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学校教育における宗教教育に関する研究
一 日・韓比較を通して一
河 京 杓
はじめに
日韓両国は,法律で宗教の自由を認めている(日本国憲法第20条第1項「信教の自由は,
何人に対してもこれを保障する。」,韓国憲法第20条第1項「すべての国民は宗教の自由が 保障される。」)。また,学校における宗教教育に関する規定には多少差はあるものの似て いる*1。日本の場合は,憲法第20条第3項で「国及びその機関は,宗教教育その他いかな る宗教的活動もしてはならない。」と国公立学校における宗教教育の禁止を憲法で規定して いる。また,教育基本法の第9条(宗教教育)でも国公立学校での宗教教育の禁止を規定し ている。一方,韓国の場合,国公立学校における宗教教育の禁止は教育基本法(第6条:「教 育の中立性」第2項)で規定している。しかし,日韓両国の学校教育における宗教教育の問
題はかなり異なる性格を帯びていると思う*2。
本論では,韓国の学校教育における宗教教育の実態と問題点を明らかにし,日本の学校 教育における宗教教育論と比較・分析し,今後の学校教育における宗教教育の方向を探る
ことを目的とする。
1.日本の学校教育における宗教教育論
日本国憲法第20条は公教育の宗教的な中立性を保障する。一方,教育基本法ではその条 項を土台として一般的な宗教教育を排除してはならない点を明確に明示している。また,
この法規によって私立学校の場合は宗派的な宗教教育を自由に実施することができるし,
それが教科以外のものであると公立学校でも可能になる。にもかかわらず,義務教育の段 階である小・中学校段階での宗教立学校*3の数が少ない点を勘案すると日本の公立学校で の宗教教育はそれなりに重要な意味をもっ。国公立学校での宗教教育の課題は,宗教に関 する寛容と教育における尊重という点のバランスの維持であろう。また,宗教教育は各学 校に委任されているため,教師の宗教的な信念と深く関連している。しかし,現実的には 大部分の教師が宗教に無関心なために国公立学校での宗教教育は殆ど実施されなかった。
このような現象は,日本の社会風潮が宗教を軽視することにその一次的な原因があるが,
入試中心の教育風土にも原因があると思う。
表一1 宗教別の学校数(日本) (単位:校)
学校
宗教 大学・短大 高等学校 中学校 小学校 合計(%)
キリスト教系
144 218 174 85 621(67.4)
仏教系
75 117 46 10 248(26.9)
神道系
4
5 30 12(1.3)
新宗教系
4 18 14 4 40(4.3)
合計
227 358 237 99 921
出典:井上順孝『宗教と教育』,弘文堂1997p14
表一2 宗教立学校数の割合(日本) (単位:校)
区分
総計 国・公立私立(うち宗教立) 宗教立の割合(%)
小学校
24,676 24,505 171(99) 0.4
中学校
11,292 10,656
636(237)2.1
高校 5,501
4,181
1,320(358)6.5
短大
595 93
502(136) 22.9大学
534 144
390(91) 17.0出典:井上順孝『宗教と教育』,弘文堂1997p20
家塚高志氏は,宗教教育の概念を「狭義では,ある特定の宗教の立場に立っいわゆる宗 派教育を指し,広義では,特定の宗教には基づかない宗教知識教育や宗教的情操教育を含 めるものとして使われている」と定義している 4。特定宗教の立場での宗教教育は一部の 私立学校で行われている。広い意味での宗教教育は宗教に関する客観的な知識を教え,理 解させる教育である。しかし,宗教的情操教育に対しては賛否両論が対立している。反対 論者は,宗教的情操と信仰は同じ意味で,宗教を信じることである。従って,特定の宗教 に対する信仰がないと宗教的情操も存在しないと主張している。一方,賛成論者は,特定 宗教に対する信仰も宗教的情操に包含されるがそれが宗教的情操のすべてではない。一宗
一
派に偏らない宗教的情操は存在し得ると主張している。これが,日本の学校教育における宗教教育に対する論争の核心であろう。
1[.韓国における宗教教育の問題
韓国における宗教教育の問題は,日本のそれとは異なる性格の問題である。韓国は世界 でも珍しい多宗教社会である。1995年発表された韓国の宗教人口は,22,597,824名で全人
