密 教 文 化
藤
原
基
俊
詩
注
(
八
)
北
山
円
正
下
西
忠
鈴
木
徳
男
本 稿 は、 ﹁ 密 教 文 化 ﹂ ( 第 一 八 〇 号 ) に 続 く も の で あ る。 こ の 詩 注 の 趣 旨 は、 さ き に ﹁ 詩 注 ( 一 ) ﹂ ( ﹁ 高 野 山 大 学 国 語 国 文 ﹂ 第 十 四 号 ) に 述 べ た と お り で、 平 安 時 代 後 期 有 数 の 歌 人 藤 原 基 俊 の 文 業 の う ち、 注 目 さ れ る こ と の 少 な か っ た 漢 詩 を 厳 密 に 訓 み、 可 能 な 限 り そ の 創 作 意 図 に 近 づ く 点 に あ る。 ま ず、 ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹄ 所 収 の 十 五 首 か ら 着 手 し、 巻 の 順 序 に し た が っ て 今 回 は 巻 九 の ﹁ 冬 日 遊 二 円 覚 寺 一﹂ を 取 り 上 げ る。 底 本 は ﹃ 群 書 類 従 ﹄ ( 巻 一 二 八 ) を 使 用 し、 諸 本 及 び 意 改 等 に よ っ て 校 訂 し、 適 正 な 本 文 を 求 め る。 詩 注 の 体 裁 は 前 稿 ま で の そ れ に 準 じ る。 な お、 今 回 か ら 校 訂 に よ っ て 底 本 の 本 文 を 改 め た 場 合、 そ の 個 所 の 右 傍 に * 印 を 付 す こ と と す る。 校 訂 の 理 由 等 に つ い て は、 従 前 ど お り 語 注 に お い て 述 べ る。 と う じ つ ゑ ん が く じ あ そ ふ ち は ら の も と と し (8) 冬 日 遊 円 覚 寺 藤 原 基 俊 ( 冬 日 円 覚 寺 に 遊 ぶ 藤 原 基 俊 ) ひ が し や ま て ら ゑ ん が く い 東 山 有 寺 日 円 覚 東 山 に 寺 あ り 円 覚 と 日 ふ、 う ん う た に ふ か き や く い た ま れ 雲 雨 難 深 稀 客 擦 雲 雨 難 深 く し て 客 擦 る こ と 稀 ら な り。が ん ち く か ぜ ま ほ う よ く ひ る が へ 岸 竹 舞 風 醗 鳳 翼 岸 竹 風 に 舞 ひ て 鳳 翼 を 翻 し、 て い し よ う ゆ き ふ り よ う り ん さ か し 庭 松 便 雪 逆 龍 鱗 庭 松 雪 に 便 し て 龍 鱗 を 逆 ま に す。 ち や え ん ゆ ふ べ じ ゆ い ん く ら 茶 姻 向 晩 樹 陰 暗 茶 咽 晩 に な り な む と し て 樹 陰 暗 く、 か う く わ は る や く わ き あ ら 香 火 焼 春 華 気 新 香 火 春 を 焼 き て 華 気 新 た な り。 こ う く わ い せ い や う わ だ ん ひ 後 会 青 陽 和 暖 日 後 会 は 青 陽 和 暖 の 日、 よ は ひ か へ り し ん お き ひ と 顧 齢 不 信 老 来 人 齢 を 顧 み て 信 ぜ ず 老 い 来 た る 人。 ( ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹂ 巻 九 ・ ﹁ 山 寺 中 ﹂ ) ﹁ 詩 題 ﹂ 冬 の あ る 日 円 覚 寺 に 出 か け て。 ﹁ 冬 日 ﹂ は、 冬 の 日、 冬 の 某 日 の 意。 ﹁ 冬 日 臨 二 昆 明 池 ﹂ (初 唐 太 宗 ) は 詩 題 で の 一 例。 ﹁ 遊 ﹂ に つ い て は、 ﹁ 詩 注 (七 ) ﹂ 参 照。 初 唐 宋 之 問 の ﹁ 遊 二 法 華 寺 ﹂ は、 詩 題 ﹁ 遊 二 某 寺 ﹂ の 一 例。 ﹁円 覚 寺 ﹂ は、 京 都 市 左 京 区 北 白 川 下 池 田 町 の 白 川 東 畔 に あ っ た と 推 定 さ れ て い る 寺 院 ( 角 田 文 衛 ﹁ 北 白 川 廃 寺 の 問 題 ﹂、 橿 原 考 古 学 研 究 所 編 ﹃ 日 本 古 文 化 論 孜 ﹂ 所 収 )。 こ の 寺 は、 も と 右 大 臣 藤 原 基 経 の 山 荘 で あ り、 ﹁ 粟 田 院 ﹂ と 称 し た。 元 慶 三 ( 八 七 九 ) 年 五 月 四 日、 清 和 上 皇 は ﹁ 清 和 院 ﹂ よ り 遷 御 の 後、 八 日 に ﹁ 落 飾 入 道 ﹂。 同 日、 基 経 の 家 令 菅 原 永 津 に、 ﹁ 粟 田 院 ﹂ を 建 造 し た 功 に よ る 加 階 が あ る。 こ の 山 荘 は、 そ れ を 遡 る こ と 程 遠 か ら ぬ 頃 に 完 成 し て い た で あ ろ う。 永 津 へ の 加 階 は、 た ん に 基 経 の 山 荘 ﹁ 粟 田 院 ﹂ を 建 造 し た か ら と い う の で は な く、 そ の 山 荘 が 清 和 上 皇 の 居 所 に な っ た た め、 そ の 功 に 報 い た と い う こ と な の で あ ろ う。 基 経 は、 退 位 後 の 上 皇 の 為 に ﹁ 粟 田 院 ﹂ を 永 津 に 建 造 さ せ た も の と 思 わ れ る。 上 皇 は 十 月 二 十 三 日 に 粟 田 院 を 発 っ て 大 和 ・ 摂 津 を 巡 幸 し、 都 に 戻 っ て ﹁ 水 尾 山 寺 ﹂ ﹁ 棲 霞 観 ﹂ に 滞 在 後、 翌 年 藤 原 基 俊 詩 注 ( 八 )
-77-密 教 文 化 ﹁ 不 予 ﹂ と な っ て、 十 一 月 二 十 五 日 に ﹁ 円 覚 寺 ﹂ へ 遷 御 し て い る。 ﹁ 円 覚 寺 ﹂ は、 も と ﹁ 右 大 臣 粟 田 山 庄 ﹂ つ ま り、 ﹁ 粟 田 院 ﹂ で あ り、 経 緯 等 は 不 明 な が ら、 前 年 十 月 二 十 三 日 か ら 一 年 余 の 間 に 寺 院 に 変 わ っ た こ と に な る。 十 二 月 四 日、 三 十 一 歳 の 上 皇 は ﹁ 円 覚 寺 ﹂ に お い て 崩 御。 十 日 に は 崩 後 七 日 の 供 養 を 七 か 寺 の 一 つ と し て 修 し、 翌 十 一 日 か ら 崩 後 四 十 九 日 ま で ﹁ 法 華 経 ﹂ ﹁ 光 明 真 言 ﹂ の 読 調 供 養 が 行 な わ れ て い る。 そ し て、 四 十 九 日 の 御 斎 会 を 元 慶 五 年 正 月 二 十 二 日 に 設 け て い る。 