近畿大学法科大学院 開設記念シンポジウム
「法科大学院になにを期待するか」
日時
2 0 0 4
年5
月1 5
日(土)午後1
時3 0
分 午後4
時3 0
分 場 所 法 科 大 学 院 (8館) 4階講義室4011 .ご挨拶
畑 博 行 学 長
佐 藤 幸 治 法 科 大 学 院 長
(司会) それでは定刻となりましたので,近畿大学法科大学院開設記念シンポ ジウムを始めさせていただきます。開会に当たりまして,畑博行近畿大学学長 より一言ご挨拶を申し上げます。
(畑) 本日は近畿大学法科大学院開設記念シンポジウムと題しまして,ご案内 のようなシンポジウムを開催しましたところ,非常にたくさんの方々にご出席 いただきました。今日は関西大学でも似たようなことをやっているようでして,
その影響で会場はがらがらなのではなかろうかと心配しておりましたが,予想 以上にたくさんの方に来ていただき,大変うれしく,思っております。
近畿大学は,大正
1 4
年( 1 9 2 5
年)創立の大阪専門学校と昭和1 8
年( 1 9 4 3
年) 創立の大阪理工科大学を母体として,昭和2 4
年,新制大学の発足と同時にここ で産声を上げました。法学部は,もともと旧制の大阪専門学校の法科が母体で す。近畿大学は,現在,法科大学院を別として,1 1
学部,1 2
研究科,1 6
附属研 究所 2短大を擁する大きな大学で,私たちは西日本における唯一の総合大学と自負しています。
‑5 ‑
開設記念シンポジウム「法科大学院になにを期待するかー
今回,司法制度の改革の一環としてロースクールが創設されました。司法制 度の改革という国家事業に参加するのは総合大学としての近畿大学の責務でも あり,また我々としても79年の法学教育の歴史もございますので,何とか積極 的にロースクールをやらせていただきたいということで,司法制度改革審議会 の会長をなさっていた佐藤先生を中心にようやく現在のような法科大学院を 創設することができました。これは偏に内外の皆さんの大変なご理解とご協力,
ご指導のたまものだと大変感謝しております。
私も実は法学畑の出身ですので,創設にも準備委員の一人としてかかわって まいりました。その関係もあり,特に今日は学長としてというよりも,むしろ,
かつての準備委員の一人として,特別な感慨を持って出席させていただいてお ります。司法制度改革審議会の元会長もおられることですし,我々としてはで きるだけ新しいロースクールの理念に沿った内容の教育をしていこう,そして,
社会的な要望には真剣に耳を傾けていこうというスタンスで構想を出して,現 在,少ない専任の先生ですが,一生懸命にやっていただいております。
今日は,司法制度改革の第一線で活躍された方々,そして,我々が将来送り 出す卒業生を受け入れていただく財界,法曹界の方々をパネリストとしてお迎 えし,このシンポジウムを開催できることを大変うれしく思っています。どう ぞ,ごゆるりと,しかし積極的に発言していただいて,本日の集まりが実り多 いものとなるよう念願いたしまして,私の挨拶に代えさせていただきます。ど
うぞよろしくお願いいたします(拍手)。
(司会) ありがとうございました。続きまして,本学法科大学院長であります 佐藤幸治教授から,一言ご挨拶を申し上げます。
(佐藤) 本日,多数のご参加を得まして,心からうれしく思います。特に,日 本版ロースクール導入の大きなきっかけを作られた柳田先生はじめ,これ以上
‑6 ‑
のパネリストはいないという最高,最良の方々をお迎えして,このようなシン ポジウムを開くことができましたことを,心から感謝している次第です。
近畿大学法科大学院は,専任教員14名,その他多数の兼担,兼任の教育陣と,
30名の学生をもって 4月1日からスタートしました。 641名の応募者があり,
72名の合格者を出したのですが,最終的に近畿大学で学びたいという者が30名 ということでした。従来の発想ですと,定員までということになるかと思いま すが,私どもは質の高い法科大学院を作りたいということで, 30名でスタート することにしたわけです。その点につきましでも,理事者のほうから非常に深 いご理解を頂き,このようにスタートできたことを,大変うれしく思っていま す。
スタートして 5~6 回の授業をすでにやってきておりますが,いろいろな意
味で,スタート時点で30名にしたことはよかったと,自信を深めています。来 年度はたくさん採りたいとは思っておりますが,スタート時点においてはこれ でよかったと思っている次第です。
授業は,従来の大学のイメージで、入ってきた諸君にとっては,やや戸惑いを 覚えているところもあるかもしれません。また,膨大なアサインメントを出し ているものですから,それを勉強して消化するのに手一杯といった様子も見受 けられます。しかし,私どもは24時間図書室を開けておりまして, 12時 1時,
2時まで勉強している学生がいるということですので,従来の大学に比べれば,
すでに大変な様変わりであると思っております。
従来は先生が丁寧に講義をするスタイルでしたが,この法科大学院の理念に 従いまして,勉強するのは自分自身であり,授業は大事なところを中心にいろ いろな角度から問題をとらえて考えさせるというスタイルを取っています。そ こが戸惑いの原因かもしれませんが,概念あるいは言葉というものを,歴史的,
多角的な理論,理屈,あるいは実務の視点から見ていくことで,ダイナミック にとらえるという授業を進めているところです。やれば少しずつでも慣れてき
‑7‑
開設記念シンポジウム「法科大学院になにを期待するか」
ますし,また,学生諸君はすでにアダプトしつつあると考えています。
実は昨日,東京でダニエル・フット先生とお会いする機会がありました。
フット先生はワシントン・ロースクールで教えておられた方で,数年前に東京 大学に移られて,この 4月1日から法科大学院で教えておられるのですが,
「従来の法学部の授業と比べると授業の風景が一変し,教えるのが大変楽しい です」とおっしゃっていました。ここで教えることは,先生のほうも従来と 違って戸惑うところがあるのですが,私自身もやはり教えるということは楽し いことだと,思っています。
ロースクールの意義については,かねて私は二つあるということを申してき ました。一つは,司法制度改革の基盤ないし要であるということO これがうま くいくかどうかによって,結局は司法制度の改革がうまくいくかどうかが決 まってきます。もう一つは,ロースクールが日本の高等教育改革の先導役であ るということです。これがうまくいくかどうかによって,あるいは次にメデイ カルスクールが誕生するかもしれません。それはともかく,ロースクールがう まくいくかどうか,特に文系の高等教育の将来がそれにかかっているとさえ考 えています。
裁判員制度の導入は,今回会において,衆議院を全会一致で通過いたしまし た。まず間違いなく,裁判員法は今国会で通ると思います。また,司法ネット,
