 時 は 必 ず し も 弘 法 大 師 の 眞 言 宗 を 指 す に 非 ず 。 台 密 關 係 の 書 を 見 る 人 は 餘 程 此 の 點 に注 意 し て ゐ な い と 自 己 の 知 識 に 混 亂 を 來 す で あ ら う 。 然 し て 右 の 問 に 對 す る 安 然 和 尚 の 自 答 は ﹁ 有 五 失 故 不 用 十 心 次 第﹂ と い ふ に あ る 。 五 失 と は 一 に 大 日 經 及 び 義 釋 に 蓮 す る の 失 、 經 に ﹁一二 三 四 五 再 數 す れ ば 凡 て 百 六 十 心 あ り 、 世 間 の 三 妄 執 を 越に て 出 世 間 の 心 生 ず 、 か く の 如 き 唯 蘊 無 我 を 解 し 、 根 ・ 境 ・界 に 淹 留 修 行 す ﹂ と い ふ を 、 釋 に は ﹁ 是 れ 聲 聞 乗 な り ﹂ と 判 じ 、 次 の 經 文 に ﹁ 業 煩 惱 の 株 枕 無 明 の 種 子 十 二 因 縁 の 生 ず る を 拔 き 建 立 の 宗 等 を 離 る 。 か く の 如 き 湛 寂 は 一 切 外 道 の 知 る 能 は ざ る 所 (中 略 ) 如 是 寂 然 界 を 證 す る を 出 世 間 心 と 名 く

(10)

彼 れ 違 順 の 八 心 の 相 續 と 業 煩 惱 の 網 と を 離 る ゝ は 一 劫 を 超 越 す る 瑜 祗 の 行 な り ﹂ と あ る 、 釋 に は 此 の 丈 を も つ て ﹁ 縁 覺 乗 に し て 三 妄 執 を 越 ゆ る 。 總 じ て 二 乗 を 越 ゆ る を 一 劫 を 超 ゆ る と 爲 す ﹂ と 。 か く 數 次 經 と 釋 と を 並 べ 出 し 、 後 に 今 海 和 上 の 説 多 く こ れ ら の 文 に 相 違 す る 。 何 と な れ ば 經 の 中 に 蘊 の 阿 頼 耶 を 觀 じ 乃 至 心 主 自 在 に し て 自 の 本 不 生 を 覺 り 三 劫 を 越 ゆ る 等 の 文 を も つ て 義 釋 に は 一 種 の 阿 闇 梨 と し こ れ に 亦 諸 經 の 八 識 三 性 三 無 性 等 を 攝 す る 、 こ れ は 當 に 法 相 宗 に 用 ゆ る 所 の 經 論 で あ る 。 然 る に 海 和 上 は 觀 蘊 阿 頼 耶 等 を も つ て 無 縁 大 乗 心 と 名 け 法 相 宗 に 屬 せ し め 、 心 主 自 在 覺 自 心 本 不 生 等 を 覺 心 不 生 心 と 名 け て 三 論 宗 に 配 し 、 又 經 に 所 謂 空 性 乃 至 極 無 自 性 の 文 及 び 十 縁 生 句 を 義 釋 に は 極 無 自 性 心 を 生 じ て 曼 荼 羅 海 會 に 入 る 一 種 の 阿 闇 梨 と し 、 華 嚴 般 若 種 々 不 思 議 の 境 界 を 攝 す 。 此 の 中 の 華 嚴 と 云 ふ は 華 嚴 宗 に し て 般 若 は 三 論 宗 と し な く て は な ら ぬ 。 然 る に 海 和 上 は 彼 の 空 性 等 の 文 を も つ て 天 台 宗 に 屬 し 、 極 無 自 性 の 一 句 を も つ て 華 嚴 宗 と し た 。 復 經 文 に 一 切 智 々 は 菩 提 心 を 因 と し 大 悲 を 根 と し 方 便 を 究 竟 と す 、 云 何 が 菩 提 謂 く 實 の 如 く 自 心 を 知 る と あ る を 、 釋 に は 此 れ よ り 十 重 深 行 の 阿 闇 梨 有 り と 爲 し 亦 佛 性 一 乗 如 來 秘 藏 を こ れ に 當 て ゝ ゐ る 。 此の 中 佛 性 と い ふ は 涅 槃 經 で あ り 一 乗 は 法 華 經 で あ り 、 秘 藏 は 眞 言 教 で あ る 。 然 る に 海 和 尚 は 上 の 如 實 知 自 心 の 文 と 下 の 空 性 等 の 文 を 天 台 宗 と し、 顯 教 に 於 て は 究 竟 な れ ど 眞 言 に 於 て は 初 門 た る に 過 ぎ な い 、 と し て 華 嚴 宗 の 下 に 安 く 。 そ し て 經 の 中 の 如 是 初 心 を ば 佛 成 佛 の 因 と 説 く の 文 、 お よ び 一 切 世 間 應 供 等 の 文 を 義 釋 は 佛 慧 の 切 心 と し 、 佛 慧 の 初 心 は 即 東 密 と 台 密  三 三

(11)

