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孤立環境における日本語学習者の動機づけ

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孤立環境における日本語学習者の動機づけ

― ベラルーシ人学習者の事例から ―

石橋 美香

キーワード

ベラルーシ,孤立環境,日本語教育,動機づけ,自己実現

はじめに

 国際交流基金における2015年度の「海外日本語教育機関調査」の結果によると,世界130か 国7地域において16,000以上の機関で約3,655,000名の学習者が日本語を学んでおり,その学習 者を取り巻く学習環境はさまざまである。

 本研究の対象国となるベラルーシは,日本から約8,000kmも離れた東欧に位置する。在留邦 人の数も少なく,観光等で訪れる日本人も限られている。言語的にも文化的にも大きく異なり,

地理的にも非常に離れていることもあり,両国にとって親しみのある身近な国とは言いがたい。

ベラルーシで日本語を主専攻として学べる高等教育機関はミンスク国立言語大学とベラルーシ 国立大学の2大学のみで,日本留学の機会も限られており,教室外での日本語使用の機会は極 めてまれである。筆者は2010年8月から2012年6月までの約2年間ベラルーシの日本語教育に 携わり,前述した2大学で日本語の授業を担当していた。ベラルーシの高等教育機関は5年制(医 学系は6年制)で,本研究の調査協力者の出身大学であるミンスク国立言語大学では,5年に1 度新入生を受け入れている。学習者は,卒業後の進路として通訳・翻訳業や日系企業への就職 を希望してもベラルーシ国内にそのような就職先はほとんどない。そのため早い段階から日本 語学習へのモチベーションが低下してしまう一因ともなっていた。このような環境の中で日本 語学習へのモチベーションを維持し続けることは容易ではなく,筆者がベラルーシの日本語教 育に携わっていた際に困難を感じていた点の一つも学習者のモチベーション維持に関してで あった。

 筆者がベラルーシを離れ6年が経った現在,少数ではあるが卒業生の中には「日本語」を活か す道を自ら見つけ出し,自身の望む方向へ進んでいる学習者もいる。本稿では,卒業生にイン タビュー調査を実施し,どのように「日本語」を活かす道を見つけ出し,学習者の人生に「日本」,

「日本語学習」はどう関わってきたのかを明らかにする。また,自己実現の可能性と日本語学習 の意義についても検討する。

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1.先行研究

1.1 「孤立環境における日本語教育」

 福島青史・イヴァノヴァ,マリーナ(2006)は,「地域内に日本語コミュニティーがなく,旅行,

留学等で日本に行くことも稀で,教室外で日本語と接触のない海外環境における日本語学習環 境」を「孤立環境における日本語教育」と呼んでおり,ウズベキスタンでの実態調査から明らか となった問題点として学習者の「学習の受動性」を挙げ,以下のように述べている。

動機付けまでを教師に期待する依存性はソビエト政権下の社会観の影響と考えられる。(中 略)ソ連時代は有能であれば社会から選ばれ,国家の発展のために貢献できたが,現在で はその社会体制そのものが変わったために,自己実現のためには積極的に社会に働きかけ,

戦略的な学習により自己の差別化を図らなければならない。また,自己実現を学習目標と した日本語教育は個別的なものとなり,自律学習を志向する。自律学習,それも自己実現 のために社会ニーズをも変えていく積極的な自律性は学習ストラテジーとして教育してい く必要がある。(p.61)

 また,福島・イヴァノヴァ(2006)によると,日本とウズベキスタンとの間には直行便が飛ん でおり,両国を隔てる距離は大きいものの日本からの観光客も多く,観光ガイドが日本語学習 者の主要な職種の一つとなっているとあり,同じ「孤立環境」にあるものの,日本とベラルーシ を結ぶ直行便はなく,日本からの観光客がほとんど訪れることのないベラルーシとは非常に異 なる学習環境である。

