第
11
章 膨張する宇宙11.1
膨張宇宙モデル相対性理論
Albert Einstein
は,1905
年「運動物体の電気力学について」という論文を発表し,特殊相対性理論(
Special Theory of Relativity
)と今日呼ばれる仮説を提唱した[ 1 ]
.この理論 は2つの要請に基づいて構築されている.第1は,(特殊)相対性原理で「物理法則は全て の慣性系に対して同じ形で表される」,第2は,光速不変の原理「真空中の光の速さは光源 の運動状態に無関係である」という要請である.慣性系と他の慣性系とを結ぶ座標変換がLorentz
変換であり,時間と空間が相互に関連して変換される.(Newton
力学においては,Galilei
変換が2つの慣性系を結ぶ役割を果たしていた.しかし,遠隔作用に基づいて絶対時間を仮定しており,時間は空間と切り離されていた.)特殊相対性理論は,
Einstein
が発 表した論文の表題にも現われているように,電磁気的な力の本性と運動のあいだに密接な関 係があることを表している.たとえば,静止している荷電粒子に電場からCoulomb
力が作 用するが,相対論に従って荷電粒子が運動している座標系に変換すると,電場の一部が磁場 に置き換わり,Coulomb
力の一部がLorentz
力に変わって,荷電粒子には両者の力が作用する.(
Newton
力学の枠内では,電磁気的な力と運動の関係が明らかではなかった.)特殊相対性理論の枠組に収められなかったのが重力である.しかし,重力の本性も運動と結 びついているはずである.
Einstein
は特殊相対性理論と矛盾しないようにNewton
の万有引 力の法則を変更することを試み,1916
年,一般相対性理論(General Theory of Relativity
) を定式化した[ 2 ]
.一般相対性理論は2つの要請に基づいている.第1は「等価原理」であ る.これは,本質的な重力場と加速度運動に伴う見かけの重力場が区別できないことを意味 している.例として,「重力質量」と「慣性質量」を考えてみる.重力質量m G
は秤で重さm G g
を測ることに求められる.つまり,その物体と地球とのあいだにはたらく万有引力か ら求められる.一方,慣性質量m a
は物体に力F
を作用させたときに生じる物体の加速度a
から運動方程式F = m a a
によって求められる.ところで,自由落下するエレベーターの 中でこの物体を観測すると,物体は静止して見える.Newton
力学によれば,慣性系に対し て加速度運動するエレベーターに固定した座標系では,座標系の加速度運動に伴う加速度の 項を見かけの力とみなして,万有引力m G g
と見かけの力− m a a
がつりあっているために 物体は動かないと考える.しかし,エレベーターが慣性系に対して静止しているのか,ある いは加速度運動しているのか区別できないように思われる.それは,Newton
力学を越えた 何らかの原理によって,2種類の質量が同じものであることが要請されることを意味してい る.本質的な重力場と加速度運動に伴う見かけの重力場が区別できないというのが「等価原245
理」の要請である.言い換えると,重力場を打ち消すような(加速度運動する,局所的な)
座標系が選べるということを意味している.第2の要請は「一般共変性の原理」である.こ れは,時間と空間が融合した4次元の時空における任意の座標変換に対して物理法則は変わ らないということである.勝手に運動している座標系は運動学的に見れば全く同等であると 考えられるが,運動学だけでなく,力学を始めとする物理的観点からもこのような座標系が 同等であると要請することは自然である.ただし,「要請」が正しい保証はない.「要請」か ら導かれる結果と,現実に観測される現象を比較することによって,その妥当性・正しさを 検証していくことになる.
一般相対性理論においては重力と時空が密接に関係している.従って,重力場が弱いとき
には
Newton
力学が近似的に成立する(近似的に同じ結果をもたらす)が,発想は大きく異なっている.例として,太陽のまわりをまわる惑星の運動を考える.
Newton
力学では,太 陽は惑星に万有引力を及ぼし,その結果,惑星は太陽を焦点の一つとする楕円軌道を描く.一般相対性理論では,太陽の質量により時空が歪み,歪んでいるために惑星は直進できずに 結果として楕円軌道を描いていると考える.
両者の違いは一般相対性理論の近似の精度を高めていくと明らかになり,それが一般相 対性理論の検証になる.
光の屈曲 重力場により光の進路が曲げられる.実際,恒星の見かけの位置が,太陽の近く にあるときと離れたときで角度にして
1.7
秒だけずれることをEinstein
は予言した が,1919
年の日食の際にその正しさが確認された.最近では,大きな重力場によって 遠方の天体が広がって見える(重力レンズ効果)ことが観測によって確認されている.スペクト ル線の赤方偏移 固有時間の遅れによる波長の伸びを指し,宇宙論的赤方偏移とも 呼ばれる(後述).
水星の近日点の移動 水星は楕円軌道上を運動しているが,楕円の長軸の方向が軌道面内を 回転していくことが観測されている.
Newton
力学によって様々な摂動を採り入れて 理論計算が行われたが,観測された長軸の回転速度は説明できなかった.一般相対性 理論に基づいたEinstein
の計算はこの差を説明した.最近では,パルサーの周期の変 化が一般相対性理論によって説明され,観測と理論計算は高い精度で一致している.重力波 一般相対性理論によれば,時空の歪みが波として伝搬することが予言されている.
重力波は物体の伸縮として観測されるはずであるが,その大きさが極めて小さいため,
未だに検出には成功していない.
