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知覚における「消化の法則」について

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(1)29. 「消化 の法則 」につ い て 知党 におけ る. 柿. 崎. え. 祐. が. き. 本誌 の前 々号 で筆者 は,ひ とまず常識的 に知覚 とよばれ る事実 か ら出発 す る心 理学 的研究 の領域 をか りに心理 学的知覚論 と名 づ け,そ れ につ いての大 まか な構 図 を描 いてみ た (柿 崎 ,1981a― 以下 ,前 稿 と記 す一 )。 まず基 本 的 には,有 機体 と して の人がそ の生態的環境 に対 す る知覚 ・ 認知的達成 の過. 1)の そ の人 にお ける表現 が いわゆる知 覚 的世界 であると した。そ してその ような図式 に従 って,知 覚論 を │)世 界. 程 (知 覚 的循環 ,前 稿 ,p.113,図. が どの ようにみ られて いるか を記述 す る現象論 , ‖)み るとはどの ような働 きなのか を記述 す る機能論 ,及 び m)そ の ような働 きを支 える しくみ を明 ら か にす る機構論 とい う互 いに滲透 し合 いつつ なおそれぞれ独 自の意義 を もつ べ き三 つ の位相 に分 けて考 究 しようと した。 さて,上 の三つ の位相 ある いは側面 の うちで ,心 理学 的 に最 も中心 的 な意 義 を もつ の は「 み る働 き」 の記述 と しての機能論 であると考 え られる。なぜ な ら,そ れ は一 方 で は知覚的 ・ 現象的世界 に反映す る (「 みえる」のは「み る」 か らである )も ので あると共 に,他 方 では次 の機構論 の あ り方 を規定 す べ き もの とな る. (「. み る働 き」 を説 明す べ きもの と して「み る しくみ」 が分 析 さ. れね ばな らない )か らである。.

(2) 「7肖 化 の法則」につ いて 知覚 にお ける. 前稿 で は,そ うい う意味 で の知覚 の機能 につ いて,選 択 ,統 合及 び消化 の 三 側 面 を考 え,さ らに これ らの 諸機 能 を包括 す る形 での 課題 解決 ない し知 覚 ・ 認知的達成 の機能 と して「みる働 き」 を捉 え ようと した。 知覚 はまず もって無選択 的 な受容 ではな く,種 々の意味 において選択 的 な 機 能 である。 それ はまた,他 面 か らすれば統 合的 な機能 で もある。選択 は同 時 に統 合 であ り,そ の意味 で知 覚 は選択的統 合 の機能 である。 しか し,知 覚 の 機能 は選択的統 合 (ゲ シタル ト心理学 的 な言 い方 をすれ ば広義 の “か たち" の体制化 の過程 )と して終 るので はない。園原 (1980)の 用語 を借 りて いえば. ,. 知覚 は形象構造 の成立 か らさらに意味構造 の成立 を志 向す るものでな くては な らな い。前稿 で はこの ような意味構造 の成立,い わば意味 づ けの機能 を「7肖 化」 とよん だのであったが ,こ れ につ いて は知覚 と枠組 みの 問題 と して略述 したにす ぎなか った。そ こで本稿 では,こ の消化 の機能 について さらに考察 を加 え,前 に述 べ たと ころを補足 ・ 敷衛 したい な ぜ「 消 化 の 法 則 」か. ,. ここで「 7肖 化」とい うの は,前 稿 (p.128)で も注記 したように,矢 田部 (1946,. 1950)に 従 った用語 である。 それ に よれ ば,知 覚 の法則 は代表 の法則 と体制 化 の 法則 とに三 分 され る。前者 は,内 外 の刺激 中 か らそ の 際 の状況 に即 して 代表的 な ものが選択 されると ころに知 覚 が成立 す るとい う意味 で選択 の法則 と もよばれ る。後者 は さらに形態法則 と「消化 の法則」 とを含 んでいる。 こ の 前者 は,選 択 の結果 と して特定 の形態 が成立 す る過程 に関す る法則 を意 味 している。後者 すなわ ち消 化 の法貝Jに つ いて は次 の ように述 べ られて いる。. 知覚 の成立 は既成体制 への摂取 として行 われる。また,一 たん成立 した知覚 はその既成体制 に対 してはいわばその栄養 となり,そ こか らもの を変形 して新 しい知覚体制 の成立 に寄与す るものと考 え られる。 これ らの過程 もまた体制化 の過程 に他 な らぬか ら,わ れわれはこれを知覚 における体制化 の第二の形 とし て,そ れを消化 の法則 と名づ ける ことに したい……この意味での消化作用 は実 はあらゆる理解作用 の根本規定 であって,知 覚 も一種 の理解作用である限 りこ.

(3) 柿. 崎. 祐. 一. 31. の法則 に従 う……新知覚 の成立 は既制体制 を変革 してそ こに新 たなる体制 を構 成す るという事実 は記憶 や思考 と共通す るところであり,… … それは精神的 な 創造 の法則 と名づ ける ことができるであろう (矢 田部 ,1946,か なづかいなど 原文 を若干変改 )。. 40年 近 く前 に述 べ られた この構想 は,知 覚 ない し広 く認知 機能 につ いての ア プ ロー チ の一 つ の立場 を示 す もの と して,現 代的 な意 義 を十分 に持 ってい るので はあるまいか 。 ここで法 則 とよばれているもの は機能 ある いは作用 と読 みかえて もよいと 思 う。逆 に,筆 者 の い う機能 を法貝Jと いいかえて もよい。そ んな ことはとも か く,前 稿 (p.130)で 述 べ た ように,筆 者 の いわ ゆる選択 の機能 と統 合 の 機 能 (矢 田部 の代表 の法則 と体制化 の法則 に相 当 しよう )は また消化 の機能 と密接 に関 わ る もの であ り,消 化 の機能 は選 択 0統 合 を いわば下部構造 とす る「み る働 き」 そ の もの で あるといえ よう。 この ような観点 か ら以 下 い ささ かの考察 を試 みたい。 い ま,か りに図 1の ような ものが あるとす る。 これ はまず もって全体 と し て一 つ の “か たち"と して統 合 されてみえる ことは明 らかである。 これがイ 可 で あるか はど うで もよい ような状況 (SO)で たまたまこの図が眼 にとまった とすれ ば (そ の こと 自身 が一 つの選択的統合 である ), これ は要 す るに「 な にか 変 な もの」 (RO)と み られ る であろう。 しか し,こ れが何 であるかが 自分 の行為 に なん らか の 関 わ りを もつ 状 況 (Sl),た とえば「 これ はな に ?」 と問 われている状況 では,人 はこれ を一 つ の特 定 の “もの"(Rl)と してみ る (あ るいはそ う答 IX1 1 (Kolers、. 多義図 り 杉? 1970,よ り. える )で あろ う。見 ようとすれ ばどんな ものに もみえ. ). るとい う意味 で これ は心 理学 の テキ ス トに い くつ も出. て くるいわゆる多義図形 の一種 といえるであろう。上記 Slの ような状況 は. ,. 所与 の刺激パ ターンないし手掛 りに即 してそ こに何 かを見 なくてはならない.

