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根 重

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(1)

以下の論文は昨年秋の日本独文学会研究発表での﹃一九六八年以

降の西ドイツの文学と社会﹄というシンポジウムで発表した原稿に

手を加えたものである︒

文学産業P言国言吾①三号︶というような︑およそ融合しそうも

ない︑文学と産業という合成語を研究対象とすること自体が︑文学

の今日置かれている状況を雄弁に語っている︒経済・社会・歴史な

ど外的要因によっても条件づけられている文学の産業化︑工業化が

進むにつれて︑文学と産業は対等ではなくなり︑後者の産業の方へ

力点が移って行くものと思われる︒︻g己はこのことを﹁文学と市

場︑芸術と産業のよ︑フな概念を結合することに抵抗があるのは︑ブ

ルジョワ的で︑個人主義に基づく︑教養イデオロギーと︑ブルジョ

ワ的かつ資本主義的で︑メディアの膨脹によって︑経済に条件づけ

られた文学生産の弁証的連関を見抜くことの困難さから来ている﹂

と書いている︒

シンポジウムでは受容完Rgは目︶を共通のテーマに持っていた

が︑文学コミュニケーションを考える場合︑作品解釈とか閃99は目

だけを問題にするのは片手落ちである︒受容を問題にするなら︑生

一九六八年以降の西ドイツにおける文学産業l︲l管理された書籍︵楠根重和︶

一九六八年以降の西ドイツにおける文学産業l管理された書籍

産︵卑呂烏はg︶も︑また分配e厨三宮画目︶も問題にせざるを得な

い・これは己言耳一女史の鋭い指摘である︒確かに︑生産や分配がな

ければ受容も存在しない︒受容理論が読者と作品との間の文学コ

ミュニケーション理論であり︑文学の大衆化を追認したものだ︑と

いう単純化が許されるとすれば︑文学産業を研究することは︑その

コミュニケーションを他のファクターにまで拡大することに他なら

ず︑広い意味で︑受容理論を補強するものと考えれる︒

文学産業という非常に平凡な言葉を使うこと自体に︑文学を﹁美

のパラダイス﹂から追放しようとする意図が感じ取られ︑三片言一の

﹁文学に対する死刑判決﹂とともに︑背後に六八年の反体制の気分

が読み取れる︒なるほど﹃生産者としての文学者﹄という閃自首日旨

の一九三四年の論文も︑字面は文学・産業という二つの語を持って

いるが︑今日的な意味での文学産業研究とは内容を異にしている︒

この論文には﹁一九六八年以降の﹂という条件がついているが︑

文学の産業化それ自体は連続的な現象であったろうし︑六八年に突

如新しい事態が生じたとも思えないが︑文学産業というテーマがひ

んぱんに取り上げられるのが七○年以降︑文学産業という合成語が

根重

一四七

(2)

