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国語科授業案

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(1)

著者 繁田 美帆

雑誌名 教育研究協議会要項 : 共に創りあげる授業 : 資質

・能力を育みながら,「教科ならではの文化」を味 わう子どもたち

巻 令和元年度

ページ 13‑18

発行年 2019‑10‑17

出版者 静岡大学教育学部附属静岡中学校

注記 題材名 : トロッコ ー「語り」を通して読むー 著者版フラグ publisher

URL http://hdl.handle.net/10297/00026821

(2)

国 語 科 授 業 案

授業者 繁 由 美 帆

日 時 令和元年10月 17日(木)第 2時 1 1 : 25 - 1 2 : 15

2 学 級 l年A組 ( 1 年A組教室)

3 題 材名

トロッコ

ー「語り」を通して説む一

4

題材の目標

「トロッコ」を良平の 8歳の時の体験談であると読み取った子どもたちが, 文章の展開や表現の効果を通して語 りについて考えることで, 大人になった良平の生活と 8歳のl時の思いのつながりや, トロッコが描く道と人生の重 なりに気づき, 読みを深めることができる。

5 題 材観

(1 )

題材としての「トロッコ」

「トロッコ」には, 何度も読み返したく なる工夫が 随所に施されており, 長きにわたって教科書に掲載さ れてきました。

まず, 土工との会話を通して, 良平の緊張感や喜び,

失望などが鮮やかに描かれており, ここから良平の心 情の変化を読み取ることができます。 そして, 情景描 写が多用されており, この点からも, 良平の心情にせ まることができます。 また, トロッコの軌道が良平の 人生とつながるのではなL、かと読むこともでき, 読む 度に新たな発見のある作品ということができるでしょ

つ。

さらに, 文誌は平易でありながら, 現代の日常会話 では用いられないような語設も含まれており, その獲 得ができるということもあげられます。 静岡県の中学 生が読むことを考えれば, 時代は追うものの. r小田原・

熱海間」の軽便鉄道敷設という身近に感じられる場所 での話であるということも, 親しみやすさに多少なり とも貢献しているのかもしれません。

このように. rトロッコ」は, 様々な魅力のある作 品ですが, 大人になった良平が突然登場する驚く よう な展開は, この作品の本質にせまるために欠かせない 要素です。 そこで,本題材では,思い出として語る「語 り手」の存在を通して, 読みを深めていくことを考え ましfこ。

(2)

rトロッコ」の語りの重要性

「語りJと一口に言っても, 様々な側面があります。

そこで今回は, ジエラール・ ジュネットの考えを取り 入れることにしました。

「トロッコ」の中には, 物語内部に流れるl時間とは 別の「今」の時点から, 良平ではない(誰でもない ) 語り手によって語られる部分が 2か所あります。 特に

二つめ(最後の部分)では. 8歳の体験が. r今」の 良平の生き方と何らかのつながりがあることが示唆さ れています。 これらの部分は昭和40年代に発行され た教科書では削除され, その後復活したという経緯が あります。

もし「今」の時点からの語りがないテクストであれ ば. rトロッコ」は, 主に 8歳の良平の恐怖体験とそ の心情を読み取る題材となります。 しかし, 本来の形 のテクストで読むならば. 8歳の体験は, 大人になっ た良平の人生を暗示する「引用部分」にすぎません。

大人になった良平の様子が語られている部分こそが重 要であり, そこをどのように読むのかということが中 心となります。 実は, この最後の 4行は, 語り手がそ の存在を読者の前に現す部分でもあります。 この語り 手とはどのような存在で. 8歳の良平と大人になった 良平をどのように結びつけているのか, 考えていく 必 要があります。 その結びつきを考えることで, この作 品の本質にせまっていくことができるでしょう。