1.2 日本語学習の動機づけ

 ベラルーシの隣国・ウクライナも日本語学習環境に関して,ベラルーシとの共通点が多くみ られる国の一つである。ウクライナを研究対象国とした大西(2014)は,「日本語との接触機会 が少ない環境で学ぶ日本語学習者は,日本語を使用することでの有能感が得られにくい,就職 などを目的としにくい,将来の使用目的を描きにくいという状況に置かれている(p.9)」とし,

「有能感の低さが,遂行目標を持つ場合に学習放棄につながる可能性があること,反対に有能感 の高さが達成見込みに影響を与え,意欲的に学習できることの2点が示唆された(p.126)」と述 べている。また,ベラルーシと同様にウクライナでも文部科学省の国費留学試験に合格するこ とは非常に厳しい。そのため,立間(2006)はウクライナの日本語教育事情について,留学の機 会が少ないため大学1,2年生で学習意欲を失ってしまう学習者が多く,学習目標が「留学」だ けではなく多様化を図ること,そしてモチベーション維持のための対策を講じることが急務で あると指摘しており,大西(2011)も留学試験が原因となって学習意欲が低下する学習者がい るため,目標を留学ではなく,学習者自身が努力する価値があり,達成できると思えるような 目標が持てるように支援していく必要があると提言している。それから,福島・イヴァノヴァ

(2006)は日本留学が日本語学習において非常に強い動機づけとなっているとあるが,毎年日本

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へ留学に行ける人数は限られており多くの学習者に日本留学の機会があるわけではない。教室 外で日本語を使ったコミュニケーションもほとんどないため,「いつの日か訪れるであろう『コ ミュニケーション』を想定したクラス活動は長期にわたる言語学習の動機付けにはならない

(p.49)」と述べている。

1.3 ベラルーシにおける日本語学習の現状

 国際交流基金(2017)によると,ベラルーシで本格的に日本語教育が開始されたのは,ソ連が 崩壊した2年後の1993年で,ミンスク国立外国語大学(現ミンスク国立言語大学)日本語学科 で開始された。その2年後にベラルーシ国立大学でも日本語教育が開始され(1995年当初第二 外国語,2002年から主専攻),ベラルーシ国内の高等教育機関で日本語を主専攻として学べる のは2016年現在もこの2校のみで,初等および中等教育での日本語教育は導入されていない。

 日本語の人気は年々高まってはいるが,日本語を学べる教育機関は8か所と少なく,日本語 教師を養成する機関もないため教師不足が問題視されている。

 筆者がベラルーシ赴任中,日本留学の経験のない5年生に今まで接したことのある日本人の 数を尋ねたところ,一部の学生は筆者を含む国際交流基金からの派遣者3名のみであると答え た。派遣者以外と接したことがあると答えた学習者のほとんども多くて数名程度であった。そ れほどベラルーシでは,日本人,生の日本語,日本文化に接する機会が極めて少なかった。

 しかしながら,このような学習環境下においてもモチベーションを維持し,日本語を使用し て自己実現をしている学習者もおり,本研究ではそのような学習者をモデルとしてモチベー ションの維持方法やどのように「日本語」を活かし,自己実現につなげることができたのかを 調査する。なお,ベラルーシのような学習環境で日本語を学ぶ国・地域は世界中にあり,日本語 学習の動機づけに関してなど多く研究されているが,ベラルーシに特化した研究は管見の限り 行われていない。

2.調査概要 2.1 目的

 ベラルーシの大学で日本語学習を5年間継続し,卒業後に「日本語」を活かす道を自ら見つけ 出し,自身の希望する方向へ進んでいる学習者がいる。その学習者が「日本語」および「日本語 学習」についてどのような思いをもって学習を継続していたのか,またいかに自己実現につな げることができたかを明らかにするため調査を実施した。そして,学習者の語りから自己実現 の可能性と日本語学習の意義についても探る。

2.2 調査協力者

 今回の調査のために協力を依頼したのは,ミンスク国立言語大学で主専攻として5年間日本 語を学んだセルゲイさん(仮名)である。ミンスク国立言語大学は,5年に1度しか日本語の新 入生を受け入れておらず,セルゲイさんが入学した年が,日本語を専攻できる年であった。セ

