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ダイ シーと行政法 につ いての覚書

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(1)

ダイ シーと行政法 につ いての覚書

猪 股 弘 貴

Ⅰ は じめに

1 9

世紀後半か ら

2 0

世紀初頭 にか けて活躍 したイギ リスの高名 な法学者 ダイ シー

( A.Ⅴ.Di c ey)

は,後 にみ るよ うに,い くつかの著書 を公 に したが

1 ) ,

りわけ

1 8 8 5

年 に出版 された 『憲法序説

( I nt r oduc t i on t ot heSt udyoft he Law oft heCons t i t ut i on)

』はその後

1 0

版 を重 ね

2 )

,わが国で も広 く読 まれ研 究対象 とされて きている

。 3 )

周知 のよ うに,同書 において,ダイ シーは,イギ リ

ス憲法 の指導原理 と して,国会主権,法の支配,および憲法習律

( c onve nt i ons oft hec ons t i t ut i on)

の最終的手段 は憲法律

( l aw oft hec ons t i t ut i on)

であ

※本稿 は,筆者がかねてか ら翻訳 し

,

北海学園大学法学研究』に連載 して きた

,「 A.Ⅴ.

ダイシー行政法関係論文集(1‑伝)」北海学園大学法学研究

2 2

2

・2 3

2

・2 4

2

・2 4

3

・2 5

1

号 のいわば訳者解説 にあたるものである。 そこで, これ ら訳稿を も参照 していただ くことをお願 い したい。

1) ダイ シーの全著作 と主要論文の目録 が,

R

.A

.Co s gr ove ,TheRul eo fL a w : Al b e r tVe m Di c e y,Vi c t o r i a nJ un' s t ( 1 980) ,pp. 30217

に収 め られている。そ

の箇所 を紹介 した,猪股弘貴 (訳)「A

.Ⅴ.

ダイ シー行政法関係論文集 (

)

」北海 学園大学法学研究

2 5

1号

2 2 8‑3 2

頁参照の こと。

2)

憲法序説』第

8

( 1 9 1 5

年)まではダイシー自身による版の改訂であるが,彼の

( 1 9 2 2

年)後の,第

9

( 1 9 3 9

年) と現在普及 している第

1 0

( 1 9 5 9

年) 紘, 故 E

.C. S.

ウエイ ド教授 の序文

( Ⅰ nt r o duc t i o n)

が付 されて出版 されている。各版

Cont e nt s

および初版 か ら第

8

版 までの序言

( Pr e f a c e )

の訳が,猪股 (訳) ・同

・2 0 6‑2 7

亘に収 め られているので参照 の こと。なお,わが国で も

,A.Ⅴ.

イシー (著)伊藤正 己 ・田島裕 (共訳)『憲法序説』 として,第

8

版を底本 とした 翻訳書 が出版 されている。

3)

この点 について,伊藤 ‑田島 (共訳) ・同上

・5 0 4

頁以下 に,訳者解題 の一つの章 として 「ダイシー研究 の今 日的意味」が載せ られているので,参照の こと。

〔5 5 〕

(2)

ることの三つをあげた

。 4 )

そ してそ こで展開 された内容 は

Di cey Tr adi t i on

呼ばれ, 久 しくイギ リスの法律家 の思想を支配 して きたのである

。 5 )

しか しそ の後, ジェニ ングスをは じめとして多 くの批判が寄せ られ 6), その理論がその ままで今 日どこまで通用力があるのか疑問であるが, その影響 はなお続 いてい るとい ってよかろう。 7)

さて,本稿 において検討を試みよ うとす るのは

,

憲法序説』全般,さらには ダイシーの思想 その ものではない。本稿で取 り上 げるのは, ダイ シーの理論の 中で最 も批判 を受 けて きた点, す なわ ち, ダイ シーによ る フラ ンス行政法

( dr oi tadmi ni s t r at i f )

の理解 (あるいは誤解),およびイギ リスに行政法

( ad‑

mi ni s t r at i vel aw)

は存在 しないとした点である。 また, これ らの検討の前提 として, ダイ シーによる法の支配の理解 について触れたいと思 う今 日, イギ リスに行政法が存在 していることを否定す る者 はないと言 ってよ く,既 にす ぐ れた著書 が多数 出版 され

8 ) ,

ダイ シー自身 も後 にな ってイギ リスに行政法が存 在す ることを承認す るに至 った形跡 が存在 しているそう言 う意味で本稿 のよ うな検討 は, 時代錯誤であるとの批判 を受 けるか もしれない

。 ノ

しか し, ダイ シーの これ らの研究 は,良かれ悪 しかれ, イギ リス行政法, さらには英米行政 法研究 の出発点 には違 いないのであるこれ らの問題 については既 に多 くの研 究がなされて きたが, ダイシーによる研究の足跡が詳細 に跡付 け られて きたと

4) A. V.Di c e y ,I nt r o duc t i o nt ot hes t u dyo ft heLaw o ft heCo ns t i t ut i o n ,l ot h e dn. ,e d.

E

. C .S.Wade( 1 959) ,p.35.

5)

高柳賢三 『英国公法の理論

』1 8 8‑9

貢参照。

6) Se eW.Ⅰ .J e nni ngs ,TheLaw andt heCo ns t i t ut i o n( l s te d. ,1 933) .

同書の翻 訳 として,

W.

.

ジェニ ングス (著)中山健男 ・奥原唯弘 (共訳)『イギ リス憲法 ‑ その由来 と現状 ‑ 』がある。

7)

この ことは, 『憲法序説』 の出版百周年 を記念 して,

∫ .J owe l land D.Ol i ve r ( e ds . ) ,TheChan gi n g Co ns t i t ut i o n ( 1 984)

,並びに,

P.Mc Aus l an and J .F.

Mc El downe y( e ds . ) ,La

w

,L , e gi t i mac yandt heCo ns t i t ut i o n( 1 985)

の二著が出 版 された ことか らも窺えよう。

8)

その代表的な ものが

,H.W. R .Wa de ,Admi ni s t y l at i v eLaw ( 6t he d. ,1 988)

あると言 ってよかろう

(3)

ダイシーと行政法 についての覚書

57

は必 ず しも言 えないと考 え る。 また, p‑ソ ンのよ うに, ダイ シーは フラ ンス 行政法 の発展 を, これ までの批判者達 が述 べて きたよ りは,正 しく理解 して き た との見解 も存す るのであ り9 ) ,英仏比較行政法研究 に も資す る ことであ ろう。

Ⅱ ダイ シーの略歴 1 0)

ダイ シーは ,1 8 3 5 年 2

4 日,イギ リスのル ックー ワース ( Lut t er wor t h) 近郊,ク レイブル ック ・ホール ( Cl aybr ookHal l ) において 4 人兄弟 の 3

番 目

の子 と して出生 した。父 トーマス ・エ ドワー ド・ダイ シー ( ThomasEdwar d Di c ey) は,ノーザ ンプ トン ・マムキ ュ リー ( Nor t hampt on Me r cur y) とい う 新聞社 の社主 であ る。 母 ア ン ・メア リー ( Anne Mar y) は, 大法官府主事

( Mas t eri n c hanc er y) ジェームス ・ステ ィー ブ ン ( J ame sSt ephen) の娘 で あ る。 ベ ンとい う名称 は, クラバ ム福音主義派 の指導者 ジ ョン ・ベ ン ( J ohn Venn) ‑ ・ ・ 彼 の娘 ジェー ン ( J ane) はダイ シーのお じ ( Si rJ ame sSt ephen)