全国どこでも法的サービスを受けられるようにするという総合法律支援法とい う法律も,今国会でまず通るであろうといわれています。それから,永年の懸 案であった行政事件訴訟法の改正も今国会で通るであろうということです。そ うなりますと,司法制度改革審議会で描いた姿が,今国会でほぼでき上がると 申してよろしいかと思います。そういう意味で,新しい器はこれで大体出そろ います。問題はこれからその器にどのような料理を盛り込めるかということで あり,いよいよその局面に差しかかっていると,思っている次第です。
今日のこのシンポジウムが,ロースクールとは何であるか,何をやろうとし
‑8‑
ているのか,どうあるべきなのかについてパネリストの方に存分に語っていた だいて,このロースクールの意義を改めて確認する機会になることを願いまし て,挨拶に代えさせていただきたいと思います。どうもありがとうございます
(拍手)。
(司会) ありがとうございました。それでは早速,
I
法科大学院になにを期待 するかJ
と題しました記念シンポジウムに移らせていただきます。シンポジウムの司会進行は鈴木茂嗣本学法科大学院長補佐が担当いたします。
それでは,鈴木先生よろしくお願いします。
2.パネルディスカッション
太田 茂 氏 ( 大 阪 地 方 検 察 庁 次 席 検 事 )
中 務 嗣 治 郎 氏 ( 弁 護 士 法 人 中 央 総 合 法 律 事 務 所 代 表 社 員 弁 護 士 ) 細川 恒 氏 (MS K基礎研究所・戦略設計事務所代表)
諸 石 光 照 氏 ( 弁 護 士 ・ 弁 理 士 , 住 友 化 学 工 業 株 式 会 社 代 表 取 締 役 専 務 ) 柳田 幸男氏(弁護士,柳田野村法律事務所代表者)
( 進 行 ) 鈴 木 茂 嗣 法 科 大 学 院 長 補 佐
(鈴木) 鈴木でございます。刑事法を専門にしており,法科大学院では院長補 佐を務めております。本日はシンポジウムの司会をさせていただきますが,何 分不慣れですので,どうか皆様,よろしくご協力のほどお願いいたします。
さて,今年度から新たに設置されました法科大学院は,今回の司法改革の要 の一つです。法曹人口を拡大すると共に,視野が広く,高度の専門性を有する 法曹をプロセスとして養成していくために不可欠のものであります。全国で68
の法科大学院が認可されて,この 4月から実際に教育を開始したところですが,
総定員5600近く,今年度の入学者総数は5760余名ということで,一方で、は定員
‑9 ‑
開設記念シンポジウム「法科大学院になにを期待するかー
をかなりオーバーしている法科大学院もあり,他方では定員割れの法科大学院 もあるという形になっております。
このように混乱のうちに始まった法科大学院元年ですが,我々としては,何 としてもこの法科大学院を,将来のよき法曹養成のための機関として健全に育 成していかなければならないと,思っております。本日のシンポジウムは,この 法科大学院に求められる教育研究上の課題をできるだけ明らかにすることを目 的といたしまして,法曹界あるいは財界など,各方面で指導的な立場にある 方々においで頂いて,議論いただくものです。
それでは,そのパネリストの先生方をご紹介申し上げたいと思います。五十 音順に着席していただいておりますので,その順序でご紹介いたします。
まず,大阪地方検察庁次席検事の太田茂さんです(拍手)。太田さんは大阪 地検を振り出しに,熊本,神戸などの地検勤務を経て,中国の日本大使館一等 書記官,法務省刑事局付,法務大臣官房人事課付などを歴任されました。その 後,高知地検次席,法務省刑事局参事官,東京地検刑事部副部長などを経て,
法務大臣官房司法法制課長,同秘書課長,最高検検事を務められ,司法制度改 革審議会など,今回の司法改革問題に深く関係してこられました。特に,我々 法科大学院開設を目指す者との関係では,法科大学院開設支援法務検察連絡協 議会の事務局長というお立場で,いろいろとご尽力,ご援助いただきましたこ とは,今なお記憶に新しいところです。司法改革の中心におられたという立場 で,貴重なご意見を伺えるものと期待しております。
次は,中務嗣治郎弁護士です(拍手)。中務さんは大阪弁護士会に所属され ており,弁護士法人中央総合法律事務所代表社員を務めておられます。大阪弁 護士会長,日弁連副会長等を務められ,大阪弁護士会の司法改革推進大阪本部 長も務められた経験をお持ちです。現在,大同生命社外取締役や神戸製鋼所コ
ンブライアンス委員会社外委員,国土交通省近畿地方整備局入札監視委員会委 員長,財団法人交通事故紛争処理センター常務理事もお務めです。大阪弁護士
ハU
4Ei
会で司法改革に中心的に取り組まれたご経験を踏まえた貴重なご意見を伺える と期待しております。
次は, MSK基礎研究所・戦略設計事務所代表の細川恒さんでございます(拍 手)。細川さんは京都大学経済学部卒業後,通産省に入省され,ハーバード大 学のケネディスクール・オブ・ガヴァメント(JF K School of Government) へ留学されました。その時期はちょうど佐藤院長がハーバードに留学しておら れた時期と重なり,かの地でもご親交があったと伺っております。その後,
OECD
科学技術工業局次長として各国の産業政策に携わられ,通産省基礎産 業局長,同通商政策局長を経て,通商産業審議官を務められ,ウルグアイラウ ンド交渉,中国の WTO加盟交渉などの, GATT, WTO関連の交渉,また日 米通商交渉など,多くの国際交渉に責任者として携わってこられました。そし て,退職後はいわゆる天下りはされず,自らベンチャー金業を起こされるかた わら,企業戦略あるいは事業戦略の手助けや援助をするお仕事をする事務所の 代表を務めていらっしゃいます。現在,関西学院大学大学院の客員教授も務め ておられます。国際交渉を通じて,専門家集団の重要性を痛感されたと伺って おりますので,そのような見地から有益なお話が伺えると期待しております。次は,諸石光照さんです(拍手)。諸石さんは東京大学在学中に司法試験に 合格されました。卒業後,住友化学工業に入社され,勤労課長や法務課長を務 められた後,司法修習生になられまして,弁護士,さらには弁理士の登録をさ れましたO そして,企業内弁護士として住友化学工業に復帰されまして,法務 部長,取締役,常務取締役を経て,現在,代表取締役専務を務めておられます。
7月からは特別顧問となられて,法務関係をご担当になると伺っております。
いわゆる企業内弁護士の草分けであられまして,そのようなお立場から,いろ いろと興味ある有益なお話を伺えることを期待しております。法制審議会委員 や司法制度改革推進本部の法曹養成検討会委員も務めておられ,また,文科省 大学設置審の法科大学院特別審査会の委員もお務めになり,今回の司法改革に
寸lよ
1Eよ
開設記念シンポジウム「法科大学院になにを期待するか」
当たっても重要な役割を果たしてこられました。
最後は,柳田幸男弁護士です(拍手)。柳田野村法律事務所の代表を務めて おられます。早稲田大学の大学院で修士号を取得されるとともに,ハーバード 大学ロースクールへ留学され, LLMの資格も取得されております。その後,
ノ、}バード・ロースク}ルの客員教授を務められるとともに,現在は同大学の 評議員,また,ロースクール運営諮問委員を務めておられます。囲内ではY K