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ルゲイさんは,筆者がベラルーシで日本語を教えていた際の学習者で,大学4年生と5年生の時 に授業を担当していた。母語はロシア語で,英語も通訳として働けるレベルである。現在のセ ルゲイさんの日本語習熟度は,日本語能力試験

N1合格レベルであり,来日直後の2012年12月

にN2を,そして2014年7月にN1を取得している。大学在学中は,ロシアやウクライナなど近隣 国へ受験しに行かなければならなかったため(1)受験経験がなく,大学卒業時の日本語レベルは

N2から N3程度であったと考えられる。また2017年のBJTビジネス日本語能力テストでは,評

価が

J1+であった。2012年9月から調査時点までの約6年間,日本に在住している。

2.3 調査方法

 本研究では,筆者による半構造化インタビューを行った。調査協力者に対し日本語や日本語 学習が人生に与えた影響について質問した。半構造化インタビューでの質問項目は以下のとお りである。

表1 半構造化インタビューの質問項目

カテゴリー 質問内容

日本語学習

いつから日本や日本語に興味を持っていましたか 大学で日本語を専攻した理由は何ですか

大学時代,日本語の勉強はどうでしたか 日本語学習の動機づけとなったものは何ですか

来日の機会

いつ,どのように来日の機会を得ましたか 初めて訪れた日本はどうでしたか

どうやって卒業後の仕事をみつけましたか 現在の日本語使用 現在,どのくらい日本語を使っていますか

何か日本語で困っていることはありませんか 今後について 今後は,どう日本語を活かしていきたいですか

 インタビューは,Skypeのビデオ通話を利用し,1時間から1時間半程度のインタビューを2 回実施した。まず1回目のインタビュー内容をすべて文字化し,語りの内容で細かく区切り,そ れぞれにコードをふっていくコーディング作業を行って分析した。コーディング作業によりふ られたコードは,「大学時代の日本語学習」「理想の自分像」「来日のきっかけ」「日本でのボラン ティア活動」「日本での仕事」「大学院での研究」「将来」「後輩へのアドバイス」で,「日本語学習 の動機づけ」や「日本語をどう活かし,どう自己実現につなげたか」に関する語りを取り出し分 析した。2回目のインタビューでは,1回目のインタビューで曖昧または不十分な点などの確 認を行った。

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3.調査結果

3.1 日本語学習のきっかけ

 大学入学時,5年間主専攻として学ぶ外国語を選択しなければならなかった。セルゲイさん が入学した年は英語,スペイン語,中国語,日本語の4言語があり,その中から日本語を選択し た。

僕はもともとあまり日本に正直興味がなかったんですね。(中略)スペイン語と英語はあま り簡単でちょっと最初から置いといて,日本語か中国語にするかすごく悩んでいました。

インターネットで色々調べて,言語として日本語の方がきれいだなと思って(中略)日本 語はトーンが中国語ほど難しくないようなので,まあわりと勉強しやすいかなとナイーブ に思ったんですけど。そして(日本語の)応募は5年に1回しか募集はなかったじゃないで すか。もう運命かも知れないなと思って入りました。(中略)色々私たちとは違う価値観を 持っていて,まあ国として面白いなとその時思いました。

 大学入学前は日本に特に興味がなかったが,5年に1度しか募集がない日本語を専攻できる 機会であったこと,そして言語として興味を持ったため,日本語を主専攻として学ぶことにし た。

3.2 大学時代の日本語学習と動機づけ

 まず日本語を学び始めた大学1年生の時は,非常に楽しんで日本語を学んでいた時期であっ た。 「いきなりあの別世界に入って今まで知らなかったことをいっぱい知って,今まで興味 持ってなかったことに興味を持つようになった」と述べており,日本語学習をきっかけに日本 だけではなく,中国や東南アジアにも興味を持つようになっていた。次に2年生の時は,この頃 から日本の音楽や日本のドラマにも関心を持つようになり,「(同じ寮に住んでいた日本人)留 学生も増えたのでその人達とコミュニケーションができ(中略)2年目がたぶん一番日本語を 覚えた場所だったかもしれない」と日本人留学生との交流の機会もあり,充実した日本語学習 であったことがうかがえる。