辞書に登場するのは七○年代後半︑これから触れるであろうが︑文

学の大衆化︑産業化︑それに対抗する動き︑作家の意識の変化︑作

家同盟結成︑労働組合加入︑これらのデーターを重ねて行くと︑一

九六八年を一つの区分りとして使うことが︑さほど妥当性の欠いた

ものではないと言える︒

書籍というものが西ドイツ経済全体の中でどのような位置を占め

ているかを示すために︑雲房協呂と甸○言冨民の二人は一九七三年

度において︑その生産額を洗剤や女性下着のそれと比較し︑大体匹

敵できる︑と指摘した︒最も日常的な消費材と﹁精神的﹂な書籍と

を同一レベルで論じようとする態度から︑この著者︑君厨3己︵一九

四五年生まれ︶︑甸○言富民︵一九四二年生まれ︶の二人が︑六八年の

反体制運動の世代であることを感じ取れるかも知れない・

西ドイツの書籍年間発行点数︵新刊と再版を含む︶は統計の取り

方で幅があり︑︵例えばユネスコの統計では四ぺIジ以のものを本と

しているのに反し︑西ドイツでは四九ページ以上を本と定義してい

る︶確実なことは言えないが︑低く見積っても︑五〜六万冊あり︑

ソ連︑アメリカについで世界第三位︑ソ連の発行点数には相当数の

パンフレット類が含まれており︑アメリカは最近発行点数が減って

おり︑実質は世界一︑二だと推定される︒これに関しては﹃数で見

た本と出版一九八四年﹄からの統計を最後に掲げておく︒表㈲参照

けれどもこれらの統計は発行点数だけを言っているのであって︑

実際の発行部数の総合計は不明である︒また西ドイツには︑甸巴閂︐

房早宛吊憲によれば︑二︑○○○の出版社︑三︑八○○軒の書店︑

三○○︑○○○冊の供給可能なタイトルがあり︑聾昌閉によれば︑ 一九六八年以降の西ドイツにおける文学産業I管理された書籍︵楠根重和︶

二五︑○○○人の著者︑この内定期的に出版している作家は三︑○

○○人︑文筆業だけで生活できるのは︑一○○人程度である︒これ

らの数字を頭に入れて︑まず最初に生産の方に目を向けると︑出版

社の資本の集中︑系列化が目につく︒書籍の出版はごく少数の出版

コンツェルン︑例えば閃国司厨目自国グループ︑︵この中には︑⑦○昼︲

昌自P雪閉a2扇9国ぐ里括︾⑦号百︾四目ぐ巴里などが含まれ

る︶︑や国○言匡旨呉グループ︑︵この中には︑蜀涜9国︾宛○君呂岸.

肉ロ目角肋冨乏言侭︾〆三需扉pg①日田などが入っている︶に独占さ

れている︒切角毎房目四口ロコンツェルンがどれほど巨大な企業である

かを︑出川氏の﹃物語世界の書籍出版社﹄という本から見てみる

と︑このコンツェルンはフランクフルトの書籍見本市命巨9日$儲︶

で毎年最大のレセプションを催すことで有名であり︑新聞︑雑誌︑

書籍︑印刷︑製本︑配本︑販売︑テレビ︑映画︑レコード︑ビデオ︑

コンピューターなどに進出し︑傘下にはアメリカ最大のぺIパー

バックであるバンタム社をはじめ︑他五○社を欧米各地に有し︑従

業員一万五千人︑年間売上げ︑一兆二千億円︑世界最大の出版コン

ツェルンである︒出版社の集中化に関しては﹃数で見た本と出版一

九八四年﹄からの統計を最後に載せておいたので︑表口表口を参照︒

西ドイツにある約二︑○○○の出版社の二・二パーセントで︑全体

の売上げの五○パーセント︑また二・八パーセントの出版社がタイ

トルの四九・四パーセントを独占している︒しかも上位にランクされる一○社の内︑一社だけがまともな文芸書會言信凰呂需

F言国言己を出版しており︑他の九社は実用書︑娯楽小説を発行して

いる︒文芸書︑とりわけ高級なものは︑いわゆる儲けにならず︑ま

一四八

(3)

