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共に表現する楽しさを感じて −4年1組『オーカ・ピカイチ』の実践から−

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Academic year: 2021

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共に表現する楽しさを感じて

−4年1組『オーカ・ピカイチ』の実践から−

山 本   諭

「M男君、星見えた」私が聞くと「うん。見えた」とM男君はにこりとしながら答えた。すると隣 にいたR男君も「うん。僕も見えた」と言った。完成した自分達の小屋のベットに寝転んだ二人は、

三角の天窓から冬空を見上げていた。「そうか、見えたか」私はそう言った後、二人を包む何とも言 いようのない雰囲気の中で、空を見上げる二人を見つめながら、それ以上何も言えなくなづていた。

そして\弛んで落ちてきそうな透明な天窓から見える星空を」緒に見上げていた。

二人はこれまで互いにこの小屋に込める思いをぶつけ合い、刺激し合い、発想のよさや技術の高ま りを認め合いながら自分たちの空間をっくり上げてきた。自分たちの夢の小屋をっくることを通して、

互いの存在を感じ、相手を鏡に自らの表現だけでなく、取り組む姿勢や人への向き合い方までも見つ めてきたのだ。

冬の夜のピンとした空気の中、ビニルシートに囲まれたその空間には、何とも言えない温かさが満 ちていた。

1.教材について

子どもたちはこれまでの造形経験の積み重ねの中で、自らが納得いくまで表現していくことで自分 の表現と向き合い、技術、技法の高まりとともに表現の可能性を広げたり、こだわりを強めたりして きた。私は、いっしか子どもたちから発せられる「今の自分たちなら、これま、でやれなかったことも やれる」という熱い思いを感じ始めていた。そして、それまでの子どもたちが取り組んできたことを っなげながら、その子のさらなる表現へのこだわりの強まりや造形経験の広がりを願い、これまでに 培ってきた造形感覚を総動員して挑める教材と出会わせたいと思った。

子どもたちに本教材『オ丁カ・ピカイチ』の制作を投げかけたのは、子どもたちの姿に、その機が 熟したと感じたからだ。「オーカ」とは、ブラジルのインディオの言葉で「我々の小屋」を意味する。

しかしながら、本教材では、4年1組の子どもたちが、互いの思いを主張し、自らがこだわる技術・

技法を総動員してつくりあげる表現の結晶としての小屋を意味する。

「ピカイチ」はクラスの名前である。ひとりひとり違う個性的な輝き方をする子どもたち。自分の 思いのままを表現していく姿そのものがクラス名となった。

本教材において子どもたちは、屋外で活動することによる自然条件の厳しさやこれまで経験したこ とのないスケールの大きさ、材料加工や立体操作の困難さを感じるだろう。何より本教材において同 じ空間で共に表現している友達の存在は大きい。共に表現する友達との表現のぶつかり合いを通して、

自らの表現を見つめ、したいことと、できるこ との間で思い悩むに違いない。それでも、この 子どもたちならきっと、その困難をも楽しさに 変え、乗り越えていこうとするはずだと信じて

いた。

自らの精一杯の表現をしているからこそ、そ の子の思いは揺さぶられ、自らを見っめ、互い の存在を感じていく。あくまでも自分の表現に こだわろうとしたり、発想を転換したりしなが ら、納得がいくまで自らの表現を突き詰めていっ た所にその子らしさは必ず湊み出てくると考え く夢の小農、オーカ・ピカイチをつくろう〉  た。

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2.M男君のとらえと願い

M男君は、発想豊かに、材料の手応えを感じながら、材料のもつ面白さやつくることそのものを楽 しむ子である。決して手先が器用だとは言えないが、見立てることで発想を広げたり、材料の組み合 わせ方を工夫したりしながら、自分がイメージしたものに近づけようと努力する子だ。

クラスで何か一つの目標に向かって取り組もうという時には、先頭に立って取り組もうとする。た だ、自分の思いが通じない時、感情に任せて友達を責めることもある。仲間から離れ、どこか釈然と しない表情でいることもある。激しい感情の表出は、彼の純粋すぎる気持ちの表れなのだろう。しか し、理解してもらえないことへの不満を自分の中にかかえ込んでいるようにも感じてきた。