 しかしながら,その後3年生になると,それまでとは異なり,日本語学習に困難を感じるよう になる。セルゲイさんは,当時のことを「危機に陥った」時期であったと表現し,次のように述 べている。

文章を読むとき単語1個1個分かってたんですけど,全体的に意味がつかめなくてすごく ちょっと悩んでいました(中略)いくら頑張ってもなかなか上手にならないなっていう悩 みが常にありました。

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 当時は,日本への留学がモチベーション維持になっていたものの,初めて文部科学省の国費 留学試験を受験したが不合格であった。また自身の思いをうまく伝えられないため学習態度も 消極的となり,「もしかしてこれが私の限界なのかなって思い始めてモチベーションがなくなっ たと思います」と自信も失くしていた。このように3年生では危機に陥っていたが4年生になる と僅かではあるが日本語能力の上達が感じられ,自信も持てるようになった。そして「やっぱ りどうしても日本に行きたくて留学の試験挑戦したんですね(中略)その試験の準備の時にた くさん勉強してあれも結構あれのおかげで結構モチベーション上がったんじゃないかな」と日 本留学が強い動機づけとなり,それに加え4年間日本語を学んできており途中であきらめたく ないとの思いが強く,日本語学習継続への強い意志も持っていた。ただし4年生の時も留学試 験に不合格となったため日本留学はあきらめ,卒業後の進路を高校時代に留学経験のあるアメ リカに定めていた。しかし5年生で留学という形ではなかったが,日本へ行く機会を得ること ができた。「実際にいろんな日本人と話すチャンスをいただいてその楽しさを初めて実感した ので(中略)日本語が上手になってもっと色々僕の気持ちを伝えたいなって思ってました」と 述べており,この時期は日本での経験と日本へ戻りたいとの思いが強い動機づけとなっていた。

3.3 来日の機会とその経験

 大学5年生の冬,クラスメートから日本でのボランティア活動についての紹介を受けたこと で初来日の機会を得た。日本各地によって活動内容の異なるプロジェクトがいくつかあり,そ の中から福島でのボランティアを選んだ。その理由は,ベラルーシと福島には共通点があり(2), 何か役に立ちたいと思ったためである。福島では,イベントのお手伝いやロシア語および英語 の無料レッスンなどに携わり,難しい仕事内容ではなかったがやりがいのあるものであった。

また初来日した際の日本の印象については,ベラルーシで5年間学んだことを実際に目にする ことができ感動的で,「一生忘れられない」光景となっている。仕事などが大変で日本が嫌になっ た時には,初来日した際のその感動した光景を思い出して自分を落ち着かせるようにしている ほど今でも心に強く残っている。

3.4 大学卒業後から現在までの「日本語」使用環境

 大学卒業後,まずは福島の会社で働いていた。勤務先は,福島でボランティアをしている際 に知り合った方の会社で,そこの社長に直接自己アピールして就職に結びつけた。2012年6月 末に大学を卒業し,8月の頭には在留資格認定証が届いたため,9月に日本に戻ってその会社 に入社した。そこで2013年7月まで1年弱働いた後,関東に拠点を移して,新宿にあるアウトソー シングコールセンターで英語の通訳などのカスタマーサービスとして1年半働き,2015年3月 に現在の会社に入った。現在の仕事は,海外業務部に所属し,担当エリアはロシアと旧ソ連圏 である。仕事での使用言語に関しては,70%が日本語で20%がロシア語,残りの10%が英語で あり,基本的には日本語を使用している。

 また,2018年4月より仕事と両立させる形で大学院に進学した。日常の業務では学びたくて

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も学べないことが多く,きちんと専門的に学んでおかなければ,また大学3年生の時のように