ともな企業の取り組む対象ではないと考えられている︒

出版業全体における文芸書の地位が低いことは︑別の統計からも

読み取れる︒一九七八年に国胃毎房目9口出版社が行った調査︑﹃コ

ミュニケーション態度と本﹄︵v︻○日昌巨昌冨は目弩田富岸g匡呂

国巨g八︶によると︑西ドイツでは世帯当り︑月二○マルクを本代に支

出し︑その内二○パーセントの四マルクを文芸書に当てているが︑

0 〃

たぎしその三分の二は娯楽小説であるとされる︒

また話を文芸出版社に限っても︑同じく集中化の現象が見られる︒

このことは文芸の発表の場として︑限られた数の出版社しか対象に

ならないことを意味する︒ぐ○昇氏の調査によれば︑﹃ドイツ語現代文

学批判事典﹄︵v言三門言の序〆弄自国日号匡誘呂呂国9億g

⑦侭①ロ急胃誘壹の国冨吋八︶で取り上げられた作家の三分の一が言の堅

社を含めた普言百日己社を主たる発表の場としており︑二位の

F月三胃冨呂社は全体の四分の一︑三位以下は霞gg言匡閏陣

三房g社︑宛○言○三社︑璽胃篇﹃社︑国目の臼社と続く︒三位以下

は上位二社に大きく水をあけられている︒今世紀最初の三分の一に

占めていた甸耐呂閂社の位置を︑一九五○年に創立した︑若い普宮︲

床四日己社が占めている︒こ︑のポケットブックシリーズは︑他の出版

社で出されたもの︑再版が多く︑オリジナルとしては︑ほとんど見

るべきものがない︒というのはポケット版では初版の数が多く︑相

当数捌けなければならないことから︑新人作家のデビューとしては

相応しくないからである︒固のg①円社は国○冒宮旨鼻コンツェルン

に属しており︑この保守的な企業は︑儲からない︑アヴァンギャル

ド文学には興味を示さず︑新しい作家が入ってこないことも︑蜀尉︲

一九六八年以降の西ドイツにおける文学産業111管理された書籍︵楠根重和︶

s閂社が衰退した原因である︒

出版大手企業が文芸部門︑とりわけ高級な文学︵言言匡言異昌︶か

ら手を引き︑限られた数の出版社に文学作品出版が集中する一方︑

それに対抗する新しい出版社が出現している︒例えば乏括g冨呂

社︵一九六五年︶︑弓﹃房○三社︵一九六七年︶︑君括g冨呂社から分

れた宛三宮号社︵一九七三年︶︑嗣閏訂房白目ご社から訣別した︑

シ三日g向島は○貝一九七八年︶などがそれである︒またそれ以外にも

多くのミニ出版社が出現している︒後者で有名なのは二○○一出版

社である︒

アルタナティーフプレッセ誕生の年とされる一九六八年以降︑霧

しいアルタナティーフ出版社が出現した︒一九八○・八一年度の﹃ア

ルタナティーフ文学手引書﹄︵v国四呂言9号﹃号三の9名国g侭g

里毎日胃ごgP詳閂異貝八︶によれば︑九○の出版社︑二○○人の作家

が名簿に記載されている︒アルタナティーフの人々はフランクフル

トの書籍見本市に対抗すべく︑反書籍見本市︵⑦品g言9日①膀巴を

同じ期間中に開催して気勢を上げているが︑アルタナティーヴェか

ら見た﹁体制側﹂が初版物で︑年間五○︑○○○〜六○︑○○○タ

イトルも発行しているのに︑代替をスローガンに掲げるアルタナ

ティーヴェが︑雑誌を含めて年間︑六○○〜七○○タイトルほどで︑

今後どのような変遷を挙げるか予想はできないが︑まだ現在のとこ

ろは大海の一滴であり︑こゞでは出版業の集中化に逆行する動きの

一つとしてアルタナティーフ出版のことに言及するだけにとぎめて

おノく︑︒

出版社との関連で是非とも触れておかねばならないのは︑ブック

一四九

(4)