静的宇宙モデルと動的宇宙モデル
一般相対性理論によれば,重力場と時空は切り離せないものであり,重力場により時空は
「歪む」.4次元の時空は計量テンソル
g µν
で表される.特殊相対性理論は歪んでいない時 空を仮定しており,g 00 = 1, g 11 = g 22 = g 33 = − 1
で,他の要素は0
である.しかし,一般 相対性理論では計量テンソルは重力場と共に変化し,重力場の方程式によって決定される.Einstein
は自らが構築した一般相対性理論を宇宙全体に適用することを考え,その際に宇宙原理(
cosmological principle
),すなわち,「宇宙は時間的に変化しない」,「空間は一様11.1
膨張宇宙モデル247
で等方的である」ことを仮定した.ただし,これだけでは重力場の方程式の解を求めること はできない.他の場合と同様に境界条件を考える必要がある.言い換えると,空間的無限遠 でどのように振舞うものを方程式の解と考えるかという問題である.Einstein
はこの宇宙が 空間的に閉じた1つの連続体であるとみなし,境界条件の問題を回避した(境界条件は不要 になる).すなわち,統一体としての宇宙を考えたとき,時空や物質分布は局所的な変化が 小さく,宇宙全体で空間的に一定の密度と一定の曲率(歪みの程度)をもつ閉じた(4次元 球の表面と同じ幾何学的構造をもつ)静的な宇宙を仮定し,重力場の方程式を解くことを考 えたのである.しかし,一方,宇宙を時間的に変化しない静止した状態に保つためには,重 力(引力)に抗する斥力が必要であり,重力場の方程式に宇宙定数(cosmological constant
) を導入せざるを得なかった.これが,いわゆる宇宙項で,宇宙全体に弱い反重力(斥力)が はたらいていることを意味する.宇宙項の存在に関しては,現在でも宇宙論の大きな論点の 1つになっている.Einstein
の静的宇宙モデルに対して動的宇宙を考えたのがAlexander A. Friedmann
で あり,1922
年に最初の論文を発表している[ 3 ]
.Friedmann
は宇宙が一様で等方的である ことだけを前提とし,物質分布と空間の曲率が場所によらない時間だけの関数であるとして 重力場の方程式を簡単化した.曲率が正であるしたときの解である宇宙は,Einstein
が考え たような4次元球の表面と同様であるが,球の半径が時間に関する微分方程式に従って変化 する宇宙である.Friedmann
は宇宙の質量と宇宙定数に応じて3つの解があることを示し たが,その内の1つの周期解の1周期が,閉じたFriedmann
宇宙として現在でも有力な 宇宙のモデルとなっている.Fiedmann
は曲率が負の場合も考え,その結果を1924
年に発 表している.曲率が負の場合は4次元球面にはならないので,曲率が正の場合のように球の 半径という概念は使えない.そこで,ある領域の広がりを表す量(今日では,スケール因子 と呼ばれている)を導入し,その時間的変化を調べた.Friedmann
が得た半無限解は 開い たFriedmann
宇宙として現在でも動的宇宙モデルの候補である.このように(宇宙定数 の有無にかかわらず)一様で等方的であるが膨張(あるいは収縮)する宇宙が重力場の方程 式の解として存在することを発見し,Einstein
の静的宇宙に対して,動的な宇宙の可能性を示した
Friedmann
の理論的研究の意義は大きい.Abbe G. Lemaitre
はFriedmann
とは独立に,宇宙モデルを研究し,Einstein
の静的宇 宙モデルは引力である重力と反重力の宇宙項が微妙なバランスの上に成り立っている不安定 なもので,動的宇宙のほうが静的宇宙よりも自然であることを示した.観測的宇宙論
太陽系を含む多くの恒星が円盤状に分布した銀河構造をもつことは,観測により既に
18
世 紀には分かっていたが,宇宙には唯一我々の銀河系があるのか,また,銀河系から離れると 宇宙はどのようになっているかは不明であった.この問題に関して20
世紀初頭まで論争さ れていたのが星雲である.19
世紀末からの望遠鏡による観測技術の進歩により,アンド ロ メダ星雲などが多数の恒星からなるらしいと考えられるようになった.しかし,我々の銀河 が唯一つのものなのか,あるいは,宇宙には銀河がたくさんあるのか,これに答えられるだ けの観測はできなかった.観測的宇宙論の先駆的研究は
V.M. Slipher
によって始められた.Slipher
は1913
年,Doppler
効果を利用して星雲の運動の測定を始め,また,1914
年には,アンド ロメダ星雲からくる光のスペクトル分析から,アンドロメダ星雲と我々の銀河が類似したものであるこ とを示唆した.星雲までの距離の測定法を確立したのは
E.P. Hubble
である.Hubble
はセ ファイド 型変光星の特徴を利用してアンドロメダ星雲までの距離を測定し,アンドロメダ星 雲が我々の銀河の領域よりもはるか遠方にあることを示した.銀河系外に多くの星雲(銀河)が存在するならば,それらがどのように分布し,どのよう に運動しているかを測定することが次の課題になる.