と結婚 して いた ‑ にちなんでつ け られ た。 ダイ シーの母親 はクラバ ム福音主 義 派 の熱心 な信 奉者 で あ った とい う

長 い間母親 の もとで教育 を うけて いた が ,1 8 5 2 年 に ロ ン ドンのキ ングス ・カ レッジ ( Ki ng' sCol l egeSc hoo l )に入学

した。 1 8 5 4 年 にはオ ックスフォー ド大学 バ リオル ・カ レッジ ( Bal l i oI Col ‑

9) Se eF.H.Laws on

,

̀ ̀ Di c e yRe vi s i t e d'

'

( J unea ndOと t obe r 1 959)7 Pol i t i c al St udi e s 109‑26,207‑2

1.なお, ダイシーの見解の変遷を詳細 に検討 している 邦語文献 として,岡久男教授 による一連の論文があるが,それ らについては,猪股

(訳) ・前掲

1)2 3 5

頁参照のこと

1 0 )

この点 につ いて の英 語 文献 と して,

Hol l a nd

,

" The La t e Pr o f f e s orDi c e y"

( 1 922)38L .Q. R. 276 ,Hol ds wo r t h ,TheHi s t o r i anso fAn gl O‑Ame r i c an Law ( 1 928) pp. 9114

,

R .S.Ra i t

,

" Di c e y" ,i n Di c t i ona r y ofNa t i o na l

Bi bl i ogr a phy ( 1 937) pp. 1 922‑30 ,Co s gr o ve ,o p. c i t .

,J

.H.C.Mo r r i s

,

" Bi 0 ‑ gr a phi c a lNot e " ,i n Di c e ya nd Mo m' so n t heCo n fl i c to fLaws ( ll t he d. ,

1 987)を参照。邦語文献 として,伊藤正己 「ダイシー」木村亀二 (

編著)『近代法 思想史の人々

』1 3 8

頁以下,下山瑛二 「ダイ シィ」伊藤正己 (宿)『法学者 人 と作

品 』1 7 2

頁以下,伊藤‑田島 (共訳) ・前掲

2)・4 4 9

頁以下,油川昭夫 (編著)

国政論

』1 8 6

貢以下 (石滞淳好筆)参照。

(4)

l e ge)

に入学 し, そ こを首席 で卒業 して いる オ ックスフォー ドの学生時代 に は学生会

( Uni on)

の議長 に選 出 された り, オール ド・モータ リテ ィ

( Ol d Mor t al i t y)

とい うクラブの創設 に加 わ った りした。このクラブか らは,多 くの 人材 を輩 出 したが, とりわけそ こでの ジェームス ・プライス

( J ame sBr yc e )

との出会 いおよびその後 の交友関係 は, ダイ シーの人生 に多大 の影響 を与 え

た 。

1 8 6 0

年, ダイ シーはオ ックスフォー ド大学 トリテテ ィ ・カ レッジ

( Tr i ni t y Col l e ge )

の特別研究員

( Fe l l ow)

の試験 に合格 し, それを ジョン ・ボナム ・ カーター

( J ohn Bonham Car t er ) ‑ 1 8 3 0

年か ら

1 8 4 1

年 までポーツマス出 身の国会議員であ った ‑ の娘 エ リノア ・メア リー

( El i norMar y)

1 8 7 2

に結婚す るまで続 けた。また

1 8 6 0

年 には,枢密院

( ThePr i vyCoun

cil)につ いての論文 で,オ ックスフォー ド大学 のアーノル ド賞

( Ar nol dPr i z e )

を受賞 し, この論文 をまとめることは,彼が憲法および憲法史 に興味 を抱 くきっか け にな った といわれて い る

。1 8 6 1

年 か らはイ ンナー ・テ ンプル法学 院

( i nne r

● Te mpl e )

において弁護士 になるための修習を受 け,

1 8 6 3

年 には弁護士 と して 登録 して いる。なお, ダイ シーは,そ こでオーステ ィン

( Aus t i n)

の法理学 に ふれ,影響 を受 けたといわれているダイ シーの弁護士活動 はあま りかんば し くなか ったよ うであるが,

1 8 7 6

年 には内国歳入庁

( I nl andReve nue )

の顧問 弁護士 に任命 され,勅選弁護士 となる

1 8 9 0

年 にその職 を辞 したが,勅選弁護士 と しての実践活動 は,

1 9 1 6

年 まで続 いた。 法曹 としての実務 に携 わ りなが ら も, ノーザ ンプ トン ・マーキュ リー, スペクテークー,およびニュー ヨーク ・ ネー ションに寄稿 している。著書 と して は

,1 8 7 0

年 に 『訴訟当事者 の選定 に関 す る研究

( Par t i e st oAc t i ons )

』を

,1 8 7 9

年 には 『住所法

( Domi

c

i l )

』を出版

した。

これ らの著書 によって得 た評判 によ って,ダイシーは

,1 8 8 2

年, ブラックス トン

( Bl ac ks t one)

が初代 の在職者で あった,オ ックスフォー ド大学 のバイナ

講座教授 ( Vi ne r i anPr of e s s or s hi p)

に選出 された。 ダイ シーには政治的野心

があ った ことか ら,当初, その候補者 となることを梼措 した といわれている

(5)

ダイ シーと行政法 についての覚書

59

この職 はオール ・ソールズ ・カ レッジ ( Al l Soul s Col l e ge ) の特別研究員 ( Fe l l ow) を兼 ね るものであ った。ダイ シーは ,1 9 0 9 年 この職 を辞 して いるが, カ レッジは彼 を無報酬 の特別研究員 に選任 し,終生 その地位 にあ った。彼 はま た, 1 9 1 0 年 か ら 1 9 1 3 年 まで, オール ・ソールズ ・カ レッジにお いて国際私法 の講師 を勤 めて いる。

ダイ シーは ,2 7 年 間 に及ぶバ イナ講座教授職在職 中に,三冊 の不朽 の名著 を 出版 した。 まず第‑ は, 1 8 8 5 年初版 の 『憲法序説』 ( 第 2 版 までの書名 は, Le c t ur e si nt r oduc t or y t ot heSt udyoft heLaw oft heCons t i t ut i on で あ ったが, 第 3 版 か らは I nt r oduc t i on t o t he St udy oft he Law oft he Cons t i t ut i on と改 め られて い る)で ある。第二 にあげ られ るの は ,1 8 9 6 年初版

の 『国際私法 ( A Di ge s toft heLaw ofEngl and wi t hRef e r e nc et ot he Conf l i c tofLaws ) 』 であ る

本書 は彼 の 『 住所法』 を発展 させた ものである

が, ロー レンス ・コ リンズ ( Lawr enc eCol l i ns ) 他 の編集 によ り Di c e y and Mor r i son t heConf l i c tofLaws と して 1 9 8 7 年 にその第 1 1版 が出版 されて

いる。 第三 は, 1 9 0 5 年 に初版 が出版 された 『法律 と世論 ( Le ct ur e son t he Rel at i on be t we en Law and Publ i c Opi ni on i n Engl and dur i ng t he Ni ne t e e nt hCe nt ur y. ) 』( 本書 の第 2 版 の邦訳 と して, A.Ⅴ. ダイ シー ( 著)宿 水金二郎 ( 釈)菊池勇夫 ( 監修)『法律 と世論 』1 9 7 2 年 法律文化社 があ る)で あ る。本書 は ,1 8 9 8 年 ‑ ‑バ ー ド大学 で行 った集 中講義 「イギ リスにおける世 論 の推移 との関係 での 1 9 世紀 のイギ リス法 の発展」 の成果であ る