東 密 と 台 密  三 四 三 心 の 中 の 菩 提 心 爲 因 と す 。 海 和 上 は 有 爲 無 爲 界 を 離 れ 乃 至 如 是 初 心 を 佛 成 佛 の 因 と 説 く 等 の 文 を も つ て 極 無 自 性 心 と 名 づ け て 華 嚴 宗 と し た 。 以 つ て 大 師 の 判 の 經 釋 に 違 す る と い ふ 所 以 を 知 る べ き で あ る 〇 二 に は 金 剛 頂 に 違 す る の 失 、 金 剛 頂 經 の 所 説 は 一 切 義 成 就 菩 薩 菩 提 塲 に 坐 し 五 相 成 佛 し 、 自 心 よ り 三 十 七 尊 を 流 出 し 金 剛 界 の 大 曼 荼 羅 を 成 す 。 乃 至 十 八 會 と い ふ は 眞 言 宗 の 果 佛 自 受 用 の 相 で あ り 、 次 に 十 方 の 諸 佛 菩 薩 を 請 召 し て 入 曼 茶 羅 行 を 説 く は 他 受 用 の 相 と す べ き で あ る 。 然 る に 海 和 尚 は 彼 の 五 相 成 佛 の 文 を 引 い て 極 無 自 性 心 と 名 け 華 嚴 宗 初 心 成 佛 の 因 と し た 。 三 に は 守 護 經 に 違 す る の 失 。 守 護 經 に 菩 提 心 無 相 と 説 く は 大 日 經 と 同 じ く 、 五 相 成 佛 を 説 く は 金 剛 頂 に 同 じ 。 そ の 五 相 成 佛 を 證 せ ん が 爲 め 、 佛 六 年 苦 行 し て 菩 提 を 得 ず 、 始 め て 月 輪淹 字 を 觀 じ て 菩 提 を 得 た こ と を 引 用 す る 、 此 れ 復 眞 言 の 果 佛 に し て 自 證 化 他 の 法 門 に 外 な ら ぬ 。 然 る に 海 和 上 は 今 の 經 文 を も つ て 極 無 自 性 心 に 入 れ て 華 嚴 宗 と し た 。 四 に は 菩 提 心 論 に 違 す る の 失 。 菩 提 心 論 に は 行 願 ・ 勝 義 ・ 三 摩 地 の 三 門 を 設 く る 。 行 願 と は 一 切 の 行 願 で あ り 、 諸 の 大 乗 菩 薩 の 行 願 に 同 じ い 。 勝 義 と は 心 性 空 寂 の 義 、 大 日 經 や 守 護 經 の 菩 提 心 自 性 皆 空 同 虚 空 無 相 の 文 に 一 致 す る。 又 三 摩 地 と は 金 剛 頂 の 三 十 七 尊 及 び 心 地 觀 の 五 相 成 佛 に 同 じ く 、 般 若 十 六 空 の 義 ・ 法 華 の 開 示 悟 入 ・ 金 剛 頂 の 五 相 成 身 之 義 を 出 す 、 然 る に 海 和 上 は 金 剛 頂 の 五 相 成 身 を も っ て

(12)

華 嚴 宗 と し 、 菩 提 心 論 の 三 摩 地 門 を も つ て 眞 言 宗 と し 、 大 日 經 の 菩 提 心 自 性 皆 空 の 文 を も つ て 天 台 宗 と し た 。 甚 だ 意 を 得 な い も の で あ る 。 五 に は 衆 師 の 説 に 違 す る の 失 、 大 日 經 釋 は 無 畏 三 藏 の 説 一 行 の 記 す る 所 、 中 に 於 い て 此 經 本 地 の 身 は 即 是 れ 妙 法 蓮 華 の 最 深 秘 處 と 説 く 、 智儼 ・ 温 口 の 治 定 も 亦 同 じ く 、蘇 悉 地 の 疏 に は 師 説 を 述 べ て 教 に 二 種 あ り 一 に は 顯 示 教 三 乗 是 れ に し て 、 二 に は 秘 密 教 一 乗 是 れ に 當 る 。 秘 の 中 に 又 二 あ り 、 一 に は 唯 理 秘 密 に し て 華 巖 ・ 般 若 ・ 維 摩 ・ 法 華 ・ 涅 槃 等 、 二 に は 事 理 倶 密 、 大 日 ・ 金 剛 頂 等 と す 。 又 金 剛 頂 の 疏 に 師 説 を 述 べ て 法 華 に は 久 遠 の 成 佛 を 明 し 此 の 經 に は 頓 悟 の 成 佛 を 明 す 。 二 説 異 り と 雖 、 實 に は 是 れ 一 佛 で あ る 。 然 る に 海 和 上 が 諸 大 乗 に 於 て 輙 す く 教 理 の 淺 深 果 極 の 高 下 を 判 ず る は 難 す べ き で あ る と 。 蘇 悉 地 の 疏 並 に 金 剛 頂 の 疏 は 慈 覺 大 師 の 著 に し て 、 此 の 二 經 に 此 の 疏 を 述 作 し た る も の 、 前 後 を 通 じ 印 度 以 來 唯 慈 覺 大 師 あ る の み 。 其 の 中 に 於 い て も 、 今 引 く 所 の 文 は 最 も 特 色 あ る 見 解 に 出 つ る も の と す 。 夫 れ は 夫 れ と し て 、 五 大 院 の 弘 法 大 師 十 住 心 の 批 判 に 對 す る 態 度 は 上 述 の 如 く 可 成 り 内 在 的 に 深 刻 な る も の が 見 ら れ る 。 け れ ど 前 に も 一 言 せ し 如 く 、 大 師 と 和 尚 と 、 兩 者 の 立 塲 が 教 學 的 に 相 違 す る も の な る 以 上 、 和 尚 の 如 き 批 評 の 出 つ る も 亦 當 然 と す べ き か 。 五 大 院 は 釋 論 の 十 識 説 を 高 調 す る の で あ る が 、 (教 時 問 答 同 書 二 頁 ) そ の 第 十 識 の 智 見 を 開 き 、 純 粋 密 教 の 立 塲 に て す べ て を 扱 は ん と し た 大 師 の 根 本 態 度 は 容 易 に 他 人 に よ つ て は 理 解 し 得 ら れ な い も の が あ る 。 同 じ 經 文 を 扱 ふ に し て も 、 平 面 的 に 觀 ず 東 密 と 台 密  三 五