口の50.72%である。その中で仏教(45.67%)とキリスト教(38.77%)が84.44%を占めてい
る 5。韓国は国教を認定しない。従って,国公立学校での宗教教育は禁止されている。韓 国における宗教教育を理解するためには韓国の宗教,教育の発達過程,政府の政策,社会 文化的な特性等と密接に関連した部分を理解する必要がある。ここではその中で,教育及99
び宗教政策を中心として考察する。
韓国における宗教教育は,1968年「中学校無試験推薦入学制度」また,1974年「高校平 準化政策6」の実施によってその特殊性・独自性・多様性が排除された。結局,このよう な制度は,宗教立学校と宗教教育に対する摩擦と葛藤の原因を提供した。以降,特殊な政 治的状況によって表面化されなかった宗教教育の問題が1990年代以降本格的に論じられる ようになっだ7。宗教教育の問題解消のために教育部(現在の教育人的資源部で日本の文部 科学省に該当)は, 1990年度から宗教学を高校で教養科目として選択が可能になった。ま た,1995年から国公立中高校でも宗教科目を学校長の裁量で選択科目 8として選定するこ とが可能になったが,入試中心の教科編成によって教養選択科目の運営は有名無実なこと
になっている。
表一3宗教別学校数(韓国) (単位:校)
学校
宗教 大学・短大 高等学校 中学校 初等学校 合計(%)
仏教系 3
13 13 1 30(6,8)
カトリック教系
12 36 38 6 92(21)
キリスト教系
53 118 112
8291(66.4)
統一教系
1 2 2 1 6(1.3)
大巡真理教系
1 6 一 一 7(1.6)
円(圓)仏教系
3 4 31 11(2.5)
合計
73+(1)※ 179 168 17
437+(1)※儒教宗立大学として成均館大学校
出典:大韓仏教宗立学校管理委員会1995の資料を基に作成
lll.韓国の国・公立学校教育における宗教教育
家塚高志氏の宗教教育(religious education)の概念を整理してみると,①狭義では,宗
教の教育(education of religion)で特定の宗教の立場での教育を意味する。(宗派教育),
②宗教的情操教育は,宗教的教育(religious education in narrow meaning)で,宗教が持
っ世界観ないし「生の姿勢と方式」が重要な価値があると判断し,教育に導入して実施する教育を意味する。③宗教知識教育は,宗教に関する教育(education about religion)で,
宗教の本質と「生の方式」そしてそれらが持つ個人と社会における意義,宗教の文化現象 等に関して理解させる教育である。
このように宗教教育を区分した場合,韓国の国公立学校では,「宗教の教育」は禁じられ ている。しかし,特別活動の時間と教科書の宗教と関連する内容の教科目を通して,宗派 教育ではなく「宗教的教育」と「宗教に関する教育」が行われている。
1)特別活動の時間を通した宗教教育
特別活動(日本の部活に該当)は,学級活動,学校活動,クラブ活動,団体活動の四つの 領域で生徒中心の活動を勧めている。生徒達はこの時間を通して自由に「宗教クラブ」に
加入し活動することも可能である。しかし,国公立学校での宗教クラブの運営には問題点 があり,「仏教クラブ」,「キリスト教クラブ」等の直接的な宗教活動に依拠するより,「合 唱クラブ」,「奉仕クラブ」,「伝統文化クラブ」等の間接的な宗教活動を通して,信仰心が 深い先生の指導で宗教活動を行っている。
2)宗教教育と関連する教科書の内容
一般的に初等学校の,宗教と関連する内容の教科目は,音楽,社会,道徳*9,国語等の 科目である。中高校では,道徳,倫理,国史,国語,世界史等の科目である。しかし,初・
中・高校教科書の宗教関連内容をすべて考察することには,紙面の制限もあり,道徳・倫 理・社会科目を中心に探ってみる。
表一4宗教と関連する教科書の内容
学校区分
科目
学年単元 内容
備考初等学校 道徳 6年
〔愛と慈悲の心〕 「仏教」の釈迦・「キリス
pp40〜46〈偉大な教え〉 ト教」のイエス
初等学校 社会 5年 〔我々の文化生 原始信仰・仏教・儒教・ pp141〜
活〕〈宗教生活〉
キリスト教・新しい宗教158
中学校 道徳 1年
〔生と道徳〕〈人物
元暁・釈迦 pp62〜68学習〉 李珂・イエス
〔社会と道徳〕〈人 物学習〉
道徳 2年 〔現代社会と道 青少年と宗教生活〜親
徳〕 (仏教)と私(キリスト教)