さ ら に、 元 慶 五 年 と 七 年 の 命 日 に も 御 斎 会 が 設 け ら れ、 六 年 に は 勅 使 が 来 て 功 徳 を 修 し た。 五 年 の 三 月 十 三 日 に は 定 額 寺 と な っ て お り、 そ の 他 こ と あ る ご と に 朝 廷 か ら 手 厚 い 庇 護 を 受 け て い る ( 以 上、 ﹃ 三 代 実 録 ﹄ )。 な お、 ﹃ 古 今 集 ﹄ ( 墨 滅 歌 ) に、 染 殿 粟 田 あ や も ち 憂 き 目 を ば よ そ 目 と の み ぞ 逃 れ 行 く 雲 の あ は た つ 山 の ふ も と に こ の 歌 は、 水 尾 帝 の、 染 殿 よ り、 粟 田 へ 移 り 給 う け る 時 に よ め る と あ る。 こ れ は、 清 和 上 皇 が 母 后 ( 藤 原 明 子 ) の 染 殿 か ら 粟 田 へ 遷 御 し た 時 の 歌 で、 こ の こ と は、 ﹃ 三 代 実 録 ﹄ の 元 慶 三 年 五 月 四 日 の 条 に も ﹁ 太 上 天 皇 遷 レ 自 二 清 和 院 一、 御 二 粟 田 院 ﹂ と あ る が、 上 皇 の 出 発 し た 所 が 両 者 異 な る。 な お、 ﹃ 拾 芥 抄 ﹄ ( 中 末 ・ 諸 名 所 部 ) に ﹁ 染 殿 正 親 町 北 京 極 西 二 町 忠 仁 公 家。 或 本 染 殿 清 和 院 同 所 ﹂ と あ り、 ﹁ 或 本 ﹂ に よ れ ば、 ﹁ 染 殿 ﹂ と ﹁ 清 和 院 ﹂ は 同 じ 所 と い う こ と に な る。 ま た、 五 年 に は 上 皇 の 母 太 皇 大 后 明 子 が 清 和 院 で 法 華 八 講 を 修 し て い る。 そ の 折 の ﹁ 奉 二 太 皇 大 后 令 旨 一、 奉 二 為 太 上 天 皇 一御 周 忌 法 会 願 文 ﹂ が ﹃ 菅 家 文 草 ﹄ (巻 十 一 ) に 収 め ら れ て お り、 ﹁ 天 皇 以 二 去 年 十 二 月 四 日 一、 ナ イ ヲ ン 就 二 泥 沮 於 円 覚 仙 房 一、 今 起 二 十 一 月 二 十 六 日 一、 修 二 功 徳 於 清 和 旧 院 ﹂ と 見 え る。 天 暦 三 (九 四 九 ) 年 九 月 二 十 九 日 に 陽 成 院 が 冷 然 院 で 崩 御。 同 日 の 夕 刻 に 遺 骸 が ﹁ 円 覚 寺 ﹂ に 移 さ れ て い る。 そ し て 四 十 九 日 の 供 養 が 十 一 月 十 八 日 同 寺
で 行 な わ れ て い る ( 以 上、 ﹃ 日 本 紀 略 ﹄ )。 ﹃ 本 朝 文 粋 ﹄ (巻 十 四 ) に そ の 折 の 願 文 が 収 め ら れ、 ﹁ 七 七 御 忌、 已 当 二 今 朝 一。 傍 於 二 円 覚 之 道 場 一、 奉 三 供 二 養 件 佛 経 一﹂ ( 大 江 朝 綱 ﹁ 陽 成 院 四 十 九 日 御 願 文 ﹂ ) と あ る。 創 建 以 来 の 天 皇 家 と の 深 い 繋 が り が 窺 わ れ る。 下 っ て 保 元 の 乱 の 折 に は 戦 場 と な り、 ﹁ 又 焼 二 為 義 円 覚 寺 住 所 一 了 ﹂ ( ﹃ 兵 範 記 ﹄ 保 元 元 < 二 五 六 ﹀ 年 七 月 十 一 日 ) と、 後 白 河 天 皇 方 が 崇 徳 上 皇 方 の 武 将 源 為 義 の 居 所 と な っ て い た 円 覚 寺 を 焼 失 さ せ て い る。 半 井 本 ﹃ 保 元 物 語 ﹄ (中、 ﹁ 新 院 左 大 臣 落 チ 給 フ 事 ﹂ ) に も、 ﹁ 官 軍 共 ガ、 為 義 ガ 所 領 北 白 川 ノ 縁 学 寺 ノ 方 へ 馳 向 ﹂ と あ る。 さ ら に こ の 物 語 に は、 七 条 朱 雀 で 処 刑 さ れ た 為 義 の 首 が、 敵 将 で 息 男 の 義 朝 に 与 え ら れ、 円 覚 寺 に 送 っ て 埋 葬 し ( 下、 ﹁ 為 義 最 後 ノ 事 ﹂。 ﹃ 兵 範 記 ﹄ に よ れ ば、 為 義 の 処 刑 は ﹁ 船 岡 山 ﹂ で の こ と )、 ま た、 船 岡 山 で 斬 首 さ れ た 為 義 の 幼 い 男 子 四 人 の 首 が 円 覚 寺 に 送 ら れ、 父 と と も に 葬 ら れ た と あ る ( ﹁ 義 朝 ノ 幼 少 ノ 弟 悉 ク 失 ハ ル ル 事 ﹂ )。 そ し て、 源 平 の 争 乱 が 終 わ っ た 元 暦 二 ( 一 一 八 五 ) 年 八 月 二 十 二 日、 僧 文 覚 が 鎌 倉 へ 下 向 し て、 源 頼 朝 に ﹁ 東 山 円 覚 寺 ﹂ に 納 め て あ っ た 父 義 朝 の 首 を 届 け た こ と が、 覚 一 本 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ (巻 十 二、 ﹁ 紺 掻 之 沙 汰 ﹂ ) に 見 え る。 平 安 時 代 末 期 に お い て は、 源 氏 と の 関 わ り が 認 め ら れ る。 こ の 寺 で の 詩 は、 ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹄ ( 巻 九 ) に、 ﹁ 冬 日 遊 二 円 覚 寺 一﹂ の 題 で 基 俊、 ﹁ 春 日 円 覚 寺 即 事 ﹂ で 菅 原 在 良、 ﹁ 暮 秋 遊 二 円 覚 寺 こ で 中 原 広 俊 の 作 が 三 首 続 け て 収 め ら れ て い る。 ま た、 ﹃ 別 本 和 漢 兼 作 集 ﹄ ( 巻 八 ) に は、 ﹁ 春 遊 二 円 覚 寺 上 方 一眺 望 ﹂ の 題 で 藤 原 義 孝 の 作 が あ る。 右 の 詩 に よ っ て 円 覚 寺 の 様 子 を う か が っ て み る。 ﹁ 東 山 有 レ寺 日 二 円 覚 一﹂ ( 基 俊 ) ・ ﹁ 寺 門 深 処 幾 蜘 踊 ﹂ ( 広 俊 ) ・ ﹁ 春 遊 二 円 覚 寺 上 方 一眺 望 ﹂ ( 義 孝 詩 題 ) か ら は、 東 山 山 中 の 奥 深 い 見 晴 ら し の き く と こ ろ に 位 置 す る こ と が 知 ら れ る。 ﹁ 奇 巖 苔 滑 路 崎 嘔 ﹂ ( 広 俊 ) と、 寺 に 通 じ る 道 は 険 し く、 カ キ 近 く に は、 ﹁ 雲 雨 難 深 稀 二 客 鎌 ﹂ (基 俊 ) の よ う に 深 い 谷 が あ る。 ま た、 ﹁ 隣 ト 二 叢 祠 祖 廟 嬬 一 寺 東 有 二 天 満 宮 祠 一、 故 云 ﹂ ( 在 良 ) と、 東 の 天 満 宮 ( 現 在 の 北 白 川 天 神 宮 に 比 定 さ れ て い る。 角 田 氏 前 掲 論 文 参 照 ) に 隣 接 し て い る。 そ の 地 は、 ﹁ 今 来 円 覚 形 藤 原 基 俊 詩 注 (八 )