ダイ シーは,若 い時か ら政治 に興味 を持 ち,政治論争 において重要 な役割 を 演 じた。彼 は自由党 内で急進派 に反対 のホイ ッグ覚 に属 し,自由主義者 であ り,

自由貿易主義者 であ ったが, 1 8 8 5‑6 年 に グラッ ドス トン ( Gl ads t one ) が ア イル ラ ン ドの 自治問題 をめ ぐって 自由党 を二分 した とき, アイル ラン ド自治案 ( Home Rul e) に反対 の保守党員 ( Uni oni s t ) の運動 に同調 した。 彼 は, Engl and' sCas eagai ns tHomeRul e ( 1 8 8 6 年), Le t t e r sonUni oni s tDe l u‑

s i ons ( 1 8 8 7 年), A Le api nt heDar k ( 1 8 9 3 年), A Fool ' sPar adi s e ( 1 9 1 3

年) を公刊す るな ど, アイル ラン ド自治案 に反対す る立場 の代弁者 であ った。

(6)

彼 の社 会 問題 へ の関心 は, フ レデ リック ・デ ニ ス ン ・モ リス

( Fr e de r i c k De ni s on Maur i c e)

によって創立 された, ロン ドンの労働者大学

( Wor ki ng Men' sCol l e ge )

の校長職 に

1 8 9 9

年 に就 いたことにみることができ

,1 9 1 2

年 ま でその職 にあ った。

1 9 0 7

年, オ ックスフォー ド大学 はダイシーに名誉博士号

( Honor ar y D.C.

L

.

)を授与 した。ダイ シーは

,1 9 2 2

4 月 7

8 7

歳 の生涯を閉 じた。彼 の妻 は その翌年 に死亡,彼 に子供 はなか った。 オ ックスフォー ド大学 トリニティ ・カ レッジのホールにはダイ シーの若か りし頃の肖像画がかけられているという。

Ⅲ ダイ シーによる.「 法の支配」の概要

ダイシーが フランス行政法 に関心 を抱 き

,

憲法序説』において大 きく取 り上 げるに至 ったのは,イギ リスが誇 るべ き法の支配

( Rul eofLaw)にそれは反

し, フランス行政法 と対比す ることによって,法の支配の内容 が明確 になると 考えたか らであった。11)そ こでまず, ダイシーが措 いた法の支配 を, ここでは 概略 に止 ま らざるを得 ないが,明 らかに してお こう

。1 2 )

ダイシーによると,法の支配 には,三つの意味が含 まれているとい う

まず第‑ は,正規 の法

( r e gul arl aw)の絶対的優位 ない しは優越である。何

人 も,通常裁判所の前で通常の法手続 において確証 された,・明確 な法違反の場 合を除 いて,処罰 され,身体,財産 に損害を こうむ ることはない。その意味で, 法の支配 は,人 による広汎 な,専断的,ない しは裁量的強制権 の行使 に基づ く

あ らゆる政治体制 と対照的である。政府の側 における,窓意性,特権,広汎な 裁量権 さ‑ も排除す るのである。13)

第二 に,法の前の平等 ということである。すなわち, あ らゆる階層 の人が通

1

D

Se eDi c e y,o p.c i t . ,pp .329‑3 0a ndCo s gr ove ,o p.c i t . ,p.9 4 .

1 2 )

この点 についての邦語文献 は, 枚挙 にいとまが無 いが, その主要 な ものが, 猪股 (訳) ・前掲

1

)

・2 3 4

頁以下 に挙 げ られているので参照のこと。

1 3 ) Di c e y,o p.c i t . ,p . 1 88 a ndp.20 2 .

(7)

ダイ シーと行政法 につ いての覚書

61

常裁判所 によって執行 され る法 に等 しく服す るとい うことであるこの意味 に おいて,法 の支配 は,官吏 あるいはその他 の者 が,他 の市民 を支配す る法 に従 う義務や通常裁判所の裁判権か ら免除 され るとい う考 えを排除す るイギ リス には,フランスにおける行政法

( dr oi tadmi ni s t r a

tif)あるいは行政訴訟

( t r i ‑ bunaux admi ni s t r at i f s )

に真 に相当す るいかなるもの も存在 しえないのであ

諸外国 に存在 して いる行政法 の根底 にある考 え方 は,政府 ない しはその従 僕 に関わ る事件 あ るいは争 いは,民事裁判所

( c i vi lc our t s )

の領域外 であ り, 特別 な,多かれ少 なかれ官庁的機関 によって扱 われなければな らないとい うこ

とである。 このよ うな考え方 は, イギ リス法 には全 く知 られていないものであ り, イギ リスの伝統や慣習 に一致 しない ものである

。 1 4 )

ダイ シーが言 う法の支配 の第三 の意味 は, イギ リスにおいて,国民 の諸権利 (例えば,人身 の自由 とか集会 の権利等)を含む,憲法 の一般的原理 は,憲法典

( c ons t i t ut i onalc ode )

で はな く,国の通常法

( or di nar yl aw)

の帰結であ る とい うことであ るすなわち,多 くの諸外国の憲法で は,個人 の諸権利 に与 え られ る保障 は,憲法の一般的諸原理か ら引 き出 されて いる, ない しは引 き出 さ れているよ うにみえ るのに対 して, イギ リスで は,憲法 の一般的諸原理 は,裁 判所 に持 ち込 まれた特別 な事件 において私人の権利 を決定す る諸判決 の結果 な のである。要す るに,イギ リスで は,私法

( pr i vat el aw)

の諸原理 が,裁判所 と国会の活動 によ って,国法および国の従僕 の地位 を決定す るまでに拡大 され て きたのである

。 1 5 )

以上 のよ うに, ダイ シーは, イギ リス憲法 の基本原理 を構成す る法 の支配 に は,三つの意味があるとす る。 これに対 して, その後様 々な批判 が寄せ られて きたが, とりわけ見逃 し得 ないのは次の ジェニ ングスか らの批判 であ る ジェ ニ ングスは, これ ら三点 について,逐一批判 を加 えているので, その要点 を紹 介す ることに しよ う

1 4 ) I b i d. p. 1 93 a ndpp.2 02 13.

1 5 ) I b i d. pp. 1 9516 a ndp.2 03 .

(8)

まず法 の優位 とい う第‑点 について,次 のよ うに述べ る。この点 の問題点 は,

正規 の法」 と 「専断的権能」 との区別 にあ るとす る。「専断的」 とい う言葉 は, 悪 い意味 に使用 され, その保有者 の意思 によーつて権能 が行使 された りされ な か った りす るとい うことは勿論,濫用 されやす いとい うことを意味 している。

しか し, それ らが 「正規 の法」 か ら引 き出されよ うと, そ うでなか ろ うと, あ らゆる権能 には濫用 され る可能性 が存在す るのであ る 例えば,裁判所 は裁判 所侮辱 による投獄 の権能 を濫用 し, それによ って新聞記者 による判事 に対す る 批判 を封 じて きた。 ダイ シーの真意 は,行政権 は濫用 されやす く,従 って,広 汎 な権能 は与 え られ るべ きではないとい うことにあ るしか し

,

正規 の法」と

行政権」との間 には,対抗関係 はない。あ らゆ る権能 は法か ら引 き出 され るの であるダイ シーは, イギ リス憲法 の原理 と して,彼が政策 の原理 であるべ き だ と考 え るものを述べているのである この脈絡 での 「法の支配」 は,公権力 は広汎 な権能 を もっべ きではな く

,

集塵主義

( col l ect i vi sm)

