債務免責者問題の解決策としての責任 保険の効果
保険の経済学的分析を通じて
桑 名 謹 三
■アブストラクト
不法行為特別法を定めるとともに,その責任をカバーする責任保険を強制 付保化する政策が国内外で実施されている。自賠責保険や原子力保険の強制 付保化政策がその政策に該当する。債務免責者問題とは,不法行為における 加害者が資力不足のときは,その防災活動が低調になり,結果として社会的 損失が生じることである。海外における責任保険の強制付保化政策は被害者 救済策という意味合いに加えて,そのような債務免責者問題の解決策として 位置づけられている。本論では,責任保険の強制付保化政策が,債務免責者 問題の解決策として有効に機能しうる条件について,先行研究の知見を整理 するとともに,先行研究では無視されていた,付加保険料の効果をも分析す る。その結果,保険料が保険契約者のリスクを適切に反映する場合には,責 任保険は債務免責者問題の解決策として有効に機能することが分かった。
■キーワード
債務免責者問題,責任保険,強制付保
1.はじめに
日本においては,被害者救済策として責任保険の強制付保化政策が実施さ
会関東部会報告による。
*平成26年3月14日の日本保険学 26年7月1日原稿受領
/平成 。
れている。具体的には,危険であるものの社会的に有益な側面をも持つ行為 について,その行為を行う者(以下 加害者 という。)の責任を不法行為 特別法において定めるとともに,それらの責任の履行を確保するために責任 保険の手配を強制化するという政策である。たとえば,自動車の運行は社会 全体にとって極めて有益であるにもかかわらず,反面,交通事故という負の 側面を有する。そのような負の側面である交通事故の被害者の救済策として,
①自動車損害賠償保障法(以下 自賠法 という。)を策定することにより 自動車の運行者の責任を明確にし,②その損害賠償責任の履行を確固たるも のとするために自賠責保険への加入が強制化される,という政策が実施され ている。
日本における同様の政策は,原子力損害の賠償に関する法律(以下 原賠 法 という。)による原子力保険の強制付保化,船舶油濁損害賠償保障法
(以下 油賠法 という。)による油濁賠償責任保険の強制付保化が挙げられ る。米国においては,日本の原賠法に相当するPrice-Anderson Act,油賠 法に相当するOil Pollution Actによる政策が実施されているものの,連 邦ベースの自賠法に相当する法律は存在しない。また,日本では存在しない 化学物質による環境汚染に起因する損害について,Comprehensive Envi- ronmental Response and Liability Actによる政策が実施され,責任保険 が強制付保化されている。欧州各国では,日本の自賠法,原賠法,油賠法に よる政策に相当する責任保険の強制付保化政策が実施されており,さらに,
ドイツやフランスでは強制化されている責任保険の種類が200種以上にのぼ る 。
ところで,債務免責者問題(Judgment Proof Problem)とは,加害者 の資力が十分でないことから,資源配分の歪みが生じ,被害者の救済も困難 になるという問題のことである。債務免責者問題の経済学的側面については,
賠償資力不足の加害者は防災に投じる費用が低下し資源配分の歪みが生じる
1) 浅湫(2007)。
本文のところの上付きが入るため強制送りします
ことがShavell によって指摘された。具体例を以下に挙げることとする。
近時,日本における交通事故の裁判例では5億円にのぼる損害賠償額が認定 されている 。このような状況において,自動車を運転するドライバー,特 に資産レベルの低いドライバーは,実際に事故を起こしても,その高額な損 害賠償金を支払うことができないことが明らかであるため,安全運転をしよ うという動機付けを失うのである。つまり,本来であれば,もっと安全運転 に対する労力が費やされるべきであって,それが社会的に好ましいにもかか わらず,ドライバーの資産制約によって,好ましい労力が投入されなくなる のである。これが,経済学的な意味での債務免責者問題である。また,
Shavellは,もし保険会社が加害者のリスクを適切に把握することができれ ば,賠償資力不足の加害者が責任保険を購入することによって,賠償資力不 足に起因する資源配分の歪みが生じなくなるとした。以降,Shavellのこの 理論は,責任保険の強制付保化政策の根拠の2本柱の1つとなっており,今 や海外の政策立案者の間では常識化している 。もう1本の柱はもちろん被 害者救済である。
この債務免責者問題の経済学的な側面については,日本では,ほとんど議 論されておらず ,しかも,その問題の改善策として極めて有用である保険 について言及した先行研究は筆者の知る限り皆無である。そこで,本論では,
債務免責者問題の改善策としての保険の有用性とその限界について,既存の 学説をまとめることによって再確認し,ひいては,政策のツールとしての責 任保険の可能性を明らかにする。また,その際に先行研究では取り上げられ ることがなかった付加保険料の効果についても分析を行う。