-79-密 教 文 化 勝 境 ﹂ ( 在 良 ) と 形 勝 の 地 で あ り、 ﹁ 禅 院 竹 荒 窓 寂 翼 ﹂ (広 俊 ) ・ ﹁ 円 覚 寺 幽 柳 作 レ 垣 ﹂ ( 義 孝 ) は、 ひ っ そ り と し た た た ず ま い を 見 せ て い た こ と を い う。 基 俊 の 詩 を 含 む ﹁ 円 覚 寺 ﹂ の 詩 群 三 首 は、 そ の 詠 み 込 ま れ る 季 節 が、 そ れ ぞ れ 冬 ・ 春 ・ 秋 と な っ て い る。 ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹄ ( 巻 八 ・ 九 ・ 十 ) の 項 目 ﹁ 山 寺 上・ 中・ 下 ﹂ に お い て、 同 一 の 寺 院 を 題 材 と し た 詩 が 配 列 さ れ る 場 合、 詩 題 及 び 内 容 に よ っ て 春 ・ 夏 ・ 秋 ・ 冬 ・ 無 季 の 順 と す る の が 通 例 で あ っ て、 こ の 点 よ り す れ ば、 冬 を 詠 み 込 む 基 俊 詩 の 位 置 は 通 常 と は 異 な る ( な お、 ﹁ 雲 林 院 ﹂ で の 詩 (巻 十 ) の よ う に、 春 ・ 秋 ・ 冬 ・ 春 の 順 に 並 ん で い る 場 合 も 僅 か な が ら あ る )。 こ の 詩 は、 冬 の あ る 日 円 覚 寺 に 遊 び、 春 の き ざ し を 感 じ 取 っ て 来 春 の 再 訪 を 期 す る も の の、 老 齢 の 身 に そ れ が か な う の か と 詠 ん で い る。 七 言 八 句 の 詩。 脚 韻 は、 上 平 声 十 一 真 韻 藤 ・ 鱗 ・ 新 ・ 人。 二 句 ず つ の 詩 注 に う つ る。 ま ず、 円 覚 寺 の 紹 介 か ら は じ ま る。 東 山 に 寺 あ り 円 覚 と 日 ふ、 雲 雨 難 深 く し て 客 螺 る こ と 稀 ら な り ( 第 一 ・ 二 句 ) ﹁ 東 山 有 レ 寺 ﹂ は、 寺 の 所 在 地 を い う。 ﹁ 東 山 ﹂ は、 洛 東 を 南 北 に 連 な る 山 々。 東 山 有 レ 寺 隔 二 器 塵 一、 佛 是 弥 陀 勝 応 身 ( ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹂ 巻 十、 藤 原 顕 業 ﹁ 春 日 遊 二 勝 応 弥 陀 院 一﹂ ) 東 山 有 レ 寺 在 二 雲 端 一、 松 柱 柴 扉 古 竹 欄 ( 同 右、 藤 原 基 俊 ﹁ 春 日 遊 レ 寺 ﹂ ) 右 の 例 は と も に 首 聯 で、 詩 の 冒 頭 に 置 く 常 套 表 現 で あ っ た ら し い。 ﹁ 円 覚 ﹂ は 寺 号。 底 本 及 び 諸 本 ﹁ 円 楽 ﹂ に 作 る の を、 詩 題 の ﹁ 円 覚 寺 ﹂ に よ っ て 改 め る。 な お、 当 時 ﹁ 円 楽 ﹂ と 称 す る 寺 院 は 見 当 た ら な い。 ﹁ 日 二 円 覚 一 ﹂ の よ う に 寺
号 を 紹 介 す る の は、 ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹄ に 同 類 の 例 が 次 の よ う に あ る。 寺 名 遍 照 夜 方 閑、 対 レ月 亦 望 氷 雪 顔 (巻 三、 中 原 広 俊 ﹁ 遊 二 遍 照 寺一﹂ ) ノ ゾ ミ 寺 称 薬 王 枕 二 江 干 一、 於 レ 洛 聞 レ 名 今 将 レ看 (巻 九、 藤 原 季 綱 ﹁ 秋 日 遊 二 薬 王 寺 一﹂ ) 後 の 句 の ﹁ 雲 雨 ﹂ は、 雲 と 雨、 雲 が か か っ て 雨 の 降 る こ と。 こ の 詩 の 場 合、 冬 の 時 雨 模 様 を い う か。 底 本 ﹁ 雲 両 ﹂ に 作 る の を、 三 手 文 庫 本 ・ 国 会 図 書 館 本 等 に よ っ て 改 め る。 ﹃ 元 氏 長 慶 詩 集 ﹄ ( 巻 六 ) ﹁ 和 三 楽 天 秋 題 二 曲 江 一﹂ の ﹁ 今 来 雲 雨 暖、 旧 賞 魂 夢 知 ﹂ は、 そ の 一 例。 ﹁ 難 深 ﹂ は、 寺 の 近 く に 深 い 谷 が あ っ た こ と を 表 わ し て い る。 地 僻 人 難 ・ 到、 渓 深 鳥 自 飛 ( 唐 人 撰 唐 詩 集 ﹃ 又 玄 集 ﹂ 巻 上、 鄭 常 ﹁寄 二 常 逸 人 一﹂ ) 不 レ 覚 雲 来 衣 暗 湿、 即 知 家 近 二 深 渓 辺 -( ﹃ 経 国 集 ﹂ 巻 十 三、 嵯 峨 天 皇 ﹁ 山 夜 ﹂ ) ラ は、 そ の 例。 ﹁ 稀 ﹂ は、 め っ た に な い、 少 な い。 ﹃ 類 聚 名 義 抄 ﹂ ( 法 中 ) の 訓 に、 ﹁ ナ レ ナ リ ・ ス ク ナ シ ・ ヲ ロ ソ カ ナ リ ・ ラ ラ メ ツ ラ シ ﹂ ( ﹁ ナ レ ナ リ ﹂ は ﹁ マ レ ナ リ ﹂ の 誤 ま り ) な ど が あ る。 ﹁ 螺 ﹂ は、 ﹁ 詩 注 ( 六 ) ﹂ ( ﹁ 密 教 文 化 ﹂ 第 一 七 七 号 ) 参 照。 ﹃ 白 氏 文 集 ﹄ ( 巻 二 ) ﹁ 和 答 詩 十 首 ﹂ 序 の ﹁ 使 三 感 レ 時 発 レ憤、 而 螺 二於 此 一耶 ﹂ は、 そ の 一 例。 ﹁ 稀 二 客 螺 一 ﹂ は、 円 覚 寺 に や っ て 来 る 人 は 少 な い の 意。 寺 が 山 中 の 深 い 谷 の 近 く に あ る こ と と、 冬 の 日 の 天 候 の た め に 訪 れ る 人 が 少 な い の で あ ろ う。 北 院 人 稀 到、 東 窓 地 最 偏 ( ﹃ 白 氏 文 集 ﹄ 巻 五 十 三、 ﹁ 北 院 ﹂ ) 夕 巖 苔 静 稀 二 人 到 一、 暁 洞 花 飛 見 二 鶴 遊 一 ( ﹃ 新 撰 朗 詠 集 ﹄ 巻 下 ・ 仙 家 付 道 士 隠 倫、 菅 原 文 時 ﹁ 匂 曲 山 屏 風 ﹂。 ﹃ 別 本 和 漢 兼 作 集 ﹄ 巻 八 に も、 ﹁ 寛 平 法 皇 五 十 御 賀 屏 風 詩 ﹂ の 題 で 収 む ) な ど、 類 似 の 例 が あ る。 二 句 は、 ﹁ 東 山 に 寺 が あ り 円 覚 寺 と い う、 寺 の 近 く の 谷 は 深 く 空 に は 雲 が 垂 れ 籠 め て 雨 が 降 藤 原 基 俊 詩 注 (八 ) 一81一