①「今」の視点から考える

「トロッコ」における語りは, 大きく 二つの種頒に 分けることができます。

一つめは, 以下の〈語り 1><語り 2>に示したような,

「今」の地点がはっきりと現れる部分です。

〈語り1

>

そこには古い印ばんてんに, 季節外れの麦わら帽 をかぶった, 背の高い土工がたたずんでいる。 一一 そういう姿が目に入ったとき, 良平は年下の二人と 一緒に, もう五,六問逃げ出していた。 一一それぎ り良平はつかいの帰りに, 人けのない工事場のト ロッコを見ても, 二度と乗ってみようと思ったこと はなL、。 ただそのときの土工の姿は, 今でも良平の 頭のどこかに, はっきりした記憶を残している。 薄

円。 唱EA

(3)

明かりの中にほのめいた, 小さい黄色い麦わら相,

一一しかしその記憶さえも, 年ごとに色彩は薄れる らしL、。

下線部を見ると. r今でも」という語がありますが,

ここを読んだだけでは「今」とはどの時点なのか, ま だよく わかりません。 しかし. r年ごと」という表現 があるため, この体験からは何年も経過した時点なの ではないか, という予怨ができます。 この謎にヒント を与えてくれるのが以下の部分です。

〈語り2>

良平は二十六の年,妻子と一緒に東京へ出てきた。

今ではある雑誌社の二階に, 校正のう|とifiを握ってい る。 が, 彼はどうかすると, 全然なんの理由もない のに, そのときの彼を思い出すことがある。 全然な んの理由もないのに?一一庫労に疲れた彼の前には 今でもやはりそのときのように, 薄暗いやぶや坂の ある辺が, 細々と一筋断続しているo

下線音ßには「今ではJr今でも」と「今」を含む表 現が二つ含まれています。 ここを読むと. r今」 が どの時点、なのかわかるような気がします。 しかし,

「二十六歳」という年働は「東京へ出てきた」年齢で あり. r今」はそれより年をとっていることが予想さ れるものの, 一体何歳になっているのかは, はっきり わからないようになっています。 また. r鹿労に疲れ た彼の前には今でもやはりそのときのように, 薄暗い やぷや坂のある道が, 細々と一筋断続している。Jと あるように, 語り手は, 良平の「今」より先の人生が どのようになっていくのかを知っているような語り方 をしています。 そのように考えると, この語り手は固 定されたある時点に留まっているのではなく. 8歳の 良平の生活から, r今」よりずっと未来の良平の生活 まで, 自由に行き来したり, 見渡せたりする特殊な位 置にいるのだと考えることができます。

では, 良平自身は. 8歳の体験を「どうかすると」

思い出す理由を知っているのでしょうか。

〈語り 2 > の「全然なんの理由もないのに, そのと きの彼を思い出すことがある。」という部分は, 二通 りに読むことができそうです。「全然なんの理由もな いのにJという表現をことば通りに受け取れば, 良平 自身には, 過去の記憶とのつながりは自覚されていな いということになるでしょう。 しかし, すぐ後に「全 然なんの理由もないのに?一一鹿労に疲れた彼の前に は今でもやはりそのときのように, 薄暗いやぷや坂の ある道が, 細々と一筋断続している。」とあることか ら, 一見, 理由を知らないように見えて, 本当はそう ではないということが語り手から伝えられていると読 み取ることもできます。 良平が理由の全てをわかって

いるわけではないとしても, 8歳の体験を思い出すの は, 自分のこの先の人生を思いやるときである, とい うことがこの部分では示唆されているのです。

②文章表記から考える

また,この「一一庫労に疲れた彼の前には…(中略)

…細々と一筋断続している。」という一節は, 良平自 身の感じていることなのか, それとも語り手だけが 知っていることなのか, という疑問が出てく るでしょ

つ。

この疑問を解くヒントとして, rトロッコ」 の特徴 的な表現方法である 「一一J(ダッシュ)の使用法に ついて考えてみると, その後に描かれる心情には, 一 種類あることがわかります。