クラブの存在である︒日本にはこのシステムが根付かなかったが故

に︑とりわけ顕著な現象である︒年間最低四冊︑ブッククラブの出

版物を引き受けることを条件に︑定価の四○パーセント程度で本を

手に入れることのできるこの商法は︑ドイツの各階層にそのメン

バーを持っている︒

この分野においても資本の集中化が著しいことが見て取れる︒五

○年代半ばには︑八五社もあったのに︑六七年には一七社︑七五年

1 0

には一○社に激減している︒この現存するブッククラブの中で︑な

んと言っても我々の関心をひくのは﹃読書の輪﹄︵vF$①風晨八︶と

いうクラブを主軸にした国閏話房冒目目系のブッククラブ︵会員数四

五○万人︶と︑﹃ドイツ書籍連合﹄︵v己2諒呂閏切言意﹃言呂八︶を

中心とする︑国○言耳旨民系のブッククラブ︵会員数一六五万人︶で

ある︒この二つで市場の九○パーセントを占めている︒国閏毎房日目ご

社は国内はもとより︑欧米各地にブッククラブを持って︑﹁世界大帝

国﹂を形成している︒一九六九年には日本に進出したが︑定着でき

なかった︒けれどもその時の日本の出版界の危機感は大きく︑黒船

を迎え撃つべく︑同じ年に︑﹃全日本ブッククラブ﹄が生まれたほど

であった︒このようなブッククラブが西ドイツに定着する理由の一

つとして宛8凰易ごl月旦巨信は︑本を安く提供すること︑文化的生

活への参加︑文化的ステータスを廉価に与えているからだとしてい

る︒もう一つ別の理由として︑全国に三︑○○○軒しか書店がない

が︑その代わりブッククラブの発達したアメリカの例から推察でき

るように︑西ドイツに書店が少いことから来ていると思われる︒西

ドイツの三︑八○○店に対して︑日本には二万三︑○○○軒もある︒ 一九六八年以降の西ドイツにおける文学産業︲11管理された書籍︵楠根重和︶

︵もっとも最近の日本の本屋は少数の例外を除いてはコミックス︑

雑誌︑文庫本︑ベストセラー︑それに実用書しか置いていない︒︶こ

のことから人口二万人以下の小さな町に︑ブッククラブの会員の割

合が特に高くなっていることの説明がつく︒ところがこ︑で問題と

なることがある︒ブッククラブが取り扱︑フタイトルはせいぜい五○

○〜七○○どまりであり︑一般の書店が扱う一○○︑○○○〜三○

○︑○○○タイトルとは大違いである︒このことから︑いったんブッ

ククラブの選択本に採用されると︑たちまち五○万部︑時には一○

○万部を越えることもまれではない︒このことは書籍に関する操作

が容易であることを意味する︒そして驚くべきことは︑これらのブッ

ククラブが︑といっても実質上は上位二社のことであるが︑量的に

は西ドイツで取引きされている書籍の三分の一に関与している事実

である︒次に生産に加わっている作家を中心に見てみると︑作家はドイツ

語では種々な単語で言い表わすことができる︒その中の一つに︑自

由文筆家寄凰国粋宮澤巽呈閂︶がある︒これは面白い言廻しだと思

︑フが︑ど︑フしてわざわざ坤凰という言葉を付加するのであろうか︒

F画詳日四邑邑によればこの前に置かれている卑凰言詳は︑ぐ○鴇寄凰︲

冨詳であるとされる︒同じ趣旨のことを⑦3筋は一九六八年に次

のように言っている︒洋風と︑ぐ品の寄凰の言葉遊びのために訳出で

きないので原語のま︑引用すると︑

﹀○.のo壷α国①甸涛毎︒︒Qのの洋風①PすのN耐琶匡口mのぎ①品①ぐ○ぬ堅坤の厨国々・①の匡邑煙亨

彦醒己哩帰口︾富凰呂宮口鴨言国陥ぐo邑号﹃喧国号彦睡ご函侭天国庁ず彦醒己個帰邑のg﹃毒︲

異里房厨︶す①凶①彦匡口胸の言①厨①ロ旨彦房刷.︿

⑦国閉は自由文筆家の自由というのはフィクションだと言い切っ

一五○

(5)

ている︒の呂言gm9はそれを﹁死滅しつつある職業﹄と言う︒また

少so己は自分の論文のタイトルを︑﹃とんでもない神風業︑別名いわ

ゆる自由文筆家・批評家﹄と名付けている︒

作家の身分がこ︑で言われているように︑不安定であるのは︑作

家が自由人であるとい︑フイデオロギーに囚われ︑ナチスの御用組合

である﹃ドイツ作家帝国組合﹄︵v殉国g閉蔚冨己己呂誘呂閏粋胃澤︲

輿皇国八︑略して宛己辺への強制加盟への反動として︑連帯すること

を拒み︑利益を代表する﹁ロビー﹂を政界に持たなかったために︑

確かに坤凰であったがそれは実は︑ぐ○需弄里であったということに

なる︒この反省のもとに︑一九六九年六月九日にケルンで︑戦後初

めて全国的なレベルでの﹃ドイツ作家同盟﹄︵vく国富己号三のg閂

湾宮澤巽里閏八︑略してぐ聖が結成された︒これまでのくのに先行

する作家同盟に比べて︑作家の文学性︑倫理︑政治傾向などといっ

た問題はひとまず措いて︑むしろ作家が労働者︑もしくは﹁労働者

に近似する存在﹂であるとの共通の認識のもとに︑職業︑法律︑経済︑

社会厚生上の利益を追求することが全面に打ち出されているところ

に︑その特徴がある︒

一九六九年の大会では粋胃澤巽呈閏とい︑フエリート的ニュアン

スのある言葉よりも︑もっと中立性をもったシ三○﹃とい︑フ言葉が好

まれ︑また﹁言語版権所有者二三日言sggという言葉も使われた︒

一九七○年三月二○〜二三日の第一回作家会議では︑作家を独立

した創造者と定義するのではなく︑﹁私的企業や公的機関に属する版

権所有者﹂と定義し︑﹁一匹狼の連帯﹂がスローガンとされた︒

作家業はほとんど専業としては成立せず︑最初のところで述べた

一九六八年以降の西ドイツにおける文学産業11管理された書籍︵楠根重和︶ よ﹄7に︑二五︑○○○人中一○○人程度しか専業として生活できないということを思い起していた霞きたい︒収入も不安定で︑老後の保証もない︒そこでくめは少し長びきはしたが国会を動かして︑一九七二年九月に︑公的な図書館が本を一冊貸し出す度に︑図書館の設置者から一○フェニヒを納めさせることに成功した︒こうして集めた金の半分を作家に還元し︑半分は作家のための社会保険の基金とした︒これは実際に売られた本の数よりも︑図書館で利用された度数の方が多く︑著作権の無断利用である︑という考え方から出てくる︒本をレコードに︑図書館を貸しレコード屋に置き換えすれば︑このことが理解できる︒またこの年の法改正で︑自由業のものにも公的年金を受給できる可能性が開かれた︒作家が自らを自由業と規定せず︑雇用関係に似たものと定義するような認識の変化は︑多分に作家の活動範囲が︑活字から︑他のメディア︑例えばラジオ︑テレビなどに重点が移っており︑個人の創造から︑集団の創造へと変化し︑粋宮澤里皇国というよりは︑むしろ留日g里皇国という方が︑より現実に合っている︑とい︑フような状況から来ている︒作家の﹁活字離れ﹂という現象は︑もちろんオーディオヴィジュエルなメディアの方が金になり︑生活が安定することから来ているが︑この新しいメディアでは︑作家は自分の創意から物を生み出す︑というよりも︑委託されることが多くなり︑いわゆる﹁作家の自由﹂を放棄することにつながる︒雪房忠己葛○言言呉によると︑一九七○〜七二年の自由文筆家の数は七︑二○○人とされ︑その内の五分の二は新聞・雑誌︑三分の一はラジオ・テレビ︑五分の一は出版︑五パーセントは映画を主とした活動領域にしているとされる︒作家が

(6)

置かれたこのような現状から︑くめが労働組合に加入したのは︑別に

不思議なステップではないように思える︒一九七三年︑くめは印刷.