」は好 ま しか らざ る原理 だ とい うことであ るこのよ うな意味での 「法 の支配」 は, ホイ ッグ党 員 の行為規範 であ り,その他 の者 によ って は無視 され うるものであ る。 もし法 の支配が,権能 は法か ら引 き出 されなければな らないとい うことを意味す るに す ぎない とした ら, あ らゆ る文明化 され た国家 はそれを持 っているもしそれ が民主政府 の一般的原理 を意味す るな ら, それを別 けて述べ るまで もない。 も しそれが国家 は外交 と秩序維持 を遂行す る機能 をのみ行使す ることを意味す る な ら, それ は真実 で はない。 もしそれが,国家 はこのような機能 をのみ行使す べ きことを意味す るな ら, それ はホイ ッグ党員 の政策 の主張である

。1 6 )

次 に,法 の前の平等 とい う点 について次 のよ うに述 べ る。 ダイ シーが平等 と い うことによって言 お うとしたのは,官吏 は通常 の市民 と同様 の規則 に服す る とい うことであ るが, これは真実ではない。官吏 は,他 の人 々が持 っていない 権能,従 って権利 を持 っている 収税吏 には通常 の人 々が保持 して いない権刺

1 6 ) W. I . J enni ngs ,TheLaw andt heCo ns t i t ut i o n( 5t h e d. ,1959)pp.306‑

ll.

(9)

ダイ シーと行政法 についての覚書

6 3

が与え られているのである。同様 に,彼 らには特別 の義務が課 されている えば,教育当局 には,すべての子供 に一定の年齢の問無料で教育 を提供 しなけ ればな らない義務がある。 このように,「法 の前 の平等」 および 「法への服従」

という箇所で, ダイシーは,公権力 に権能 を与え,義務を課す法の部分 に言及 しなか ったとい うことが明 らかになる

彼の念頭 にあ ったのは,官吏 が不法行 為を犯 したな ら,それは通常の民事裁判所 において責任を問われるということ である。この点 はダイシーの言 う通 りであるが

,

法 の支配」とい う高尚な名で 呼ばれ る一つの原理 の基礎 とす るには,あま りに も小 さな点 である。 また, こ の点で, フランス行政法 と対比す るの も有効ではない。 とい うのは, フランス 行政法の目的 は,官吏 にその不法行為責任を免除す ることにあるのではな く, 公権力の権能 と義務を決定 し,権能の稔越や濫用を妨 げることにあるか らであ 行政権を統制す るために, フランスは一つの制度 を採用 し, イギ リスは他 の制度 を採用 している事実を捉 えて, イギ リスには行政法が存在せず, それに 代 って 「法の支配」が存在 していると言 うのは,奇妙 な理屈付 けである。 さら に,行政裁判所 は民事裁判所

( c i vi lc o ur t s )

同様,「通常」 なのである刑事 裁判所

( c r i mi na lc our t s )

を特別な ものと言 わないように,行政裁判所 も特別 な もの と言 う理 由はないのである。また,すべての裁判所が官庁的

( O f f i c i a

l) なのであ り, この点 は民事裁判所 も行政裁判所 も同様 である。問題 なのは,行 政権か らの影響 や統制か らの独立性である いずれにせよ,行政裁判所 は, フ

ランスにおける ドロワ ・ア ドミニス トラテ ィフその他 いかな る意味 において も,本質的な ものではないのである

。1 7 )

さらに,第三点 の憲法 は通常法の結果であるとい う点 について, ジェニ ング スは以下 のような批判 を している憲法 は通常法の結果であるとダイシーは述 べ るが,国法 は憲法の結果であるとい うことも同様 に真実なのである。法の基 礎 にあるものは国会の権力であ り, この国会の権力 は政治闘争 によって生 じ,

1 7 ) I b i d. pp. 311‑3.

(10)

そ して法 と して認め られた ものである憲法が法を決定す るけれども, この意 味で法 も憲法 を決定す るのである。法 と憲法 とは分離 し得ない ものである。諸 外国 においては当然 に憲法典の一部 を形成す る規則

( r ul es )

が,イギ リスには ほとん ど存在 しない。 とい うのは,国会 の優越性が,権力のいかなる基本的な 分配 を も妨 げ,基本権 の存在 を も許 さないのである。国会の優越性が憲法 なの である。成文憲法が基本法 として認め られているよ うに,国会 の優越性が基本 法 と して認 め られているのである様々な公権力 ‑ 国王,国会 の両院,裁判 所,行政機関 ‑ は,権能 と義務 を持 っている。そのほとんどは,制定法 によっ て決定 されている。 そのい くつかは伝統的な ものであ り, コモ ン ・ローによっ て決定 されている 基本的 自由に関わる行政機関の権能 は,主 に制定法 に含ま れている。しか したとえそ うでないとして も,規則が個人の権利の結果であ り, それ らの源泉でないとい うことが正 しいとは思われな

い。

国王 やその他 の行政 機関の権能 は個人の権利 によって制限 され,個人 の権利 は行政権 によ って制限 され るこの言明の両方 ともが正 しいのであ り,権能 と権利の両者 は制定法か ら生ず るのである。 いずれにせよ, このような特殊 な規則 は,憲法の ごく一部 なのである。行政権 は基本的諸 自由に干渉す る以外 の多 くの作用を行 ってい る。ダイシーは,ここで もまた

1 9

世紀 ホイ ッグ党員の個人主義的理論を強調 し たというのが,真相 なのである

。 1 8 )

また, ジェニ ングスは以下 のよ うな批判 を も付加 している憲法学者 の役割 は政治原理 を擁護す ることではない。その役割 は,主 に,憲法が基礎 を置 く諸 原理 を分析 し,発見す ることであるダイシーは誠実 に分析 しようとしたが, 彼 は憲法を彼 自身の色眼鏡 で見,彼の見解 は正確ではなか った。国家の新 しい 作用の成長 は,彼の分析の多 くを不適切 な ものに して きたのであるさらに, 歴史か ら論証す ること,あるいは憲法か ら論証す ることは,慎重 でなければな

らない。新 しい政策が違憲であるということは,単 に伝統 に反す るということ

1 8 ) I b i d. pp. SI S‑5.

(11)

ダイシーと行政法についての覚書

65

であ り,伝統 が新 しい諸状況 に適当であるか どうか常 に検討 されなければな ら ないのである た とえ ダイ シーの説明す る法 の支配 に正 しい時があ った として ら, いか な る提案 を もそれが法 の支配 に反す ると言 う十分 な論拠 とはな らな い。真 の問題 は,提案が,民主制 の中での ものであ ることを前提 に,新 しい諸 状況 に適 す るか適 しないかであ る憲法学者 の提起す る原理 なるものは,常 に 政策形成 のためには危険 な基礎 なのであると。19)

以上総 じて, ジェニ ングスか らの ダイ シー批判 は, ダイ シーの見解 はホイ ッ グ的であ り, 自由放任主義 の国家か ら集産主義 の国家‑の推移 に伴 う行政権 の 拡大 とい う状況 に, ダイ シーの所説 は適合 して いないとい うのであ る

。 2 0

)

ダイ シーによる法 の支配 につ いての説明に対 して は, さ らに,

E .C .S.