(1 解説的な用法〉

・工事を一ーとL、ったところが, ただトロッコで土 を迎搬する一一それがおもしろさに見にいったの である。

・ある夕方, 一一それは二月の初旬だった。

・その中の一人, 一ーしまのシャツを活ている男は,

うつむきにトロッコを押したまま, 思ったとおり 快い返事をした。

<n

良平の心情を語る 用法〉

-紛iい線路がしなったり一一良平はそんな景色を眺 めながら, 土工になりたいと思うことがある。

. rこの人たちならば叱られない。」一一彼lまそう思 いながら, トロッコのそばへ駆けていった。

. rもう押さなくともいL、。」一一良平は今にも言わ れるかと内心気がかりでならなかった。

. r行きに押すところが多ければ, 帰りにまた乗る ところが多L、。」一一そうも考えたりした。

Iの場合, ダッシュの後には状況を補足説明する語 り手が現れます。 Eの場合も, 状況の説明ではあるも のの, 良平の心情に特化されており, 多くはかぎかっ こcrJ)でくくられた良平の心の中のせりふを補足す る形になっています。

このように, ダッシュが良平とは別の語り手の見解 を示すために使われていることを踏まえて読み直す と, 最後の部分 「一一庫労に疲れた彼の前には…(中 略)・・・制々と一筋断続している。 」は, 諮り手の見解 であると考えることができるでしょう。 ただし, ここ での語り手は, 良平の思考や感情に入り込み, その内 容を読者に語っています。 仮に読者がその場に居合わ せることができたとしても, 見聞きすることができな いような内容が合まれています。 そのため, この部分 が良平の考えなのか,r語り手」の見解なのかは, はっ

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(4)

きりとわかりません。「トロッコ」の語り手が一体ど のような存在なのかを考えるとき, 良平自身とも, 全 く別の第三者であるとも読めることにこそ, この作品 のおもしろさがあるのです。

(3) 1トロッコ」で語りを読む意味とは

このように, 語りに注目して読んでいくことは, 読 者を物語からヲ|き離す効果を生みます。 読者が幼いう ちは, 物語の内部に入り込み, 登場人物と自分を重ね て読むことによって登場人物の心情を理解していきま す。 行動描写や情景拙i写, 会話などを, 読者自身の経 験や解釈と重ねて読むのです。 ところが, このような 読み方をしているうちは, 読者は登場人物から離れる ことができません。「私/僕(読者) が良平だったら

…ー」という考え方から抜け出すことができないので す。 しかし, 語り手と登場人物を分離させ, 語り手の 存在そのものについて考察していくうちに, 物語を外 側から客観的に見つめざるを得なくなっていきます。

人物の設定や文章の構成がどのようになっているか,

それらがどのような効果を生み山しているか, などの 点について, 分析的に読む視点を獲得することにつな がっていくので・す。

このような視点から読んでいくと, 解釈や「読み」

が複数の読者の聞で一致しなくてもよいということに なります。 つまり, 8歳の良平の体験と大人になった 良平の生活を重ねて考えるよう促しているのは語り手 であると気づくということです。 読者は, 最後の部分 の語りによって初めて, 大人になった良平の人生を8 歳の体験と重ねて読み直すことになります。 そして,

トロッコの軌道が良平の人生のメタファーであるとい う読みが生まれます。

また, 既に述べたように, 1トロッコ」では, 登場 人物とは別の語り手に語らせることで, 良平自身が自 覚していないこと(感刊のまでも, 読者に情報提供を しています。 そのため, 最後の部分は, どこまでが良 平の考えで, どこからが語り手の考えなのかはっきり せず, 部然一体としています。 こうした表現方法その ものが, 読者を混乱させ, 18歳のl時の体験を思い出 すのには, 本当に型由がないのだろうか?いや, こう 切り返すのは理由があるに違いなし、」と思わせ, その

「理由」を探すよう仕向けているのです。 これが語り の 「意図している効果」であることを読者が認識して いれば, 1本当は理由があるのか/ないのか」という 問題にただ一つの答えが出せなくてもよいということ に気づくことができるのです。 そして, 読者は「何が 正しい読み方か」ということから解放され, それぞれ の読みに浸りながら, 読むことを楽しめるようになっ ていきます。

(4)