「危機に陥る」ことを懸念し進学を決めた。また,大学院に進学しても昇給など直接的なメリッ トはないが,仕事をする上で自信をつけることができ,身に付けた知識をすぐに仕事に活かす ことができるため大学院で研究することにした。セルゲイさんが進学した大学院では,使用言 語を日本語か英語と選択することができ,セルゲイさんは英語を選択した。日本語での論文の 読み書きには非常に時間がかかるうえ,仕事との両立も考えてより負担の少ない英語で研究す ることにした。しかし,日本語の資料を使用したり,アンケート調査も日本語で実施したりす る予定であり,研究の一部は日本語を使用する予定である。

3.5 大学院修了後について

 大学院修了後について具体的には決めておらず,日系企業がほとんどないベラルーシは厳し いかもしれないが,モスクワかサンクトペテルブルグにある日系企業の管理職などに就き,日 本とのビジネスのコーディネートをしたいと考えている。すでに日本の企業で働いた経験があ るため,日本の会社の仕組みについてよく理解しており,日本人との人間関係も把握している ため,その点は有利であると考えている。どこで働くことになっても,日本とロシアかベラルー シの役に立つ仕事がしたいと述べていた。

3.6 人生における「日本語」

 セルゲイさんは人生における「日本語」について振り返り,以下のように述べていた。

日本語の影響なのか日本語の先生の影響なのか分からないんですけど,日本語を選んで向 上心とかすごくできて。やっぱりあの日本語は私たちにとってものすごく難しい言語じゃ ないですか。それを地道に努力しないと何もできないですよね。それを1年2年生の頃から ずっと続けてこういう地道に頑張るっていうやり方が今仕事とかプライベートでも当たり 前になって,それはよかったなと思います。(中略)日本語のおかげで出会った人たちがた くさんいるので,それはたぶんタイムマシンで10年間前に戻ってもまた同じ選択肢した

[ママ]と思います。日本語を選んだと思います。自分の性格が変わって,あといい人と出 会ったことが一番大きかったかもしれない。

 日本語学習による自身の性格の変化と「日本語」を選択したことについてこのように述べて いた。

3.7 理想の自分像

 セルゲイさんは大学時代から自身が成長すると共に変化はしてきたが,理想の自分像につい て思い描いていた。大学時代,今のように日本にいる自分は想像しておらず,国などどこにい るかは関係なく,どのような人間になれたらいいかという理想像を持っていた。現在のセルゲ

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イさんはそのイメージの70%ぐらいは達成できていると述べ,具体的には「金銭的に困ってな い生活をしている人」や「自分の仕事が好きで人に役に立つ仕事をしている人」を想像してい たが,「人の役に立つ仕事をしている人」はまだ達成できていないとのことである。達成できて いないこの部分に関しては,自分の知識と言語力と性格を最大限に活かして誰かの役に立ちた いと考えており,それがセルゲイさんが日本語を選んだ理由になるのかもしれないと述べてい た。

4.考察

4.1 日本語学習の動機づけ

 セルゲイさんは大学入学時に主専攻として日本語を選択したが,日本の伝統文化やポップカ ルチャーなどへの強い興味があったわけではない。学習開始当初に感じた日本語学習による「異 世界感」や「未知への強い関心」によって,動機づけがされたと考えられるが,その新規性とい う点においては徐々に慣れていき,動機づけとしては弱くなっていくと思われる。しかし,日 本人との接触機会が非常に限られているベラルーシの中で,学生寮に住んでいる日本人留学生 と交流が持てる機会があったことは日本語学習に大きな影響を与えたと考えられる。少しでも 相手と交流できるようになりたいという思いが動機づけとなっていたのだろう。そして,セル ゲイさんは3年生の時と4年生の時に留学試験を受けており,日本留学への希望も動機づけと なっていたと考えられる。しかし,大学3年生の時と4年生の時に留学試験に挑戦したが不合格 であった。1度目の不合格となった大学3年生は彼にとって「危機に陥った時期」であり,この 不合格が拍車をかけた可能性も考えられる。日本留学が狭き門であるため,立間(2006)でも「厳 しい現実を知り,1,2年生で大半が学習意欲を失ってしまい(p.129)」とあるように,ベラルー シの多くの学習者も同様であった。しかし,セルゲイさんはこの頃から少しずつではあるが,