2)
Shavell
(1986)。3) 横浜地裁の平成23年11月1日の判決において,道路を横断中にタクシーにひ かれて死亡した眼科開業医について,5億843万円の人身総損害額が認定され ている。ただし,賠償命令においては,被害者の過失60%が認定されている。
4) 詳細については,Wagner Gerhard ed.(2005) を参照されたい。
5) 債務免責者問題の経済学的な分析を行っている和文の論文は,張(2007)の みである。
2.経済学の考え方
ここでは,経済学 の考え方について再確認する。以下の⑴において,基 本的な考え方を示した後に,⑵において事故のモデルについて述べることと する。
⑴ 基本的な考え方
経済学は,企業や個人などの経済主体の自律的行動を尊重する。したがっ て,潜在的加害者である,企業や個人などが任意に責任保険に加入し,その 結果として被害者が救済されることは全く問題としない。なぜなら,それら の企業や個人などは,責任保険に加入することによって,自らの期待利益や 期待効用が増加するからこそ,責任保険を購入しているのである。つまり,
そのような場合は,責任保険に加入することによって,保険契約者のメリッ ト(便益)が増加していることから,社会的にも好ましいことだと経済学は 考えているのである 。したがって,経済学が問題としているのは,責任保 険が強制付保化されるような政策についてである。
保険,特に責任保険の強制付保化政策においては,被害者の救済が重要視 される。しかしながら,経済学においては,被害者の救済や損害のてん補は,
単なる所得移転の一種であって,経済学的にはなんら価値がないと考えられ ている。被害者が救済されることによって,彼らの消費が確保され,そのこ とによって経済全体の運営が良好になるというような発想は経済学には存在 しない。責任保険の強制付保を伴う被害者救済制度が存在し,その際に保険 金として支払われる資金は,もし,その救済制度が存在しない場合は,他の
6) ここに言う経済学とは,新古典派のミクロ経済学を念頭に置いている。たと えば,日本における(新古典派のミクロ経済学をベースとした)環境経済学の ティピカルな教科書である,柴田(2002)には,環境税の税収を環境汚染の被 害者救済に使うと経済効率性が損なわれると記されている。
7) 保険契約者がリスク回避的なときは,保険に加入することによって,追加的 な効用を得られる場合があることについては,岩田(1993)の第17章 不確実 性と危険負担を参照されたい。
主体が所有しているものであって,当該主体が消費に使えばいいわけで,そ の資金を誰が持っていようと消費には影響がないというのが経済学の考え方 である 。したがって,被害者を救済するかどうかというのは,政策担当者 の嗜好に依存すると経済学は考えるのである。
経済学が目指すのは,費用の最小化である。事故の発生に伴う費用を最小 化できるかどうか,そして,どのように費用を小さくするかを論じるのが経 済学である。被害者が救済されるかどうかは,その事故に伴う費用には影響 しないのである。ところで,被害者の救済を行う場合に問題となるのが,① 誰が被害者であるのか,②誰が加害者であるのか,③それぞれの被害者の損 害額はいくらになるのか,を特定するための費用が極めて大きくなる場合が 多いことである 。日本における深刻な公害の典型事例である熊本水俣病は,
1956年に社会的に顕在化したが,①の問題,つまり,未認定患者の問題は現 時点でも解決していない 。さらに,②の問題については,2004年の最高裁
8) マクロ経済学的な考え方をすれば,被害者は,そうでない人たちに比べて所 得レベルが低い状態にあり,その結果,被害者の限界消費性向は,そうでない 人よりも高いことから,被害者救済をした方がしない場合よりも
GDP
を引上 げることができるという,やや苦しい被害者救済政策の経済学的な根拠を示す ことができるかもしれないが,それは,ミクロ経済学とは異なる視点における ものである。なお,マクロ経済学においては,限界消費性向が高いほど,政府 の財政出動の効果が大きくなるとしている。つまり,政策によって,同額の金 銭給付を行う場合には,より限界消費性向の高い人たちに対して給付を行った 方がGDP
をより引上げる効果があると考えているのである。このマクロ経済 学の考え方については,齊藤誠・岩本康志・太田聰一・柴田章久(2010)の第 6章を参照されたい。9)
Shavell
(2004) の12. Liability and Administrative Costs
によれば,米 国の損害賠償制度においては,被害者が受取る賠償金とほぼ同額の運営コスト(本論における取引費用に該当するものと考えられる)がかかるとのことであ る。この運営コストを加害者と被害者で分担して負担していることから,通常 は,被害者の損害賠償金の手取りは,額面の半分になるということである。こ のことは,被害者救済制度の取引費用が膨大な額になることを示している。