K取締役,富山化学工業の社外取締役等のほか,東京大学法科大学院運営諮問 会議の委員も務めておられます。我が国へのロースクール制度の導入を早くか ら主張されまして,我が国での法科大学院構想の生みの親的な役割を果たされ たことは,皆様ご存じのとおりです。我が国のロースクール論争の火付け役と いってもよいかと思います。柳田さんのこれまでのご論文等を集めましたご著 書『法科大学院構想の理想と現実』は,法科大学院問題のバイブル的存在だと いうこともできるかと思います。本日もいろいろと示唆に富むお話を頂戴でき ることを期待しております。
以上で,パネリストのご紹介を終わらせていただきます。
それでは,いよいよシンポジウムに入らせていただきます。まず始めに,パ ネリストの皆様に,お一人 5~lO分程度で,
I
法科大学院になにを期待するか」ということについて,順番に総括的なお話を頂きたいと思います。それを踏ま えまして,幾つかの論点についてご議論いただきます。最後に若干の時間を 取って,フロアの皆様からパネリストの方々へのご質問をお受けしたいと思っ
ております。
それでは,太田さんからよろしくお願いいたします。
(太田) よろしくお願いいたします。各界の重鎮が並んでおられる先頭という ことで大変恐縮しておりますが,司会者のご指名ですので最初にお話しさせて いただきます。
ワ 臼
唱EA
まず,法科大学院の制度そのものに対する期待ということにつきまして,私 がこれまでこの改革の一端にかかわってきた経緯を踏まえて,お話し申し上げ たいと思います。私は1986年から 3年間,外務省との人事交流により中国の北 京の日本大使館に派遣されておりましたが,帰国後間もなく,法務省大臣官房 の人事課付検事を命じられました。そこで,皆さんご承知の第一次司法試験改 革,つまり,いわゆる丙案といわれる合格枠制の導入や,司法試験の合格者を 500人から700人,あるいは1000人近くまで何とか増やしていこうという,あの 改革作業の末端の一員として,足掛け4年近くにわたって関与したわけです。
その結果としての司法試験法の改正後,更に法曹養成制度改革協議会が設置さ れ,約 4年にわたり,抜本的改革等へ向けた協議が,外部委員も含めてはいま
したが,基本的には法曹三者を中心とするメンバーによって行われました。
今から思うと隔世の感がするのですが,第一次司法試験改革は,基本的に法 曹三者中心の議論であり,当初の500人を700人に増やすというようなことにつ いてさえ随分議論がありました。また,法務省が提案する合格枠制については,
日弁連を中心に強い抵抗感がありました。そのような中で,何とか,緊急の改
qJ
1Eよ
開設記念シンポジウム「法科大学院になにを期待するか」
革だけは実現しなければならないということで,ょうやく一部の改革に手がつ けられたというにとどまっていました。
当時,司法試験について大学の推薦制を導入するという堀田人事課長試案に 示されるように,法務省としては,法曹養成制度の改革には大学との有機的連 携が不可欠であるというメッセージを発信したこともあったのですが,当時は 大学側にそれを受け止めて応えようという動きが生まれていなかったわけです。
このような中で法曹三者中心の議論で,いわば微温的な改革が進められていた にすぎません。
また,法曹養成制度改革にかぎらず,司法制度改革全般についてギルド的だ という外部からの批判がある法曹三者中心の議論で進んでおりました。その背 景の一つには昭和40年代に,ある法案が法曹三者の対立のために国会の法務委 員会でもめてしまったときに,今後,司法制度に関する法律案については,法 曹三者でまず話をつけてから提出せよという趣旨の附帯決議が出まして,それ 以来,法曹三者が一致しなければ司法制度改革に関する法案を国会にすら提出 できないということが延々と続き,そういう中で,なかなか議論が進まなかっ たという面もありました。
私は,このような経緯の中で,司法制度改革審議会が立ち上がり,司法制度 改革への大きな動きが生まれたことの意義は本当に大きかったと思います。ま ず何といっても,これまでの法曹三者を中心とする議論を超えて,司法制度を 利用する国民の側の視点に立って司法制度改革を検討していこうという場が設 定されたことが,最大の要素だ、ったと思います。なかんずく,改革審の意見書 にある「制度を生かすもの,それは疑いもなく人である」という言葉に象徴さ れているように,制度というものは人が支えるのであり,まず,法曹人口を大 幅に増やさなければならない,そのためには何としても質の確保が極めて重要 であり,良い法曹を育てるための法曹養成制度の抜本的な改革が必要であると いう佐藤幸治会長の強い信念とリーダーシップのもとに,強力に改革審の議論
A斗A
噌Ei
が進められ,法科大学院の具体的構想を盛り込んだ意見書がまとめられた訳で す。
もう一つ,あえて申し上げますと,日弁連,弁護士会の大変なご努力があっ たということがいえると思います。今日,会場にお見えですが,当時の久保井 会長が毎年3000人という大幅増加の目標を受け入れ,それを支えるロースクー ルを弁護士会として率先してやっていこうというメッセージを打ち出されまし た。そして,会内で大変な議論がある中で,その方針をまとめられました。こ れなくしては,この制度の改革は容易に実現できなかったと思います。
私も,法務省の一員として,これまでに先ほど申したような長い経緯があり,
かねてからの課題であった法曹養成制度の抜本的改革となり得る法科大学院構 想を成功させたいと思いつつ,何といっても法曹の最大の人口は弁護士であり,
また大学を舞台とする制度改革となるものですから,そのような法曹養成制度 改革の具体案を法務省が先頭に立って振りかざす形となってしまっては,弁護 士会や大学関係者等から絶対に理解が得られないだろうと,思っておりました。
十数年前の第一次司法試験改革の場合には,当面のやむを得ない緊急的な改革 として,法務省が案を出して強く推進し,何とかそれを認めていただくという ことで済んだのですが,今後長い期間に及ぶ大改革について,法務省が改革案 を振りかざすという形では,容易に理解が得られないだろうと思っていたので す。そのような状況のもとで,先ほどの柳田先生のパイオニア的な歴史的とも いえる日本型ロースクールの導入を提言する論文などの動きが出たり,熱心な 弁護士会の先生方がロースクール構想の研究を進められるなどし,私ども法務 省は,むしろ一歩ヲ│いたところから,司法制度改革審議会等における検討作業 に協力していく構造になりました。そういった意味でのめぐり合わせは非常に 大きかったと思います。
もう一つ申し上げると,大学側にそのエネルギーが生まれていたということ です。かつて,大学からの推薦制ということを堀田人事課長私案で提唱された
戸hdtEA
開設記念シンポジウム「法科大学院になにを期待するか」
ときには,大学からは全く反応がありませんでした。ところが今回,高度専門 職業人養成の重要な柱ということで,文科省,大学自身が動きだし,資格につ ながる法曹養成制度に積極的に関与していこうという流れが生まれました。こ れも,もう一つの意味で大変重要な動きでした。
このような動きについて,私どもは法務検察内部での議論も進めていたので すが,当時,このような法科大学院構想の動きについて,中には,
r