製紙産業組合︵畠己目鼻巨己勺壱肘己に参加を決定︑三分の二のぐの

の会員が労働組合員になった︒もっともぐのの労組加入に反対した

作家達も多くいて︑同じ年の一九七三年に︑﹃自由ドイツ作家同盟﹄

︵v卑凰角己2厨g閏シ三日gぐ国富呂八︑略して甸己どがくのから

分裂したことも触れておかねばならない︒司己シはぐのとは違って︑

労働者としての身分の向上を計ることだけを目的とするのではな

く︑作家の﹁倫理上︑政治上の使命﹂をも重要視するのだとしてい

る︒それにもかゞわらず︑確かに自己を﹁労働者に近似する存在﹂

と規定したのは大きな変化であった︒

このような政治法律上の動きとあいまって︑作家たちは出版社で

の発言権を強めようと努めている︒作家たちが直接出版社経営に乗

り出したり︑経営参加に成功したりするケースもある︒雪括曾言呂

社やご逗品需社では作家も共同決定権を有し︑利益配分に与って

いる︒弓言異閏蔚1括Qgシ三日g社や野呂弄異社では共同経営者

となり︑P月三国冨邑社では作家達は拒否権を有している︒雪長g︲

冨呂社の実験が行き詰まると︑そこから宛三宮g社が分離した︒

又︑大手出版社に属しながら︑作家の責任において出版するものと

しては︑国閂毎房目四回邑系のシ三日g両9画目や困昌言寓言鼻の子会

社︑蜀厨9国社に属する雪の具胃①勝F岸閂異貝号﹃シ三日gQ閏

シ号の房言呈がある︒迄の関連においてはぐ①﹃一括号﹃シ三○﹃gラ

ランクフルト︶の名も挙げておかねばならない︒

これまでの話は作家になっている人についてであるが︑作家にな 一九六八年以降の西ドイツにおける文学産業l管理された書籍︵楠根重和︶

ろうとする人を文学産業の選別メカニズムが待ち構えている︒日本

に比べて︑新人発掘に適した雑誌は少数の例外を除いて︵シ言g訂

やオーストリアの日目易宣冒①など︶︑西ドイツでは存在しない︒ま

た文学賞や振興賞も︑半分は名誉賞であり︑少寄&︲己与言賞や

国四s目目ご賞などの例外を除いては︑印刷されていない原稿を対象

としておらず︑有名な作家の間でタライ回しされており︑本当に必

要な人には与えられない︒それと︑文学賞の受賞も︑西ドイツでは

本の売れ行きに対して︑決定的な影響を与えることはない︑と言わ

れている︒原稿を直接出版社に送り付けても採用される見通しはま

ずない︒国9毎房目四口口社に送られてきた一︑五○○の原稿の内︑日

の目を見るのは二原稿だけで︑司勝呂閂社に送り付けられた一︑○○

○の原稿の内︑それは一つだけだったと言われている︒従って作家

になる一番の可能性は︑出版社お抱えの作家を通じ︑原稿監定人

P異さ己に原稿を読んでもらミフことであるが︑今迄見てきたよ︑フ

に︑文芸出版社の寡占状態が強まって行く中で︑特定の席寓目に権

限が集中する危険性が存在する︒ミニ出版社︑あるいはアルタナ

ティーフ出版社から著名な作家になれる可能性は︑ごく少数の例外

を除けば︑まずないと断定できる︒

次に話を書店に移すが︑西ドイツでは日本のそれと比べて書店の

数が極めて少いこと︑そしてそれを補う形でブッククラブが存在す

ることは︑もうすでに述べた︒書店は︑﹃ドイツ書籍取引組合﹄︵v

団胃のg蔚吊旨号の己呂誘99国月三目号房八︶に加入して︑組合員

の機関紙として︑﹃ドイツ書籍取引組合新聞﹄︵v己閉団寄附弓巨陣言

号自己①三の92国巨呂冨呂堅八︶を持っており︑読者の情報サービス

(7)