密 教 文 化 り た ず ね て 来 る 人 は め っ た に な い ﹂ の 意。 次 の 二 句 は、 寺 あ た り の 竹 と 松 が 動 と 静 の 対 比 を な し て い る。 岸 竹 風 に 舞 ひ て 鳳 翼 を 謙 し、 庭 松 雪 に 優 し て 龍 鱗 を 逆 ま に す ( 第 三 ・ 四 句 ) ﹁ 岸 竹 ﹂ は、 渓 谷 の 水 辺 に 生 え る 竹、 崖 の あ た り の 竹。 岸 竹 条 低 応 二 鳥 宿 一、 潭 荷 葉 動 是 魚 遊 ( ﹃ 和 漢 朗 詠 集 ﹄ 巻 上 ・ 蓮、 紀 在 昌。 ﹃ 和 漢 兼 作 集 ﹄ 巻 五 ・ 夏 部 下 に も、 ﹁ 池 鳥 晩 眺 ﹂ と 題 し て 収 む ) は、 そ の 一 例。 ﹁ 舞 レ 風 ﹂ の ﹁ 舞 ﹂ は、 ﹁ 岸 竹 ﹂ が ﹁ 風 ﹂ に 吹 か れ て い る の を い う。 石 楼 月 下 吹 二 盧 管 一、 金 谷 風 前 舞 二 柳 枝 一 ( ﹃ 白 氏 文 集 ﹄ 巻 六 十 七、 ﹁ 追 歓 偶 作 ﹂ ) は、 ﹁ 風 に 舞 ﹂ う の 一 例。 ﹁ 練 二 鳳 翼 一﹂ は、 ﹁ 岸 竹 ﹂ が ﹁ 風 ﹂ を 受 け て ﹁舞 ﹂ う さ ま を、 ﹁ 鳳 翼 ﹂ を ﹁ 翻 ﹂ す と 見 た も の。 ﹁ 翻 ﹂ は、 波 打 つ よ う な 動 き を す る こ と。 椀 花 雨 湿 新 秋 地、 桐 葉 風 翻 欲 ・夜 天 ( ﹃ 白 氏 文 集 ﹄ 巻 五 十 五、 ﹁ 秘 書 後 庁 ﹂ ) は、 ﹁ 翻 ﹂ の 一 例。 ﹁ 鳳 翼 ﹂ は、 文 字 ど お り で は 鳳 鳳 の 翼 の 意 で あ る が、 こ こ は 風 に 動 く 竹 を 鳳 の 翼 に 見 立 て て い る。 唐 太 宗 文 皇 帝 賦 得 ・ 竹 詩 ⋮⋮払 レ 鵬 分 二 龍 影 一、 臨 レ 池 待 二 鳳 翔 一 ( ﹃ 初 学 記 ﹄ 巻 二 十 八 ・ 果 木 部 ・ 竹 ) タ ダ ヨ ヒ カ イ コ ク 唐 虞 世 南 賦 得 二 臨 レ 池 竹 一詩 ⋮⋮龍 鱗 漂 二 解 谷 一、 鳳 翅 払 二 連 満 一 ( 同 右 ) は、 そ の 例。 こ の ほ か、 ﹁ 竹 ﹂ と ﹁ 鳳 ﹂ を 取 り 合 わ せ た 詩 は 多 い。 欲 レ 見 二 龍 鱗 化 一、 兼 期 二 鳳 翼 遷 一 ( ﹃ 菅 家 文 草 ﹂ 巻 五、 ﹁ 竹 ﹂ ) は、 後 の 句 の ﹁ 龍 鱗 ﹂ と 対 を な す 例。
後 の 句 の ﹁ 庭 松 ﹂ は 庭 (境 内 ) の 松。 ﹃ 白 氏 文 集 ﹄ (巻 五 十 五 ) ﹁ 秋 斎 ﹂ の ﹁ 清 風 両 窓 竹、 白 露 一 庭 松 ﹂ は、 そ の 一 例。 ﹁ 便 レ 雪 ﹂ は、 松 に 雪 が 降 り 積 も っ て 枝 が 下 に 傾 い て い る 様 を い う。 澗 雪 圧 多 松 優 寮、 巖 泉 滴 苦 石 玲 瀧 ( ﹃ 白 氏 文 集 ﹄ 巻 五 十 四、 ﹁ 酒 二 太 湖 一書 レ 事、 寄 二 微 之一 ﹂ ) 氷 浮 水 明 滅、 雪 圧 松 優 亜 ( 同 巻 六 十 三、 ﹁ 菩 提 寺 上 方、 晩 望 二 香 山 寺 一、 寄 二 野 員 外 一﹂ ) は、 そ の 例。 ﹁ 優 ﹂ は、 ﹃ 類 聚 名 義 抄 ﹄ (仏 上 ) に ﹁ フ ス ・ ノ イ フ ス ・ フ セ リ ﹂ な ど の 訓 が あ る。 ﹁ 龍 鱗 ﹂ は、 文 字 ど お り 龍 の 鱗 の 意 で あ る と と も に、 そ こ か ら 比 喩 と し て さ ま ざ ま な 意 を 生 み 出 し て い る ( ﹁ 付 説 ﹂ 参 照 ) が、 こ こ で は 積 も っ た 雪 の 比 喩 と 解 せ ら れ る。 ナ ス 河 流 添 二 馬 顛 一、 原 色 動 二 龍 鱗 } ( 中 唐 劉 禺 錫 ﹁ 陳 州 河 亭、 陪 二 章 五 大 夫 一、 雪 後 眺 望、 因 以 留 別、 与 レ 章 有 二 布 衣 之 旧 一、 一 別 二 紀、 経 二 遷 財 一而 帰 ﹂ ) が そ の 例。 第 四 句 は、 雪 が 積 も っ て 白 く な っ た ﹁ 庭 松 ﹂ の 幹 や 枝 が 傾 き 垂 れ て い る の を、 ﹁ 龍 鱗 ﹂ が ﹁ 逆 ﹂ ま に な っ て い る か の よ う と 詠 ん だ こ と に な る。 な お、 ﹁ 鳳 翼 ﹂ ﹁ 龍 鱗 ﹂ は、 墓 二 龍 鱗 一附 二 鳳 翼 一 ( 前 漢 楊 雄 ﹃ 法 言 ﹄ ・ 淵 寵 篇 ) 其 計 固 望 其 墓 二 龍 鱗 一附 二 鳳 翼 -、 以 成 二 其 所 ツ 志 耳 ( ﹃ 後 漢 書 ﹄ 巻 一 ・ 光 武 帝 紀 上 ) と、 二 語 を 組 み 合 わ せ る 例 が あ る。 二 例 は、 龍 や 鳳 に と り す が る、 す ぐ れ た 人 物 ・ 貴 人 に つ き 従 う の 意。 ﹃ 懐 風 藻 ﹄ の 藤 原 宇 合 ﹁ 秋 日 於 二 左 僕 射 長 王 宅 一宴 ﹂ に は、 ﹁ 遽 遊 已 得 墓 二 龍 鳳 一、 大 隠 何 用 寛 二 仙 場 一﹂ と あ る。 基 俊 詩 は こ の 意 で は 二 語 を 用 い て い な い。 二 句 は、 ﹁ 渓 谷 の 水 辺 に あ る 竹 が 風 に 吹 か れ て 舞 い 上 が る の は 鳳 鳳 の 翼 を ひ る が え す か の よ う で あ り、 庭 の 松 に 雪 が 積 も っ て 幹 や 枝 が 垂 れ 傾 く さ ま は 白 く 光 を 放 つ 龍 の 鱗 を さ か さ ま に し た か の よ う だ ﹂ の 意。 藤 原 基 俊 詩 注 (八 )