大学側は努力しなかったから予備校に負けたのだ。その大学が生き残りのために司法試 験に入ってこようとしている」と批判する意見があったことも事実であります。
しかし,私は当時,決してそうは思っていませんでした。むしろ,人でも組織 でも,生き残りをかけるという状況になって,初めて本当の知恵と力が出てく るO いわば眠れる獅子であった大学が,よくここで積極的なエネルギーを生み 出してくれたということで,私は何とかこのチャンスを生かしたいと,思ってお りました。「時の運,人の運」という言葉があります。かつて,法曹養成制度 の抜本的改革は,笛吹けどなかなか踊らずという状況でした。しかし,司法制 度改革審議会の設置,弁護士会を中心とする積極的な動き,それに文科省・大 学側のエネルギーの発生,この三つは,まさに時の運,人の運であり,これら のどれが欠けても,恐らくこの制度の実現は成功しなかったのではないかとい
う思いすら持っているところです。
ところで,少し余談になりますが,私が北京におりましたときの経験です。
私が赴任した1986年は,中国で全国の律師試験(弁護士試験)を統一で実施し た年だ、ったのです。前の日にある会合で、中国の司法部の担当局長に会ったとき,
「明日の試験問題を私は抱えており,今夜は家に帰っても眠れません」という 冗談を言っていました。当時の中国の弁護士の人口は 2万人だ、ったのですが,
そのときにある宴席で,司法部の局長さんが,
r
今世紀中に10万人に増やすつもりだ」とおっしゃっていました。私は,幾ら何でも 2万人が10万人に十数年 で増えるのだろうかと,正直,疑問に思っておりましたが,結局,中国はそれ
p o
‑ ‑ ‑
を実現してしまい,中国の弁護士人口は既に10万人を超えております。また,
かつては弁護士(律師)は統一試験ですが裁判官や検察官はそれぞれの採用試 験であったものが,つい 2年ほど前に検察官,裁判官も含めた統一の司法試験 にしたという動きがあり,このことに象徴されるように,アジアの国々におい ても,法曹人口の増加や司法制度の改革は顕著に進んでいます。
先ほど申した三つの大きな要素によって,人の運,時の運でこのような抜本 的改革の成功にこぎつけたのですが,かりにこのような成功が導かれず,従来 のような法曹三者中心の延々とした議論を進めていたのであれば,司法制度の 改革は,いったいどれほど進展できていたのだ、ろうかと,多少大げさかもしれ ませんが,ある意味で、ぞっとする思いすらすると言っても過言ではないと思い ます。 3000人の新規法曹を毎年受け入れることは特に弁護士会にとっては大変 なことだと思います。しかし,そのためにも質の確保という意味で,法科大学 院の果たす役割は非常に重要であり,法科大学院が本当に期待される良い教育 を行うことによって3000人の質を確保することができ,質の良い多数の法曹の 方が生まれることにより,需要が更に需要を呼んでいくというプラスの方向に 導いていかれるよう,法科大学院には大いにご努力いただきたいと,思っている
ところです。
最後に,先ほどの佐藤先生のお話にもありましたように,一連の司法制度改 革関連法案が次々に出され,順調に成立していっています。かつて昭和37年に 臨時司法制度調査会で延々と議論をして,結局,法曹三者のいろいろな対立が 越えられず,その後司法制度改革はいわば冬の時代がず、っと続いていましたが,
法科大学院,つまり人作りという最大の基盤が,既にこうして走り始めていま す。それに加えて,国会の各委員会の中で、割合暇だ、ったという法務委員会が,
今は国会の中で非常に多くの民事,刑事いろいろな分野の法律案が次々に提出 され,最も忙しい委員会の一つになっているという状況があります。この21世 紀に向けての新しい司法制度改革の実現により,囲内はもとより,アジア,欧
可i
‑ E よ
開設記念シンポジウム「法科大学院になにを期待するか」
米,いろいろな国際社会においても,日本の法曹が国民の期待にこたえて活躍 できる状況に何とか近い将来たどり着いて行けるのではないかと期待している
ところです。
(鈴木) どうもありがとうございました。それでは次に中務さん,お願いいた します。
(中務) ご紹介いただきました中務でございます。私のほうからは,日夜,市 民や企業の法的なニーズに対応して,第一線で、法律事務をやっている法律事務 所の立場から,この法科大学院にご期待申し上げたいことを若干述べさせてい
ただきたいと思います。
私どもの事務所にも,毎年 2~3 名の若い弁護士が入ってきます。一流大学 を卒業して,非常に若くして合格したという学生でも,法曹としての判断力や 分析力,表現力が通用するまでには相当の時間がかかります。司法試験の答案 技術については極めて長けた能力を持っているけれども,弁護士としての物事 に対する分析力,判断力,表現力は幼ないとしかいいようがありません。この ようなことを,ここ数年,新しい弁護士が入ってくるたびに感じておりました。
今日は,始まる前にこの設備を見せていただきました。素晴らしい設備です。
大学院生一人一人の専用の机があります。また,講義というよりも,まさに高 等教育を受ける場としては想像を絶するような素晴らしい設備を持っていらっ しゃいます。しかも,その教授陣。このような素晴らしい設備と教授陣の中で,
私どもの事務所の若い弁護士をこの法科大学院に再入学させたいと思うぐらい でした。
私は法科大学院に対しては,第一線の法律事務所から次のようなことをお願 いしたい,そしてまた期待したいと思います。それは,我々弁護士の仕事は,
まず,さまざまな経済活動や市民生活の中から起こってくる事象について,事
︒ ︒
噌B
i
実関係を正確に把握する力が必要です。これはまさに分析力,あるいは事実認 定能力です。事実を正確に認識しないことには,法的な解決は,その前段階で だめになってしまうわけです。したがって,どのような事実関係なのか,そし て法的にどのような問題点があるのかという分析能力,あるいは評価能力,判 断能力を,まず法科大学院の教育の中で鍛えていただきたいと思います。
その次は,司法試験の問題にしても,あるいは,今まで演習として,事例と して提示されるいろいろな事件にしても,一定の解答を予想して作り上げられ た架空の事件です。ところが,実際に世の中に発生する事件には,そのような 典型的なケースはまずありません。その中には予定されていないさまざまなこ とが入っています。例えば,民法や商法の基礎知識だけではだめで,行政法規,
税法,あるいはそれ以外の経済法規,過去の判例,あるいは業界のさまざまな ルールといったことを全部認識したうえで,何が問題なのかということをその 中から抽出することは,まさに法的評価の大前提として極めて重要です。そし て,そういういろいろな論点の中から,現実に起こっている生の事件をどのよ うに解決するのか,クライアントの正当な権利をどのようにして守るのかとい うのが,まさに法律家に与えられた任務になるわけです。
例えばここに一つの法的紛争が発生した。その解決のための手続きでもいく つかの選択肢があるO 裁判にしても本裁判をやるのか保全手続や調停手続を利 用するのか,あるいは ADR(裁判外紛争解決)でやるのか,あるいはそれを どのような権利として構成するのかについても,千差万別なのです。そのよう な法的な戦略を適切に立案できて一人前の法律家になるものと思います。