としては︑VP詳八という雑誌を発行している︒またそれ以外に︑広告

代理店困胃9房侭社を通じて勺詞紙v団巨目鼻三里八を作らせて

いる︒このパンフレットは店頭で無料で配布されると共に︑弓同国や

宮電Rgqの特急列車の中にも置かれている︒また特定の書店が集っ

て︑VP朋闇凰呂目八とい︑フパンフレットも発行されている︒

書店の部門でも︑合理化︑産業化の傾向は否定できない︒﹁本の発

行から書店での販売停止までの期間が短くなっていて︑以前は文芸

書のサイクルは一○年あるいはそれ以上だったのに︑今日では平均

二︑三年に短縮され︑個々のケースにあっては︑それ以下のものも

ある﹂と言われている︒書籍の﹁永遠の価値﹂という神話は︑この

方面からも疑わしいものになる︒できるだけ在庫を少くしようとす

る余り︑本ははっきりと︑ごくわずかの︑発行部数の多い儲かる本

と︑多くの損をする本に二分される傾向があり︑中間のものが少く

なってくる︒

その結果書店は回転の速い儲かる本だけを取り扱う傾向にあり︑

いわゆる肩のこらない本ばかりを置きたがり︑小出版社の︑得てし

て要求度の高い︑実験的な文芸書は書店から敬遠される破目になる︒

また出版社の方も儲かる見込みがない書籍の初版の部数をできるだ

け二︑○○○部以下にして︑損金を少くしよ︑フとする︒

本が商品としての性格を持てば持つ程︑いわゆるまともな本が︑

ごく少数の専門店以外には見られなくなり︑一方︑ベストセラーや

消耗品としての本は︑キオスクや本のセルフサービス店︑百貨店︑

スーパーマーケット︑コーヒー豆販売店などで売られ︑書籍は書店

でとい︑フ考え方は通用しなくなる︒

一九六八年以降の西ドイツにおける文学産業︲11管理された書籍︵楠根重和︶ また売れ行きが悪く︑今後とも売れる見通しのたたない本は︑著

者の承認を得て︑早い時点で投げ売り完四目の呂冨己邑される︒この

場合この本はもちろん定価︵ぐ閏豆己二号閏卑①豆を離れ︑製造原価

で投げ売りされ︑作家には一文も入ってこない︒こういった本で商

売しているのが通信販売書店︵ぐ閂囲己言呂毒呂庁己や︑新刊の古

本屋︵三○号昌朋ショ菖呂凰胃︶である︒

これまでに見てきたよ︾フに︑ベストセラーにのみ力点を置き︑在

庫を出来る限り少くし︑本の回転を速めるという状況では︑普通の

書店において︑まともな文芸書や社会批判的な本を置くことは困難

になってきている︒︵最近は日本の書店でも全く同じ現象が見られる

が︶こうした事態を自らの手で回避しようとして︑作家が一九七三

年ミュンヒェンで独自の書店金具員g言呂冨呂盲信︶を作った︒七

六年にはベルリン︑七九年にはフランクフルトにも支店がおかれた︒

作家達は出資金一︑○○○マルクを出し︑その代り年五%の配当金

を受け取れる仕組みになっている︒この書店では︑内外の文芸書︑

それもミニ出版社のものを含めて常時在庫を貯え︑また作家と読者

のコンタクトを直接取れるよ雲フな催物も行われている︒本の商品化に関して見落していけないのは冊子小説

缶旦笥○目目︶の存在である︒週刊︑隔週刊と︑いろんなものがある

が︑主としてキオスクや百貨店︑スーパーマーケットで売られ︑一

部が九○フェニヒと安い︒年間の総発行量三億四︑○○○万〜三億

七︑○○○万冊︵一九七一年︶と気の遠くなるような売れ行きであ

る︒冊子小説の場合︑特に問題となるのは︑出版社の指導と作家側

の自主規制によって内容が決められ︑ステレオタイプにならざるを

(8)