前教材、『自然からの贈りもの』では、彼の「あの大きな木、使えないかな」という呟きが近くで 表現するK男君の発想を刺激した。「いろんな動物をっけたら面白そうだ」と言うK男君にM男君は

「僕は、この竜みたいな木をつけるぞ」「いろんな動物をつくって木に登らせよう」と互いに発想を広 げ、実に魅力的な表現をしていた。

M男君には、自分の発した一言が、回りの友達を刺激し、表現の幅を広げることにつながっていっ たという意識などない。ただ、みんなが「よし、それをやろう」と盛り上がり、楽しそうに表現して いく中で、自らの思いを清々と発拝し、共につくることの楽しさに浸っているように感じた。

前教材の追究中、活動が停滞しているように感じた時、「何かやってみたいことが他にあるの」と 子どもたちに聞いたことがある。真っ先に「家」と叫んだのが彼だった。そして、3年になった時か

ら「いっかは家を作ってみたい」と考えていたことを話し始めた。本教材は、彼のそんな長年の思い をかなえる教材でもあるのだ。まずは、念願の家づくりを思う存分に楽しんでほしい。そして、彼の 発想が友達の思いを刺激し、彼の表現へ振り戻されることで、一彼の表現がより豊かに広がっていくこ

とを願っていた。

3.M男君のこだわり

「運動場にみんなの夢の小屋オーカ・ピカイチをつくろう」という投げかけに、M男君はドーム型 の家をっくり、その中で友達と遊んだり、飲食をしたりすることを考えていた。隣の席のR男君も同 じようなドーム型の家を考えていた。ドーム型の家という共通性を見出した二人は一緒に作ることに なった。しかし、縦、横、高さが3mの3つの大きな骨組みと出会った二人は、想像していた以上の 大きさに戸惑い、目の前の骨組みとドーム形にしたいという思いの問に大きなギャップを感じていた。

それでも、自分たちのこだわりの家をっくりたいという強い思いをもっていたM男君は、これまで経 験したことのない大きさ、高さにもひるむことなく自分の夢の空間づくりに取りかかっていった。

実際につくってみると想像以上に多くの困難に出会うことになった。まずは、立体として表現する ことの難しさであった。イメージ画や設計図として紙面上では簡単に表現することができる形であっ ても、実際に木材を組んで安定した立体にすることはけして易しいことではなかったのだ。

角材を組み合わせること一つ取っても、一人で組むことは難しい。必ずだれかの助けを借りなくて はできないのだ。慣れないクギ打ち。何度打ってもすぐに曲がってしまう。クギを支える手の方まで 打ってしまう。思うようにいかず苛立ち始めた彼は、R男君への言葉も乱暴になっていく。それでも、

いくつかの方法を試しながら問題を解決しようとしていった。2本の角材を組み合わせる時には、片 方にクギを貫通させてから受け側に打ち付ける方法を考え出していった。

四角につなげた枠を骨組みと接合させようとした時も、最初は4mの角材をそのままの長さで使っ たため、安定せず歪んでしまい、うまく接合することができなかった。どうするのかと見守っている

と1.5mの塩化ビニルのパイプを持ち出してきた。(さては、うまくいかなくて材料を変更するのか な。珍しく弱気だな)と思いながら「なんだ、今度はパイプにするんだ」と意地悪く言うと「分かっ てないな」とでも言いたげに「これ、1本1.5mだよね。2本なら3mだ」とにっこりと笑ったのだ。

4mでつくった枠では安定させることができないばかりか、基礎になる3mの骨組みとの組み合わせ にも問題があることに気づき、角材を3mに切り揃え■ようとしていたのだった。思わず言ってしまっ

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た意地悪な言葉をやんわりと切り返し「うまくいかないのも楽しみのうちさ」と言わんばかりの彼。