10) 熊本水俣病に伴う被害とその費用については,除本理史(2007)の第3章を 参照されたい。
における関西訴訟に対する判決で国および熊本県の責任が認められたことを もって一応の解決がみられたといえるが,①が解決していない状況下におい て,③の解決も見込めないのが現状である。経済学の見解は,加害者となり うる汚染企業に防災に対する適切なインセンティブを与えることを前提条件 として,被害者救済を行わなければ,上記①〜③の問題を解決するための費 用は不要になると主張するのである。さらに,このような費用は,損害賠償 制度に伴う取引費用の主たる部分である。有名なコースの定理 は取引費 用が皆無であれば,損害賠償制度は経済効率的であることを示したものであ る。逆に言えば,取引費用が存在する場合に損害賠償制度による被害者救済 を行えば,潜在的な加害者の防災活動が過大,あるいは逆に,過小になるこ とから,事故に伴う費用が最小値よりも大きくなる,換言すれば,社会的損 失が生じることを示している。
以上のように,経済学は,被害者救済に固執する政策を実施すると,様々 な費用が発生し,結果として社会的損失が生じることを主張するのである。
⑵ 事故の基本モデル
前述の取引費用を含むモデルで分析を行うことは,状況を必要以上に複雑 にし,本論で必要と考えられるインプリケーションが得られないので,ここ では,取引費用が存在しない場合の事故の基本モデル とその考え方を示 すこととする。
今,加害者の防災のための注意水準,具体的には防災費用を としたと きに,発生する損害額の期待値を ( )とする。 ( )は,損害額の期待値 であるからリスクである。防災費用とは,加害者である企業が防災対策のた めに投じる費用である。もちろん,加害者が個人である場合,加害者である 個人が防災のために投じる金銭的な費用だけではなく,防災対策を行うため
11) コースの定理の分かりやすい解説は,柴田(2002)pp.131‑143を参照され たい。
12) 事故の基本モデルについては,Shavell(1987) の2
. Liability and Deter-
rence:Basic Theoryを参照されたい。
の努力レベルとも捉えることもできる。このとき,
′( )<0, ″( )>0 …… ⑴
とする。これは,より多くの防災費用を投入すれば,当然,リスクは小さく なり,さらに,投入する防災費用を多くしていっても,その防災費用がリス クを小さくする効果が低減することを示している。なお,この事故の基本モ デルにおいては,分析を簡便化するために,被害者の損害額の期待値に対し て被害者の防災努力が影響を与えないこととなっている。そのため,現実問 題として被害者の防災努力が損害に大きな影響を与えることがないと考えら れる,企業による環境汚染や製造物責任事故に関しては十分説明力があるも のの,被害者の防災努力も損害額に比較的大きな影響を与えうる自動車交通 事故等については,説明力が若干希薄にならざるを得ない。
事故の基本モデルにおいては,事故に伴う社会的費用を ( )とし,
( )= + ( ) …… ⑵
とする。防災費用 は明らかに事故の存在に伴い生じる費用であるから,社 会的費用の構成要素となる。さらに,損害とは社会にとって有益な物が消滅 することであるので,損害額の期待値であるリスク ( )は事故に伴う費 用であり,当然,社会的費用の構成要素となる。
経済学は,⑵式を最小化するような防災費用を最適な防災費用 とし,
様々な制度が実現する防災費用と との差を把握して,さらに,その差に 起因する事故に伴う社会的費用の増分によって,制度の良し悪しを吟味する のである。⑵式を で微分して0とおくと,
′( )=0⇔ ′( )=−1 …… ⑶
となり,⑴式より, は一意的に定まることが分かる。
ここで,加害者である企業や個人の事故に伴う私的費用を ( )とする。
このとき,損害賠償制度がないのなら,企業や個人はリスク ( )を一切 負担しないから,
( )= …… ⑷
となる。このとき事故に伴う私的費用 ( )を最小化する防災費用 はゼ
ロである。
ところで,企業や個人の私的費用を最小化し,私的利益を最大化するため の方策を吟味するのが経営学と考えることができるが,もし,損害賠償制度 がないのならば,経営学的な最適解は,一切,防災活動をしないということ である。
一般的には,経済学的な最適解と経営学的な最適解とは異なるが,その2 つの最適解の齟齬をできるだけ小さくして,政策による社会的損失(厚生損 失 )を最小化するためにはどうすれば良いのかを検討するのも経済学の使 命である。上記のロジックから,損害賠償制度によって, が に近づく ことが分かる。その文脈からも,損害賠償制度は経済学的に有益である側面 を持つといえる。