-83-密 教 文 化 次 の 対 句 で は、 寺 院 屋 内 の 茶 の 煙 と 香 炉 の 火 か ら 春 の 趣 を 感 じ 取 っ て い る。 茶 姻 晩 に な り な む と し て 樹 陰 暗 く、 香 火 春 を 焼 き て 華 気 新 た な り ( 第 五 ・ 六 句 ) ﹁ 茶 姻 ﹂ は ﹁ 茶 煙 ﹂ に 同 じ で、 茶 を 沸 か す 時 に 出 る け む り。 客 至 茶 煙 起、 禽 帰 講 席 収 ( 劉 萬 錫 ﹁ 秋 日 過 二 鴻 挙 法 師 寺 院 一、 便 送 レ 帰 二 江 陵 己 ) 六 時 佛 火 明 珠 綴、 午 後 茶 煙 出 二 翠 微 一 ( ﹃ 千 載 佳 句 ﹂ 下 ・ 釈 氏 部 ・ 寺、 章 孝 標 ﹁ 題 二 碧 山 寺 塔 一﹂ ) 薫 然 幽 興 処、 院 裡 満 二 茶 煙 一 ( ﹃ 凌 雲 集 ﹂、 嵯 峨 天 皇 ﹁ 秋 日 皇 太 弟 池 亭、 賦 二 天 字 一﹂ ) は、 そ の 例。 ﹁ 向 レ晩 ﹂ は、 夕 暮 れ に 向 か う、 日 暮 れ に な ろ う と す る の 意。 ﹁ 向 ﹂ は、 ﹃ 類 聚 名 義 抄 ﹄ ( 法 下 ) に ﹁ ム カ フ ・ ナ ム ー ド ス ・ イ タ ル ・ オ モ ム ク ﹂ な ど の 訓 が あ る。 ま た、 釈 大 典 ﹃ 詩 家 推 敲 ﹄ (巻 之 上 ) は、 ン ト ニ ノ シ テ ン ト ヌ ヲ ニ ン ト テ ン ト 将 ハ 欲 レ 然 也、 又 有 レ 漸 之 辞、 垂 ハ 将 レ 及 也、 向 ハ 趣 也 ト 訓 ス ⋮⋮向 レ 晩 尋 二 征 路 一杜、 遠 郭 遥 聞 向 レ 晩 難、 向 レ タ 問 ニ ニ ン ト テ ン ト ノ ホ エ 征 子 一、 草 色 日 向 レ好、 向 レ老 多 二 悲 恨 一、 天 下 郡 国 向 二 萬 城 一、 将 垂 ノ 字 二 略 同 シ と 説 く。 風 光 向 レ 晩 好、 車 馬 近 レ 南 稀 ( ﹃ 白 氏 文 集 ﹄ 巻 十 四、 ﹁ 立 春 日、 酬 二 銭 員 外 曲 江 同 行 見 ワ 贈 ﹂ ) 未 レ 嫌 竹 箪 迎 レ 宵 冷、 漸 覚 蕉 衣 向 レ 晩 軽 ( ﹃ 類 聚 句 題 抄 ﹄、 源 英 明 ﹁ 秋 気 颯 然 新 ﹂ ) は、 ﹁ 向 レ 晩 ﹂ の 例。 ﹁ 樹 陰 ﹂ は、 木 か げ。 兀 兀 出 ・ 門 何 処 去、 新 昌 街 晩 樹 陰 斜 ( ﹃ 白 氏 文 集 ﹂ 巻 五 十 五、 ﹁ 閑 出 ﹂ ) 羅 月 開 レ衿 臨 二 晩 水 一、 樹 陰 移 レ 楊 掃 二 残 苔 一 ( ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹄ 巻 四、 源 経 信 ﹁ 閑 中 納 涼 ﹂ ) は、 そ の 例。 こ の 語 及 び 樹 木 の 陰 が 詩 に 詠 み 込 ま れ る の は、
新 林 緑 陰 成、 衆 鳥 欣 相 鳴 ( ﹃ 白 氏 文 集 ﹄ 巻 六 十 九、 ﹁ 春 日 閑 居 三 首 ﹂ ノ ニ ) 移 レ 楊 樹 陰 下、 寛 日 何 所 レ 為 ( 同 巻 六、 ﹁ 首 夏 病 間 ﹂ ) 酒 伯 詩 朋 幾 会 同、 樹 陰 露 謄 興 無 ・ 窮 ⋮ ⋮ 見 ・ 花 染 着 九 春 風 ( ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹂ 巻 三、 大 江 佐 国 ﹁ 長 楽 寺 花 下 即 事 ﹂ ) 緑 樹 陰 前 徐 避 レ 暑、 閑 披 二 白 氏 古 詩 一吟 ( 同 巻 四、 藤 原 茂 明 ﹁ 夏 目 言 レ志 ﹂ ) の よ う に、 多 く は 春 ま た は 夏 を 題 材 と し た 場 合 に お い て で あ り、 籠 菊 花 稀 瑚 桐 落、 樹 陰 離 離 日 色 薄 (﹃ 白 氏 文 集 ﹄ 巻 十 六、 ﹁秋 晩 ﹂ ) 閑 窓 雨 底 燈 孤 点、 古 樹 陰 中 酒 一 樽 ( ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹄ 巻 六、 藤 原 忠 通 ﹁ 秋 日 林 亭 即 事 ﹂ ) な ど、 秋 の 詩 に つ い て は 例 は 少 な い。 そ し て、 本 詩 の よ う な 冬 の 詩 に お け る 例 は 見 付 け ら れ な い。 す で に 落 葉 し て い る 季 節 で あ る か ら、 題 材 と な ら な い の は 当 然 で あ ろ う。 つ ま り、 ﹁ 樹 陰 ﹂ は こ の 語 の 用 例 に 照 ら し て 基 俊 詩 に は そ ぐ わ な い。 実 際 に は ﹁ 樹 陰 ﹂ が 眼 前 に 展 開 し て い る こ と を 詠 ん で い る の で は な く、 夕 暮 れ 時 に わ き 上 が る 茶 の 煙 の 薄 暗 さ か ら、 木 々 が 生 い 茂 っ て で き る ﹁ 陰 ﹂ を 思 い 浮 か べ た と 解 し た い。 つ ま り、 ﹁ 茶 姻 ﹂ か ら 樹 木 の 繁 茂 す る 春 を 連 想 し て い る こ と に な る。 後 の 句 の ﹁ 香 火 ﹂ は、 香 を 焚 く 火。 香 火 一 炉 燈 一 蓋、 白 頭 夜 礼 二 佛 名 経 一 ( ﹃ 白 氏 文 集 ﹄ 巻 六 十 八、 ﹁ 戯 贈 二 礼 ・ 経 老 僧 一﹂。 ﹃ 和 漢 朗 詠 集 ﹂ 巻 上 ・ 佛 名 ) 金 馨 敲 来 香 火 薫、 白 毫 和 尚 読 二 経 文 一 ( ﹃ 田 氏 家 集 ﹄ 巻 之 上、 ﹁ 聴 二 読 経 一﹂ ) は、 そ の 例。 ﹁ 焼 レ 春 ﹂ は、 香 炉 の 火 が 春 (春 の 気 ) を 焼 く か の よ う と い う。 池 色 溶 溶 藍 染 レ 水、 花 光 焔 焔 火 焼 ・ 春 ( ﹃ 白 氏 文 集 ﹂ 巻 六 十 四、 ﹁ 早 春 招 二 張 賓 客 [。 ﹃ 千 載 佳 句 ﹄ 上 ・ 四 時 部 ・ 春 興、 藤 原 基 俊 詩 注 (八 )