そんなところにも彼らしいものの考え方が彦み出ているように思った。

言われてみれば、思うようにならない難しさに立ち向かってこそ、この教材の魅力を感じるはずだ と考えていたはずなのに、「つくることそのものを楽しんでいく」ことを見失っていたのは、私の方 だったのかもしれない。知らず知らずのうちに効率よくつくらせたいという思いに縛られている私の

「楽しめない姿」を映し出してくれたように感じた。

そんな彼が、最後まで貫いたこだわりは、夜、星が見られるようにと、天井にビニルシートを張っ たことだった。彼の「星が見たいから」という理由は、風雨を防ぐためや採光の意味で天井をビニル シートを使った子どもたちの材料への見方はもとより、材料の特徴や機能だけによさを感じていた感 覚を「何をしたいのかから材料を選ぶことも大事なんだな」「自分のやりたいことをあきらめちゃい

けないんだな」と揺さぶることになったと感じた。私は、その言葉に改めて彼のものの見方の広さと 思いの純朴さに魅了されてしまった。

また、その言葉を聞いたR男君にとっても、彼の思いと表し方が一致した瞬間だったに違いない。

それまで、何をしたいと考えているのか、R男君に何を求めてい′るのかも話し合うことも少なかった0 思うようにいかなくなると機嫌が悪くなっていくM男君に不信感さえいだいていたR男君も「そうか、

そんなこと考えてたんだ」と、それまでの彼への思いを変えていくきっかけになった。

互いの思いを感じ始めた二人は、その後、2枚のブルーシートで包み込むようにして居住空間をっ くっていくことで、他にはない表現をしていった。誇らしげに「ブルーシート2枚使ってるの俺たち だけだよな」と肩を組みながら話す二人。二人は、材料の手応えを感じながら、自分たちだけの空間 づくりを楽しんでいた。

彼のものづくりの根底に流れていたものは「こんなことしたらどうかな」という遊び感覚であった ように思う。何とか自分が考えていたようにつ.くっていきたいと思う以上に、その瞬間、その瞬間に 沸き上がる発想から材料も技法・技法も試しなが吟味し、より自分の感覚にしっくりくるものを求め ていった。発想や概念に縛られずその時その時の感覚のままに表現していったと思う。

私はいっしか彼の発想や考え方に魅了されていることを感じていた。それにもまして驚かされたの は、彼の技術的な高まりだった。造形感覚の高まり、それは、手先の感覚の向上でもある。思いと表 現をっなぐものは手である。その手の延長として道具がある。これは、私が造形活動の大きな魅力の 一つと考えてきたものでもある。特に指先の感覚が作業の進行とともに鋭くなっていくことに頼もし

ささえ感じていた。

くこの窓から星を見ような〉

4.共に学ぶ楽しさを感じて

彼にとって、技術技法の高まり、発想や見立てなどの広 がり以上に大きなことはR男君と共につくることを通して、

自分のものづくりに対しての姿勢や発想の仕方、行い方を 見つめることになったということだ。そして、R男君への 関わりをも見っめることで、自分自身を見っめることになっ てになっていったということだろう。

当初、二人の関係は考え、試し、つくるM男君とそれを 手伝うR男君のように映った。思った以上の大きさに思い と現実の狭間で悩み焦るM男君。それをそばで感じながら 何もできないでいるR男君。思いが通じないことに苛立つ M男君は、何度もR男君に対して厳しい言葉を発していた。

思うようにいかないことを楽しみと感じている節さえある M男君も本追究の中で正に空白の4時間と言えるような活 動が停滞している時間があった。

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二人は外観の骨組みができた後、周りの壁をどうしたらいいかしばし考えていた。長くて薄い板を 何枚か使って丸みを出しながらつくっていくのか、ベニヤ板で四角に囲っていくのか、これだという ものが見っからずにいた。そんな二人がとりあえず始めたのが入口つくりだった。最初は小柄な二人 が入るのがやっとの入口をつくった。.不便さを感じた二人は、次に大人でも入れる大きな入り口をつ くっていった。入口は納得がいくものになってきたが、やはり壁の部分に納得いく材料が見っからな い。彼はそれから4時間、入口の把手に鎖を巻き付けただけだった。