図1は,事故の基本モデルを示したものである。横軸は加害者である企業 や個人が投入する防災費用 を,縦軸は事故に伴うリスクや防災費用の合 計値である費用を示す。二重線の直線OUは防災費用 を示す。したがっ て,本来であれば傾きが45°の直線として示されるべきであるが,横軸と縦 軸のスケールが異なっているので,図1においては傾きが緩やかになってい る。次に,実線の曲線SVがリスク ( )を示す。投入される防災費用が増 加すると,リスクは減少し,その減少度合いは防災費用の増加とともに小さ くなる。これは,⑴式で示される特徴である。このときに,事故にともなう 社会的費用は,直線OUで示される防災費用の値と,曲線SVで示されるリ スクの値を合計したものとなる。その合計値を示したのが,曲線SPTであ る。この曲線によれば,社会的費用は防災費用の増加とともに減少し,点P で最小となった後,それ以上防災費用を増加させると逆に社会的費用が増加 することが分かる。つまり,点Pが示す防災費用の値である100が経済学的 最適解 の値となる。この図から分かるもう1つのことは,損害賠償法な どの事故を発生させた企業や個人などの加害者にその損害を負担させるよう な仕組みが存在しない場合の状況である。その場合には,加害者である企業
13) 社会的費用の理論的な最小値と現実の社会的費用の差額のことである。
や個人は,損害を発生させても,それを負担することはないので,結果とし て,加害者が負担するのは直線OUで示される防災費用のみである。
加害者である企業や個人は,この直線で示される値を最小化しようとする。
したがって,加害者が選択するのは,この直線上の最も左端の点である。な ぜなら,そのとき防災費用はゼロとなるからである。つまり,損害賠償法等 の事故を引き起こした加害者にその負担をさせる制度がない場合は,私的
(経営学的)最適解 =0となる。前述のとおり,社会的(経済学的)最適 解 =100であるから,経済学的な最適解に比べて,経営学的最適解は著 しく小さくなることが分かる。しかも,経済学的な最適解におけるリスクは,
リスクを示す曲線SVを見ると,たかだか100であるのに対して,経営学的 な最適解におけるリスクは,簡単に500を超え,極めて大きくなることも明 らかである。このモデルにおいては,経営学的な最適解が示すリスクは,社 会的には容認できないと思われる 。
図1 事故の基本モデル
14) ここまで,社会的費用の大小によって制度の良否を論じてきたことから,自 家撞着に陥っていると見られるかもしれないが,現実の政策においてはマスメ ディア等による社会的な批判を受けるのはリスクレベルであることに注意され
3.損害賠償制度のモデル
加害者が裁判所より賠償命令を受けるであろう損害賠償金の期待値を ( )とすると,加害者である企業や個人の事故に伴う私的費用 ( )は,
( )= + ( ) …… ⑸
となる。⑵式と⑸式を比較すると,損害賠償金と実際の損害額が等しくなる ときに, ( )と ( )が等しくなり,そのときは,加害者の私的(経営学 的)最適解である と社会的(経済学的)な最適解である が等しくなる。
つまり,損害賠償金と実際の損害額が等しい損害賠償制度を導入すれば,加 害者の私的行動,換言すれば,私益を最大化するだけの周囲を鑑みない行動 が,社会を望ましい(経済学的に最適な)状況に至らしめるのである。では,
議論を債務免責者問題に進めるために,
( )= ( ) …… ⑹
が成立するものとする。次に,実際に被害者が支払うであろう損害賠償金の 期待値を ( )とし,⑹式に注意すると債務免責者問題が生じたときには,
( ) ( )= ( ) …… ⑺
が成立する。つまり,債務免責者問題が生じたときには,加害者は十分な資 力を持たないために,裁判所が指示する賠償額を支払えないからである。ま た,⑺式より,
0> ′( ) ′( ) …… ⑻
が成立するものとする 。この式は, ′( )の絶対値が ′( )の絶対値よ りも小さいことを示す。つまり,投じた防災費用に対して損害賠償金の期待 値の減少する度合いの方が,リスクが減少する度合いよりも小さいことを示 している。これは,損害賠償金の決定に関しては,裁判所等の,加害者であ る企業や個人以外の主体が絡んでくることから,加害者としてはコントロー
たい。
15) ( )は不連続関数である可能性があるが,その不連続点以外で⑻式が成 立するものとした。
ルしづらいことを示している。
債務免責者問題が生じているとき,加害者である企業や個人の事故に伴う 私的費用 ( )は,
( )= + ( ) …… ⑼
となる。前述の定義より,⑼式を最小化する最適解が であることから,
1+ ′( )=0⇔ ′( )= −1 ……
である。これに, の定義を考慮しつつ⑶式を用いると,
′( )= −1= ′( ) ……
が得られる。さらに, 式と⑻式より,
′( )= ′( ) ′( )⇒ ′( ) ′( ) ……
となる。ところで,⑴式より ′(・)は単調増加関数であることがわかるの で, 式から,
……
が導きだされる。つまり,債務免責者問題が生じている,換言すれば,加害 者が資力不足で裁判所から命じられる額の損害賠償金を支払うことができな いときは,加害者である企業や個人が投入する防災費用の私的(経営学的)