非常に学習困難な言語である日本語の学習を数年続けてきたという自負が芽生えてきており,

その思いが日本語学習継続への動機づけとなったと考えられる。5年生になると実際に日本へ 行く機会が得られ,そこで学んできた日本語を使ってコミュニケーションが取れたことが新た な自信かつ動機づけとなったと考えられる。

 大学時代の日本語学習においても,理想の自分像の実現に関しても共通して言えることは,

「日本への留学」や「日本在住」が必須条件ではないことである。もし,セルゲイさんが大学時 代の日本語学習において「日本への留学」が必須条件であったら,おそらく早々にモチベーショ ンが下がり,日本語学習の継続は厳しかったと考えられる。また,今後においても「日本語」を 活かした仕事に携わりたいと考えてはいるが,その場所が日本である必要はなく,誰かの役に 立つ仕事ができることを最優先に考えている。大西(2014)も「学習者個人が達成可能であると 思える目標を設定することが意欲的な学習に繋がると考えられる(p.48)」と指摘するように,

セルゲイさんも,日本語学習でも人生における目標設定でも達成可能な目標を設定し,理想の 自分像を描くことができていることが窺える。それに加えて,学習困難な日本語を5年間継続 したことで身に付けた忍耐力と自信とで確実に自己実現につなげていくことができていると考

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えられる。

4.2 手段・道具としての「日本語」

 セルゲイさんの大学時代からの人生を振り返ってみると,「日本語」を活かせる道をうまく見 つけられている。留学試験には不合格となったが,ボランティアとして来日することができ,

母語であるロシア語や得意な英語を教えていた。もし日本語や日本に関する知識がなければ,

ボランティアに参加することは難しかったと思われ,そこでの出会いによって手に入れた日本 での就職の機会も得ることはできなかった。また,大学院での使用言語は基本的に英語だが,

情報収集や日本人へのアンケート調査の際は「日本語」を使用することにより,自身に必要な 情報やデータを手に入れることができ,研究を進めることができる。

 セルゲイさんは,日本で働くようになってから,ロシアでは日系企業が「日本語」ができる人 材を常に募集していることを知った。「日本語」ができることが働く上でのアドバンテージにな るのである。ベラルーシ国内で「日本語」を活かした仕事に就くことは厳しく,今後この状況が 急変する見込みもない。しかしロシアなら十分「日本語」を活かした就職の機会がある。日本人 の感覚で考えると就職のため他国へ行くことは人によって躊躇する可能性もあるが,ベラルー シ人にとってのロシアは他国という感覚は非常に低い。セルゲイさんも大学院修了後,「日本語」

ができる人材としてだけではなく,日本人の仕事の仕方などの知識もあり,日本人と一緒に働 いた経験があるため,それを活かして就職活動をすることができる。自身のキャリアを考える 際,「日本語」ができることで道が開け,選択肢も増やすことができるのである。

4.3 日本語学習の意義

 ベラルーシのように「孤立環境における日本語教育」の現場では,日常的に日本人や日本語 と接する機会はほとんどないが,「日本語」という外国語学習を通して学習者の視点を外に向け ることができる。セルゲイさんは大学に入学するまで興味のなかった日本やアジア各国にも関 心を持つようになった。そして「日本語」をどう使うか,仕事にどう活かせるかなどを自主的に 考えることで人生の選択肢も増やすことができている。

 日本語学習によって学習者が外に視点を向けることで新たな気づきを得ることができ,自律 的かつ主体性をもって将来を考える機会となると考えられる。

おわりに

 本研究では,在留邦人も少なく,日本留学の機会もごく限られており,日系企業もほとんど ないベラルーシの大学で日本語教育を受けた学習者の人生における「日本語」「日本語学習」に ついて調査・分析し,学習者自身で「日本語」を活かす道を見つけ自己実現につなげることがで きた学習者モデルを提示した。本稿では,1名の学習者モデルの提示に過ぎなかったが,今後 他の学習者モデルも提示することで,ベラルーシの日本語学習者の動機づけに役立てたい。