Hubble
は当時世界最大のWilson
山 天文台の100
インチ望遠鏡を使い,銀河系外の星雲が遠ざかる速度と距離を測定し,両者が 近似的に線形関係にあることを示した(Hubble
の法則については以下に詳しく説明する).Arthur S. Eddington
はHubble
が発見した法則(Hubble
の法則)を正当に解釈し,銀 河系外星雲の後退と宇宙の膨張を結びつけた考えを1930
年に発表した.定常宇宙と火の玉宇宙
Hubble
の法則の発見は,必ずしも,Friedmann
らが示した膨張宇宙を観測の面から立証した訳ではなかった.事実,
1948
年,相対する2つの宇宙モデルが提唱された.一方はH. Bondi
と
T. Gold
による定常宇宙で,宇宙は空間的に一様・等方であることに加えて,時間的にも定常であるとする.これと
Hubble
の法則とを両立させるためには,粒子がある割合で生ま れるとしなければならない.それに対してG. Gamow
は,空間的に一様・等方であって膨張 する宇宙においては,時間をさかのぼって行けば,宇宙初期は高温・高密度の状態にあった と考え,火の玉状態から宇宙が始まったという火の玉宇宙,すなわち,Big Bang
宇宙の考 えに至った[ 4 ]
.Gamow
は進化する宇宙の理論に基づいて元素の起源を研究し,また,宇 宙初期の名残りとして低温の放射(電磁波)によって満たされていることを予言した.1964
年,Arno Penzias
とRobert Wilson
の観測によってGamow
の予言は検証され(宇宙背景放射)
[ 5 ]
,定常宇宙モデルとの対立に終止符が打たれた.我々の宇宙が
Big Bang
に始まったという考えは,主に次の3つの事実によって確かめられ ている.(1) Hubble
の法則(2)
軽い元素の合成(3)
宇宙背景放射以下では,この3つについて説明して行く.
11.2 Hubble
の法則249
11.2 Hubble
の法則11.2.1 Hubble
の法則の発見1929
年,Edwin Powell Hubble
は銀河の視線速度v
( 我々と銀河を結ぶ方向の速度成 分)と銀河までの距離d
が比例する事を発表した[ 6 ]
(図11.1
参照):v = H 0 d (11.1)
これを
Hubble
の法則といい ,比例定数H 0
をHubble
定数と呼ぶ.横軸のMpc
は距離のdistance [Mpc]
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0
velocity
[ k ] m/s
-200 0 200 400 600 800 1000 1200
図
11.1: Hubble
図:銀河の視線速度と距離の関係.白丸は銀河群.単位である.図示したデータを再現する直線の傾きから得られる値
H 0 ≈ 500 km s − 1 Mpc −1
は,現在採用されている値より数倍大きい.また,直線で近似できるか否かにも疑問がある.後の研究により(今だから言えるのであるが ),
Hubble
の解析に2つの点で誤りがあった ことが判明した.第1に距離の測定に用いられるセファイド 型変光星(後述)に2種類ある ことが知られていなかったことであり,第2に遠方の銀河にある明るい星だと思われていた ものが実は広がった明るい領域(水素原子が電離した領域でH II
領域と呼ばれる)である ことだった.距離の単位
宇宙における距離の単位として,下で述べる年周視差から定義される
pc
(パーセク)が広く用いられる:
1 pc = 3.26
光年= 3.086 × 10 13 km (11.2)
地球から太陽までの距離(1
天文単位)が5 × 10 − 6 pc
,太陽系から最も近い恒星(proxima centauri
)までの距離が1.31 pc
,太陽系が属する銀河(Milky Way Galaxy, MWG
)の直径 がおよそ3 ×10 4 pc
,MWG
外で最も近い大マゼラン星雲(Large Magellanic Cloud, LMC
) までの距離が約5 × 10 4 pc
,MWG
に近い大きな渦巻き銀河であるアンド ロメダ銀河まで の距離が約7 × 10 5 pc
である.Hubble
の法則が成り立つスケール宇宙が一様に膨張しているのであれば,ある天体(たとえば,地球)に座標原点をとると,
他の天体の遠ざかる速さとその天体までの距離は
Hubble
の法則に従うはずである.しか し,実際の宇宙は,小さなスケールでは一様ではない.Hubble
の法則に従うと考えられる のは,大きなスケールでの平均の意味である.天体の固有運動は近くの天体との重力相互作用の結果であり,宇宙の膨張の効果よりは るかに大きい.固有運動の例をあげると,たとえば,太陽系に2番目に近いバーナード 星
は
108 km s − 1
の速度で近づいているし ,上に距離の例としてあげたアンド ロメダ銀河は120 km s − 1
の速度で我々に近づいている.なお,地球が太陽のまわりをまわる公転運動の速度は
30 km s − 1
程度である.天体の固有の運動の速度は,大きくても
500 km s − 1
程度である.従って,視線速度が5, 000 km s − 1
以上になる大きなスケールでは,Hubble
の法則からのずれは大きくても10%
以下になると考えられる.この意味で,
Hubble
定数が定義でき,Hubble
の法則が成り立つ.Hubble
定数を求めるにはHubble
定数を求めるには,遠方の天体の視線速度と,その天体までの距離を測定する必要がある.視線方向に遠ざかる星や銀河から発せられた光は,その速度に応じた 赤方偏移を 受ける.すなわち,原子が放出・吸収する固有の波長の光がどの程度偏移を受けるかを測定 すれば,視線速度を求めることができる.
一方,遠方の天体までの距離の測定は,それほど容易ではない.上で示した,
Hubble
の 法則が良く成り立つと考えられるスケール(視線速度が5, 000 km s − 1
以上)は,下に示すHubble
定数を用いて距離に換算すると7 × 10 7 pc = 70 Mpc
になる.現実には,恒星の固 有な運動の速度は500 km s − 1
より小さいことが多く,Hubble
の法則はもっと近い距離か ら成り立っていると考えられる.宇宙における距離とは
太陽系に近い天体の場合は問題にならないであろうが,
Hubble
の法則が成り立つような大 きなスケール,すなわち,天体が遠ざかる速度が光速に比べて無視できるほど小さくない場 合には,距離の概念が自明ではなくなる.長さは,2点が同時刻にあるときの距離であり,これを相対論では固有距離という.