今までの大学教育,司法研修所,司法試験では,そのような教育は全くあり ません。例えば,民法なら民法の条文の解釈については研鍵しています。しか しながら,民法の解釈だけで解決できる生の事件は絶無といっていいほどあり ませんO 法科大学院では,まさに法曹としての専門教育ですから,さまざまな 専門的な法知識だけではなく,私が今言ったような総合的な力,これはまさに
‑19‑
開設記念シンポジウム「法科大学院になにを期待するかj
リーガルマインド(法的な思考力)の問題だろうと思いますが,そのようなこ とを研鎖する場にしていただきたいと思います。
私の事務所では,まさにオン・ザ・ジョブ・トレーニングをやって,一人前 の弁護士に鍛えようとしています。今 1人は中国に留学しています。今年は 2人,アメリカのロースクールに留学させます。 1人は財務省のいわゆる任期 付公務員として,証券取引検査官として出向させております。弁護士になって からそのような教育をするのではなく,弁護士になる前に基礎的な力をつけた 法曹人を法律事務所に迎えたいと思います。これが第一線の法律事務所の切な る願いです。
とりあえず,私の期待する熱い思いを述べさせていただいて,冒頭のお話を 終わらせていただきます。ありがとうございました。
(鈴木) どうもありがとうございました。それでは次に細川さん,お願いしま す。
(細川) ご紹介いただきました細川でございます。今日,お招きを頂きました が,先ほどご紹介がありましたように,他の先生方と比べますと,いわゆる従 来型の形でいうと門外漢がここに座っているO しかも,あいうえお順で真ん中 に座っているということであります(笑)。されど,それが法科大学院という ものが出てきた環境では,多分,意味のあるところなのではないかと思うので す。与えられた 5分か10分の間で,日ごろ考えていることを幾っか申し上げた いと思います。
日本の改革が必要だという話は,もう10年以上続いているわけです。ところ が,本当に改革が必要だと肌で感じる人は,今までは日本の中にあまりいな かったと思うのです。そのぐらい日本は非常に幸せだ、ったということがいえる のでしょうO どうしてかというと,冷戦というものがあれだけ長い間続いたの
ハU
つ 臼
に,冷戦というものを身をもって感じていなかったために,冷戦が終わったと いうことがどういう意味かが分からないで数年間過ごしてしまった。そして,
夢をむさぼっている聞に,世界は進んでしまった。そこで大騒ぎが始まって,
改革,改革ということになった。非常に簡単に言えば,そういうことだと思い ます。
その中にあって司法は,少なくとも今日の印象で言うと,行政と立法と司法 の改革という中で,広い意味での司法制度の改革はいちばん前に進んだと思い ます。三つの中でいちばん遅れているのは立法です。司法については,日ごろ からおつきあいいただいて,大変尊敬している佐藤先生や柳田先生,皆様がた の思いがずっと実ってきたということは,役人側の担いだ、者が走っているので はなく,本当に長い息をしながら,その中から日本にとって何がいいのかを考 えられて,それをずっと手を離さずに育ててこられたということだと思います。
法科大学院の建物の中に入って,これだけ見せていただいたのは,日本の大 学の中で初めてなのですが,象徴的だと感じました。つまり,日本の改革とい うものが形として一つ整ったという感じを持っています。つまり,形にこれか ら魂を入れられるのですが,形から入るということも重要です。これから,関 係者の努力で,形が実際に実のあるものになるのだと思います。
先に結論を申し上げます。何年かあとに法科大学院がどのような形になって いるのがいいのでしょうか。先ほど申し上げたように,私は多くの皆さん方と は違う経歴を持っています。大学も経済学部ですが,この中で工学部の人が何 人おられるか,手を挙げてみてくださいc 工ですよG 法は当たり前です(笑)。
さすがですね。テクノロジーやサイエンス,エコノミクスという方々も含めて,
法科大学院を形づくるということが,将来のーつの姿なのではないかと思うの ですO
もう一つは,この中に日本国籍ではない方は何人おられますか。絶対少数で すね。これは,やはりいびつなのです。将来の姿として,この二つの点はもっ
‑Ei
ワ 臼
開設記念シンポジウム「法科大学院になにを期待するか」
とバランスが取れなければ,世界に冠たる本当の法科大学院にはなっていない のではないかと思います。そのような姿を,どこかの法科大学院が求め続けて ほしいのです。つまり,世界に通用するということは何なのかを考えていくこ とが必要だと思うのです。
以上,総論的なことを申し上げて,あとは,霞が関に長い間いましたので,
そこで感じていたことなどを数点だけ申し上げたいと思います。
一つは,言葉なのです。今日は時間があまりないで、しょうから,詳しいこと は申し上げませんが,私は最近, 日本語ぐらい優れた言葉はないとだんだん思 いつつある部分があるのですが,それはそれとして,日本語で海外に発信をす る難しさということ,決定的な基本的欠陥があるということも知るべきだと思 うのです。それはどういうことかというと, 日本語は表意文字と表音文字と両 方持っていますが,殊のほか漢語系から来る表意文字でできたコンセプトを,
横文字に直して話をする難しさというものをよく分かつてほしいということが 第 1点です。
第2点は,それに関連して日本人はロジックというものを展開するのが非常 に弱いのです。日本人は, しゃべると相手に分かるつもりでいるのですが,相 手側には全く伝わらない。つまり,ロジックというものを非常に大切にして欲
しいということです。
もう一つは,物事を大きくつかまえることについての訓練をしてほしいとい うことです。それは,コンセプチュアルに物事を考えるということです。碁で いうコウ争いはやらないことです。もっと全体をつかまえる訓練をしてほしい。
それからもう一つは,先ほど佐藤先生のご挨拶の中で,教える喜びというこ とを言われましたが,教えるという中には,反応があって初めて教える喜ぴが あるのだろうと思います。つまり,話すということを大切にしてほしいと思い ます。そうすることによって考えがまとまる,あるいは,新しい考えが出るO
先ほど, 8階の研究室を見せていただきましたが,オフィスアワーが 1週間に
‑22‑
90分ずつあるのだと伺いました。先生のご迷惑になるでしょうが, 90分などに とらわれずに,どんどんっかまえて議論をするD とんちんかんでもいいのです。
質問されたほうも,そのとんちんかんなところから違うものを得るのです。し たがって,単純な質問をできるだけたくさんして,議論を吹っかけてほしいと 思うのです。
最後に,彼我の格差ということで言うと,多分,この法科大学院がそれを少 しずつ直していく一つの役になるのだろうと思うのですが, 日本はこれだけ歴 史や文化がありながら,非常に薄っぺらいでしょうO 専門というものが大切に されていないのです。それに対して,ヨーロッパやアメリカでの,彼らの専門 家というものの層の厚さが,社会の厚さを生んでいくものだと思います。薄っ ぺらい,だれもが考えることでは,実態は動いていかないのです。そういうと