(13)

東 密 と 台 密  三 六 れ ば よ り 以 上 の 深 刻 な 意 味 の 見 出 さ れ な い も の で あ つ て も 、 大 師 の 立 塲 に 立 て ば 異 常 に 幽 玄 な 哲 理 が 表 現 さ れ て 來 る 。 大 師 の 書 を 開 く も の は 此 處 に 意 を 留 む べ き で あ ら う 。 然 し 又 、 立 塲 を 別 に し て 考 ふ れ ば 五 大 院 の 如 き 大 學 匠 が 現 は れ 、 早 く も 大 師 の 十 住 心 を 大 膽 に 合 理 的 の 批 評 を 試 み た も の ゝ あ る は 我 教 學 史 上 の 一 大 得 物 た る を 失 は な い 。 云 ひ 得 べ く ば 、 大 師 は 疏 を 本 と し 、 五 大 院 は 義 釋 を 本 と し た 兩 者 の 間 に 異 見 を 出 つ る 、 亦 當 然 と す べ き か 。 二 三 の 塲 合 上 述 す る 所 に 依 っ て 既 に 理 解 さ る ゝ 如 く 、 五 大 院 の 大 師 に 對 す る 學 的 態 度 は 、 そ の 立 塲 を 異 に す る と い ふ こ と の 外 は 、 極 め て 公 平 に し て 批 評 す べ き は 批 評 し 引 用 す べ き は 遠 慮 な く 引 用 し た の で あ る 。 さ れ ば 批 難 せ ん が 爲 め に 他 を 批 難 し た の で は な く 、 眞 理 の 爲 め に 大 師 の 教 學 を 研 究 し 批 評 し 又 引 用 し た 。 そ の 引 用 し た も の が 教 時 問 答 に 猶 二 三 存 す る を 見 る の で 少 し そ れ ら を 列 擧 す る こ と ゝ す 。 叢 書 本 一 五 二 頁 に 大 般 若 に 無 量 の 三 摩 地 門 を 説 き 又 陀 羅 尼 門 を 明 す 、 然 る に 菩 提 心 論 の 中 に 何 ぞ ﹁ 唯 眞 言 法 中 即 身 成 佛 故 是 説三 摩 地 法 於 餘 教 中闕 而 不 書 ﹂ と い ふ や 、 曰 く 、 今 闕 し て 書 せ ず と は 金 剛 頂 の 三 摩 地 門 及 び 胎 藏 界 の 三 摩 地 法 を 説 か ず と い ふ の 意 に 外 な ら ぬ 。 然 ら ば そ の 金 剛 頂 の 三 摩 地 法 ご は 云 何 、 答 ふ 、 此 法 は 最 秘 密 の 門 で あ る 。 從 つ て 論 議 の 塲 所 で 言 論 す べ き で な い 。 故 に 海 和 尚 の 寶 鑰 に は 、 金 剛 頂 に 説 く 、 此 の 毘 盧 遮 那 三 摩 地 法 は 未 灌 頂 の 者 に 向 つ て 一 字 を も 説 く を 得 ず 、 本 尊 の 儀 軌

(14)

眞 言 の 如 き は 縦 令 同 法 の 行 者 と 雖 輙 く 説 く を 得 ざ れ 、 若 し 説 か ば 現 前 に は 中 天 し 殃 を 招 き 後 に は 無 間 獄 に 墮 せ ん 云 云 此 の 經 文 は 寶 鑰 第 十 住 心 の 説 述 を 終 る 最 後 の 結 語 に な る も の で あ つ て 、 五 大 院 の 引 用 す る 所 は 唯 經 文 の み 。 若 し 彼 の 博 識 を も つ て せ ば 、 ﹁ 海 和 上 の 寶 鑰 に 云 く ﹂ の 文 字 は 無 用 に し て 、 直 に ﹁ 金 剛 頂 經 に 説 く ﹂ と 出 づ べ き で 、 今 そ の 事 な く 單 に 經 文 の み な る に 海 和 上 等 の 文 字 を 冠 す る は 特 に 尊 敬 す べ き 五 大 院 の 態 度 の 現 は れ と 見 る べ き で あ る 。 教 時 問 答 卷 四 ( 二 〇 〇 頁 ) に は 、 義 釋 に 大 小 乗 三 藏 と い ふ は 何 ぞ や と い ふ 問 に 對 し 、 ﹁ 四 種 の 三 藏 有 り ﹂ と 答 ふ 、 中 に ﹁ 空 海 和 上 眞 言 の 三 藏 を 天 下 に 流 通 す る 表 に 、 金 剛 頂 大 日 經 等 は 修 多 羅 藏 、 蘇 悉 、 蘇 摩 胡 等 は 毘 奈 耶 藏 、 釋 摩 訶 衍 論 ・菩 提 心 論 等 は 阿 毘 達 磨 藏 な り と あ る は 、 此 れ 教 部 に 約 し て 三 藏 を 明 す も の ﹂ と 記 す 。 此 處 に 於 い て は 菩 提 心 論 ・釋 摩 訶 衍 論 等 の 如 き 兎 角 の 難 の 存 す る も の も 敢 え て 問 題 と せ ず 、 自 家 の 説 を 完 成 す る 爲 め の 用 と し 、 且 つ 先 徳 に 封 す る 敬 意 を も 失 つ て ゐ な い 。 同 卷 二 ( 九 一 頁 ) に は 義 釋 の 文 を 出 し て 、 一 切 大 會 の 曼 荼 羅 は 皆 倶 に 一 身 に し て 別 の 身 あ る な く 、 即 普 門 の 身 で あ り 法 界 身 で あ り 金 剛 界 身 で あ る 。 か く て 生 死 の 中 の 顯 教 の 佛 身 は 皆 曼 荼 羅 中 の 法 界 金 剛 身 た る の 義 を 説 明 し 、 五 大 院 の 特 異 な る 一 切 佛 一 佛 の 論 を 結 ぶ に 當 り 、 大 師 寶 鑰 の 結 論 に 出 さ れ た 文 を 取 意 し て 記 す 、 曰 く 海 和 上 云 大 日 如 來 與 自 眷 屬 四 種 法 身 自 受 法 樂 故 説 此 教 案 密 と 台 密  三 七