本題材における国語科ならではの文化

本題材においては, Ir語り』や『語り手』について 考えることを通して, 良平の8歳の時の体験を別の視 点、から読み直し, それをもとに大人になった良平の人 生 ・ 生 き 方について語り 合 う こと J を国 語科 ならでは の文化とします。 Irトロッコ」は8歳のl時の体験につ いて苦かれた小説だJと考えていた子どもたちは, こ のような読み方を獲得することによって, 物語の中 心を大人の良平に移し, 読み直していくことでしょ う。 また, 良平ではない語り手について注目していく うちに, 本文ではわずか 4行しか害かれていない良平 の「今」や「今後」について想像を広げていくはずで す。 良平の先の見えない心細さや不安感, 1泣いても しかたない」と思い先へ進んでいこうとする焦燥感,

過去の人生によい時はあったかもしれないが, 今後は あまり期待できそうにないこと, などを読み取ること でしょう。 このように, 8歳の噴の体験と大人になっ てからの生活をつなげて読んだり, それさえも客観的 に語る「語り手」の存在にも気づいたりするはずです。

このことにより, 読者として成長していく自分自身に も気づいていくのではないでしょうか。

(5)

題材と子どもたち

大人になった良平の生活と8歳のl時の良平の体験が どのようにつながっているのか, ということを追究し ていく中で, 子どもたちは, これまでの小説には出て こなかったタ イ プの諮り手を発見し, 戸惑いを感じる ことでしょう。 なぜなら, 良平そのものではなく, 平等 観的に語る語り手に気つ'いたものの, 叙述からそれを

「誰」と断定することはできず, 1人Jであると言い切 ることもできないからです。

しかし, 語り手を良平と分離させることで, 多くの ことが見えてきます。「語り手は, 良平の気持ちを本 人以上に知っている不思議な存在だJ, 126歳で東京 に出てきたということは, r今』はもっと年上になっ ているに違いないJ, 1なぜ, 全てを見通しているよう な語り手が『全然何の理由もないのに?Jと聞き返す のだろう」など……。

子どもたちは, このようなA管えや疑問を伝え合う中 で, 互いの考えをl吟味したり, 補い合ったりしていき ます。 そして, ただ一つの「正しし、」読み方を求める のではなく, 語りの効果を分析する視点をも獲得して いくことでしょう。 すると, 1トロッコ」に対して,

最初とは異なる見方ができるようになっているはずで す。

読者として成長した子どもたちが, これから多くの 題材と出会う中で. 言葉を11今l床しながらfill聞との対話 を重ね, 12かな言語感覚をlおいていくことを願ってい ます。

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(5)

参考文献:ジエラール・ジュネット著, 花輪光・和泉涼一訳(985)r物語のディスクール』 部隊風の欝被 鈴木泰.'J!:, 高木信, 助川幸逸郎 , 黒木朋興(2009)r <国語教育〉とテクスト論』 ひつじ書房 田中実, 須員千里(2001 )r文学のカ×教材のカ0>中学校編1年』 教育出版

田中実, 須貝千里(2012)r文学が教育にできること一「読むこと」の秘鏑-J 教育出版

ひや〈

田中実, 須員千里, 難波隙孝(2018)r第三項理論が妬く 文学研究/文学教育 高等学校』 明治凶@

ピーター・ノ〈リー著, 高橋和久訳(2014)r文学理論講義 新しいスタンダード』 ミネルヴァ3房 高寄啓一(2007.12)1芥川龍之介における「語り」についての一考察ーその散文観から一」

「近代文学試論J45号, 広島大学近代文学研究会 寺回守(2002.5)1小説教材の読みに附する学習者論的研究一「トロッコ」の場合一」

「全国大学国語教育学会発表要旨集」

深津謙一郎(2014.1 0)1文学研究における語りと視点一芥川龍之介「トロッコ」を中心に一JI表現研究」

6

新学習指導要領との関連

〔思考力, 判断力, 表現力等〕

C

読むこと

イ 場面の展開や登場人物の相互関係, 心情の変化などについて, 描写を基に捉えること。

ウ 目的に応じて必要な情報に着目して要約したり, 場面と場面, 場面と描写などを結び付けたりして, 内容 を解釈すること。

文章の構成や展開, 表現の効果について, 恨拠を明確にして考えること。

〔知識及び技能〕

(1 )