(4) 「消化 の法則」につ いて 知覚 にお ける. と い う課題:性 をもつ状況 であ り,こ の ような課題 の 力 に よって刺激 パ ター ン の もつ 可能性 (Gibson流 にいえば affOrdance,柿 崎 ,1981b参 照 )が 抽 出 され. ,. そ こに Rlと い う「意 味」 が 成立 したの で あると いえ よう。 しか し,SOの よ うな状 況 も,そ の 際 はな にか 他 の事物 ・ 事 象 が その人 に とって relevantで あ る とい う違 い はあって も,課 題性 を もつ 状 況 で ある点 で は Slと 変 りはな い 。 ROと い うの もや は りそ の 際 の課題性 に規 定 され た意 味的 な応 答 の一 つ で ある。 もちろん ,こ の刺激 パ ター ンが「全 く見 す ごされ る」 ような場合 も ある。その場 合 は,こ のパ ター ンを一つの単位 と して分凝 させ るような選択 ・ 統 合 の機能 は働 いてお らず (現 象論的 にいえば図 に対 す る地 と して体制化 さ れ て い るの で あ り),従 って 消化 もされ な いの で あ る。前稿 (p.131)で. ,少. くと も何 か を何 か と してみて いる限 り知 覚 は知覚 す る人 の課題解決 の行為 の 表現 であると述 べ たの も,こ の ような意味 においてで あった。 │. と こ ろで,実 は 図 1は 後 出 の 図 5の 一 部 を上 下逆 に した もので あ る。 図. 5の 中 で はこれ は直 ちに「椅子」 とい うクラスない しカテ ゴ リーに属 す る も の とみ られ る。図 1を さらに逆 さに してみれ ばわか るように,こ のパ ター ン はそれ 自身 で も「椅子」 にみえる可能性 をもって いるが ,こ れが 図 5の よう な布置 の 中 におかれ るとき,こ の可能性 (確 率 )は ほぼ100%に 近 くな るわ けで ある。 少 くとも素朴 に見 る限 り (つ ま り日常生活 でわれわれが物 ごとを 見 て いる ような見方 をす る限 り),わ れわれ は ここに単 な る形象 で はな く意 味 を もつ “もの"の み を見 るので ある。見方 をかえれ ばそれぞれのパ ター ン を無意味 な ラ ンダム図形 とみ る こと もで きよう。 それ もや は り「 ランダム図 形」 とい う “もの"を みてい る こ とに他 な らな い。 もう少 し別 な例 をあげてみ よう。図 2も これ だけで は図 1に つ いて述 べ た と同様 に,い わば多義的 である。 しか し,図 6の 中 で はこの 同 じパ ター ンが 一 つ の特殊 な “もの"と して知覚 され ,比 較的 一 義的 な意味 を現 わすのみで † この 図 は Uttal(1981,p.36)に も転載 されている。筆者 も実 はこれによっ て Kolersの 論文 を知 ったのであるが,Kolers自 身 は刺激 パ ターンの物理的特 性 のみか らは具体的な知覚 を理解できな いことの例 と して この図を示 してい る。.

(5) 柿. 崎 祐 一. な く,「 人 が坐 った」 とい う “で き ごと"を す ら 知覚 させ る。 また,図 3は 図 1や 2に 比 べ れ ばか IX1 2. な リー 義的 であるが,図 6で は この 同 じパ ター ン. これ はなに ?. が “で きごと"と して は違 った意味 を現 わす よう. (BranSfOrd&. McCarrel,1974,よ り)│こ なる。 図 1の 例 は,第 一 に刺激 パ ター ンの上下 の 向 きによって “もの"と して の 知覚 の され方 が異 な るとい う こ と,つ ま りか つ て Rock(1973)な どが示 し た と同様 の意味 で空 間的枠組 みの効果 を示 している。第 二 に,こ の ことが こ こで重 要 な点 であるが ,そ の 同 じパ ター ンがおかれている全体 の 中 の他 のパ ター ンが ,一 つの共通 の クラス概念 あるいはカテ ゴ リー (椅 子 )を 想起 させ. ,. この ような いわば概念 的 な枠組 みの 中 に 所与 のパ ター ンが「消化」 され意味 づ け †. られ ることを示 している。 図 2に つ いて も事情 は似 ている。 ただ しこの場合 には,他 の個 々のパ ター ンで はな く,一 つのパ ター ンがおかれている 1叉. 13. 背景 ない し状況 が文脈 となって,帽 子 に. なに してる ?. (Bransford&Mccarrel, 1974,よ り)な った り安 楽椅子 になった りす る。 ここ で は状況 の もつ概念的 ・ 意味的 な構造 がその 中 の個物 の 「消化」 の され方 を 規定 しているといえ よう。図 3の 場合 は,パ ター ンそれ 自身 がかな りの程度 に 「意味」 を affOrdし てお り,み え方 はそれ な りに一義 的 である。 しか し. ,. そ の 「意 味」 は他 のパ ター ンとの 関係 によって変化 する。 ここで は帽子 や椅 子 の ような “もの"よ りはむ しろ “で きごと (事 象 )"が 例 えば「追 う」 か ら「逃 げる」 へ と大 き く変換 す るので ある。 これ らの諸例 は戯画的 なデモ ンス トレー シ ョンではあるが ,そ れな りに知. † 「想起」 させ る とか 「意 味 づ け られ る」 とか の 言 い方 は実 は適 当 で はない。 この こ とにつ いては 前稿 (p.130)で もぶゝ れ たが ,後 に も改 めて述 べ る。 ,.

(6) 3イ. 「7肖 化の法則」について 知覚 における. 覚機能 の重要 な一 側 nl‐ を示 して いる。 いずれ の場合 に も,わ れわれ はそ こに 単 なる形象 で はな く特定 の意味 をもつ何 か をみているので ある:現 象論的 に い うな らば,わ れわれ の知覚的世界 はまず もって意味的 な世界 である。 それ で は,こ の ような意味的世界 を成立 させ ているの はどの ような機能 な の であ 「消化 の法則」に他 な らない。 ろ うか 。それ を記述 しようとす るの が ここでい う それ は一 日にいえば,前 記 の ように矢田部 のい う既存 の体制 へ の摂取 とい う こ とであろ うが ,そ うい うだけで は もちろん無 内容 である。既 存 の体制 とは な にか 。 また,摂 取 す るとはどの ような過 程 な の か 。そ うい う ことにつ いて 一 層具体的 に記述 す る ことが当面 の ,そ して 今後 の,重 要 な課題 でな くて は な らな いので ある。上記 の諸例 は,こ の ような意味 での消化 の機能 を正 しく 記述 す るための い くつ かの ヒン トを含んで いる ように思 われ る。 伝統 的 な知 覚心理学 では,い わば無意 味 な幾何図形 が刺激材料 と して使 わ れ る ことが 多か った。 それ はいわゆる記憶 の研究 で無意味音節 が しば しば用 い られ たの と事情 は似 てい よう。 これに対 し,近 年 はその ように意味的 な も の を捨象 して「純粋」な視覚 の場 や S一. R結 合 の法則 を追及 す るだけでな く. ,. む しろ意 味的 な情報 の処理過程 を明 らか にす ることが重要 な課題 になって き た こ とは周知 の通 りである。 だか らといって,筆 者 は視知覚実験 で有意味材 料 を もっと用 いるべ きだなどと言 うつ も りはな い。む しろ,無 意味図形 も決 して無意味 ではな く「無意味」 図形 などは本来 あ りえな い こ とを強 調 したい の で あ る。 か つ て述 べ た よ う に (柿 崎 ,1967,p。 242),暗 室 内 で呈 示 され る一 つ の光点 も,被 験者 と して光点 をみ る人 にとって は,例 えば「みえるか み えないか を判断 して実験者 に報告 す べ き光点」 とい う意味 をもって いる。 同 じ光点 で も,プ ラネ タリウムの 中 では一 番星 や明 けの 明星 になる。 さきの 例 えば図 2と 同様 に,一 つの光点 も全体 の文脈 や状況 との 関係 で,見 る人 に とってはそれ ぞれ異 なる “もの"と なる。 か りに消化 の機能 と して捉 えた この ような事情 をどの ように記述 す るのが 心 理学 的 に正 しい のか 。前稿 で考 え たように (p.115,132),機 能 の記述 は 後 の機構論 (機 能 を支 える しくみ の 問題 )の あるべ き姿 を規定 す ることにな.