87

得ない︑という点である︒例えば政治問題は取り扱わないとか︑作

品には必ず善人を登場させなければならないことなど︒冊子小説を

マイナーなもので取り上げる価値がないとは言い切れない︒何故な

ら︑冊子小説の読者層は保守的な階層に属してはいても︑本を読む

階層に属しており︑必ずしも学歴の低い︑低所得階層とは限らない

鯛鯛

からである︒一九七四年の冊子小説を発行する会社の調査によれ

ば︑規則的に国民の

三・四パーセントが女性物︵写ggg目目色や運命物︵粋三烏︲

困房3日四月︶

一○・四パーセントが推理物︑

六・七パーセントがウェスタン物

三・九パーセントがSF物

二・二パーセントが恐怖物

一二・七パーセントがクイズ冊子を読んでいる︒

最後に本と読者との関係に目を転じたい︒

︵一○年以上も前の統計であるが︶本を買う動機を購読者に尋ねる

︑ン″︸︑

一八・二パーセントはテレビを見て︑

一○・九パーセントはラジオを聴いて︑

一八・九パーセントは新聞の書評を読んで︑

一三・三パーセントはショーウインドーで見て︑

一八・九パーセントはカタログやパンフレットを見て︑

九・三パーセントは出版社の広告を見て︑

と答えた︒このことからも分かるように︑ある本が売れるために︑ 一九六八年以降の西ドイツにおける文学産業︲11管理された書籍︵楠根重和︶

特に重要なのは︑その本に対して充分な広告費がかけられるかどう

か︑新聞・雑誌で書評が掲載されるかどうか︑ラジオ・テレビで紹

介されるかどうか︑そしてそそもそもその本が書店に置かれるかど

うかである︒そして最後に挙げた段階︑すなわちどの本を店に並べ

るかの決定以前に︑多くの判断が下されているのである︒インサイ

ダーでない一般読者は批評家の判断を拠り所にする他ないのであ

る︒実際に本を買って読まなくても︑書評を読む人は多い︒従って

批評家は作家に対して生殺与奪の権を有している︑とも言える︒と

ころが批評家と言えども︑すべての本に目を通すのは不可能であり︑

鋤鯏

その判断には︑﹁恋意﹂ばかりか︑﹁偶然﹂が入り込む余地が多い︒

ラジオやテレビにしても事情はそれ以上に悪く︑一部を紹介するだ

けであり︑これら批評家の判断が読者の中で増幅されることは︑想

像に難くはない・

ベストセラーリストも購読決定に少なからざる影響を与えてい

る︒しかしながらそのリストは余り信用が置けず︑操作されている

可能性があることを閃四日の侭閂は指摘している︒

本の操作ということに関して︑ベストセラーを人意的に生み出せ

るか︑とい︑フ問題を考えてみたい︒ベストセラー作りに失敗してい

る例や︑成功している例もあって︑一概に宣伝をかければ良いとは

言えない面があるが︑ベストセラーを人意的に作り出す副作用とし

て︑普通の本の発行部数が従来の平均して︑四︑○○○〜六︑○○

○冊あったものが︑現在では二︑○○○〜三︑○○○冊に半減して

いることが圃言目閏によって指摘されている︒この点からも売れ

る本と売れない本という︑本の世界の二極分化現象が進行している︒

一五四

(9)

西ドイツで広告費を多量に投下して︑意図的にベストセラーを

作った典型的なケースは︑一九七○年の卑言三○豆自社のそれで

ある︒西ドイツの角川商法とも言うべき手段が構じられている︒そ

のケースとい︑フのは︑聖屋①窓己〆口呉の自叙伝を売り出すために︑

この出版社は二五○︑○○○マルクを注ぎ込む︒この本の発行は七

○年八月︒一月にはプロモーションキャンペーンが張られ︑前述し

た業界紙︑v国寄開弓匿茸震﹃号邑己2厨92国巨呂冨己里八に三ケ

月以上にもわたって︑二ページ大の広告︒五月には試読用の本︑レ

コード︑著者のサイン入り絵葉書が書店に並ぶ︒次は一時間にわた

る〆己凰とのテレビインタビュー︒八月になると︑各新聞に一斉に広

告︑たちまちの内に︑国日勝も勝毎目鼻の﹃ドクトル・ジバゴ﹄︵v

己︒寓目汗三尋括○八︵一九五八年︶に匹敵する大ブームが起こる︒

三○匡呂社のケースはそれ以来︑他の出版社にも真似られ︑ベストセ

ラーを目指す本の広告代は八○︑○○○〜一五○︑○○○マルクが

普通になり︑また作家の方も閑邑臥の例にならって︑広告費を多くか

けるよ︑フ要求し︑サイン会に積極的出かけ︑テレビ・ラジオとのイ

ンタビューを計画させ︑本の装丁にも口やかましくなった︑と言わ

れている︒またも︑ソ一つ別の例として勺目言のは冨胃はロ⑦吊琶早

口堅言のケースを挙げている︒彼は何週間にもわたって朗読会の旅

に出かけ︑その距離は二四︑○○○キロメートルにも達した︒

私はこれまで宛89は○己の前提による卑呂昊画目と己厨三宮︲

はgを見てきた︒そして作者と読者を繋ぐのは︑関心ではなく︑利

益であり︑勺3号再ざ国も己厨曾昏三旨邑のどの段階でも︑それに対抗

するまだ弱い動きは存在するが︑管理されていることを明らかにし

一九六八年以降の西ドイツにおける文学産塞奉11管理された書籍︵楠根重和︶ てきた︒そして﹁管理された本﹂という西ドイツの現象が日本にも︑いや我が国においては一層先鋭化された形で出現してきていることを嘆く者である︒そして一般読者が最後の宛99画目も他人に委ねてしまって︑それも管理させてしまっているのではないかということを恐れる者である︒この論文がそうならないために︑そうさせないための一助となれば幸いなことである︒︵ご宍gP甸風①Qゴの言罠めの言黙厨蔚一一国匡口・の︒言黙厨扇一毎コの吾鰹ロロ①︑聾昌員画風