自分が何をしたいのかわからなくなることは、思うようにならないこと以上に苦しいことなのだろ う。そんな苦しい場面でもR男君はM男君の新たな動き出しをじっと待っていた。R男君は無理に追 い立てたりせず、一緒にその先を考えていたように思う。行き詰まったその中の雰囲気から逃れ、友 達のところを見て歩きながら彼なりに何かヒントはないかと探したり、しばらくしてまた、M男君の 様子を見にきたりしていた。そうしながらずっと彼を待っていた。

制作に入ったころ、道具バックを背負って、何したらいいか分からずに立ち尽くすR男君の姿を見 ていた彼が今、同じように為す術がなく悩み、苛立っ自分自身を感じていたに違いない。彼は、思う ようにならない時、R男君にあたるように接していた。しかし、立場が変わった今、R男君は決して M男君をせかしたり、責めたりしない。どこか気遣いにもにた優しい気持ちで自分を待っ彼に対して M男君自身に何ができるのかを考えていたのだろう。少なくとも、R男君の優しさを感じ、一緒につ くっていくしかないんだと考え始めていたに違いない。「R男、お前も考えろよ」という気持ちから、

「俺はこう思うんだけど、お前だったらどうする」と「人でかかえ込んでいたM男君が、R男君に自 分の考えていることをそれまでより丁寧に伝え始めたのだ。苦しさを味わったからこそ強く、そして 優しくなれたのだろう。大きな変化ではないが、そうすることで自分の思いを伝え、相手が何を考え ているのか聞いてみようとし始めたのだ。そんなM男君にR男君も自分の思いを出していった。

互いの思いを安心してぶつけられると感じ始めた頃から、自分たちにしかできない家をっくろうと いう共通の課題をもった二人が、同じ方向を向いて互いの思いを確かめながら歩み始めたのだ。制作 も大詰め。床を並んで打ち付けていく二人の後姿に、言葉はなくとも通じ合う充実感と思いが通い合 う温かい空気を感じた。

床が出来上がった後、M男君が隣との壁を打ち付け、余分な所を切り落とそうとしている時「R男、

ノコギリ」とM男が叫ぶと、「わかったよ」と言い返しながらノコギ■リをもったR男君が近づく。ノ コギリを渡すのではなく、何事もなかったかのようにR男君がノコギリで木を切り始める。動かない ように支えるM男君。この何とも言えない阿畔の呼吸がこれまでの二人の培ってきたものを物語って いる。激しい言葉のやり取りをしながらも、がっちり互いを受け止め合えるようになった今、共につ

くる楽しさを満喫している二人の姿をうらやましく思った。

子どもたちは、表現を通して互いの思いを感じ合っている。自分の思いを表出することでそれを受 け止める友達の存在を感じていく。友達や教師の存在を自らの鏡として感じているとも言えるだろう。

他とのかかわりの中で見えてくるのはその人自身である。造形感覚が豊かになるということは、造形 表現を通してその人がよりその人らしくなっていくということなのだ。

今の自分にできる精一杯の表現をしている子どもたちに魅力を感じれば感じるほど、私も共につく る楽しみを味わいたいと思う。自分がつくってみることで、できた喜びやできない苛立ちや苦悩を味 わうことができる。技術的な関わりだけではなく、その時々の感じたものを正直に伝えていきたいと 思う。それは、私の関わりなど跳ね返し、自分の表現にこだわろうとする子どもたちの遥しい姿を信

じているからにはかならない。

「夜のオーカを楽しむ会」で天窓から黙って空を見ている二人。そこには、「ああ、二人でここまで っくってきたんだな」という満足感と自立への一歩を踏み出した自信が溢れていた。そして、何とも 言えない温かさが満ちていた。二人の中に残ったも◆のは何だろう。技術的な高まりや達成感。いや、

それだけではないはずだ。互いに互いの存在を認め、自分自身を見つめてきたことが二人にとって大 きなことだったのだと考える。

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参照

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