(7) 柿. 崎. 祐. 一. るとすれ ば,消 化 の機能 をどの ように記述 す るか は決 して容易 な問題 で はな い 。以下 に述 べ るの も結局 は一 つの試論 であ リデ ッサ ンに過 ぎない ことは断 わ るまで もな い。 消化 の枠組 み 知 覚 は常 になん らか の枠組 み との 関係 において成立 す る。前稿 (p.128f。. ). で は所与 と枠組 み との 関係 と して消化 の機能 を記述 した。矢田部 の 「既存 の 体制」 を ここで は広義 の枠組 み に相 当す るもの と考 えたい。 それで は,ど の よ うな既存 の体制 ある いは枠組 みが どの ように機能 す る ことに よって,意 味 の ある “もの"や “で きごと"の 知覚 がな され るのか 。そ れ はおそ らく種 々 の レベ ルで さま ざまな しか たでな され るはずである。 まず必要 な ことは,こ の ような事情 につ いての ある種 の分類的記述 を してみる こ とである。 もちろ ん ,こ こで完全 な taxonomyを 作 る こ とは,紙 面 の制限 もあ り,な によ り筆 者 の 当面 の能力 を超 え ることであって不可能 である。それ に して も,以 下 い ささか の方 向づ けを試 み よう。. 1)空 間的統 合 の枠組 み これ は前稿 (p.128)で か りに外的統 合 と 自己基準的統 合 と して述 べ た こ とに 関連 す る。 Koffka(1935)か ら しば しば 引用 され る例 で あ るが ,登 山 電車 の傾 いた窓枠 を通 して外 の 直立 した電柱 をみ る場合 ,窓 枠 が文字通 りに 知覚 の枠組 み になるときは電柱 が「傾 いている」 (あ るいは (傾 いた電柱」) とみ え,窓 か ら頭 を出 して (あ ま り出す と危険 /)窓 外 の空間構造 が枠組 み にな るときは「まっす ぐ」 とみえるだろう。 しか し,事 情 はそれ ほど単純 で はな い。 とい うの は,こ こに身体 ・運動系 が参与 し,視 空間 の定位 は視覚系 と身体 ・運 動系 と の 相 互作 用 な い し統 合 と して成 立 す る もの だか らで あ る (こ. の よう事 情 につ いて は統合 の機能 と して詳論 され るべ きであるが ,こ こ. で は省略 す る )。 と ころで,こ の ような空 間的定位 ,あ るいはよ リー般 的 にいえば視空間 の 体制化 ・構造化 の機能 は,単 に上 の ような こ とで終 るので はない。なぜ な ら. ,.

(8) 「7肖 化 の 法則」につ いて 知覚 にお ける. この場 合 に人が み るの は電柱 とい う“もの"が「傾 いている」とい う事象 であっ て ,単 なる線 や色 の形象 で はないか らである。 ここに当然 ,上 記 の ような統 合 よ り高次 の なん らか の消化 の枠組 みが想定 されねばな らないであろ う。そ れ は究極的 には言語的 ない し概念的 な枠組 みであって,知 覚 ・運動的統 合 は さらに この ような高次 の枠組 みの 中 に統 合 され体制化 されね ばな らない。 「消 化 の法則」 とはこの こ とを意 味 したはずである。. 2)時 間的統 合 と身体. 。運動的枠組 み. 空 間的統 合 と時間的統合 とを分離 して扱 う ことは本来 は無意味 であるが. ,. こ こ で は特 に文章 や話言 葉 の 読 み と りや聴 き と り,あ るい は リズム や メ ロ デ ィの聴知覚 などに関 して,時 間軸上 で の刺激布置 が 問題 にされ るとい う意 味 での狭義 の 時間的統 合 につ いて考 えてみる。前者すなわ ち一般的 な言語知 覚 ない し言 語理解 の 問題 につ いて は稿 を改 めて考察す ることと し,こ こで は もっと低次. (?)の 例 えば リズムの知覚 を例 にとってみ よう。. 日常経験 か らして も明 らかな ように,こ こでは特 に身体 ・運動系 との統合. ,. あ るいは身体 ・運動的 な枠組 み へ の消化 が基本的 な問題 になる。視野 内 の刺 激 布置 (あ るいは網膜座標系 )の 枠組 み と して の効果 を強 調 した Koffkaな ど も,か つ て は リズムの本質 は単 なる群化 で はな く運 動的 ・ 力動的 な活動性 が伴 われ る こ とにあると述 べ ている (Koffka,1909;そ の他 たとえば Fraisse, 1981)。. い ずれ に して も,身 体的 ・運動的 ・ 動作的 な枠組 みない し図式 が ,時 ・ 空 的変化 を含 む “もの"や “で きごと"の 知覚 にとって重要 な役割 りをもつ こ とは,そ の他 の例 をあげるまで もな く,ま た発達論的 な見地 か らして も,改 め て論 じるまで もな いで あろ う。 “もの"は まず第 一 に動作 に よって意 味 づ け られ カテ ゴ ラ イズ され るといって もよか ろ う。. 3)文 脈 に規定 され る構 え と枠組 み 所 与 の一つの刺激 パ ター ンの知覚 の され方 が ,そ の所与 と他 の与件 を含 め た全体 の 時 ・空的布 置 とい う意味 で の広義 の刺激文脈 に依存 す るとい う こと につ いて ,こ こで改 めて綾説 の要 はあるまい。前 に図 1∼ 3に つ いて示 され.

(9) 柿 崎 祐 一. 37. 事実 も文脈効果 の一 種 に他 な らない。 一 つ だ け例 をあげよう。 サ イダー. ジュー ス. コー ラ. カ レビス. ラムネ. レモン. の よ うな 音節 の 系 列 が 適 当 な条件 の 下 で継 時 的 あ るい は同時的 に呈示 され るとき, 4番 日の カ レビスは しば しばヵル ビスと見誤 ま られ るであろ う。 こ の種 の事実 につ いて古 くか ら述 べ られてきたの は,は じめ の 3語 が例 えば清 涼飲料水 とい う一 つの構 えを観察者 の 内 に作 り出 し,そ の ような構 えが誤認 その他 の効果 を生 じるの だとい う こ とであった。一般 に,知 覚 に及 ぼす構 え の 効 果 と して 論 じられ て久 しい こ とで あ る (GibsOn,1941:Haber,1966;柿 崎,1956,1967)。. しか し,い ったい構 えあるい は構 えの効果 とは何 なのか 。. それ はやがて筆者 の いわ ゆる機構論 の 問題 と して分析 され るはずであるが. ,. そ の ため に も,こ こで は機能論 の立場 か らこの種 の事実 の意義 を確認 してお く必 要 が あろ う。 す で に Haberら の実験 (Haber,1964a,b;柿 崎 ,1967,参 照 )で も示唆 され て い るよ うに,刺 激文脈 や先行条件 (先 行経験 )あ るいは実験場面 での教示 な ど に よっ て 規 定 さ れ る 構 ガ の 効 果 は,な ん らか の 処 理 レベ ル で の. encodingな い し categorizationの され 方 に関 す る もの と一 応 考 え られ る。 この ようなモ デルの妥当性 につ いて はなお疑 問 も残 るが ,少 くとも機能論的 には,単 に閾値 や錯 視量 に及 ぼす構 えの効果 でな く,特 に この種 の実験 で よ く用 い られ る具体物 の写真 や有意味語 を材 料 に した場合 の “もの"の 知覚 に 及 ぼす構 えの効果 を問題 にす る限 り,前 記. 1)で 述 べ たと同様 の意味で,な. ん らか の高次 の枠組 み へ の消化 の過程 を考 え ざるをえないであろ う。. 4)systemicな 枠組 み これ は前稿 (p.129∼ 130)で か りに総稽 的 に「要求」 と名 づ けたような. ,. † 同時的 といって も実際は例 えば左か ら順 に走査 されるとすれば継時的である。 †† い うまでもな く,こ こで構 えとい うのは特定 の過程や機構 を直ちに意味 して いるのではな く,一 定 の条件や手続 きと結果 との関係 を記述する用語 にすぎな い. 。.