(15)

東 密 と 台 密  三 八 と 。 此 の 塲 合 の 此 の 引 文 は 、 五 大 院 と し て は 甚 だ 力 あ る 所 の も の で あ つ た に 違 ひ な い 。 次 に 菩 提 心 義 抄 五 之 本 (日 本 藏 經 一 九 五 頁 ) に ﹁ 轉 二 九 識 爲 五 智 爲 四 身 云 何 ﹂ と い ふ 問 を 起 し 、 答 に ﹁ 高 野 和 上 傳 ふ る 所 の 牟 利 曼 陀 羅 呪 經 の 文 一 紙 あ り 、 前 來 の 牟 利 曼 荼 羅 經 に 此 の 文 無 し と 云 ひ 、 又 此 の 和 上 大 蓮 花 三 昧 經 の 文 及 び 我 今 奉 獻 諸 供 具 等 の 偈 、 並 に 依 云 呪 願 文 を 我 國 に 傳 ふ 。 相 傳 に 依 る に 和 上 上 船 の 時 小 師 追 ひ 來 つ て 此 等 の 經 文 を 送 る と 、 今 そ れ ら の 文 に 依 る に 九 識 轉 じ て 五 識 と 成 る こ と を 記 し て あ る ( 文 私 に 略 す ) け れ ど 頗 る 相 違 す る も の が あ る 。 今 彼 の 和 上 の 小 悉 曇 に 依 る に 第 九 の菴 摩 羅 識 轉 じ て 法 界 性 智 と な り 、 第 八 の 阿 頼 耶 識 轉 じ て 大 圓 鏡 智 と な り 、 第 七 末 那 識 轉 じ て 平 等 性 智 と な り 、 第 六 意 識 縛 じ て 妙 觀 察 智 と な り 五 身 識 轉 じ て 成 所 作 智 と 成 る ﹂ と 。 こ れ 弘 法 大 師 に 創 め て 此 の 説 の 見 ら る ゝ こ と を 指 摘 し て 出 し た も の で な く て は な ら ぬ 。 牟 利 曼 陀 羅 呪 經 等 に 就 い て の 傳 説 は 注 意 を 要 す べ く 高 野 和 上 の 小 悉 曇 と は 、 恐 ら く 教 時 問 答 卷 四 ( 二 〇 二 頁 ) に 出 す 所 の ﹁ 悉 曇 義 釋 ﹂ の こ と で あ ら う 。 其 の こ と は 四 五 種 の 陀 羅 尼 門 を も つ て 一 切 の 眞 言 教 を 攝 盡 す る こ と を 明 さ ん と し て 、 地 持 經 及 び 瑜 伽 論 に 説 く 四 種 陀 羅 尼 を 沙 汰 し 、 次 に 海 和 上 悉 曇 義 釋 に 此 の 四 陀 羅 尼 の 名 を 出 し 又 五 種 持 を 説 く と 云 ひ 、 ﹁ 由 此 五 持 轉 九 識 而 得 五 智 也 彼 文 廣 釋 具 如 彼 文 ﹂ 云 云 と い ふ に よ つ て 知 ら れ る 。 五 種 持 の こ と を 出 す に 海 和 上 の 説 を 引 用 す る こ と 、 甚 だ 興 味 深 き も の あ る を 覺 ゆ る 。 然 る に 教 時 問 答 卷 一 の 終 に 、 ( 一 六 八 頁 ) ﹁ 我 日 本 國 延 暦 年 中 叡 山 本 師 人 唐 之 時 空 海 阿 闇 梨 元 爲 藥 生

(16)