ウ ェ

イ ドニプラ ドリィか らの以下 のよ うな批判 が注 目され る。

まず,法の支配 の第一 の意味 につ いて次 のよ うに言 うもし政府部局 ない し は公務員 に裁量権 を与 え ることが法 の支配 に反す るな ら,現代 のいかな る憲法

も法 の支配 に適合 しない ことになる。疑 い もな く, ダイ シーは,社会福祉や経 済機構 が依拠 している多 くの政府権能 を専断的 とみなす ことであろ う

。 2 1

)次 に 第二 の点 について,今 日,違法 な公務 に対す る市民 の保護 は, イギ リスにおけ る通常裁判所 と同様 に,特別 な行政裁判所 にな って もなされ うることが認 め ら れているとい う

2 2

)ダイ シーによる法の支配 についての第三 の意味 は,憲法 は 国の通常法 の結果 であ るとい うことであるが, これによって ダイ シーは,市民 の権利 および自由の基礎 として裁判官 によ って宣言 され るコモ ン ・ローの諸原 理 に対す る強 い愛着 を表明 した ものである しか し,今 日,国家 に対 して市民 の諸 自由を保護す る主要 な法的手段 として, ダイ シーとともに コモ ン ・ローに

1 9 ) I b i d.pp.315‑7.

2

0)

Se eW.I .J e nni ngs ," I nPr ai s eofDi c ey"( Apr i l1 933)1 3 P u bl i cAdmi ni s t r a‑

t i o n 123‑134.

2

1)

E .C.S.WadeandW.Br adl ey ,Co ns t i t ut i o nalandAdmi ni s t r l at i v eLaw ( l ot h e d. ,1 985) p. 95.

2 2 ) I b i d. ,pp.95‑6.

(12)

信頼 を寄せ ることは困難 であ る。 なぜな らば, まず第‑ に, コモ ン ・ローは国 会 による修正 に服 し,非常 に基本的 な諸 自由で さえ制定法 によ って剥奪 され う

るのである。次 に, コモ ン ・ローは,市民 の経済的あるいは社会的幸福 を保障 しないのであ る。第三 に,多 くの西欧諸国 の経験 によれば,人権 を侵害す る可 能性 のある立法権 に法的制限を課す ことは有意義 な ことであ り, ヨーロッパ人 権委員会

( Eur opeanConvent i ononHumanRi ght s )

は,国家 を越 えた救済 の価値 を実証 して きたのであ る

。 2 3 )

以上 のよ うに,

E .C. S .

ウェイ ドニプラ ドリィは, ダイ シーが法 の支配 の内 容 と した ものの多 くは,今 日では多 くの点 において時代遅 れにな ったと思 われ るイギ リス憲法 についての見解 に基礎 を置 いてい るというのであ る。 さ らに, ダイ シーは′,法 の支配 と国会主権両者 が潜在 的に もっている

蝶 を十分 に解決

しなか った こともつけ加 えて いる

。 2 4 '

法の支配 とい うのはそ もそ も多義 的であ るが

2 5 ) ,

その内容 を定式化 しよ うと したダイ シーの功績 はそれな りに高 く評価 しなければな らないであろ う法の 支配 は, ダイ シーの名 とともに語 られ, まず ダイ シーの見解がその検討 の出発 点 とな って きたのであ る。しか しなが ら,上 の批判的見解 に もみ られ るよ うに, 今 日で はもはやそのままでは通用 しない ものにな っていることを認 めなければ

な らない。

それでは,今 日,法 の支配 として どのよ うな内容 が考え られて いるのであろ うか。 この問題 の詳 しい検討 はここで扱 うには適 しないが,一言だ け してお く ことに しよ う。 この点 で,

E.C.S.

ウェイ ドニプラ ドリィによる三点 の検討視 角の提示 が参考 になる。それによると,まず第一 に,法 の支配 は,無政府状態, 交戦状態, および絶えざる闘争 ではな く,共 同社会 の中における法 と秩序 の選

23)

I b i d. ,p. 96.

2 4 ) I b i d.

2 5 ) Se eJ .J owe

ll,

̀ ̀ TheRul eofLaw Today" ,i nJ .J ow占 l landD.Ol i ve r( e ds . )

,

o p. c i t . ,p. 95.

(13)

ダイ シー と行政法 につ いての覚書

67

択の表明であるという。第二 に,法の支配 は,統治 は法 に従 って行われなけれ ばな らず,法が命ず るものが何か は司法判決 において宣言 され るとい う,基本 的法原理 の表明であるという第三 に,法の支配 は,実体 と手続 の両者 に関 し て何 を法規が提供すべ きかの政治見解 に関わるという

。 2 6 )

この第三点 は,合法 性 という法的問題 をこえた,政治原理 に関わ るものであ り,明快な定式化 は困 難 な問題 である。例 えば,‑イエクによるな らば,法の支配が意味 しているこ

とは 「政府 のあ らゆる行動 が一定 の,前 もって知 られている規則 ‑ その規則 のために人々は政府がその強制権 を一定 の状態 においていかに活用す るかをか な り確かに予知す ることがで き, この知識 を基礎 に して個々の事柄を計画す る

ことがで きるのである‑ によって,拘束 され ることを意味 している

」 2

7)とし た上 で,国家 による私企業 の統制 という経済計画 は法の支配 と相反す ると主張

している

。 2 8 )

それに対 して,

W.

フ リー ドマ ン

2 9 )

H.W.

ジョー ンズ

3 0 )

は,共 同体 の社会 ・経済 目標 に適 した新 しい型 の統制が発達 させ られ るな らば,法の 支配 が福祉国家および混合経済 において維持 されえない理由はないとす る の論争 などは, まさにこの第三点 に関わ るものだけに,困難 な問題を提起す る のである。本稿では, この間題 を論ず る余裕 はないので, ここでは問題提起だ けに.とどめてお くことにす る

Ⅳ ダイ シーによるフランス行政法理解

先 に述べたように,ダイ シーが フランス行政法 に関心 を もち

,

憲法序説』の

中の一章 として大 きく取 り上 げたのは,法 の支配 の説明を容易 にす ると考えた

2 6 ) E .C.S.WadeandBr adl ey , o P. c i t .

,p.97.

2 7 ) F.A.Haye k ,TheRo a d t oSe r f do m ( 1944) ,p. 72. F

.A.‑ イエ ク (著)‑谷藤 一郎 (釈)『隷従への道

』1 0 0

頁。

2 8 ) I b i d. ,p. 82.

2 9 ) Se eW.Fr i e dmann ,Law i naCh an gi n gSo c i e t y( 1 959) ,c h.1 6.

3

0)

Se eH.W.J one s

,

" TheRul eofLaw andt heWel f ar eSt at e " ,( 1 958)58 Co

g. L.R.143.

(14)

か らであ る。 この両者 を比較 す ることによ って,法 の支配 の積極 的価値 を強調 す る ことが で きると考 えた と言 って よか ろ う 。 3 1 ) しか し, そ こで展開 された, フ ラ ンス行政法 の理解 ( あ るいは誤解),お よびイギ リスに行政 法 は存在 しない と した ことは, その後 イギ リスにお いて大 きな議 論 を呼 び起 こ した 。3 2 )後者 の 点 につ いて は後 に改 めて論 ず る ことと し, ここで は前者 の問題 を扱 うことにす

る。

別稿 にお いて翻訳 紹介 したよ うに 3 3 ) , ダイ シーによ るフラ ンス行政 法 の理解 には変化 な い し深化 がみ られ るが,ここで は 『憲法序説』第 1 0 ( 1 9 5 8 年)に

お いて述 べ られて いると ころを中心 に, その理解 が どの よ うな もので あ るか, その要点 をみて み ることに しよ う。 ダイ シーは, フラ ンス行政法 を次 の よ うに 定義 す る。 「 ( i ) 全官吏 の地 位 と責 任,( i i ) 国家 の代表 と して の官吏 との関係 にお け る私個人 の市民 的権利 と責任, お よび( h) これ らの権利 や責任 が裁判執行 され る 手続 を決定 す るフ ラ ンス法 の一部 」 3 4 ) で あ ると。 そ して, この フラ ンス行政法 には二 つ の指導原理 があ るとす る

第‑ の原理 は,政府 とその従僕 は,私人 に 対 して通常 の市民 問 の関係 を支配 す る権利 とは異 な る特権 を持 っ とい うことで あ る 。 3 5 ) 第二 の原理 は,権 力分立 であ り, これ によ って, フラ ンスで は政府 お

3 1 ) Se eCos gr ove ,o p. c i t . ,p. 92.