(10) 「消化の法則」について 知覚 における. 38. そ して古 いニ ュール ック研究 が扱 ったような,知 覚す る人のいわば全人的. 0. 全組織的 な状態 を意味す る。広義 には,消 化 の機能 とは要 す るに この ような 状態 (既 存 の体制 )へ の摂取 の過程 に関係 す る もの といえる。 ここで は特 に 情 動系 やi記 憶系 との 関係 が主題 となる。 メの状 況 の 中 にどの ような形象 を見 て とって (選 択 的統 合 ),そ してそ 所ノ れ をどの ような “もの"や “で き ごと"と して消化 す るか は,有 機体 と して の そ の 人 の ,ま た記憶 ・ 知識体系 と して の そ の 人 の ,そ の 際 の全体的状態 に 依 存 す るで あろ う。「そ の 際 の状態」 が そ の 人 の過 去 の 人格形成 の全過程 を ltっ ている こ ともい うまで もあ るまい。 生. つ いでに付言 すれ ば,筆 者 はかつ ていわゆる知覚判断 の過程 につ いて. ,. S… …・p一 ―j… …・R. の ような図式 を示 した。ここで Sは 所与の刺激,Rは 知覚 ない し認知的反応. ,. pは Sに 規定 される感覚・知覚的所与, jは それを分類・範疇化す る機能 の 系 を意味 した (柿 崎,1974)。. これについては批判 も受 け,筆 者 自身 も少な. くとも表示の しかたとして は適切でなかったと思 っているが,そ れはともか く,ま た別 なと ころで (柿 崎,1963),こ の ような p_jの 関係 の しかたは さらにより高次のいわば全人格的 な系 jの あ り方 に規定 されると述べ た。い ま ここで svstemicな 枠組 みとよんだのはこの jに 相当する。要す るに,所 与 の刺激がどの ように消化 され意味づ けられるかはこの jに 依存 する。 これ はさらに,そ れぞれの状況 でどの ような枠組 みが選択 されどの ような次元が relevantに なるか,従 ってまた後述す るような課題性 の認知 の され方 をも規. 定 しているはずである。 なお,こ こにいわゆる異種感覚系 の統合的機能 が重要 なかかわりをもつ こ とも当然 であるが,こ れについて もここでは省略する。. 5)概 念的・言語的枠組 み † この ような関係 を今 はや りの コ ンピュー タ用 語 にお きか えて記述 す る ことは 比較的 たやす い。 しか し,そ れ はむ しろ機構 のモ デルの記述 と してのみ意味 が Jら. 4,.

(11) 柿. 崎. 祐. 39. 一. す で に前記 1)や 3)で も述 べ た ように,ま た前稿 (p.130∼ 131)で も述 べ た ように,消 化 の機能 は概念的 ない し言語的 な レベ ルでの枠組 み へ の消化 と して最 も重要 な意義 を もつ 。知覚 は単 なる「みえの世界」 ではな く,人 の生 態 的環境 へ の認知 的達成 の表現 と してのみ「みえの世界」 も意味 をもつの だ とすれ ば (前 稿 ,p。. 112f。. ),内 的 な統 合 ない し体制化 を特定 の外的 な表 出 あ. るい は少 くと もそ の 可 能態 に まで もた らす ため には,そ こに なん らか の 分. 類・範疇化の機能. (前 記の j)が 介在すべきだと考えなくてはならない。多. 少異なった文脈でいえば,な んらかの図式的媒介をそこに必要とするといっ て もよい (HOchberg,1978:Neisser,1976)。. この ような範 疇化 を成立 させ る. の が ここでい う概念 的枠組 みの機能 である。すで にあ げた運動的 ・動作的 な 枠組 み も,広 義 にはそれ 自身一種 の概念的枠組 みであるといえるが ,最 も高 次 の機能 と して は当然 なが ら言 語的 な枠組 みが 問題 に されね ばな らなし` 。 この ような問題 は,さ らに一 般的 には最近 のいわ ゆる認知心理 学 ない し認 知科学 の 中心的 な問題 につ なが るはずであるが ,こ こでは 多 くを述 べ る こと はで きない。む しろ知覚 の機構 に関 す る問題 と して,い くつ かのモ デル との 関連 で考察 され るべ きであろ う。 ところで,こ の ように知 覚 にお ける言語的 な cOdingな い し categorizationを 問題 に す る とき,一 般 に カテ ゴ リー ある い は クラス概念 の体系 それ 自身 につ いての具体的 な研究 が必 要 になるであろ う。一 つ には,現 実 に機能 しているカテゴ リー や クラス概念 につ いての文 化 的 ・ 生態学的側面 な らびにそれ らと知覚 ・ 認知機能 との 関係 につ いての研究 が要請 されて くる。. † 可能 態 とい うの は,例 え ば 直接 に手 を出 して食 べ た り口 に出 して言 った り し な くて も,そ の人がすでにそ こに “おい しそ うなケ ー キ"を 見 ているとい う こ とを さす。行動 の留保 といって もよい。構 え とか readinessな どとよばれ る も の も,こ の ような可能態 の一種 と考 えて もよか ろう。 れ た ことが ある (柿 崎 †† 筆者 は GibsOnの 生態光学論 との 関係 で この 点 にスゝ. ,. 1981b)。 も し筆者 の理解 に誤 りがな ければ,「 消化 の法則」 が欠如 していると こ ろ に GibsOn理 論 の一 つ の 限 界 が あ るの で は な いか 。 しか し. `一. 方 では. GibsOn理 論 はわれわれの 問題 に重要 なかかわ りを もって いる。 この こ とにつ いては別途 に考察 したい。.

(12) 「消化の法則」について 知覚 における. イθ. 例 えば さきの 図 1と 図 5と につ いて,わ れわれが「家具」 や「人工物 」 の ような上位 クラスの “もの"で もな く,ま た「 ゆ り椅子 」 の ような下位 クラ スの “もの"で もな しに,ま ず も って「椅子」 というクラスの “もの"を み るの はどう してであろ うか。 例 えば Roschら (Rosch et al.,1976;Rosch,1978)に よれ ば,カ テ ゴ リー とは等価 とみな され るい くつ か の対象 の集合 を意味す る。 ある属性 Xか らカ テ ゴ リー yを 予測 しうる確 率 を手掛 りの妥 当性 (cue validity)と いい,あ るカテ ゴ リーに属 す る対象 の諸属性 の もつ cue validityの 総和 をその カテ ゴ リーの全体 の cue validityと 定義 す る。 そ して,こ の cue validityの 最大 に な る カテ ゴ リー は基 本 的 レベ ルの カテ ゴ リー (basic level category)と. よ. ばれ る。 これ よ り上 位 ある いは下位 の カテ ゴ リーは cue validityが それ よ り 低 くなる。 つ ま り,basic categoryと は,い ろ い ろな属性 ない し手掛 りか らみて最 も ピ ッタ リす るカテ ゴ リー (名 前 )と い う こ となので あろ う。 この ように,手 掛 りの妥 当性 (確 率 )を 概念 や カテ ゴ リーの レベ ルの指標 とす る ことの妥 当 性 につ いて はなお疑 問 もあ るにせ よ (例 えば Murphy,1982),後 に考究 す る 肖化 の 法則」 に関 す る一 つ の ア プ ロー われ われの 問題 との 関連 において,「 シ チ と して注 目 しておきたい。. 以上 ,矢 田部 に従 っていえば所与 が摂取 され る既存 の体制 と して の 「消 化 の枠組 み」 につ いて,か りの分類 を試 みて きた。 と ころで,1),3)及 び5)で は主 と して概念的 ・ 言語的 な枠組 みの意義 が強調 され ,2)や 4)で はどち らか といえば身体 ・ 運動 ・ 動作 的 な面 が重 視 された。 この ことは一見矛盾 す るよ うで あ るが ,必 ず しもそ うで はない。例 えば,か つ て Titchener(1924)な ど も言語 が本来 は外界 に対 す る身体 ・運動的態勢 に根 ざす もの と してお り. ,. 同様 の こ とは,心 理学説 と して は これ と異質 であるが ,Wemerの 有機 ・ 発 達論 において も言語 は有機体 と環境 とのかかわ りの 力動 に由来 す る もの とさ れ る (Werner&Kaplan,1974)。. 構 え な ど とい うの も本 来 は体 勢 な い し姿.