同 共 入 唐 値 遇 慧 果 阿 闇 梨 而 蒙 灌 頂﹂ と 、 果 し て こ れ を 史 實 と 見 る べ き か 。 入 唐 は 事 實 な る も 、 叡 山 本 師 の 藥 生 こ な つ て 同 伴 あ り し か 、 傳 教 大 師 が 弘 法 大 師 と 共 に 慧 果 の 室 に 投 じ て 入 増 灌 頂 し た る か 兎 に 角 當 時 概 に か く の 如 き 説 の 行 は れ て ゐ た こ と は 今 の 記 録 に よ つ て 事 實 と す る の 外 な く 、 吾 人 は 寧 ろ 當 時 存 し た る 此 の 傳 説 に 一 種 の 興 味 を 覺 ゆ る 。 後 代 に 及 び て は し き り に 傳 教 ・ 弘 法 ・ 兩 大 師 の 師 資 の 關 係 な ど が 問 題 ご さ れ て 、 東 台 兩 密 間 の 論 諍 が し ば く 試 み ら れ て ゐ る こ と を 思 ふ 時 、 そ の 縁 由 の 新 し き も の で な い こ と を 知 る 。 私 は 大 體 大 師 と 和 術 と の 兩 者 間 に 、 密 教 々 學 上 の 如 何 な る 問 題 が 残 さ れ て ゐ る か 、 五 大 院 は 大 師 よ り 如 何 な る 影 響 を 受 け て ゐ る か 、大 師 の 教 學 に 如 何 な る 態 度 を 持 し た か の 一 端 を 記 し た 心 算 で あ る 。 勿 論 文 獻 に 表 は れ ざ る 方 面 を 探 究 せ ば 、 よ り 以 上 の 重 要 な 問 題 が 發 見 さ れ る か も 知 れ な い 。 又 此 處 に 擧 げ た も の ゝ 外 に 猶 種 々 の 點 が 見 ら れ る か も 知 れ ぬ 。 又 他 の 著 述 中 に 興 味 あ る 問 題 が 残 さ れ て ゐ る か も 知 れ ぬ 。 そ れ ら の 新 に 見 ら る ゝ も の は 改 め て 所 見 を 記 す こ と ゝ し て 更 に 次 の 問 題 へ 進 み た い と 思 ふ 。 十 一 、 弘 法 大 師 と 智 證 大 師 圓 珍 智 證 大 師 は 弘 仁 五 年 二 月 生 誕 、 生 年 七 十 有 八 、 寛平 二 年 寂 で あ る か ら 、 年 壽 二 十 二 歳 の 時 弘 法 大 師 入 定 と な る 。 勿 論 圓 珍 の 活 躍 は そ れ 以 後 の こ と な れ ば 、 活 躍 時 代 と な つ て は 弘 法 大 師 に 面 接 す る こ と は 出 來 な か つ た 。 け れ ど 教 學 上 に は 時 々 接 し 更 に 自 家 の 所 見 を 加 ね ら れ た 事 は そ の 著 述 の 上 に 見 東 密 と 台 密  三 九

(17)

東 密 と 台 密  四 〇 ら れ る 。 今 そ れ ら の 二 三 を 記 し て 見 や う 。 六 大 説 私 は 本 誌 前 號 に 台 密 よ り 見 た る 六 大 説 を 記 す に 當 つ て ﹁ 圓 珍 に 到 る ま で は 恐 ら く 六 大 と い ふ 如 き 考 へ は 台 密 に 於 い て 問 題 と な つ て ゐ な い と 思 は れ る ﹂ と 云 つ た 。 勿 論 安 然 に 見 る 如 き 問 題 と は さ れ て ゐ な い け れ ど 、 強 い て 求 む れ ば 一 二 得 ら れ な い こ と も な い 。 即 ﹁ 法 華 梵 釋 ﹂ (全 集 九 〇 六 ) に (前 略 ) 四 種 者 大 三 法 羯 是 也 大 者 法 界 體 性 五 大 五 字 以 爲 相 好 六 大 無 礙 故 三 能 作 三 世 軌 持 故 法 善 巧 爲 作 故 羯 磨 云 云 五 大 院 に 見 る と 同 じ く 、 六 大 を 相 大 と し て 考 へ や う と す る 態 度 は 注 意 す べ き で あ ら う 。 又 智 證 大 師 全 集 一 〇 八 七 頁 な る ﹁ 前 入 唐 沙 門 圓 珍 記 ﹂ と 記 名 さ れ た る ﹁ 教 示 兩 部 秘 要 義 ﹂ に は 大 日 經 の ﹁ 我 覺 本 不 生 出 過 語 言 道 諸 過 得 解 脱 遠 離 於 因 縁 知 空 等 虚 空 ﹂ の 文 と 、 金 剛 頂 の ﹁ 諸 法 本 不 生 自 性 離 言 説 清 淨 無 垢 染 因 業 等 虚 空 ﹂ の 文 と を 對 照 し 、 我 覺 本 不 生 と 諸 法 本 不 生 と は 其 文 義 一 に し て 、 梵 字 に せ ば 阿 に 當 り 大 日 法 身 金 剛 輪 の 種 子 と す。 又 出 過 語 言 道 と 自 性 離 言 説 と も 詞 義 一 に し て 、 則 大 日 如 來 智 海 水 大 輪 圓 満 の 種 子 と す 。 か く 五 字 を 一 句 と し て 次 々 に 相 對 す る に 兩 經 の 各 句 そ の 旨 一 同 、 則 大 日 如 來 心 地 火 大 種 子 、 桑 則 大 日 如 來 常 住 壽 量 風 大 種 子 、 則 大 日 如 來 無 見 頂 相 五 佛 所 證 の 大 空 智處 と な る 旨 を 記 す 。 圓 珍 の 所 記 に 依 る に 、 ﹁ 誠 に 是 れ 法 身 遮 那 具 足 の 體 、 五 部 三 部 眞 實 之 源 、 印 度 の 輸 婆 迦 羅 三 藏 之 れ を 傅