最適解は,社会的に望ましい値(経済学的最適解)よりも小さくなる。この ことは,加害者である企業や個人の資産制約によって,本来であれば防災に 投入すべきである資源が,他の用途に使われてしまうという状況に陥ってい ることを示している。加害者の資産制約に起因して,経済効率性が損なわれ ているのである。経済効率性が損なわれているというのは,事故に伴う費用 が最適値よりも大きくなっているということである。
【命題1】
加害者である企業や個人が資力不足であるとき,投入される防災費用は社 会的な最適レベルよりも小さくなる。
これが経済学的な意味での債務免責者問題である。多くのマスメディアは,
東日本大震災に起因して発生した原発の事故について東京電力の防災に不備 があったと揶揄している。筆者は,それを肯定するものではないが,防災に
不備があったということは,投入されていた防災費用が,あるべき額よりも 少なかったと解すると,その現象は上記の命題1から説明できる。原発事故 により生じた損害額に比べて,東京電力の資産が小さいといえる,つまり,
原発事故という局面において東京電力は資力不足であったから,経済学的な 意味での債務免責者問題が起こってしまった と説明できる。
もちろん,経済学的な意味での債務免責者問題は防災費用を低減させるこ とから,事故の発生確率を高め,そして,事故発生時の損害額も増加させる。
結果として,十分な被害者救済ができなくなるという伝統的な意味での債務 免責者問題の程度も悪化させる。
次の図2は,損害賠償制度のモデルを示すように図1に追記したものである。
損害賠償制度を導入したときの経済効率性を吟味する。そのとき,加害者 である企業や個人が支払わなければならない損害賠償金が被害者の損害と同
図2 損害賠償制度のモデル
16) 張(2007)は原発事故において経済学的な意味での債務免責者問題が生じる ことを危惧していた。
額であれば,損害賠償金の期待値である ( )とリスク ( )が等しくなる。
すると,加害者である企業や個人の負担,つまり,事故に伴う私的費用 ( ) は,⑸式で示されるとおり,防災費用に損害賠償金の期待値を加えたもので あるので,この額は,⑵式で示される社会的費用と同額となる。このとき,
私的費用も曲線SPTで示され私的(経営学的)な最適解も点Pによって示 され,選択される防災費用は100(= = )となる。したがって,加害者 である企業や個人が自らの負担である私的費用を最小化しようと行動すると,
社会的費用も最小化されることとなる。換言すれば,損害賠償制度の導入に よって,経営学的な最適解と経済学的な最適解とが等しくなるのである。
次に加害者である企業や個人が資力不足の場合,つまり,債務免責者問題 が生じる場合について考える。債務免責者問題が生じるときは,被害者の損 害額の満額を加害者が支払うことができない。そのため,加害者である企業 や個人が支払う損害賠償金の期待値 ( )は,リスクよりも小さくなる。
損害賠償金の期待値を示したのは破線で示される曲線WVである。この曲 線は,リスクを示す曲線であるSVよりも下に位置しており,損害賠償金の 期待値がリスクよりも小さいことを表している。また,曲線WVの傾きは 曲線SVのそれよりも緩くなっている。これは,⑻式を示したものである。
このとき,加害者である企業や個人の負担,つまり,私的費用は損害賠償金 の期待値と防災費用の和となり,それは太い破線の曲線WQTで示される。
WQTは,社会的費用を示す曲線SPTの下に位置している。したがって,
私的費用が最も小さくなるのは,点Qとなる。加害者である企業や個人は自 らの負担である私的費用を最小化するので,この点Qで示される防災費用 50(= )を選択することとなる。損害賠償金と被害者の損害額が等しくな るという損害賠償制度が存在する場合であっても,資力不足によって防災費 用が,白い矢印が示すとおりに,100から50に半減し,結果として社会的費 用が防災費用100における200から,防災費用50における250に増加するので ある。つまり,加害者である企業や個人の資力不足により50の社会的損失
(厚生損失)発生したこととなる。これが,経済学的な意味でも債務免責者
問題である。他方,加害者である企業や個人の私的費用は,防災費用100に おける170から,防災費用50における150まで減少することとなる 。次にリ スクを見ると,防災費用100における100から,防災費用50における200まで 上昇し,2倍となっている。リスクは損害額と事故発生確率の積であるから,
リスクの増加のみから明確なことは言えないものの,防災費用の減少に伴い 損害額は増加しているとしてもよいと考えられる。損害額の増加ということ は,結局のところ,被害者の救済の度合いが減少するということである。つ まり,前述のとおり,経済学的な意味での債務免責者問題は,被害者救済が 十分でなくなるという伝統的な意味での債務免責者問題とリンクしているの である。
4.責任保険のモデル
ここでは責任保険のモデルについて述べる。以下の⑴において,責任保険 だけでなく保険一般の強制付保化政策において特に問題となるモラルハザー ドとは何かについて述べた後,責任保険のモデルについて給付・反対給付均 等の原則が成立する場合を⑵で,給付・反対給付均等の原則が成立しない場 合を⑶で述べることとする。