(13) 柿. 崎 祐 一. 勢 に関す る ことであ り,文 脈 に規定 されて生 じる概念的 0認 知的構 え (期 待. ,. 予 期 な ど )と いって も基本 的 に はあ る種 の sensory― tonicな 状態 とみなす こ と もで き よ う (Werner&Wapner,1952)。. 概 念 的枠組 み とか運 動 ・ 動作. 的枠組 とかいって も,根 源的 には有機体 と しての人 の そ の 際 の状態 ない し態 勢 と しての「既 存 の体 制Jあ るいは前述 の systemicな 枠 組 みの異 なる レベ ルない しアスペ ク トと して機能 している もの に他 な らないので ある。 も う一 つ 断 わ っておかね ばな らないの は,以 上 の叙述 はあ くまで知 覚 の機 能 の記述 であって,知 覚特 に ここでい う消化 の過程 の理解 ある いは説明 の た め の理論 的 モデル を述 べ たので はない ことで ある。枠組 みだとか ,構 えだと か ,カ テ ゴ リー だ とか ,消 化 だとかいって も,そ れ らの概念 の (操 作的 )定 義 は与 え られてお らず ,ま して消化 とい うのが具体的 にはどの ようなプ ロセ スなのか につ いての言及 は全 くな されて いないのである。そ うい う意味 では. ,. これ は単 なるお話 しにす ぎないと批 判 されて も当然 である。 しか し,再 三述 べ た ように,こ こでの 当面 の意 図 は知覚 の機能 に関す る伝統 的 ないわゆる知 覚心理学 の デ ー タをひとまず整序 して記述 す る ことにあって,機 構 の解 明 に あ るので はない。 も しこの ような記述 が正 しけれ ばそれ はやがて問題 の プ ロ セスに関す る機構論 の あるべ き姿 を規定 す る こ とになるで あろ う。 「消化」 の 問題 はやがては「意味」 の 問題 であ り,知 覚 と言 語 とのかかわ りの 問題 である。詳 しい考察 は他 の機会 にゆず るほか はないが ,例 えばま さ に「言語 と知覚」 を標題 に した Millerら の書物 (Miller&JOhnsOn一 Laird,. 1976)を みれ ば,そ の は じめ の部分 はいわゆる知覚 の諸機能 をかれ らな りに 整序 し公式 化 す る ことか らなって いる。 しか し,い ま直 ちに判定 す る こ とは で きないが,も しかれ らの公式化 が「正 しく」 なければ,機 構 につ いてのか れ らの モ デ ル も妥 当 で は な い こ と に な ろ う。 ま た,例 え ば Uttalの 大 著. (Uttal,1981)に つ いて も同様 の こ とが いえ るので はないか ,こ れ は知覚 に 関 す るぼ う大 なデー タを体系的 に分類 し整 序 しようと した もの と して高 く評 価 され るべ き業績 であるが ,こ こで扱 われ るの は,か れ 自身 が 明記 している ように,知 覚 の現象 で はな くて知覚 の プ ロセス である。 ここで は知覚 は暫定.

(14) 「消化 の法則」につ いて 知覚 にお ける. 的 に次 の よ うに定義 され る。. 知覚 とは,比 較的直接的 な [あ るいは即座 の]個 人の内部 での心 的反応 をい う。 それは多次元的 な刺激 の効果 が神経系 の特性 や過去経験 や文脈上 の合理性 など に応 じて変調 された結果 と して生 じる。そういう効果 の現 われ方 は. [人. により. 時 に より]そ れぞれ独 自ない くつかの可能性 をもっている。……。[ ]筆 者注。 この ような知覚 の プ ロ セスはいわば低 次 か ら高次 へ の六つの レベ ルに分類 され る (か れの第 6の レベ ル はおそ らく筆者 のい う消化 の法則 にかかわ るも の と期待 され るが ,こ れ は次 の巻 にゆず られている )。 それ はと もか くと して. ,. そ もそ もなぜ知覚 の現象 で はな くて プ ロセスが主題 でなけれ ばな らない の で あ ろ うか ,上 述 の 定義 は クι rθ ψι Jθ ηにつ いての い くつ か の 辞書 で の 定義 を克 F/1に. 参照 しなが ら導 き出 され た もの であるが ,こ の定義 がわれわれの知覚 の. 現象的事実 ,そ してそれ を「み る」働 きと して の知覚 の機能 を正 しく捉 えて い るのであろ うか。 ここで是非 を論 じる こ とはで きないが ,い ささか疑 間 を もた ざるをえな いので ある。 枠 組 み は 沈 黙 して い る これ まで,消 化 の機能 を既 存 の体制 ない し枠組 みへ の摂取 と して捉 え,そ うい う意味 での知党 の枠組 みのい くつ かの側面 をみて きた。 ところで,こ こ で留意 してお くべ き ことの一 つ は,こ の ような枠組 みの機能 は必 ず しも「意 識白 勺」な事実 ではない とい う こ とである。 例 えば,前 に あげた電 車 の窓 の例 で. ,. 窓外 の景色 をみ るとき,わ れわれがみるの は景 色であって窓枠 ではない。 し か し,こ の とき窓枠 は文字通 りの枠組 み と して働 き,窓 外 の電柱 のみか けの 方位 を規定 す る。 この よう に,多 くの場合枠組 み はいわ ば図 に対 す る地 の役 割 りをな している。そ うい う意味 で,枠 組 み は沈黙 している。 † Koffka(1935,. ch 9 )の. (rrlanifest Organization) の用. 沈 黙 体 制 (silent organization)と 顧 現 体 制 ′ tか りる。. Ffキ.

(15) 柿. イ3. 崎 祐 一. 同様 に,前 記 の 「カ レビス」 の例 で いえ ば,言 語的 (verbal)に せ よ心像. (image)的 にせ よ「清涼飲料水」 の ような概念 あるいはカテ ゴ リーが必 ず し もそ の ような もの と して意識 に上 る (awareに なる )わ けではあ るまい。 筆 者 もか つ て論 評 した こ とが あるが (柿 崎 ,1967),例 の知覚的防衛 の 間 題 に関 して行 われ たい くつ かの 実験 (例 えば D破 on,1958,1971;Worthing‐. tOn,1964な ど )は ,刺 激 パ ター ンの もつ意味的 な情報 (特 に情動的 な意味性. ). が ,刺 激 パ ター ンにつ いての正 しい認知 が生 じる以前 にいわば暗黙裡 に処理 され る可能性 を示唆 して いる。問題 はむ しろ機構論 に属す ることであろ うが. ,. D破 6n(1971)や Erdelyi(1974)な どが論 じた よ うに,こ の種 の実験結 果 「防衛」とい うターム で記述 す る代 りに を額面通 りに認 め ると して も,そ れ を. ,. 一般的 な情報処理機構 のモデルの 中 に組 み入れて説 明す る こ ともで きるであ ろ う。 この ような事 情 をさ らに一般 化 して考 えると,少 くとも言語化 され うると い う意 味 で意 識 的 ・ 顧 現的 な知識 (explicit knowledge)の 背後 な い し基底 に は,言 語化 され えない ような暗黙 の知識 (tacit knowledge)が 働 いている とい う主張 につ なが る こ とになる。 い うな らば,わ れわれ は「知 って いると い う こ と を知 らな いで 知 って い る (knowing about things we do not knOw. we knOw about)」. と い う こ と に な る (Turvey,1974:そ の 健I. Weimer&. PalermO,1974,参 照 )。 これ らの実験 やそれ に関 わる論義 につ いて はなお検討 が必 要 であろうが. ,. ここでは これ以上立 ち入 ることはで きな い。 いずれ にせ よ,沈 黙体制 と して の枠組 みの機能 の一 側面 に深 く関係 す る問題領域 であると認 めてお きた い。 知 覚 にお ける消化 の枠組 みが silentな tacitな 体制 で ある こ とは,特 に概 念 的 ・ 言語的枠組 みの機能 を考 えるに当 って重 要 な点 であろ う。例 えば,い わ ゆる誘導運動 にお ける概念 的枠組 みの効果 に関 して,鯨 岡 (1980)は 「意 味的 な関係 か ら事 態 を把握 す ると ころに働 く機能 だとは言 って も,そ れ はた 構 え" だ単 に家 は 〈 動 くもの〉 と対 自化 され,一 種 の “ 動 かぬ もの〉,車 は 〈 と して被験者 の反応 を規定 す るように働 くのではない。 また「 こ う見 ようと.