-85-密 教 文 化 ﹃ 和 漢 朗 詠 集 ﹄ 巻 上 ・ 花 付 落 花 ) 到 ・ 暁 風 光 能 照 ・ 樹、 焼 ・春 霞 色 不 ・ 分 ・ 林 (﹃ 類 聚 句 題 抄 ﹄、 橘 正 通 ﹁ 挑 ・ 燈 更 対 ・ 花 ﹂ ) カ ウ サ ウ 行 竈 焼 ・春 商 客 艇、 軽 軒 入 ・ 雪 夏 王 軍 ( ﹃ 資 実 長 兼 両 卿 百 番 詩 合 ﹄、 藤 原 長 兼 ﹁ 花 開 水 陸 間 ﹂ ) は、 そ の 例。 第 一 例 は 燃 え る よ う な 花 の 色 を 火 に、 第 二 例 は 花 と 燈 火 を ﹁ 霞 色 ﹂ に、 第 三 例 は ﹁ 花 ﹂ の 色 を ﹁ 行 竈 ﹂ の 火 に、 そ れ ぞ れ 見 立 て て ﹁ 春 ﹂ を ﹁ 焼 ﹂ く と 詠 ん で い る。 本 詩 の 場 合 は、 ﹁ 春 ﹂ を ﹁ 焼 ﹂ く ﹁ 香 火 ﹂ を 花 と 見 な し て お り、 そ の 縁 で ﹁ 花 気 ﹂ が つ づ く。 な お、 ﹁ 焼 レ 春 ﹂ を 詠 み 込 ん だ 和 歌 は 次 の よ う に 見 ら れ る。 紅 の 秋 の も み ち に よ そ ふ れ ば 春 を や く 火 や つ つ じ な る ら む ( ﹃ 御 室 五 十 首 ﹄、 顕 昭 ﹁ 春 十 二 首 ﹂ ) は る を や く ひ か り は お な じ 梢 に も わ き て 名 に た つ ひ ざ く ら の 花 ( ﹃ 新 撰 六 帖 題 和 歌 ﹄ 第 六 ・ ひ ざ く ら、 藤 原 為 家 ) ﹁ 花 気 ﹂ は、 花 の 放 つ か お り。 露 裏 千 花 気、 泉 和 萬 籟 声 (宋 之 問 ﹁ 発 二 藤 州 一﹂ ) 半 欲 二 天 明 一半 未 レ 明、 酔 聞 二 花 気 一睡 聞 レ 鶯 ( ﹃ 元 氏 長 慶 詩 集 ﹂ 巻 二 十 七、 ﹁ 春 暁 ﹂ ) 花 気 薫 来 宜 ・ 蕩 ・神、 雪 中 自 識 属 二 芳 辰 一 ( ﹃ 法 性 寺 殿 御 集 ﹂、 ﹁ 花 気 雪 中 薫 ﹂ ) は、 そ の 例。 こ の 句 で は、 香 炉 の 火 や た ち 上 る 薫 香 か ら 花 や そ の か お り を 思 い 浮 か べ、 前 の 句 と 同 様、 春 の 趣 を 感 じ 取 っ て い る。 香 炉 の 火 か ら 春 の 兆 し を 見 出 す 詩 想 は 次 の 詩 を 先 躍 と し、 語 句 も 前 後 二 句 に わ た っ て 類 似 す る。 夜 向 二 残 更 一寒 馨 尽、 春 生 二 香 火 一暁 炉 燃 ( ﹃ 和 漢 朗 詠 集 ﹂ 巻 上 ・ 立 春、 惟 良 春 道 ) な お、 ﹃ 拾 遺 集 ﹄ ( 巻 十 七 ・ 雑 秋 ) に、 東 宮 の 御 屏 風 に 冬 野 焼 く 所 ・ 藤 原 通 頼
早 蕨 や 下 に も ゆ ら ん 霜 枯 れ の 野 原 の 煙 春 め き に け り と あ り、 冬 の 野 焼 き の 煙 か ら、 問 も な い 春 の 訪 れ を 感 じ 取 っ て い る。 詠 み 込 む こ と ば に ﹁ 香 火 ﹂ と ﹁ 煙 ﹂ の 違 い は あ る が、 発 想 は 第 六 句 及 び 春 道 の 後 句 と 同 じ。 二 句 は、 ﹁ 茶 を 沸 か す 煙 は 夕 暮 に な る に つ れ て 木 陰 の う す 暗 さ の よ う に 見 な さ れ、 香 を 焚 く 香 炉 の 火 は 春 を 焼 く か の ご と く で あ り、 そ の か お り は 初 春 の 花 の 香 の よ う に 新 し さ が 感 じ ら れ る ﹂ の 意。 次 は 結 び の 二 句。 来 春 の 再 会 を 約 し つ つ も 老 齢 の 己 れ を 顧 る。 後 会 は 青 陽 和 暖 の 日、 齢 を 顧 み て 信 ぜ ず 老 い 来 た る 人 (第 七 ・ 八 句 ) ﹁ 後 会 ﹂ は、 後 日 の 再 会。 円 覚 寺 の 僧 侶 と の 再 会 か、 あ る い は 一 緒 に 来 た か も し れ な い 友 人 と の 当 寺 で の そ れ で あ ろ う か。 与 レ 君 後 会 知 二 何 処 一、 為 レ 我 今 朝 尽 二 一 盃 一 ( ﹃ 白 氏 文 集 ﹄ 巻 五 十 七、 ﹁ 臨 都 駅 送 二 崔 十 八 一﹂。 ﹃ 千 載 佳 句 ﹄ 下 ・ 別 離 部 ・ 饅 別 < ﹁ 何 処 ﹂ を ﹁ 何 日 ﹂ に 作 る。 な お、 こ の 本 文 は ﹃ 元 氏 長 慶 詩 集 ﹄ 巻 二 十 二、 ﹁ 別 後 西 陵 晩 眺 ﹂ の ﹁ 与 レ 君 後 会 知 二 何 日 一、 不 レ 似 潮 頭 暮 却 ﹂ の 前 句 と 一 致 す る ﹀、 ﹃ 和 漢 朗 詠 集 ﹄ 巻 下 ・ 饅 別 ) 欲 下 以 二 浮 生 一期 中 後 会 上、 先 悲 石 火 向 ・ 風 敲 ( ﹃ 菅 家 文 草 ﹄ 巻 五、 ﹁ 和 二 大 使 交 字 之 作 一﹂。 ﹃ 和 漢 朗 詠 集 ﹄ 巻 下 ・ 饅 別 ) 花 下 難 レ 須 ・ 期 二 後 会 一、 暮 齢 難 レ 定 契 二 何 年 一 ( ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹄ 巻 八、 源 経 信 ﹁ 遊 二 長 楽 寺 一﹂。 ﹃ 中 右 記 部 類 紙 背 漢 詩 集 ﹂ 巻 九 に も、 ﹁ 春 日 遊 二 長 楽 寺 一即 事 ﹂ と 題 し て 収 む ) は、 ﹁ 後 会 ﹂ の 例。 ﹁ 青 陽 ﹂ は、 ﹃ 初 学 記 ﹄ (巻 三 ・ 歳 時 部 上 ・ 春 ) に ﹁ 梁 元 帝 纂 要 日、 春 日 二 青 陽 一 気 清 而 温 陽 ﹂ と あ る よ う に、 春、 陽 春 の 意 で、 藤 原 基 俊 詩 注 (八 )
-87-密 教 文 化 潜 穎 怨 二 青 陽 一、 陵 若 哀 二 素 秋 一 ( ﹃ 文 選 ﹄ 巻 二 十 一、 郭 景 純 ﹁ 遊 仙 詩 七 首 ﹂ ノ 五。 李 善 注 ﹁ 爾 雅 日、 春 為 二 青 陽 一﹂ ) 白 髪 催 二 年 老 一、 青 陽 逼 二 歳 除 一 (唐 人 撰 唐 詩 集 ﹃ 河 嶽 英 霊 集 ﹄ 巻 中、 孟 浩 然 ﹁ 帰 二 故 園 一作 ﹂。 唐 人 撰 唐 詩 集 ﹃ 衆 妙 集 ﹄ に も、 ﹁ 歳 晩 帰 二 南 山 己 と 題 し て 収 む ) は、 そ の 例。 ﹁ 和 暖 ﹂ は、 な ご や か で 温 暖 な こ と。 天 気 和 暖、 衆 果 具 繁 ( ﹃ 文 選 ﹄ 巻 四 十 二、 魏 文 帝 ﹁ 与 二 朝 歌 令 呉 質 一書 ﹂ ) ヤ ヤ 風 痺 宜 二 和 暖 一、 春 来 脚 校 軽 ( ﹃ 白 氏 文 集 ﹄。 巻 六 十 八、 ﹁ 春 暖 ﹂ ) は、 そ の 例。 ﹃ 日 本 紀 略 ﹄ 寛 弘 六 ( 一 〇 〇 九 ) 年 の 条 に も、 ﹁ 今 年、 冬 天 和 暖 ﹂ と あ る。 