⑴ モラルハザードとは
モラルハザード(moral hazard)とは,保険契約を締結した後に保険契 約者・被保険者(以下 契約者 という。)が保険約款の内容に従い合理的 に行動した結果,社会的(経済学的)な損失(厚生損失)が生じることであ
17) このことは,企業が自らを賠償資力不足の状態にすることによって,生産に 要するコストを減少させ,市場における競争を有利に進めようとするインセン ティブを持ちうることを示している。そのインセンティブの存在を実証したも のの1つが,Ringleb and Wiggins(1990) である。この研究は,米国で有 害化学物質に起因する労災事故や環境汚染に関する損害賠償責任の認定が厳し くなってきた時期に,企業の資産レベルが減少したことを計量経済学的に実証 している。
す 送りしま ため強制
本文のところの上付きが入る
る 。具体的には,保険契約締結前には,契約者が保険でカバーされるリス クを抑制するために実施してきた活動の水準を,保険契約締結後に,その活 動の水準を当該保険契約の保険料が適切に反映しないことを把握した結果,
契約者が引き下げることによってリスクが増大することを指す場合が多い 。 逆に言えば,保険料が常にリスクを適切に反映している場合,たとえば,常 に,給付・反対給付均等の原則 が成立するような場合にはモラルハザード は生じない場合がある。
道徳的危険 と訳されることもあり,モラルハザードは倫理的・道徳的 な意味において悪い現象だと理解されている場合が多いが,そうではなく合 理性を有する契約者の行動に起因する現象であることに留意する必要がある。
具体例を挙げれば,社会保険の1つである健康保険によるモラルハザードで ある。日本の健康保険の保険料については,所得比例方式 が採用されて おり,契約者の所得が同じであれば保険料は同じになる。つまり,個々の契 約者の疾病のリスクが評価されていない。そのような保険料の算出方式を理 解した契約者は,自己の健康管理をおろそかにすることとなる。なぜなら,
健康管理をおろそかにして病気になっても,その治療費の大部分が健康保険 から給付され,しかも,健康保険の保険料は変わらず,加えて,健康管理を おろそかにすることで得られる楽しみは大きいからである。また,健康管理 のためにスポーツジムに通うような場合は,それをやめれば他の消費ができ るのである。健康保険の場合,モラルハザードは,健康保険から得られる給 付内容,保険料の算出方法,不健康な行為により得ることのできる楽しみな どを,契約者が総合的に勘案して合理的に行動した結果生じる。
18) モラルハザードの分かりやすい経済学的な解説は,岩田(1993)pp.466‑
467を参照されたい。
19) 通知義務を課すことによって,このような事態を抑制することはできる。
20) 純保険料が支払保険金の期待値と等しくなること。詳細については,田畑・
岡村(2013)の第Ⅰ部第2章を参照されたい。
21) 報酬に保険料率を乗じて保険料を算出する方法。詳細については,河野・中 島・西田(2011)の第1章を参照されたい。
モラルハザードは,上述のとおり,保険を用いた政策によって社会的な損 失が生じるという経済学的な問題とされるとともに,保険者の運営上の支障 となる経営学的な問題ともされる。
なお,責任保険を用いた政策の1つである,自動車保険の強制付保化政策 は,米国においてモラルハザードを生じさせていて,その結果,交通事故に よる損害が著しく増加しているとする実証研究が存在する 。他方,日本の 任意の自動車保険においては,モラルハザードは生じていないとする実証研 究が存在する 。この2つの研究結果の相違は,両方とも自動車保険に関す るものの,前者はいわゆる強制保険についてのもので,後者は任意保険につ いてのものということに起因していると言えるかもしれない。つまり,強制 保険よりも任意保険の方が,政策的な制約がないことから,その保険料が,
契約者のリスクをより適切に反映することができるだろうということであ る 。
⑵ 給付・反対給付均等の原則が成立する場合
事故の基本モデルと同様に,加害者である企業や個人が投じる防災費用を とし,責任保険の保険料をπ( )とする。また,責任保険の保険金額は十 分大きく,加害者が負担する損害賠償額の全額に対して保険金の支払ができ るものとする。したがって,このときは支払保険金の期待値とリスクが等し くなり,給付・反対給付均等の原則が成立するから,純保険料はリスクと等 しくなる。次に,付加保険料 は,純保険料に比例する部分(以下 定率 部分 という。)と,純保険料に依存しない部分(以下 定額部分 とい う。)の和となるものとする。以上から,
π( )= ( )+ ( )+ ρ ……
22)
Cohen and Rajeev
(2004)。23)
Saito
(2006)。24) もちろん,これは推測の域を出ないことである。2つの研究が対象とした保 険の内容を詳細に把握しても,このような結論を明確に導き出すことはできな いと思われる。