11.2 Hubble
の法則251
宇宙においては,相対論でいう固有距離は測れない.我々が観測するのは,天体から来る 光であり,その光は過去に放射されたのである.すなわち,異なった時刻での距離である.そこで,距離を,ある約束のもとに定義して用いることにする.たとえば,同じ距離で見た ら同じ明るさの2つの星
A
とB
があり,A
がB
の4
倍の明るさに見えたら,B
はA
よ り2
倍の距離にあると考えて良いであろう(光が我々に届くまでに,途中の物質などで吸 収されないとして).このように,天体の絶対的な明るさと見かけの明るさの比から決めた 距離を 光度距離 と呼ぶ.一方,広がりを持った天体の見かけの大きさから 角度距離を定 義することができる.同じ距離で見たら同じ大きさに見える2つの天体A
とB
があり,A
がB
の2
倍の大きさに見えたら,B
はA
の2
倍の距離にあると考えて良いであるう.2 つの距離の定義は同じであるように見えるが,ユークリッド 空間でないとき,また,膨張す る空間においては同じにはならない.11.2.2 Hubble
定数Hubble
定数を求めるための,遠方の天体の赤方偏移,及び,天体までの距離の測定方法については以下で説明することにして,最近報告されている
Hubble
定数の値の要約を 図11.2
に示す
[ 7-17 ]
.Hubble
の法則が成り立つと考えられる十分遠方の天体までの距離を測定す50 60 70 80 90 100
Hubble constant [km/s/Mpc]
Sakai et al. (2000) Kelson et al. (2000) Ferrarese et al. (2000) Tonry et al. (2000) Blakeslee et al. (2000) Riess et al. (1995) Hamuy et al. (1996) Jha et al. (1999) Suntzeff et al. (1999) Gibson et al. (2000) Saha et al. (1999)
図
11.2: Hubble
定数.文献[ 7 ] Table 20.2
より.る直接的な方法が提案され,異なる方法による検証を経て,確立されてきた.観測の進歩に より,その不確かさは
10%
程度になった.1990
年代の測定における数十パーセントの不一 致に比べると,飛躍的な進展である.Particle Data Group
はHubble
定数としてH 0 = ( 71 ± 7 ) × 1.15 0.95 km s − 1 Mpc − 1 (11.3)
を採用できる値として示している[ 7 ]
.この値の範囲を 図11.2
の中に灰色で示したが,下 限が60
で上限が90
くらいで,依然として大きな幅があると言えよう.この誤差を考慮し て,次の式で定義される無次元のパラメータh
を導入して議論することが多い.H 0 = 100 h km s − 1 Mpc − 1 (11.4) Hubble
定数H 0
の範囲から,0.6 < h < 0.9
である.Hubble
定数の逆数をHubble
時間(Hubble time
)という:t H = 1
H 0 = 9.78 × 10 9 h − 1 y = 3.09 × 10 17 h − 1 s (11.5)
また,これに光速をかけた量をHubble distance
という:D H = c
H 0 = 3000 h − 1 Mpc = 9.26 × 10 25 h − 1 m (11.6)
11.3
赤方偏移(redshift
)253
11.3
赤方偏移(redshift
)11.3.1
スペクト ル線の偏移原子,分子,イオンなどは固有の波長をもった光だけを放出する.しかし,天体からの 光の波長を測定すると,固有の波長と異なっていることがある.これを,一般的に,スペク トルの偏移という.固有の波長より長くなっているときには赤方偏移,短くなっているとき には青方偏移という.
水素原子の4つの代表的なスペクトル線(
Balmer
系列)の赤方偏移の様子を 図11.3
に 示す.上は速度が0
で赤方偏移がない場合である.すなわち,図に示した値は固有の波長 である.それに対して,下は光速の1/10
の速さで遠ざかる場合である.4つのスペクトル 線に対して,波長のずれの大きさは異なり,固有の波長に対するずれの比が等しい.velocity = 0
656.3 nm
486.1 nm
434.0 nm 410.2 nm
velocity = 0.1c
725.5 nm
537.4 nm
479.9 nm
453.5 nm
図
11.3:
水素の4つのスペクトル線の赤方偏移天体からくる光のスペクトル線の偏移には,
Doppler
効果による偏移,重力赤方偏移,宇宙論的赤方偏移がある.重力赤方偏移(
gravitational redshift
)は質量の大きい天体 の近くから放射された光が,強い重力のため固有の波長より長い波長の光として観測される ものであり,宇宙論的赤方偏移(cosmological redshift
)は遠方の天体から放射された 光,すなわち,遠い過去に放射された光が,現在の地球に届くまでのあいだに,宇宙全体が 膨張したために固有の波長より長い波長の光として観測されることを指す.11.3.2 Doppler
効果遠方の星や銀河が遠ざかる速度は,赤方偏移を
Doppler
効果によるものとして求められ る.もちろん,起源が同定されるスペクトル線(たとえば,水素原子のBalmer
系列)でな ければならない.図11.4
に波長が変化する様子を模式的に示す.左の図は光源(天体)が 地球に対して静止している場合である.観測される波長λ
は固有の波長である.一方,右 の図は光源が左へと地球から遠ざかっている場合である.地球で観測される波長λ
は次のλ λ ’
source velocity
図
11.4: Doppler
効果による波長の伸び ように表される:λ = ( c + v ) T (11.7)
ここで,
c
は光速,v
は光源が遠ざかる速度,T
は観測者から見た周期(観測される波長に 対応する周期)である.観測者(地球)に対して速度v
で運動する光源の時間は相対論的 な効果でゆっくり進む.すなわち,光源が静止している座標系での時間T 0
との関係はT = T 0
1 − v 2 c 2
T 0 = λ
c (11.8)
である.この関係を代入して
λ = ( c + v ) T 0