3 2 ) 『 憲法序説』 は,その第 5 版 ( 1 897 年)が 1 902 年に , バ トゥー ( A .Bat ut ) と ジェーズ ( J さ z e ) によってフランス語に訳 され出版されたが,フランスでは ,dr oi t admi ni s t r at i f について ダイシーが述べたことについて, ほとんど反響を呼ばな かったと言われている 。 Se e R .Er r e r a , " Di c e y and Fr e nc h Admi ni s t r a t i ve Law :A Mi s s e dEnc ount e r ? " ,( 1 985) Pub l i cLaw 695 ,p. 705. なお,訳者 の一 人 であ る ジェ‑ズか らの批判 は, ダイ シーが , 1 901 年 に ' Dr o i tAd‑

mi ni s t r at i fi nMode r nFr e nc hLaw' ( 1 901 ) 1 7 L .Q. R.302

を執筆 し

, 憲法

序説』第 7 ( 1 9 0 8 年)において,それまでの内容を大幅に書 き改める契機 となっ たのであった 。Se eLaws on ,o p. C 砂 . ,p.1

11

.

̀3 3 ) 猪股弘貴 ( 訳) 「 A. Ⅴ. ダイシー行政法関係論文集 ( ‑)〜 ( 三 ) 」北海学園大学法 学研究 2 2 巻 2 号 ・2 3 巻 2 号 ・2 4 巻 2 号参照。

3 4 ) Di c e y ,o p. c i t .at4,p.333:

35)

I b i d. ,pp.33617. ドロワ ・ア ドミニス トラティフの二つの指導原理 と四つの特徴

は, 『 憲法序説』 の第 7 版以降では, ドロワ ・ア ドミニス トラティフの歴史的発

(15)

ダイシーと行政法 についての覚書

6 9

よびその官吏 は,普通裁判所の裁判権か ら広範 に免れ るとい うのである

。 3 6 )

た, ダイ シーは,四つの フランス行政法 の特徴を挙 げる。 まず第一 は,国家の 諸権利 は,私個人 には適用 されない,特別な規則 によ って決定 され るとい うこ とである

。3

7)第二 は,通常裁判所 は,国家 に関す る問題 に裁判管轄権を有せず, 政府 に対す る訴訟 は行政裁判所 によって決定 され るということである

0 3 8

)第三

は,司法裁判所 と行政裁判所の共存 は,必然的に権限の抵触 の問題 を生ず るが, この点で,行政機関 は司法権 によるいかなる行為 によって も妨害 されてほな ら ないとい うフランス的権力分立観 によって,司法権 を制約 しているとい うこと である

。 3 9 )

第四の,そ して フランス行政法の最 も専制的 とも言える特徴 は,官 吏 は,上司の命令 に従 って忠実 に活動 し,職務 を遂行 している限 り, いかに違 法であろ うが,普通裁判所 による監督 ない しは統制か ら守 られていることであ るとい

う 。 4 0 )

そ して,ダイ シーは,官吏 には

,1 8 0 0

年か ら

1 8 7 2

年 まで,三種 の

保護が与 え られていたとして,統治行為

( a c t edegouve r ne me nt )

,フランス 刑法

1 1 4

条 による刑事免責,共和暦

8

年憲法 によるコンセイユ ・デタの許可 な

しに訴追等 を受 けないことをあげている

。 4 1 )

展 の三段階の うちの第一期

( 1 8 0 0‑1 8 3 0

年) につ いて叙述 している箇所で述べ ら れているが, ダイ シーが後 の部分で これ らを修正 しているところを兄 い出す こと がで きず, また 「フランス法の この分野 (筆者注 ‑ ドロワ ・ア ドニス トラティ フ)の根底 にある基本的な諸観念 は不変である・

・ ・ ・ ‑ 」( Di c e y ,i bi d. ,pp. 333 ‑4)

も述べていることか ら, これ らを不変的 な ものと して捉えていた とい って間違 い なかろ う。

3 6 ) I b i d. ,pp.337‑ 9.

3 7 ) ) b i d. ,p.339.

3 8 ) I b i d. ,pp.339‑43.

3 9 ) Z b i d. ,pp.343‑ 5.

40)

I b i d. ,pp.345‑ 6.

4

1

) Z b

id.

,pp.346‑

8. なお, ダイシーは

,

憲法序説』の第

6

( 1 9 0 2

年) までは,

四つの特徴 として,市民 と政府 との関係 は特別 な規則 によって決定 され ること,国 家 に関す る問題 に対 して通常裁判所の裁判管轄権 が欠如 していること,行政裁判 所が存在す ること,裁判管轄権 の衝突 を解決す るために権限裁判所が存在 してい ること,を挙 げていた。官吏 の免責 は,特徴 の一つ として取 り上 げ られてお らず, ただ, フランスの行政官が保護 されていた例 として,共和暦8年憲法第75条が存

(16)

この ダイ シーによるフランス行政法理解 に対 して は, その後,幾人かの擁護 者 を除 いて

4 2 )

,多 くの疑問が提示 されて きたが

4 3 )

, ここで は, コ ンセイユ ・デ

タの評定官

( Cons ei l l erd' Et at )

であるエ レラによる検討 を紹介す ることに し よう

。 4 4 )

まず エ レラは, ダイ シーが彼 の時代 の フランス公法 に精通 していた ことは毒 も疑 いがないと述べ る。 ダイ シーの出典 は,完望 な ものである。 ヴィヴィア ン

( Vi vi en)

, オ‑コック

( Aucoc )

, ラフェ リエール

( Laf e r r i 合r e)

, シャル ドン

( Char don)

の よ うな コ ンセ イユ ・デ タの メ ンバ ーで あれ, ベ ル テ ル ミー

( Ber t hel em

y), ジ ェ ー ズ (J

ez e)

, オ ー リ ュ ‑

( Haur i ou)

, エ ス マ ン

( Es mei n)

,デュギー

( Dugui t )

のよ うな法学教授 であれ,主要 な著者 ‑ その

うちの幾人 か は フラ ンス行政法 の父祖 であ る ‑ の作品 を読 み, 引用 して い る。同時代 の イギ リスの法律家 で同様 の ことをな し得 た ものは存在 しない と 言 って もよい とい う

。 4 5 )

エ レラは, ダイ シーによるフランス行政法 の理解 の評価 に具体的に入 るに先 立 って,次 の二点 にふれている。 まず, ダイ シーの フランス行政法 の批判的分 析 は, イギ リスの制度 の卓越性, よ り正確 に言 えば, ダイ シーによるその分析 した ものの卓越性 を例証 す るためだ けに書 かれた ものであ るとい うことであ

在 していたことを紹介 している。猪股弘貴 (訳)

「 A .Ⅴ.

ダイシー行政法関係論文集 (

‑) 」

北海学園大学法学研究

22

2

1 4 5

頁以下参照。

4 2 )

その代表者 は,‑ムソンとローソンである。‑ ムソンは,裁判権が分割 しているこ とが ドロワ ・ア ドミニス トラテ ィフの主要 な要素 であるとの洞察 と比べ ると, ダ イシーの誤 りはささいな ものであると述べている。そ して,コンセイユ ・デタの存 在意義 を十分認 めっっ も, ダイ シーとともに裁判権統一 の重要性 を共有 したので あ った

。Se eC.