言葉の特徴や使い方に関する事項

ウ 事象や行為, 心情を表す語句の盈を増すとともに, 語句の辞書的な意味と文脈上の意味との関係に注意し て話や文章の中で使うことを通して, 語感をl者き語誌を1泣かにすること。

7

題材構想(全8時間)

(1)

1トロッコ」と出会い, 感想や疑問を交流する(2時間)

(2) 8歳の時の体験と大人になった良平の生活のつながりを考える(2時間)

(3)

1トロッコ」の語りから最後の部分を考える(

3

I時間 本時はその 2 ) (4)諮りを通して読む( 1時間)

(1)

1トロッコ」と出会い, 感想や疑問を交流する ( 2時間)

授業者はまず, 芥川削之介の作品を読んだことがあ るかどうか, 聞いてみたいと思L、ます。 おそらく, 1蜘|

妹の糸」を読んだことがある子どもは多いことでしょ う。 しかし, 1トロッコ」を読んだことのある子ども はほとんどいないはずです。 そもそも, トロッコとは 一体どのようなものなのか, 現代の子どもたちはイ メージしにくいのではないでしょうか。 そこで, 題名 を提示した後, トロッコとはどのようなものなのか,

確認してから範読に入ります。 子どもたちは次のよう な感想や疑問をもっと予想されます。

�---ーー・- ----・ー---�

. . . . . . . .

-トロッコに乗った時, きっとジェットコースター;

みたいでおもしろかったのだろう

・遠くまでトロッコを押してあげたのに, 突然「も う帰んな」と言われて呆然としたと思う

・なんとか家まで帰って来られてよかった

-題名が「トロッコ」だから, トロッコに乗った時J の気持ちを伝えたかったのだろう

8歳の良平の不安な気持ちが伝わってきた

・途中に出てくる風景は, 情景描写なのではないか

;

-最後の部分はどのようなことを言っているのか . 1今」の良平の話は, 子どもの頃の話と関係があ:

るのだろうか

など:

感想、を出し合ううちに, 子どもたちは物語の最後の 部分をどのように捉えたらよいのか, ということに疑 問を感じていくことでしょう。 そこで授業者は, 1 8 歳の時に乗った『トロッコ』の話と大人になった良平 の話は、 関係があるのだろうか」と問いかけます。 す ると, 次のような意見が出されるでしょう。

;・最後の部分はあまり関係がなく て, 子どもの頃の,

思い出話をしたいだけなのではないか

・「全然なんの理由もないのに?Jという聞き方が1

pnv 噌EA

(6)

わざとらしL、から, 本当はきっと関係があるとい うことを言いたいのだろう

. í今でもやはりそのときのように, 薄暗いやぷや 坂のある道が, 細々と一筋断続している。Jと書 いてあって. í今でも」と言っているからつなが りがあるのではなL、か

など;

そこで授業者は, 子どもたちの発言を受けてí8歳 の頃の体験と大人になった良平の話はどのように関係 しているのだろう」という問いを学級全体で共有し,

次時につなげます。

(2) 8歳の時の体験と大人になった良平の生活のつな がりを考える(2時間)

まず, 個人で考える時聞を設けます。 二つの|時間に つながりがあると考える子どもたちは, 次のようなこ つの視点で考え, 小グループで伝え合うでしょう。

:①8歳の体験の中から「塵労に疲れたJ í簿暗いやl ぷや坂のある道」と重なる表現を探す

. í竹やぶのある所」で 「重いトロッコJ を押すと:

いう描写は, 大人になった良平の身体的 ・精神的' に 「疲れたJ状態とつながっている

・泣きそうだったが位かずに. í無我夢中に線路の そばを走り続けた」というのが, 家族を養うため に「飽労に疲れ」ながらも働く 良平の姿と重なる

・家に岩く 前の「白金山の空も, もうほてりが消え かかっていたJí辺りはH音くなる一方だったJíタ 閣の中Jなどの描写は.í薄暗いやぷや坂のある道」

と重なるので, 大人の良平も「不安Jや「泣きた く なる」気持ち. í心細さ」を感じているのだろ

-暗い↑庁長描写が多く , 疲れた大人の良平とつな カtっている

②トロッコの軌道を良平の人生と重ねる

・上ったり下ったり, 同じような茶庖があったり,

似たような景色が何度も山てきたりするのは, 人 生そのものではないのか

・現実でも「レールが敷かれた人生」などと言うこ とがあるから, 良平が走ったトロッコの軌道は,

良平の人生を表しているのではないか

など(

次に, 全体で意見を共有します。 その中で, 以下の ように新たな疑問も出てくるでしょう。

<新たな疑問> :

. í全然なんの理由もないのに?Jと聞き返してい ; るのは良平だと思っていたけれど, 良平とは別の;

語り手なのかもしれない

・語り手は, なぜ「関係がある」とはっきり言わずj に. í全然なんの理由もないのに?Jとl酸味な言:

い方をするのだろう

など!

授業者は. í語り手はどのような存在で, なぜ. r全 然なんの理由もないのに?Jと聞き返すような, はっ きりしない言い方をするのだろう」と問いかけ, 諮り について考えていくことを確認して次時につなげま す。

(3) íトロッコ」の語りから最後の部分を考える (3時間 本時はその2)

前H寺の内容を受け, 個人の意見をもつために, 本文 を読み直す時聞を1 I時間設けます。 子どもたちは, も う一度 8歳の良平がどのように語られているかを読み 直していくことでしょう。

; ・トロッコの軌道を人生に例えたり,↑背景描写で説 ; l!.tlしたりしているのは, 良平だと思っていたけれ ; ど, 良平ではなく別の語り手なのかもしれなし、。:

だからはっきりわからないのではないか

・良平のことを何でも知っているから, 良平自身で;

はないか。 心の中で自問自答しているのだろう

・良平の気持ちを代弁できるのだから, 語り手は作 者なのだろう。 あるいは, 神様のような存在では ないか。 でも, それなら何でもわかるはずだ

など ここでは, 語り手をどのように捉えたらよいのか戸 惑う子どもがいることが予智、されるため, 小グループ で自分の考えを伝え合います。 互いの考えを聞き合う 中で. íここからも同じことが言えそうだ」と別の恨 拠を見つけたり, 別の視点を取り入れたりしていく こ とができるでしょう。

・良平を「良平」とか「彼」と呼んでいるから, 語:

り手は良平自身ではないだろう。 �!flとは言えない:

けれど, 本人ではないから, 二つの時間につなが ; りがあるのかないのか, 諮り手にもわからないの:

ではないか

. í彼はどうかすると, 全然なんの理由もないのに, ; そのときの彼を思い出すことがある。 全然なんの:

理由もないのに?Jというのは良平が言っている:

わけではなさそうだが. í思い出す理由があるJ : と断定しているわけではなし、から.í昔とつながっ:

ている」とは言い切れないのではないか

. í全然なんの理由もないのに?J という言い方か;

ら, 語り手は良平自身もわかっていないことを!

知っているようだから,や11様みたいな存在ではな;

勾­句E4

(7)

いかと考えたが, はっきりしない言い方もしてい ・ るからそれも違いそうだ

. r今」とあるけれど, 良平は 26歳より年上になっ ているのではないか。 小さい時のことから結婚し て東京に出てきた後のことまで何でも知っている 人など現実にいるはずがないから, 家族とか, 友 人というのは違うのではないか

0・ -ーーーー・・・・・・・・・・・・ー・ー・ー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ー・ーーーー

など

全体で考えを伝え合う中では, 語り手は良平そのも のではないと読み取れるものの, 誰とははっきりわか らないということが共有されるでしょう。 また, 語り 手について考察することを通して, 子どもたちは, 文 章の構成や表現の効果についても目を向けることにな ると考えられます。