25) 保険料のうち,保険者の事業経費や利益に充当される部分のことである。
と書ける。 ( )はリスク,つまり上記設定より純保険料で, ( )は付加 保険料の定率部分で,ρは付加保険料の定額部分で, は正の比例係数であ る。
加害者である企業や個人が,保険金額が十分に大きい責任保険に加入する と,加害者が負担する損害賠償金の全額に対して保険金が支払われる。つま り,加害者は損害賠償金を負担しなくてもよくなる。代わりに,加害者は責 任保険の保険料π( )を負担しなくてはならない。したがって,加害者であ る企業や個人の私的費用 ( )は,
( )= + π( ) ……
となる。これと 式より,
( )= +( + 1) ( )+ ρ ……
が得られる。加害者である企業や個人は,私的費用を最小化するような防災 費用 を選択する。そこで, 式より最小化の1階の条件を求めると,
′( )= 0⇔ 1+( + 1) ′( )=0⇔( +1) ′( )= −1 ……
である。社会的に望ましい防災費用を前述と同様に とすると,⑶式より,
′( )= −1 ……
である。 式, 式,⑴式より,
′( )=(1+ ) ′( )< ′( )⇒ < ……
が導き出される。これは,付加保険料の定率部分が存在することによって,
防災費用の変化に伴う保険料の動きがリスクの動きよりも激しくなることか ら,それに対応して加害者である企業や個人が投入する防災費用は社会的な 最適レベルよりも大きくなるということである。ただし, = 0つまり,付 加保険料の定率部分が存在しないときは, 式から,加害者が選択する防災 費用は社会的な最適値となることが分かる。以上より,次の命題を得る。
【命題2】
責任保険の保険金額が十分大きく ,責任保険の保険料が給付・反対給付
26) 前述のとおり,保険金額が常に損害額を上回るほど大きいことを意味するも のとする。
均等の原則を満たすときは,加害者である企業や個人が投入する防災費用は 最適レベル以上となる。ただし,付加保険料の定率部分が存在しなければ,
防災費用は最適値となる(モラルハザードは生じない)。
投入される防災費用が過多になっても,社会的損失が生じることから,そ の場合もモラルハザードが生じているといえる。しかしながら,モラルハザ ードの主たる文脈において問題視されているのは,責任保険の強制付保化に よってリスクが増大することである。責任保険の純保険料が加害者である企 業や個人のリスクを適切に反映するときは,被害者救済策として問題がない ような,十分大きな保険金額の責任保険の購入を義務付けることによって,
少なくとも,投入される防災費用が減少し社会全体のリスクが増大するとい う政策上最も懸念される事態は回避されるのである。このような,責任保険 の効果は,加害者である企業や個人が実際に支払うことのできる損害賠償金 の額は,加害者の資産制約を受けるのに対して,責任保険の保険料は,加害 者の資産レベルによって変化することがないという点から生じている。
⑶ 給付・反対給付均等の原則が成立しない場合
給付・反対給付均等の原則が成立しないときは, 式における ( )が,
リスク以外の関数となるわけであるから,加害者である企業や個人の選択す る防災費用は最適値とならない。したがって,モラルハザードが生じること となる。ここでは,保険料が一切,防災費用の変化に反応しない場合を考え てみる 。このとき,保険料が定数αになるとすると,加害者である企業 や個人の私的費用 ( )は,
( )= + α ……
となる。 式を最小化する防災費用はゼロである。この現象を図3で説明す る。二重の直線OUは防災費用を,曲線SVはリスクを表している。防災費 用とリスクの和である社会的費用は曲線SPTで示される。したがって,社
27) これは社会保険の1つである健康保険の例といえる。もちろん,健康保険は 責任保険ではないが,このモデルによって,そのモラルハザードの状況を把握 することができる。
会的に最適な状態は点P(防災費用=100)である。ここで,水平の直線 WYで示されるような保険料が定額の100である責任保険に加害者である企 業や個人が加入すると,加害者の私的費用は,直線OUと直線WYで示さ れる値を合計したものとなり,その値は直線WXで示される。直線WXは 右上がりであるので,その私的費用を最小化する防災費用はゼロとなる。最 適な防災費用100からの変化を白い矢印が示している。防災費用がゼロのと きは,リスクも社会的費用も極めて大きくなり,政策的には受け入れられる ものではないと考えられる。もっとも,現実においては,加害者である企業 や個人は,本モデルで示されている私法によるインセンティブだけではなく,
公法による規制を受けていると考えられる。そのため,モラルハザードが生 じても,防災費用はゼロにはならずに,規制基準の下限に張り付くだけと思 われる 。
図3 モラルハザードのモデル