J

.Ha ms on ,Ex e c ut i v eDi s c r e t i o nandJ udi c i alCo nt r ol( 1 954) .

ローソ ンは, ダイシーがいかに ドロワ ・ア ドミニス トラテ ィフの発展 に遅 れない ように していたかを跡付 け,そ して,細部 において誤 りがあったとはいえ,本質的 特徴を把握 したと論 じたのであ った

。Se eLa ws on ,o p.c i t .

4 3 ) Se eCos gr ove ,o p.c i t . ,pp. 91‑1 02.

猪股 (訳) ・前掲

1

)

・1 93‑202

頁参照。

4 4 )

このエ レラの見解 については,既 に和田教授 によって取 り上 げ られている。和田英 夫 「イギ リス公法 とフランス行政法の再評価」駿河台法学創刊号

1 6‑8

頁参照。

4 5 ) Er r e r a ,o p.c i t . ,pp. 69819.

(17)

ダイシーと行政法についての覚書

7 1

る。次 に, フ ランス行政法 につ いての ダイ シーの諸観念 に対 す る トクヴィル

( Toc quevi l l e )

の影響 である。 トクヴィルが,彼 の時代 におけるコンセイユ ・ デ タおよび行政法 の実際 について非常 に無知 であることは, ダイ シー も知 って お り, そのよ うに述べて もい るそれ に もかかわ らず, トクヴィルの 『アメ リ カにおける民主政治

( Democ r ac yi nAme r i c a)

』および 『ア ンシャン ・レジー ムとフランス革 命

( L' Anci e nRe g imee tl aRevol ut i onf r anG ai s e ) 』

におけ る幾っかの章句 は,この主題 につ いて貢献 して いるのである。この点 に関 して, エラレは次 の三点 に注意 を換起 している。それ は

,1 8

世紀前半 のあ らゆるフラ

ンスの自由主義者 同様, トクヴィルはコンセイユ ・デ タを非常 に嫌 っていた こ と, トクヴィルはア ンシャン ・レジームとフランス革命後 に設 け られた諸制度 との継続性 を強調 した こと, イギ リスにおける トクヴィルの著作 と思想, とり わけ 『ア ンシャン ・レジームとフランス革命』 の影響力が大 きか った ことであ

。4 6 )

エ レラは, ダイ シーが フランス行政法 につ いて書 いている部分 について,以 下 の

( A) , ( B) ,( C)

三点か ら論評 している。 ダイ シーの フランス行政法 の理解を ど う評価すべ きか は, フランスの法律家の意見を聞 くのが一番 であろ う その意 味で,以下 のエ レラによる評価 は,注 目に値す るものである。

( A)

ダイ シーが強調 し過 ぎた点。47)

( a) 1 8 7 2

年 にお ける権 限裁判所 の創設以前, およびそれ以降 の両者 にわ た っての,普通裁判所 とコンセイユ ・デ タとの間の管轄権 の抵触 に関わ る手続, とりわけ,原則 と して権限裁判所が司法大臣によって主宰 され るとい うこと。

(b) 文官 の資格 でなされた行為 に関わ って文官 に提起 された訴訟 の状態。

ダイ シーが,この点 について 『憲法序説』第

1 2

章 において さいたペー ジ 数 には驚 くべ きものがあ り, ダイ シーがそのよ うに した理 由 として, エ

4 6 ) I b i d. ,pp. 69 9‑700.

47)

I b i d. ,pp. 701‑2.

(18)

レラは次 の三点 を指 摘 して い る。 まず第‑ は, トク ヴ ィルか らの影響 で あ る

第 二 に, ダイ シーの時代 の フ ラ ンスの文官 は, その数 と権能 にお いて イギ リスのそれ よ りお そ らくまさ って いた ことで あ る。 第三 に, そ して その主要 な理 由 と して, ダイ シー は,市 民 の 自由や財産 に官 吏 が窓 意 的 に干 渉 す る ことを妨 げ る必 要性 に比 べて,行政 自体 に, お よび行政 活 動 の法状 態 にあ ま り関心 が なか った ことで あ る

この ことによ って,

ダイ シー は行政 責任 の法状 態 を過少評 価 す る ことにな ったので あ る。

( C ) ダイ シー は,二 つ の異 な った問題 の結合 に過度 の重 要性 を与 え た。 す なわ ち,一 つ は,行政活動 に関 して特 別 な法 ‑ 通常 の法 とは異 な る諸 原 理 によ って支配 され る ‑ が存在 す る ことで あ る。 もう一 つ は, あ ら

ゆ る行政 訴訟 が特別 な種 類 の裁 判所 に よ って決定 され な けれ ば な らな い とい う原 理 の存在 で あ る

もち ろん, ダイ シーが措 いた フ ラ ンスの制度 にお いて は, この両者 は密接 に結 び付 いて お り, ダイ シー は, この点 か ら, それ以外 はあ り得 な い とい う結 論 に飛躍 したので あ る。 一 国 に特殊 な要素 に絶対 的解釈 を与 え る ことによ って, ダイ シー は, その適 用 に関 わ る裁判 権 の問題 と関係 の ない,行政 法 の ま さに特殊 性 を過 少評 価 す る

ことにな ったので あ る 。4 8 )

4 8 ) ダイシーは,行政法 と,行政裁判ないしは行政訴訟 とを同一視 してきたとの指摘が ある 。SeeW. A .Robs on , J u s t i c eandAdmi ni s t r at i v eL aw ( 3r de d. ,1 951 ) ,p.

29.

猪股弘貴 (訳)

「 A .Ⅴ. ダイシー行政法関係論文集 ( 四 ) 」北海学園大学法学研 究

24

3

1 53 頁参照。 なるほど,『 憲法序説』の第

7

版 まではそうであったと

いえよう。だか,第

7

版以降は,行政訴訟 は行政法の一部にす ぎないことを認めて いる 。Se eA. Ⅴ. Di c e y ,I nt r o duc t i o nt ot heSt u d yo ft heLa w o ft h eCo n s t i t u‑

t i o n ( 7t he d. ,1 908) ,p. 325. しか し,エレラが言 うように,この両者を結び付け

過 ぎていたことは否定できないであろう。 また, ゴ ドメは以下のように述べてい

る。「ダイシーが, ドロワ ・ア ドミニス トラティフというフランスの用語で意味 し

たものは,法の支配が意味 している司法制度に反対の,フランスの公行政を支配 し

ている特殊な司法制度である」 と ( P. M.Gaude me t , " Dr oi tAdmi ni s t r at i fi n

Fr anc l e " ,i nDi c e y ,o p. c i t . at

4

,p.