〈現代社会と青少
の信仰対立年の問題〉
高等学校 倫理
〔生活の礼知〕〈宗
人間の宗教的な欲求/宗 pp37〜72教と人生〉
教の本質/健全な宗教的〔我が国の思想的
な生活仏教の倫理/儒教伝統〕〈外来思想と
の倫理/キリスト教の倫倫理〉
理
表一5 第6次と第7次「教育課程」の改訂と高校で採択教材として使用可能な宗教教科書 (認定図書)の編纂目次と内容の比較
第6次「教育課程」 第7次「教育課程」
1.人間と宗教 1.人間と宗教
・生活周辺の宗教
・ 究極的な問いと問題・宗教的信念と理解 ・宗教との出会いと問題解決
・ 宗教的人格形成
・「知る」ことと「信じる」こと
・宗教の意義と役割 H.世界文化と宗教 H.宗教経験の理解
・儒教,仏教,道教,キリスト教,イスラ ・ 様々な人生問題
ム教,ヒンズー教の伝統と思想及びその ・ 宇宙観,歴史観,生死観
他の宗教思想 ・ 経典と宗教規範
・ 宗教儀礼と宗教的実践
皿.韓国文化と宗教
皿.異なる宗教的な伝統・伝統的な民間信仰 ・ 宗教思想と背景
・ 正しいことと
・キリスト教徒イスラム教の受容 ・ 宗教の特性理解
・韓国の民族宗教
W.宗教経験の理解 W.世界の宗教と文化
・信仰の多様な観点 ・ 儒教と道教
・ 宗教意識と宗教的実践 ・ 仏教
・ 宗教的共同生活
・キリスト教
・イスラム教とその他の宗教 V.現代社会と宗教 V.人間と自然に対する宗教的な理解
・聖なる文献の現代的な意味
・多様な人間観
・宗教と世俗文化
・ 宗教的な人間観・異なる宗教間の会話 ・ 宗教的な自然観
・ 宗教と社会の理想実現 ・ 科学と宗教 W.特定宗教の教理と歴史 W.韓国の宗教と文化
・宗教の経典
・ 韓国の仏教と文化・ 宗教の教理 ・韓国の儒教及び道教と文化
・宗教の歴史
・韓国のキリスト教と文化・日常生活の中での宗教的生活 ・ 韓国の民族宗教
・宗教と未来の韓国文化
W.宗教共同体
・ 共同体の理念と構造
・宗教の社会的機能
・ 宗教間の和解と共存
・宗教的な人格形成 W.特定宗教の伝統と思想
・ 経典,教理,歴史
・ 宗教的な生活
・韓国宗教と文化創造
・ 私の宗教生活設計
lV.学校教育における宗教教育の限界と可能性
宗教教育に対する韓国の第6次「教育課程」(1992年告示)の重要性は,宗教教育を初め て明瞭に規定したことである。宗教「を」教えることではなく宗教に「関して」教えるこ とを宗教教育の目標と設定した。このような意図は,現行の第7次「教育課程」(1997年告
示)でも続いている。
しかし,このような意図は,次のような三っの理由で十分に達成されいるとは言えない のが現状である。まず,第一に,宗教教科が宗教に対するすべてを包括しようとするから である。学校教育における宗教教育が取り扱う範囲は,宗教に対する「原論的」な知識,
または「総論的」な知識である。そして,それが現実にどのように適応可能な知恵になり 生活に寄与するかが問題である。このような宗教の教義,生活規範を教えることは,個々 の宗教の役割である。しかし,教育内容はそのような内容をすべて包含しようとする。結 果的に,学校教育における宗教教育と個別宗教に対する宗教教育の境界が不明確になる。
第二に,このような事実を当然化する「教育課程」である。(表一5)第6次に続き第7 次「教育課程」でも「特定宗教の伝統と歴史」の領域が設定されている。生徒達に特定宗 教の信仰を持つように教育を遂行することによってその以前,様々な領域で行われた学習 内容を相対的に無意味なものとする性格を帯びている。また,宗教教育の目標の中には「成 熟な信仰心を拡充させる」という項目が提示され,学校教育における宗教教育と個々宗教 における宗教教育の実際的な区分を曖昧にさせている。即ち,宗教に「対する」学習では なく宗教「を」受容させる「信徒養成教育」が行われている。
最後に,宗教科目を教える大部分の教師が聖職者であるから発生する問題である。学校 での聖職者の役割と宗教教育を担当する教師の役割は,必ずしも一致しない。宗立学校に 服す聖職者が一定の儀礼を行ったり,生徒の生活問題に相談役を務めることは重要な意味 を持っことと同時に宗立学校の当然な権利でもある。しかし,聖職者が自分の宗教以外の 異なる宗教や,一般的な宗教文化を批判的な認識の次元で教えることは現実的に不可能で
ある。