(16) 「7肖 化の法則」について 知覚 における. 思 うか らそ う見 える」 とい うので もな く,意 味上動 くものが ま さに見 か け上 も動 いてみえる こ とをむ しろ自発的 に可能 にす るように機能 す るもの と考 え ね ばな らな い…………」 と述 べ ている。 また大 羽 (1980)も. ,大 きさの恒常. 性 にお ける経験 の 効果 に関 して,「 なん らか の知 的操作 が 暗黙 の体制 と して 恒 常性 の認知機能 にかかわる」 と している。 いずれ も当 を得 た記述 であると 思 われ る。 この ような過程 につ いて さらに具体的 に分析 す る こ とが ,意 味的 な事象 の知覚 と して の消化 の機能 を明 らか にす るためにも必 要 であろ う。 前 の 図 1の よう に,一 見 して即座 に何 だ とはいえ ない ような刺激 パ ター ン につ いて,あ れ これ考 えて (仮 説 をあてはめて )み たあげ くに「天 狗 の顔 み たい」 とい うような過程 は もちろん tacitで はない。 ここで 問題 に して いる の は,例 えば図 5を み たとき即座 に「椅子」を見 るような場合 の ことであ って. ,. そ の 限 りさき に引用 した Uttal(1981)の 定義 にか な うよ うな知覚 に関 す る こ とである。 その ような消化 の体制 が即座 に成立 しえない ときには じめて体 制 が explicitに なるのだ といえるか も しれ ない。 消化 の動態 消化 の機能 につ いて,な ん らか の枠組 みの 中 に所与 をと り入 れ位置 づ ける こ とと して一応 記述 して きた。 しか し,そ れ は郵便物 を区分 け して相 当す る 箱 に人 れ分 けてゆ くような静的 ・機械的 なマ ッチ ングの過程 で はな く,も っ と動 的 な相互作 用 の過程 で あ る と筆者 がか つ て述 べ た ように (柿 崎 ,1974, ch。. 9),ま た前稿 で も同 じこ とを「枠組 みの 動態」 と して述 べ た よ う に. ,. 消化 は可塑性 に富 む動 的 な過程 である。別 な言 い方 をすれ ば,用 語 は適切 で ないか も しれ ないが ,か りに機構 と しては digitalな mechanismに よって支 え られていると して も,心 理学的 な機能 と しては,ま たその ような機能 の記 † こ うい う ことは,機 構論的 にいえば記憶 の システム (特 に LTM)に 関す る こ とだか ら tacitな の は当然 だといえ るか も しれ ない。 しか し,問 題 はそ う い う こ とで はな くて ,LTMな い しそ こか ら呼 び 出 され た内容 ,あ るいはそれ と他 の系 ,特 に入 力情報系 とのかかわ り方 が tacitか 否 かとい う ことに ある。.

(17) 柿. 崎. 祐. 一. 述 と して は,analog的 な dynamicな 過程 と して捉 え,そ れが現 わす力 学 的 な法 則性 を記述 す べ きではなか ろ うか。 この ような力動的 ない し力学的 な法 則性 とい う意味で の消化 の動態 に関係 す ると思 われ る事実的知見 は,古 くか らさま ざまな問題文脈 の 中 で行 われて きた観察 や実験 結 果 の 中 に数多 く見 出す ことがで きる。それ らにつ いて総績 的 に考察 す ることは ここで はで きないが,例 えば,感 覚的順応 (順 応水準 ) の ような いわば,低 次 の レベ ル での現象 か ら,い わゆる命名効果 の ような高 次 の言語的 レベ ルでの現象 に至 るまで 多岐 にわたっている。 ただ,一 つの 問題 は,も し消化 が上述 の意味 で動的 な過程 だとすれ ば,前 れ た ように,所 与 の刺激 パ ター ンの受容 と枠組 み との相互 稿 (p.129)で も、 作 用 に よって ,所 与 の「みえ」 の変容 が生 じると同時 に枠組 みそれ 自身 も変 容 す るはずであるが ,そ うい う ことが実験的 に証 明 されて いるか否 か とい う こ とで ある (例 えば,ク ロ を シロ だ シ ロだ と言 っている うち に灰色 くらいに み えて くると同時 に ク ロ とい う概念 の 内包 も変 るとい う関係 )。 しか し,こ の ような設間 の しか たには実 はあま り意味がな い ことは既 に論 じた通 りであ る (柿 崎 ,1974,ch。. 9)。. 例 え ば Brunerら の 古 典 的 実 験 で は (Bruner,Postman&ROdrigues,. 1951;こ の追試 の例 と して富家 ら,1971),緑 色 の背景 上 に示 された灰色紙 (対 比 に よって赤 っぽ くみえる )が , トマ ト型 で トマ トとみ るかバ ナナ型 でバ ナ ナ とみ るかに よって,そ れの現 わす色の「み え」が変容 す る. (ト. マ トとみれ ば. よ り赤 っぼ くバ ナナ とみれ ばよ り黄色 っぽ くみえる )こ とが示 されて いる。 しか し,い うまで もな く,こ の こ とは操作的 には次 の ような ことである。 つ ま り,標 準刺激 の形 の違 いと教示 の しかたと によって「 トマ トとみる」 かそ れ とも「バ ナナ とみ る」 かの二 種 の枠組 みが規定 され,そ うい う枠組 み と比 較刺激 の (赤 と黄 の )混 色 の効果 とが前述 の ような相互作用 の 中 に もた らさ れ た結 果 と して PSEの 差 が生 じた とい う ことで ある。 そ して,こ の差 は相 互作 用 の あ り方 (消 化 の され方 )の 違 いを表現 しているとい うのが筆者 の解 釈 で ある。「 み えその もの」 や「枠 組 みその もの」 が変容 したか否 か を直接.