前 聯 で 春 の 気 配 を 感 じ た の を 承 け て、 翌 春 の 当 寺 で の 再 会 へ と 内 容 が 展 開 し て い る。 冬 に 明 春 の ﹁ 後 会 ﹂ を 約 束 す る 例 に は、 ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹄ (巻 五 ) 釈 蓮 禅 ﹁ 炉 辺 閑 談 ﹂ の ﹁ 前 談 今 夜 雪 中 尽、 後 会 明 春 花 下 期 ﹂ が あ る。 後 の 句 の ﹁ 顧 ・齢 ﹂ は、 自 分 自 身 の 年 齢 を か え り み る、 己 の 老 齢 を 思 う の 意。 顧 ・ 齢 六 十 徒 衰 去、 伴 ・ 汝 還 暫 及 二 暮 年 一 ( ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹄ 巻 二、 藤 原 茂 明 ﹁ 賦 二 文 人 一﹂ ) 顧 レ 齢 四 旬 垂 二 白 首 一、 惜 レ 春 一 日 及 二 黄 昏 一 ( 同 巻 十、 同 ﹁ 城 北 精 舎 言 レ 志 ﹂ ) は、 そ の 例。 ﹁ 不 レ 信 ﹂ は、 我 が 老 齢 を 思 え ば 来 春 の 逢 会 は 信 じ ら れ な い、 あ て に な ら ぬ と い う こ と。 春 ま で 生 き て い ら れ ぬ か も し れ な い 不 安 を 抱 い て い る。 ﹁ 老 来 ﹂ は、 年 老 い る の 意。 ﹁ 来 ﹂ は、 動 詞 に 付 く 助 辞。 基 俊 詩 ω ﹁ 暮 春、 長 秋 監 亜 相 山 庄 尚 歯 会 詩 ﹂ に、 ﹁ 尚 歯 嘉 猷 風 義 旧、 伝 来 萬 里 誰 図 ・ 真 ﹂ と あ る。 残 粉 色 衰 齢 暮 妓、 浮 生 栄 少 老 来 人 (﹃ 別 本 和 漢 兼 作 集 ﹄ 巻 六、 藤 原 通 俊 ﹁春 深 花 漸 落 ﹂) 半 日 興 余 薫 索 寺、 一 生 残 少 老 来 人 ( ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹄ 巻 八、 大 江 佐 国 ﹁ 冬 日 遊 二 長 楽 寺 一﹂ )
は、 ﹁ 老 来 人 ﹂ の 例。 二 句 は、 ﹁ 後 日 の 再 会 を 来 春 の 穏 や か で 温 か な 日 と 決 め た も の の、 己 の 年 齢 を か え り み る と そ れ が か な う と は 思 え な い、 こ の よ う に 年 老 い た 我 が 身 で は ﹂ の 意。 付 説 円 覚 寺 に お け る こ の 冬 の 詩 は、 冬 景 色 を 描 く 一 方、 間 も な く 訪 れ る で あ ろ う 春 の 気 配 を、 ﹁ 茶 姻 ﹂ と ﹁ 香 火 ﹂ か ら 感 じ 取 り、 後 日 の 逢 会 を 期 し て い る。 し か し、 来 た る べ き 穏 や か で 温 か な 時 候 と 再 会 を 希 望 を も っ て 待 っ て い る ふ う で は な い。 そ れ は、 老 い た 我 が 身 が 来 春 ま で 命 を 長 ら え て い な い か も し れ な い と い う、 程 な く や っ て 来 る で あ ろ う 死 へ の 不 安 に 原 因 が あ る。 誰 し も 抱 く で あ ろ う 春 と 再 会 へ の 期 待 は、 こ こ で は 空 し く 砕 か れ ざ る を え な い。 こ の よ う な 感 懐 は、 た と え ば、 花 下 難 ・ 須 レ期 二 後 会 一、 暮 齢 難 レ 定 契 二 何 年 一 ( ﹃ 本 朝 無 題 詩 ﹂ 巻 八、 源 経 信 ﹁ 遊 二 長 楽 寺 [。 ﹃ 中 右 記 部 類 紙 背 漢 詩 集 ﹄ 巻 九 に も、 ﹁ 春 日 遊 二 長 楽 寺 -即 事 ﹂ と 題 し て 収 む ) 七 十 交 遊 人 莫 レ 笑、 不 レ 知 後 会 反 来 ・ 藪 ( 同、 菅 原 在 良、 同 題 ) 向 後 難 レ 期 花 下 会、 行 年 六 十 有 余 年 ( ﹃ 中 右 記 部 類 紙 背 漢 詩 集 ﹄ 巻 十、 惟 宗 隆 頼 ﹁ 三 月 三 日 於 二 古 寺 一、 同 賦 二 桃 花 唯 勧 ワ 酔 ﹂ ) と 同 種 の も の で あ ろ う。 本 詩 に 籠 め ら れ た 思 い が 真 情 で あ る と す る な ら ば、 基 俊 は 相 当 老 齢 で あ っ た と い う こ と に な ろ う か。 藤 原 基 俊 詩 注 (八 )
-89-密 教 文 化 ﹁ 龍 鱗 ﹂ は、 龍 の う ろ こ の 意 で あ る が、 そ の 形 状 や 色 か ら さ ま ざ ま な 比 喩 を 派 生 さ せ て い る。 龍 自 体 の も つ 威 厳 や 迫 力 か ら、 臣 質 同 二 萬 物 一、 仰 観 二 飛 天 之 龍 鱗 一 ( ﹃ 田 氏 家 集 ﹂ 巻 之 下、 ﹁ 仲 秋 釈 葵、 聴 ・ 講 二 周 易 一﹂ ) 仰 レ 頭 驚 二 鳳 閾 一、 下 レ 口 触 二 龍 鱗 一 ( ﹃ 白 氏 文 集 ﹄ 巻 二 十、 ﹁ 贈 二 江 州 李 十 使 君 員 外 一十 二 韻 ﹂ ) 長 沙 鵬 翅 山 行 急、 大 浦 龍 鱗 怒 不 レ 深 ( ﹃ 江 談 抄 ﹄ 巻 四、 菅 原 淳 茂 ) の よ う に、 天 子 の 威 風 や 怒 り を い う 場 合 を 除 け ば、 大 別 し て 二 種 類 の 喩 え と し て 用 い ら れ て い る と 見 て よ か ろ う。 一 つ に は、 龍 の 全 身 を 鱗 が 覆 う と こ ろ か ら、 並 び 連 な る さ ま を 表 わ す 場 合 が あ る。 ジ ヨ ウ セ ル ガ ゴ ト ク ノ ゴ ト シ バ 溝 膣 刻 鍍、 原 限 龍 鱗 ( ﹃ 文 選 ﹄ 巻 一、 班 孟 堅 ﹁ 西 都 賦 ﹂。 六 臣 注 ﹁ 刻 鍵 龍 鱗、 皆 地 之 畦 彊、 相 交 錯 成 二 文 章 一﹂ ) は、 田 地 が 区 切 ら れ て 連 な っ て い る さ ま。 ア ウ ア ツ ト シ テ ノ ゴ ト シ バ 謬 峡 玩 以 囎 肱、 歯 繕 綾 而 龍 鱗 ( ﹃ 文 選 ﹄ 巻 十 一、 王 文 考 ﹁魯 霊 光 殿 賦 ﹂。 六 臣 注 ﹁ 削 糟 綾 謂 二参 差 不 レ 斉、 如 二 龍 鱗 貌 一﹂ ) は、 霊 光 殿 に 高 さ 不 揃 い の 建 物 が 連 な っ て い る の を い う。 曲 水 両 行 排 二 鷹 歯 一、 斜 橋 一 道 踊 二 龍 鱗 一 ( ﹃ 千 載 佳 句 ﹄ 下 ・ 居 処 部 ・ 橋、 傅 温 ﹁ 渓 橋 ﹂ ) 廻 塘 煙 裏 龍 鱗 暗、 枯 岸 晴 前 雁 歯 明 ( ﹃ 本 朝 麗 藻 ﹄ 巻 上、 藤 原 敦 信 ﹁池 水 続 レ橋 流 ﹂ ) は、 橋 に 置 か れ た 板 の 並 ん だ さ ま。 閉 レ 戸 著 レ 書 多 二 歳 月 一、 種 レ 松 皆 老 作 二 龍 鱗 一 (盛 唐 王 維 ﹁ 春 日 与 二 斐 迫 一過 二 新 昌 里 一、 訪 二 呂 逸 人 一不 レ 遇 ﹂ )