(18)

へ 、 震 旦 の 義 林 大 師 こ れ を 順 曉 に 與 へ 、 順 曉 法 匠 は 更 に 叡 山 に 授 く ﹂ と い ふ こ と に な つ て ゐ る 。 ﹁ 又 阿 母 捺 羅 記 ﹂ に は ﹁ 地 方 水 圓 火 三 角 風 半 月 空 亦 一 切 形 具 足 爲 圓 ﹂ (全 集 一 〇 八 九 ) と 、 こ れ ら は 何 れ も 圓 珍 大 師 の 六 大 説 を 見 や う と し た 努 力 の 結 果 と す べ く 、 大 日 ・ 金 剛 頂 二 經 の 文 を 相 對 し て 五 大 に 配 す る 如 き は 、 弘 法 大 師 即 身 義 の 所 述 に 對 し て 甚 だ 意 味 あ る こ と で あ ら う 。 明 に こ れ ら は 弘 法 大 師 よ り 受 け た る 影 響 と 考 へ ら る ゝ 。 尤 も 相 傳 の 學 系 に は 弘 法 大 師 に 習 ふ と は 云 は ず 。 別 の 系 譜 を 出 す も 敢に て 不 都 合 と は し な い ﹁ 兩 部 秘 要 義 ﹂ に 出 す 所 の 血脉 は 傳 教 大 師 胎 藏 受 法 の 次 第 に 依 る 。 金 剛 界 受 法 次 第 を 並 記 せ ざ る は 略 し た も の か 。 但 し 此 處 に 私 の 述 ぶ る 所 は 、 そ れ ら の 述 作 が 何 れ も 智 證 大 師 の 眞 作 と 假 定 し て の も の で 、 然 ら ず と せ ば 復 云 ふ 所 で な い 。 釋 摩 訶 衍 論 智 證 大 師 は 此 の 問 題 に 就 い て (全 集 一 三 三 八 ) 釋 摩 訶 衍 論 十 卷 或 云 新 羅 僧 月 智又 云知 撰 或 云 此 論 者 龍 樹 造 什 法 師 譯 秘 之 不 載 於 録 或 云 摩 訶 衍 論 三 卷 從 中 天 來 傳 吐 蕃 未 審 彼 此 實 否 右 は 智 慧 輸 三 藏 に 上 る 珍 大 師 の 書 の 一 部 と し て 殘 さ る ゝ も の 、 終 り に 壬 寅 歳 七 月 十 五 日 と 記 す 。 壬 寅 は 陽 成 天 皇 の 元 慶 六 年 に 當 る 。 新 羅 僧 月 智 (或 知 ) と い ふ は 注 意 す べ く 、 私 は 前 に 五 大 院 八 家 秘 録 の 文 を 出 し て 仁 大 師 が 新 羅 の 僧 珍 聰 に 釋 論 の 作 者 の 何 人 な る か を 尋 ね し に 珍 聰 は 新 羅 中 朝 山 月 忠 の 妄 造 東 密と 台 密  四 一

(19)

東 密 と 台 密  四 二 だ と 答 へ た こ と を 記 し た ( 本 誌 第 十 四 卷 參 照 )。 彼 れ に 月 忠 と 云 ひ こ れ に 月 智 と い ふ 。 彼 此 同 一 人 か 、 別 人 か 、 或 は 中 古 そ の 一 を 寫 誤 す る か 。 評 十 住 心 説 十 住 心 説 が 天 台 宗 を 第 八 住 心 と す る 限 り 、 天 台 學 者 の こ れ に 對 す る 是 非 の 論 の 存 す る は 當 然 で あ ら う 。 大 師 ﹁ 諸 家 教 相 同 異 略 集 ﹂ を 著 述 す る に ﹁ 上 代 法 相 立 教 相 者 總 有 ニ 十 五 家 今 且 略 擧 十 家 以 爲 規 矩 ﹂ と 云 ひ 、 十 家 の 教 相 を 出 す 。 中 に は 新 羅 國 元 曉 法 師 ・ 日 本 國 上 宮 太 子 ・ 慈 覺 大 師 等 の 説 を 出 す に か ゝ わ ら ず 、 十 住 心 論 を 出 し て ゐ な い 。 こ れ に は 何 等 か の 意 味 が なく て は な ら ぬ 。 ﹁ 竺 々 疑 文 ﹂ 卷 下 、 (全 集 一 〇 五 九 下 ) に 或 人 立 十 住 心 以 如 實 知 自 心 爲 第 八 心 極 無 自 性 心 爲 第 九 秘 密 荘 嚴 心 爲 第 十 也 第 八 當 天 台 第 九 當 華 嚴 第 十 眞 言 教 也 云 云 如 此 ﹂ 二 説 阿 誰 得 理 乞 據 理 決 と 、 此 文 に 現 は さ るゝ 如 き 不 審 が 彼 の ﹁ 同 異 略 集 ﹂ の 中 よ り 脱 せ ら れ た る 一 の 理 由 と な る も の で は あ る ま い か 。 又 前 項 に 述 ぶ る 如 き 五 大 院 の 論 究 も 、 此 處 に 其 の 端 を 發 し た も の と 云 ふ べ く 、 少 く と も か う し た 氣 分 が あ の 論 究 と な つ た に 違 い な い 。 智 證 大 師 自 身 に は 疑 問 を 提 出 す る ば か り で な く 、 自 ら も そ の 疑 問 に 答 へ や う と 努 力 せ ら れ た 。 ﹁ 大 日 經 指 歸 ﹂ (全 集 六 七 一 ) に 義 釋 の 文 を 出 し 、 釋 云 又 此 經 宗 横 統 一 切 佛 教 如 説 唯 蘊 無 我 出 世 間 心 住 於 蘊 中 即 攝 諸 部 中 小 乗 三 臓 如 説 觀 蘊