1 − v 2 c 2
=
( c + v ) λ c
1 − v 2 c 2
=
1 + v c
λ
1 − v 2 c 2
(11.9)
が得られる.ここで,
λ
は固有の波長である.11.3.3 z
パラメータ固有の波長に対する波長のずれの尺度として次の量を採用すると便利である:
z = ∆λ
λ = λ − λ
λ (11.10)
11.3
赤方偏移(redshift
)255
これをz
パラメータと呼ぶ.しばしば,赤方偏移z
という言いかたをする.上で導いた関 係式(11.9)
を代入して,z
パラメータは1 + z =
1 + v c
1 − v c
(11.11)
と表せる.上の式を
v/c
で展開するとz = v
c + 1 2
v c
2 + 1
2 v
c 3
+ 13 32
v c
4
+ · · · (11.12)
となる.天体が遠ざかる速度が光速に対して十分小さいときはz ≈ v
c ( v c ) (11.13)
と近似できる.なお,
(11.11)
をv
について解くとv
c = (1 + z) 2 − 1
(1 + z) 2 + 1 (11.14)
が得られる.現在では
z = 6.56
をもつクェーサーが発見されている[ 18 ]
.この天体は我々 から光速の96%
以上の速度で遠ざかっていることになる.ただし,これは何億年も昔に放 出された光を,今,我々が観測しているのである.11.4
距離の測定11.4.1
段階的な測定Hubble
の法則が成り立つような遠方の星までの距離を直接測定することは,少なくとも,現在のところ不可能である.たとえ可能であったとしても,十分な精度が得られないし,得 られた値の信頼性の問題も残る.そこで,まず,短い距離を基準として少し長い距離を測り,
次に,その距離を基準としてさらに長い距離を測る.各段階での測定の誤差は小さいので,
この手順を繰り返して行けば,遠方の天体までの距離でも比較的精度良く求められる.
スケールはずっと小さいが,例として,地球から太陽までの距離を測る2通りの方法を 考える.図
11.5
の上の図に示すように,地球の半径を基準として太陽までの距離を直接測 る場合,測定すべき角度はcos θ = R E
R S = 4.3 × 10 − 5
よりθ = 90 ◦ − 0.0024 ◦ (11.15)
となる.90 ◦
からのずれは,測れないことはないが,次に示す方法に比べると十分な精度は 期待できない.地球の半径がR E ≈ 6400 km
であるから,経度での0.0001 ◦
は,赤道上の 距離に換算すると約100 m
である.Earth R E θ
Sun R S
Earth R E
θ ’
Moon R M
Earth Moon R M
θ ’’
Sun R S
図
11.5:
太陽までの距離の2つの測定法太陽までの距離を直接測る代わりに,まず,月までの距離を測る(図
11.5
の下の図を参 照).このとき,測定すべき角度はcos θ = R E
R M = 1.7 × 10 −2
よりθ = 90 ◦ − 0.95 ◦ (11.16)
11.4
距離の測定257
となる.月までの距離R M
は太陽までの距離R S
の約1/400
であるから,微小な角は約400
倍になる.次に,月までの距離を基準として太陽までの距離を測るとcos θ = R M
R S = 2.6 × 10 − 3
よりθ = 90 ◦ − 0.15 ◦ (11.17)
となる.2つの段階を経る手間はかかるが,太陽までの長い距離をはるかに良い精度で求め ることができる.11.4.2
年周視差(Parallax
)地球(太陽系)に近い星は,地球の公転運動(太陽のまわりを1年に1周する運動)の ため,背後にある十分遠方の星に対して周期運動しているように見える.この見かけの周期 運動を年周視差といい,年周視差の大きさを用いて星までの距離を測ることができる.年周 視差を用いた距離の測定は最も正確で直接的な方法である.その原理を 図
11.6
に示す.基R
d θ
Sun Earth
in July
Earth in January star
図
11.6:
年周視差を用いた距離の測定準となる長さは地球の公転半径
R = 1.496 × 10 8 km
である.恒星までの距離をd
,恒星か らR
をみこむ角度をθ
とすると,d = R tan θ = R
θ (11.18)
角度
θ 1
であるので,tan θ = θ
は極めて良い近似である.また,角度の単位として秒を 用いる.1
秒は1 ◦
の1/3600
で,時間の秒と区別しての角度の秒をarcsec
と書くことが多 い.ここでθ
を1 arcsec
とすると,d = 1.496 × 10 8 km 1
3600 π 180
= 3.086 × 10 13 km (11.19)
となる.この距離,すなわち,地球の公転半径を角度
1
秒でみこむ距離を1
パーセク(parsec, pc
)と定義する.従って,角度θ
を秒で表し,星までの距離d
をpc
で表すと,両者のあ いだには次の関係式が成り立つ:d [pc] = 1
θ [arcsec] (11.20)
太陽系に最も近い恒星の年周視差が
θ = 0.762 arcsec
であり,その距離はd = 1.31 pc
に なる.年周視差を用いた距離の測定は
d ≈ 20 pc
くらいまで可能である.年周視差の角度にす ると,θ ≥ 0.05 arcsec
程度である.太陽系から20 pc
の距離の範囲には約2000
の恒星が ある.1989
年にEuropean Space Agency
が打ち上げたHipparcos
衛星(HIgh Precision PARallax COllecting Satellite
)によって,年周視差の精度が大幅に改善された.この衛星 は1993
年までの4年間に,120,000
の恒星を観測し,その位置を角度にして0.001 arcsec
の精度で測定し,年周視差を求めた[ 19 ]
.これは月面上に置いた長さ約2 m
のものを見こ む角度に相当する.距離にすると,原理的には1000 pc
くらいまで測定できるのだが,誤 差などの問題で,信頼できる値が得られるのは100 pc
くらいまでである.間接的な方法
直接的な距離の測定は
100 pc
程度が限界である.さらに遠方の天体の距離を測定するに は,間接的な方法を用いなければならない.その際,役に立つのが,良く似て見える天体は,物理的にも良く似ている.