ころの役割を法科大学院は果たしてほしいとd思っております。
多分 5分 以 上 た っ た で し ょ う か ら .0 ありがとうございました。
(鈴木) ありがとうございました。それでは次に諸石さん,お願いいたします。
(諸石) 諸石でございます。私は法制審議会で日本の実体法,手続法の改正を 見聞きしています。もう一つ,法曹養成検討会で司法改革の流れを見ています。
そこでの実感として,日本の法制度は今,大変な勢いで変わっています。今ま で法律というのはあまり変わらない静態的なものであったのですが,今は極め てダイナミックに変わっています。多分,あと 5年か10年たったら,その成果 が出てきて随分変わってしまっていると思います。
2割司法といわれていましたが,法の支配がもっともっと広がります。そう なると,それを支える専門家,担い手が必要なわけです。しかし,先ほどから 議論にありましたように,臨時司法制度審議会の附帯決議以来,法曹の数を増 やすことは法曹三者の合意がなければできないということで,長らく停滞して
っdワh︼
開設記念シンポジウム「法科大学院になにを期待するか」
おりました。それを法曹三者の村の議論から,国民的議論に転換できたという のが,この司法制度改革の根本だと思います。それは佐藤会長のご努力であり,
その当時の日弁連の会長だ、った久保井先生の決断であり,ということだと思い ます。
その結果,変わってきました。司法試験の合格者を毎年3000人にしようとい うことになりました。その養成の機関として法科大学院というものを作るO こ の法科大学院はどれぐらいできるだろうかというと,最初には,全国で20校ぐ
らいできて,それを前提とすれば 7~8 割は通るだろうと思いました。ところ
が,結果として70校近くができました。学生数が1学年6000人弱です。そうな りますと,全員が司法試験に合格するということにならないわけです。
それが将来どうなっていくかというと,一つは,法科大学院の淘汰が進むと 思います。もう一つは, 3000人と言わずにもっと増やせばいい。 3000人という ことの物理的な限界は,やはり司法修習制度にあるわけで,その3000人をさら に枠を取り払おうと思うと,司法修習制度をなくして,司法試験に合格すると そのまま法曹になれるというアメリカ型の制度にまでなっていくかと思います。
そこまでの淘汰の過程で,受験予備校的な法科大学院がやはり出てくるだろう と思います。評価制度の中でその中身を調べて,それを世間にディスクローズ してやっていくことが,これからの課題かと思います。
法科大学院ができてくると,法律に興味のある法学部の学生から,法科大学 院に進む人が多くなってきます。大学卒業者を採用する企業の側からいうと,
企業の技術系の社員は,もう20年以上前からほとんどが修士,博士になってい ますが,事務系はいまだに学士が中心です。やはりそこに実力の差が出ていま す。これから法学部において,いちばん熱心な層が抜けていくということにな れば,企業の中で、法律を担っていく人はさらに層が薄くなっていくのではない かと心配しています。
一方で,法科大学院を卒業しでも司法試験に合格しない人が出てきます。そ
A斗4
ヮ
この解決策として,卒業者が企業に入って活躍するという途があります。企業 としては法科大学院でりっぱに法律を身につけた人であれば,司法試験に合格 しているかどうか,弁護士の資格を持っているかどうかということは,実は大 して関係ないのです。私自身,弁護士登録をしながら会社員の生活を何十年も やってきたのですが,その間に弁護士資格を持っていたがゆえに,具体的にこ のような得をしたということはほとんどありませんでした。
アメリカ,ヨーロッパのロースクールに法務部員をたくさん留学に出してい ます。あるいは海外の弁護士をたくさん法務部に迎えています。それは肩書き が要るからではなくて,実力が欲しいからです。法科大学院卒業者の中で司法 試験に合格をして,弁護士の資格を持っているかどうかは,企業にとっては大
して意味がないのだということを申し上げたいわけです。
ただ,企業として,司法試験落第組ばかりが企業に来るのはやはり面白くな いわけです。ですから,そこは法科大学院でじっくり学んだことと,司法試験 で数日間で試されたこととのギャップがあるだけだと理解できるような,司法 試験に通っていても通っていなくてもいいけれども,本当に実力のある人を企 業は迎えたいと思っています。
企業で必要とする法律の実務家は,法律を知っているだけではほとんど役に 立ちません。今日,企業のグローバル化といわれていますが,それは国境が意 味を成さなくなった時代,ビジネスというものがすべて世界規模でなされる。
その中で,日本だけでしか通用しないものは非常に使い勝手が悪いのです。私 どもの社内でも,ひそかにドメスティック社員とグローバル社員という,二つ の区分をしております。法務部員は,やはりグローバル法務部員で、なければ困 りますので,そのために必要なのはやはり語学であり,ロジカルなものの考え 方であるということだと思います。それに加えて,多彩なバックグラウンドで す。これだけ法曹の数が増えてきますと,従来の裁判法曹だけではあふれかえ ります。裁判外の法曹,多様な弁護士というものが求められてきます。そのた
戸hd
つ 臼
開設記念シンポジウム「法科大学院になにを期待するか」
めには,法律以外に何か特技を持っていて,それの連結によって付加価値を高 めた人が欲しいわけです。
この近畿大学の法科大学院を見せていただいて,設備の素晴らしさに感激し ました。お話を伺って,入学してまだ数か月であるにもかかわらず,学生諸君 の参画度,勉強の熱心さは大変なものだということを聞きました。これはほか の法科大学院でも同じことを開いております。この司法改革のおかげで法学部 の入学志願者がどっと増えました。法曹の道が広くなったということは,若い 世代に一つの大きな刺激を与え,その結果としてこの分野に目を向けようとい う人が増えてきたのだと思います。今まで法学部の授業は,受講者の半数が 眠っていて,半数が起きていれば上等ということだ、ったのですが,そのような
ことが全く様変わりして,新しい教育が行われようとしているのです。
この司法改革は泥縄だという批判をよく受けました。確かに泥縄でありまし て,何もかもきちんと決まった上で制度ができたのではなく,走りながら制度 を整えていくわけですから,その第一波に立っている人は,先が見えないとい う点では不自由があると思います。しかし,第一波にいるということは,困難 もありますが,メリットもまた極めて大きいのです。そこに先住者がだれもい ない分野を確立して,後から来た人に対しては,もう先住者という顔ができる わけです。そういう意味で,この変わり目の皆さんはいろいろな難しいことが あると思いますが,またとないチャンスに恵まれたと思って,さまざまな能力
を身につけて多様な法曹になっていただきたいと思います。以上です。
(鈴木) ありがとうございました。それでは最後に柳田さん,お願いします。