龍 鱗 暗 変 留 二 鉛 粉 一、 塵 尾 斜 傾 帯 二 玉 陰 一 ( ﹃ 類 聚 句 題 抄 ﹂、 菅 野 名 明 ﹁ 山 明 望 二 松 雪 己 ) は、 亀 甲 状 に 裂 け た 松 の 表 皮 一 つ 一 つ を 龍 の 鱗 に 見 立 て て い る。 な お、 同 じ 松 に つ い て い う 場 合 で も、 ﹃ 白 氏 文 集 ﹄ ( 巻 十 三 ) ﹁ 題 二 流 溝 寺 古 松 一﹂ の ﹁ 姻 葉 葱 籠 蒼 壁 尾、 霜 皮 剥 落 紫 龍 鱗 ﹂ (﹃ 千 載 佳 句 ﹄ 下 ・ 草 木 部 ・ 松 に も 収 む ) は、 表 皮 が 剥 が れ 屈 曲 し た 幹 と 見 る べ き で あ ろ う。 馬 乳 帯 二 軽 霜 一、 龍 鱗 曜 二 初 旭 一 ( 劉 禺 錫 ﹁ 葡 萄 歌 艀 断 ﹂ ) は、 粒 の 密 集 し た 葡 萄 の 形 状 を あ ら わ し て い る。 さ ら に、 い く つ も 鱗 が 連 な っ て い る と こ ろ か ら、 ヨ リ モ 耽 レ 悪 之 流、 既 謬 二 龍 鱗 一 (﹃ 三 教 指 帰 ﹄ 巻 上 ) の よ う に、 数 の 多 い こ と の 喩 え と な る 場 合 が あ る。 次 に、 ﹁ 龍 鱗 ﹂ が 光 沢 を も つ と 考 え ら れ て い る と こ ろ か ら、 白 い も の や 光 る も の に 見 立 て ら れ て い る 場 合 が あ る。 ス ル コ ト ノ ゴ ト シ バ 衆 色 絃 耀、 照 燗 龍 鱗 ( ﹃ 文 選 ﹄ 巻 七、 司 馬 長 卿 ﹁ 子 虚 賦 ﹂。 郭 瑛 注 ﹁ 如 二 龍 之 鱗 彩 一也 ﹂、 六 臣 注 ﹁ 言 衆 物 顔 色、 照 燗 然 如 二 龍 鱗 一也 ﹂ ) は、 雲 夢 沢 で 産 す る 土 や 金 属 の か が や き の 様 を あ ら わ し て い る。 ハ ノ ゴ ト ク ソ ソ グ セ マ リ テ 濫 泉 龍 鱗 瀾、 激 波 連 珠 揮 (﹃ 文 選 ﹄ 巻 二 十、 播 安 仁 ﹁ 金 谷 集 作 詩 ﹂。 六 臣 注 ﹁ 金 谷 之 水 遷 為 ・ 文 如 二 龍 鱗 一、 バ ク コ ト 激 ・ 水 飲 ・ 石 如 二 珠 之 揮 散 己 ) 浮 レ舟 弄 ・ 水 箒 鼓 鳴、 微 波 龍 鱗 渉 草 緑 (盛 唐 李 白 ﹁ 憶 二 旧 游 一寄 二 誰 郡 元 参 軍 一﹂ ) は、 湧 き 出 る 泉 や 川 の 流 れ が 波 立 ち 光 る の を い う。 滑 如 ・ 鋪 二 薙 葉 一、 冷 似 レ 臥 二 龍 鱗 一 ( ﹃ 白 氏 文 集 ﹄ 巻 十 六、 ﹁ 寄 二 斬 州 箪 一与 三 兀 九 一、 因 題 二 六 韻 一﹂ ) 藤 原 基 俊 詩 注 (八 )
-91-密 教 文 化 日 光 吐 二 鯨 背 一、 剣 影 開 二 龍 鱗 一 ( 劉 禺 錫 ﹁ 有 ・ 僧 言 二 羅 浮 事 一、 因 為 ・ 詩 以 写 ・ 之 ﹂ ) は、 竹 製 の む し ろ や 剣 の 光 沢 の 喩 え と な っ て い る。 ま た、 ナ ス 河 流 添 二 馬 頬 一、 原 色 動 二 龍 鱗 一 ( 劉 禺 錫 ﹁ 陳 州 河 亭、 陪 二 章 五 大 夫 一、 雪 後 眺 望、 因 以 留 別、 与 レ章 有 二 布 衣 之 旧 一、 一 別 二 紀、 経 二 遷 財 一而 帰 ﹂ ) ハ ニ コ ゲ ス ツ 月 瓢 眠 兎 違、 天 撤 老 龍 鱗 ( ﹃ 田 氏 家 集 ﹄ 巻 之 上、 ﹁ 叙 レ 雪 五 十 韻 ﹂ ) は、 と も に 雪 を 龍 の 銀 鱗 に 見 立 て て お り、 前 者 は 積 雪、 後 者 は 降 雪 を 描 い て い る。 以 上、 ﹁ 龍 鱗 ﹂ は 二 方 向 の 比 喩 が あ ろ う と 考 え て 来 た が、 取 り 上 げ た 例 は 明 確 に ど ち ら か に 決 定 で き る も の ば か り で は な く、 両 方 の 意 を 持 つ よ う な 場 合 が あ る。 た と え ば、 播 安 仁 ﹁ 金 谷 集 作 詩 ﹂ の ﹁ 濫 泉 ﹂ が ﹁ 龍 鱗 ﹂ の よ う で あ る と い う の は、 泉 が 波 立 っ て 銀 色 に 光 っ て い る と も、 流 れ て 連 な る 状 態 と も 見 ら れ よ う。 こ の ほ か、 杏 花 開 二 鳳 珍 一、 菖 葉 布 二 龍 鱗 一 ( 初 唐 李 嬌 ﹁ 田 ﹂ ) 桂 嶺 雨 余 多 二 鶴 迩 一、 茗 園 晴 望 似 二 龍 鱗 一 ( 劉 萬 錫 ﹁ 寄 二 楊 軽 作 八 寿 州 一﹂ ) も、 い ず れ か に 決 め る の は 簡 単 で は な い よ う で あ り、 む し ろ、 両 方 の 意 を 含 む か と 思 わ れ る。 詩 注 ( 七 ) の 補 正 〇 ﹁ 詩 注 ( 六 ) の 補 正 ﹂ に お い て、 ﹃ 扶 桑 略 記 ﹄ 天 慶 三 年 正 月 十 一 日 の 条 に 見 え る 太 政 官 符 中 の ﹁ 符 到 奉 行 ﹂ を 官 職 と し て 解 し た が、 こ れ は 官 符 末 尾 の 決 ま り 文 句 で あ り、 ﹁ 符 到 ら ば 奉 行 せ よ ﹂ と 訓 み、 こ の 官 符 が 到 着 し た な ら 官 符 の 指 示 ど お り に 実 行 せ よ と 解 さ ね ば な ら な い。 し た が っ て、 ﹁ 尾 張 言 鑑 ﹂ は ﹁ 符 到 奉 行 ﹂ で は な く、 太 政 官 符 に 署
名 し て い る こ と に な る。 < キ ー ワ ー ド > 藤 原 基 俊 ・ 漢 詩 ・ 円 覚 寺 藤 原 基 俊 詩 注 ( 八 )