という事実である.我々が天体に関して得る情報は,ほとんどの場合,天体から届く光に よってである.たとえば,恒星が放射する光を分光してスペクトルを求めることができる.
そのとき,その恒星のスペクトルが太陽が放射するスペクトルと同じであったならば,その 恒星はスペクトルだけでなく,質量も,絶対的な明るさも,進化の段階も太陽とほとんど同 じであると考えて良いであろう.
もう一つ重要な点は,距離の測定に用いる天体は明るくなければならないということで ある.天体の見かけの明るさは距離の2乗に反比例している.従って,たとえ特徴的な性質 をもつ天体であっても,地球から見たときに明るさが十分でないならば,距離の測定には利 用できない.
以下に距離の間接的な距離の測定方法を示す.
11.4.3
セファイド 型変光星(Cepheid Variables
)遠方の銀河にある恒星を観測して距離を求めるには,その星が観測できるほど十分明る くなければならない.そこで,特徴的な性質を示す明るい変光星が距離の測定に用いられる
11.4
距離の測定259
ようになった.恒星の中には,明るさが変化するものがある.その中で,セファイド 型と呼ばれる変光 星は周期的に明るさを変える脈動変光星で,変光周期と絶対等級とのあいだに簡単な関係式 が成り立つので,距離測定の基準として使われる.この方法は,およそ
25 Mpc
に至るまで 測定が可能であり,最も信頼性の高い方法であるとともに,より遠方の天体の距離を測る際 の基準として最も重要な方法である.補足1 等級(
magnitude
)は星の明るさを表す尺度である.等級が小さいほど明るく,N
等級の明るさは
(N + 1)
等級の明るさの100 2/5
倍である.すなわち,1等級は6等 級より100
倍明るい.等級には絶対等級,見かけの等級,実視等級がある.見かけの等級(
apparent mag- nitude
)は,地球からみた天体の明るさを等級で表したものである.「1等星」「2等 星」などの呼び名は見かけの等級に基づいている.絶対等級(absolute magnitude
)は天体を
10 pc
の距離においたとき,星間物質の吸収がない場合の見かけの等級のことである.従って,天体の見かけの等級を
m
,絶対等級をM
,天体までの距離をd pc
とすると,m − M = 5 log 10 d
10 pc
(11.21)
が成り立つ.たとえば,太陽の見かけの等級はm = − 26.81
,地球から太陽までの距 離がd = 4.848 × 10 − 6 pc
であるから,太陽の絶対等級はM = 4.76
になる.一般に,青い光(波長の短い光)の方が赤い光(波長の長い光)より星間物質に吸収されやす い.実視等級は,肉眼,あるいは,フィルタと検出器の組み合わせて肉眼に近い波長 感度分布を持たせた装置で測定した見かけの等級である.
補足2 セファイド 型変光星の代表が
δ-Cephei
であるので,この名前が付けられた.δ-
Cephei
はケフェウス座の4番目の星であることを表している.星座は古くギリシャ時代からの変遷があり,現行の星座は
1928
年の国際天文学連合第3回総会の委員会で 承認された(総数88
).星座の学名はラテン語で表され,個々の星を表すときは,星 を示すギリシャ字あるいはローマ字などのあとに星座のラテン名の属格をつけて呼ぶ.日本名が「ケフェウス座」の学名は
Cepheus
であり,属格がCephei
である.セファ イド 型変光星はケフェウス型変光星と呼ばれることもある.セファイド 型変光星は次の特徴をもつ:
1.
種族I
に属す超巨星である,明るさは太陽の10 3 -10 5
倍くらい,表面温度は6000- 8000 K
である,2.
周期(period
)は1
日から135
日.3.
明るさが変化する範囲は0.1
等から2
等のあいだである.明るさの変化は星の半径と 表面温度の変化を伴う.代表的なセファイド 型変光星である
δ-Cephei
の場合の光度曲線を 図11.7
の左の図に示す[ 20 ]
.周期は5.366
日で,明るさ(見かけの等級)の極大が3.48
等級,極小が4.37
等級 である.距離の測定に重要な特徴は,変光の周期と絶対等級のあいだに簡単な関係が確立してい ることである.図
11.7
の右の図[ 21 ]
に,セファイド 型変光星の距離と絶対等級の関係を 示す.Feast
とWalker
は次の関係式を提案している[ 22 ]
:M = − 2.78 log 10 P − 1.35 (11.22)
ここで,M
は絶対等級,P
は周期で単位は日(day
)である.より正確には,セファイド 型 変光星のスペクトルにも依存するので,それを考慮した関係式も提案されている.変光周期を測定すると,上に示した関係式から絶対等級が求まる.その星から地球に至 るまでに光の吸収がないならば,光の強さは伝播距離の2乗に反比例するので,絶対等級と 実視等級の比から,その星までの距離がわかる.光の吸収がある場合は,その影響を補正す る必要がある.