 セルゲイさんの母校で日本語教育が開始されて25年となるが,5年に1度しか日本語コース

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の募集がないため,先輩と後輩の縦の関係が築かれることはない。そのため,日本語学習に関 するアドバイスをもらったり,留学に関する相談をしたりすることができる相手は教員のみで ある。また国際交流基金からの派遣者は,通常2〜 3年で任期を終えて帰国する。過去の報告書 から留学人数や使用教材,イベント実施についての情報を得ることはできる。しかし,ベラルー シの学習者が5年間どのように日本語を学び,数少ないクラスゲストや日本国大使館の日本人 とどのように交流してきたのか,卒業生たちはどのような仕事に就いているのかなど,十分な 情報がないまま学習者に接することになる。筆者もベラルーシ赴任中の2年間,学習者に「日本 語」を活かす道を提示することはできなかった。クラス内での日本語のレベル差が大きく,モ チベーションの低さが目立つ中,少しでも日本語に興味を持ってもらうこと,アウトプットの 機会を増やした授業を行うことを重要事項に考えていた。

 セルゲイさんは日本在住で頻繁にベラルーシに帰国しているわけではないが,インターネッ トを通してならベラルーシの学習者とつながることは難しくない。日本語を学ぶ難しさや楽し さ,日本へ留学したくてもできない悔しさをよく知る先輩から後輩たちが,留学だけではなく 日本へ行く道があること,日本語が得意ではなくても「日本語」を活かす道があることを知る 機会を設けることは,モチベーション維持にもなり,学習者が自ら「日本語」を活かす道を見つ け出す一助となるとも考えられる。また,そのような機会を設けることは,ベラルーシの日本 語教育に携わっている教員にとっても学習者支援を考えるうえで欠かせないものである。

 今後の課題として,手段・道具として「日本語」を活かしている学習者モデルを調査し,それ をどのように学習者支援に活かせるか検討し,前述した先輩と後輩との縦の関係作りの支援を 行いたい。

(1)2017年7月よりベラルーシ国内で日本語能力試験が実施されている。

(2)セルゲイさんが4年生だった2011年3月11日に東日本大震災が発生し,ベラルーシでも連日 ニュースで大きく取り扱われた。服部(2004)によるとベラルーシは,1986年に起こったチェル ノブイリ原発事故で,原発自体はウクライナに所在していたが,放射性物質の7割がベラルーシ に降下したため最も被害を受けた国である。

・本稿は2018年9月に実施された第51回日本語教育方法研究会でのポスター発表をもとに加筆・修正 したものである。

引用文献

大西由美(2011)「目標達成見込みの高低と動機づけの関連―ウクライナにおける日本語専攻大学生 の動機づけ調査―」『国際広報メディア・観光学ジャーナル』12, pp.21-40.

大西由美(2014)「日本語学習者の動機づけに関する縦断的研究―日本語接触機会が少ない環境の学 習者を対象に―」北海道大学大学院博士学位論文.

立間智子(2006)「ウクライナにおける日本語教育の現状と問題点」『国際交流基金日本語教育紀要』

2号, pp.127-133.

服部倫卓(2004)「ヨーロッパの真ん中の知られざる国」『不思議の国ベラルーシ―ナショナリズムか

(11)

ら遠く離れて』pp.2-4,岩波書店.

福島青史・イヴァノヴァ,マリーナ(2006)「孤立環境における日本語教育の社会文脈化の試み―ウ ズベキスタン・日本人材開発センターを例として―」『国際交流基金日本語教育紀要』2号,

pp.49-64.

国際交流基金(2015)「第1章 調査の結果概要」『海外の日本語教育の現状 2015年度日本語教育機関 調査より』国際交流基金. https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/survey/result/dl/survey_2015/all.pdf

(2018年9月18日閲覧)

国際交流基金(2017)「ベラルーシ(2017年度)」『日本語教育 国・地域別情報』国際交流基金.

https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/survey/area/country/2017/belarus.html(2018年9月23日閲覧)

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