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一五五

(10)

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G︶出川沙美雄﹁物語世界の書籍出版社﹂︵日本エデイタースクール︶一九八

一一一

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ンスト・ローヴォルトとその時代﹂︵社会評論社︶一九八三二

九三ページ︒

︵誤︶ぐ巴.雪耐の煙ロ島司○寓意鼻卸.四.○・︾の﹄露このシュピーゲルアンケートに

基づいて︑作家の六五〜七○パーセントが﹁労働者に近似する

存在﹂とされる︒

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(11)

毒望因ずg︾の︑図

表(一)

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Titel

一九六八年以降の西ドイツにおける文学産業11管理された書籍︵楠根重和︶

Land

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Belgien

China

Deutschland,Bundesrepublik

Frankreich GroBbritannien Indien ltalien

Japan Jugoslawien

Kanada

Korea,Siid‑

Niederlande Polen Schweiz

Sowjetunion Spanien

Tschechoslowakei U S A

10040

14738 62082

25019

41864 11087 11162

44392

12061 21793

16081 13429 11191

10765 92398

24569

10089

* *

9009

19109 67176

32318

48069 13148 12029

45596 11301

19063

20978 14591 11919

10362 92746

**

11647

**

9736 22920

59168

37308 42972 11562 13457 42217 11088

* *

25747

13939

10435 10544 94646

**

10493

76976

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表(二)

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Fachzeitschriften Steuerbarer

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Umsatzgr68enklasse

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Steuer‑

pfichtige 20000‑50000

50000‑100000 100000‑250000 250000‑500000

500000‑1Mio.

lMio.‑2Mio.

2Mio.‑5Mio.

5Mio.‑10Mio.

10Mio.‑25Mio.

25Mio、−50Mio.

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100Mjo.undmehr

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6 2 6 1 5 1 1 7 0 1 1 4 8 9 0 5 3 3 8 8 1 4 7 7 1 5 8 9 1 5 0 5 3 8 0 0 1 6 8 0 2 9 4 6 6

1 3 4 8 8 9 6 1 4 3 1 8 1

2 2 5 2 8 6 5 6 7 9 9 7 0

5 0 7 3 3 5 5 5 1 6 7 4 2 2

5 9 1 5 9 2 2 0 1 2 8 8 9 1 1 0 5 6 9 2 3 1 5 2 4 6 0 8 4

1 |棚Ⅲ

1240395 781131 1118789

一五七

Bundesgebiet 1604 5805221491 1443557

(12)

表(三)

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v、H・

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2372 Verlagen

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34335 Titeln

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2084 Verlagen

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39026 Titeln

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2103 Verlagen

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43531 Titeln

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2493 Verlagen

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43853 Titeln

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2690 Verlagen

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45205 Titeln Zahlder

ver6ffentlichtenTitel 1

2 3 − 5 6−10 11−20 21−30 31‑40 41−50 51‑100 iiberlOO

33.6 13.8 16.7 11.4 9.6 4.7 3.0 1.6 3.0 2.6

2.3 1.9 4.2 5.8 9.7 8.3 7.3 5.0 14.7 40.8

31.7 12.4 16.8 11.3 11.8 4.7 2.7 1.6 3.9 3.1

1.7 1.3 3.4 4.6 9.2 6.2 5.1 3.8 14.2 50.5

28.5 12.2 17.8 11.8 12.0 5.1 3.2 1.8 4.1 3.5

1.4 1.2 3.3 4.3 8.7 6.1 5.4 3.9 13.9 51.8

32.6 14.4 17.1 12.2 9.0 4.4 2.4 1.3 3.7 2.9

1.9 1.6 3.7 5.4 7.6 6.3 4.5 3.1 14.9 51.0

31.8 14.4 17.5 11.9 9.6 5.4 21 16 2.9 2.8

1.9 1.7 3.9 5.4 8.5 81 4.3 4.2 12.6 49.4 Jnsgesamt 100.0100.0100.0100.0100.0100.0100.0100.0100.0100.0

︵楠根重和︶ 一五八

参照

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本日演奏される《2 つのヴァイオリンのための二重奏曲》は 1931

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