δ Cephei
0 2 4 6 8 10 12
time [days]
apparent magnitude
4.6 4.4 4.2 4.0 3.8 3.6 3.4 3.2
period
Cepheids
period [days]
1 2 3 5 10 20 30
absolute magnitude
-6
-5
-4
-3
-2
-1
図
11.7:
セファイド 型変光星.左:変光曲線,右:変光周期と絶対等級の関係変光周期と絶対等級との関係は,周期的変光が次のように起こるからである.星の中心 部で起こる核融合反応によって発生したエネルギーは光によって星の表面へと運ばれる.ケ フェウス型変光星では,流れ出る光によって,星の表面の大気中の1価のヘリウムイオン
He +
の一部がさらにイオン化されてHe ++
になり,自由電子を出す:He + −→ He ++ + e − (11.23)
星の内部から出てくる光は自由になった電子と散乱するため,大気は光を通しにくくなる.
透明性が減少した大気はエネルギーの流失を抑制し,そのため,星の内部の密度・圧力が上
11.4
距離の測定261
昇して外層を外へと押し出す.その結果,星は膨張し明るさを増す.膨張によって温度は下 がり,He ++
は電子を捕まえてH +
に戻る(上に示した式の逆).再び大気は透明になり,星は収縮する.
この脈動的変光の機構は,我々の銀河の中でも,また,遠方の銀河においても,同じで あると考えるのが合理的である.従って,年周視差を測定できない遠方にある銀河であって も,セファイド 型変光星によって距離を求めることができる.セファイド 型変光星は明るい 星であるので,遠方の銀河にあっても観測可能である.
太陽系に近いセファイド 型変光星に対しては,年周視差の方法によっても距離を測定す ることが可能である.特に,
Hipparcos
衛星が距離を測定した星の中には,セファイド 型変 光星も含まれており,年周視差の方法はセファイド型変光星による距離測定の検証になって いる.一方,セファイド型変光星を用いた距離の測定は,遠方の星を精度良く観測できる
Hubble
宇宙望遠鏡(Hubble Space Telescope, HST
)によって最大25 Mpc
に及ぶ銀河に対して行え るようになった[ 23 ]
.年周視差による距離測定の限界がHipparcos
衛星を用いても100 pc
程度であるので,セファイド 型変光星により,距離測定の限界が250, 000
倍に広がったこ とになる.また,セファイド 型変光星を用いることにより,より遠方の距離を測定する方法 を10%
以内の精度で検証することができるようになった.なお,上に説明したセファイド 型変光星(
δ Cep
型)と良く似た変光星がある.代表は,おとめ座(学名:
Virgo
,属格:Virginis
)のW
星であるので,W Vir
型と呼ばれる.種族II
に属する古い星で,変光周期は0.8-35
日,変光範囲は0.3-1.2
等.セファイド 型変光星と比 べて,変光周期が同じとき,1.5-2.0
等級暗い.変光星の分類としては,δ Cep
型もW Vir
型もセファイドといい,前者をI
型セファイド,後者をII
型セファイドと呼ぶこともある.11.4.4
星団・星雲・銀河を用いる方法球状星団(
globular cluster
)我々の銀河は円盤状に多くの星が集中しているが,円盤を含む球の内部に球状星団が多数分 布している.球状星団は,数十万の恒星が球状に集まり,中心ほど恒星は密である.多くの 銀河が同様に周囲に球状星団をもっている.距離測定の対象は数十万の恒星からなる球状 星団で,絶対等級はだいたい
− 10
であるので,遠方にあっても観測できる.観測によると,似たような球状星団は似たような分布や明るさを持つので距離測定に用いることができる.
この測定方法は,我々の銀河の球状星団が基準になっており,距離が測定できる範囲は,お よそ,
1 Mpc
から100 Mpc
である.H II
領域星間空間で電離ガス(水素ガス)が発光すると,星間物質の密度の高い領域は星雲として見 える.その1種が散光星雲(
Emission Nebula
)で,水素原子に特有の波長の光を放射して いる.これをH II
領域と呼ぶ.明るさは絶対等級で最大(値としては最小)− 12
程度である.
H II
領域は中には質量が大きい恒星があり,表面温度は15, 000-30, 000 K
で,スペク トルのピークは波長の短い紫外領域にある.星の周囲にある水素原子は紫外線によって電離 し,イオン化した水素が再び電子を捕まえて,離散的な励起状態から基底状態へと遷移して いくときに,水素原子特有の波長の光(可視光領域では波長が656 nm
のH α
線)を放射す る.H II
領域の直径は20 pc
に達し,若い散開星団を伴っていることが多い.Tully-Fisher
法渦巻き銀河を距離測定の対象とする方法に
Tully-Fisher
法がある.この方法は,渦巻き銀 河の回転速度と銀河全体の明るさの相関に基づいている.簡単に言えば,銀河全体の質量と 明るさの関係である.渦巻き銀河と言っても,渦の構造や恒星の数の数が様々であるが,似 たような渦巻き銀河に分類すると,距離測定の精度は驚くほどよい.この方法はセファイド 型変光星による距離測定によって検証されている.測定範囲は球状星団とほぼ同じである.なお,楕円銀河についても,渦巻き銀河と同様な相関を用いた方法がある.