(18) イ6. 「消化 の法則」につ いて 知覚 にお ける. に問 う こ と. (ト. マ トとみれ ば本 当 に赤 っぽ くみえ,バ ナナ とみれ ば本 当 に黄. 味 がか ってみえるのか などと問 う こ と )は 本来 あま り意 味 のない ことであ り. ,. 少 くとも直接的 に証明す る ことは不可能 な こ とである。 同 じこ とを,た またま筆者 の手 もとに あるデ ー タにつ いて考 えてみ よう。 ス ク リー ンに投射 され た円形又 は正 方形 の面図形 のみか けの大 きさにつ いて マ グニ チ ュー ド推定法 に よるベ キ指数 nを 求 めてみると,16名 の被験者 の平 均値 は。66に な る。 しか し,よ くいわれている ように,こ こで も個人差 は大 き く, nは 最 小 .32か ら最大 1.12ま での範 囲 に分布 す る。同様 の こ とは重 さ の場 合 に も認 め られ る。少 くと も10名 以上 の被験者 の平均 をとれ ば不思儀 に も,Stevensが 示 す通 りに nは 1。 45に なるが ,個 別的 にみれ ば nは 1以 下 か ら 2以 上 にわ たる。 この ような事実 につ いて,例 えば物理 的 に1:10の 面積 を n=.32の 人 は 1:2.5く らいにみてお り, n=1.12の 人 は 1:11く らいに み ているの だ と結論 す るの は正 しくないとい う こ とは,い まさ らい うまで も ない。教示 に規定 され た課題性 の下 で,所 与 の刺激 につ いての それぞれの被 験 者 の 消化 の しか たの ちが いが ,言 語報告 と して表 出 され た数 詞 をその まま 数 値 と して扱 えば上 記 の ようなベ キ指数 の違 いと して現 われて くるとい う こ とにす ぎない。 ここで消化 の しか たとい うの は,も う少 し具体的 にいえば次 の よ うな こ とを意 味 す る。筆者 がか つ て述 べ た こ と (柿 崎 ,1974,ch.9) を多少修正 して引用 してお こ う。. 「あの大 きさを100と したらこの大 きさはどれ くらいか」 と問 われた被験者 が “ 300"と 答 えたとする。それは第一 の大 きさを100と みたこととの関係 にお いて第二のそれ を300と みたことであり,被 験者 にお ける 〈 感覚〉の比が100: 300で ある ことを直接的 に示 しているのではない。被験者 の概念的 な枠組 みの 450"と かいうのはどちらも感 じがわるい 200"と か “ 中 では,第 二の大 きさは “ “ 300"と い うのが一番 ピッタリする。その ように,感 性的所与 と概念的な枠 ,. 組 みとの関係 がそのような状態 で安定す ることを示 しているのである。. 筆者 は「感覚」,あ るいは上 記 の例 でいえば「みえの大 きさ (の 比率 )」 の.

(19) 柿. 崎. 祐. イ7. 一. 事実 を否定 しようとす るので はない。そ れ ど ころか,は じめ に述 べ たように. ,. 筆者 がまず筆者 のい う意味で の現象論 か ら出発 したとい う ことか らして も. ,. 「み え」 の世界 はわれわれの 出発点 で あ り,そ して終着点 で もあ ると考 える の で ある。 ただ,「 みえ」 は決 して上 記 の よ うな実験操作 によって 直接 的 に 同定 され うるもので はない こと を言 っているので ある。実験結 果 と して実験 者 に示 され るもの は消化 され た結果 であ り,ま た,そ の 人 (被 験者 )に とっ て体験 されて いる もの (そ の人 がみているもの )も. ,少 くともそれが言語的. に報告 されて いる限 り,す でに言語的 ・概念 的 な枠組 みの 中 に消化 された も の (例 え ば「大 きい もの」 とか 「 1/3く らいの もの」)で あ り,そ して この こ とは図 5に 「椅子」 をみ ることと変 りがな いはずで ある。 す ぐ前 に引用 した筆 者 自身 の叙述 の 中 の「第 二 の大 き さを450と い うの は …… 感 じが 合 わな い,300と い うのが 一番 ピッタ リす る……」 と い う ことに つ いて付言 してお く必 要 がある。被験者 が300と 答 え ようか450と 答 え ようか を決定 しかねて いる状態 での「みえ」 は言語 ・概念系 の参与 す る以 前 の 「純 粋 なみえ」 で はないか といわれ るか も しれな いが ,決 してそ うで はない。被 験者 はそ こにすで に「大 きさを判断す べ きもの」 をみて いるのである。刺激 パ ター ンそれ 自身 は大 きさで も形 で も色 で もな い。被験者 に与 え られた課題 性 に即 して ,そ こには例 えば「大小関係」 とい う概念的枠組 みが機能 し,大 き さとい う次元 が分化 しているので ある。 この ような枠組 みの 中 で ,所 与 と してのみえ の大 きさと数詞 (あ えてい うな らば数詞 の感覚 )と をマ ッチ させ ようとす る。ピ ッタ リとマ ッチす るとは,両 者 の 関係 が枠組 みの 中 で安定 した こと を意味す る。 ある いは,大 小関係 にさ らに量 の 関係 を統合 したよ り高次 の概 念 的枠組 みの 中 で所与 が200や 450で な く“300"と カテ ゴ ライズ され る こ とによって最 も安定 した体制 が成立 し,一 番 よく消化 され たと考 えて もよい か も しれ ない。もちろん,こ の ような記述 は現在 の と ころ全 く厳密性 を欠 いた あ いまいな もの にす ぎないが ,一 つ の作業仮説 と して述 べ てお きた い 。. † この ような仮説 をス、まえた実験 的研究 の一端 はすで に報告 した (柿 崎 ,1974, ch。. 9)。.

(20) イ8. 「消化 の法則」について 知覚 における. この ような事情 をもう一 つ 別 な例 につ いてみて み よう。 図 1や 2の 場合 と 同 じく,図 4の ような ものが一つ ず つ与 え られ たとす ると,そ れがその 際 の 課題性 に irrelevantで ない 限 り,「 なん だ ろ う」 とい うようなある種 の 緊張. F嘔. 甲 嘴 罷 猫 騨 覇 覇. Ⅸ14 (Clement,1964,よ リーーーGarner、. 1974、. による. ). あるいは力が生 じるであろ う。 この緊張 は「 これ は∼み たいだJと カテゴラ イ ズ され る こ とに よって (言 語化 されるか否 か にかかわ らず )解 消 され ,全 体 の系 は安定 す る。 しか し,安 定 の程度 は さま ざまである。図 5で 椅子 をみ る の は 恐 ら く安 定 度 の 最 も高 い 場 合 で あ ろ う。 これ は ROsch(前 出 )が basic levelと よん だ こ との 力学 的 な記述 であ るといって よい。 これ に対 し. ,. 図 4の 例 えば iは かな り高 度 に不確定的 であ り,か りに「 ちぎれた脚 をひき ず る怪 鳥」 とみ たと して も不安定 であ り内観的 に も不安 である。 しか し,同 じ図 の aを 「斜面 に建 つ 大学 の校舎」 とみ たときは内観的 に もかな リス ッキ リす るとい うも、うにかな り安定度 は高 い。. 図 4は 元来 はいわゆる「良 い形」の定量 的記述 とい う問題文脈 の 中 での研 究 (Clement;Garner,1974,に よる )で 用 い られ た図 形 の一 部 であ り,形 の 良 さの 指標 と して,「 良 さ」 につ いての 評定 ,命 名反応 の 潜時 ,命 名反 応 につ いての被験者間 での不確定性 の三つの指標 で形 の 良 さが分析 されて い る。例 えば評定値 で は iは 5。 33, aは 2.10(値 が小 さい方 が「良 い」), 潜 時 で は iが 11。 50秒 ,. aが 70秒 ,不 確 定性 で は iは 5。. 5。. 46ビ ッ ト,. aが. † 「良 い」 とい う概 念 自身 か な り多義 的 で ある。 ここで は消化 され易 い形 が 良 い形 だとい う こ とになる。 しか し,消 化 しに くい,何 ともいい ようの ない形 が か えって良 い,美 しい形 である場 合 もあるの は もちろんである。.