(柳田) 今日のテーマは,
I
法科大学院になにを期待するかJ
ということです が,その期待とは,一言で言うと,法の支配の担い手となるにふさわしい法曹 を養成することです。これを弁護士について言うと,弁護士としての活動の多p o
q〆
様性を見据えた教育をしていただきたいということです。これまでの日本の社 会は,市民と政府との縦の関係においては,中央集権型の官主導の体制が敷か れ,事前規制の手法によって社会が運営されてきていました。また,市民間の 横の関係について見ると,日本の社会には古くからあった村的な共同体の価値 共有というものをベースにして,地域の有力者が紛争当事者の中に入って問題
を解決するという場合が多くありました。しかし,このような解決の手法は,
規制緩和とグローバル化という流れの中で,もはや適切な機能を果たすことが できなくなりつつあります。
それでは, 21世紀の日本の社会において誰がこの役割を担うことになるのか。
それは司法ということになります。これまで司法の役割は非常に限定されたも のでした。しかし,今後は法という透明なルールのもとで,適正な手続による 利害の調整と紛争の解決という司法の機能への期待が非常に高まってきます。
そしてさらに,紛争が発生した場合,法に従って裁判により問題が解決される というだけではなく,より広く社会全体が法というルールに則って営まれるこ と,つまり,法の支配が日本の社会全体に行きわたることが期待されているの です。そうなりますと,法曹は単に弁護士,検察官,裁判官といった従来の法 曹の道以外にも,キャリア公務員や企業の法務担当者,政党やNPOのスタッ
フ,あるいはジャーナリストなど,さまざまな分野,幅広い職種で活躍するこ とが求められることになります。
これまでの日本の法曹は,裁判制度の中で,専ら法曹関係者一同が手馴れた 法技術に絞って問題の解決をすれば事足りるという面がありました。しかし,
法廷での活動に限らず,広く社会において活動するために,法曹はこのような 限られた視点だけではなく,政治的,経済的,社会的,技術的,その他あらゆ る面から問題を検討して,これを全面的に解決するという「法的問題の全面的 解決者」であることが求められることになります。
それでは,法的問題の全面的解決者が備えるべき基本的な資質とは何でしょ
‑27‑
開設記念シンポジウム「法科大学院になにを期待するか
J
うか。第一に,物事の本質を見抜く洞察力が非常に大事です。二つめは,日本 法を真に理解するということで,これは当然です。そして三つめは,先ほど細 川さんもおっしゃいましたが,口頭・書面による伝達能力というものが必須で す。日本法の真の理解は,二つのファクターを含みます。一つは,さまざまな 法分野の基本的な法知識を習得していること,もう一つは,法的分析能力を備 えていることです。さまざまな法分野の基本的な法知識と法的分析能力,並び に,口頭・書面による伝達能力は,まさに法科大学院において徹底的に教育を 行うことが予定されているものです。近畿大学法科大学院のカリキュラムを見 てみますと,これに対応するために非常に充実したものが提供されております ので,ここでは,これ以上深くお話しすることはいたしません。
ここでは,洞察力のj函養ということについて,私の考えを詳しく申し述べま す。法曹に洞察力が求められるのは,法曹の職務の本質に由来しています。法 曹の仕事は法律を駆使して紛争を解決することだと見る人もいますが,それは 表面的な見方にすぎません。法曹の職務の本質は人と人との関係,あるいは人 と社会との関係において,人々が抱いている悩みを解決するという点にありま す。そして,法はその悩みを解決するための道具ないし媒体にしかすぎませんO
法は単にそれだけのものでしかないのです。人々の悩みを解決するためには,
人間関係と社会に対する深い洞察力を必要とします。法曹にとって基本的に必 要な法知識は,洞察力があって初めて生きるという意味では,洞察力は法的知 識と同等に,むしろそれ以上に大切なものであると私は考えております。
それでは,洞察力を高めるにはどうしたらよいのかということが次に問題に なります。それはリベラルアーツ教育の中で築くことができると考えられてい ます。アメリカのロースクールでは,カレッジを卒業したことが入学許可条件 とされていますが,その背景にはこのような考え方があるのです。リベラル アーツ教育が不十分なまま法学専門教育を受けると,本来,道具にしかすぎな い法の技術的側面にばかり日を向ける結果,その法曹の将来は,法曹の本質に
‑28‑
ついての認識を欠いた,冷たい法律技術家となってしまう危険性があるのです。
永年,ハーバードカレッジの学長を務められたヘンリー・ロソフスキーとい う教授がおられますが,彼は,洞察力の基礎は六つのファクターから成ると おっしゃっています。第一は謙虚さ,二つめは人間性,三つめは柔軟性,四つ めは批判精神,五つめは広い視野を持つこと,そして六つめが倫理的・道徳的 問題の理解です。(詳しくは,拙著「法科大学院構想、の理想と現実(有斐閣)J 47頁以下をご参照下さい)この六つの資質を養成することによって,洞察力の 基盤が築かれ,これらの資質を養うことで,物事の本質を見抜く洞察力を身に つける基礎ができ上がるわけです。
このような基礎は,法科大学院以前の学部段階だけではなく,法科大学院,
さらに法曹としての生涯を通じた社会的経験により,より確実なものとし,洞 察力を磨く努力を続けなければならないと考えます。法科大学院においては,
ともすると法学専門教育の面ばかりに気持ちがいきがちですが,学生さん,お よび,教授の先生方には,洞察力の j函養ということも強く意識しながら授業に 臨んでいただければよろしいかと思います。
いよいよ法科大学院がスタートしました。先にも述べたように,法科大学院 には,法の支配の担い手として, 21世紀の日本社会において幅広い分野で活躍 する法曹を養成することが期待されております。このような期待に十二分に応 えることができるようになるまでには 5年や10年はかかるかもしれません。
誕生したばかりの法科大学院には制度的な枠組みや,教育内容の点で,改革・
改善すべき問題が多くあるからです。
佐藤幸治院長が,最近,
r
憲法とそのましたが,その中の「希望と改革」の項で,
I
あらゆる力の源泉,それは『希 望』である j と強調しておられます。その希望を持って,今後の改革に取り組 んでいかなければなりません。そうすれば,早晩必ず理想の法科大学院が実現 すると確信している次第です。‑29‑
開設記念シンポジウム「法科大学院になにを期待するか」
私は,数ある法科大学院の中で,ユニークな光を放っている近畿大学法科大 学院に格別の期待を寄せている者です。 21世紀の日本の司法を担う重要な人材 が,近畿大学法科大学院から巣立つことを心から願っております。
(鈴木) どうもありがとうございました。それぞれパネリストの皆様がたから,
これまでのいろいろな問題点を踏まえながら,法科大学院に期待するものとい うことで総括的なお話を頂きました。これを踏まえて討論に入りたいと思いま すが,その前に15分余り休憩を取らせていただ、いて,それから討論に入りたい と思います。 3時5分から始めたいと思いますので,よろしくお願いいたしま す。