このような理由で学校教育における宗教教育の限界は不明確のである。従って,学校教 育における宗教教育が遂行可能な部分も曖昧である。しかし,学校教育における宗教教育 を個々の宗教が直接的に信徒を養成することより,宗教文化に対する批判的な認識をもつ 市民を養成することによって教育を受けた生徒が自ら宗教に関心を持ち,潜在的な宗教人 になることも期待できる。これは,現実的に多発する盲目的な信徒の問題を解決すること も可能である。従って,学校教育における宗教教育は,その限界と可能性を明確にし,宗 教の宗教教育と区分する意識をもつべきである。
おわりに
以上のように,韓国の学校教育における宗教教育の実態と問題点に関して探ってみた。
日本においても宗教教育の問題は,国内的にはオウム真理教事件以後,国際的には「9・
11」以後,にわかに注目されるようになった感がある。前者は,多宗教社会化する中での
エセ宗教を判別する能力を,後者は,特定宗教に対する偏見を無くし,人類の文化全般の 理解のためにも必ず必要な教育である。また,日本の道徳教育において広い意味での宗教
教育(宗教的情操教育)の欠落のためにも宗教教育の必要性が指摘されている 1°。
前述したような日本の宗教教育の現状に比べて,様々な問題はあるが活性化の方向で論 争が進んでいる韓国の宗教教育が示唆する点は大きいと思う。日韓両国の宗教教育の実態 と問題点を踏まえて,今後学校教育における宗教教育の活性化と望ましい宗教教育のため には,教育及び宗教関係者の宗教教育に対する切実な必要性の認識が必要であろう。また,
宗教教育の成否が学校現場の教師の認識と関心に大きく左右される現状からも教員養成*11 の段階で,宗教教育に対する関心と知識を育む教師養成課程と制度の整備が必要と思う。
注
*1独立(1945)以降日本は,民主主義教育理念,教育制度等広い領域でアメリカの影響を受 けた。韓国は,文化的・社会的な背景が類似している点から日本を通して沢山の法律を受
け入れ,特に韓国の教育法の制定過程で日本の教育法制は参考資料になった。
*2 日韓の宗教及び宗教教育に関連する法律:
日本国憲法 第十二条【信教の自由,国の宗教活動の禁止】
1信教の自由は,何人に対してもこれらを保障する。いかなる宗教団体も,国から特権を受
け,又は政治上の権力を行使してはならない。
2何人も,宗教上の行為,祝典,儀式又は行事に参加することを強制されない。
3国及びその機関は,宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない法
日本国教育基本法 第九条(宗教教育)宗教に関する寛容の態度及び宗教の社会活動にお
ける地位は,教育上これを尊重しなければならない。
②国及び地方公共団体が設置する学校は,特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動 をしてはならない
韓国憲法 第20条
(ア)すべての国民は宗教の自由が保障される。
②国教は認めない,宗教と政治は分離される。
韓国教育基本法 第6条(教育に中立性)
②国家及び地方自治団体が設立した学校では特定な宗教のための宗教教育をしてはならな
い段階で宗教教育に対する関心と認知を育む教師養成課程と制度の設備が必要と思う。
*3 私立学校の中で宗教法人等の宗教団体が設立・運営する学校を「宗教立学校」,「宗派立学 校」,「宗立学校」という用語が用いられているがこの論文では「宗教立学校」と統一する。
*4 日本宗教学会,宗教教育の理論と実際』,鈴木出版,1985.p12
*5 http://Kosis. nso. go. kr標準統言十
*6 「教育制度」と「教育政策」を混用する傾向がある。例えば,大学入試制度(政策)。「教 育政策」とは,国家ないし権力に支えられる理念又は,実現する国家的な活動の基本方向,
原理であり,「教育制度」とは,比較的に安定した組織形態をもつ社会制度の一っで,教育
政策として規定された原則が持続的に適用され,社会制度として確立されたものと定義する。
*7 中学校無試験推薦入学制度と高校平準化政策は,当時,不当な軍事力で権力を握った政権
が国民に対する懐柔策である。以降,不安な政治的状況の中で政府の政策に対する議論は タブ視され宗教教育の問題は十分な議論の機会を失った。1992年文民政権の登場と共に本格的に議論し始めた。
*8 高校での宗教学の選択:哲学,論理学,心理学,教育学,生活経済,環境科学,宗教等の7
科目の中で各校長の裁量によって二つ科目以上の科目を選定して,生徒が自由に一っの科 目を選択して2単位から4単位まで履修可能。