(20)

阿 頼 耶 覺 自 心 本 不 生 即 攝 諸 經 八 識 三 無 性 義 如 説 極 無 自 性 心 十 縁 生 句 即 攝 華 嚴 般 若 種 々 不 思 議 境 界 皆 入 其 中 如 説 如 實 知 自 心 名 一 切 種 智 則 佛 性 が 乗 如 來 秘 密 藏 皆 入 其 中 於 種 々 聖 言 無 不 統 其 精 要 已 上文 次 に こ れ を一一 分 折 し 十 住 心 論 を 批 詳 せ ん と す る の で あ る 。 曰 く 、﹁ 四 判 含 等 一 切 小 乗 は 人 空 の 理 を 説 く 故 唯 蘊 無 我 句 の 中 に 攝 し 、 楞 伽 ・寶 積 ・ 大 集 ・維 摩 ・ 央 掘 ・ 金 光 ・ 大 方 等 一 切 大 乗 の 如 き は 、 般 若 ・華 嚴 ・ 法 華 ・ 涅 槃 を 除 く の 外 、 皆 悉 く 阿 頼 耶 の 句 に 攝 入 す 。 彼 れ ら は 皆 法 空 の 理 を 説 く 故 に 。 華 嚴 ・ 般 若 。 種 々 諸 部 は 第一 義 空 の 旨 を 説 く 故 に 自 性 縁 生 句 の 中 に 攝 す 。 華 嚴 一 乗 は 佛 成 道 後 第 二 七 日 の 説 に し て 、 般 若 は 成 道 後 二 十 九 年 説 と い ふ 、 け れ ど 今 は そ う し た 説 時 の 前 後 を 論 ず る の で な く 、 只 理 趣 の 淺 深 を 考 ふ る の み 、 類 を も つ て 集 む れ ば 華 嚴 ・般 若 は 同 じ と し な く て は な ら ぬ。 加 之 不 共 般 若 は 即 是 華 嚴 ・ 又 華 嚴 會 と 般 若 經 と は 其 時 隣 次 し て ゐ る 。 又 無 量 義 に は 方 等 十 二 部 經 摩 訶 般 若 華 嚴 海 空 を 説 き 、 菩 薩 の 歴 却 修 行 を 宣 説 す 。 是 れ は 二 七 日 の 説 を 指 す の で は な い け れ ど 、 入 法 界 の 義 同 じ き を も つ て か く 論 ず る 。 こ れ ら に よ つ て 華 嚴 般 若 を 一 句 の 中 に 入 る ゝ 。 法 華 涅 槃 大 日 等 は 如 實 知 自 心 の 句 に 攝 す 。 或 は 佛 性 は 大 涅 槃 を 指 し 、 一 乗 は 法 華 經 を 指 し 、 如 來 秘 密 藏 は 持 明 藏 を 指 す な ど と も い ふ 。 然 し 今 は 佛 性 一 乗 を 二 句 に 分 た ず 。 法 華 涅 槃 は 共 に 同 じ く 佛 性 一 乗 の 旨 を 明 す 。 如 來 秘 密 藏 は 勿 論 眞 言 教 に 外 な ら ぬ 。 か く 論 じ 來 れ ば 十 住 心 を 立 て ゝ 佛 一 代 の 教 を 判 ず る こ と 、 此 の 疏 の 意 に 合 せ ず 、 論 と す る に 足 ら ず ﹂ と 東 密 と 台 密  四 三

(21)

東 密 と 台 密  四 四 以 つ て 大 師 努 力 の 程 を 知 る べ く 、 こ れ を 前 項 五 大 院 の 論 述 と 對 照 せ ば 一 層 の 興 味 を 覺 ゆ る で あ ら う 。 蘇 悉 地 法 蘇 悉 地 法 は 東 密 に 別 傳 せ ず 。 そ の 故 を も つ て 台 密 に は 不 共 の 法 と し て 、 特 に 尊 重 す る 所 と な つ て ゐ る 。 そ の こ と は 次 の 智 證 大 師 の 記 さ れ た 一 文 に よ つ て 十 分 に 知 り 得 ら れ る で あ ら う 。 即 ﹁ 蘇 悉 地 起 請 の 状 ﹂ (全 集 一 三 三 二 ) を 見 る に 與 阿 闇 梨 位 之 後 可 授 二蘇 悉 地 大 法 事 右 大 法 者 爲 胎 藏 金 剛 兩 部 大 法 之 二 翼 是 以 唐 大 法 師 等并 我 慈 覺 大 師 殊 秘 惜 之 不 同 他 部 傍 自 今 以 後 傳 法 者 須 教 弟 子 令 登 阿 闇 梨 之 位 後 方 與 授 件 法 君 不 然 者 恐 損 大 道 故 定 如 件 貞 觀 十 六 年 十 一 月 十 一 日 阿 閣 梨 大 法 師 圓 珍 胎 藏 金 剛 兩 部 大 法 を 二 翼 と す る 所 に 台 密 の 蘇 悉 地 に 對 す る 見 解 が 浮 い て 來 る 。 そ し て こ れ は 東 密 の 兩 部 に 對 す る 所 見 で な く て は な ら ぬ 。 慈 覺 大 師 が 蘇 悉 地 經 の 疏 を 作 つ た こ と は 前 項 に一言 し た か ら 今 は 略 す る 。 顯 密 二 教 判 弘 法 大 師 に 辨 顯 密 二 教 論 の 著 の 存 す る こ と は 有 名 な 事 實 で あ る が 、 今 台 密 に 於 い て は 、 五 大 院 に し