一 休 憩 一
(鈴木) 再開させていただきます。
パネリストの皆様からは,それぞれのお立場から,すでに我が国の法曹の現 状や日本人全体についてのコメントがありました。また,どのような法曹が求
められているか,それに対して法科大学院がどのように対応していくべきか,
といろいろな視点からご指摘を頂きました。例えば,事実関係を見極める能力,
洞察力,総合的な力,コミュニケーション力が必要だということで,いろいろ な観点が出てきたと思います。特に弁護士については,中務先生からかなり厳 しいご意見も出てまいりました。とくに若い方々についてのご意見も出てまい りました。そういった点について,もう少し具体的に,ご自身の体験なども踏 まえて補足していただける点があれば,お話を頂きたいと思います。
太田さんには,法科大学院が作られる過程のお話をいろいろしていただきま したが,太田さんは,最近の検察官志望者の若い人たちについては,どのよう なご感想を持っておられるのでしょうか。また,もし弱点があるとすれば,ど
ハU
q δ
のように立て直していけばいいのかというあたり,ご意見がありましたらお願 いします。
(太田) 皆さん,よくお耳にしておられるように,最近の修習生はマニュア ル・正解志向で,例えば,
I
先生,正解は何ですか。起訴が正解ですか,不起 訴が正解ですか」というような質問に,司法修習所の検察教官が悩まされてい るという状態がず、っと続いていたわけです。そのような影響がいろいろあって,検事に任官しでも,なかなかそういう弊害から抜けきれず,自分自身で問題点 を発見し,自分自身でいろいろな資料に当たりながら事件を解決していくとい う姿勢が,スタートのところでは十分でないことは,これまで否めなかったと 思います。そういった意味で,司法研修所の教官は今まで,大学教育の不備と 予備校教育の影響による弊害を取り除くために 1年半程度の間,一生懸命,
手取り足取りやっていました。今回,法科大学院が,まず,そこのところから 基本的な姿勢を教育していただくことが非常に重要だと思います。
ちなみに,古代の石碑に「今どきの若い者は」という言葉が刻まれていたと いう逸話があります。世代聞の優秀さに本来差はないはずなのです。世代間の 優秀さというのは,いわばその民族,人類に永遠のものですからD ところが,
これまでは,あたら優秀な素質を秘めていながら,大学教育の不十分さや予備 校の弊害のためにいびつな形にゆがめられていたというのが実情だ、ったと思い
ます。それをあるべき姿に戻すということだと思います。
先ほど,教える楽しさという話がありましたが,私どもが若手検事の指導や 教育をしておりましていちばん大事なことは,事件の難易度と本人の能力等の 的確な把握です。これはどの程度難しい事件か,本人がどの程度の能力を持っ ているのか,実際,また,今どれぐらい多忙なのかということを見極めます。
例えば, 100の力を持っている検事には,いつまでも100の難易度の事件しかや らせないと伸びないので, 120の難易度の事件を与えます。とくに元気のよい
qJ ‑ E よ
開設記念シンポジウム「法科大学院になにを期待するか」
者には150のものを与えるO そして,事件と格闘させて,最後に溺れそうにな れば手を差し伸べるのです。こういうことを繰り返していくと, 100の力の者 が120になり,次はその120をベースに150になっていくのです。これで,半年 か1年の間で,若手検事は見違えるように変わってきます。やはり素材という
ものは本来優秀なのであり,それを育てていく自分自身が指導官としての努力 と力量を問われるのです。自分自身にそのような経験と努力があって,初めて これらの見極めがつく訳であり,そういった意味では,法科大学院の教育と若 手検事の指導には通じる面があると思います。
反面, 10年たっても,いくら同じ注意をしても同じ間違いをするとか,研究 心や意欲が乏しい者がいることもあります。場合によっては10年選手のシニア 検事よりも, 3 ~4 年生の生きのいい若手にやらせたほうがはるかに安心であ
るということもあるのです。これはやはり適性だと思うのです。別にその人の 人格どうのこうのではなくて,向き不向きはやはりあると思います。法律家と して,研究心,意欲,工夫,柔軟性といろいろな要素がありますが,やはり法 律家としての適性というものはあると思うのです。それは検事にかぎらず,弁 護士,裁判官も多少角度が違っても同じだと思います。まさに法科大学院に期 待するのは,随分高い授業料を払う学生を育てるわけですから,本人の人生の 選択において,法律家として適性のある人聞を的確に入試のときに選別してい ただいて,教育していただくことが大事だろうと思います。それは適性試験の 問題でもありますが,入試の際の面接などを通じた本人の能力・適性の見極め についての工夫が,最終的に法曹三者として育ち得る人材として受け入れると ころにつながっていくのではないかと思っております。
(鈴木) ありがとうございました。中務さんからは先ほどいろいろとご意見を 伺いましたが,今の太田さんのご意見をお聞きになって,何かご感想はござい
ますか。
つ 臼 q o
(中務) 我々弁護士の業界から考えますと,弁護士として求められているのは,
単なる法的な知識だけではなく,易しい言葉で言えば,まさにバランス感覚で す。ある場合は原告になり,ある場合は被告の立場になり,ある場合にはある 問題について攻撃をする立場の代理人になり,あるいは防御する立場の代理人 になるO その中から,社会的に正当なことは何なのかを考える能力を備えてい ることが,弁護士の弁護士たるゆえんだろうと思います。私はそれを当事者法 曹のバランス感覚と申し上げています。
このようなものを養って,鍛えられ,そして一人前の法律家になるのです。
例えば裁判官であれば, 10年の経験を経て裁判官になるというシステムですが,
やはり当事者法曹の弁護士も, 10年ぐらいの経験を経て本当の意味で社会に信 頼される弁護士になるのです。そういうことを今までは法律事務所で鍛えてい たのですが,これからはそのような基本的な教育をこの法科大学院でやってい ただく O そういう意味では,法科大学院では単なるエキスパートを育てるとい う教育だけではなく,柳田先生が論文でご披露された,洞察力を持った基礎的 な素養というものをこの大学院で教えていただければと思います。そうすれば,
今,先生がおっしゃったような,マニュアル化した法律家ではなく,本当の意 味の法律家を,より早い段階で社会に対して送り出すことができるのではない かと思います。
我々の仕事の中で,弁護士は専門家といわれていますが,特定の分野につい ては弁護士よりもエキスパートの方々は企業の法務の中にたくさんいらっしゃ います。その分野については,足元にも及ばない専門家がたくさんいらっしゃ います。しかし,それでもなおかつ法律家が企業や社会から求められているの は,単なる専門的な知識ではないのです。柔軟に対応し,最終的には正しい結 論で正しいアドバイスができるようなバランス感覚を持った,そういう法律家
をこの大学院で教育していただきたいと考えています。
q δ
qJ