学 位 論 文 内 容 の 要 旨
博士の専攻分野の名称 博士(医 学) 氏 名 高 橋 健 太
学 位 論 文 題 名
メチル化CpG結合タンパク質MeCP2とJCウイルスタンパク質の相関に関する研究
【背景と目的】 JCウイルス (JCV) はsimian virus 40, BKウイルス等が含まれるポリオ ーマ ウイ ルス に属 する . 進 行性 多巣 性白 質脳 症 (progressive multifocal
leukoencephalopathy, PML) は, 後天性免疫不全症候群や造血器系腫瘍などに罹患し, 免
疫抑制状態にある患者に発症する致死的疾患であるが, 効果的な治療法は未だ確立されて
いない. PML脳組織の病理組織学的特徴は, 多巣性の脱髄病変と, 病変部での腫大した核を
有する乏突起膠細胞, 奇怪な核を有する巨大な星細胞の出現である.
JCVは, 5130塩基対の2重鎖環状DNAから成るゲノムとカプシドより構成される. JCV
のゲノムは転写調節領域, Large T抗原 (T antigen, TAg) とsmall t抗原をコードする早期
遺伝子, およびVP1, VP2, VP3とagnoproteinをコードする後期遺伝子を含む. TAgはウイ
ルスDNAの複製やウイルスタンパク質の転写を制御し, また宿主細胞の増殖および細胞周 期に影響を与えることが知られている.
メチル化CpG結合タンパク質MeCP2 (Methyl CpG binding protein 2, MeCP2) はX染 色体にコードされる核タンパク質で, 遺伝子のCpG配列に結合して転写活性を制御する機 能 を有し, ク ロマチ ンの構 造や RNA スプ ライシン グに関与 するこ とも報告 されてい る.
MeCP2は神経の発達やシナプス形成に重要な作用を有し, 発現量は厳密に制御されており,
MeCP2の変異はX連鎖性の神経発達障害であるRett症候群の原因である. MeCP2は2つ
のアイソフォーム, すなわちMeCP2AとMeCP2Bを有するが, MeCP2Aは神経系細胞にお いて細胞死をもたらすことが報告されている.
PML脳病変部の免疫染色において, TAgを発現する細胞で核のMeCP2 陽性像が多数認
められるが, その意義や機序は不明である. 今回の研究では, 培養細胞を用いたin vitroの
系にて, MeCP2の発現とJCV TAgの関連性について検討した.
【材料と方法】 今回の実験では, 10 種のヒト神経系細胞株 (IMR-32, U-87 MG, U-138 MG, U-251 MG, U-343 MG, T98G, KMG4, SH-SY5Y, SK-N-SH, SVG-A) および6種のヒ
ト非神経系細胞株 (Caco-2, HCA-7, HEK 293, MCF7, HeLa, A431NS)を使用した. 最初に
JCV TAgによるMeCP2プロモーター活性への影響について, JCV感受性のあるIMR-32
てJCV TAgがMeCP2タンパク質の発現に与える影響について, 16種の細胞株を用いてイ ムノブロット法にて検討した. さらに, MeCP2タンパク質の過剰発現が, JCV早期および後 期遺伝子転写調節領域の活性に与える影響について, IMR-32細胞を用いてルシフェラーゼ アッセイにて検討した. 最後に, MeCP2タンパク質の過剰発現が, JCVタンパク質の発現に 与える影響について, IMR-32細胞を用いてイムノブロット法にて検討した.
【結果】 今回の研究において以下の新知見が得られた. (1) IMR-32 細胞において, JCV TAgの発現により, MeCP2プロモーター活性は著明に亢進する. (2) IMR-32細胞において,
JCV TAgによるMeCP2プロモーター活性の亢進には, MeCP2 exon 1より307-257塩基上
流と, 178塩基上流からexon1開始9塩基までの配列が重要である. (3) ヒト神経系7種お
よび非神経系6種の細胞株において, JCV TAgによるMeCP2 mRNA発現上昇は明らかで
ない. (4) ヒト神経系10種および非神経系6種の細胞株において, JCV TAgによるMeCP2
タンパク質発現亢進は明らかでない. (5) MeCP2タンパク質の過剰発現は, JCV TAg共発現 下において, JCV早期および後期遺伝子転写調節領域の活性を亢進させない. (6) MeCP2タ ンパク質の過剰発現は, JCV TAg, Vp1, agnoproteinの発現を上昇させない.
【考察】 PML脳ではJCV TAg発現細胞でMeCP2陽性細胞を多数認めるが, in vitroで
はJCV TAgによりMeCP2のプロモーター活性は上昇するにも関わらず, MeCP2のmRNA
およびタンパク質発現の亢進は認めず, プロモーター活性とmRNAおよびタンパク質発現 は乖離していた. この乖離については複数の原因が考えられるが, 第一にマイクロ RNAに よる転写後修飾の可能性や, mRNA あるいはタンパク質が急速に分解される可能性が考え られる. 次に PML患者脳と, 今回のin vitroの系における, 他の様々な転写調節タンパク 質をコードする遺伝子の脱メチル化やアセチル化の状態の差異も考慮される.
PML脳のJCV TAg陽性細胞において多数のMeCP2陽性細胞を認めることの意義につ
いては未だ明らかにされていないが, MeCP2はヘルペスウイルスの潜伏感染に関与すると 報告されている. JCVも健常人においては潜伏感染しており, PML脳におけるJCV TAg陽 性細胞でのMeCP2 発現が, PML の病態に直接または間接的に関与している可能性も考え られる.
【結論】 本研究でJCV TAgは, MeCP2のプロモーター活性を亢進させるが, MeCP2の mRNA およびタンパク質の発現レベルは変化させなかった. 本乖離の原因として, 転写後