482)

。 この点については, 「 むすび」でもう

丁度ふれる。

(19)

ダイシーと行政法についての覚書

7 3

( B)

ダイ シーが見落 とした点

。4 9 )

( a)

行政法の特殊性,言 い換 えると,公法 と私法 との相違o

(b) コンセイユ ・デ タの諮問的作用 の重要性 と, その司法作用 との組織 的 ・知的な結合。

( C) 1 9

世紀後半および

2 0

世紀初頭に, コンセイユ ・デタの判例法が, フ ランスにおける政治的 自由主義の興隆に貢献 したこと。

(d) 裁量権 の司法審査 の最高度の重要性。

( C)

ダイ シーが正確 に理解 した点

。 5 0 )

( a)

二種類 の裁判所 を もっ二元的 な法制度 は,必然的 に司法 の権能 を分 け,従 って弱める傾向にあるとい う事実。

(b) 疑 いもな く独裁者 の支持 の もとで生 まれたコンセイユ ・デタが,一世 紀 もたたないうちに法的 ・政治的 自由主義 の制度 にな ったとい う歴史的 逆説。

( C)

フランスにおける大多数 の世論が この制度を受 け入れていること。

(d)

1 9

世紀 も後半 に向か って,コンセイユ ・デタおよびそのメンバーの独 立性 が漸次強化 されたこと。

( e)

フランス行政法 は裁判官創造法であるという事実。

( f )

判例法の発展 と,行政行為の司法審査 ‑ 原告適格,審査の範囲およ び行政責任 ‑ の進歩。

Ⅴ イギ リス行政法不存在の問題

ダイシーは 『憲法序説』の初版

( 1 8 8 5

年)か ら,第

1 2

章 「法の支配 とフラン ス行政法 との比較」を大幅 に書 き改めた第

7

( 1 9 0 8

年)まで,イギ リスに行 政法が存在 しないと主張す ることにおいて一貫 していた。 ダイ シーによると,

「イギ リスにおいて, そ して アメ リカ合衆国のよ うに文明の起源 をイギ リスに

4 9 ) Er r er a

,op.

c i t . ,pp. 702‑3.

5 0 ) Z b i d. ,p. 703.

(20)

もっ諸国において,行政法 の体系およびそれが拠 り所 とす る原理 その ものは, 実際知 られていない

」 5

1)のである

近 時の立法 は,特定 の目的のために,時折 官吏 に司法権限類似 の ものを与 えて きた。 そのよ うな場合, それはまれである

,dr oi tadmi ni s t r at i f

へのわずかな接近 を認 めることがで きるしか しその よ うな革新 は,実際的便宜 のためにだけ考 え られて きた し, イギ リスの政治家 の側 において, イギ リス法 の本質的諸原理 を修正す る意図を少 しも示す もので はない。 イギ リスに真の

dr oi tadmi ni s t r at i f

は存在 しな

」 5 2 )

のである

しか しなが ら,ダイ シー自らが改訂 した最後 の版 であ る,『憲法序説』第

8

に付 した長文の序文

( I nt r oduc t i on)

に, これ までの立場 を多少変更 したかに みえ る記述 がある。 とい うのは 「ここ

3 0

年, 特 に

2 0

世紀 にな ってか らの

1 5

年, イギ リスのいわゆる

of f i c i all aw

と, フランスの

dr oi tadmi ni s t r at i f

は,相互 に,比較的わずかではあ るが,非常 に注 目すべ き接近 を示 して いる。

今 日のイギ リスにおける官吏 の義務 と権限の拡大 ‑‑‑によって,誰 もが当然 に 予想す るよ うに, フランスの

dr oi tadmi ni s t r at i f

を特色付 けるい くつかの性 格 をわずか に想起 させ る特徴が, わが国の官僚 を支配す る法 にみ られ るよ うに

なって きた

」 5 3 )

と述 べているか らである。また

,

「い くつかの領域 において,イ ギ リス法 は, 社会主義的理念 の影響 を うけて通過 した制定法 によって, 『公法 化』‑‑ されていると言 って も誇張 ではないか もしれない

」 5 4 )

とも述 べている

「しか し, イギ リスにおいて

of f i c i all aw

が成長 した ことを認識 した として‑

‑イギ リス人 が, イギ リスに今 までの ところ真正 の行政裁判所, あるいは真 の 行政法が存在す ると考 えるとすれば,それ は重大 な誤 りとなるであろ う

」 5 5 )

と,

51)

Di c e y ,o p. c i t .at4,p.330.

5 2 ) I b i d. ,p. 390.

5 3 )

A

.Ⅴ.Di c ey , I nt r 1 0 duc t i o nt ot heSt udyo ft heLawo ft heCo ns t i t ut i o n ( 8t he d.

,

1 91 4) ,p. xl i i i . 猪股弘貴 ( 訳) 「 A.Ⅴ.

ダイ シー行政法関係論文集 (

≡)

」北海学 園大学法学研究

2 4

2

1 7 6 頁。

5 4 ) I b i d. ,p.xl i v. 猪股 ( 訳) ・同上。

5 5 ) I b i d. 猪股 ( 訳) ・同上 ・1 76‑ 7 貢。

(21)

ダイ シー と行政法 につ いて の覚書

7 5

結局 ダイ シー本来 の立場 に立 ち返 っている。 ただ し, この 「 現在 のイギ リスの of f i ci all aw と現在 の フランスの dr oi tadmi ni s t r at i f との比較」を述 べた最後 杏,次 のよ うに結 んでいる ことが注 目されて よいだろ う 。 近代 イギ リスにお い て,少 な くとも of f i c i ail aw を拡大す ることによ って利益 を得 ることは考え ら れ ることであ る。普通裁判所 が, あ らゆ る事件 において,文官 の法違反 や過失 を裁判す る最適 の機関 であ ることは,全 く確かで はない。法的知識 と公務経験 とを結 びつ け, しか も時 の政府 か ら完全 に独立 した人 で構成 され るあ る機関 が,高等法院 のいかな る部門 よ りも,有効 に of f i c i all aw を強行 で きな か ど

うか は,検討 に値す るか もしれない」 と 。5 6 )

この 『憲法序説』第 8 版 の序文 に,以上 の よ うな記述 を した翌年 , 「イギ リス にお け る行政法 の発展」 とい う意 味深長 な題 名 を付 した小稿 を発表 し, ダイ シー は この問 題 を再 度 検 討 して い る 。 5 7 ) この論 文 は, Loc alGove r nme nt Boar d v.Ar l i dge 事件 におけ る貴族院判決 5 8 ) に触発 されて書 かれた もので あ

るが, それ は,次 の一般的問題 を提起す るとい う

す なわち 「 今 日イギ リスの 裁判所 によ って解釈 され た もの と して,最近 の立法 は, フラ ンスの法学者 や立 法者 に数世紀 にわた って知 られ, ここ百年 の間入念 に発展 させ られて きた行政 法 ( dr oi tadmi ni s t r at i f ) とな るほど決 して同 じで はないが,精神 において類 似 して いる一団の行政法 を, イギ リス法 に導入 した, ない しは導入 しよ うと し

たのであろ うか, とい う問題 であ る 。 」 5 9 ) そ こで,ダイ シーは,正 しい解答 を示 唆す る,以下 の四点 を検討 してい る

第‑点, ここ 5 0 年間 ( 1 8 6 5‑1 9 1 5 年), 特 に 2 0 世 紀 にな って以後,政 府 は新 たな多 くの義 務 の遂 行 を引 き受 けて き た 。 6 0 ) 第二点,政府 に新 たな義務 を課す ことは,不可避 的 に政府 が広範 な権能

5 6 ) Z b i ' d. ,p .xl vi i i .

猪股 (釈) ・同上

・1 79‑80

頁。

5 7 )

A

.Ⅴ.Di c e y

,

̀ ̀ TheDe ve l o pme nto fAdmi ni s t r a t i veLa w i nEngl a nd" ,( 1 91 5) 31 L

.Q.R.148. この論文 は,E

.C.S.

ウエイ ド教授 によ って

,

『憲法序説』の第

10

版 に付録

2 ( Appe nd i x 2)

と して収 め られて い る。

5 8 ) [ 1 91 5]A.C.1 20,84

L J.K.B

.72.

5 9 ) Di c e y ,o p. c i t . a t 57 ,p. 1 49.

猪股 (訳) ・前掲

5 3 ) ・1 8 3

参照

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