28) 健康保険の場合は,個人の健康管理について,公法による規制基準は存在し ないと考えられるので,モラルハザードにより防災費用が著しく低下すること となる。ただし,健康保険においては,被保険者の自己負担部分の存在がその
5.まとめ
責任保険の強制付保化政策が,経済学的な意味での債務免責者問題にどの ような効果があるのかを先行研究の知見をふまえつつ整理をし,先行研究が 評価していない付加保険料の効果をも分析した。通常,責任保険が強制付保 化されると,加害者である企業や個人は気がゆるんでリスクが増大する,つ まり,モラルハザードが不可避的に生じると考えてしまう傾向があるが,実 際は,保険料が保険契約者・被保険者である加害者のリスクを適切に反映し ている場合には,加害者が保険に加入する前から実施していた防災活動が損 なわれないばかりか,加害者の資力不足から来る,防災活動の(最適レベル からの)低下の度合いが改善されることが分かった。問題なのは,いかにリ スクを的確に保険料へと変換するかということと,そうなっていると保険契 約者・被保険者に実感させるにはどうすれば良いのかということである。経 済学的な意味での債務免責者問題を改善するためには,自賠責保険のような 社会保険に近い性格を持つ保険であっても,その保険料の算出方法を変えて いく必要がある ことを本論は示している。そうしなければ,責任保険の 強制付保化によって社会的費用が著しく増大している可能性があるのである。
また,本論では責任保険の効果と題して論じてきた が,保険契約者の 資産制約に伴う防災費用の低下が保険によって改善されることは,財物保険 でも妥当することである。保険の有用な機能として,この点も理解する必要 があろう。財物保険の場合は,十分大きな保険金額といっても,財物の価額
程度を緩和していると予想される。
29) 上田(1995)は,強制・任意のいずれ自動車保険についても保険料に関する 規制を大きく緩和し,リスクを細分化するなどして内部補助を最小化すべきだ としているが,このことは,本論で示した経済学的意味での債務免責者問題を 解決する責任保険の機能を高め,結果として社会全体の経済効率性を向上させ ることにもつながるのである。
30) 先行研究においても企業の有限責任との関連付けという文脈で責任保険しか 言及されていない。
をベースとした有限値であることから,責任保険の場合よりもこの機能を活 用しやすいことも忘れてはならない。
(筆者は関西大学社会安全学部准教授)
参考 献
浅湫聖志(2007) 賠償責任保険において保険金から優先的な被害の回復を行う方 法について―被害者の直接請求権,特別先取特権の問題を中心に― 保険学雑 誌 599号,pp.233‑252。
張貞旭(2007) 賠償責任ルールと賠償資力の経済分析―原子力賠償制度を中心 に 財政と公共政策 29巻2号,pp.73‑85。
Cohen, Alma and Dehejia, Rajeev
(2004)“The Effect of Automobile Insur- ance and Accident Liability Laws on Traffic Fatalities”, Journal of Law& Economics ,
47, pp.357‑393。
岩田規久男(1993) ゼミナールミクロ経済学入門 日本経済新聞社。
河野正輝・中島誠・西田和弘編(2011) 社会保障論 法律文化社。
Ringleb, Al H.and Steven N.Wiggins
(1990)“Liability and Large-Scale, Long Term Hazards”, Journal of Political Economy ,
98 ⑶, pp.574‑595。Saito, Kuniyoshi
(2006)“Testing For Asymmetric Information in the Auto- mobile Insurance M arket Under Rate Regulation”, Journal of Risk &
Insurance ,
73,pp.
335‑356。齊藤誠・岩本康志・太田聰一・柴田章久(2010) マクロ経済学 有斐閣。
Shavell, Steven
(1986)“The Judgement Proof Problem”, International Review of Law and Economics,
6,pp.45‑58。
Shavell, Steven
(1987), Economic Analysis of Accident Law, Harvard Uni- versity Press
。Shavell, Steven
(2004), Foundation of Economic Analysis of Law, Harvard University Press
。柴田弘文(2002) 環境経済学 東洋経済新報社。
田畑康人・岡村国和編著(2013) 読みながら考える保険論 千代出版。
上田和勇(1995) 規制緩和と保険業 ―英・米自動車保険市場における料率競争 の実態と教訓― 保険学雑誌 548巻,pp.20‑45。