(22)

て も 。 智 證 大 師 に し て も 、 弘 法 大 師 の 十 住 心 論 に 對 す る 批 判 は 可 成 り に 強 き も の あ る も 、 二 教 論 に 就 い て は 殆 ん ど 何 事 も 語 っ て ゐ な い 。 誠 に 一 の 不 思 議 と す べ き 事 實 で あ ら う 。 然 し 二 教 判 に 就 い て の 考 へ は 早 く も 慈 覺 大 師 に 顯 は れ 、 智 證 大 師 五 大 院 復 張 く 主 張 す る 。 圓 仁 の 二 教 説 は 簡 單 な が ら 前 項 に 出 す が 如 く (今 は 別 言 せ ず ) 。 圓 珍 五 大 院 共 に そ の 慈 覺 大 師 の 所 見 を 脱 す る も の で は な い 。 唯 理 密 と 事 理 倶 密 こ の 所 見 に 於 い て 多 少 の 發 展 を 遂 ぐ る の み 。 圓 仁 に あ り て は 二 密 は 殆 ん ど 對 等 に 扱 は れ 圓 珍 に 及 び て は 唯 理 密 の 圓 教 よ り 、 事 理 倶 密 の 密 教 が 尊 重 さ れ 、 安 然 と な り て は 圓 教 の 上 に 密 教 を 加 わ て 五 教 判 釋 の 立 塲 を 持 つ に 到 つ た 。 思 ふ に か く の 如 き 台 密 教 判 の 過 呈 を 作 る や う に し た 動 機 は 、 直 接 か 間 接 か 、 兎 に 角 空 海 上 人 の 二 教 論 に 刺 激 さ れ し に 依 る も の で は あ る ま い か 。 史 實 と し て 大 師 が 弘 法 大 師 の 所 論 を 評 せ ん と す る 時 に は ﹁ 或 人 ﹂ と か 、 若 し は 無 記 名 に て 評 し て ゐ る 。 此 の 點 は 五 大 院 の 態 度 と は 大 い に 異 る も の が あ る 。 而 し て 圓 珍 が 弘 法 大 師 の 甥 ( 古 く は 姪 に 作 る ) で あ る こ と は よ く 知 ら れ て ゐ る 。 そ の 甥 た る 人 が 叔 ( 伯 か )父 た る 人 の 所 論 を 詳 す る 態 度 は 右 の 如 く な れ ど 、 全 集 を 一 覺 す る に 一 ヶ 所 次 の 如 き 感 激 す べ き 傳 が 殘 さ れ て ゐ る 。 智 證 大 師 が 仁 壽 二 ( 三 か ) 年 ( 唐 大 中 七 年 ) 八 月 二 十 一 日 大 唐 開 元 寺 に 留 る 時 、 寺 主 俗 惠 灌 が 、 五 筆 和 尚 の 在 無 を 借 問 し た 。 そ こ で 圓 珍 が 故 大 信 正 空 海 口 法 師 の 既 に 亡 化 し た こ と を 答 へ し に 、 惠 灌 胸 を 槌 東 密 と 台 密  四 五

(23)

東 密 と 台 密  四 六 つ て 悲 慕 稱 歎 し 、 異 藝 未 口 有 倫 と 云 ふ た と 。 ( 全 集 一 三 三 二 ) 右 の 傳 と は 別 で あ る が 、 ﹁ 新 加 年 分 度 者 官 牒 ﹂ (一三 四 〇 ) に は ﹁ 圓 珍 伏 見 佛 法 中 興 莫 過 承 和 之 聖 代 ﹂ と そ の 懐 舊 に 記 さ れ た 當 代 の 實 状 憶 ふ べ き で あ る 。 ( 一 三 四 〇 頁 ) 猶 、 大 日 經 疏 傳 來 に 就 い て の 問 題 あ る も 、 そ は 本 誌 第 十 四 號 に 出 し た の で 今 は 略 す る 。

参照

関連したドキュメント

III.2 Polynomial majorants and minorants for the Heaviside indicator function 78 III.3 Polynomial majorants and minorants for the stop-loss function 79 III.4 The

191 IV.5.1 Analytical structure of the stop-loss ordered minimal distribution 191 IV.5.2 Comparisons with the Chebyshev-Markov extremal random variables 194 IV.5.3 Small

Unter Mitarbeit von Brandna, M., Anonyme Geburt und Babyklappen in Deutschland Fallzahlen, Angebote,

エリア Aエリア Bエリア Cエリア 密度 (頭/㎢)※

[r]

[r]

[r]

[r]