8歳の体験の中で「それぎり良平は」とか「今で も」という言い方をしていたから, 語り手は大人 になった良平の側にいるのではないか。 おそらく 良平は 26歳よりもずっと年上になっているが,

年月が経ちすぎて, つながりがあるのかどうか,

はっきり言えないのではないか

.r-Jの後にも, 語り手が出てきて説明を加え ているが, 良平の気持ちを細かく把握しているか ら, 語り手はやはり良平自身だと思う。 年を取哩 た良平が, 人生を振り返って自分自身を客観的に 見ているのではないか。 そして読者に問L、かける ことで, 一緒に考えてもらおうとしているのでは ないか

-最後の部分を読むと, 語り手は良平自身も気づい:

ていないことを知っているようだ。 今の良平の生:

活と8歳のi待に定った道が似ていると考えている:

のは語り手だけなのだと思う

・良平になりきって語れるのだから, 語り手は作者 なのだろう。 聞き返すことで, 注目してほしいと ころや, 一番大事なところを強調しているのでは ないか。 あるいは, 読者が注目することを予測し てわざと言っているのではなし、か

など 全体共有を行い, このような語り(表現上の工夫) を通して読み直すと, 子どもたちは, rトロッコ」の 最後の部分を以下のように考えていくでしょう。

:

・もし,良平自身が「僕は~だったJと語ってしまっ!

たら, 全てがはっきりしてしまって, 読者は考えl る必要がなくなってしまう。 客観的な語り手がい;

ることで, 最後の部分を色々想像することができ:

た。 大人の良平は妻子がいるけれど, それが小さ

j

いときの父母のような精神的な支えになっている,

ような感じはしないから, 心のよりどころがない;

のかなと思った :

・最後の部分の語りがあることで, 今の良平はどの:

ような生活をしているのだろう, と想像した。 最;

後の部分がなければ,良平の小さい時の話なのだ,

:

と思っていただろう。 でもこれは大人の良平の話.

で, 良平はきっと, 妻子や生活のためにあまり楽 しくない仕事を続けているのだろうと想像した。

校正というのは大事だけれど, 新しいことを生み 出すような仕事ではなく, ミスが許されない仕事 で, うんざりしているのかなと感じた

など

(4)

語りを通して読む(1 時間)

最後に, 授業者は, rrトロッコ」の語り(表現上の 工夫)があると, 物語内容はどのように読めるのだろ うか」と問い, 子どもたちは, それぞれの考えをまと めます。

: ・語り手が「僕はJr私は」と言うと, 読者は直接:

話しかけられているように感じる。 だから, r花:

曇りの向こう」では「僕」に感情移入してしまった。:

「僕」を応援したり, rばあちゃん」の言動にいら

:

立ったりした。 でも, 良平を「彼」と呼ぶと, 少:

し距離ができて客観的に見られるようになった。

語り手はどのような存在か考えたが, 良平本人で はなく, しかし誰とも言えない特殊な存在ではな いかと思う。「今」はきっと,良平は 26歳よりずっ と年を取っているだろうし, おじいさんになって いているのかもしれなL、。 いずれにしても, 辛く 厳しい人生を送ったのだと想像できる

. r大人になれなかった弟たちに……」を読んだ時 には, 語り手で主人公の「僕」が作者で, 実話の ように感じられた。 しかし,語り手が良平を「彼」

と呼ぶと, 良平が作者という感じはしなくなっ た。 語り手は良平とは別の存在で, 良平の人生を 見守っているように感じる。 良平は 26歳で東京 に出て行ったが, 今後仕事で成功するような感じ はせず, ずっとこのような暗く寂しい人生を送っ ていきそうで, 読んでいて辛い気持ちになった

e

など

.ーーーーーーーーーーーーーーー・・・・ー・・・・・

「語りJを通して読むことで, 新たな読みの手法を 身につけるだけでなく, 物語をさらに深く読むことの おもしろさや, 良平の生き方・人生を想像することの 楽しさに気づき, 読者として更に成長していくことを 願います。

。。1ム

参照

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