(21) 柿. 崎 祐 一. イ9. 3.92ビ ッ トとなってい る (他 の 図形 は これ らの 中間 の値 になる )。 これ ら の 指標 はい ずれ も筆者 の用語 でいえば消化 の安定性 の指標 とみて もよか ろ う。. 以上 ,知 覚 にお ける いわば 「意 味 づ け」の機能 と しての消化 の法則 につ いて. ,. それ を刺激 パ ター ンか らの所与 と枠組 み (既 存 の体制 )と の動的 ・ 可塑的 な 相 互 作用 と して記述 して きた。 しか しそ こか ら,前 稿 (p.130)で 述 べ た よ うに,す ぐ上 に も使 った「意味 づ け」 とい う言 い方 が適 切 で はないとい う提 言 も出て くる。再 三 くり返 したように,知 覚 は本来意味志 向的 な機能 であ り. ,. われわれ は単 なる形象 ではな く “もの"や “で きごと"を みているのである。 知覚 の意味 は記憶 系 や言 語系 か ら「つ け加 え」 られ る もの で はな く,そ の よ うな系 と しての枠組 み と所与 との相互作用 の動態 の表現 が知覚 の意味 に他 な らないの である。 は じめに引用 した矢田部 が「・… ¨これ も体制 の過程 に他 な らぬか ら,こ れ を体制 の法則 の第 二 の形 と して消化 の法則 と名 づ ける……」 と言 ったの は,上 記 の ような こ とを示唆 しているのではなか ろ うか。 あ. と. が. き. 課題解決機能 と しての知覚―― 知覚 の生態学―― 前稿 (p.131)で も,ま た本稿 で も述 べ た ように,実 験場 面 での「被験者 と して の人」 をも含 めて,人 は一 般 になん らか の課題性 をもつ状況 の 中 にお かれ ,課 題 を解決 しつつ 人 々 (実 験場面 で は実験者 やサ クラなど )と コ ミュ ニ ケ ー トす る もの であ り,知 覚 はその ような課題 解決 の行為 ない しその可能 性 の 表 現 で あ る。 い うまで もな く,こ こで 課 題 性 と は そ の 人 に とって の (explicitで あ るにせ よ tacitで あ るにせ よ)課 題性 で ある。 そ うい う意 味. での課題性 は,場 面 ない し状況 の構造 とその人 の特性 との 関係 によって きま † 実験場面で よくある ことだが,実 験者 が規定す る課題 と被験者 にとっての課 題性 とが くいちがうことがあるの を見逃 してはならない。む しろ,実 験計画や 結果 の処理 はその ことを前提 してなされなくてはならない。.

(22) 「消化の法則」について 知覚 における. 5θ. るで あろ う。「消化 の法則」 とは,こ の ようにそれぞ れ の状況 に即 して生起 す る課題解決 の行為 したが ってその表現 と して の知覚 につ いての ,ご く一般 的 な原則 を述 べ た もの にす ぎな い。 これ をよ り具体的 に特殊化 す るためには,一 方 では,こ こで消化 だ とか枠 組 み だとかそ の他 の 用語 で記述 して きた諸概念 の規定 を明確 にせね ばな らな いの は当然 である。同時 に,他 方 で は,人 の知覚 がな されて いる状況 の そ の 人 にとっての課題性 につ いての ,い いかえれ ば現実 の人 びとがいつ ,ど こで. ,. 何 の ため に,何 をどの ように見 ているのか とい うような,い わば知 覚 の実態 につ いての,あ る種 の taxonomyが ,ま たそ うい う意味 で の知覚 の ecology が要請 されて くるで あろう。そ うい う実態 に即 して,そ こに「消化 の法則」 が具体的 ・特殊的 にどの ように機能 しているのかが分析 ・記述 されな くては な るまい。前 にあげたカテ ゴ リーにつ いての研究 なども,そ うい う意味で重 要 で あろ う。 そ して さ らに,そ うい う意味 で もかつ て の Brunswikや 近年 の. Gibsonな どの生態学 的 ア プ ロー チ の重要 な意 義 も再確認 され るべ きで はあ るまいか (柿 崎 ,1981b)。 機能論 か ら機構論 ヘ 以上 ,も の ごとを「みる」 とい う働 きを消化 の機能 と して捉 え,そ の基本 的 な意 義 につ いて考察 して きた。再 三 断 わ ったように,こ こで述 べ られ たの は知覚 の機能 につ いての ことであって,知 覚 の機構 につ いてで はない。 しか し,こ れ も再 三述 べ たよう に,機 能 の正 しい記述 (そ れ はまた現象 の正 しい 記述 を前提 とす る )を ぬ きに して,そ れ と無 関係 に機構 を論 じる ことはで き ない ので ある。 己述 しかえ られ ること もちろん,機 構 ある いは機制 の解 明 か ら逆 に機能 が言 はあ りうる。機能 と機構 が相即 的 である こ とはい うまで もな い。 しか し少 く と も,現 象論 と機能論 とをぬ きに して機構論 のみが独歩 す る こ とはで きな い とだ けは言 え よう。 そ の意味 で,次 の課題 はこれ まで記述 して きた機能 を支 えている機構 につ いて分析 す る こ とである。前 に例 えば Millerら (1976)や Uttal(1981)に.

(23) 柿. 崎. 祐. 51. 一. つ いて コ メン トした こ とは,筆 者 自身 に もあてはまる。知覚 (の 働 き )と は な にか とい う こ とにつ いての筆者 の これ まで の記述 が正 しい記述 でなか った とすれ ば,こ れ に続 くべ き機構論 も妥当で はない こ とになる。正 しい記述 で あったか なか ったか 。 それ は識者 の批判 と今後 の検証 にまつ ほか はない。. 1文. 15. ラ ンダム 図形. ?(KOlers,1970,よ り. ).

(24) 「7肖 化 の法則」につ いて 知覚 にお ける. 52. 図. 6. “もの "と “で き ご と"(Bransford&McCarrel,1974,よ り).

(25) 柿. 崎. 文. 53. 一. 祐. 献. Bransford,J.D。 & McCarrel, N.S。. (1974)A sketch Of a cognitive. approach to comprehensiOn: Some thoughts about understanding what it means to comprehend。 (In Weimer&PalermO,eds。 ,1974). Bruner,」 。S.,POstman,L.&ROdrigues,J。 (1951)Expectation and the perception of co10r.42ι rJ“ ηあ arη αJげ ら メ乃 θ Jο ,,64,216-227.. Dixon,N.F。 (1958)The effect Of subliminal stimulation upon autonomic あ arπ α′ぼ αbη θ αJ αηノsθ ε グ α′Psyθ ttθ Jο 型, 57, “. and verbal behaviOr。. r′. 29-36.. Dixon,N.F。 (1971)Sab′ グ zグ η rθ cρ ″ αJ夕 ι グ θ η: The nature of a controversy. McGraw― Hill. Erdelyi,M.H。 (1974)A new loOk atthe new loOk:Perceptual defense and. 宙gilance.Psyθ Fraisse,P。 eds。. ノ J “. ttθ Jσ. Rι υ グ θ w,81,1-25。. (1981)Multisensory aspects of rhithm。. (In Walk&Pick,. ,1981). Gamer,W.R。 (1974)劉 り ιクηθ ι ssれ gぼ. J役. グ θ ηαηグs″ zθ ttrι .LEA. ルrπ α′. Gibson,」 。J.(1941)A critical review of the cOncept of set in contempor―. ary experimental psychO10gy.Psυcttθ Jagグ. J rι. “. ω;63,149-159. υグ ι. Haber,Ro N。 (1964a)A rephcatiOn of selective attention and coding in. 宙sual. perception.力. zrπ. rjπ ι α Jげ θ π ″J Psυ cttθ ,,67,402-404. ″ι Jο. Haber,Ro N。 (1964b)Effects Of cOding strategy on perceptual memory. rグ πθ η″J 力πrπ αJぼ ι ″θ. qり ,68,357-362. Pttcttθ ′. Haber,Ro N。 (1966)Natur of the effect Of set on perceptiono Psけ. cん. θ Jを. ′ “. Rι υ づ ι w,73,335-351.. Hochberg,Jo E。. グ θ η,2nd (1978)Rπψι. ed。 ,Prentice―. Hall。. (上 村 保 子 訳. 知覚 ,19819岩 波書店 ) 柿 崎祐 一 (1956)構 えにつ いて.京 大文学部 五 十周年記念論集 ,265-288。 柿 崎祐 一 (1963)い わゆる錯視 の 問題 をめ ぐって.哲 学研究 ,42, No.4869.

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(29)

図 6  もの "と で き ご と "(Bransford&McCarrel,1974,よ り )

参照

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