11.4.5 Ia
型超新星(Type Ia Supernova
)個々の恒星で最も明るいのは超新星である.中でも,
Ia
型超新星は,最も明るくなると きの絶対等級がほぼ一定でM = − 19.3 Ia
型超新星(11.24)
である.この明るさは,セファイド 型変光星より
15
等級(10 6
倍)くらい明るく,ほぼ1 つの銀河全体の明るさに匹敵するほどである.単純に距離の2乗に反比例して明るさが減 少するとして,セファイド 型変光星より1000
倍遠い超新星でも観測できることになる.Ia
型超新星を用いた距離の測定は,セファイド 型変光星による方法によって,妥当性が検証 されている.一方,Hubble
宇宙望遠鏡を利用することで改善がなされ,距離測定の範囲は2 Gpc = 2000 Mpc
以上に及ぶ.Ia
型超新星は,普通の星と連星系をなす白色わい星の爆発的熱核反応である.白色わい 星は,太陽と同程度の質量の小さい星の最後の姿であり,縮退した電子によって重力崩壊を 防いでいる.この白色わい星に,普通の星の物質が降り積もると,白色わい星の温度が上が り,核反応が起こり始め,結果として大爆発が起こる.爆発の直後,超新星の明るさは増し,その後,次第に暗くなっていく.最も明るいときの等級だけでなく,明るさの変化やスペク トルから,
Ia
型超新星の距離は誤差10%
程度で求めることができる.図
11.8
に,遠方のIa
型超新星に対して測定した距離と視線速度の関係[ 24 ]
を示す.Hubble
が距離と視線速度の比例関係を指摘した当時[ 6 ]
と比較すると,距離は約200
倍まで広がり,それ以上に,比例関係が良く成り立つことが示されている.
太陽質量の
10
倍以上の質量をもつ星は,その進化の最終段階で重力崩壊して大爆発す る.これをII
型超新星という.爆発の機構はほぼ解明されているが,質量によって爆発の 様子は様々であり,Ia
型に比べると,距離測定の誤差が大きい.11.4
距離の測定263
distance [Mpc]
20 30 50 100 200 300 500
velocity
[ k ] m/s
1000 2000 3000 5000 10000 20000 30000
図
11.8: Ia
型超新星の距離と視線速度の関係 距離測定基準としての大マゼラン星雲距離測定の最後に,大マゼラン星雲が果たしている役割を強調しておきたい.
われわれの銀河系の外の天体の距離を測る様々な方法の基準となっているのがセファイ ド 型変光星による方法である.大マゼラン星雲は多くのセファイド 型変光星をもつ小さな銀 河で
4.9 × 10 4 pc
の距離にある.大マゼラン星雲内にあるセファイド 型変光星までの距離は 同じとしても良いので,セファイド 型変光星の周期と絶対等級の関係を求めるのに重要な役 割を果たしている.すなわち,遠方の天体までの距離は,大マゼラン星雲までの距離の比と して求められることが多い.従って,大マゼラン星雲までの距離の測定に,たとえば10%
の誤差があるならば,遠方にある天体までの距離に,少なくとも同じ割合の誤差が含まれる ことになる.現在得られている
Hubble
定数の誤差には,大マゼラン星雲までの距離の誤差 が無視できない割合を占めている.11.5
スケール因子11.5.1
宇宙論的赤方偏移Hubble
定数を求めるにあたって,遠方の天体からくる光の赤方偏移はDoppler
効果によるものと考えて,天体が遠ざかる速度を求め,一方で,その天体までの距離を測定した.
ここでいう天体までの距離が,通常の意味での距離とは異なるものであることは「宇宙にお ける距離」として前に述べた.すなわち,距離とは本来,同時刻における2点のあいだの長 さであるが,ここでは,過去において光を放射したときの天体の位置と,その光を観測する 現在の観測者の位置を問題にしている.赤方偏移に関しては,正確に言うと,
Doppler
効果 によるものではなく,宇宙の膨張が原因であると考える.宇宙が膨張すると波長が伸び,長 さを測るものさし(座標軸)も同じ割合で伸びる(図11.9
参照).本来の意味のDoppler
効果では,ものさしの長さは変わらない.time expansion
図
11.9:
宇宙論的赤方偏移宇宙の膨張を表現するために,スケール因子を導入して,赤方偏移,銀河の後退速度,
Hubble
定数の意味を考え直してみる.まず,我々の銀河と遠方の銀河を考える.現在(時刻
t 0
)における2つの銀河の距離をd 0
,過去(時刻t
)における距離をd(t)
とする.これ11.5
スケール因子265
らの距離がスケール因子a(t)
に比例するとする:d(t)
d 0 = a(t)
a 0 a 0 = a(t 0 ) (11.25)
宇宙の膨張により,天体から放射された光の波長も伸びていく.遠方の銀河から時刻
t
に放 射された波長λ
の光が,我々の銀河に時刻t 0
に到達して波長λ 0
で観測されたとする(注意:
Doppler
効果の説明のときと記号が異なっている).時刻t
とt 0
における長さの比は,スケール因子を用いて上の式で表されるのであるから,これらの波長に対しても同じ関係式 が成り立つ:
λ
λ 0 = d(t)
d 0 = a(t)
a 0 (11.26)
赤方偏移
z
は,放射された光の波長と観測された波長で定義されているので,1 + z = d 0
d(t) = a 0
a(t) (11.27)
と表される.すなわち,
1 + z
は光が放射された過去の時刻と,光を観測する現在の時刻に おけるスケール因子の比で表される.このことは,赤方偏移がz
である光を観測したとき,その光は,宇宙の大きさが現在の
a(t)/a 0 = 1/(1 + z)
倍であったときに放射されたことを 意味している.宇宙の膨張による遠方の銀河の後退速度
v(t)
は,時間t
についての距離d(t)
の微分で 与えられる:v(t) = d
dt d(t) (11.28)
距離とスケール因子の関係式
(11.25)
を書きなおし,時間t
について微分してv(t) = d 0
a 0 d
dt a(t)
= d(t) a(t)
d dt a(t)
= a(t) ˙
a(t) d(t) (11.29)
が得られる.2番目の等号では,関係式(11.25)
を再び用いた.また,時間に関する微分を,記号の上にド ットを付けて表す.
ここで,
H(t)
を次の式で定義する:H(t) = a(t) ˙
a(t) (11.30)
この
H(t)
を用いると,(11.29)
はv(t) = H(t) d(t) (11.31)
すなわち,銀河の後退速度